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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千四十九話 ゴルディーバの旅立ちとランファ・セヤルカ

 翌朝。

 顔面を押し潰すような、温かくも重量感のある感触で目が覚めた。目を開けると、視界いっぱいに黒い毛並みが広がっている。相棒が俺の顔を枕代わりにして、丸くなっていた。口をもぐもぐさせている。体を揺すってみたが、相棒は起きない。


「……ん、相棒。朝だぞ」


 くぐもった声で話しかけながら、再び体を揺らす。


「ン、にゃ~」


 反応した黒猫(ロロ)が、両前足を、俺の顔に当てながら背筋を伸ばし、のっそりと起き上がる。


 大きなあくびと共にピンク色の舌がくるりと巻かれ、「フンガッ」と息を呑み込むような音を響かせる。


 前足を伸ばして大きく背伸びをすると、俺の顔の上から軽やかに飛び降りていた。

 トタッと床に着地した相棒は、扉の方を向いて「ンン、にゃ」と鳴いた。


 その瞳は『はやく』と訴えている。

 昨夜お預けを食らった虹色キジのことが頭にあるらしい。


「はは、分かってる」


 上体を起こし、軽くストレッチした。

 ――ゴルディーバの澄んだ空気が、肺の奥まで染み渡る。


 昨夜の酒も完全に抜けており、体調は万全。<仙血真髄>による魔力の循環も心地よい。

 着替えて小屋の外に出ると、森の朝露が朝日に照らされ、宝石のように輝いていた。


「お、早いのうシュウヤ」


 母屋の軒先で、アキレス師匠が腕組みをして待っていた。その視線の先には、昨夜吊るした仙葉(せんば)の包みがある。


「おはようございます、師匠。熟成具合はどうですか?」「ふぉっふぉ、完璧だ。葉の色が変わっておるだろう? これが魔力が肉に馴染んだ証拠」


 見れば、鮮やかな緑色だった仙葉が深い茶色に変色している。師匠は俺たちと足下に来た黒猫(ロロ)を見て、微笑む。

 そして、包みを解くと中から現れた虹色キジの肉は昨日よりも色が濃くなり、艶やかな光沢を放っていた。

「ンン、にゃぉ~」と驚きを含んで鳴いている黒猫(ロロ)さんだ。


 その虹色キジの肉からは、生臭さは一切ない。

 どこかフルーティーで濃厚な香りが漂ってくる。


「にゃ、にゃ!」


 相棒が興奮して跳ね回る。

 触手がシュルシュルと伸び、今にも肉を奪い取りそうな勢いだ。


「こら、待て。今、焼いてやるから」

「そうじゃな。シンプルに炙るのが一番だ」


 師匠が用意していたゴルディーバの里でよく使う炉に火を入れた。薪には、香りの良い香木が混ぜられている。

 

 串に刺した虹色キジの肉を、遠火でじっくりと炙っていくと、チリチリと脂が爆ぜる音が響く。


 香ばしい煙が立ち上る。

 ――タマランな。

 その匂いに釣られるように、新築のログハウスからも皆が顔を出した。


「ん……いい匂い」


 眠たげな目を擦りながら、エヴァが出てくる。

 その背後からヴィーネも姿を見せ、


「おはようございます、ご主人様、師匠様。朝から豪勢な香りです」

「ふふ、お腹が鳴ってしまいました」


 とキサラも細いお腹をさする。

 魅惑的だ。

 それは言わずに、皆を見て、


「あぁ、昨日の続きだ。皆も座ってくれ」


 焼き上がった肉を切り分け、皿に盛る。

 まずは相棒に、一番大きな塊を差し出した。


「ほら、お前が見つけた獲物だ」

「ン! にゃ!」


 相棒はガフッと肉に食らいつく。

 ハフハフと熱そうにしながらも、その目は至福に細められていた。俺も一口、口に運ぶ。

 ――美味い。

 昨夜の刺身や内臓とは別物。

 熟成されたことで繊維が解け、噛むたびに濃厚な旨味のジュースが溢れ出してくる。


 口の端に溢れ出したタレを舌先で掬う――。口の端に溢れ出したタレを舌を出して掬う――。そのさいエヴァと目があって互いに「ん」「ははは」と笑った。

 

 言葉はなくとも通じ合う。

 改めて肉の美味さを噛み締めた。


 光属性の魔力が作用しているのか、体の内側からポカポカと温かくなる感覚もあった。

 メルは、


「これは……驚きです。肉ですが、まるで上質な果実のような甘みもあります」

「うん、美味しいお肉……」


 起きてきたレベッカもしみじみと語る。

 キサラも、一口食べて目を丸くしていた。


 そこに、地下への扉が開き、クナとルシェルとキュベラスが姿を現した。キュベラスも合流していたか。

 リスのケニィは彼女の肩に乗っている。

 

