二千四十四話 懐かしき宴、水幕の交歓と相棒の温もり
「ふふ、もう飲み過ぎに注意ですよ?」
と、言いながらもラビさんも、グイッと一杯をあっさりと飲み干し、「ふふ、美味しいお酒にシュウヤさんの里帰り、とても気分が良いです」
と、自らも宴の輪に嬉しそうに加わった。
「はは、ラビさん、もう一杯どうぞ」
「うふふ、ありがとう――」
ラビさんが差し出したコップに、とくとくと酒を注ぐ。
揺れる炎に照らされた、下膨れの瓜実顔としなやかな撫で肩。
その柔らかな雰囲気は記憶の中のラビさんと何一つ変わっていなかった。
隣で「ぷはぁっ!」と息を吐く音がした。見れば、ラグレンも既にジョッキを空にしている。
「俺にも頼むぞ、シュウヤ!」と突き出されたコップに、なみなみと酒を注いだ。
「はは、昔を思い出すな、皆で飲んでゴルディーバの歌を歌った」
「はい、たしかに」
「ふむ」
「今日こそは、私も飲む!」
と、皆に止められていたレファが酒の樽を持って現れる。
自然と、ラグレンとアキレス師匠に視線が集まって、
「まったく、止めても飲みそうな感じだな。爺、今日ぐらいは許可するか?」
「あぁ、わしの命を救えるほどの槍使いと弓使いの腕前じゃ、まだ若いが、今日ぐらいは許可しよう」
「わーい」
と、レファが喜ぶと椅子に座り、マイカップの木のコップを置く。
「ンン」と喉声を響かせた黒猫が、跳躍し、そのレファの座る机の前にちょこんと座る。ヴィーネたちが、心配そうに俺たちを見ていたが、『大丈夫だろう』と腕を上げると、皆団欒に入る。
そこから、何氣ない会話が続くが、すぐに旅だって直ぐから冒険談に移行した。
エルフの領域から東に出たところで遭遇した蟹のモンスター、その白身がめちゃくちゃ美味かった事、ファダイク近郊にて国と国との陰謀の場面に遭遇しユイとの出会いから、主無き男爵領、匪賊、盗賊たちの跳梁跋扈の子爵領で、初めて人を殺し血を味わった事……。
この話をした時、ラグレン、ラビさん、レファは顔色を悪くしていた。
が、無視して話を続行した。
続いて、宿場街道での盗賊絡みから魔霧の渦森で再度ユイと戦い、わざわざ殺し屋である彼女を助けた事、ゾルとシータの少し考えさせられる魔術師との出会いから、【城塞都市ヘカトレイル】の序盤での出来事をクナショックを含めて、キッシュとの出会いから、順繰りに、食事、酒を飲みながら話していく……。
酒の勢いも借り、その時々の感情を包み隠さず語った。
時にはレファが身を乗り出し、時には師匠が重々しく頷く。
そうして熱っぽく語り続けていれば、秋の日は釣瓶落としというが、いつの間にか窓の外は夜の帳が下りていた。
「……蟻の巣か。【ヘカトレイル】には転移陣があるんだな」
「あぁ、クイーンには出会ったことはないが、大蟻のインペリアルアントと大型竜のワイバーンが戦っている現場を生で見たことがある」
「わぁぁ……」
レファは栗色の瞳を輝かせて、鼻穴を若干広げていた。
冒険者の活動を聞いて興奮しているらしい。
すると、ラビさんが、
「凄まじい冒険ですね、あ、もっとお話を聞いていたいけど、もう夜。シュウヤさんたちも、お疲れたでしょう。今日は休んで頂いて、また明日、レファはお休みの時間よ」
確かに、もう子供は寝る時間。
「そうだな。話はまた明日」
「ふむ、シュウヤよ。皆もおるようだが、ここに戻って来たのだから、またここで一緒に暮らすのか?」
「暮らしたい氣もありますが、砂城タータイムや魔界の事象もありますから、先程話をしたパレデスの鏡、二十四面体や、〝レドミヤの魔法鏡〟を使えば、ここにはすぐに帰ってこれますからね」
「ふむ」
「たしかにな。シュウヤにはシュウヤの道がある」
「シュウヤ兄ちゃん! もしかして好きになったユイさんにヴィーネさんたちと結婚しちゃうの!?」
「結婚というか、もう皆恋人で愛している」
レファは眉を中央に集めて怒った顔を見せる。
「えぇぇ! ずるい! わたしもシュウヤ兄ちゃんの恋人になる!」
「ぶはっ」
「ごほっ」
ラグレンが飲み物を吐き師匠が咳き込む。
「こら、シュウヤさんが困ってるでしょう」
「だって、こんなに沢山の綺麗なお姉ちゃんたちがいるんだよ!」
