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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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2039/2075

二千三十八話 風見鶏の惨劇と天井を砕く紅矛


 □■□■


 死体の懐を探るが金目の物は少ない。

 だが、剣持ちの男の懐から、奇妙な意匠が刻まれた黒い木札が出てきた。


 ――『くるみ割り人形』の古い暗号印か。

 あるいは、更に、その奥にいる何者かの印。

 単なる路銀目当ての盗賊ではない。配置といい、連携といい、明らかに我らを狙って待ち伏せしていた動きだ。


「……やはり、網は既に張られておったか」


 アキレスは木札を握り潰し、粉々になった木片を風に散らす。ルアンを倒したことで時間は稼げたと思ったが、敵の包囲網は予想以上に早く、そして深く浸透しているようだ。


「お爺ちゃん、これ……」


 レファが不安げにアキレスの袖を掴む。

 気丈に振る舞ってはいるが、初めての人殺しに近い戦闘と、向けられた明確な悪意に、その小さな手は微かに震えていた。アキレスは孫娘の頭を優しく撫でる。


「案ずるな。この程度の輩、何人来ようと返り討ちにしてくれる。それに、サムラレイトにはわしの古い友がおる。まずはそこで体を休め、態勢を整えよう」

「うん……!」


 二人は坂道を駆け下りる。眼下には、交通の要衝であるサムラレイトの街並みが広がっていた。一見すれば活気に満ちた平和な街。だが、アキレスの肌は、街全体を覆うような粘着質な視線を感じ取っていた。


 街門をくぐり、雑踏に紛れるように路地を進む。


 目指すは、旧市街の一角にある古い宿屋『風見鶏の止まり木』。かつての冒険者仲間、ボルトが営む店だ。あそこならば、裏口からの逃走経路も確保でき、多少の無理も利く。


 ――カラン。


 古びたドアベルを鳴らし、店に入る。

 カウンターの奥から、エルフの片目に傷を持つ強面の男が顔を出した。


「いらっしゃ……ん? まさか、アキレスか!?」

「久しいな、ボルト。厄介ごとかもしれんが、部屋を頼めるか」

「馬鹿野郎、水臭いことを言うな! 俺とお前の仲だろうが。……そっちの嬢ちゃんは?」


「孫のレファだ」

「へぇ! お前に似ず可愛らしいな。安心しな、とびきり美味いシチューを用意してやるよ」


 ボルトの豪快な笑い声と、宿の暖かな空氣。

 レファの表情に、ようやく安堵の色が戻る。

 だが、アキレスは愛槍を手放さず、窓の外へ鋭い視線を走らせた。


 路地の陰、屋根の上。風に乗って、かすかだが、確実に殺氣が集まってきている。それも、先ほどの盗賊など比較にならぬ、練り上げられた殺意が。


 ……休まる暇なしか。だが、ここが正念場。


 アキレスは覚悟を決め、扉を閉ざす。



 ◇◇◇◇



 アキレスたちはサムラレイトの町で躍動するように闇ギルド『くるみ割り人形』の拠点を潰していく。

 今日もその一つ地下賭博場に乗り込んでいた。


 阿鼻叫喚の地獄と化していた。


「ひ、ひぃぃ! 化け物だ! こいつら、ただの爺じゃねぇ!」

「あの角持ち爺!!」


 屈強な用心棒たちが枯れ木のように吹き飛ぶ。

 その中心にいるのは、閃光の如き槍捌きを見せるアキレスだ。


「遅い」


 ――一閃。

 突き出された穂先は、襲いかかる三人の盗賊の肩、太腿、武器を持つ手首を瞬きの間に貫いていた。殺しはしないが、二度と武器を持てぬほどの急所突きだ。


「おらおらぁ! 往生しなッ!」


 ボルトの剛斧が唸りを上げ、逃げ惑う幹部の退路を断つ。 影から現れたガドソンが、その幹部のアキレス腱をナイフで切り裂いた。


「ぐあぁぁッ!」

「お爺ちゃん、後ろ!」


 レファの鋭い声。

 アキレスの背後から迫る暗殺者に対し、レファ自身が手にした短槍を繰り出す。

 まだ幼さが残る体だが、その踏み込みはシュウヤの如く鋭い。


 ――ピシッ!


