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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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2052/2090

二百五十一話 転移の利便性と里への帰還

 神獣ロロディーヌは高度を上げて西へと突き進む。

 眼下を流れる景色は、かつてのポポブムでの旅とは比較にならないほどの速度で置き去りにされていく。


 振り返れば、東の地平の霞の中。

 エヴァの故郷である葉脈墳墓が佇んでいた荒野は、既に色を失い始めていた。大河ハイム川沿いに栄えたヘカトレイルやホルカーバム、そしてあのペルネーテの活氣さえも、今は遠い追憶の彼方へと流れていく。


 右手――北側に屏風のように連なるマハハイム山脈だけが、変わらぬ威容で俺たちの旅路に並走していた。

 

 山脈の間に穿たれたラド峠の険しい切り通しも、今はもう後方の影だ。


「……ん」


 エヴァが相棒の頭部の上で振り返る。

 レベッカとキサラも、右に広がる山脈を眺めていく。


「葉脈墳墓、ヘカトレイルも一瞬。もう見えない。あんなに歩くのが大変だった道が、一瞬で過ぎていく」


 小さくなっていくかつての旅路の景色を紫の瞳に映した。


「そうね、世界が本当に広い。ロロちゃんの大きい翼で、わたしたちの常識が塗り替えられていくような感覚となっているわ」

「はい、完全に同意します」


 レベッカとキサラに皆も同意するように視線を寄越した。

 ヴィーネも、


「そうですね、ゴルディーバの里が、この超巨大なマハハイム山脈の一部であることも、何か心に響きます」


 それはそうだな、と、頷いた。


 ヘルメとグィヴァも、


「ふふ、そうですね、精霊が息衝く場所がゴルディーバの里」

「はい……」


 と、己の体から水飛沫と雷状の魔力を発しながら語る。

 そこで、


「俺たちが何日も何ヶ月もかけて積み上げてきた歩みが、ロロのひと羽ばたきで過去になっていく……少し、不思議な氣分だ」

「ふふ、それが空を征する者の特権さね、シュウヤ。……さて、感傷に浸るのもいいけれど、前を見てごらん。ようやく見えてきたよ」


 クレインが肉球を揉む手を止め、金色のトンファーの先で西方を指し示す。視界の先――ドラゴン崖を超えて、マハハイム大陸の奥深く、地平線を埋め尽くさんばかりに広がっているのは平原と様々な街、都市。

 

 ラドフォード帝国の広大な所領。

 左に見えていた緑竜都市ルレクサンドも通り過ぎた。


 かつてのベファリッツ大帝国の版図を継ぐような立ち位置なんだろうか。東のオセべリア王国と争い続けていられるだけはある。

 この帝国の空域を越えなければ、目的地であるフロルセイル地方の傷場には辿り着けない。


「ンン」

「きゃ」


 神獣ロロディーヌは加速し上昇――。

 前方に見えていたドラゴン系のモンスターを避けたようだ。


 相棒が戦いを避けるほどの能力を感じたということだろう。


 この惑星セラの弱肉強食さは、凄まじいからな。


 そして、隣で、怯えたヴィーネが寄り掛かって、乳房の柔らかさを腕に感じて、少し嬉しくなっているのは内緒だ。そんな面持で、


「……こちらの東側に向かう時はワイバーンロードに嵐帝雷鳥ストームカイザー・ロックなどと戦ったが、また戦うことになるかもだからな。皆、準備はしておけよ~」

「あぁ、わしらはここで見とくぞ、弟子と光魔の眷族たちよ、がんばるのじゃ」


 と、飛怪槍流グラド師匠が語る。

 複数の槍を頭上に浮かばせている。


 相棒の専用のチェアを作ってもらっていたのか、そこに、寝そべっていて、顔の表見しか見えていなかったので、かなりシュールで面白く見えた。


 レベッカは、相棒の巨大な片耳の産毛を触りつつ、


「空飛ぶ鯨の群れは、さすがに連続して遭遇はしないようね~」


 と言いながら、巨大な相棒の右目の端辺りにまで歩いて遠くの雲の先を見やる。


 眼下の、雲間から時折覗かせるマハハイムの土地の時間が止まって見えた。

 

