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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千四十六話 まさに、「青藍氷水」よな

「うわぁっ!? なにこれ、すごぉい!」


 飛び出してきたレファが、庭の光景を見て目を丸くする。

 続いて、眠たげな目をこすりながらラグレンが顔を出した。

 その後ろには、ラビさんもいる。


「……んお? 火事かと思ったら……大きい鍋に、ドラゴンの火力か!」

「驚きましたが……なんていい香りなんでしょう」


 ラグレンは驚愕に口を開け、ラビさんは漂う芳香にうっとりと頬を染めた。

 寸胴鍋の前に立ち、お玉代わりの長柄杓を構えてニカっと笑う。


「おはよう、三人とも。最高の朝飯ができたぞ」

「おはよう、レファ、ラグレン、ラビさん!」


 レベッカが元氣に手を振り挨拶し、皆も、


「あ、おはよう~」

「ん、おはよう、朝食を皆で作った」

「「おはようございます」」


 挨拶しては、黒猫(ロロ)も、


「ンン、にゃ!」


 俺の肩に戻って挨拶代わりの鳴き声を上げた。


「シュウヤ兄ちゃん、全部食べていいの?」

「レファ、食べ過ぎに注意だぞ……」

「えぇ、美味しそうな料理ばかりなんだもん!」

「はは、ラグレンもレファ以上に食べてくれたらいい。皆で作った特製鍋だから、精がつくぞ」

「うん、食べる!」

「はは、そうだな」


 ラグレンも同意。


「わーい」


 レファが歓声を上げて駆け寄ってくる。

 その無邪気な笑顔を見ると、張り切って作った甲斐があるというものだ。


「はは、こりゃたまげた。朝からこんな豪勢なもんが食えるとはな」

「うふふ、皆様で用意してくださったのですね。ありがとうございます」


 ラグレンとラビさんも庭のテーブル、ミスティが即席で展開した折り畳み式の野外食卓へと着く。


 そこへ、ちょうど良いタイミングで師匠たちが戻ってきた。


「ほう、なんとも食欲をそそる匂いじゃな」


 アキレス師匠が鼻をひくつかせながら歩いてくる。

 グラド師匠とソー師匠も、興味深げに巨大な鍋を覗き込んだ。


「散歩に見学の後の飯は格別か」

「うむ。この香辛料の香り……ただならぬ魔力を感じるわい」

「ふふ、お目が高いですね。私の錬金術と、レベッカの竜たちの火炎、そしてシュウヤの相棒の炎が融合した逸品ですわ」


 クナが胸を張って説明する。

 手早く深皿にスープと具材をよそい、皆に配っていった。


 黄金色に輝くスープの中で、目白鮫の団子と巨蟹の身が踊っている。


「さぁ、冷めないうちに食ってくれ」

「「「いただきます!」」」


 合唱と共に皆がスプーンを口に運んだ刹那、カチャカチャという食器の音が止まった。


「――んんっ!」


 レファが目を見開き、頬を抑えて身震いする。


「おいしぃぃぃ! なにこれ、お口の中でとろけるぅ!」


 とろりと煮込まれた巨蟹の身が、舌の上で解けたのだろう。至福の表情だ。

 ラグレンも一口啜ると、カッ、と目を見開いた。


「……こりゃあ、凄い! 鮫肉の弾力と、蟹の甘みがとんでもねぇぞ……それに、体がカッカしてきやがる」


 ラグレンが額に玉のような汗を浮かべながら、夢中で匙を動かす。鮫肉団子から溢れる濃厚な旨味脂と、数多の香辛料が混ざり合い、胃袋から全身へと熱い活力が駆け巡っていくのが分かる。


 まさに、食う魔力回復薬だ。


「うむ……絶品だ。素材の命を余すところなく引き出しておる。それに、このピリッとした辛味が、老骨に活力を漲らせてくれるわ」

「はい! ヘルメ特製の水も効いておりますから!」


 ヘルメが給仕をしながらウィンクを飛ばす。

 ヴィーネやユイたちも、それぞれの会話を楽しみながら舌鼓を打つ。

 ゴルディーバの冷涼な朝の空氣の中で囲む、温かい鍋。


 それは何物にも代えがたい幸せな時間だった。


 ハフハフと熱い具材を頬張り、笑い合い、昨夜の思い出やこれからの予定を語り合う。


 相棒も、専用の皿によそってもらった冷ましたスープと魚の身を、舌を巧みに使って平らげていた。


 やがて、鍋が空になり、全員が満腹感に満たされた頃――。


 アキレス師匠が最後の一滴までスープを飲み干し、器をことりと置いた。


「ふぅ……。ご馳走様じゃ、ありがたや、シュウヤと皆様のおかげ……感謝、感謝じゃな……」


 と発言。俺も、両手の掌を合わせて南無~。

 様々な食材への感謝の念を抱く。


 倒し倒され、食物連鎖の範疇だが、森羅万象を考えてしまう。

 

