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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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2033/2091

二千三十二話 竜の巣の宴と砂城に刻まれた歪み

「……見事な寸止めだった。殺し合いではないとはいえ、肝が冷えたぞ」


 ヴォソギアは四本の腕のうち二本を組み、残りの二本で顎をさすりながら、ニヤリと笑った。

 その姿からは先程までの荒々しい殺氣は消え、清々しい武人の氣配だけが漂っている。


『「フン、我の鱗を切り裂き、ブレスを相殺し、最後は喉元に死を突きつける……。ガンジスとはまた違う、鋭利な『風』の如き武よ。氣に入ったぞ、シュウヤ!」』


 と豪快に笑うと周囲の空氣がビリビリと震える。

 魔槍杖バルドークをアイテムボックスに仕舞い、肩の上の相棒を撫でながら応えた。


「貴方の黒雷も強烈だった。本氣で殺り合えば、地形が変わっていたかもしれん」

『「カカカ! 違いない! だが、今はサイガナンの顔を立てておこう。宴の席で語り合うのもまた一興だ」』


 ヴォソギアがそう言うと、大柄な竜人の輪郭が強烈な光に包まれる。

 奔流する魔力が内へと圧縮されるように収束し、光が晴れるとそこには人族に近い屈強な龍人に変化。

 そして、黄金の鱗を持つ老賢者のような龍人は、手に持った時の砂が流れる杖で地面を突いた。


 鐘の音のような、否、もっと根源的な響きが大地を伝わる。

 周囲に立ち込めていた緊張の糸を解きほぐしてくれていく。


『「試練は終わった。ヴォソギアが認めた以上、この『竜の巣』において、其方らを阻む者はいない」』


 サイガナンの双眸が、俺たち全員を優しく包み込む。


『「歓迎しよう、光魔ルシヴァルとその眷属、そして武を志す者たちよ。我らが揺り籠、時の彼方にある安息地へ」』


 サイガナンが杖で奥を示す。巨大な肋骨のアーチの下、時空が歪むように揺らめく空間の先に、信じられない光景が広がっていた。


「……これは……」


 ヴィーネが息を呑む。そこにあったのは巨大な竜の骨や結晶、そして歯車のような古代の機械が融合した幻想的な都市だった。

 宙空に浮かぶ島々。それらを繋ぐ光の橋。

 都市のあちこちで大小様々な歯車が時を刻むようにゆっくりと、あるいは激しく回転している。

 ゴゴゴ、と重低音が響く。

 都市全体が巨大な時計仕掛けのように、悠久の時を刻んでいるかのようだ。


「歯車……? 砂城タータイムの動力部にあったものと似ていますが、規模が違います」


 アクセルマギナが分析するように呟く。

 ミスティとクナも目を輝かせていた。


「凄い……! あれ、全部魔力で動いてるの? それに、あの歯車、物理的な動力だけじゃなくて、周囲のマナの循環そのものを制御してる……!」

「はい、まさに<時仕掛けの空間>の源流……。古代の叡智そのものですわ」


 エヴァは「ん、綺麗」と素直に感動し、レベッカは「わぁ、ファンタジーね~」と呟いてから、「あ、ここもファンタジーだった」と一人で突っ込みを入れている。


 俺たちはサイガナンとヴォソギアに導かれ、その神秘的な都市へと足を踏み入れた。足下の道は、巨大な竜の背骨を加工して作られているようだ。


 硬質で、しかし温かい魔力を感じる。


「この場所は……一体何なんだ? ただの住処じゃないだろう」


 歩きながらサイガナンに問うと、彼は遠くに見える巨大な時計塔のような建造物を見上げながら答えた。


『「ここは『時の竜神』の亡骸の上に築かれた、時間の墓場にして揺り籠だ。我ら高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアは、ここで過ぎ去りし時を記憶し、あるいは未来への種を育んでいる」』

