二百四話 あいす
三人称です。
2021/06/15 23:11 魔獣肉専門店の肉屋チャロガ追加&修正
◇◆◇◆
第二円卓通り。
ペルネーテ迷宮都市にある三つある大通りの一つの名だ。この大通りの両側には様々な商店が並ぶ。
まず目に付くのは魔獣肉専門店の肉屋チャロガ。この店の店主は、大きな太鼓腹のドワーフ。
名はハク・チャロガ。
大きな口ひげと蓄えた顎髭が割れた顎の合うように半分しかない。
どういう理由か不明だが、十代に入る歳に入ると顔の下半分の毛が生えにくくなるからだ。
そのチャロガのドワーフが調理する魔獣はペルネーテの地下を彷徨うゴーメラインという名の縦長のイノシシ系の魔獣だ。
地下といっても水晶の塊から向かう邪界ヘルローネと通じる迷宮世界ではない。
そして、ゴーメラインの肉は体力魔力精神力を回復すると言われている大変栄養価が高い肉。
だが、同時に非常に硬い肉としてペルネーテ美食会では有名な品だ。
この栄養価の高い肉をどう調理するか。
その肉調理の方法で調理人の腕がどの程度か伺い知れる指標となる素材でもあった。
更に、ハク・チャロガは、祖先のチャロガ氏族から伝わる秘伝の調理法を幾つも持つ一流の調理人でもあった。ペルネーテ美食会が主催するペルネーテ美食競技大会〝愛と美色と金色の牛角〟では、審査員長を務めることが多い。
そんな有名な調理人の肉屋以外にも、八百屋、花屋、鍛冶屋、魔道具店、葬儀屋、布屋、などが並ぶ。
通りを行き交う人々も多種多様な種族たちばかりだ。
租税要件の資料を積んだ貴族用の馬車。
ドワーフが騎乗した魔獣の大商隊。
御者の猫獣人の馬車。
眉毛が眉間で繋がるどこかの警官のような中年人族の冒険者。
虎獣人商人。
金色の髪で白絹ワンピースが似合う女優。
牛顔のまさに牛種族と思われる冒険者、馬顔の人族の商人、蛙顔のチンピラといった特徴的な顔を持つ種族たちだ。
そんな円卓通りで、男女問わず視線を集める絶世の美女集団。
と、人族の男がいる。
美女たちの中心にいる彼は、夜色の髪と夜色の深い闇を感じさせる魅惑的な瞳を持っていた。
革服を上下に着て肩に可愛らしい黒猫を乗せた男で飄々とした姿ではあるが、魔闘術や導魔術とは異なる独特のオーラを発している。
通りを行き交う男たちは、あの男が、美女たちを連れている彼氏なのか?
という思いが重なり、チッと舌打ちの音があちこちから響いていた。
中には、黄色い野太い声もあったが。
夜の髪を持つ男にはあちこちから嫉妬と好奇の視線が集うが、その男たちの視線など気にしない。
美女を連れて逍遥を楽しんでいた。
美女たちの姿に視線が集まるのは美しいから仕方がない。
そして、もう一つ理由があった。
彼には特別な<真祖の力>がある。
整った顔を持つ一見は普通の男だが……。
彼の夜色を感じさせる瞳を見てしまうと、不思議と彼の瞳ばかりでなく姿を注視してしまうのだ。
そんな特別な力を持つ彼の名は、シュウヤ・カガリ。
その彼の肩で休む黒猫の名はロロディーヌ。
ある業界、界隈では【槍使いと、黒猫】と呼ばれ恐れられた存在だ。
そのシュウヤの側を取り合いロロディーヌを触りながら笑い楽しく歩く絶世の美女集団。
シュウヤはそんな美しく目立つ選ばれし眷属たちの様子を眺めては……。
満足そうに微笑んでいた。
その微笑みは、通りを行き交う女たちの心にも響くものがあるのは、視線の数が物語る。
「ふふ~ん」
その眷属の一人、小柄な黄金色の髪を持つレベッカは楽し気に歩く。
魔導車椅子を操り進むエヴァは、レベッカの黄金色の髪を羨ましそうに眺めながら小さい唇を動かした。
「ん、レベッカ嬉しそう」
「うん。シュウヤと買い物だもん……」
レベッカは、親友、家族でもあるエヴァの顔を見つめながら、
「そういうエヴァだって、嬉しそうに天使の顔を浮かべているじゃない~」
紫の瞳と天使の笑顔はいつも癒されるのよねぇ……と思いながら、エヴァへ話していた。
勿論、彼女にとってエヴァと一緒の買い物タイムは楽しい時間ではある。
だが、今日はいつもと違う。
そう滅多にない、気まぐれな宗主、愛してる人物も一緒にいる買い物タイムである。心が躍るのは仕方がないのだ。
「ん、当然。皆で買い物、楽しい」
エヴァは、一見ツイードのような素材の上質ワンピースを着ている。