 そして、三人は徹夜の作業だったはずだが、光魔ルシヴァルだ。疲労は皆無だろう。


 むしろ充実感からか、その表情は明るく輝いている。


「おはようございます、シュウヤ様。アキレス様」

「おはようございます、皆様」

「シュウヤ様、昨夜、砂城タータイムを含めて、行き来を繰り返し、合流しました」


 キュベラスの言葉に頷く。

 皆を見て、


「おはよう……その顔を見ると、上手くいったようだな」


 クナが自信たっぷりに頷き、名匠マハ・ティカルの魔机に広げた図面を指差す。


「はい。地下の魔力溜まりを利用した『固定式転移陣』の設置、完了いたしました。これで、〝レドミヤの魔法鏡〟を使わずとも、セラの各地域のセーフハウスとサイデイル、ペルネーテ、セナアプア、砂城タータイムの内部。そして、新しくフロルセイル地方の傷場の前にビュシエたちが造り上げた砦の内部。そのすべてと、この里は繋がったことになります」

「おぉ! それは重畳!」


 アキレス師匠が膝を打って喜ぶ。


「「おぉ」」

「素晴らしい、外の町に買い物が……キッシュさんとも会えるのですね」


 ラビさんの言葉に、


「はい、もう皆には血文字で連絡済みです」


 これで、物理的な距離は関係なくなった。

 何かあればすぐに駆けつけられるし、師匠たちが遊びに来ることもできる。


「ご苦労だった、クナ、ルシェル、キュベラス。まずはこれを食ってくれ」

「ありがとうございます。……んっ、美味しい!」


 皆が笑顔で朝食を囲む。

 ゴルディーバの里での、穏やかな一日の始まりだった。


 食事を終え、ラビさんが出してくれたお茶で一服していると、ラグレンとレファも起きてきて、残りの肉を平らげた。そして、出発の時が来る。


「……行くのか、シュウヤ」


 ラグレンが寂しげに、しかし男らしく笑って見送る。 レファは泣くのを我慢しているのか、唇をぎゅっと噛み締めていた。


「あぁ。だが、今生の別れじゃない。転移陣もあるし、すぐに会えるさ」

「うん! シュウヤ兄ちゃん、わたし、もっともっと強くなるからね! 今度会う時は、絶対に驚かせてやるんだから!」

「楽しみにしてるよ」


 レファの頭を撫でてやると、彼女は堪えきれずに俺の腰に抱きついてきた。

 その小さな背中を優しく叩く。


 アキレス師匠が、一歩前に進み出た。

 その手には、愛用のタンザの黒槍が握られている。


「シュウヤよ。風は留まらぬと言ったが……お主という風が、時折こうして戻ってきてくれるなら、この老木もまだまだ枯れるわけにはいかんの」

「師匠……長生きしてくださいよ。俺の目標なんですから」

「カカッ! 当たり前よ。お主に追い越されたまま終わるつもりはないわい」


 師匠と硬い握手を交わす。

 その掌の分厚さと温もりを、心に刻み込んだ。


「では、行きます! 相棒!」

「にゃおぉぉぉン!」


 黒猫(ロロ)が咆哮と共に巨大化し、神獣ロロディーヌの姿となる。

 俺たちはその背へと飛び乗った。


「またな、皆!」

「行ってらっしゃい!」

「お元氣で!」


 師匠たちの見送る声を背に、ロロディーヌが大空へと駆け上がる。眼下に小さくなっていくゴルディーバの里。 爆発的な加速に、風景が後方へと置き去りにされていく。雲を突き抜けると、視界は一氣に開けた。


 ――朝日を浴びて輝く雲海。

 その切れ間から覗く樹海は、まるで深緑の絨毯のようにどこまでも続いていた。


 冷たくも心地よい強風が髪や服を激しく叩く。

 だが、そこには確かな絆の糸が繋がっている。


 風を切る音の中――前を見据えた。

 すると、ビュシエが血文字で、


『シュウヤ様、クナたちと合同で、簡易的な砦を傷場の前に造り上げた転移陣は利用できますが、空旅の選択を?』

『あぁ、ここから南は、エルフの領域。テラメイ王国だ。【ベファリッツ大帝国】の系譜を含んだ国だし、今はクレインとレベッカが傍にいる。その説明をしようかと思ってな』

『なるほど、そうでしたか。では、キュベラスを使って、私をそこに戻してくださいませ』

『了解した』


 キュベラスは、俺とビュシエとの血文字を見ている。

 すぐに頷いて少し浮遊すると、相棒は「ンン」と鳴いて動きを止める。宙空での静止。


 背中の足場が安定したのを確認したキュベラスは、


「ロロ様、ありがとう、すぐに――」


 と<異界の門>を発動していた。

 その大きい石門からフロルセイル地方側の傷場前にいたであろうビュシエが現れた。

 