「時の竜神、神界セウロスの白蛇竜大神イン様や竜鬼神グレートイスパル様とも関連があるのでしょうか」

『「左様。ここは神界セウロスではないが、関係はある。神界の神々ならば、時空の神クローセイヴィス様、時空の精霊ラースゥンとも関係があるだろう」』

「<ラースゥンの宿命眼>という名のスキルは知っていますか?」

『「知っている。希少なエクストラスキル。そして、竜族、竜人族、龍人族ではなく、幽鬼族には、その体現者が多いようだな」』


 レムロナのことを想起しつつ、頷いた。


「時空属性の神様でもあった、その『時の竜神』様の名はなんというのでしょう」

『「我の『時の竜神スファロランディス様』だ」』

「時の竜神スファロランディス……」


 サイナガンは俺を見て、


『「うむ、セラ、魔界セブドラ、神界セウロスで、悪神デサロビア、悪神ギュラゼルバン、闇神リヴォグラフ、狂気の王シャキダオス、欲望の魔王ザンスイン、邪神ノルサグ、邪神ヒュリオクス、邪神ニクルスなどと戦っていた。そうした事象の中で、我らのため自らを犠牲にし、この【竜の巣】を造り上げたのだ」』

「神々の戦い……魔人武王ガンジスもこの地に来たようですが」

「そうだ。この地に足を運び、我と語らい、ヴォソギアと拳を交え、そして……この地のことわりの一部を持ち帰った」』


 やはり、ガンジスの<時仕掛けの空間>のルーツはここだ。


『「奴は面白い男だったぞ。ただひたすらに強さを求めながら、その瞳には常に虚無と、何かを探し求める渇望があった」』


 ヴォソギアが懐かしそうに語る。


『「シュウヤ、お前にも似た匂いを感じるが……お前の方が、多少『生』への執着が強いようだな。背負っているものが違うからか?」』


 ヴォソギアの視線が背後に続くヴィーネやユイ、師匠たちに向けられる。


「はい、光魔ルシヴァルの皆と仲間は守りたい。また、己の志しは、最初から風のように柔軟で自由意志を貫きたい考えを持っています。また風靡雷同にも氣を付けたい心掛けです」

『「カカッ! 良い答えだ。まさに、何ものにもとらわれない独立不羈の心意氣よ」』


 談笑しながら進むうちに、都市の中央広場のような場所に辿り着いた。

 そこには、水晶で作られた巨大な円卓があり、その周囲には既に数体の人型の竜たちが待っていた。青白い氷の鱗を持つ女性型の竜。燃えるような紅蓮の髪を持つ巨漢。そして、全身が岩のようにゴツゴツとした老竜。


 どいつもこいつも、桁外れの魔力を秘めている。


『「戻ったか、サイガナン、ヴォソギア。……その小さき者たちが、例の客か?」』


 氷の鱗を持つ女性が、冷ややかだが興味深そうな視線を向けてくる。


『「うむ。紹介しよう。彼らこそ、各邪神の策謀、侵略を打ち砕き、魔人武王ガンジスとも渡り合った強者、シュウヤ・カガリとその眷属たちだ」』


 サイガナンの紹介に、俺は一歩前に出て軽く一礼した。


「招き入れてくれて感謝する。俺たちの情報は得ていたんですね」

『「すべてではないが、ある程度はな、そして、砂城タータイムをこれほど早く使いこなすとはおもわんだよ」』

「はい」

『「そして、迷宮都市イゾルガンデでの迷宮世界、邪界ヘルローネについての情報は、まだまだ知り得ていない。邪神の使徒や魔界の眷族に連なる者たちが、現れては、互いを潰し合うように消えていくのは知っている」』

 

 頷いた。そこでアイテムボックスから一枚の羊皮紙を取り出す。

 イゾルガンデの迷宮で手に入れた〝古竜と旧神の遺跡地図〟。


 地図を水晶の円卓の上に広げた。

 すると、場の空氣が凍りついたように張り詰める。

 周囲の竜たちの双眸が、鋭い輝きを帯びてその一点に集中した。


『「……ほう。それは……」』

『「邪界ヘルローネ、迷宮世界においての我ら『古き翼』の記憶の一部か」』


 サイガナンが地図を覗き込み、細い指でその表面をなぞる。


『「これは、かつて邪神との戦いで散った我らの同胞と、共に戦い、あるいは反目し、戦った旧神たちの痕跡を示す……邪神ノルサグの眷属どもが、これを集めていたのだな?」』