「……それは、その……」
とラビさんも困惑していた。
苦笑しながら、真っ直ぐな瞳を向けてくるレファの頭を撫でた。
「レファ。気持ちは嬉しいよ。でも、レファは俺の大切な家族だ。妹のような存在なんだ」
「むぅ……今は妹でも、いつかは……」
レファは不満そうに頬を膨らませるが、それ以上は食い下がらず、最後は小さく頷いた。 その健気な様子に、ヴィーネたちも微笑ましそうに見守っている。
宴はお開きとなり、それぞれが就寝の準備に入る。
師匠が俺を見て言った。
「……シュウヤ、お前が寝泊まりに使っていた小屋は空いているから自由に使っていいぞ」「はい、ありがとうございます。懐かしいな……眷族たちにも見せてやりたいのですが、構いませんか?」
「ふん、当たり前だ。お主の家族だろうが、それとペルネーテで獲得したと聞いた、<神樹ノ領域>と<破邪霊樹ノ神尾>に進化した樹を使って、空いているところに家を建ててもいい」
「あ、分かりました。ありがとうございます」
師匠はニヤリと笑い、ラグレンも大きく頷く。
「それじゃ、また明日ということで、師匠、ラグレン、おやすみなさい。ロロ戻るぞ」 「ンン、にゃ」
黒猫は肩に乗ってくる。
「明日が楽しみだ。今日はゆっくりと休むがいい」
師匠からの労いの言葉を受けて軽くお辞儀をすると、居間を出て、かつて俺が寝泊まりしていた小屋へと向かった。
ヴィーネやキサラたちも、興味津々といった様子でついてくる。
夜風が心地よい。
かつて毎日通った道を歩きながら、懐かしさに目を細めた。
「記憶で見た通りです。ご主人様が修行時代を過ごされた場所……」
「ん、静かでいいところと改めて理解した」
「うん、ここは、とっても心に響く」
「「「たしかに」」」
「「はい」」
ヴィーネたちの声に頷きつつ、広場の奥に佇む特徴的な白い建物を指差した。
月明かりに照らされ、白亜のドームが幻想的に浮かび上がっている。
「あれが神具台だ。ゴルディーバ族の礼拝堂でもある……相棒と俺が契約した地下神殿と直結している」
「うん、シュウヤの二年の地下放浪からのグランバに襲われて、神獣ローゼス様との邂逅で、ロロちゃんが誕生したのよね」
「そうだ」
皆、感心するようにざわついていく。
バフハールや師匠たちも頷いていた。
記憶を頼りに、白いモスクと似た神具台の周囲を凝視。
手前の訓練場の石畳は、本当に懐かしい。
そして、小屋へと続く地面を靴底で踏みしめた。
土と石畳の間に、錆びることのない鈍色の金属板が埋め込まれているのが見える。
これも説明しとくか、地熱発電ではないが、当時は驚いたからな。
「見てくれ。ここの地面、所々に奇妙な金属が埋め込まれているだろう?」
「これは……かすかに熱を帯びていますね」
キサラが敏感に察知し、不思議そうに眉を上げる。
「そうなんだ。この金属が発する熱のおかげで、真冬でもこの一帯の雪だけは溶ける。これは、あのモスクの中にある『神具台』と呼ばれる古代遺構――地下深くへと続く昇降機の影響だ」
白モスクを見上げた。
「この世界に来てすぐ、真っ暗な地下洞窟で目覚めたんだ。右も左も分からないまま、石ころと錆びた剣だけを頼りに、化け物が蔓延る『骨の海』を何日も彷徨った」
あの頃の孤独と絶望感は、今でも鮮明に思い出せる。
乾きと飢え、そして死の恐怖。
「……皆は〝知記憶の王樹の器〟で俺の記憶を得ているから、分かっていると思うが……」
「ん、シュウヤ、大丈夫、皆、シュウヤから聞きたいと想っているはず」
とエヴァの指摘にヴィーネたちが頷く。
「にゃ~」
相棒も賛成した。
「……あぁ、白い怪物に追われ、地下水脈を流された果てに……とある『地下神殿』に辿り着いた。そこで俺は瀕死の重傷を負いながらも怪物を倒し……精神世界で相棒ロロと出会って契約を交わしたんだ」
「にゃぉ」
相棒が誇らしげに鳴き、足にすり寄る。
あの日、俺の血肉から黒猫として新生した相棒。
「力尽きて倒れていた俺と相棒を見つけてくれたのが、アキレス師匠だった。師匠はあのモスクのような『神具台』の中身エレベーターのような魔機械装置、昇降機を使って、地下神殿へ降りてきて、俺たちを地上へ――この里へと連れ帰ってくれたんだ」
