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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千四十八話 ゴルディーバの夜会と相棒の握手


 余韻が風に乗ったように風鈴を揺らした。

 温かい拍手の音が場を包んだ。

 アキレス師匠も目を細めて、〝楽人コヨの笛〟を持つエトアを見て、


「見事じゃ。森の精霊たちも聞き惚れておったようじゃの」


 と、発言。

 エトアたちは少し照れくさそうに一礼し、キサラとシャナも互いに顔を見合わせて微笑んだ。

 心が洗われるような時間だった。

 すると、相棒が、頭部を右足に寄せてから、「ン、にゃ」と鳴くと、虹色キジの前にトコトコと移動し、前足で、その虹色キジをちょんちょんと突っついた。


 現実的な欲求か。それは『速く食べたい』と言わんばかりの行動だ。

 喉をゴロゴロと鳴らしている。その仕草に、皆の笑みがこぼれる。


 師匠に、


「虹色キジは、俺も初めてです。ここに飛来してくるのは珍しいのでしょうか」

「うむ、シュウヤがここで生活していた頃は来なかった。そういう意味ではかなり珍しい鳥と言えよう」


 師匠がそう言うと、黒猫(ロロ)が、「にゃおぉ」と泣くと、師匠と俺の周りを行き交うように走っては、虹色キジに肉球パンチを浴びせていく。

 

 首筋に触れた触手から、温かな波動が流れ込んでくる。


 『まえ』、『いた』、『めずらしい』、『にく』、『たべた』


 過去の記憶――この場所でかつて虹色キジを見かけ、狩った時の高揚感が、鮮明なイメージとして脳裏に直接響いた。

 

「なるほど、過去、俺たちが知らないところでは、虹色キジが近所に飛来し、その狩りには成功していたんだな」

「ンン、にゃ~」


 相棒は同意するように鳴いては、触手を収斂させる。

 頷いた。


「では、せっかく相棒が獲ってきてくれたご馳走だ。鮮度が良いうちにいただこうか」


 ナイフを取り出そうとすると――。


「待て待て、シュウヤよ」


 アキレス師匠が、穏やかながらも制止の手を挙げた。


「ふぉっふぉ。虹色キジの肉は極上さは、獲れたても、美味しいが、そのまま焼くのは野暮というものじゃ」

「……と、言いますと?」

「虹色キジは、光属性の魔力を多く含んでいる。死後すぐは魔力が肉の中で暴れており、身が硬く、味も荒々しい。その荒々しさを利用する塩雁岩焼という調理方法もあるが、わしのとこのゴルディーバでは、この鳥を『風のゆりかご』で眠らせることが多いのだ」


 と語る師匠は立ち上がる。

 家の軒下に吊るしてあった乾燥した巨大な葉――〝仙葉(せんば)の葉〟を数枚持ってきた。


「この葉で包み、一晩、冷涼な夜風に晒す。そうすることで魔力が肉全体に均一に染み渡り、舌の上で解けるような極上の柔らかさになるのだ」

「なるほど、熟成ですか」

「うむ。果報は寝て待て、というやつじゃな」


 師匠の説明に納得するが、足元から


「……ン、にゃぉぉ~、にゃご?」


 黒猫(ロロ)が不満げな声を発した。

 それは『今食べたいのに、にゃ~』とばかりだ。

 ジト目で俺と師匠を見上げている。


 尻尾がペタン、ペタンと地面を叩いていた。


「はは、相棒が納得していないようです」

「ふぉっふぉ、そうじゃろう。では、神獣様にお預けを食らわせるわけにはいかん」


 師匠は屈み込み、虹色キジの腹部を指でなぞった。


「本体は熟成させるが……この『肝』と『ハツ』だけは別。ここだけは、命の灯火が消えた直後が一番美味い。精もつくぞ」


 師匠は手際よくナイフを振るい、内臓の一部を綺麗に取り出した。

 それを小さな皿に乗せ、相棒の前に差し出す。


「さぁ、これは一番の功労者への報酬じゃ」

「ンン!」


 黒猫(ロロ)は鼻をひくつかせ、瞬時にそれが極上のものであると理解したようだ。

 ガフガフと嬉しそうに食らいつき、喉を鳴らす。漆黒の黒猫の体から橙色の魔力が噴出し、魔力の粒子が燕の形をしながら大氣に消えていく。


 その間に、師匠は手早く残りの身を仙葉で包み込み、麻紐で縛り上げた。

 そして、風通しの良い軒先へと吊るす。


「これで良し。明日の朝、あるいは昼頃には最高の状態になっているはずだ」

「勉強になります。保存と調理は、ここでかなり学んだつもりでしたが、まだまだ知らないことが多い」

「うむ。シュウヤがいたのは、一年だけだからの。ポポブムの餌の調合と寝床の世話も、慣れたぐらいだったからな。そして、長く生きるということは、そうした『待つ時間』を愛でることでもある」