「そうです。これを使って古竜や旧神の魂を集め、よからぬ儀式を行おうとしていた。それは阻止しました」

『「うむ、見事な働きだ。我らも昔は、その四つ巴の戦いに参加していた。古代より、あの黒き環(ザララープ)からは、邪神の息吹と使徒どもが際限なく溢れ出し続けてきた。知っているように、奴らはそこを橋頭堡とし、セラを、世界を浸食しようとする。それを食い止めるため、我ら古代竜、旧神、神界、そして時には対立する魔界の者たちすらも入り乱れ、あの地で終わりのない殺し合いを繰り広げてきたのだ」』


 その賢龍サイガナンの実際の言葉と心に伝わる言葉に、皆が頷いた。

 ヴォソギアが腕を組み、鼻から黒い雷氣を噴き出して不快そうに唸る。


『「フン。世界を蝕むこともある黒き環(ザララープ)。否、イゾルガンデの黒き環(ザララープ)は、邪界ヘルローネと固定されてはいるが、黒き環(ザララープ)自体が最初から壊れて、欠片が周囲に散らばっているからな。また、その欠片などの毒を利用し、死した同胞の魂まで冒涜するとは……とにかく、阻止してくれたこと、礼を言うぞ、シュウヤ。お前がその地図を持っていることこそが、奴らの企みが潰えた証しだ」』

「はい。イゾルガンデの観光からでしたが、邪神ノルサグの野望を防げたのは、良かった」


 地図をアイテムボックスへと仕舞う。

 イゾルガンデは黒き環(ザララープ)、しかもペルネーテとは異なり、少し壊れている。だからこそ、竜の巣があり、ガンジスも利用した。

 

 そして、常に火種を抱えていることになる。

 この地図は、今後の掃除にも役立つだろう。

 サイガナンは満足げに頷くと、ふと視線を上げ、雲海の彼方に待機させている砂城タータイムを見つめた。


『「それにしても……我が創造せし『砂城』が、再び主を得てこの空に戻ってくるとはな」』


 その声には、深い感慨が含まれていた。


『「かつて我は、世界を脅かした『七雄』を封じるため、あの城を創り上げ、フロルセイルの守りの要石として、当時の人族の王――タータイムの祖アルトリウスに託した。だが、時は流れ、人の世は移ろう」』


 サイガナンは俺を見据える。


『「現在の王、ラドバン三世は、あの城を『百足の王女ギュルアルデベロンテ』に褒美として授けた。褒美にしてはかなりの品だが、バビロアの蠱物などがある以上は、当時の彼に、他の選択肢があったかと言えば、否であろうな」』

「はい、【テーバロンテの償い】のリスクは広がりますが、タータイム王国の魔傭兵として、百足魔族デアンホザーを恒久的に雇えるのは非常に大きい。戦国フロルセイルですからね、隣国のリョムラゴン王国にも、魔界王子テーバロンテの娘、第二王女ベベアルロンテは交渉していたので、共食いもあったかもですが」

『「……ふむ。魔界も戦国故、傷場を超えた向こう側は餌場としての認識が強かったんだろう。また、魔界王子テーバロンテの女たちによる権力争いもあったようじゃな」』


 ラドバン王の古狸のような顔を思い浮かべながら同意するように、頷いた。

 

「はい、魔界王子テーバロンテ、上級神の一柱。奴らにとってこの地は単なる『魔力の餌場』に過ぎない。本格的な侵略を行うつもりは毛頭なく、むしろ適度に生かし、利用価値があるうちは手を組む。そんなドライな関係だったはず」

『「その通り」』

 

 タータイム王国側もまた、その強大な魔族の力を、国内の統制や他国への牽制に利用していた節がある。魔神の脅威とバビロアの蠱物による脅威を利用し、己の権力を維持していた。また、裏では手を結ぶ。まさに狐と狸の化かし合いだ。


「ラドバン王は、城一つを対価に、その『百足の王女』と手を結び、国を安定させる道を選んだ。危機的状況というよりは、互いの利益を貪り合うための、冷徹な取引だったわけですね」

