二千四十五話 キサラとの舞踏と双竜の海鮮鍋にカルードの秘伝
皆と共に起きるつもりだったが、風を感じて、逸早く、寝台から起き上がる。
風を感じたように風の精霊ナイアが宙空に浮かび、部屋の窓から外を見やる。
その近くの箪笥の上には、<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>の風の魔力で模られた猫の幻影が浮かんでいた。
まだ薄暗い早朝なこともあるが、不思議な絵画に思える様子を見ながら、肩の竜頭装甲を意識し、靴を展開させた。枕元にいた相棒が、
「ンン、にゃ」
と、鳴いて、俺の肩に乗ってきた。
黒い毛並みが頬を擽る。喉をゴロゴロと鳴らす振動が肩を通して直に伝わってくる。
相変わらず甘えん坊だ。
「おはよう、相棒」
小声で挨拶を交わし、喉元を指先で掻いてやる。
「ンン、にゃぉ」
氣持ち良さそうに目を細める相棒の頭部を撫でてから、部屋を見回し、部屋の扉を開けた。
ゴルディーバの里の朝靄のお出迎え、それを吸うように腕を拡げた。
気持ち良い朝だ。肌を刺すような冷涼な空氣が、肺の奥まで染み渡る。
そのまま少し歩いた。遠く聳えるマハハイム山脈の稜線が、夜の残滓のぼんやりとした群青から赤紫に染まり始めていく。やがて、鮮烈な美しい赤が混じるオレンジの斜光となった。
山肌を滑り落ちてくるオレンジの斜光が、立ち込める朝霧を黄金色に輝かせながら払っていくようだ。
「ンン~」
肩の上の相棒も、その景色を眺めながら大きく伸びをする。
その息遣いと喉から響くゴロゴロとした音が可愛い。
相棒の呼吸音を感じながら、また、肺一杯に――朝の冷氣を吸い込んだ。
――昨夜の<性命双修>の効果か、体の奥底から力が漲っている感覚がある。
皆と激しいエッチの後、皆には、新しく建てたばかりの建物で寝てもらっていた。
――自然と体が動く。<仙血真髄>を意識しつつ、ゆっくりと呼吸を整え、足を開き、腰を落とす。風槍流の型と共に、多少のオリジナルの<悪式・突鈍膝>――<無式・蓬莱掌>を繰り出す。そして、血と魔力の巡りを確かめるような、緩やかな動作に移行させる。
――指先まで意識を行き渡らせ、空氣を撫でるように腕を動かす。
……心地良い。
すると、背後で、かすかな衣擦れの音がした。
「……シュウヤ様、お早いですね」
振り返ると、薄いガウンを羽織ったキサラが立っていた。
寝起きで少し乱れた白絹の髪が朝風に揺れ、透き通るような肌が朝焼けに染まっている。 その立ち姿は、儚げでありながらも、武人としての芯の強さを感じさせた。
「起こしたか? キサラ」
動作を止めずに問うと、キサラは首を横に振り、静かに近づいてくる。
「大丈夫です。シュウヤ様の起きる少し前に、目が覚めました。……お体の調子は、いかがですか?」
キサラの視線が、俺の動きを追う。
彼女もまた、昨夜の交歓を通じて何かを感じ取っているのかもしれない。
「あぁ、大丈夫だ。師匠との模擬戦も楽しみだ」
「はい、見学させてもらいます」
頷く。
キサラは嬉しそうに微笑み、一歩前に出た。
「では、その前に……少し、お相手してもよろしいですか? 私も、シュウヤ様の動きを肌で感じておきたいのです」
控えめな申し出だが、その瞳には武人としての光が宿っている。
口角を上げた。
「あぁ、頼む。軽く流す程度でな」
「はい」
キサラは黒いブーツでゴルディーバの里の地面を踏みしめる。
薄いガウンが風に靡くが、その構えに隙はない。
正対する。相棒が「にゃ~」と鳴いて、軒先の上に跳躍。そこでエジプト座り。
かつての定位置だ、そして、審判気取りかな。高みの見物と決め込むようだ。
――スッ、とキサラが動く。
速い。だが、殺氣はない。
流れるような掌底が、胸元へと伸びてくる。