つい先日にシュウヤからお土産に貰ったネックレスを装着した襟元はカッティングされており、腰もローウェストで引き締まって見えるワンピ服。
車椅子に乗りながらでも、皺が寄らないので特別な布生地と推察できた。
「でしょ~? ここの通りも色々な店があって面白いし、あ、エヴァ、その靴、もしかして……」
「ん、そう、新しい靴。忙しいミスティにお願いして、一緒に作った」
エヴァは履いている靴を見せる。
乗馬用のようなトラッドブーツ。
「そそ、マスターから貰った鳳凰角の粉末を用いて作ったの、エヴァの魔導車椅子に対応した新しい靴よ。防具的には普通の革だし、専門外だから、全く期待できないけど、おしゃれになるよう頑張ったわ」
ミスティが指摘したように、エヴァが履いているブーツの裏側にはバックファスナー付きの金属部位も付き、横には銀色の鋲と細かな金属線がキルティング生地のように編み込まれてあるので、初号機型の変形に合う仕組みが施されているのだろう。
「おしゃれ装備ね。でも、大切な粉末を使って大丈夫なの?」
美しい夜色の髪を持ち、白磁のような白肌を持つユイの言葉だ。
「大丈夫よ。マスターが持ってきた量は並じゃないから。本当、最初見た時は驚いて袋を落としちゃいそうだったんだから……」
「そっか~。なら大丈夫そうね」
ユイは飴の棒を小さい舌で舐めながら語る。
「少し羨ましい~。金属の事は分からないけど、ミスティはおしゃれな靴を作る才能もあると思う。わたしも何かサンダル系の作って欲しいな」
「褒めても駄目よ。レベッカは沢山持ってるでしょう~」
ミスティは先生慣れをしているのか、どことなく生徒に対する口ぶりとなっていた。
「そうだけど~」
「皆、それより、目当ての店はこの先でしょう~? 買い物達人のレベッカ、案内頼むわよ」
そう語るユイ。
右肩に特殊魔刀が納まる鞘を預けて、片手にはシュウヤに買ってもらった飴の棒を舐めていた。
ユイは、鎖帷子系の鎧からイレギュラーな黒カーディガンを羽織っている。
そして、通りを歩きつつ時折鋭い視線を通りの端に向けていた。
勿論、魔刀の柄を持ちながらだ。
警戒を怠らないのは闇ギルドの仕事の癖と言える。
「了解~」
レベッカの声はエルフの歌手の如く甲高い。
歌手とかできるんじゃと、皆に指摘を受けているが、本人は『わたしは、究極の魔法絵師を目指しているんだから! 蒼炎を使いつつだけど……』と語っていた。
レベッカは、微笑みを皆に向けて、楽しそうにスキップをしつつ先頭を歩く。
彼女の履くパニエ付きツイードスカートの下から綺麗な生足が見えていた。
勿論、シュウヤの視線は一瞬にして、レベッカの生足へ注がれる。
レベッカの態度から分かる通り、綺麗な選ばれし眷属たちは、皆、総じて機嫌が良かった。
「ご主人様。アイテムボックスを持っていると買い物も楽ですね」
小柄レベッカの生足に魅かれていたシュウヤだったが、そのヴィーネの声を聞いて、微笑みながらヴィーネの銀色の髪を見る。
シュウヤが魅了されるのも仕方がない。
ヴィーネは、選ばれし眷属の中でも一際綺麗な銀髪を持つ。
より、光沢を出す髪の色を変えている効果もあるが。
そのヴィーネは、シュウヤに買ってもらったショルダーネックレスを肩に掛け、銀の薄い生地の魔力がある迷宮産のワンピースを着ている。
背中には胸ベルトと紐で繋がる翡翠の蛇弓を装着。
腰ベルトには道具袋と剣帯がある。
防具のタセットの腰ベルトの剣帯に収まる蛇剣が揺れる。
長いスラリと伸びた足の歩みは、周囲の男たちを魅了する。そのヴィーネを眺めた。
膝を隠す紅色のロングブーツが、綺麗な青い太腿を余計にアピールしているように見える。
そんな男のたちの視線が気に食わないシュウヤだったが、顔に出さず、銀色の瞳のヴィーネをジッと見ては、
「……あぁ、そりゃな、手提げ袋を持っていたほうが買い物した気分になる」
と語るとミスティが細い腕を店先に伸ばす。
「――あ、あそこ。桃色の屋根と細形の店。生徒たちが噂していた店。オセべリア東部で育ったレーメの乳の素材を生かしたお菓子を出す店かもしれない」
ミスティは先鋭的な衣装。
薄手のタートルネックのシルク服。
光沢が煌びやかだ。
そして、腕を伸ばす仕草は、元貴族を思わせる。更に、腕を斜め上に伸ばした。
ボディラインが余計に目立つ。
その女性としての洗練された肉体美は美しい。