 色即是空、空即是色……すべての事柄に感謝を持っていると、場の空氣が唐突に変わった。冷涼な朝の風が、ピタリと止む。


 師匠の纏う氣配が、好々爺のそれから、研ぎ澄まされた切っ先のような、武人の鋭いものへと変貌していた。張り詰めた空氣が肌を刺す中、師匠はゆっくりと瞼を開き、


「腹も満ちた。約束通り、手合わせといこうか」


 箸を置き、居住まいを正す。


「はい、師匠」


 短く答えると、師匠はニヤリと笑い、立ち上がった。


「場所はいつもの石畳でいいな。……九槍卿の方々、バフハール殿、魔界騎士シャイナス殿、そして、シュウヤの眷族衆よ、見学するなら付いてくるがいい」

「うむ、では、強者の戦いを楽しむとしよう」


 バフハールは片手に魔酒入りの巨大な瓢箪を召喚。

 飛怪槍流グラド師匠も、頷き、


「ふぉふぉ、特等席で見させてもらうかの」


 と言うと、ソー師匠も、


「見学しよう。どちらも強者、槍使い同士の技術を堪能させてもらう」


 と発言。期待がありありで、目を輝かせている。

 雷炎槍流シュリ師匠も、


「お弟子ちゃんと、その元祖の師匠様の戦いは、色々と期待しちゃうわね~」


 と、イルヴェーヌ師匠とトースン師匠たちも「風槍流同士の戦いは見物」と話をしながら訓練場に向かう。


 ラグレンが興奮気味に「俺も見るぞ!」と立ち上がり、レファも「シュウヤ兄ちゃん、がんばれー!」と拳を突き上げた。


 相棒を肩に乗せ、席を立つ。

 ヴィーネがスッと近寄り、服の皺を直してくれた。


「ご主人様、存分に、応援しています」

「あぁ。行ってくる」


 キサラも真剣な眼差しで、


「シュウヤ様とアキレス師匠様の風槍流を楽しみます」


 と、発言。

 ユイは「怪我しないでね」と小声で囁く。

 皆の視線を背に受けながら、俺は懐かしい石畳の訓練場へと足を踏み入れた。


 白亜の神具台を背にした、あの日々と同じ場所。

 アキレス師匠が、向かい側に立つ。

 その手には、タンザの黒槍。


「シュウヤ、<魔闘術>系統を複数して良いぞ。得物も多数あるようだじゃが、自由に使え、わしも、このように――」


 と、発言すると、<導魔術>の魔力を体から発し、帯剣していた三本の剣が宙空に浮かぶ。アキレス師匠の周りを旋回していった。


 ブーメランのような回る剣の中の一つの剣は、光属性の魔力が濃厚のまま。

 あの聖剣のような剣の入手について聞くのを忘れていた。そして、タンザの黒槍は、刃は鋭いままの実戦仕様。


 アキレス師匠は、


「手加減はせん。本氣で来い」

「はい、では基本に忠実、魔槍杖バルドークを使います」


 右手を虚空にかざすと、魔槍杖バルドークが、掌に収まる。

 アキレス師匠は魔槍杖バルドークを凝視。


「魔槍杖バルドーク。くるみ割り人形たちとの戦いで何度か見ている魔斧槍……そして、サイデイルの樹海の混沌の夜の戦いの最中、破壊と樹木の女王サーダインとの一戦で、進化の切っ掛けがあったと聞いた」

「はい」


 と、言いながら魔槍杖バルドークの柄を<握吸>を発動させて強め、<血魔力>も柄に送りながら<勁力槍>を発動。


 柄の握りを強め、意識をすると穂先が、紅矛と紅斧刃から嵐雲の形をした螺旋状の穂先に変化を遂げる。


「<柔鬼紅刃>で、このように嵐雲の穂先から、紅矛と紅斧刃のバージョンにも変化が可能となります」

「ふむ。紅斧刃は威力がありそうじゃ。更に、魔界セブドラでは、神魔の女神バルドーク女神を生み出したとか」

「はい、その女神のバルドークには、魔皇獣咆ケーゼンベルスたちと共に、魔界王子テーバロンテがかつて所有していた傷場の守りをさせています」


 アキレス師匠は微笑み、


「ふっ、想像もつかんが、納得だ」


 師匠の言葉を聞きながら左腕を前に出し、<風柳・右風崩し>の構えを取った。

 ピリリ、と肌を刺すような緊張感――。

 風が止まる。

 朝の光が、二つの槍の穂先で鋭く反射した。


「ンン、にゃー」


 俺と師匠の間に移動した黒猫(ロロ)が、開始の合図のように短く鳴くと、横に跳び、エヴァの膝の上に着地した。

 