 神獣ロロディーヌは、マハハイムの空を滑るように西へと突き進む。


 背に設えられた黒毛のソファー席では、クレインとバフハールが魔酒の杯を重ね、その芳醇な香りが風に乗って流れていく。


 クレインが肉球のある手で器用に杯を傾け、


「……ふむ。この魔酒、喉越しがキリリとしていて悪くないねぇ」


 その向かいでは、バフハールが豪快に喉を鳴らして同じ酒を煽っていた。


「あぁ、心地良い風に、この熱い酒が染みる。シュウヤ、これはいい酒だ!」


 二人の戦士が魔酒を酌み交わす光景は、見ていて飽きない。

 そこへ、銀色の髪を揺らしたセレスティアが静かに歩み寄ってきた。無表情な瞳が、琥珀色の液体をじっと見つめる。


「……分析。この液体からは未知の魔力反応と、高濃度の精霊成分が検出されます。少し、興味深い味です」


 機械的な口調で感想を述べる彼女に、


「セレスティア、口に合ったか!?」「はい。味覚中枢に、芳醇という定義が上書きされました。システムに微細な多幸感信号を確認」


 その淡々とした、けれど確かな肯定に、クレインとバフハールが顔を見合わせて笑う。そんな穏やかな空氣の中、エヴァが相棒の頭部の上で前方を見据えた。


「……ん。山が見えてきた。イーゾン山脈」


 エヴァの指差す先、屏風のように連なる巨峰を俺たちは悠然と越えていく。眼下には【八峰大墳墓】の威容が過ぎ去り、迷宮都市イゾルガンデの活氣さえも一瞬で後方へと流れていった。  やがて、目的地であるフロルセイル地方の傷場が視界に入る。


「シュウヤ様、見えてきました! あちらが、わたくしたちが構築した簡易砦にございます」


 ビュシエが、真紅のドレスアーマーを揺らしながら前方の荒野を指し示した。そこには、急造ながらも堅牢な石造りの砦が構えられている。


 相棒が翼を広げて静かに着陸すると、待機していた手練れたちが膝をついて俺たちを迎えた。


 着地と同時に、クナが砦の中枢へと案内する。


「シュウヤ様、こちらへ。ビュシエと協力し、ペルネーテ、セナアプア、里との接続を完了しております。テスト運用を兼ねて、少人数で向かいましょうか」

「了解、ヴィーネたち、行こう」

「「はい」」


 俺とクナ、そして同行を希望した数名で転移陣に足を踏み入れた。


 視界が白銀に染まった直後、肺を満たしたのは、ゴルディーバの里の地下か。

 

 足下に転移陣の魔法陣はまだ光を帯びている。

 

 右には、『フロルセイル地方側の傷場には要注意、レファちゃんは一人でここには来ないように』


 と看板も設置されてある。

 手前には、ダイヤル式の魔道具があり、複数の魔線と、四角形の箱型魔機械に詰まっている極大魔石の上部が露出して見えていた。そのダイヤル式の魔道具のダイヤルは、各転移陣の地を示しているので、ダイヤルを回せば、そこに転移すると、非常に分かりやすいsystemが構築されていた。

 クナが、


「ダイヤルのこの先端を合わせて足を踏み入れたら、数秒後に自動的に転移する仕組みですの」

「あぁ、そのようだな」

「ゴルディーバの里の方々を傷場の近くに誘導するのは危険かと思いましたが、アキレス師匠様は、『否、クナ殿。転移陣の移動は便利だ。傷場の近くには危険は危険だとは分かっている。そして、わしらもここで大人しく隠居しているわけではないからな。これからもシュウヤとクナ殿たちとの絆は、大切にしたい想いなのだ』と仰って、アキレス師匠様に惚れかけましたわ、うふふふ」