 レファの槍が暗殺者の仮面を弾き飛ばし、怯ませた。

 その隙をアキレスは見逃さない。

 振り返りざまの石突きによる強烈な打撃。暗殺者は白目を剥いて沈んだ。


「よくやった、レファ。良い踏み込みじゃ」

「えへ……うん!」


 アキレスは孫娘を褒めると、這いつくばる幹部の男を見下ろした。その瞳に慈悲はない。かつて数多の修羅場を潜り抜けた冒険者の冷徹な眼光だ。


「さて、お前は、『くるみ割り人形』の幹部だろう? わしらを執拗に狙う理由と、バックにいる黒幕の名を吐いてもらおうか」

「し、知らねぇ! 俺たちはただ、上からの命令で……!」「ほう、知らぬと言うか。ならば――」


 アキレスが槍を振り上げる。


「待て! 言う! 全部言うから命だけは……!」


 幹部は涙と鼻水を垂れ流す。


「名を聞こうか」

「俺は、ムケという」


 そこからムケは、組織の隠し金庫の場所と、くるみ割り人形の闇ギルドの本体が、急激に膨れ上がっていること。ここの事務所も一つの支部にすぎないと語る。

 

 更に、【テーバロンテの償い】から離脱した魔族の愚連隊、邪神トラベラー第二使徒との繋がりを持つ最高幹部ザラガの名と、暗殺者のルアンを脅迫していた魔族ケルミアとティターニアの名を吐く。


 アキレスの目が鋭く光る。


「……やはり……」


 低く呟き、納得したように頷く。

 里を襲撃したルアンが遺した手紙、そして今、目の前の男が吐いた名前。すべてが線で繋がった。


「ルアンの一件と符合する。わしを狙っているのは、あの狂信的な女狐とその取り巻きどもで間違いないようじゃな」


 アキレスの脳裏に、かつて遭遇した異様な女の記憶が蘇る。当時は単なる狂神獣センシバルの信奉者だと思っていたが、魔族の手先どころか、組織の中枢にいる毒婦であったとは。


「そ、そうだ……あの方は狂神獣センシバルを信奉しているが、邪神や、魔界王子テーバロンテを信奉していた集団とも手を組んで、人身売買のカルテルを拡大化させ、大儲けしている……」


 ムケは震えながら、治安が回復している塔烈中立都市セナアプアから大量の犯罪者たちが流れ込んでいることなどの情報も、洗いざらい白状した。圧倒的な強者の前で悪が屈する瞬間。それは、長年の逃亡生活で溜まっていた鬱憤を晴らすに十分な、痛快な光景だった。