もしあの日、師匠が祈りの日じゃなかったら。
もし神具台が動いていなかったら。
俺はあのまま地下で野垂れ死んでいたかもしれない。
「ん、地下神殿の歴史は、黒き環の歴史でもある」
「そうだな。相棒の神獣ローゼスの壮絶な歴史でもある」
「そうですね、古代より続く魔軍夜行……黒き環による異世界からの干渉、介入の歴史は壮大です」
「はい、ダークエルフたちの地下都市ダウメザランにも関係してくる。黒き環からは獄界ゴドローンからの侵入者が多いですから」
「「はい」」
「二十四面体で、移動できる独立地下火山都市デビルズマウンテン、地下都市ダウメザランも、関係してきます」
「フロルセイル地方も、魔境の大森林の北マハハイム地方も南マハハイム地方も、皆、同じ惑星セラの超巨大岩石惑星の地上の一部だからな」
「「はい」」
「神具台のような魔機械の技術は、塔烈中立都市セナアプアにもあったわ」
「あぁ、魔塔だな」
「たしかに、神具台自体は、この惑星の各地に点在している。聖櫃、神遺物、様々。そして、ゴルディクス大砂漠にはハティア・バーミリオン魔導生命体などの第一世代の宇宙人の遺跡、宇宙船がありましたし」
キサラの言葉に皆が頷き、セレスティアが、
「はい、この世界があるセラを利用していた創造主は、『秘密の神の僕』、『機械仕掛けの神、デウス・エクス・マーキナの僕』でした」
と発言。
エトアが、
「うん、惑星セラ側も魔界セブドラ以上に歴史があり、古代のロマンがあります」
「謎も多く、塔烈中立都市セナアプアには、エセル界の出入り口もある。あの塔烈中立都市セナアプアだけが、神の魔法力、式識の息吹が弱まるのは、黒き環と関係があるのかも?」
レベッカの鋭い言葉にクナも数回頷き、
「……そうですね、はい。黒き環に関する記憶、相棒ちゃん様の、前身である神獣ローゼスの逸話も、事前に知れているおかげで、よく分かりますわ」
そのクナの言葉に、皆が思案げに頷く。
地下での激闘と、師匠との出会い。すべての運命が交錯した場所。
「古代ドワーフの神具台に、ザララープの伝承……。そして神獣様との契約と、師匠による救出。まさに、ここがご主人様の『生還』と『始まり』の地」
ヴィーネの知的好奇心と畏敬の念が入り混じった眼差しで神具台の白いモスクのような建物を見つめる。
ミスティも「神具台だけど、サイデイル近くのエブエたち、キルモガーのところを見て、既に解析済みだけど、あれと同じ素材のようね。後で、少し調べる」と小声で呟いている。
「あぁ。俺が拾われ、槍を教わり、相棒と共に歩み出した場所だ。……ま、今は静かなもんだがな」
感慨深げに白モスクを見つめた後、視線を戻し、すぐそばにある小屋の前に立った。
「……で、こっちが俺が住んでた小屋だ。そして、<破邪霊樹ノ神尾>――」
小屋の空き地に縦に少し長いログキャビンを一瞬で造り上げる。
そして、「皆、とりあえず、俺が寝ていた部屋を見せよう」
と、扉を開ける。
掃除がちゃんとされてあるらしく、俺が出て行った頃と大して変わらない。
水樽に水は入っていなかったが、棚の中には小物が置かれ隅には皮袋、皮布が嵩張って置いてある。寝台は昔と変わらない。
「ンンン――」
相棒は寝台の上に移動し、跳躍を繰り返す。
ははは、すべてが、懐かしい……。
「ここが、シュウヤ様の……」
キサラが感慨深げに室内を見渡す。
決して広くはない、質素な小屋だ。
だが、ここには確かに俺の汗と血と、そして安らぎの記憶が刻まれている。
「この狭い部屋で、毎日筋肉痛に呻きながら寝てたんだよ。師匠の扱きが厳しくてな」
「ふふ、想像できますわ」
クナが微笑む。
手際よく水樽と風呂用桶を生活魔法の水で洗い、水を満たし、お湯を沸かした。
しかし、勢い良く顔を洗って、小指を鼻に突っ込んだことを思い出した……。
あれは地味に痛いんだな……。
「にゃあ」
黒猫は昔を懐かしがっているのか、棚の上に跳び移る。
小屋の一部に頬を擦りつけて匂いをつけ作業を行っていた。
ま、単純に『わたしの匂いが残っているにゃ~』的な縄張りの確認だろう。
そんな微笑ましい行動に笑みを浮かべながら、服を脱ぎ始めた。