レベッカが、
「へぇー。ミスティはさすが講師ね。学生たちの流行もチェックしている。目的の卵料理店とは違うけど、今日あそこの店に行ってみる?」
と、ミスティの指を差した店の様子を見ながら語る。
「ん、うん。乳のお菓子? 新しいの食べてみたい」
「ルンガの乳製品とはまた違うのかしらね」
「桃色の屋根か。少し気になる……行ってみようか」
シュウヤは黒瞳を輝かせている。
桃色とな? 桃色髪を持つ美人店主ではないだろうか。と、考えている顔付きである。
「行くのね。生徒たちの視線が気になるけど」
「別にいいじゃない。そういえば、こないだ女の生徒に告白されたとか言ってたけど、あれからどうなったのよ」
ミスティは少し頬をひくつかせ、
「……表面は普通に接しているけど、少し、気まずいわ」
「その子は美人なのか?」
「えぇ、それなりに」
ミスティのその言葉を聞くと、シュウヤは黒眉をピクリと動かし、夜の瞳を輝かせながら何かを想像している顔付きを浮かべる。
「シュウヤ、何か変な事を想像してないでしょうね?」
同じく夜の瞳を持つユイがその瞳を細めながら指摘していた。
「変なことは考えてない。ミスティが普通でよかったと安心していたところだ」
「もうっ笑いごとじゃないのよ。こっちは結構悩んでいるんだから……」
ミスティは同性愛に理解は示していたつもりだが、まさか自分がその当事者になるとは思いもしなかったのである。
彼女は講師の立場、先生の立場であり、生徒の思いは真剣に考えていたのだ。
「済まん。だが、先生の立場としてよくやってるよ」
「そう? マスターにそう言われると凄く身に染みて嬉しいのだけど……」
「シュウヤのいう通りよ。わたし尊敬しているよ? 自信を持ちなさい」
レベッカは腰に手を当て、何処ぞの師匠のように語っていた。
それを聞いたミスティは目を瞬きさせて、
「尊敬……嬉しい。レベッカにも今度、靴を作ってあげる」
「やった! ということで、あの店にいくわよー」
「ん、楽しみ」
レベッカの掛け声と共に、シュウヤと選ばれし眷属たちは足早にピンク屋根がある店へ向かった。
綺麗な美女でもある眷属たちの身体能力を生かした素早い移動。
美女たちを見ていた第二円卓通りを歩いていた一般人からは、一瞬で消えたように見えたに違いない。
急に美女たちが消えたので、皆、あれ? という呆けた顔を浮かべてた。
そして、突如、店の前に現れた謎な美女集団と黒髪の男。
「ここかぁ、看板の字、タナカ菓子店か」
「ん、皆、凄い美味しそうに食べている」
エヴァが指摘するように、周りの一般客は陶器の器に乗せられた白いモノを木製スプーンを使い美味しそうに食べていた。
急に現れた美女集団に対しては、男たちが羨む視線を送るだけ。
別段に驚いた様子は見せてない。
白い乳製品、アイスらしいものが余程に美味しいようだ。
「……タナカか、まさかな」
シュウヤは何かを知っている顔付きで語った。
その愛しい宗主の様子を秘書的なポーズで観察していた、ダークエルフである聡いヴィーネが、何やら感づいた顔色を示すと、
「ご主人様、お知り合いですか?」
「いや、会ったことはないが……ま、入ってみよう」
シュウヤは笑顔で皆に語り、タナカ菓子店の中へ誘導し入っていく。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃい~」
メイドの格好をした店員たちが笑顔で出迎える。
一般の方もそれなりにいるが、ミスティが語っていたように、客には魔法学院の生徒も多い。
人気の店らしく混雑していた。
「わぁ……」
レベッカが金髪を靡かせながら店内を見渡し話していく。
「おしゃれなお店ねぇ」
確かに、この店は他とは少し違っていた。
古代ギリシャをモチーフとしながらも、現代的なこげ茶色の家具が並ぶ。
白色と僅かな黒色で店内は統一されている。
シュウヤは、ここは現代的なカフェ&アイスクリーム店だな。と、考えつつレベッカの言葉に素直に頷いていた。
左側にはカウンター。
硝子の容器のアイス売り場がある。
冷える機構が整えられた容器の中には琥珀色の大人アイスと乳白色の普通アイスが売られていた。
シュウヤは、琥珀色のアイスを凝視。
夜色の瞳を輝かせていた。
そして、ブランデーを使ったアイスなのか?
