二千四十二話 夜空駆ける神獣とゴルディーバの再会
神槍ガンジスが穿った穴の奥から吹き込んでいた風が、すべての魔力の残滓を運び去り、地下空間に静寂が訪れる。
体中から噴き出す汗と、急激な魔力枯渇による疲労感が体を重くする。
「ングゥゥィィ」
すると、肩の竜頭装甲が、俺の疲弊を敏感に察知したようだ。
生き物のように波打つと瞬時に素材を再構成し、熱を逃がす涼しげな衣装へと換装してくれた。
アキレス師匠は、
「……終わったようじゃな」
と言い、黒槍を下げた。その顔には深い疲労と共に、満足げな笑みが浮かんでいた。
「はい、最後は、何とか……」
「ご主人様の<光槍技>を凌いだ、ティターニアは強者ですね」
「だが、盟主の一撃は、風槍流の奥義さね」
ヴィーネとクレインの言葉に頷く。
クレインは、途中でアキレス師匠の顔を見て喋っていた。
アキレス師匠は俺の胸元のメダルと巨大な相棒を見てから優し氣な表情を浮かべて頷いた。
過去に、神獣様を遣わした者にラ・ケラーダと共に俺にくれたメダルは、今も、この胸にぶら下げているからな。
というか、肩の竜頭装甲が氣を利かせてメダルを出現させたのか。
すると、右肩に竜頭装甲が現れ、
「ングゥゥィィ、主ノ師匠ハ、我ノ、師匠、ゾォイ!」
「ははっ、たしかに」
その肩の竜頭装甲を驚いて見るアキレス師匠とレファ。
知らないから当然だ。
説明は後でいいだろう。すると、エヴァとユイとレベッカはクレインとヘルメたちとハイタッチ。直後、大きい黒豹状態だった相棒は無数の触手を体に収斂させ、その体を黒猫に変化させる。
いつもの可愛らしい相棒だ。
「ンン、にゃ~」
先ほどまでの獰猛な殺氣は皆無。
甘えた声で鳴きながらトコトコと足下に来ては、頭部を、俺の脛にぶつけてきた。
体全体を擦り付け、プルプルと震える尻尾を、俺の右足に器用に絡めつけてくる。
更に、俺の足甲の上で「ふみふみ」と足踏みをしながら、小さな爪を出したり引っ込めたりして甘えてきた。喉の奥からはゴロゴロ……というエンジンのような振動音が、足を通して直接伝わってくる。
その可愛い黒猫は俺の足甲の上に両前足を乗せ見上げてくる。
つぶらな瞳が、とても可愛い。愛の表情、何を言いたいのか、分かったような氣がした。
「ふふ」
「ふむ」
レファとアキレス師匠は、俺たちを見て微笑む、。
静かに見守っていたアキレス師匠は、
「……ふむ。やはり、素晴らしいな」
と発言し、ラ・ケラーダの挨拶を相棒と俺たちに示した。
遅れて、レファもラ・ケラーダの挨拶を行う。
俺も同じく、ラ・ケラーダの挨拶を返した。
師匠の顔色は、どこか、達観したそれがある。
目の前の相棒に、かつての神獣ローゼスの像の面影を重ねているんだろうか。
深い畏敬の念を抱いている『武装司祭』の師匠を知っている。
師匠はタンザの黒槍を突き、ゆっくりとその場に片膝をつく。
レファも続き、
「……ロロちゃん、凄かった」
師匠の背後で、安堵したように息を吐き優しく微笑んだ。
かつては無邪氣にはしゃいでいた少女も、今は少し大人びた落ち着きを纏っている。
慈しむような眼差しで黒猫を見つめた。
「あの姿も神々しいけれど……やっぱり、この姿のロロちゃんが一番落ち着くかな」
レファにとって黒猫は、かつて里の家で共に過ごした大切な家族のような存在。
その絆は、時を経てより深く、静かな信頼へと変わっているようだ。
師匠は、そんなレファの様子に目尻を下げつつ俺を見て、
「シュウヤよ。約束を果たしたのだな」
「……はい。相棒は真の姿を取り戻した」
「にゃおぉぉ~」
相棒はドヤ顔で鳴いた。
「ふむ……」
アキレス師匠は涙ぐむ。
俺も自然と目頭が熱くなった。
アキレス師匠は、
「……たしか、玄樹の光酒珠と言ったか、別名、知慧の方樹を見つけたんだな」
「はい。見つけたというよりは、授かったんです」
「ほぉ、教えてくれ。簡単にだが、どのような旅、冒険になったのだ」
「ンン、にゃ」
黒猫が、師匠に教えるように鳴いていた。