「皆もどうだ? 狭いけど、この風呂も悪くない」
「あら、ご一緒しても?」
「当然、混浴希望です」
「おい~俺たちもいるってこと忘れるな、では、押っ始める前に、作ったばっかりの隣の家を借りるぞ」
「ふぉふぉ」
「もう! お弟子ちゃんのハッスルタイムに混ざれる日は……」
「カカカッ、光魔ルシヴァルのハッスルタイムは興味深いが、さすがにな……」
「ふふ、そうですね」
と、師匠とバフハールたちは小屋から離れて、隣の作ったばかりのログキャビンに入る。
ファーミリアとベネットたちが、皆が入ると手狭な小屋に入り出した。
結局、ヘルメが氣を利かせ、外に《水幕》を展開し、大きめの桶も用意しては、狭い桶も利用し、皆で、代わる代わる入ることになり、小屋と小屋の外は、一氣に華やかで賑やかな空間へと変わった。
ヘルメが作り出した揺らめく水のカーテンが月明かりを乱反射させ、幻想的な輝きを内側に落とす。
その濡れた光の中で、ヴィーネが妖艶に微笑みながら近づいてきた。
「ご主人様……この懐かしい場所で、もっと深く、貴方を感じたいです……」
吐息混じりの甘い声と共に湯に濡れて輝くしなやかな肢体が……。
肌に吸い付くように絡みつく。
柔らかいし、いい匂い、バニラのヴィーネの匂いだ。
雫る銀髪と上氣した白い肌のコントラストが目に焼き付く。
更に、キサラもまた潤んだ瞳で俺を見つめ、背後から抱きついてきた。
「シュウヤ様……私の愛も、確かめてください」
豊満な双丘の感触が背中に押し当てられ、熱い呼氣が首筋を擽る。
言葉など不要だった――。
久々の再会と新たな門出を祝うような、濃密な皆との、愛の交歓。
肌と肌が重なり合い、愛おしい熱が体を駆け巡り、俺たちは互いの存在を確かめ合うように溶け合った。
身も心も満たされた後、適当に体を洗っていると、
「ンン、にゃ――」
黒猫も昔と同じように桶に飛び込んでくる。
今回は呆れなかったようだな――。
早速、その黒猫の首根っこを掴み持ち上げた。
後の両脚をだらーんと垂らしお腹を晒す黒猫。
瞼を閉じ、素直に体を洗われていく。
いい子だ。風呂嫌いの普通の猫ならまず頸を捻り爪を立て、抵抗を示す。
「よし、きれいきれいなったぞ」
「にゃあ~」
手もとから離れて桶に飛び込んでいく黒猫――。
そして、触手を使いながら泳ぎ出す。
そこで桶の湯に浸かった。
適当にゆったりと、桶縁に背を預け――「いい湯だなぁ、あははん~」、「次行ってみよう~」とか、鼻歌に古いモノマネをしては、「志村、うしろー」とかふざけながら歌ってると、黒猫も桶の縁に両足を乗せ顔を上向かせながらハミングしてきた。
はは、可愛い……。
思わず触りたくなった――。
黒猫を撫でて軽く抱きしめてあげてから、風呂を出た。
皮布で体を拭くと、黒猫も風呂から上がり、水飛沫を周囲へ飛ばすように体を震わせる。
「ロロ、拭いてやる」
「ンンン」
黒猫は喉声のみで返事をする。
濡れて普段よりひと回り小さく見える体を揺らし、トコトコと歩いて近寄ってきた。
皮布越しに伝わる相棒の温もりと重み――。
そんな黒猫を、愛おしさを込めて、優しく……可愛い質感を指と掌に何度も得ながら拭いていく。毛の湿った匂いが獣らしさだ、肉球ちゃんも可愛い。むぎゅっとしたら、「ンン」と喉声を発し、前足を握っていた掌から抜くように引っ張って離脱。
拭き終わると、黒猫は小屋の外へ走って何処かにいってしまった。
あいつもここで長らく生活をしていたからな……。
誰かに会いにいっているのかもしれない。
そのまま寝台上へ背中を預けた。
はは、この感触……久々だ。身に染みる。
ヴィーネたちがそれぞれの場所でくつろぎ、静かな寝息を立て始める。
皆、普通に寝られるようだな。
窓の外には、変わらぬマハハイムの星空が広がっているだろう。
明日は師匠との勝負。あの時見せられなかった成長した姿を、存分に見せつけてやる。
そんな決意を抱きつつ、意識して、寝ることにした。
胸に懐かしい闇の中へと意識を沈めていった。
次話は明日を予定。HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
コミック版1巻~3巻発売中。