……この世界には当然ワインがある。
葡萄を活かした香り高い蒸留酒が作られているんだろう。昔、ラグレン、師匠、ラビさんと一緒に飲んだ酒もラグレンは、エルフから手に入れた壺を酒作りに用いていた。
と語っていたのは覚えている。
この南マハハイム地方にも、魔法の壺と似たような特別な蒸留法などを用いて酒を造るドワーフ、エルフ、人族たちはいるはずだ。
酒の製造を秘匿して利益を得ているかも知れない。そうならば、この店主は酒を仕入れているか? 独自に酒作りを行っている可能性もある。
そう思考を重ねるシュウヤ。
店の店主を転生者、転移者と推測していた。
一方で、博士気質なミスティは硝子の中に設置されてある魔道具に注目していた。
杖の先端にあるような青宝石が、別個な金属枠に嵌められ魔力を放っている。
「……ん、琥珀色の大人あいす?」
エヴァは見たことのない菓子を見て、不思議に思い呟く。
「たぶん、酒を使ったアイスか、キャラメル系と思う」
シュウヤはエヴァに説明しながらも店の名前と内装から、ここの店主は、転生者、転移者ではないかと推察していた。
「聞いたことないお菓子ね。皆、食べるんでしょ?」
「うん、普通の」
「ん、食べる!」
「はい、普通のあいすを食べてみたいです」
ユイ、エヴァ、ヴィーネは普通のアイスを注文。
「当然ね、店内とこの魔道具を少しスケッチするから、わたしの分も買っておいて、欲しいのは綺麗な大人のアイス」
「了解。わたしも、お・と・な・だから、大人のあいす~。で、シュウヤは?」
ミスティのお姉さん的な台詞に反応したレベッカがふざけた調子で聞いていたが、その聞かれたシュウヤは、店主の姿を探していた。
店員は、皆、美しい女性メイドさん。
店主らしき人物は見当たらないが……。
「シュウヤ?」
「あ、あぁ、俺とロロは、普通のアイスでいい」
「にゃおん」
黒猫は肉球を見せるように片足を上げる。小柄なレベッカに『買ってにゃ』とアピールをしていた。
「ロロちゃん! その足を触って、にぎにぎしちゃいたい! けど、我慢。並ばないといけないし、今はアイスを注文してくる」
レベッカはさっと踵を返す。
並んでいる列の最後尾についた。
順番を待っていると、
「あ、ミスティ先生……」
「ジュノ、ここの店に来ていたのね」
少し微妙な間が空いた。そこでシュウヤが少し気付いた顔をする。
もしや、この子が例の女生徒ではないかと。
「あー先生だー」
「こんにちはー」
ミア、エル生徒たちもミスティに話しかけてきた。
もう解散したが、一時的にミスティと冒険者パーティを組んでいた優秀な生徒たちだ。
「先生もこの店に来るとは、私たちの話を聞いてました?」
「え、そ、そうね」
ミスティは少し恥ずかしいのか、質問を受けた生徒のエルから視線を逸らし、シュウヤの顔を見てしまった。
「あ、もしかしてー」
「え? か、彼氏ですか?」
ミアが笑みを浮かべながら話し、ジュノがショックを受けたような切なそうな顔を浮かべミスティへ聞いていた。
「そうよ。大事な人――」
ミスティは指摘されても取り乱さず、素直にシュウヤへ細身の手を伸ばし生徒たちに紹介している。
「えええーあ、あれ、どこかで」
「嘘、嘘~、あ、本当。確か……」
ミアとエルの二人はシュウヤの顔を見ると、視線を斜めに動かし、指を顎に当て考えていく。
彼女たちは、初心の酒場でシュウヤと出会っていた事を思い出そうとしていた。
「そ、そんなぁ……」
一方で細身の女の子ジュノは肩を落としている。
ミア、エルに劣らない綺麗な顔を持つ女の子。
やはり、この子がミスティへ告白した子なのだろうとシュウヤは邪推した。
緑髪だ。エルフじゃないけど可愛いな……。
シュウヤはそんな事を考えながら、口を動かす。