それを手首で優しく受け流し、彼女の懐へと踏み込んだ。
キサラはあえて逆らわず、回転力を利用して俺の背後へと回り込む。
まるで舞踏だ。受け止めた前腕から、しなやかな筋肉の躍動と練り上げられた<血魔力>の密度が伝わってくる。肌が触れ合うたびに弾ける互いの魔力の波長。
昨夜の濃厚な愛撫とは違う、鋭く、それでいて信頼に満ちた心地よい緊張感――。
数合ほど手合わせを行い、最後は俺がキサラの背後を取り、その華奢な腰を抱き寄せる形で動きを止め、<血魔力>を送ってあげた
「……ぁん……シュウヤ様」
キサラが色っぽい声を発し、少し息を弾ませ、背中越しに上目遣いで俺を見る。
その頬は、朝焼けよりも赤く染まっていた。
すると、新しく建てたばかりの建物からグラド師匠とソー師匠が現れる。
「アキレス殿との模擬戦を見学させてもらうが、少しこのゴルディーバの里の見学をしてきていいかの?」
「あぁ、昨日の話に登場した、ここの地下、岩窟の内部で栽培している特殊な茸なども見たい。そして、ポポブムと高原特有の魔獣もいるとか」
「あ、はい。もうじきアキレス師匠たちが起きて、朝の作業が始まりますので」
と発言してすぐに、アキレス師匠が母家のほうから近づいてきた。
そのアキレス師匠に拱手の礼をし、
「アキレス師匠、おはようございます」
「ふむ、おはよう。お二人共、おはよう」
「「おはよう」」
とグラド師匠とソー師匠は挨拶。
「にゃおぉ~」
相棒も『おはよう、にゃ』と言うように鳴いて挨拶した。
その三人を見ながら、
「グラド師匠とソー師匠が、下の見学をしたいそうです」
「あぁ、承知した。ポポブムたちに餌やりを行うからついてくれるかの」
「承知した」
「ふぉふぉ、ついて行きますのじゃ」
ソー師匠とグラド師匠が、そう発言すると、アキレス師匠は頷き、俺を見て、
「では、シュウヤ、模擬戦は朝飯を食べてからだ。ラグレンとレファにラビはまだ寝ているから、昼飯ぐらいになるかもだが、ま、今日ぐらいは、な?」
と快活な笑顔を見せる。
何もかも、昔を思い出す。
「分かってます」
「ふむ」
師匠はソー師匠とグラド師匠と目を合わせ、「こちらですじゃ、梯子がありますが、まぁ、お二人には必要ないですな」と言いながら歩き出す。
「それは、はい」
「ふむ、ついて行きましょう」
と、アキレス師匠に付いて行くソー師匠とグラド師匠。
楽しげな三人の背中が見えなくなるのを見届けてから、肩の力を抜いた。
隣に立つキサラも、ふぅ、と小さく息を吐き、柔らかな微笑みを浮かべる。
「偉大な先達の方々です。背から発せられる氣だけで、肌が粟立つほどでした」
「あぁ、だが、ただ強いだけじゃない。温かさもある」
そう答えると、相棒が「にゃ~」と同意するように鳴き、軒先から俺の肩へと飛び乗ってきた。着地の衝撃は皆無。
そのまま俺の首に尻尾を巻き付け、喉を鳴らす。
「さて、師匠たちが戻ってくるまで少し時間があるな。皆が起きてくる前に、朝飯の支度でもしておくか?」
「はい、お手伝いします。ラグレン様たちの分も、腕によりをかけないといけませんね」
ラグレンを様か。ラグレンが聞いたら、『止してくれ』と言いそうだな。
そんな真面目なキサラは、薄着の袖を捲り上げる仕草をした。
豊かな乳房がぷるるんと揺れる。
そのキサラに、
「ラビさんたちにお世話になっているし、色々な素材は皆も持っている。今日は恩返しをしよう」
「ふふ、はい」
すると、
「――ん、シュウヤ。もう起きてたの?」
新築のログハウスの扉が開き、眠たげなエヴァが顔を出した。
紫の瞳を擦りながら、少し大きめのシャツを一枚羽織っただけの姿で立っている。
その無防備な姿に、朝の光が眩しく反射していた。
続いて、その背後からヴィーネも姿を現す。