『「うむ。『毒』を以て『毒』を制す、か。人族の王にしては、清濁併せ呑む度量を持っておる。……そして、その計算高い取引が、巡り巡って今に繋がった」』


 と言ったサイガナンはニヤリと笑った。


『「王が城を娘のギュルアルデベロンテに預け、魔界との均衡を保っていた。……その淀んだ均衡を、お前という『風』が吹き飛ばしたのだ。お前は魔界王子テーバロンテを討ち滅ぼし、その娘からも城を勝ち取った」』


 ヴォソギアも豪快に笑う。


『「カカカッ! まったくだ。王の計算も、魔族の企みも、全てお前の武が上書きしてしまったわけだ! 城は政治の道具から、真の主の元へと戻った。……痛快極まりない!」』


 ヴォソギアの言葉に、俺は肩をすくめて苦笑した。


「別に狙ってやったわけじゃないがな。……だが、結果としてこの城は俺たちのものだ。誰にも渡すつもりはない」


 力強く宣言すると、サイガナンは深く頷いた。


『「それで良い……さて、積もる話もあるが、まずは宴だ! 遠路はるばる訪れた客人を、渇いた喉のまま働かせるなど、竜の名折れよ! おい、若いの! 極上の酒と肉を持ってまいれ!」』


 ヴォソギアの号令と共に、広場の奥から数体の竜人が、巨大な樽や大皿を抱えて現れる。

 張り詰めていた空氣感は、弛緩し、祝祭ムードに包まれた。


「ふふ、宴ですか。それなら私たちも手伝います」

「ん、お肉、ロロちゃんが食べたがってる」

「にゃ、にゃぉぉ~」


 相棒は黒猫の姿に戻り、運ばれてくる巨大な骨付き肉に視線を釘付けにしていた。

 滴る肉汁、漂う濃厚な香り。

 岩盤の上で巨大な肉塊が焼かれ、香ばしい匂いが立ち込める。


 これには相棒だけでなく、皆も、


「「美味しそう~」」

「「わくわく~」」

「美味しそうな、お肉!」

「セリュの粉のような香辛料もある!」


 と、喜ぶ。俺の喉もゴクリと鳴った。


 生物としての根源的な食欲が刺激されていた。

 竜たちの宴は豪快そのものだった。

 

 樽から直接注がれる酒は黄金色に輝き、一口含めば火を吹くような強い酒精と芳醇な果実の香りが広がる。


「カカッ! これは美味い! 魔界の酒にも引けを取らんぞ!」


 バフハールが巨大な盃をあおり、上機嫌で笑う。

 グラド師匠やトースン師匠も、岩のような肌を持つ老竜と槍の理合いについて熱く語り合っているようだ。


 女性陣の方も盛り上がっている。

 ヴィーネやキサラ、レベッカたちは、ヒュジェラという名の氷の鱗を持つ女性竜を囲み、美容談義に花を咲かせていた。


「へぇ、その鱗の輝きを保つために、成層圏の氷晶を取りに行くの? 素敵!」

『「えぇ。貴女たちの肌の艶も素晴らしいわ。特にその……<血魔力>による活性化? 興味深いわね」』


 セレスティアは、アクセルマギナと共に広場の端にある歯車のオブジェを解析し、サイガナンに次々と質問を投げかけている。サイガナンも嫌な顔一つせず、孫に教える好々爺のような顔で答えていた。