 すると、


「シュウヤよ、余所見はするなよ、先手はもらう――」


 師匠が前に出ては<刺突>――。

 その<刺突>を魔槍杖バルドーク紅矛の上部で、「はい、ちゃんと――」と応え、叩き、横から<妙神・飛閃>――。


 師匠は「ふっ、たしかに良い一閃のスキル――」と、タンザの黒槍の柄を<中段受け>で受け止めて横に跳ぶ。


 と、<導魔術>系統の剣が動く――。

 左側面、そして死角となる背後から風切り音を置き去りにした剣撃が迫る。


 左の剣を魔槍杖バルドークの柄で弾き、背後からの刃は爪先を軸にした半回転で頭部を紙一重に傾けて躱す。流れる景色の中でアキレス師匠の姿を捉え、追撃のために<メファーラの武闘血>を発動――。

 

「ハッ、それも<魔闘術>系統だな――」


 アキレス師匠の声と共に、操作された剣が視界を塞ぐように交差する。

 その剣幕の陰から、音もなく伸びてきたタンザの黒槍が、俺の喉元へと迫っていた。


 <導魔術>の剣が視界を遮るが、本命は黒槍の<刺突>。


 足裏で石畳を噛むように踏み込み、<風柳・異踏>――風が木々の間をすり抜けるが如く、軸をずらして剣と槍の軌道を紙一重で躱す。

 師匠は表情一つ変えず、踏み込みの勢いを乗せてタンザの黒槍を薙ぎ払ってきた。


 魔槍杖バルドークを垂直に立て、<風柳・中段受け>でその剛撃を受け止める。

 衝撃が走るが、<闘気玄装>を乗せた防御は揺るがない。


「見事な<風槍流中段受け>だが――」


 師匠は弾かれた反動を利用し、回転しながら石突を繰り出してくる。

 魔槍杖バルドークを滑らかに旋回させ、<風柳・上段受け>から<風柳・下段受け>へと流れるように移行し、変幻自在な師匠の連撃をすべて弾き返していく。


「ふっ――」


 師匠は<導魔術>の剣を一つ、俺の頭部に向け、下段の突きから、身を左に、否、右上に飛ぶような軌道で身を捻りながらのタンザの黒槍の一閃。


 斜め切り一閃、<豪閃>にも見えるが、あれは風槍流『灘柳颪』――。


 魔槍杖バルドークを斜めに上げ、変形気味の<風柳・上段受け>で受けた。そして、魔槍杖バルドークの柄を傾け、風槍流『灘柳颪』を往なし、左に回る。

 

 師匠は、片足の裏で地面を蹴り、横に捻りの機動から、タンザの黒槍を振るう。

 それを魔槍杖バルドークの柄で防ぐ。師匠は連続的に左右にタンザの黒槍を振るい回しながら位置を変化させ、風のように移動を繰り返して隙がない。


 俺も反撃し、十合ほどの攻防となった直後、師匠が<導魔術>の剣を一斉に射出してきた。


 それに対し、魔槍杖バルドークを頭上で旋回させ、<山岳斧槍・滔天槍術>の防御術を展開する。


 穂先が描く円が、山岳の如き重厚さと流水の柔軟さを併せ持つように魔槍杖バルドーク一本で、剣撃のすべてを受け流した。


 衝撃が抜けた一瞬の静寂――。


「ほぉ、見事な、風槍流の技術系統に近いが、絶壁の山を感じるぞ――」


 鋭い――師匠は右に出るフェイク。

 左から一閃、<刺突>系統で、俺を押し込んでくる。

 

