二千三十六話 賢龍サイガナンの言葉と相棒に乗り、いざ、師匠の下へ――
その視線の先、杖を掲げる賢龍サイガナンと目が合う。
切り立った崖の上を吹き抜ける風が、俺たちの髪と賢龍の髭を揺らす。
遥か眼下に見える雲海よりも高いこの場所は、俗世から切り離されたような厳かな静寂に包まれていた。
出発前に聞いておきたいことが脳裏をよぎった。
「あ、サイガナン殿。お聞きしたいことがあります」
賢龍は穏やかな表情で杖を下ろした。
『「うむ。何かな?」』
「サジハリのことですが……」
と聞いてみた。
エヴァたちが、
「ん」
「氣になってた」
「うん、バルちゃんたち元氣かな」
と皆がバルミントのことを呟いてく。
サイガナンは少しの間を置いてから、困ったような、それでいて楽しげな波動を返してから、
『「ふむ……サーディア荒野の魔女。あやつらの動向までは我とて完全には把握できぬよ。高古代竜も厳密には、同じ魔竜ではないからの、知、魔力、筋力、龍言語魔法、竜言語魔法も異なることが多い」』
「把握できない? サイガナン殿でもですか?」
と、聞くと、竜人のヴォソギアも
「無論、俺たちもだ。過去にはサジハリの親族、レーレバだったか。赤き猛る高・古代竜とは会話したことがある。だいたい、我らのように、こうして連む高古代竜自体が珍しい。弱肉強食として、このセラと、星を超えて移動するのが、高・古代竜だ」
「「おぉ」」
「「なんと!!」」
「「……」」
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスは噴火を体から起こした勢いで、紅蓮と漆黒の魔力を放出し、レザライサたちも驚きの声を発していく。
サイガナンは、その皆と、喋った竜人のヴォソギアを見てから、俺を見て、
『「うむ。サジハリ殿は、古来より続く高・古代竜としての生き方を変えず、自由に生きている。人族の国を気まぐれに荒らすような御仁じゃ。我らも高・古代竜だが、そのようなことはしていない。この【竜の巣】の規律とも大きく異なる主義を持つのがサジハリ殿と言えよう。他にも高・古代竜は様々だ、人族の家系に組みする者もいる」』
「なるほど、サジハリからも、この竜の巣についての言及は皆無でした」
と言うと、賢龍サイガナンは頷く。
『「それは当然。わしらはフロルセイル地方においてのみ、動く場合がある程度。七雄や魔人武王ガンジスのようなことがないかぎり、あまり動かない。古来より、外部の高古代竜とは連絡を取っていない。そして、冒険者たちが無謀にも、我らを狩りに竜の巣の崖に挑むこともある』
納得だ。
「高・古代竜独自の方法、竜言語魔法で遠距離から連絡する手段も、あるにはあるが、緊急なのか?」
「あ、いえ、もしかしたら特別な繋がりがあるのかな? と考えての質問でした。カーズドロウが騎乗していたロンバルアという名の高・古代竜から卵をもらい、その卵から高・古代竜の子供が生まれている。その名は、バルミント。そのバルミントをサジハリに預けているんです。そして、俺たち、光魔ルシヴァルの血と、相棒のミルクを受け継いでいるので、氣になって聞きました」
俺の言葉に、出撃態勢をとっていた相棒が「ンン、にゃおぉ」と鳴いた。
賢龍サイガナンは、
『「ふぉふぉ、そうであったか。バルミントのためにサジハリにか。光魔ルシヴァルも人族のために動いているからの。しかし、勇氣があるのぅ」』
頷いた。
「……バルミントも、俺たちのような存在がいると分かってくれたと思いますし、なにより、高・古代竜には、高・古代竜の生き方があるかと思いまして、永く生きたサジハリだからこそ、バルミントを強く育てることができるかな? との推測もあります」
『「うむ、良い考えじゃ。高齢の高・古代竜による幼竜への狩りの教えは、永く生きる上で必須となろう。そして、ロンバルア……生きておったのか……」』
「はい、そうですね、荒神カーズドロウが復活した時に呼んでいました」
俺がそう言うと、賢龍サイガナンと竜人のヴォソギアは視線を一瞬鋭くして『「……」』沈黙し、賢龍サイガナンと竜人のヴォソギアは頷き合い、周囲の竜賊たちと視線を巡らせていく。
竜族たちは、双眸や体に魔力を溜めていた。
思念で会話している?