可愛い。その黒猫を見てから、
「……マハハイム山脈を越え、【宗教国家ヘスリファート】の東【アーカムネリス聖王国】の真東にあたる【旧ベファリッツ帝国】大森林地帯に【サデュラの森】にて、サデュラの葉をゲットし、また南マハハイム地方に戻り、ホルカーバムのホルカーの大樹を復活させることに成功しました。そのおかげで、大地の神ガイア様と植物の女神サデュラ様からの祝福として、玄樹の光酒珠を頂けたのです。見た目は鬼灯のような器で神秘的な液体でした。それを飲んだ相棒は、無事に神獣としての能力を取り戻すことができた」
「……なるほど……」
「わぁぁ……」
「にゃ~」
「ふぉふぉ、神獣様、シュウヤと共に大冒険をされたのですな! おめでとうございます」
「神獣様ちゃん~とシュウヤ兄ちゃんさすがすぎ!!」
レファが嬉しそうにはしゃぐ。
黒猫は「ンンン」と喉声を発し、レファの足下に移動し、頭部を、そのレファの足に寄せて甘えていた。
レファは黒猫の頭部から背を撫でていく。
と、「ふふっ、ロロちゃん!」と興奮気味に黒猫の頭部をうしろにひっぱるように、何回も撫でていた。エイリアン顔を何回も披露していく黒猫から息と共に変な鳴き声が数回響いたが、レファの好きなようにさせていた。地面にゴロニャンコをして転がり、腹を見せては、レファの手首に甘噛みをしてはペロペロと舐めていた。
それを見ているアキレス師匠は、
「かつて里の家で共に暮らしたあの日々を思い出す」
「はい」
「……お主の血肉より生まれ出でた神獣様……そして、わしらゴルディーバの民が崇める神獣ローゼス様の再来が、今、ここに……」
師匠の声は少し擦れて、瞳が潤んでいる。
かつて神殿を守護していた『武装司祭』としての記憶と、里で共に暮らした『家族』としての記憶。その二つが、目の前の相棒に重なっているのだろう。
師匠は言葉を噛み締めるように、しばしの間、沈黙。
やがて、震える息を吐き出し、
「そして、時は流れ、神獣様はより強く、美しくなられた……感無量だ」
発言、震える手でそっと黒猫の方へ差し出す。
相棒は、そんな師匠を見やり、「ンン、にゃぁ?」と鳴くと、トコトコと歩み寄る。師匠の掌に自らの頭を衝突させては、指を甘噛みするように咥えては離し、頭をスリスリと師匠のゴツゴツとした手に擦りつけていく。
師匠は、「神獣様……」と呟きながら、黒猫を撫でて、
「……シュウヤ」
と見上げ、
「はい」
と告げると、微笑んだ師匠は頷き、
「改めて、わしに約束してくれぬか」
「約束……ですか?」
「このお方――神獣様を、生涯かけて守り抜き、共に歩むと。お主こそが、神獣様に選ばれし唯一無二の『盟約者』なのだから」
師匠は、かつてメダルを託した時と同じ、いや、それ以上に強い意志を込めて告げていた。
その言葉の重みに居住まいを正す。
足下の黒猫は、クリクリとした紅い瞳で、俺たちを見ては、無邪気に尻尾を揺らしている。
俺にとって黒猫は神獣である以前に、かけがえのない相棒であり、家族。
その想いを、
「……はい、約束します、師匠。俺の相棒、何があっても守ります。……ま、俺が助けられることの方が多い相棒ですが」
苦笑交じりに言うと、張り詰めた空氣が和らぎ、師匠の顔にいつもの豪快な笑顔が戻った。
「カカッ、違いない! あの頃から、飯の催促をする時の態度は、お主よりこの黒猫の方が偉そうじゃったからな!」
レファもふふっと小さく笑い、大人びた表情で頷く。
「ロロちゃん、またお母さんのご飯、一緒に食べようね」
師匠は立ち上がり、パンパンと膝の土を払うと、憑き物が落ちたように晴れやかな顔をした。
「よし! これではっきりした。わしらの役目は、神獣様とお主らが進む道を、少しでも整えることじゃ」
師匠は視線を足元の穴に戻し、切り替える。
「さて、感傷に浸るのもここまでか。問題はわしの体から抜けた『秘密の鍵』だが……」
クナが、慎重に近づき、穴の縁を調べる。