 と、クナが怪しげに語る。

 一瞬、膝から崩れて、受け身を取りたくなったが自重した。


 そして、扉を開けると螺旋階段があり、梯子も設置されている。

 それは使わず、<武行氣>で上昇し、天井に両足を付けて、天井から両足を離し、一回転をしながら地面に着地。

 扉のない円形の出入り口からは、ゴルディーバの里、小屋が見えている。


 濃密なゴルディーバの里の匂いが一氣に肺を満たした。

 そこから外に出ると、アキレス師匠たちがいた。


「……おぉ? シュウヤ、早速転移陣を使ったのだな。というか、神獣様の加速は、もうフロルセイル地方側に着いたということか。なんと速さなのだ……」

「はい、ただいまです。レファも。これからはこうして、転移陣から直接里へ来れるようになった証明です」

「うん、シュウヤ兄ちゃんたちと繋がりを得た!」


 レファが目を輝かせて駆け寄ってきた。そのレファの背を優しく撫でる。

 

 師匠に転移陣の仕組みと利便性を説明したが、師匠は両目を細め、


「……便利になるのう」

「うん、クナお姉ちゃんたちから説明してもらったけど、使い方も楽!」

「うむ」

「師匠とレファ、フロルセイル地方側の傷場近くの転移ですが、砦の守りは固めてありますが、緊急時以外は、使用はなるべく控えてください」

「分かっておる」

「うん! でもマバオンの乳袋は見たいし、触りたいかも……」


 レファの言葉に笑った。


「それを誰に聞いたんだ?」

「レベッカお姉ちゃんとエヴァお姉ちゃんから!」

「ん、ごめん」

「え、フロルセイル地方と魔界の【デアンホザーの地】のことは伝えるのが義務ってもんでしょう、魔皇獣咆ケーゼンベルスのことも伝えたら、会いたい! 会う! とレファちゃん興奮していたわよね~」

「あ、うん! シュウヤ兄ちゃん、今度、魔皇獣咆ケーゼンベルスのモフモフに会わせてくれる?」


 レファの純粋な瞳。

 頷くしかなかった。


「分かった。それは今度な」

「わーい!」

「ん、お姉ちゃんたちも傍にいるから、大丈夫」

「うん、エヴァお姉ちゃん大好き――」


 エヴァに抱きつくレファの無邪気な様子に、自然と口角が上がる。


 求めていたのは、こうした穏やかな繋がりだったのかもしれない。

 胸の奥が温かくなるのを感じながら、皆への感謝が湧き上がってくる。


 ありがとう、皆。


「……では、戻ります」

「おう」

「またね、シュウヤ兄ちゃん!」

「おう」


 短い再会と連絡を終え、俺たちは再び転移陣を通り、フロルセイルの砦へと戻った。


「――さて」


 砦から出て傷場の前に移動した。

 

 アイテムボックスから魔霊のシンバルと魔王の楽譜第五楽章を取り出した。


 相変わらず、凄まじい威圧感を放つ楽譜だ。


「皆、楽器と楽譜を使う」

「「「はい!」」」


 既に浮いている〝魔王の楽譜第五楽章〟を見ながら魔霊のシンバルに魔力を込めて、叩くと、自然と〝魔王の楽譜第五楽章〟と連動したように楽譜から、小人のピエロのような存在が現れて、奇っ怪な魔声を響かせていく。

 

 一定の周波数帯を刺激する音波が惑星セラに浸透したように広がると一瞬で、傷場は開く。


 傷場の中心の奥には、魔皇メイジナ様と神魔の女神バルドーク、第一王女ギュルアルデベロンテ、〝巧手四櫂〟のゾウバチ、ズィル、インミミ、イズチ、魔命の勾玉メンノアと、レガランターラ、巨大な魔皇獣咆ケーゼンベルスたちがいる。

 <筆頭従者長>バーソロンやサシィやレンは【レン・サキナガの峰閣砦】かな。


「にゃ~」


 姿を小さくしていた黒猫(ロロ)が鳴く。


「ん、ケーちゃん、待ってたのね」

「可愛いです」

「ふふ、たしかに、こうしてみると巨大な犬が、忠犬のようにシュウヤを待っているようにしか見えないけど」

「あぁ、そうだな。では行くぞ」


 皆で傷場を潜り抜けた。

 【デアンホザーの地】の傷場に戻る。

続きは明日を予定。HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミック版1巻-3巻発売中。

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