「ンン、にゃぐ、にゃぐ」


 相棒は、ヴォソギアから差し出された特大の骨付き肉にかぶりついている。

 ヴォソギアは、そんなロロディーヌを「いい食いっぷりだ」と満足そうに眺め、時折、俺の方を見てニヤリと笑う。


 盃を傾け、このひと時を楽しんだ。

 リョムラゴン王国での殺伐とした掃除の後だ。この穏やかな時間は何よりの癒やしになる。


 宴の中、サイガナンが俺の隣に座り、静かに杯を傾け、「砂城タータイムのことですが……」とおもむろに切り出した。


「……砂城タータイム。あれは人族が恐れたような、単なる魔族の封印檻ではない」


 サイガナンは盃を置き、懐かしむように遠くの空に浮かぶ砂城を見つめた。

 その言葉に反応したのは、クナだった。

 彼女は手元のメモ帳をアイテムボックスから取り出し、興味深そうに身を乗り出す。


「封印ではない、とおっしゃるのですか? 構造的には、内部の魔力を循環させ、外部への流出を完全に遮断する『閉鎖系術式』に見えましたが」

『「鋭いな。確かに表層はそうだ。だが、その真の目的は『流星』――すなわち、星の地脈より溢れ出る過剰なマナを制御し、力へと変換するための増幅炉なのだよ」』


 サイガナンが指先を振ると、宙空に光のラインが走り、複雑な幾何学模様が描かれる。

 それは砂城の設計図のようであり、もっと根源的な、世界の理を表す図形のようでもあった。


「……ふむ。我が創造せし『賢竜創世神話術式図』と『七雄真名領域術式図』。今の砂城の動きを見るに、其方らはその術式の表層だけでなく、深淵にある『概念運用』まで使いこなしているようだな」


 サイガナンが、満足げに髭を撫でながら言った。

 その言葉に、隣で控えていたクナが、敬意を払いながらも知的好奇心を湛えた瞳で応じる。


「はい。一ヶ月の解析と訓練を経て、四竜の根源力と七雄の共鳴石、そして『流星』のエネルギー変換効率については、ルシェルやメルと共に最適化を完了させています。ですが……」


 クナは宙空に浮かぶ複雑な幾何学模様――『七雄真名領域術式図』の光を見つめ、少し首を傾げた。


「術式の『第七層・接続点』にある、わずかな〝歪み〟のような記述。あれだけは、理論的な魔力循環の法則から外れているように見えました。あれは意図的なものなのですか?」


 そこで賢龍サイガナンは初めて、目が見開く。

 竜人としての見た目ではなく、四眼が皮膚から現れ、見開くが、すぐに消えた。


『「――うむ、クナと言うたか、光魔ルシヴァルの魔術師長と名乗るだけはある。人族も魔族も大魔術師(アークメイジ)は秀でる者は、凄まじい慧眼を持つ……」』

『「カカッ! よくぞ、気づいた! あれはな、意図したものではない。〝事故〟よ」』


 横から口を挟んだのはヴォソギアだ。

 彼は豪快に骨付き肉を噛み砕きながら笑う。


『「当時、サイガナンがその術式を岩盤に刻んでいた時だ。我らは邪神ノルサグの眷属どもと、三日三晩の乱戦を繰り広げていてな。サイガナンが最後のルーンを刻もうとしたその瞬間、敵の放った『腐食の黒風』が障壁を突き破ったのだ」』

「……まさか」

『「うむ。その攻撃を防ぐため、我が放った<黒雷>が逸れてな。術式の一部を焦がし、岩盤ごと変形させてしまったのだよ。だがサイガナンは顔色一つ変えず、『この歪みこそが、カオスの魔力を取り込む〝遊び〟になる』と言って、そのまま術式を完成させおったわ!」』


 サイガナンは苦笑しながら、当時の光景を懐かしむように目を細める。


『「あの時は肝が冷えたがな。結果として、その歪みが『七雄』という強大すぎる個の魔力を、柔軟に受け止める受け皿となったのだ。机上の計算だけでは、あの城は完成しなかっただろう」』

「なるほど……。計算された理論ではなく、戦場という極限状態が生んだ『奇跡の不確定要素』。それが砂城の柔軟性を生んでいたのですね」


 クナが納得したように何度も頷きメモを取る。ミスティとメルも専門の高級紙に書いていた。

 