「先程も言いましたが、鍵は魔力の奔流の一部として混合体に吸収されている。しかし、<風槍・理元一突>の作用により、混合体ごと『無』に帰した。もう復活などはありえないでしょう」
「ふむ、ならば良しとするか」
師匠は頷き、俺たちに向き直る。
「では、そろそろ戻るか」
大きく頷き、師匠やレファ、そして眷族たちと共に、地上へと続く階段へ足を踏み出した――。長い螺旋階段を上りきり、隠し扉を押し開ける。
地上に戻ると外はすでに夜の帳が下りているはずだが、スラムの一角は異様な熱氣に包まれていた。そのスラム特有の雑多な臭さと湿り氣を帯びた空氣が流れ込んできた。だが、地下に充満していた濃密な血と狂氣に比べれば、この淀んだ空氣でさえ、清浄に感じられるから不思議だ。
建物の外ではキッカやレザライサの手勢と思しき影たちが音もなく展開している。 キッカとレザライサは、地上に出てきた部下たちと会話してから、レザライサが、
「では、我々はここで、【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の仕事をしてこよう」
彼女の背後には、同じく同盟に所属する手練れたちが数名、影のように控えている。
師匠がその行動を見て、
「なるほど、シュウヤたちの組織の者。そして、天凜の月の盟主がシュウヤなのだな。」
「はい」
そこでレザライサに、
「あぁ、頼んだ。『くるみ割り人形』の資産、および構成員の拘束……結構な仕事になるが」
「ふっ、槍使い。ここは、レフテン王国の領土だが、塔烈中立都市セナアプアも一応は関係がある。我らの領域から逃げた闇ギルド共の掃除もかねている」
「そうだな」
「それにだ。ネレイスカリに、新しい借りを作るのに良い機会だ」
「あぁ、姫の基盤強化に、三カ国の会合の繋がりもあるのか」
「ふっ、その通り。姫のネレイスカリがレフテン王国では権力を掌握しつつあるが、レフテン王国には、あの宰相も健在だ。だからこそ、シャルドネの女狐と、優秀なサーマリアの王子、ソーグブライトの会合も重要になる――」
と発言したレザライサは見上げ、
「更に、光魔ルシヴァルで言えば、恐王ノクター繋がりか。不窟獅子の塔と魔界セブドラの傷場……」と呟き、巨大な宇宙エレベーターのような宇宙にまで続いている塔を見やる。
俺たちも見上げた。
「そうだな」
「うむ。では、略奪品を調べてこよう。【白鯨の血長耳】にとっても興味深い魔導具が含まれているようだ。そして――」
レザライサは視線をアキレス師匠とレファに向け、優雅に一礼した。
「くるみ割り人形の闇ギルドなら、私たちに任せてもらいたい。私は、塔烈中立都市セナアプアの冒険者ギルドマスターのキッカと言います。そして、シュウヤ、宗主の<筆頭従者長>の一人、そこに並び立つ、キサラ、ヴィーネ、エヴァ、ミスティたちと同じく、光魔ルシヴァルの血を分けた眷族衆の一人です」
キッカの言葉に、レザライサも、
「私もだ。アキレス殿。私はレザライサ――この槍使いに惚れ込んだ<筆頭従者長>の一人。もっとも、裏では【白鯨の血長耳】を束ねる盟主でもある。主の敵である『くるみ割り人形』……そのルートごと、すべて破壊することを誓おう」
二人の美女、それも一都市のギルドマスターと闇ギルドの盟主という強大な権力と実力を持つ女性たちが、俺を「主」と呼び、恭しく頭を下げる。
その光景に、アキレス師匠は目を丸くし、ポカーンと口を開けていた。
「……セナアプアのギルドマスターに、裏社会の長……それらが揃ってシュウヤの眷属……いや、惚れ込んだ女傑たちとはな……」
師匠は、まじまじと俺の顔を見た後、呆れたように、しかしどこか誇らしげに笑った。
「カカッ! たまげたわい。槍の腕だけでなく、女を惹きつける魅力も神域に達したか? シュウヤよ」
「あはは……自然と、こうなりまして」
苦笑して頭をかくと、師匠は「自然とか、お主らしいわ」と笑い飛ばした。
そして、表情を引き締める。
