二千五十四話 夜空を裂く神獣の咆哮、精鋭たちは戦地を睨む
雷不が穿った大穴から、焦げ付いた魔力と土煙が霧のように舞い上がっている。
「閣下、大勝利!」
「にゃぉ」
「はい、なかなかの強者でしたが、アドゥムブラリの言葉にあるように、逃げずに戦うとは、少し頭が悪すぎる相手でしたね」
「他の誰かを逃がすための囮って可能性はあるわよ」
クナの言葉に黒獅子の姿から黒豹へと戻った相棒が、軽やかな足取りで歩み寄ってくる。
触手を揺らし、俺の足元に頭を擦り付けてきた。
「ハッ、相変わらず容赦ないな。しかし、あの<光槍技>はいつ見ても、派手だ。同時に魔界の相手には絶好の武器となる」
アドゥムブラリが、そう言いながら歩み寄ってくる。
金髪を無造作にかき上げ、手にした<魔弓魔霊・レポンヌクス>の残光を消した。不敵な笑みを浮かべ、消滅した魔族の残骸を無造作に踏み越えてくる。
「おう、確実を期した結果だな」
応じるとアドゥムブラリは肩をすくめた。
「あぁ、その『確実』の余波で、俺たちの髪が焦げなかっただけ良しとするか」
アドゥムブラリは、ルビーのような輝きを放つ指輪――。
ベキア・レサンビストからの愛情の印に指を添えた。
ヴィーネが静かに歩み寄る。
「ご主人様――」
と言いながら、持っていた翡翠の蛇弓を消す。
「お見事な戦いでした」
銀髪を夜風に揺らしながら傍らに並んだ。
その瞳には、主の勝利に対する誇りと、安堵の色が混ざり合っている。
「ヴィーネの牽制も助かった……ユイ、そっちは?」
ユイの他にフーと断罪槍流イルヴェーヌ師匠たちも活躍したようで会釈している。ユイは、
「……工作員の死体から、いくつか面白いものが出てる」
と、言うと、数本の奇妙な短筒とナーガ・ロベの紋章が刻まれた革袋を掲げてくれた。そこにサシィが魔斧槍源左を地面に突き立て、
「シュウヤとロロ様に皆も感謝だ。ナーガ・ロべたちの連絡網を入手できたのは非常に大きい」
続いてバーソロン、が、
「はい、このベルトアン荒涼地帯の隠れた拠点は、デラバイン族の兵と源左で接収し、この資料も、レンの下で精査しましょうか」
その言葉に皆が頷いた。
「あぁ、頼む。……では、皆、一旦【峰閣砦】へ戻ろう。情報の整理をしてから、吸血神ルグナド様のルグナドの類縁地へ向かう準備をしよう。そして、転移での帰還ではなく、相棒に乗って空旅をしながら【レン・サキナガの峰閣砦】に戻ろう」
「「承知しました」」
「にゃおぉ~」
黒豹は鳴きながら、体を一氣に巨大化。
神獣へと姿を変えて体から無数の触手を皆に伸ばしていく。
一瞬で頭部に皆を乗せた。
メイジナの灯りが遠くに見える夜空へと舞い上がった。
神獣の頭部に揺れながら、【メイジナの大街】の上空を滑空する。眼下には、無数の文明の光が碁盤の目のように広がり、その上空には色とりどりの角凧が夜風を捉えて泳いでいるのは先程と変わりない。
大平原を渡る湿った夜風が街の灯りを滲ませている。
魔力灯が放つ淡い紫や青の輝きが、碁盤の目の街路に沿って幾筋もの光の川を作り出し、時折、風に乗って遠くの広場から楽器の音色が微かに響いてきた。
青白い燐光に橙色の火が混ざる。
生活の灯りかな。
霧がかった夜氣の中で巨大な宝石箱のように揺らめいていくのは綺麗だ。
【レン・サキナガの峰閣砦】の重厚な威容が迫ってきた――。
神獣が砦の上部の昇降台が並ぶ巨大なテラスに着陸した。
皆、一斉に降りては、右側の階段を上り、大楼閣に向かう。