 師匠は満足げに手を洗い、再び椅子に腰を下ろした。


「さて、虹色キジの料理は、明日のお楽しみとして……今宵は、酒と乾き物で、ゆっくり語らうとしようか、将棋もあるが」

「はい。それがいいですね。将棋は必ず負けますので、遠慮します」

「ハッ」

「お爺ちゃん、強いからね、シュウヤ兄ちゃん、私なら五分五分だったから勝負しようよ」

「あぁ、一回だけな」


 と、俺たちは改めてテーブルを囲んだ。

 朝から昼にかけての豪勢な鍋や、模擬戦の熱氣とは対照的な夜の語らいが始まる。

 レファと軍人将棋のような将棋を楽しむ。


 月明かりの下、酒と干し肉、そして師匠特製の木の実の燻製を囲み、静かな時間が流れた。

 風が木々を揺らす音に混じり、遠くで夜鳥の声がした。


「……ん。この燻製、不思議な香りがする」


 エヴァが木の実を口に運び、小首をかしげた。

 紫の瞳が、興味深そうに手元の皿を見つめている。


「普通の木の実じゃない。かすかに……金属質の魔力を感じる」

「ほう、分かるかエヴァよ」


 アキレス師匠が感心したように髭を撫でる。


「これは『鉄胡桃(クロガネグルミ)』と言ってな。このゴルディーバの岩盤深くに根を張る古木から採れるんじゃ。この土地の魔力と、地中のミネラルをたっぷりと吸っておる」

「ん、やっぱり。美味しい」


 納得したように頷くと、<霊血導超念力>で白皇鋼(ホワイトタングーン)のハンマーを操作した。

 硬質な殻を叩くと、パキンッという金属を弾いたような高い音が鳴り響く。いとも簡単に砕いてみせた。

 

 そのエヴァたちから配られた鉄胡桃(クロガネグルミ)を齧る。

 皆で鉄胡桃(クロガネグルミ)の中身を咀嚼していく。

 カリリ、カリッと、小氣味よい音が次々と響く。

 その連鎖が自然と笑い声に変わり、皆の笑顔が焚き火の明かりに照らされた。


「ふふ、皆、歯が元氣な証拠ね」


 レベッカの当たり前の言葉に、バフハールは、


「はは、当たり前じゃろう。お前たちのだれかが、歯が欠けたァァと言われたら、目が仰天する自信があるわい」

「ははは、たしかに~」


 すると、横で、ヴィーネがグラスを傾けながら、夜空を見上げ、


「マハハイム山脈の魔力が吹き溜まる場所……先ほど、師匠はそう仰いましたね。確かに、ここに居るだけで魔力が自然と練り上げられていくような感覚があります」

「うむ。ここは自然その物。風、土、水、空、すべてが生きておる……ヘルメ様も、崖下の森の泉の中で、外れ精霊として生まれていたように、自然が豊かだ。小精霊(デボンチッチ)たちも自然に現れ消えていくこともある」

「「「はい」」」

「ん」

「うん」


 皆が頷いていた。


「そんな環境のゴルディーバの里だから、優秀な冒険者の訪問の可能性についても語っていましたね」

「うむ、話をした。わしらの知らないところでは、この秘境も見つかっている可能性は否定はできん」

「はい」


 師匠は遠い目をして、夜の闇を見つめる。


「わしらゴルディーバの民は、この土地の番人でもある。荒ぶる魔力を鎮め、あるいは利用し、共に生きてきた。地下にある『神具台』もまた、その歴史の一部じゃ」


 神具台。俺と相棒が出会い、師匠に拾われた場所。

 その言葉に、足元の黒猫(ロロ)が「ンン」と短く反応した。


「そういえば、地下で作業しているクナたちはどうしているかしら?」


 レベッカが氣遣わしげに地下への扉を見る。

 すると、まるでタイミングを計ったように扉が開き、クナとルシェルが姿を現した。


「おや、噂をすれば」

「ふふ、良い匂いに釣られて戻って参りました」


 クナは少し煤けた顔をしているが、その瞳は充実感に輝いている。

 ルシェルも疲れは見せているものの、表情は明るい。


「進捗はどうだ?」

「順調そのものですわ。驚きました……この地下の魔力流、まるで生き物のようにこちらの術式に呼応してくれるのです」


 クナが興奮氣味に語る。


「通常の倍以上の速度で魔力回路の定着が進んでいます。この土地自体が、魔法を助けてくれているような……そんな感覚です」

「ほう! それは重畳。この土地も、久しぶりの大掛かりな魔術に喜んでおるのかもしれんの」


 師匠が嬉しそうに笑い、クナたちに席を勧める。

 俺は二人に酒と燻製を振る舞った。


「お疲れ様。まずは一杯やってくれ」

「ありがとうございます、シュウヤ様」

「いただきます」


 クナとルシェルも加わり、話の輪は更に広がっていく。


「はいはい、難しい顔をして話すのはそこまでですよ。お茶が入ります」


 母屋の方から、湯氣の立つ木製のお盆を持ったラビさんが現れた。

 

「ありがとうございます、ラビさん。しかし、お茶ですか?」

「いいのよ、うん。シュウヤさんがいたころは、このお茶は出していなかったわね」


 ラビさんはクスクスと笑いながら、師匠と俺、そして女性陣に手際よく木彫りのカップを配っていく。中には透き通った翠色の液体が注がれており、ふわりと、森の朝霧のような清涼な香りが立ち上った。