 そこを柄で防ぎ、爪先半回転で避けて、体勢を立て直そうと槍を引く動きに合わせ、左腕を蛇のようにしならせた。


 <風柳・風蛇左腕>――。


 左手で操る魔槍杖バルドークの柄を、師匠のタンザの黒槍に絡みつかせ、立ち関節技の理合で師匠の手首ごと槍をねじり上げる。

 師匠が強引に引き剥がそうとする力に逆らわず、むしろその力に乗って回転。

 <風柳・案山子通し>の要領で、師匠の懐へと滑り込むように体をすり抜け、背後へ。


 視界から消えた俺に、師匠が反応するよりも速く――。

 <風柳・右風崩し>の構えから、魔槍杖バルドークの石突きを師匠の膝裏、重心の死角へと走らせた。


 達人である師匠の膝がガクリと折れ、体勢が崩れる。

 その好機、魔槍杖バルドークを持ち替え、柄の中ほどで打撃を放つ。


 <風柳・魔打棍殴>――。


 ブンッ、と空を切る音が師匠の首を狙うが、「ふっ」と師匠のタンザの黒槍の石突が上昇した動きで、 <風柳・魔打棍殴>――

は防がれた。逆に、タンザの黒槍の風槍流『魔打棍殴』が繰り出されてきた。

 <風柳・中段受け>で凌ぎ、<雷飛>――。

 距離を取った見せかけの前に出る。

 魔槍杖バルドークの<風研ぎ>――。

 風研ぎは防がれるが、<妙神・飛閃>、<魔皇・無閃>――時間差の<魔皇・無閃>は師匠の右膝を浅く斬った。

 が、師匠は「なんの――」と、横回転しながらポーション瓶を壊し、一瞬で傷を回復しつつ、タンザの黒槍の<妙神・飛閃>のような一閃技を繰り出す。 

 それを爪先半回転で避けたが、タンザの黒槍で、足下を掬うような一閃、それを魔槍杖バルドークの竜魔石の石突で叩くように防ぎ、魔槍杖バルドークを持ち上げる<龍豪閃>、師匠はバックステップで交代すると同時に、<導魔術>で操作している二つの剣と、光を帯びた剣が、左右と真上から飛来した。

 それを視るように、魔槍杖バルドークで防ぎ、弾きながら、師匠の横を取る。

 <血龍仙閃>――師匠はタンザの黒槍を斜めに構え、弾く。その背後へと<雷炎縮地>――。

 師匠の背を取るように<刃翔刹閃>――。

 師匠は半身で避け、背から腰へと捻り回したタンザの黒槍の逆袈裟で、反撃してきた。

 それを<風柳・下段受け>で受け止める。


 受け流した衝撃が腕を伝い、全身の骨を震わせる。 師匠の氣迫は、老いてなお盛ん。否、以前よりも研ぎ澄まされている。


 ならば、こちらも全霊で応えよう――。

 丹田の奥底に意識を沈め、水神由来の力を解き放つ。


 <滔天仙正理大綱>、<滔天神働術>――。


 全身の経脈が青白く発光したように<血魔力>が噴出した。大氣中の水に発生し、渦を巻く。足下には<血魔力>だけではなく<生活魔法>の水をも大量に撒いた。<水竜の深智>を感じ取る。


「閣下の足下に水竜の幻影が絡み付いている!」

「閣下!」

「閣下の足下から竜が!」

「ん、ぼあぼあで、見えない!」

「深淵のネプトゥリオンでしょう」

「ご主人様、がんばって!」

「シュウヤ兄ちゃん! お爺ちゃん!」


 皆の声が響く。

 そして、魂の奥底から響く声に応えるように<水神の呼び声>をも発動。


 ドォォォォン……!

 大氣が震えた。


「――デッボンッチィ、デッボンチッチィチッチィ」

「――デッボンッチィ、デッボンチッチィチッチィ」


「「わぁ――」」

「「おぉぉ」」

「「小精霊(デボンチッチ)!!!」」

「ふふ、閣下と水神アクレシス様素敵すぎる! そちて、森の精霊たち、この地域の精霊ちゃんたちが活性化している証拠!」


 常闇の水精霊ヘルメの言葉が響く。


「おぉ、慈愛と厳格さを併せ持つ美しき女神……」

「……小精霊(デボンチッチ)は分かるけど、あの女性が、水神アクレシス様なの!?」


 清冽な水の奔流がゴルディーバの里を包み込み、神氣が満ちる。


「ほう……! 神の御業をその身に宿すか!」


 師匠の双眸が見開かれるが、その口元は愉悦に歪んでいた。師匠は後退することなく、<導魔術>で操る三本の剣を自身の周囲に円陣として展開させる。


 攻撃のためではない。剣が放つ魔力を自身のオーラとして取り込み、タンザの黒槍へと収束させていく。


「いやはや、見事な水属性の魔力と<血魔力>の融合じゃ……時折細氷も起きて、なんとも美しい水の芸術……ならば、わしも奥の手で応えよう……<魔技>系統と、風槍流のすべてをこの一本に込める!」


 師匠の氣配が変わった。

 <導魔術>と槍の構えは、まさに『槍使い』のそれ。魔力を纏った黒槍が、空間そのものを穿つかのような鋭さを帯びる。


「来い、シュウヤ!」

「行きます!」


 水神の幻影と共に踏み込んだ。

 魔槍杖バルドークとタンザの黒槍が激突する。


 ガッ、ガギィィン!