 敵拠点の制圧から数日後。

 サムラレイトの街には、初夏を思わせる爽やかな風が吹いていた。


 宿屋『風見鶏の止まり木』の奥まった個室。

 アキレスたちは、敵から奪った資金の一部を使い、ささやかな祝杯をあげていた。


「ガハハハ! あの時の幹部ムケの顔、見ものだったなぁ! これでしばらくは奴らも動けまい!」


 ボルトが上機嫌でジョッキを空ける。

 アキレスも、いつになく穏やかな表情でグラスを傾けた。


「あぁ、これで路銀も確保できた。黒幕の正体も見えた以上、手の打ちようもある。ほとぼりが冷めたら、レファを連れて南の海沿いの街へ行こうと思うておる」

「南か、いいな。俺も店を畳んで付いていくか!」

「俺も混ぜろよ。お前らがいなきゃ退屈で死んじまう」


 ガドソンが笑い、場が和む。

 そんな中、ボルトがふと思い出したように言った。


「そういやアキレス。お前、あの『魔酒』の賭けのこと、レファちゃんに話したか?」

「む? ……いや、まだじゃ」


 アキレスが気まずそうに目を逸らすと、レファが興味津々で食いついた。


「なにそれ? お爺ちゃん、また何か隠してるの?」

「い、いや、あれは若気の至りでな……」

「へへっ、教えてやるよお嬢ちゃん。お前の爺さんはな、あの『クレイン・フェンロン』っていうド派手なトンファー使いの女傑と、とんでもねぇ賭けをしたんだよ」


 ガドソンが語りだす。

 クレインという女性は、銀と黒、鮮やかな朱色が混じった、体の線が出る不思議な軽鎧を纏った美人だったこと。  

 見た目は気品ある令嬢を思わせるが、戦闘になればそれは一氣に変化する。頬のあの印を見たら死を連想する。


 そして『銀死金死』と恐れられ、冷めた口調で敵を殲滅していたこと。


「今はどうしているのやら『――やれやれ、また服が汚れちまったさね』だの、敵を殴り倒してハンカチで武器を拭きながら『然もありなん』だの。懐かしい……」

「そうそう。無類の賭け事好きでな。負けた奴には、喉が焼けるような度数の『魔酒』を飲ませる遊びをしてたんだ」

「えっ、すごい! お爺ちゃん、その人に勝ったの?」


 レファの純粋な瞳に見つめられ、アキレスは観念したように、しかし悪戯っぽく舌を出して見せた。


「……実はな、レファ。ここだけの秘密じゃぞ? 一度だけサイコロ勝負で勝ったんじゃが……指先から微弱な<導魔術>を飛ばして、サイコロの目をひっくり返したんじゃ」

「えーっ! お爺ちゃん、イカサマしたの!?」

「ふぉふぉ、勝負は勝ったもん勝ちじゃ。あの鋭いクレインが氣付かず、否、氣付いていたのかもだが……片目を瞑り、『……むぅ、運が逃げちまったさね』と悔しがっていた。まぁ、どちらにせよ、最高の酒の肴じゃったわい」


