二千五十八話 雷霆の咆哮と血脈を超えた絆
<脳脊魔速>の時間が終わるとキィィンと耳鳴りのような音が響く。
わずかな余韻を感じつつ総大将が霧散した戦場を見渡した。
<神槍・烈業抜穿>の余波の空間の歪みが、不可思議な無数の記号のような模様を描きながら元の世界に戻る。
不快な紫の鱗粉が、焼けたゴムのような異臭を放っていたが、四竜の放つ魔力によって急速に浄化され、銀と金の魔力粒子となって宙空で螺旋を描きながら上昇していくと、砂城タータイムから『流星の欠片』と思われるアイテムが出ては、銀と金の魔力粒子を吸い込んでいた。
かすかに残っていた蛾の残り滓も完全に消えたな。
戦場の鬨の声、剣戟音は下のほうからまだ響いてくるが、ひとまずは勝利だろう。
ムガラ墓群は窪地だが、この高台だけは窪地ではないな。
その高台の縁に立ち、眼下の戦場を見下ろす。
霧が晴れた窪地では、逃げ惑うゼバル軍の残党を五派連合の兵たちが掃討している真っ最中だ。右半身に付いているヘルメに、
「ひとまずは勝利できたか」
と呟くように発言。
深い溜息を吐き、体を駆け巡っていた沸騰するような魔力を<血脈冥想>で落ち着かせていく。闇と光の運び手の装甲に刻まれた秘石が、淡い光を放ちながら鎮まっていった。
すると、右半身に重なっていた常闇の水精霊ヘルメの半身が分離し、俺の体を守っていた水を引き寄せながら宙空で女体化。
魅惑的なおっぱいを揺らしながらの〝ヘルメ立ち〟を行ってくれた。
透き通った瞳を輝かせ、
「――はい、そして、閣下の神槍が相手を突き抜け、掴み直す仕種が格好良かったです。まさに神速の処断でした!」
「おう、タイミングも良かったからな」
と、振り返る。
「ふふ、あの時の挙動を感じ……うふ、今も、お胸がドッキリンコです!」
そのヘルメらしい言い方に、「はは」と思わず笑う。
ヘルメは頬に蕩けるような密やかなキスを贈り、冷たく心地よい指先で俺の頬を包み込むように撫で回すと、
「ヘルメの水の魔力が槍の回転を助けてくれたおかげ、そして、皆の動きもあり、上手く機先を制することができた」
「はい! 閣下とのフュージョン……いつにも増して、魂の奥まで熱かったですわ。今も、その余韻が……くぅ」
ヘルメがうっとりと微笑む中、「ンン、にゃおぉ」と喉声を響かせて黒豹が高台の墓石を軽やかに飛び越えて頭部を寄せてくる。ゴロゴロとした音が少し大きい。
見上げ、「にゃ」と鳴いた。
赤と黒のつぶらな瞳に鼻と髭も可愛い。
その相棒の頭部を撫でて、
「ロロ、お疲れ様。皆のフォローありがとう――」
膝を突き、頭部から背を撫で、長い尻尾を引っ張るように撫でては、また頭部に右手を戻し、両耳も片方ずつ、耳を伸ばすように撫でていった。
耳の後ろを重点的に撫でていく。
黒豹は瞼をゆっくりと閉じて気持ち良さそうに、「ンン、にゃぁ、ハァァン」と珍しい声を発した。その無防備な鳴き声に自然と笑みとなった。
「――いい子だ。お前がいなければ、ハンカイたちの突撃もこれほどスムーズにはいかなかっただろう」
「にゃ~」
目を細めてゴロゴロと喉を鳴らし、前足で俺の膝を軽く踏む。
その仕草が可愛くて、ついつい手が止まらなくなる。
黒豹の息遣いが、頭部と耳を引っ張るように、撫でていくたびに、少しくぐもった息遣いに変化していくのが、面白い――。
ゴロゴロとした音と荒い息遣いが交互にごっちゃになっている。
喜んで興奮しているのが良く分かる。
そして、温もりと少し硬い毛並みの感触が、戦いでの強張りを解いてくれた。
「ン、にゃご、にゃぉ~」
黒豹は、俺の撫で回しが、しつこかったか、何度も撫でていた俺の右手の掌を甘噛みをしてから、離れる。尻尾をピンと立て、最大の親愛を示すように菊門を向けてトコトコと歩く。残骸に足をかけ、振り返る黒豹の「満足にゃ」と言いたげなドヤ顔が、戦いの強張りを完全に溶かしてくれた。
「にゃぉん」
はは、可愛い。
「ご主人様、お疲れ様でした」
銀髪を夜風に靡かせ、ヴィーネが歩み寄ってくる。