「……どうも。シュウヤ・カガリと言います。ミスティがお世話になっているとか」
「あ、思い出した。凄腕冒険者の方ですね」
「そうそう。前に一度酒場でお会いした。槍を使う方。あの時、ミスティ先生は凄く残念そうな顔を浮かべてましたけど、ちゃっかり捕らえていたんですね」
秀才らしくエルは、理路整然とハキハキと喋る。
「もう、エル。わたしは先生なんだから、からかったら駄目よ?」
ミスティは恥ずかしそうに頬をポリポリと指で掻くが、まんざらでもない顔を浮かべていた。
「――彼氏のシュウヤさん。先生が武術指導員として呼びたいとか聞いた事があります。もしかして、学院の方へ指導しに来てくれるんですか?」
ミアは、彼氏と聞いて興奮しているのか、シュウヤの方へ近寄りながら聞いていた。
「指導ですか……分からないですね。ミスティと相談して決めると思います」
シュウヤは会話のバトンを無難に先生のミスティへと渡す。
そこからはミスティが課外授業を行うように生徒たちを上手く纏めて、あいすは並んで買うように。と、先生らしく尤もな言葉で、会話を締めていた。
シュウヤはジュノの様子を見ていたが、ミアとエルがジュノの肩に手をかけて優しく語りかけていたので、大丈夫そうだと判断。
すると、レベッカが並ぶアイスを買う順番になっていた。
レベッカが店員へ人数分のアイスを注文していく。
メイド衣装の美人な店員は、注文を聞くと自然な笑顔で頷き、
「はい、少々お待ちください、銀貨六枚になります」
仕事が速い店員は慣れた手つきで、アイスをささっと掬い人数分の皿へ乗せて用意していた。
シュウヤは店員のその美貌にも注目したが、やはりその仕事ぶりにも感心を示していた。
アイスの値段的にも、ここの給料は高いに違いないと、接客レベルが高級喫茶を超えていると。
やはり雇い主は……と同じ考えを持っていた。
「どうぞ~」
「ありがと、お金はここに」
「はい。ありがとうございました」
レベッカは店員の挨拶に機嫌よく笑顔を返すと、盆の上に乗せられたアイスを皆のもとへ運ぶ。
「さぁ、とってとって」
「了解」
「楽しみ」
そのタイミングで、シュウヤの肩にいた黒猫が前足をアイスへ伸ばす。
「あっロロ、まだだ。手を伸ばすな」
「ンン、にゃ」
注意をされたのが分かった黒猫は耳を凹ませ、前足を引っ込めていた。
「ここじゃ、邪魔になるし外に出ましょうか」
皆、それぞれに皿を手に取ったところで、銀髪のヴィーネが指摘。
「そうね」
「うん。外へ出ようー」
混雑している中、ぞろぞろと店の外へ出てから、皆であいすを口に含んでいく。
「――美味いっ」
レベッカの甲高い第一声。
金色の細い眉尻を下げて幸せの文字を演出している。
「ん、冷たいっ、でも、これがあいすっ」
「にゃ、にゃおん~」
黒猫もあいすをペロペロと舐めるように食べていくが、自然と黒豹姿へ変身を遂げると、あいすを頬張るように一気に食べてから、
「にゃぉぉぉぉ~」
口元が白くなっているカワイイ顔を上向かせて、吠えていた。
「ロロちゃんも美味しいって叫ぶのは分かるわ。ほんのりとお酒の味がして、凄く美味い……。研究時のお供にこれが欲しいかも」
「……うん。冷たくて、最初は少しざらついているけど、透き通るように無くなる。甘くて美味しい。刀の訓練後とかテラスに座りながら食べるのもいいかもしれない」
「……」
美しい眷属たちは各々に感想を述べる。
ただ一人ヴィーネだけは、黙々とあいすを食べていた。
あいすだけに涼しい表情だが、その内心は動揺を示していた。
……この冷たい味は知らぬぞ、なんという美味なのだ。
魔神帝国とて、この味を知れば戦争が収まるかもしれぬ。マグルの世は恐ろしい……と考えていた。