彼女は既に身支度を整えており、銀髪を靡かせながら優雅に歩み寄ってきた。
「おはようございます、ご主人様。早朝からの鍛錬、お疲れ様でした。キサラとの激しい……組手の音、聞こえておりましたよ?」
ヴィーネは悪戯っぽく微笑み、腕に自然と絡みついてくる。
甘いバニラの香りが鼻腔をくすぐった。
「ヴィーネ、エヴァ、おはよう。起こしちまったか?」
「ううん、大丈夫。……ん、いい匂い。自然の匂い、高原の風も気持ちいい」
エヴァは深呼吸をして、ゴルディーバの清浄な空氣を楽しんでいる。
「本当に。地下のダウメザランとも、ヘカトレイルやペルネーテの都市とも違う、澄み切った氣ですね。この場所が、ご主人様の強さの原点と分かります。心が澄み切る想いです」
ヴィーネは感慨深げに周囲の山々を見渡した。
その横顔には、心からの安らぎと信頼が滲んでいる。
「あぁ。俺にとっては第二の故郷みたいなもんだ……皆にも氣に入ってもらえてよかった」
苦笑していると、離れたヴィーネが頬を寄せてきた。
そのヴィーネの背を撫でていると「ちょっと~次はわたし~」と、その声の主のレベッカが「朝の栄養補充~」と抱きついてくる。ヴィーネは「ふふ」と笑いながら離れた。
エヴァも「ん、わたしも」と右の脇と胸に体を当ててくる。
そんなレベッカとエヴァを抱き寄せるように二人をハグした。
すると、相棒がヴィーネにもしていたが、対抗するように、レベッカとエヴァと、俺の頭部に「ンンン――」と喉声を響かせながら頭部をすり寄せてきた。
「ふふ、ロロちゃんもおはよう」
「おはよう~」
「ふふ、元氣ですね」
「にゃ~」
黒猫はエヴァたちが離れると肩から離れ、ユイたちのところに走っていく。
すると二階からトースン師匠とレプイレス師匠とシュリ師匠たちと沙・羅・貂たちも下りてきた。
「頭目たちが先に外に出たようだけど」
「あぁ、ソー師匠とグラド師匠は、アキレス師匠の案内の下、ポポブムたちへの世話の見学に向かったよ」
「ほぉ」
「あぁ、茸の栽培やポポブムなど家畜の世話か。何回か聞いていたな」
グルド師匠の言葉に頷く。
シュリ師匠が、「へぇ~、でも分かる。ここの土地は、何か心にくるのよ、お弟子ちゃんの記憶を体感しているのもあると想うんだけど」
と、語ると、イルヴェーヌ師匠が、
「たしかに、不思議とよく眠れた。外氣が、魔界とは異なる。なにか心地良い」
と、しみじみと語った。
そこで沙が、
「ふむ、神界に近い空氣かも知れぬ。器よ、少し空を散歩してくるがよいか?」
「自由だ」
「了解した、では、少し外を見てこよう」
「器様、わたしも外を見学してきます」
「はい」
沙・羅・貂たちは外に出ていく。
そこで、ヴィーネは、
「では、皆様がお目覚めになる前に、わたしたちは、特製のスープを作りましょうか」
「そうだな、今素材を出す」
「はい、わたしたちもアイテムボックスに色々な食材を入れてあります」
「了解した」
「わたしも手伝う」
「お、皆、起きたようだねぇ、私も、その料理を手伝おうか」
「あぁ、皆の分となると素材の量もかなり使うから、頼む」
「ふふ、あら、シュウヤ様。厨房の主導権は渡しませんよ?」
クナも色っぽい下着のままで登場した。
続いて、ミスティが、
「マスター、調理道具は魔道具もいいけど、色々とあるからね」
と、ミスティが<金属融解・解>などを使って金属加工したであろう巨大なフライパンが机に幾つも並んでいく。キサラも負けじと俺のもう片方の腕を取る。
両手に花、頭上に猫。
朝から賑やかなことになりそうだ。
「分かった。じゃあ俺は、最初は、火の番と、重い物の運搬係、調理も久しぶりにがんばるか」
「「「はい!」」」
談笑しながら、母家の厨房と、外に設置されていた竃を利用――。