翡翠の蛇弓は既に消しており、銀色の瞳には深い安堵の色が宿っていた。
ポニーテールに纏めた銀髪は、良い。
「ヴィーネも、よく戦ってくれた。後衛と前衛が関係ない乱戦も多かったからな」
「はい。少しでもお役に立てたのであれば、これ以上の喜びはありません」
ヴィーネは笑顔となる。
そして、片膝の頭を地面に付けると、近づいてきた相棒の頭部を撫でていく。
結い上げた銀髪の隙間から青みがかった白磁のように滑らかな項が覗いている。
後れ毛が汗で肌に張り付き、戦いの高揚で上氣した淡い桜色の肌は無防備で、それでいてひどく扇情的だ。
そのヴィーネから漂うバニラのような甘い芳香が、鼻を突く血と鉄の記憶を優しく塗り潰していく。
そこにエヴァたちもやってくる。
「ん、シュウヤ、大勝利」
エヴァが魔導車椅子を滑らせ、隣に並ぶ。
サージロンの球は消えている。
「エヴァも金属の壁と守り、とにかくがんばった」
「ん……よかった」
エヴァは頬を染め、嬉しそうに頷く。
そこに、レベッカが城隍神レムランの竜杖を肩に担ぎながらやってきた。
「もー! しゅうやん! かっこよすぎ。あんなにデカい防御障壁を、紙みたいに突き破っちゃうんだから!」
レベッカは感嘆の声を上げ、俺の反対側の肩に、柔らかな胸の感触を厭わずに寄りかかってくる。
「はは、皆の応援があったからな」
周囲を見渡せば、ユイやキサラ、ルリゼゼたちも、残敵の掃討を終えて集まってきていた。
鼻をくすぐる鉄錆の臭いといい殺伐とした空氣はまだ残っていたが、皆の柔らかな熱量と温もりのおかげで、それらが消えていく、否、彼女たちが纏うそれぞれの芳香が、幾重にも重なり合い、戦場の殺伐を優しく塗り替え、溶かしていく感覚か……。
血の家族たちの強さを感じると共に、温かな時間となった。
死臭の漂うムガラ墓群において、この場所だけが切り取られた聖域――いや、彼女たちという灯火に守られた『家』のように感じられた。
「ンン、にゃ」
黒豹が短く鳴き、見上げる。
その視線は「そろそろ行くにゃ~?」と促しているようだった。
「あぁ、分かっている。……皆、まずはハンカイたちと合流しよう。まだ戦いは続いている」
そう告げると、ヴィーネが静かに頷き腕を離した。
少し名残惜しそうにしていたレベッカも、パッと表情を切り替え、城隍神レムランの竜杖を握り直す。
「うん、でももう終わる。だから勝利の報告を盛大にやっちゃおう!」
エヴァも「ん、お祝い」と短く応じ、浮遊を始めた。
高台の縁際に皆で移動。
下の戦場を見下ろす。
魔蛾王ゼバルの軍隊は完全に瓦解、五派連合の兵たちが掃討している真っ最中だ。
そこへ、血の霧を切り裂くようにして、ひときわ巨大な影が近づいてきた。
「シュウヤ!」
ハンカイだ。
金剛樹の斧を担ぎ、数人の部下を連れてこちらへ駆け上がってくる。
ママニとサザーもやってきた。
その隣には、傷ついた体をポーションで癒したらしいレカーとヴティガの姿もあった。
「あぁ、見ての通りだ。魔神具は砕き、敵将の首も獲った」
と、応じると、ハンカイは高台に到着するなり、大きく息を吐いて笑った。
「カカッ! あの大爆発が見えた時は肝が冷えたが、さすがだな。おかげでこのムガラ墓群は完全に我らの掌中にある!」
「「はい!」」
「シュウヤ様、感謝いたします」
レカーが深々と頭を下げる。
その双眸には、戦い抜いた者だけが持つ深い敬意と信頼が宿っていた。
頷いて、
「……これで東の脅威は一先ず去ったか」
「あぁ、ルグナドの類縁地は右に大きく拡大し、東~南にかけてのマセグドの大平原側、恐王ノクターと光魔ルシヴァル側において、安全地帯がかなり増えたことになる。同時に後処理が山積みとなるが、それは、アチたちに任せるつもりだ、ガハハッ」
「はは、アチたちも大変だが、恐蒼将軍マドヴァと連合し、ここからだと東の領域か、魔蛾王ゼバルや王魔デンレガ相手に躍動しているようだから、ハンカイたちも、後処理を含めて、がんばってもらうかもだぞ」
