二千四十一話 師弟の共鳴、穿たれる混沌の集合体
切っ先が喉元を捉える寸前、ティターニアの唇が三日月のように歪んだ。
「――いいえ、始まりよ」
カッと、彼女の胸元の硝子の獣仮面が砕け散るほどの光を放った。
師匠のタンザの黒槍が、見えない障壁に阻まれたように宙空で静止する。
金属と魔力が軋む嫌な音が響いた。
「ぬぅっ!?」
「師匠――」
直感で危険を察知し、師匠の襟首を掴んで強引にバックステップで後退した。
直後、ティターニアを中心とした空間は、鏡が割れるようにヒビ割れ、そこから無数の硝子の棘が全方位に射出された。
キンキンキンキンッ!
魔槍杖バルドークを旋回させ、襲い来る硝子の嵐を弾く。
師匠も<導魔術>で操る三本の光の剣を盾のように展開し、身を守っていた。
硝子の雨が止むと、そこには異様な姿に変貌したティターニアがいた。
優雅なドレスは裂け、砕けた硝子の仮面が皮膚に融合している。
半身が透明な硝子の鱗に覆われ、その背中からは、祭壇の狂神獣センシバルの像と似た幻影と、管のようなモノが多数出現し、揺らめいた。
「あぁ……素晴らしい……センシバル様の愛が、私の中に満ちていく……!」
恍惚の表情を浮かべながら、彼女が腕を振るう。
すると、祭壇に積まれていた赤黒い臓器が脈打ち、彼女の背中の管を通じて魔力を供給し始めた。
「貴方がたの血も、恐怖も、すべてあの方への糧! さぁ、予定が狂いましたが、これもまた一興、お前が吸収した『秘密の鍵』を、絶望の鍵として、真に与えてあげましょう」
ティターニアが大声で語ると、床の魔法陣が赤黒く輝き出す。
地下空間全体が生物の腹の中のように脈動し始めた。
「……どうやら、ただの毒婦というわけではなさそうじゃな」
師匠が冷や汗を拭いながらも、口元には不敵な笑みを浮かべる。
俺も魔槍杖バルドークを構え直した。
「魔界セブドラにいるような気分……」
「あぁ、やることは変わらん。あの管を断つぞ」
「了解。俺が正面を抉じ開けます」
足に力を込め、<雷炎縮地>を使い前に相棒が動いた。
「ンン、ニァァァッ!」
黒豹ロロディーヌが、咆哮と共に、体を一回り大きくさせた――。
同時に無数の触手を集合させ、そこから巨大な杭のような形状の骨剣を伸ばすと、右上空へ跳躍。
宙空から、杭をティターニアの頭上へと垂直落下させる。
「小賢しい――」
ティターニアが硝子の腕を掲げ、鏡の盾を展開する。
毛のような繊維の造形も美しい鏡の盾と、その巨大な杭のような触手骨剣が衝突――。
甲高い金属音と共に衝撃波が広がり、相棒の巨大な触手骨剣は細断したように分裂していく、盾にはヒビが入っただけ。
しかし、相棒の狙いはそこじゃない。
拡散したような触手から無数の骨剣がティターニアを越え背後に、直進し、祭壇と繋がる魔力の管を数十と貫いて、千切り飛ばしては、紅蓮の炎を吐いた。
ティターニアは硝子の仮面の一部を拡げるが、魔力供給が途絶えたのか、ガラスの仮面が溶けては、
「――キャァァッ」
悲鳴を発し、吹き飛ぶ。
「今だッ!」
好機を逃さず<メファーラの武闘血>と<ルシヴァル紋章樹ノ纏>を発動。
<雷炎縮地>で一氣に近づき<血刃翔刹穿>を繰り出した。
狙うは心臓を含めた融合した硝子の仮面の核――。
ティターニアが硝子の腕を増やし、盾と剣に変化させたが、<血魔力>を保つ紅矛が貫き、穂先から血刃が無数に飛び出て、ティターニアの体と衝突し貫いていく。
「ぐっ――」
ティターニアは後退し、穴だらけとなった体から血飛沫が噴出する。
回復も速いが、その眼前から硝子のセンシバルと獅子の頭部が生まれ、直進。傘状の武器も召喚されると、それも飛来してきた。
「――シュウヤ、あれはわしが――」
師匠の声と共に横合いから閃光が走る。