シュウヤも、一口、二口と、口の中へあいすを運ぶ。
「……おぉ、懐かしい。正に、アイスだ」
彼は故郷でよく食べていたミルクが濃厚なバニラアイスの味を思い出す。
そして、なぜか……。
日本の富士山の映像に、打ち寄せる波しぶきが思い浮かぶ。
富士の山を白く彩るような味。
静岡の海でがんばる海女さんも感動する味だ。
シュウヤは海女のお婆ちゃん映像を振り払い、半ば強引に納得しつつ、庭の樹と千年植物の水やりのために留守番しているヘルメのことを思い出していた。
「……高級レーメの乳なのもあると思うが、やはり美味いな。今度、ヘルメにも食べさせてあげたい」
あいすの味を前々から知っているような口ぶりで、語る。
「……ご主人様。食べた事があったのですか?」
未知のあいすの味に動揺を示していたヴィーネだったが、愛している宗主の言葉を聞いて気を取りなおしていた彼女。
シュウヤにあいすの事を聞いていた。
「そりゃな。酒入りは無理だが、普通のは俺でも作れるぞ」
この発言に皆が目を見張る。
「ええぇ、こんな美味しいのが作れるの!」
興奮した口調のレベッカ。彼女は蒼眼に蒼炎を灯す。
白い肌も少し赤く染めていた。
興奮しただけでなく、大人のあいすを食べて酔っているのかもしれない。
「ん、今度、リグナディの新メニュー用に作り方教えてほしい」
「いいぞ、ディーさんのが上手く作れると思うが、忘れてなきゃ、今度教えよう」
「ん、ありがとう」
エヴァは天使の微笑を浮かべて、シュウヤを見る。
「もうなくなっちゃったー」
レベッカは頬だけでなく顔全体を真っ赤なリンゴのように染めながら、空き皿を見せる。
「わたしもです。しかし、お客さんが絶えず入る理由が分かりますね。あいす。凄く美味しいお菓子でした」
「アイスね。今の気持ちと書き留めておかなきゃ……あ、しまったぁ、最初の形をもう少し見ておくべきだった……」
真っ赤に染まったレベッカとは違い、ミスティは、ほんのりと紅く染めた頬色だ。
この事から、シュウヤはミスティは酒に強いんだと納得していた。
ミスティ自身は、糞の連発ともう一つの癖を発動。
彼女は腰元からペンを取り出し、ブツブツと独り言を話しては、特異スキルを持つように素早く羊皮紙へ走り書きを行っていく。
「シュウヤ! 今度、家でこれと同じお菓子を作ってよ!」
顔を赤くしたレベッカはシュウヤに食って掛かるように詰めよっていた。
「……いいけどさ、もしかして、あのアイスで酔っ払ったのか?」
若干、目を細めながら聞くシュウヤ。
「ち、違うわよ、酔っぱらってない!」
「ん、レベッカ、ユイと同じように色白だから分かりやすい」
「完全に酔っ払いねー。わたしと違って、もう顔が真っ赤よ?」
ユイは自分の頬を指で指しながら、そう指摘すると、
「ええぇ……そ、そうかもしれない」
レベッカも自分自身の顔肌を、白魚の手ではなく、ほんのり赤みがさした手で触り確かめていた。
「それじゃ、タナカ菓子店の主と少し話をしたかったが……忙しそうだし、レベッカも酔っちゃったし、家に帰ろうか」
「にゃぁ」
黒豹姿のロロディーヌはシュウヤの脛足へ、頭を何度も衝突させて甘えていたが、帰ることに賛成なのか、甘える仕草の途中で、シュウヤに対して顔を上向かせ鳴いていた。
「了解。一応、周囲の怪しい奴らに気を配るわ」
「そうねー明日も学校があるし」
「はい、ロロ様がカワイイです」
「酔ったことは関係ないでしょーー」
「ん、ちゃんと歩ける?」
シュウヤは、美人な酔っ払いは無視。
紅いつぶらな瞳を向けていたロロディーヌへ微笑みかけてから歩き出す。
◇◆◇◆
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