 ふわりと真紅のドレスアーマーをなびかせ、優雅に膝を折った。


「お待たせいたしました、シュウヤ様。そして、お久しぶりです、皆様」


 ビュシエは立ち上がるとレベッカやクレイン、ヴィーネたちに会釈を送る。


「レベッカとクレイン、【ベファリッツ大帝国】の系譜があるとされるテラメイ王国は、初めてなのですよね」

「うん」

「そうなるねぇ、【ベファリッツ大帝国】の、この地方を治めていた大貴族の名さ」


 レベッカとクレインが語る。


 レベッカは、竜杖の先端に宿る二匹の竜、ナイトオブソブリンとペルマドンが、ビュシエに挨拶するかのように小さく火の粉を吐いた。


「さぁ、行くぞ。ロロ」

「ン、にゃ~!」


 ロロディーヌが咆哮し、再び加速する。


 ビュシエはファーミリアとも会釈してから、隣に腰を下ろし、慣れた手つきで俺の腕に自身の腕を絡ませてきた。

 その体温と柔らかさを感じながら、眼下を見下ろす。


 ゴルディーバの樹海を抜け、景色は次第に整然とした巨木の森へと変わっていく。


 ――植生が明らかに変わった。


 荒々しく枝を伸ばす原生林とは異なり、この森の巨木はどれも天を衝くように真っ直ぐで葉の色も淡い翡翠色を帯びている。森全体が何らかの意思によって管理されているような静謐さがあった。


 神秘的な霧が漂い、所々に白亜の尖塔が木々と一体化するように聳えている。


 ――エルフの領域、テラメイ王国だ。


「懐かしいな……」


 かつてラグレンと共に旅し、通り抜けた森。

 あの時は地上をポポブムで進んだが、今は神獣の背に乗り、空から俯瞰している。


「ここが、エルフの領域、シュウヤが旅をした……」

「ん、〝知記憶の王樹の器〟で記憶にある通り」


 レベッカとエヴァが身を乗り出す。

 

 北の【元皇都キシリア】と、この南の【テラメイ】。 かつて同じ【ベファリッツ大帝国】の系譜にあった土地同士だ、やはり氣になるか。


「ここは、山脈を越えた北の魔境とは環境が大きく異なる。エルフ社会は健在のはず、ただ、独立紛争を生き延びたおかげで、だいぶ閉鎖的のはずだ。以前通った時は――」


 説明しようとした時――。

 ヒュンッ! ヒュンッ!


 鋭い風切り音と共に下方の樹冠から数条の緑色の光矢が放たれてきた。

 殺氣は薄いが、明確な警告射撃。

 俺たちの進路前方を塞ぐように、空中で魔法陣が展開される。


「ンン!」

「ロロ、一応の警戒だが、反撃はするな」

「ンン、にゃ~」


 ロロディーヌが即座に反応し身を翻して回避行動をとる。


 直後、森の中から数騎の影が飛び出してきた。

 風を纏い、巨大な鳥?

 否、鳥の両足にワイヤーがぶら下がり、そのワイヤーが体に付いている。


「あの装備と、魔獣鳥は見たことがなかったが」

「あぁ、エルフの空騎兵の一部さね、しかし、グリフォンでもない、だいぶ古い魔獣鳥ホールゴトンの空騎兵だね」


 とクレインが語る。

 クレインの言葉通り、大鷲よりもひと回り巨大な猛禽類――ホールゴトンに乗った空騎兵たちが、旋回しながら俺たちを取り囲む。

 彼らは鞍に跨るのではなく、特殊なハーネスとワイヤーで鳥の腹部や背に体を固定し、風に煽られながらも自在に武器を構えていた。極めて実戦的で、荒々しい騎乗スタイルだ。


「何者だ! ここはテラメイ王国の神聖なる領空である! 直ちに着陸せよ!」


 先頭を飛ぶホールゴトンの乗り手が、風魔法に乗せた凛とした声を張り上げる。

 その声を聞いて、思わず口元を緩めた。


 風に舞う特徴的なアッシュブロンドの髪。

 そして、遠目でも分かる……。

 

 整った顔立ちの右頬にある蛇の入れ墨。


 相棒のロロディーヌに合図を送り、宙空で静止させた。

 相手も、巨大な黒狼の姿をしたロロディーヌ、そしてそこから漂う圧倒的な魔力に畏怖したのか、包囲しつつも距離を取っている。


「警告する! 正体不明の侵入者よ、速やかに……!?」


 隊長らしき女性エルフ、ランファ・セヤルカが、俺の顔を見て絶句した。

 青い瞳が見開かれ、信じられないものを見るように瞬きを繰り返す。


「お前……まさか、あの時の『人族』か!?」


 そこで、片手を上げて、


「よう、久しぶりだな。ランファ」


 アイムフレンドリー、気楽な調子で声をかけた。


続きは明日を予定、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミックス1巻-3巻発売中。

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