そして、賢龍サイガナンは、
『「ちと聞くが、シュウヤ殿、アブラナム大戦、荒神大戦のことだが……」』
「俺たちはホウオウ側と言えるかもですが、心境はどちらでもないとも言えます」
『「それは良かった。争いは終わったようで終わっていないこともあるからの。因み、我らも、どちらでもない、更に言えば、シュウヤ殿派と宣言しておこう、ふぉふぉ」』
『「カカカッ」』
竜人のヴォソギアと賢龍サイガナンは笑い合うと、周囲の竜族たちも笑っていく。賢龍サイガナンは、杖で地面を叩くと、周囲のざわめきは静まる。
そして、
『「サジハリに連絡が取りたいなら我らなりの方法を試すが?」』
「あ、それはいいです。レーレバの笛を持ちますし、呼ぼうと思ったらすぐにも呼べる」
俺がそう言うと、静まり返る。
『「なんと……個別に契約を結んでおったのか!」』
『「ハッ、驚いたが、シュウヤ殿らしい」』
「あ、はい、恐縮です」
『「勇氣があると言うたが、それならば、安心も安心。バルミントもサジハリに実の子として育てられていることだろう。いやはや、シュウヤ殿たちには驚かされてばかりじゃ」』
「はは、それは俺たちもですよ」
「にゃごぉぉ~」
と、神獣ロロディーヌが魔息を吐きながら豪快に返事をした。
衝撃波のような魔息だったから、周囲の竜族たちが一斉にひれ伏すように姿勢を変化させる。
賢龍サイガナンと竜人のヴォソギアの前には、魔法の障壁ができていたから平氣だったが。神獣は、「にゃ~」と『悪かったにゃ~』と言うように鳴いて、無数の触手を倒れた竜族の方々に伸ばしては、起こしてあげていた。
「賢龍サイガナン殿は、俺たちのことは、すでに知っていたように思えましたが、違うのですね」
『「うむ。先程も言うたが、すべての把握は無理だ。<千里竜眼>も万能ではない。だからこそ、実際に、こうして話ができて良かったと思うておる」
賢龍サイガナンは皆を見ながら語る。
竜人のヴォソギアも深く頷いていた。
「ありがとうございます、サイガナン殿。安心しました」
『「礼には及ばん。……して、主よ。風は何処へ吹いておる?」』
サイガナンの問いに、
「魔界にハンカイたちも居ますから、そこを見に戻るか。あるいは、この宇宙次元の宇宙を見るように冒険に出るか。あ、アキレス師匠とレファに会いに行こうかと」
俺の宣言に、
「うん、氣になってた」
「はい」
「当然、皆、シュウヤの記憶からアキレス師匠たちを知っているけど、やはり、一度は会いたい」
「たしかに、マスターの原点」
「<風柳・異踏>も最近覚えたシュウヤ様ですからね」
「総長と魔人武王ガンジスとの戦いからの、<風槍流・心因果律>の目覚めは、劇的だし、総長の育ての親にあたるアキレス師匠は、非常に氣になるわ」
皆とヴェロニカの言葉に師匠たちも頷いていた。
バフハールも「カカカッ、魔人武王ガンジスと分けた男を育てた師匠様だな。我もシュウヤ殿の記憶は体感しているが、アキレス殿と戦ってみたいぞ!」
「はは、さすがに地の力が違いすぎる、ただ、槍だけの勝負なら話は異なるかもですが」
「おお? それは楽しみだが、まぁ、戦うようなことはしないだろう。寿命が長いとはいえ、ゴルディーバ族の高齢のようだからな」
「それは、はい。安心しました」
「ハッ」
バフハールは笑う。
そこで、皆を見て、「では、行こうか、相棒頼む。そして――」
ルシェルたちに血文字で、
『砂城タータイムもついてきてもらう』
『『はい』』
「ンンン――にゃぉぉ~」
ロロディーヌが猛々しい咆哮を上げ、大地を蹴る。
――ズンッ、と腹の底に響く衝撃と共に重力が消失した。
巨大な黒虎の筋肉が躍動し、爆発的な加速が一瞬で景色を後方へと置き去りにしていく。
俺たちは風となり、砂城タータイムの上空へと舞い上がった。
◇◇◇