「もちろんだ。だがその前に、まずは全軍に勝利の勝ち鬨をあげさせてもらう!」
ハンカイが天に向かって斧を掲げる。
それに応えるように、四竜が上空で咆哮を上げ、戦場に集う数万の兵たちの歓声が、地響きとなってムガラ墓群に響き渡る。
更に、ラガル・ジンが放つ咆哮が、紫電の鎖となって天空を縦横に引き裂き、魔界の澱んだ雲を焼き払っていく。
胸の奥底から、戦士としての本能が呼び覚まされるような熱い高揚感が突き上げてきた。
傍らに立つ皆の瞳を見れば、熱い高揚を分かち合っているのが肌身で伝わる。
ヴィーネとキサラは敬礼をするように胸に手を当て、砂城タータイムを見上げていく。
ミスティは魔導人形のゼクスを宙空に移動させると、雷竜ラガル・ジンの稲妻を光の剣に集積させる鮮烈な演武を叩きつけ、皆から歓声を集めていく。
何度もラガル・ジンの放つ猛烈な紫電を、ミスティがゼクスの掲げた光の剣へと導き、巨大な光の柱として天空へ突き返してみせるのは凄い。
ミスティが「ゼクスの進化はまだまだ続く!」と、ゼクスの掲げた光の剣へと雷霆を何度も導き、天を突く巨大な光の柱を他にも打ち立てていく。
その鮮烈な輝きに、軍勢の熱狂が爆発した。
グラド師匠、イルヴェーヌ師匠、シュリ師匠、クナ、ルシェル、アドリアンヌ、キュベラス、フー、ママニ、ブッチ、アドゥムブラリ、ベリーズたちも拍手をしては、驚きの歓声を発していく。
そんな皆の様子と砂城タータイムを見て……。
改めて、〝七雄七竜を封じた時仕掛けノ砂城タータイム〟の凄さと、<雷霆の討伐者>という称号が、かつての激闘を越えて得た、これら強大な竜や砂城との『血脈を超えた絆』の証しに他ならない。そう、魂が静かに震えた。
勝利の咆哮がムガラ墓群を揺らし続ける。
「シュウヤ殿、そして、ファーミリアもですが」
レカーの言葉に、
「なんだ?」
「なんでしょう」
ファーミリアもレカーを見る。
「吸血神ルグナド様も今回の勝利はお喜びになるはずです。そして、恐王ノクター様と悪夢の女神ヴァーミナ様との連合作戦も一段落しているので、もう時期に、こちらに戻られます。その際ですが、ルグナド様は、ヴァルマスク大街の傷場とセラの南マハハイム地方の樹海の地下深くにある傷場についての意見が聞きたいとの言葉を預かっていました」
ヴァルマスク大街の傷場、そしてセラの樹海か。
次元を跨ぐ傷場の重要性は身に染みている。
そして、〝レドミヤの魔法鏡〟には、ヴァルマスク大街があるが、闇神リヴォグラフ側が占拠しているなら、いきなりの転移は危険か。
強行転移は敵陣のど真ん中へ飛び込むに等しい。
そこで、ファーミリアに視線を向ける。彼女は胸元に手を当て俺に一礼してから、
「承知しましたわ、どちらの傷場の奪還は容易ではないですが、私は勿論、ルグナド様とエイジハルにとっても、悲願に近いですからね」
「あぁ、まさにそうだろう。闇神リヴォグラフめが……」
美しいレカーの表情が一瞬、怒りに満ちた。
皆、闇神リヴォグラフ側とは戦いまくりか。
そして、ルグナド様がそれらの意見を求めてくるということは……。
単なる維持ではなく、更なる次元干渉や軍の移動を見据えている証拠だ。
レカーに、
「……分かった。闇神リヴォグラフとは俺たちも戦いを続けている。南マハハイムの樹海は、俺たちが根を下ろした聖地サイデイル、そして精霊樹が息づく場所だ。その地下もまた広大で闇神リヴォグラフ以外にも、倒すべき相手は山ほどいるが……傷場の奪還にはどちらも協力、必ずや力添えをしよう。だが、そのルグナド様への返答は、祝杯の後にじっくりと検討させてもらうか」
今はまだ、戦士たちの歓声の中にいたい。
「にゃごっ」
相棒が「お腹空いたにゃ」とでも言うように俺の膝に頭を預けてきた。
思わず笑みがこぼれる。
神々と渡り合う戦略も大事だが、今はこの、膝に伝わる相棒の温かな重みと勝利の余韻に身を委ねていたい。
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