板の間の良い匂いを感じながら奥へと進めば、そこにはレンと魔技班の上草影衆たちが、待っていた。
奥から魔石を削るようなかすかな音が響く。
巻物を広げる乾いた音も重なった。
【煉極組】の方々かな。
天井の高い梁には、上草影衆のシンボルである辰の刺繍が施された垂れ幕が下がり、その間を魔力を含んだ風が通り抜けていく。
レンは、
「お帰りなさい、シュウヤ様、それに皆も」
柔和な笑みを浮かべて迎えてくれた。
頷いて、ユイが回収した革袋と奇妙な魔道具を彼女へと手渡す。
「まずは、これを見てくれ――」
「えっと……」
「あぁ、【ベルトアン荒涼地帯】を見て回って、ナーガ・ロベの魔族たちが屯していた隠れ家を発見、それを潰してきた。その工作員たちが持っていた資料と魔道具だ」
「「おぉ」」
「まぁ! 凄い」
レンと監獄主監ルミコたちが驚く。
ルミコは童女の稚児輪の髪形を揺らすように連続して跳躍しては魔技班の方々と踊り出す。結構可愛い。
レンは、
「ありがとうございます。ではルミコ――」
と、ルミコを呼ぶ。
ルミコは、顔を隠す魔布を被った魔技班の方々との踊りを取り止めた。
魔技班の呪術印的な辰の絵の刺繍はかなり渋い。
監獄主監ルミコは、上草影衆の精鋭部隊の魔技班の隊員数名に何かを告げてから、「はいさ」とレンに返事をして、
レンに近づく、レンと共に資料と魔道具を見ていく。
頷いたルミコは、「間違いない。ナーガ・ロベの連中、十層地獄の王トトグディウスの眷族の一人、血隠れのドガ・ブベの名と魔蛾王ゼバルの眷族たちの連絡場所、協力者の名に、魔蛾王ゼバルの名もある。百足魔族デアンホザーに偽装し、【デアンホザーの地】を抜けて、ここまで進出していたようだねぇ」
と語り、レンたちを見やる。
レンは真剣な表情を浮かべ、
「メイジナ、バーヴァイの周辺に『穴』が作られていたなんてね」
ルミコと頷き合う。
魔技班の隊員数名とも視線を向け、資料の一部を渡し、奥の工房へと指示を飛ばすと、「「承知!」」と返事の声が響いてきた。
一通りの報告を終えたところで、
「……では、ハンカイたちに連絡を取る」
「はい」
指先から<血魔力>を出した。
溢れ出た輝く鮮血は一瞬で指の動きに合わせ血文字の赤い文字が生まれていく――。
『ハンカイ、今からそちらに向かおうと思うが、戦の最中かな』
血文字を送ると、すぐにハンカイからの返答が、鮮血の輝きと共に綴られた。
『戦は戦だが、大丈夫だ。ルグナドのレカーや、ママニたちも傍にいる。先程、魔蛾王ゼバルと王魔デンレガの眷族と千人長を三人ほど仕留めたところ。俺たちは、ルグナドの類縁地の東、魔蛾王ゼバルの領域に進出し、そのケイラスラ高原の高台から、ムガラ墓群の窪地と、そこを守る砦、約二万の軍勢と対峙中だ』
『了解した。バーヴァイ地方とメイジナ大平原を結ぶ中間の、ベルトアン周辺で不穏な動きがあった。その隠れ家を潰したところだ』
『サシィにメイジナ様たちがいながら、それを掻い潜る相手は、ナーガ・ロベの遊撃部隊の連中だな』
『そうだ。今からそちらに向かう』
『了解したが、〝レドミヤの魔法鏡〟を利用したルグナドの類縁地からか、空からの奇襲か』
『空からの奇襲を予定だ。近くにきたらまた血文字で連絡しよう』
『了解した』
と、血文字を終わらせた。
「……向こうも派手にやっているようだな。二万の軍勢か。魔蛾王ゼバルも本腰を入れてきたらしい」
「はい」