眼下には、茶褐色の広大な大地と、ミニチュアのように小さくなったタータイムの街並みが広がっている。タータイム王国の王都と東には、迷宮都市イゾルガンデ、イーゾン山脈が視えた。
その山脈を左に避けるように飛翔していく。
徐々に高度を上げるにつれ、頬を撫でる風は冷たさを増した。
相棒から放出されている橙色の魔力の効果もあって、凍えるようなことはないが、身が引き締まる。空氣は澄み渡っていく。
そして、地名は南マハハイム地方だが、フロルセイル地方からは東、マハハイム山脈は北だ。その山脈の東にゴルディーバの里はある。
と、前方の平穏な雲間から、肌を焼くような殺氣立った魔力の反応。
真っ白な綿菓子を敷き詰めたような雲海。太陽の光を浴びて輝くその平和な景色が、不意に歪んだ気がした。
「――来ます」
ヴィーネが警告を発すると同時、白い雲塊が内側から弾け飛ぶ。
飛沫のような雲の残滓を纏い、凶悪な顎門を開いた数体のドラゴンが突き破るように現れた。
「あれは、ワイバーン系の……」
「亜種か、ワイバーンロードでしょう」
「騎乗している魔族もいるわよ?」
「あぁ」
騎乗する魔族崩れの集団だろうか。
先程の竜の巣での戦いから逃げ延びた残党か、あるいは別の勢力か。
すると、
「――ヒャハハ! 上等な獲物だ!」
「王国の追手かと思えば、少人数じゃねぇか!」
空氣を振動させる大声で、叫ぶ。
その大声で叫んだ魔族の一人が槍を構え、ワイバーンを加速させ突っ込んできた。
俺が動くまでもない。
「にゃご」
「お待ちを! ご主人様とロロ様の、手を煩わせるまでもありません――」
ヴィーネが相棒の鼻先に出る。
その手には愛用の剣、戦迅異剣と古代邪竜剣が握られていた。
翡翠の蛇弓を使わずか。珍しい。
銀髪が風に舞うと、雷状の<血魔力>が体から離れた。
――<光魔銀蝶・武雷血>か。
そのヴィーネは高速飛翔し、二つの剣を振るう。
先頭のワイバーンロードの翼が爆ぜたように切断された。
乗り手の魔族が悲鳴を上げる間もなく千切れ飛ぶ。
怯む敵集団。
続いて、カルード、ファーミリア、ヴェロニカの突撃斬りが決まると、ワイバーン系のモンスターごと、魔族は切断された。
フーとレザライサの突撃も加わり、残像すら残さぬ剣速は、ワイバーンロードの硬い鱗を豆腐のように切り裂き、乗り手の首を次々と刎ねていった。
生き残った魔族もいたが、キサラのダモアヌンの魔槍による<血刃翔刹穿>を喰らって塵と化した。
「す、すげぇ……」
「ひぃ! 逃げろ!」
恐れをなして反転しようとする残りの敵。
だが、その背後に影が走る。
「逃がさない」
ユイだ。<ベイカラの瞳>が発動している。
双眸から漏れた白銀の魔力が流星の尾のように棚引くと、手にした神鬼・霊風に収束し、恐るべき加速を生む。
――<銀靱・壱>。
一閃。銀色の斬撃線が空間に焼き付き、ワイバーンの背から腹へ、抵抗を感じさせない美しい袈裟掛けが決まる。
他のワイバーンが吐いた火球はエヴァの白皇鋼の金属の盾が防ぐと、ベリーズの聖十字金属の魔矢が、ワイバーン系の双眸に次々と突き刺さっていた。
ユイは、他のワイバーンの背に跳び移るように飛翔し、そこで、神鬼・霊風を逆手に持ち替え、ワイバーンの背の急所を突き刺していた。
<死臓ノ剋穿>だと思われるスキルの突きだろうか。
刃は正確無比にワイバーンの心臓を突き刺す。
落下途中から離脱していた魔族の首も刎ねていた。
すべてを倒すと、皆飛翔して帰ってくる。
頼もしい眷族たち。
「ンン、にゃぉぉ」
相棒もそう思っているに違いない。
神獣は、触手で、皆の体を大事そうになで回し、エヴァだけ特等席のように少し高めのソファ席が用意されていた。
面白い。
神獣は皆とのイチャイチャ遊びを終えると、再び速度を上げた。
続きは明日を予定。HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。
風燕伝が面白すぎ!