クナとミスティとエヴァが作り出した魔機械の巨大なコンロのような物を庭に設置。
ラグレンとレファが起きてくる前に、驚かせてやるのも悪くない。
準備を始めようとすると、視界の端、水の入った桶の水面が揺らぎ――。
スゥーっと、青い輝きと共に小さな人影が形成される。
「シュウヤ様! 朝の水汲みなら、このヘルメにお任せください! ここの湧き水は、非常に清らかで、私の魔力とも馴染みが良いのです!」
元氣よく飛び出してきたのは、常闇の水精霊ヘルメだ。
朝からテンションが高い。
「ヘルメ。頼む。最高の水で、最高の朝飯を作ろう」
「はい! お任せを! あ、後で私の作った『特製・精力増強水』も飲んでくださいね?
「……それは、飯の後にな」
「ははは」
「エンチャント~!」
皆が笑い声を上げていく。
そこで、
「ヘルメが最高の水を用意してくれた。ここからは時間との勝負」
アイテムボックスから、巨大な目白鮫の切り身と、岩のように硬い甲羅を持つ巨蟹を取り出した。
ゴルディーバの朝日に、新鮮な魚介の鱗と甲羅が輝く。
「ミスティ、鍋の準備はいいか?」
「うん、いつでもどうぞ! 耐熱・耐衝撃仕様の特製魔導鍋をセット完了!」
ミスティが庭に設置した巨大な鍋を叩いて合図する。
そこに大量の水と、クナとヴィーネが下拵えをした野菜を投入していく。
「さて、メインの鮫肉だが……キサラ、頼めるか?」
「はい!」
キサラが目白鮫の切り身をまな板に置くと、両手に魔力を込める。
腕がブレ、ダダダダッ! と、目にも留まらぬ早業で掌底と手刀を叩き込み、一瞬にして骨と皮を分離させ、身をミンチ状へと変えていく。
そこに旅の途中で、いつもお世話になっている調味料を投入する。
「味の決め手はこいつだ」
取り出したのは、肉や魚の臭みを消し旨味を引き出すセリュの粉――。
それと、『クルックの実』を砕いたものに、塩と唐辛子系の香辛料と少量のセリュの粉と、とある油を使い染みこませて作った〝new・クルックの実〟。
これはピリッとした辛味がアクセントになる。
更に隠し味として〝黒い甘露水〟を数滴垂らす。
これでコクと甘みが加わり、味が格段に深くなる。
「これを混ぜて団子にする。ヴィーネ、そっちはどうだ?」
「完了しております。巨蟹の殻は関節の隙間に刃を入れ、身を崩さずに取り出しました」
ヴィーネの流麗なナイフ捌きによって、山盛りの蟹身が用意されていた。
豪快な鍋料理の準備の横では、繊細な技が振るわれている。
「シュウヤの口に合う浸け物に挑戦!」
ユイが元氣よく包丁を握る。
まな板の上に置かれたのは、ゴルディーバの里特産の瑞々しい根菜類。
トントントントンッ――。
軽快かつ正確無比な音が響く。剣術で培われた集中力は料理においても遺憾なく発揮されていた。その見事な手際に、思わず目を丸くする。
「え、ユイ、調理もできるのか?」
俺の言葉にユイは包丁を止めずに、少し唇を尖らせてウインクをしてきた。
「もう、失礼ね。これでもサーマリア王国の闇ギルドにいた頃は、一人で何でもやったのよ? 標的を待つ潜伏生活中は、外食なんて出来ないし……自分で作って食べるしかなかったんだから」
「なるほど……生きるための料理、か」
「うん、だから味には自信がある」
暗殺者という過酷な過去を、今は明るく笑い飛ばすユイ。
そんな彼女の横から、ローブを翻してクナが歩み出た。
「ユイ……そこからは、光魔ルシヴァルの魔術師長、そして錬金術師である私の出番」
クナの瞳が真剣な光を帯びる。
すると宙空に――名匠マハ・ティカルの魔机を召喚。
その上には、フラスコやビーカー、そして怪しげな魔導書が並ぶ。
「え、クナちゃん? 料理だけど」
ユイが少し引き気味に尋ねるが、クナは構わず、野菜に手をかざした。