 アキレスがおどけて見せると、部屋中が爆笑に包まれた。 シュウヤが見れば腰を抜かすであろう、茶目っ気たっぷりの師匠の顔はあまり知らない。


 平和だった。

 この幸せな時間が、永遠に続くと信じていた。


 ◇◇◇◇


 その夜、運命の歯車が狂い始めた。


「……あっ、皆様、とっておきの葡萄酒がありますので、お持ちしますね」


 給仕をしていた若い男――宿の従業員であるギムが、人好きのする笑みを浮かべて空いた皿を下げに来た。


 ボルトが「おぅ、ギム! 一番高いやつを開けちまえ!」と気前よく指示を出し、ギムは恭しく一礼して部屋を出ていく。


 だが、数分後。戻ってきたギムが盆に乗せていたのは、酒瓶ではなく――紫色の煙を吐き出す香炉だった。


「――なっ!?」


 アキレスが反応するより早く、ギムは香炉を床に叩きつけた。爆発的に広がる紫煙。強烈な麻痺毒を含んだ煙が、狭い個室に充満する。


「ゲホッ……こ、これは……ギム、てめぇッ!?」

「ぐぅ……体が……!」


 ボルトとガドソンが喉を押さえて崩れ落ちる。歴戦の猛者であるアキレスでさえ、視界が歪み、膝をついた。


「卑怯な……!」

「ヒヒッ、英雄も毒には勝てませんねぇ。旦那方、あんたらの首には金貨が山ほど懸かってるんでね」


 煙の中から、先ほどまでの愛想笑いを消し去ったギムが現れる。同時に、窓と扉が破られ、黒装束の集団が雪崩れ込んできた。


「アキレス! レファを連れて逃げろ!」

「ボルト、無理じゃ! お前も――」

「行けぇぇぇッ! お前らの夢を守るんだろッ!」


 ボルトは麻痺した体を引きずり、隠し武器の戦斧を掴むと、入り口の敵へと突っ込んだ。


「ボルトォォォッ!」

「お爺ちゃん、早く!」


 レファに腕を引かれ、アキレスは血涙を流しながら隠し通路へと走る。背後で、肉が裂ける音と、友の最期の咆哮が聞こえた。


 雨の路地裏に出る。

 だが、そこも既に包囲されていた。


「ここは俺が引き受ける。アキレス、走れ!」


 ガドソンが路地の入り口で立ち止まり、二刀を構える。  屋根の上から降り注ぐ矢の雨――。


 ガドソンは数本の矢を体に受けながらも、決して倒れず、敵の進路を塞ぎ続けた。


「ガドソン……すまぬ、すまぬ……ッ!」


 友の屍を越え、走る。

 だが、逃避行は長くは続かなかった。


「きゃぁぁっ!」


 死角から伸びた鎖分銅が、レファの足を絡め取った。


「レファッ!」


 助けようと踏み出したアキレスの横腹を、追いついてきた魔人ザルクの剛腕が打ち抜く。


「ガハッ……!?」


 肋骨が砕ける音。 

 アキレスは泥水の中に吹き飛ばされた。


 薄れゆく意識の中で見たのは、泣き叫びながら連れ去られるレファの姿と、冷徹に見下ろす魔人の瞳。


「……チッ、やっとかよ、連れて行け。この老いぼれもな」


 アキレスの手から、愛槍が滑り落ちた。

 冷たい雨が、絶望を洗い流すこともなく降り注いでいた。


 ◇◇◇◇


 地下牢の闇。

 鼻をつく腐臭と血の匂い。アキレスは鎖で壁に繋がれ、全身の激痛に呻き声を上げた。


「……う、ぐ……」

「氣がついたか、英雄殿」


 目の前には魔人ザルク。そして、部屋の隅には、猿轡をされ、恐怖に震えるレファの姿があった。


「レファ……!」

「ハッ、感動の再会だなァ? だが、時間がない。貴様が隠しているとされるティターニアの『秘密の鍵』を渡してもらおうか?」


 ザルクが赤熱した鉄棒を手に近づく。

 アキレスは腫れ上がった瞼を開き、不屈の闘志で睨みつけた。


「……何度聞かれても同じじゃ。知らぬ、その『秘密の鍵』とはなんだ?」

「しらばっくれるなよ、あのルアンの家族を引っ張り出してまで、お前を追わせた理由だろうに。しかもだ。のこのこと、この町に来るとは思わなかったぜ」

「ティターニアを過去に仕留め損なったのは事実だが、そのような鍵は知らんと言うておる」

「……ほう。ならば、その孫娘の柔肌に聞いてみるか?」


 ザルクが鉄棒をレファに向ける。

 レファが涙を流して首を振る。


「や、やめろッ! わしを殺せ! レファには手を出すなッ!」

「ククク、いい悲鳴だ。だが、誰も助けには来ないぞ? 貴様の友は全員死んだ。希望など、どこにも――」


 その時だった。

 地下牢の分厚い天井が、爆音と共に粉砕された。

 瓦礫と粉塵が舞う中、一条の光が闇を切り裂く。

 

 そこには、憤怒の形相で紅蓮の魔槍を構えた黒髪の男と、その肩に乗る黒猫。


 そして、その背後から、優雅に、しかし冷徹な殺氣を纏った二色のトンファー使いが降り立つ。


「――やれやれ。また面倒なことになってるねぇ。然もありなん、さね」


 懐かしい口調。

 アキレスは、信じられないものを見るように目を見開いた。


「シュウヤ……それに、クレインか……?」


 絶望の淵に、最強の援軍が到着した。



 □■□■



 相棒ロロディーヌは、マハハイム山脈の冷涼な風を切り裂き、弾丸の如く空を駆ける。眼下に広がるのは、かつて俺がポポブムに乗ってラグレンや師匠と歩いた懐かしい山道や森林地帯――。


 そして、俺たちの背後から砂城タータイムも付いてくる。

 キュベラスと共にそこから転移してきたクレインが、


「神獣ロロとシュウヤ、サムラレイトなら知っているから、近づいたら教えるさ」

「あぁ、頼む」

「しかし、アキレスと、とんだ再会になりそうだねぇ」

「あ、そうですね」

「ん、先生。アキレス師匠もびっくりすると思う」

「そうだろうね、元氣に暗殺者たちを仕留めているとは思うが、この世は広いからねぇ」

 