「ならば、後顧の憂いはない。キッカ殿、レザライサ殿、頼んだぞ」
「はい、槍の原点、アキレス殿の憂いを晴らす手伝いができたこと、光栄に思う」
「ふむ。若き長耳族の長よ、礼を言うぞ。後の始末、任せてもよいか」
「はい、必ずや……シュウヤ、貴方は師匠殿とご家族との時間を大切に」
キッカは凛と、レザライサは艶やかに微笑み、それぞれの手勢に指示を出し始めた。同時に血長耳の若い衆が一斉に散ると、闇ギルドの残党処理と資産の確保が進められ、闇ギルドの本拠地であった廃ビルへと無音で浸透していく。
その統率された動きは、さすがとしか言いようがない。
「さて、と。俺たちも行こうか」
「うむ! ラグレンのやつ、待ちくたびれて酒を空にしているかもしれんぞ」
アキレス師匠が豪快に笑う。
その背中からは、先刻までの重苦しさは完全に消えていた。
「皆、移動だ。ついてきてくれ」
「はい、ご主人様」
「ん、了解」
アキレス師匠はクレインに目配せし、「お前もシュウヤの眷族とはな、最初は面食らったぞ?」と言うと、クレインは、「ふっ、<血魔力>と不死性の光魔ルシヴァルさ、シュウヤから、その濃密な話を聞けば、腰を抜かすぞ?」と会話をしては、互いに、笑っていた。
ヴィーネとエヴァ、そして足元の相棒に合図を送る。
黒猫は一瞬で、大型の神獣ロロディーヌに変化した。
触手を皆の体に絡めては収斂させ、「わぁぁぁ~」とレファが悲鳴をあげているが、相棒は構わず、己の頭部に運んでいく。
触手は優しく、しかし強固にアキレス師匠とレファ、そして俺たちを包み込み、ふわりと持ち上げた。視界が高くなる。黒く艶やかな毛並みが広がるロロディーヌの広大な頭部へと、俺たちは降り立った。
「おぉ……こ、これは……」
アキレス師匠が足下の感触を確かめるように踏みしめ、絶句している。
無理もない。かつて崇めた神獣の、その頭上に立っているのだから。
「きゃっ、高い! でも、ふかふかだね!」
レファは恐れることなく、嬉しそうにその毛並みに顔を埋めた。
相棒の頭部は、大人数人が乗っても余裕がある広さだ。ヴィーネとエヴァ、クレインたちも慣れた様子で位置を確保する。俺もあぐらをかくように座り、相棒の首筋あたりを撫でた。
「頼むぞ、相棒。ゴルディーバの里まで、ひとっ飛びだ」
「ンン、にゃおぉぉ~」
ロロディーヌが咆哮する。
その声は空氣を震わせ、周囲の闇を切り裂くような覇気に満ちていた。
直後、巨体が浮き上がる。重力を感じさせない、滑らかな浮上だ――。
地上に残るキッカとレザライサ、そして彼女たちの部隊が小さくなっていく。
二人は並んで手を振り、俺たちを見送っていた。
俺も軽く手を振り返す。
スラムの雑多な街並み、廃ビル群が一瞬で眼下へと遠ざかる。
風が唸りを上げて頬を打つが、ロロディーヌが展開した橙色の魔力のおかげで、直接的な風圧は驚くほど軽減されていた。
「速いな! 風槍流の突撃速度を優に超えている!」
アキレス師匠が目を剥いて、流れる景色を見ている。
眼下には、夜の帳に包まれたレフテン王国の街明かりが、宝石箱をひっくり返したように煌めいていた。だが、相棒は更に高度を上げる。雲を突き抜け、星空が広がる領域へ。
「師匠、しっかり掴まっていてください。相棒が本氣を出せば、こんなものじゃありませんから」
「ぬぅ、こ、これ以上か! 神獣様とは、空をも制するお方だったとは……」
師匠はロロディーヌの毛をギュッと掴んでいる。
その横で、レファは「わぁぁ……星が近いよ、師匠!」と歓声を上げていた。
相棒は夜空を駆ける。巨大な黒豹のシルエットが、月光を浴びて銀色に縁取られる。
俺たちは、かつてない速度でゴルディーバの里があるマハハイム山脈方面へと向かっていた。
少し落ち着いたところで、クレインが師匠に声をかける。
「アキレス、空の旅はどうだい? シュウヤの眷属になると、こういう常識外れなことが日常になる」
「ふん、まったくだ。わしの知る常識など、この短時間で何度も粉砕されたわ」