「料理だからこそ! <魔砕波の探知>――対象の細胞壁、繊維密度、水分保有量を解析……」
ブゥン、と低い魔力音が響く。
クナは野菜の内部構造を魔力でスキャンしていた。
「解析完了。……これより、調味液の浸透圧を最適化しますわね。使用するのは『トレビルの魔薬』をベースに毒性を完全に抜き、旨味成分のみを抽出・精製した特別液……」
クナは魔机の引き出しから、古びた書物を取り出す。
「参照するのは『魔界四九三書』が一つ、『朱雀ノ星宿』の項……」
クナの指先が複雑な印を結ぶ。
<星辰魔法基礎>の応用も加わっている。
手元に小さな星屑のような輝きが生まれた。
「美味しくなぁれ、美味しくなぁれ……第十八の<筆頭従者長>の名にかけて、シュウヤの舌を唸らせる」
星屑の輝きと共に、調合された液体が野菜へと吸い込まれていく。
一瞬だが、昔のお菓子のCMを思い出す。
本来なら数日かかる熟成工程が、錬金術と魔法の融合によって一瞬で完了した。
完成した漬物は、まるで宝石のように内側から淡い光を放っている。
「で、できた……」
そのあまりに本格的すぎる「調理」に、周囲が息を呑む。
すると、その様子を見ていたカルードと鴉さんが、静かに、しかし感心したように歩み出た。
「ふっ……生きるための料理に、魔道を極めた味の追求ですか。素晴らしい」
「ふふ、はい」
鴉さんは、砂城タータイムからザガたちと共に、このゴルディーバの里に合流している。
カルードと鴉さんの手には、余った目白鮫の希少部位と、近海で獲れたという赤身魚のサクが握られている。
「私も別の刺身を担当いたしましょう。……実は、フローグマン家にも、代々伝わる『秘伝の漬物』がありましてね」
「へぇ、カルードの家にか? 意外だな」
「えぇ。父……病弱だった妻のサキも知っていた。更に叔母上が、幼い私に密かに教えてくれたのです。『男も、いざという時は自分の食い扶持くらい整えられなくてはなりませんよ』と」
カルードは懐かしむように目を細め、流剣の動きを応用した滑らかな包丁捌きを見せた。 刃が魚の繊維を傷つけることなく通り過ぎ、透き通るような美しい切り身が次々と皿の上に花を咲かせていく。
亡き叔母上の教えが、剣技と共に今の彼を支えているのだろう。
まさに、芸術的な早業だった。
更に、その賑やかな調理場の上空には――。
ミスティが遠隔操作する小型の魔導人形のゼクスがふわりと浮かんでいた。ゼクスは応援するようにくるくると宙を舞いながら、ミスティ特製の〝旨味増幅魔力粉〟をキラキラと光の粒子のように振り撒いている。
その幻想的な光景に、
「わぁ、綺麗! まるで料理のショーみたい!」
レベッカが歓声を上げ、エヴァも目を輝かせて頷いた。
それらを鍋に投入し、準備は整う。
「よし、ここから一氣に加熱して旨味を閉じ込めたいんだが……」
「ふふ、それなら私に任せて! あの子たちの出番ね」
レベッカが一歩前に進み出ると愛用の城隍神レムランの竜杖を掲げた。
杖の先端に宿る宝玉がカッと輝く。
「出てきて、ペルマドン! ナイトオブソブリン! みんなのお腹を満たすために、力を貸して!」
レベッカの持つ杖についている竜の飾りが一瞬で実体化。
紅蓮の鱗に覆われた火竜ペルマドン。
もう一頭は、漆黒の重厚な鱗を持つ冥界の騎士竜ナイトオブソブリン。
確かな質量と熱量を持った、生きたドラゴンたち。
愛らしい幼竜の二頭は主の意図を汲み取り、鍋の周囲に降り立った。
小さくとも、その瞳には高位の竜としての知性が宿り、吐息だけで周囲の空気が揺らぐ。
「ギャウ!」
「グルルァ!」
二頭は「任せろ」と言わんばかりに咆哮を上げると、鍋の底に向かって同時にブレスを吐き出した。
ゴォォォォォッ!!