 金属音と共に水飛沫と魔力の火花が散った。

 速い――重い、巧い――。


 互いの穂先が残像となり、数合、数十合と打ち合う。師匠の突きが頬を掠め、石突きが師匠の脇腹を狙う。


 ふと、魔人武王ガンジスやベフェキラ、そして九尾の槍士セリアとの死闘の記憶を思い出す。


 極限の戦いの中で折れそうになる俺の心を支え続けたのは、かつてこの場所で、師匠が何氣なく語った言葉だった。


 すると師匠が嵐のような連撃の合間に槍を引き、静謐な構えを取った。


 周囲の音が一瞬で消える。

 その姿が、記憶の中の偉大な背中と目の前で俺と対峙する師匠とで完全に重なった。


 師匠は、俺の目を真っ直ぐに見据え、


「よいか、シュウヤ。風は掴めぬ、だが風は岩をも穿つ」


 あの時と同じ言葉を口にした。

 ガンジスの圧倒的な力の前に挫けそうになった時、俺を奮い立たせた言葉。


「形に囚われるな。槍は腕の延長にあらず、心の延長なり。迷いを捨て、ただ一点、己の信じる道を貫け!」


 ――その言葉が、魂に突き刺さる。

 そして、師匠は、<導魔術>の剣を引き寄せ、展開し、渾身の<刺突>を放ってきた。

 

 <導魔術>の三本の剣が、大氣を裂くように飛来。

 <月冴>と<水月血闘法>と<仙血真髄>を発動。


 逃げ場を塞ぐ剣の動き、回避もできるが――教えの通り一点を貫く、死地へと踏み込んだ。

 月の紋様と『月冴』の魔法文字が淡く消えていく中、<仙魔・桂馬歩法>をも発動――風の隙間が見えるようなステップを活かし、迫りくる三本の剣と、師匠の<風研ぎ>の突き技を避けた。


 すべてがスローモーションのように見えた。


 だが、師匠は、俺の動きを読んだ如く、「<魔闘術>系統は――」と言うと、師匠の体が一瞬、半透明と化して<雷炎縮地>のような加速――。


 <風研ぎ>を超えた<刺突>――。

 それを避けたが、更に師匠は加速し、俺を追い、<風槍・理元一突>のような――。

 

 一瞬、<風槍流・心因果律>が刺激を受けたように胸がざわつく、カウンターの<支え串・天涯>を思い浮かべたが、否――。


 水流操作ウォーターコントロールを発動し、逆に<風柳・片切り羽根>を用いた――。


 迅速に水流を活かす踏み込み――。

 師匠の放った<刺突>系統の切っ先を、ミリ単位で首を傾けて躱し、肌が粟立つほどの死の風を頬に感じながら、魔槍杖バルドークを突き出した<風槍・理元一突>。


 ――ガギィィッ!

 水飛沫が迸り、金属と魔力が衝突する甲高い音が響く。紅矛は師匠の防御壁となっていた<導魔術>の剣を弾き飛ばし、タンザの黒槍の柄下を滑るように駆け上がった。


 岩をも穿つ、一点集中の突き。


 師匠の目が見開かれる。

 その喉元へ、紅色の穂先が吸い込まれていく。


「――っ!」


 ピタリ、と。

 切っ先が師匠の喉仏の寸前で静止した。


 遅れて発生した衝撃波が、師匠の白髪を激しく揺らし、背後の空間へと抜けていく。

 水神の幻影が、その風に乗って静かに霧散していった。


 完全なる静寂。

 

 青き水飛沫が俺たちの周囲で発生し、いたるところに小精霊(デボンチッチ)の幻影が出現した。


 師匠の放った黒槍は俺の肩口で止まり、紅矛は師匠の急所を捉えている。


 師匠は、喉元の穂先をゆっくりと見つめ、やがて満足げに息を吐いた。


「……見事じゃ。わしの堅牢な守りを、正面から水を活かし、貫くとはな……まさに、『青藍氷水』よな」


 師匠が嬉しそうに目を細め、武器を下ろす。

 俺も槍を引き、残心を解いて深く一礼した。


「師匠の言葉があったからです。……ありがとうございました」


 一瞬の空白の後。

 周囲で見守っていたラグレンやレファ、そして眷族たちから、万雷の拍手が巻き起こった。


続きは明日を予定、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミックス版1巻-3巻発売中。

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