<導魔術>で加速された二つの光の剣が、硝子のセンシバルと獅子の頭部と傘と連続的に衝突していく。
左からティターニアに近づくが、ティターニアの両腕と足下が煌めく、そこから魔弾が飛来した。
その魔弾の軌道を<隻眼修羅>で読み――<仙魔・桂馬歩法>を使う――。
斜め左に出て、最初の魔弾を避け、右に斜め前に跳び、次の魔弾を避け、更なるティターニアが繰り出した獅子とセンシバルの頭部を、魔槍杖バルドークの柄で破壊するように防ぎながら直進、<雷神槍術式・解>を発動――。
ティターニアに近づく――。
「見え透いた加速――」
ティターニアはカウンターの硝子の獣人仮面を用意するが――。
右手の魔槍杖バルドークで<魔皇・無閃>を行うフェイクから<風柳・異踏>――。
ティターニアは「――げっ」とフェイクにかかる。
神槍ガンジスを左手に召喚し<血魔力>を込め、<握吸>と<勁力槍>を発動させてから<光穿・雷不>を解き放った。
ティターニアの腹と硝子の鱗を粉砕し、双月刃の穂先の<光穿>が突き刺さる。
突き出た神槍ガンジスから不可思議な血の龍と天道虫の幻影が現れ散った。
「ガハッ……!?」
手応えあり。
刹那、八支刀の光が連なるランス状の雷不が、神槍ガンジスの真上に出現した。
神々しい輝きを放つ八支刀の光は、光神ルロディスの涙が紡ぐ天命の糸となってティターニアの体を貫く。
背後の狂神獣センシバルの像を貫いて、地下の祭壇を抉るように直進。
地下空間の奥壁が崩落する。
八支刀の光雷は、ティターニアの肉体だけでなく、その背後にあった邪悪なモノまですべてを浄化するように破壊した。
ティターニアは半身は溶け、一部は塵と化していく。
残る体と半分の顔は絶望のまま、
「あ、が……セン、様ぁ……わ、わ……たし……」
と、その言葉は最後まで続かなかった。
その体は光の粒子となって崩れ落ちていく。残滓は浄化されず背後の崩落した穴へと吸い込まれていく。
ドロリとした黒い液体となって。
ズズズズズ……。
地下空間全体が激しく振動していく。
神槍ガンジスと魔槍杖バルドークを構えたまま、残心をとる。師匠も光の剣を展開し直していた。
祭壇があった場所――神槍ガンジスが穿った大穴から先ほど吸い込まれた黒い液体が倍以上の質量となって噴き出してきた。
それは意思を持つヘドロのように蠢き、急速に膨れ上がる。
「……死してなお、執念深いことじゃ」
師匠が忌々しげに呟く。
俺も頷き、
「はい、とびきりのが来ますね」
と答えた時、左右から頼もしい仲間たちが駆け寄ってきた。
「やれやれ、親玉がくたばったと思ったら、とんだ置き土産だねぇ」
クレインだ。
金と銀のトンファーには、ねっとりとした血と毛が付着している。
背後には、頭部を粉砕されたセンシバルの巨体が転がっていた。
「ん、敵影排除完了」
「ご主人様、こちらは倒しきりました」
反対側からエヴァとヴィーネ。
エヴァの<霊血魔導装具>は似合う。
ふわりと浮遊している。
背後では、数体のセンシバルが、無数の白皇鋼の刃によって串刺しにされ、絶命していた。
頭部が潰れているラハカーンも見えた。エヴァのトンファーの一撃だろう。
キサラたちも、周囲の魔族や闇ギルドの構成員を一掃し、駆け寄ってくる。
「シュウヤ様、皆様、ご無事ですか!」
「あぁ、だが休息の時間はないようだぞ」
俺の言葉に呼応するように、噴出した黒い液体が形を成した。
それは、巨大な獣、魔界の狂神獣センシバルなんだろうか、更に、近くには、『くるみ割り人形』の兵隊の人形のような影も生まれる。
その中身は空洞ではなく、無数の悲鳴を上げる亡者の顔と、狂神獣センシバルの獰猛な獣性が混ざり合った混沌の集合体だった。
高さは十メートル近い。
「オオオオオォォォ……カギ……カギハ……ドコダ……ソコか――」
不快な重低音が響き渡り、皆の表情が強張る。