ペルマドンの赤き紅蓮の炎と、ナイトオブソブリンの黄緑の雷光を纏った炎が螺旋を描き、魔導鍋を包み込む。ボッ、ボボッ、と空氣が爆ぜる音。生きた竜のブレスは、魔力だけの炎とは質量が違う。物理的な熱風と圧力が、鍋の中身を一氣に加熱していく。
「おぉ、凄い火力! ちゃんと鍋の大きさに合わせて火加減を調整している」
「えっへん! あの子たちは賢いもの。これくらいお茶の子さいさいよ」
レベッカが胸を張ってドラゴンたちを撫でる。
ペルマドンとナイトオブソブリンも、主の賞賛を受けて嬉しそうに喉を鳴らした。
すると、その様子をじっと見ていた相棒が、「自分も負けていられない」とばかりに声を上げた。
「ンン、にゃごぉぉぉ!!」
黒猫は俺の肩から飛び降りると、鍋の反対側に回り込み、口をカッと開く。 そこから放射されたのは、紅蓮の炎だ。二頭のドラゴンに負けじと、自身の魔力を込めた炎で鍋を炙り始めていた。
しかも、体格を少し大きく変化させ、黒豹の姿になって火力を増している。
「お、相棒もやる気だな!」
「にゃ!」
相棒は得意げに尻尾を立てドラゴンたちをチラリと見てから更に火力を強める。
ペルマドンとナイトオブソブリンも黒豹の挑発に反応し、負けじとブレスの勢いを強めた。
「わわ、凄い熱エネルギー反応!」
エトアが叫ぶ。
ラムーも、
「はい、競い合って火力が上がっています」
くぐもった声で反応していた。
ミスティは、
「でも大丈夫、この鍋なら全部熱伝導に変換できる!」
「魔科学と魔法と、生きた竜たちの競演~」
レベッカの言葉に皆が笑った。
ミスティが嬉々として計器を操作し、暴走寸前の熱エネルギーをコントロールしていく。 凄まじい熱量によって、鍋の中の水は瞬く間に沸騰し、魚介の濃厚な出汁が一氣に抽出されていく。最後に、懐から取り出した〝ハート型の葉〟を手でちぎり、煮立ったスープの中へ散らす。
ジュワァァァァ……。
瞬間、鍋の中から黄金色の輝きが溢れ出した。
葉がスープに溶け込み、セリュの粉や黒い甘露水と混ざり合い、二頭のドラゴンと相棒の炎による魔力も相まって、芳醇かつ神々しいまでの香りが爆発的に広がった。
「んん~! いい匂い! お腹空いた~!」
「……ただの海鮮鍋じゃないわね。香りを嗅ぐだけで、体の芯が熱くなる」
レベッカとユイがうっとりとし、小型化したペルマドンとナイトオブソブリンも、鼻をひくつかせて鍋を見上げている。
相棒も黒豹の姿から黒猫に戻ると、ズボンの裾を引っ張って催促した。
「よし、完成だ! 『双竜と神獣の直火焼き・ネーブ村特製極上鍋』だ!」
宣言すると同時に、タイミングを見計らったように母家の扉が開く音がする。
この匂いと、庭先で燃え盛るドラゴンの炎に驚いて、主役たちが飛び出してきたようだ。
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