 完成されたシステムだと思っていた砂城に、そんな泥臭い、熱い歴史が刻まれていたことに親近感を覚えた。


 その時、宴の場の空氣が、ビリリと震えた。


『「……噂をすれば、また懲りない連中が騒ぎ出したようじゃな」』


 サイガナンが杖を振るう。

 すると夜空が波紋のように揺らぎ、巨大な魔法のディスプレイが出現した。

 映し出されたのは、ここ『竜の巣』の上空領域――結界の外縁部だ。


「これは……」


 そこには、壮絶な空中戦が繰り広げられていた。

 竜の巣の若き竜たちが、極光のブレスを吐きながら迎撃している相手は魔族連中か。


 見慣れているが、歓迎できぬ者たち。


 黄金の触手を持つ異形の魔族、あるいは人型を辛うじて保った魔人か。

 空間が裂けた亀裂からは、巨大な石像の手や血印臓樹(ガドセル)の幻影が這い出ようとしている。 続いて、業火を纏った悪魔騎士の群れに加え、身の丈三メートルはある血と銀の魔力を帯びた巨人が実体化した。


 魔界騎士シャイナスが、


「十層地獄の王トトグディウスの眷族衆が、あのような炎の甲冑を着た連中だな」

「ん、巨人は前に見た覚えがある」

「あ、はい、十層地獄の王トトグディウスの兵士、インディウスでしょう」

「あぁ、うん! 闇ギルド【髑髏鬼】のドワーフ魔術師が、魔造書から召喚した敵ね、覚えてる」

「あぁ、あの時の、ですな」


 カルードたちは頷いた。

 ユイは、神鬼・霊風を消し、両手にイギル・ヴァイスナーの双剣を召喚した。相手は魔界側、ならば、光属性の聖戦士装備は特効だからな。

 

 バフハールは、


「欲望の魔王ザンスインの使徒もいるな」

「ふむ、狂気の王シャキダオスの眷族もおる」


 飛怪槍流グラド師匠も、そう言うと、飛怪槍を左手に召喚し、その槍の上に片足を乗せて、いつでも飛翔できるような体勢となる。


「あぁ、あの魔法障壁を出している連中は、魔界王子イシュルーンの連中か」

「魔導師団でしょう」

「だな。弟子が持つ魔界セブドラの傷場以外からの遠征組だろう」

「あぁ、ここから近い傷場は、魔界とセラと共に、弟子たちの勢力下だからな」


 ソー師匠の言葉に皆が頷く。

 バフハールは四本の腕を動かし、それぞれの敵影を指し示した。


 サイガナンは険しい表情で頷き、


『「奴らの狙いは、我ら竜族の命ではない。この『竜の巣』の最奥に保管されている『時の竜神の逆鱗クロノス・スケイル』などだろう……砂城の『時空間展開術式』の核ともなりうる、時を操るための絶対触媒だ」』

「時の竜神の逆鱗……」

『「奴らはそれを奪い、あるいは破壊することで、自らの支配領域を『過去』や『未来』にまで拡張しようと目論んでおるのだろう。時魔神パルパディが許すとは思えんが、しかし、あのザンスインの眷属どもは、欲望に際限がないからのぅ」』


 映像の中で、一頭の銀竜が、シャキダオスの眷属による精神汚染攻撃を受け、飛行バランスを崩す。

 だが、トトグディウスの悪魔騎士が炎の槍を構え、狂気の王シャキダオスの眷族に攻撃を仕掛けている。

 皆、乱戦か。

 

「……ふむ、毎回だが、魔界も魔界よ、一筋縄ではない」

「そうだな。折角の歓迎の宴だ。客人が不快な思いをするのは忍びないが」


 と言いながら立ち上がり、ヴィーネや眷属たちを見渡した。

 皆、既に武器を手にし、戦意を漲らせている。クナも分析を終え、月霊樹の大杖を構えていた。


「サイガナン殿、ヴォソギア殿。砂城の『歪み』が戦いの中で生まれたように、俺たちの『縁』もまた、戦いの中でこそ強固になる」


 そこで笑顔となって、


「あの無粋な連中を排除する手伝いをさせてもらえないか? 砂城の礼も兼ねて、少しばかり運動がしたい」


『「カッカッカ! 言うではないか、シュウヤ! 我も体がウズウズしていたところだ!」』


 ヴォソギアが雷を纏いながら立ち上がる。


『「良いだろう! 竜の巣の空を汚す羽虫どもに、光魔と竜の合同演習の成果を見せてやろうぞ!」』

続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版発売中。

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