「ハンカイたちからの事前情報を整理しておきたい。レン、頼めるか」
「準備はできています。ママニたちの偵察情報に地形調査を加えた戦場魔地図です」
レンが展開した魔地図には、ハンカイが守るケイラスラ高原の断崖と、その眼下に広がるムガラ墓群の窪地……そして、そこを黒く塗りつぶす二万の軍勢の配置が克明に記されていた。
初めて足を踏み入れる戦場だが、この俯瞰情報があれば、迷いなく最適な位置に奇襲をかけられる。
「……助かる。この地形なら、狙い所は明白だな」
「にゃお」
相棒だ。
獲物を定めたかのように鋭い眼光を地図に表示されている敵軍たちに向けていた。
アドゥムブラリが偽魔皇の擬三日月の柄を軽く叩きながら、
「サチとデラバインに、恐蒼将軍マドヴァが王魔デンレガの領域を喰い破っているからこそ、ルグナドの類縁地の戦いも楽になっている……魔皇メイジナ様、レン、バーソロンたちの采配も功を奏したということだ」
「ウォォン!」
アドゥムブラリの言葉にケーゼンベルスも大きいな声で応えた。
その重低音が砦の空氣と柱の幾つかを震わせ、振動させる。
そのケーゼンベルスの毛並みを撫でながら、魔地図を凝視した。
……多方面からの圧力が敵の連携を分断しているのは間違いない。
ヴィーネが、
「ルグナド様とノクターの眷族兵たちもいますが、敵方の二万の軍勢の他に大隊規模の伏兵がいるかもですからね。状況次第では、私達の動きが、ルグナドの類縁地の東、ケイラスラ高原とムガラ墓群の窪地の戦いを決めるかも知れません」
その言葉に頷いた。
銀色の蠱惑的な瞳には、戦士の熱が宿っている。
左右の手にガドリセスや陽迅弓ヘイズ、戦迅異剣コトナギを出現させては消している。そのたびに、腰に付いている透魔大竜ゲンジーダの胃袋のアイテムボックスが光を帯びていた。
「わたしも前線に出る」
「マイロード、私も出ましょう」
「主、我も出るぞ」
ユイ、カルード、ルリゼゼもやる氣を示す。
レンが、解析中の魔技班に目を向けつつ、俺の方を振り返った。
「シュウヤ様、資料の解析はこちらで進めておきます。ルミコたちと共に、メイジナ周辺の『穴』は確実に塞いでみせますから、類縁地の方はお願いしますね」
「あぁ、頼む。……さて、皆。ハンカイたちが待っている。休んでいる暇はなさそうだ。もう一度、空の旅を楽しもうか」
「「「承知!」」」
「シュウヤ様たち、ご武運を!」
「シュウヤ様、ここの地域は私たちにお任せを」
「主、魔槍杖バルドークに戻ることもできるが、どうしますか」
「主、我はここを守るぞ」
「おう、皆、頼む。バルドークはメイジナやケーゼンベルスたちとここの領域を守ってくれ」
「分かりました」
再びテラスへと戻る。
相棒は、巨大な神獣ロロディーヌに変化し、【レン・サキナガの峰閣砦】の回りを旋回していた。その神獣から無数の触手が飛来し、皆の体に絡むと、一氣に触手は収斂され、相棒の頭部に乗せられていく。
「――ロロ、目指すはケイラスラ高原、全速で頼む!」
「にゃおぉぉぉん!」
力強い咆哮が【峰閣砦】の周囲に響き渡った。
神獣は夜氣を切り裂き、爆発的な加速で北東の方角に向かう。
やる氣に満ちた皆を改めて見る。
さながら天空を征く動く城砦か。
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスが、俺の左右の前で片膝を付けて頭を垂れている。
月光を反射しているように光る星屑のマントを羽織った二人は渋い。