 クレインの言葉にエヴァが、


「ん、大丈夫。シュウヤを育てた師匠様がアキレスさん」

「あぁ」


 と、クレインと話をしながらまた、相棒が毛で造り上げたソファーに座っていく。

 

「相棒、レフテン王国に向かおう」

「ンン、にゃ!」


 相棒が短く応え、速度を上げる。

 <闇透纏視>と<隻眼修羅>を発動した。

 カレウドスコープのように視界が拡張した感がある。

 流れる景色の中、微細な違和感を見逃さないよう集中した。


 テラメイ王国の領域に突入した。

 背の高い樹の深い森に懐かしさを覚えると、直ぐに、エルフのランファと別れた辺りに出て、通り過ぎていく。


 開けた平原や丘陵地帯に一角兎の丘から東に続く街道沿いの空を直進した。遠くに、王都ファダイクと分かる不窟獅子の塔が見えた。


「『不屈獅子の塔』には、恐王ノクターも関係があるのですよね」


 ヴィーネの言葉に、頷き、


「時間があれば、連絡したかもだが」

「ん」

「あの宇宙にも出ている『不屈獅子の塔』は、絶対に逃げないから、いつかに取っときましょう」


 真面目なレベッカの表情と言葉に頷き、「あぁ、そうだな」と言うと、眼下の光景が、ポポブムと共に旅をした街道に変化していく。


 触手手綱を掴みながら、


「相棒、昔を覚えているか?」

「にゃぉぉ~」


 『当然にゃぉ~』と言うような頭部が少し前後に動く。


「きゃ」


 と少し前後に揺れて、ヴィーネの可愛い声が聞けて嬉しかった。足下の相棒に、


「師匠とレファの匂いは覚えているよな」

「にゃご」


 と、氣合いの返事で加速した神獣ロロディーヌ。

 

 エルフの領域との境界を一氣に飛び越え、レフテン王国の領土へと入った。宿場町や村々が増えてくる。


 相棒は動きを止めない。


「神獣の速度はさすがだね、もうすぐサムラレイトのはずさ」


 クレインの言葉に頷いた。

 すると、レザライサが、イヤホンのような魔通貝が嵌まっている耳に人差し指を当て、


「……なるほど、敵も中々だな。場所はサムラレイトの裏通り。『黒山羊の角』周辺を重点的に」


 耳に当てた特殊な形状の貝――【白鯨の血長耳】独自の通信具『魔通貝』を使い、外部と連絡を取り合っている美女、レザライサと目が合うと、軽く頷いた。

 彼女の隣には、同じく俺の眷属となり、冒険者ギルドマスターとしての顔も持つキッカ・マヨハルトもいる。

 塔烈中立都市セナアプアの冒険者ギルドマスターの肩書きは、ここの冒険者ギルドでも、ある程度通用するだろう。


 相棒から皆が降り、サムラレイトの街を皆で歩く。

 街の裏路地に近い広場に出ては、少し様子を見た。


 一見すれば平穏な空氣を纏っていた。

 だが、肌にはピリつくような違和感が張り付く。


「宗主、私が先行してギルドへ顔を出します。この街の支部にも、一応の顔が利く者がいるはずですから」


 キッカが凛とした声で提案する。

 彼女は塔烈中立都市セナアプアの冒険者ギルドマスターだ。その肩書きと実務能力は、ここでも強力な武器になる。


「頼む。俺たちは、レザライサの情報にあった『黒山羊の角』周辺と、師匠の知り合いがいるという宿屋を探る」「承知しました。情報が掴め次第、念話か使い魔で知らせます」


 キッカは短く一礼すると迷いのない足取りで人混みへと消えていった。頼もしい背中を見送り、ヴィーネとクレインたちを見る。


「クレイン、アキレス師匠の知り合いの店は?」

「『風見鶏の止まり木』さね。あっちの旧市街の方角だ」


 クレインが指差す方角へと駆け出した。

 相棒ロロディーヌは黒豹に戻ると並走する。

 鼻をひくつかせ、喉を鳴らす相棒。


 その警戒音に、嫌な予感が加速した。


 数分後。路地裏に面したその店――『風見鶏の止まり木』の前で足を止めた。看板は砕かれ、扉は蝶番から外れかけている。中から漂ってくるのは、鉄錆のような血の匂いと、甘ったるい紫煙の残り香。