アキレス師匠は苦笑しつつも、その瞳は少年のように輝いている。
そして、俺の方を向き、真剣な眼差しに戻った。
「シュウヤよ。空の上で、ちと早いが……改めて礼を言わせてくれ」
「礼なんて、水臭いですよ」
「いや、言わねばならん。ティターニアを倒し、わしの中の『鍵』の問題を解決してくれたことだけではない。……レファのことだ」
師匠の視線が、エヴァたちと笑い合っているレファに向く。
「あの子が、あんなに屈託なく笑う姿を見るのは久しぶりだ。里を出て、過酷な運命に翻弄され……わしは、あの子に辛い思いばかりさせてきた。だが、お主と出会い、こうして救われた」
「レファが笑っていられるのは、彼女自身の強さですよ。俺は、少し背中を押したに過ぎません」
「カカッ、謙遜するでない。……本当に、強くなったな、シュウヤ」
師匠の大きな手が、俺の肩に置かれた。
その掌の温かさと重み。かつて、槍のいろはを叩き込まれた修行の日々が脳裏をよぎる。
「師匠にそう言ってもらえるのが、何よりの報酬です」
「うむ。……さて、里に着いたら、ラグレンの秘蔵の酒を開けさせるとするか! 今日は祝いじゃ!」
「賛成です。飲み明かしましょう」
「ンンッ!」
相棒も賛成だと言わんばかりに短く鳴いた。
やがて、眼下に馴染み深い山々の稜線が見えてくる。
マハハイム山脈――ゴルディーバの里は、山脈を数個越える必要があるが、もうすぐだ。
切り立った崖を越えて高原地帯に突入した。
谷間と森が見えてきたところで、相棒は速度を緩め、旋回しながら降下を開始する。
山肌に隠されたようなゴルディーバの里はすぐに見えた。
平たい山――家の前には、ラグレンとラビさんがいた。
ラグレンが、
「――爺、レファ! シュウヤたち!」
と叫ぶ。レファが身を乗り出した。
松明を掲げた大柄なラグレンとラビさん。
ロロディーヌは音もなく石畳に着地――。
風圧が起きて、タンザの黒槍が設置されている武器置き場が揺れる。
「神獣様たち、良かった!! そこに爺とレファもいるんだろう!」
レファはまだ見えていないようだ。
ラグレンの野太い声が響く。
相棒は伏せの姿勢を取り、触手を使って俺たちを地上へと降ろした。
地面に足がついた瞬間、レファが駆け出す。
「――お父さん! お母さん!」
「レファ!」
ラビが駆け寄り、レファを力一杯抱きしめる。
ラグレンもその上から、二人をまとめて抱え込んだ。
再会の喜びを爆発させる家族の姿。
それを見て、アキレス師匠が「良かった」と呟く。
目元を拭っている。一歩下がって、その光景を眺めると、ヴィーネがそっと寄り添ってきた。
「ご主人様、良い光景ですね」
「あぁ。……守れてよかった」
その時、ラグレンが顔を上げ、俺と師匠を見た。
そして、俺たちの背後に佇む巨大な黒豹――神獣ロロディーヌを見上げ、あんぐりと口を開ける。
「シュウヤ……行きの時も驚いたが、やはり、あの黒猫のロロなんだよな」
「ンン、にゃ」
相棒は、いかにもと言わんばかりに顎を上げ、体を縮めていく。
一瞬でいつもの黒猫に戻ると、トコトコとラグレンの足下へ歩み寄る。
その足にスリスリと体を擦り付けた。
「おぉ、神獣様だ……」
「ふふ、はい」
ラグレンは固まる。ラビさんは黒猫の頭部を撫でていた。
アキレス師匠が、カカッと笑い声を上げた。
「ラグレン、ラビ。まずは積もる話をしようか。酒の用意はできているか?」
「あ、あぁ、もちろんだが、爺、山を下りる前よりも元氣になってないか?」
「あはは、たしかに! このシュウヤと神獣様が解決してくれたおかげもあるだろう」
師匠は俺の背をバンと叩く。
「さぁ、宴じゃ! 今宵は語り明かすぞ!」
ゴルディーバの里に、久方ぶりの明るい笑い声が響き渡る――。
戦いは終わり、安息の時が訪れる。
俺にとっても、ここは帰るべき場所の一つなのだと、改めて実感していた。
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