重厚な漆黒と紅蓮の甲冑を軋ませながら、物言わぬ守護者に見えた。
片膝の頭は相棒の頭部に付けているが、巨躯だから迫力がある。
微動だにせず、眼窩の炎の眼球が俺を捉えていた。
その傍らには、九槍卿の師匠たちとバフハールと魔界騎士シャイナスたちが並ぶ。バフハールは幻魔百鬼刀を宙空に浮かばせ、<夜伏外套>を展開していた。シャイナスは、ベリーズに黒銀の曲大剣を見せている。
そのベリーズは俺をチラッと見てから体を横に傾け、ウィンク。
爆乳がタプンタプンと揺れるさまは、興奮を覚えるが、今はあからさまな視線は向けなかった。
雷炎槍流シュリ師匠は、瞳に紅蓮と紫電の火花を散らせながら前方の戦域を睨み据えている。
女帝槍のレプイレス師匠は、強風に吹かれながらも乱れぬ優雅な姿勢で、その身に纏う圧倒的な覇気を夜空へと放っている。
悪愚槍流トースン師匠は鼻を鳴らし、凄まじい速度で流れる夜気さえも意に介さず、その双眸で獲物を探っていた。
塔魂魔槍のセイオクス師匠は、
「……無数の魂が我を呼ぶ……」
と、塔魂魔槍を右手に召喚している。
妙神槍流ソー師匠は、静かに目を閉じ、周囲の魔素の揺らぎから敵軍の配置を読み解いている。
飛怪槍流グラド師匠は、風の導線を掴むようにして前屈みになり、獄魔槍のグルド師匠は、腕を組み、その禍々しい魔力を周囲に霧散させながら、迫りくる戦場への渇望を滲ませていた。
そして、断罪槍流イルヴェーヌ師匠は、静かにヴィーネたちが連絡を取り合っている血文字の消えた宙を見つめ、これからの激突を予見するように、その純白の槍身を僅かに鳴らした。
かつての激戦を共に歩んだ師匠たちの存在は、奇襲するかも知れない威圧感を何倍にも膨れ上がらせているようだ。
更に師匠たちの後方には、俺の誇る眷族の美女たちが並び立つ。
銀髪を激しくなびかせるヴィーネ。
翡翠の蛇弓を具現化させていないが、いつでも引き絞れるようその指先には紅紫の魔力が通っている。
その隣、蒼炎の魔術師レベッカは、愛杖を手に「がんばりますか~」と不敵な笑みを浮かべ、瞳の中に蒼い火花を散らせていた。
ファーミリアは、「はい、光魔ルシヴァルとして、吸血神ルグナド様に貢献できるのは嬉しいです」と発言。
エヴァは、「ん」と同意し、<霊血魔導装具>を身に着ける。
黒髪に艶が出たような印象を醸し出した。
紫の双眸に美しさを湛えながら魔地図を凝視、紫の瞳には、地図の情報が載っていく。同時にサージロンの球も周囲に浮かばせ、微調整していた。
キサラはダモアヌンの魔槍を背負い、献身的な視線と共に魔界の空を見ている。ヴェロニカは、赤い双眸を細め、獲物の血の匂いを待ちわびる死神の如きオーラを全身から溢れさせていた。
メル、ベネットたちも、それぞれの武器や魔法を準備し、静かに闘志を研ぎ澄ましている。ユイ、カルードは互いの得物をフーに見せていた。
ルリゼゼは四本の曲刀を鞘に収めつつ、双頭の魔蛇槍を魔界の空に向けながら<血魔力>を持ち手に込めている。
九槍卿の師匠たちといい、<筆頭従者長>を中心とした光魔ルシヴァル軍の精鋭中の精鋭は頼もしい。
ゼメタスとアドモスを見ながら、姿勢を下げた。
相棒の頭部を優しく撫で、掌から伝わるその力強い鼓動を感じ取りつつ、
「――ロロ、速度はゆっくりでいいからな」
「にゃおぉ~」
続きは明日を予定、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