「……遅かったか」


 店内に踏み込む。

 そこは、激しい争いの跡が残る惨劇の場だった。

 カウンターのそばで、大柄な男が戦斧を握りしめたまま絶命している。入口付近には、二刀流の男が矢を受けて倒れていた。二人とも、致命傷を負いながらも背後の何かを守ろうとして死んでいる。


「……見事な最期だねぇ。この斧使いはボルト……それにガドソンかい。まさか、あんたたちが……」


 クレインが静かに呟き、ハンカチを取り出して顔を覆う。 かつての賭け仲間だったのだろう。その瞳には静かな怒りが宿っていた。


「師匠とレファの姿はない」


 <闇透纏視>を発動し、店内の魔力痕と足跡を視る。

 乱れた足跡。引きずられたような跡。そして、血の跡に<血鎖探訪(ブラッドダウジング)>を使う。

 途端に、かすかに残るアキレス師匠の風の魔力と、少女の悲鳴が聞こえてきそうな恐怖の残滓を感じるまま<血鎖探訪(ブラッドダウジング)>の先端が向く。


 あっちか。


「にゃ、にゃあぁぁぁ――」


 相棒が、壊れた床の一点を前足で叩き、低く唸った。

 そこには、泥と雨に濡れた鎖分銅の欠片と、独特な腐臭を放つ泥が落ちている。


「<血鎖探訪(ブラッドダウジング)>はあっちね」

「ん」

「行こうか……」

「地下の下水道、あるいは古井戸を通ったか」


 その泥の匂い。

 吸血鬼としての嗅覚と相棒の鼻が一致した。

 雨に濡れた路地裏へと出る。

 雨水によって痕跡は薄れているが、俺と相棒には関係ない。漂う微弱な敵意と魔素の粒子が、道標のように浮かび上がって見える。


「皆、敵の罠ってこともありえるから氣を付けよう」

「はい」

「了解したさ」

「ん、がんばる」

「敵さんの数は多そうだけど、わたしたちなら行ける」


 ヴィーネたちの言葉に頷きつつ前を進む。

 徐々に、足を速め、雨に濡れる石畳を疾走した。


 街外れの廃墟区画――。

 人氣のない、崩れかけた倉庫のような建物――。


 その地下から、ドス黒い欲望と、暴力の氣配が濃厚に漂ってきていた。


「ビンゴだね。ここからアキレスの氣を感じるよ。だが、随分と弱っている……」


 クレインがトンファーを構え、表情を鋭くした。

 沸き上がる殺意を抑え込むのに必死だ。

 師匠を、あのアキレス師匠をここまで追い詰め、(なぶろう)とする輩……許せるはずがない。


「ご主人様、正面から?」


 ヴィーネが仕込み魔杖に手をかける。

 首を横に振った。


「否、地下だ。上からブチ抜く」


 建物の屋上へと跳躍する。

 足下のコンクリートの感触。その更に下、深く澱んだ空氣が渦巻く場所を<闇透纏視>と掌握察の探知で特定した。


 真下だ。

 そこで師匠が、何者かと対峙している。


「相棒、ヴィーネ、クレイン、皆、合わせろ」

「ンン、にゃ!」

「はい!」

「了解さね!」


 紅矛を構え、切っ先に膨大な魔力を収束させる。

 狙うは一点。師匠たちを幽閉する牢獄の天井。


「行くぞッ!!」


 一斉に、その床を踏み抜いた。


 □■□■

続きは明日を予定。HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

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― 新着の感想 ―
ルシヴァルや神々の眷属などで麻痺してるけど、不意打ちの毒は定命にとっては致命的ですね。 ゼアも吃驚するほどの憤怒の化身と化したシュウヤさんの暴れっぷりに期待です。
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