突如、アキレス師匠の体から魔力が放出され、狂神獣センシバルの獰猛な獣性が混ざり合った混沌の集合体に吸収された。
「師匠、大丈夫ですか?」
「あぁ、なんてことはない。多少魔力が抜けたが、今のが、こいつの『秘密の鍵』か」
と、タンザの黒槍を強く握り直した。
師匠の体内にあった『秘密の鍵』は、奴が取り返したか。
魔力を喰らい、鍵をも取り込んだ混沌の集合体。
もはや分離は不可能か。
クナが、
「……狂神獣センシバルの混合体には、神格はないようですが、今の取り込み方からして、ティターニアのような存在を、別に生み出せる存在が、この混合体と判断できますわ」
クナの分析が背後から響いた。
「うむ……では、魔界の神でもある狂神獣センシバルの一部が、わしの魔力を喰らっていたのか……なんたること……では、この場ですべてを終わらせる」
師匠の声に迷いはない。
呼応するように、混沌の集合体が身を震わせた。
表面に浮かぶ無数の亡者の顔が、苦悶と歓喜の混ざった表情で一斉に口を開く。
「オオオオォォォ……手に入レタ……カギ……コレデ、扉ガ……」
巨体から、赤黒い波動が爆発的に膨れ上がる。
師匠から奪った膨大な魔力が、制御を失った破壊の嵐となって地下空間を蹂躙しようとしていた。
「させません!」
ヴィーネが即座に反応する。
その手には、和弓と洋弓が融合したような独特な形状の弓――翡翠の蛇弓が握られていた。
彼女は弓を掲げ、そこから紫電の魔力を展開する。
「――<ヘグポリネの紫電幕>」
ジジジジッ、シュルルル……。
紫電が放つ音が、無数の蛇が這い回るような不気味な響きを奏でながら俺たちの前に幕を作る。
ヴィーネを中心に展開された紫電の幕が、押し寄せる赤黒い破壊の波動を受け止めた。
不気味な蛇の音と共に、紫電が敵の魔力を相殺していく。
防ぎきると同時、ヴィーネは翡翠の蛇弓を瞬時に収納。
主武器の古代邪竜ガドリセスへと持ち替えた。
防御から攻撃へ。切り替えは流れるようにスムーズ、全身の血魔力を励起させる。
「――<光魔銀蝶・武雷血>」
ヴィーネの全身に雷状の<血魔力>を纏った。
同時に<銀蝶揚羽>が舞い上がり、銀色の蝶々の群れが狂神獣センシバルと混沌の集合体に降りかかると、爆発的な加速を得たヴィーネが消えたように直進し、
ヒュンッ、風切音と共に混沌の集合体の懐に銀閃が走った。
「ギャアアアアアッ!?」
雷状の血を体と武器に宿らせたまま放たれた斬撃が、再生する泥の肉を焼きながら深々と抉り取る。そして、敵の注意がヴィーネに向いた瞬間――師匠が地を蹴った。
タンザの黒槍を構え、影のように敵の懐へと潜り込む。
老練な槍捌きで、再生しようとする核を正確に突き崩した。
そこには<光魔銀蝶・武雷血>の影響で、雷状の魔力と銀色の蝶々がめり込んでいた。
皆の遠距離攻撃も狂神獣センシバルと混沌の集合体に突き刺さっていく。
<隻眼修羅>で混合体の核と核の結び目が連なっている中心的なモノを把握――。
「シュウヤ、今ぞ!」
「おう!」
神槍ガンジスを一本に絞り<仙血真髄>を発動。
腰を落とし、<雷炎縮地>――腰を捻り、全身のバネを解き放つように〝一の槍〟の<風槍・理元一突>を繰り出した。
アキレス師匠から受け継ぎ、ガンジスとの戦いで昇華させた風の理。
その風と<血魔力>が神槍ガンジスと俺から吹き荒れ、俺自身が、一陣の風そのものとなる神速の一撃が、混合体を突き抜けた。
神槍ガンジスの穂先は、螺旋の氣流と共に、甲高い突破音を置き去りにした。
振り返ると、混合体だったモノは、塵一つ残らず、消えていた。
続きは明日を予定、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。」1巻~20巻発売中。
コミックス1巻~3巻発売中。