「はい、これは……?」

「『ザロナの香草茶』。この里の特産の一つ。高ぶった神経を鎮めて、肌艶を良くする効果があるの。あなたたちのような、可愛らしいお嬢さんたちにはぴったりだわ」


 ラビさんがウィンクをすると、ヴィーネが嬉しそうにカップを受け取った。


「ありがとうございます。ラビ様。しかし、これは素晴らしい香りですね。しかも、美肌効果まであるなんて……」


「ふふ、『様』なんていらないわよ。シュウヤさんの家族なら、私の娘みたいなもの」


 その言葉にクナもエヴァも、少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに頬を緩める。俺も一口もらった。

 口の中に洗練された清涼感が広がり、鼻腔を抜ける香りに懐かしさすら覚える。日本茶とは違うが、心を落ち着かせるハーブティーの味わいだ。


「美味い。俺がここで修業していた頃にも飲みたかったかもです」

「ふふ、女性の魔力波長を整える効果が高く、血気盛んな【修練道】などで修業に励む男の子に飲ませても、意味がない物なの」

「……なるほど。そういう理由でしたか」


 納得していると、横でアキレス師匠がニヤリと笑った。


「ふぉっふぉ。お前には、その代わりに大蜂(ブソーグ・ビー)の蜜、大鹿(レンブ・エルク)の胆汁。ゴブリン、オークのキンタマ浸け、赤実熊(デゴザベア)の内臓汁、ドロ根の煎じ汁などを、たっぷりと飲ませておったじゃろうが」

「うっ……あぁ、あの泥臭い精力剤の一種……。おかげで筋肉痛はすぐ治りましたけど、味は最悪でしたよ」

「良薬口に苦し、じゃ。男は黙ってドロ根、女は優雅にザロナ茶。ゴルディーバの常識じゃよ」


 師匠の言葉に冗談的な言葉に、苦笑するしかない。


 当時は「修業とはこういうものか」と思って飲んでいたが、こんな美味しいお茶が裏で振る舞われていたとは。


「ふふ、シュウヤ様が泥水を啜っている間に、私たちは美味しいお茶を頂く……なんだか申し訳ないですけれど、優越感がありますね」


 クナが悪戯っぽく微笑み、皆が釣られて笑った。

 そんな穏やかな笑い声が、夜の森に溶けていく。

 魔界での激しい戦いの日々から離れ、こうして焚き火を囲んで語り合う時間。

 それは、何者にも代えがたい安らぎだった。


 やがて、月が中天に差し掛かる頃。

 レファがこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。


「ふふ、そろそろお開きの時間かの」


 師匠が優しくレファを抱き上げる。

 俺たちも立ち上がり、伸びをした。


「そうですね。明日の朝は、虹色キジの熟成肉が待っていますし」

「うむ! 楽しみにしているといい。……では、おやすみ」

「おやすみなさい」


 師匠たちが母屋へと戻っていくのを見送り、俺たちもそれぞれの寝床に、かつて俺が使っていた小屋と、新たに建てた縦長の巨大ログハウスへと分かれた。


 小屋の寝台に横たわる。

 と、懐かしい木の匂いに包まれた。

 枕元には、いつものように相棒が丸くなっている。

 寝られるかは、分からんが、


「……おやすみな、相棒。お前は簡単に寝られるようだが」

「ンン、にゃお」


 黒猫(ロロ)は耳をピクピクと動かしつつ、片方の前足で俺の顔を触るような仕種を繰り返した。爪は出さず、肉球の支球を左右に広げては閉じては、瞼をゆっくりと閉じて眠ろうとしていた。

 頭を撫でたくなったが、見るだけにした。


 微睡みの中で、ふと掌に柔らかく湿った弾力を感じた。

 薄目を開けると、視界いっぱいに黒い毛並み。相棒が俺の掌に前足を重ねていた。


「はは、握手か」

「ンン」


 喉奥だけで鳴らすゴロゴロという振動が、手首を伝って心地よく響く。

 重ねられた前足は、リズミカルに俺の掌を押し込んでくる。


 その黒猫(ロロ)は、俺の掌の上で、モミモミと、指を動かし拡げては閉じるを繰り返していた。


 指を一杯に広げては、ギュッと閉じる。

 所謂、ふみふみ、というやつだ。爪は立てていない。ただ、信頼しきった重みと体温だけが、そこにあった。


 そんな黒猫(ロロ)の前足をギュッと握る。

 と、応えるように前足の指を一杯に広げ、爪を立てて掌の中でモミモミを激しくしてきた。


 俺は手を広げて、また、ギュッと相棒の前足の握りを強める。

 相棒は前足を拡げるようにモミモミで返してくれた。

 短く応える相棒の温もりは、最高だな、そんな黒猫(ロロ)の肉球の感触とゴロゴロ音を得ながら、深い眠りへと落ちていった。

続きは明日を予定。HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」

コミックス1巻-3巻発売中。

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