二千三十話 竜の巣と超巨大な竜の殻
柔らかな感触は、少しこそばゆいが、しっかりと俺たちの体を固定していた。 黒い毛並みが風に波打ち、神獣としての威容が周囲の空氣を震わせる。
その神獣ロロディーヌの体から橙色の炎のような魔力が噴出し、無数の燕の形を模りながら消えていた。
その相棒は、
「んん――」
喉を鳴らし、大地を蹴る――。
わずかな衝撃を感じたのみで、視界は広大な青空となった。
振り返ると、郊外の丘は、もう豆粒以下、判別できない。
リョムラゴン王国の城塞都市タガマハル、東のメガハラド広陵地帯、タータイム王国とリョムラゴン王国の境目の大きい川を挟んで森林地帯、街や村などが東に広がっている。迷宮都市イゾルガンデは見えない、山脈のほうだろう。
街と村と大柄モンスターの群れ、空を行き交う無数の昆虫系モンスターなどが精巧な模型のように見えている。
そして、雲海の上に浮かぶ拠点、砂城タータイムは目視できた。
周囲には、雷竜ラガル・ジン、地竜ガイアヴァスト、深淵のネプトゥリオン、炎竜ヴァルカ・フレイムが飛翔している。存在感は、距離が離れたこの場所まで届いていた。
やはり、目立つ。
するとグラド師匠が、
「相変わらずの加速に、四竜の覇氣、頼もしい限りじゃな」
靡いている髭を右手で触りながら語る。
バフハールが
「うむ、神獣ロロディーヌの加速も良い。この風は心地よいぞ!」
「ンンン」
相棒は喉声を鳴らす。
発生している薄い橙色の魔力は太陽のプロミネンスのような燃え方で展開し、消える無数の燕の形に変化し消えていた。
砂城タータイムも相棒の速度に合わせるように加速して付いてくる。
「砂城も、ここから見るとまた違った趣があるな」
「あぁ」
すると、ロロディーヌは加速した。
大きい都市と森林地帯が見えてくる。
メルが地図を拡げ、
「あれが、リョムラゴン王国の王都リョムラードでしょう。そして、街道を挟むように広がっているのが、リョムラードの大森林地帯」
「了解した。相棒、竜の巣は北西だ、王都には近づくな。サキュルーン王国に入ってもそれは同じ」
「ンン、にゃおぉ」
相棒は了承の大声を響かせると直進し上昇。
「一瞬ですね~、ふふ」
「ロロ様の加速は最高~」
「ロロちゃんの加速力は、世界一♪」
シャナとエトアとイモリザが楽しげに語る。
すると、前方に魔素の氣配。
<闇透纏視>で前方の雲の切れ間を凝視すると、そこから無数の黒い影が見えた。
「……シュウヤ殿、モンスターですね」
シャイナスの声が響く。
元魔界騎士の目は、高速移動の中でも正確に獲物を捉えていた。
「シルエット、三つの首……おそらく、三首禿鷹の群れかと」
「三つの首か」
「そうですね、あれは、この辺りの空に比較的に多いモンスター」
セリアも指摘する。
呟くと、エヴァが愛用のアイテムボックスから『魔獣図鑑』を取り出した。
パラパラとページをめくる手つきは慣れたものだ。
「ん、あった。シャイナスたちが言う通り、『三首禿鷹』。再生力が高くて、執拗な性格みたい。毒のブレスにも注意が必要だって」
魔導車椅子に座ったままエヴァは少し浮遊し、図鑑のページを指でなぞりながら教えてくれる。
頷くと、エヴァは隣にいるレベッカに図鑑を渡し、相棒の巨大な眉毛の位置に移動していた。
「情報感謝だ、エヴァ。では、あのモンスターを倒そうか」
「「ハッ!」」
「我も戦う」
「ふむ、多少は歯ごたえがありそうだ」
ルリゼゼたちもやる氣を見せる。
俺もキサラのダモアヌンの魔槍の穂先に、魔槍杖バルドークの穂先を当てた。
その直後――嫌な鳴き声と共に、禿げ上がった三つの首を持つ怪鳥の群れが雲を突き破って現れる。
「シュウヤ様と皆さん、私も貢献します」
セリアが元氣よく声を上げた。
相手は空の敵だが、セリアも飛行術などは使えたか。
「ヴィーネさんたちだけに良い格好はさせません!」
セリアはロロディーヌの背を蹴って跳躍、飛翔し、迫りくる怪鳥の群れへ向かって突っ込んでいく。
黄土色の魔力を足下から発生させていた。愛用の長槍を構える。
「――はぁぁぁぁっ!」
氣合いと共に繰り出された魔槍の一撃には、黄土色の魔力が内包されている。
それが、先頭の怪鳥の首を捉えた。
同時に、彼女の体から樹の鎧が展開されていくと幻影の虎の尾が出現し、そこから出た狐火のような炎が、三首禿鷹を牽制し宙空に鮮やかな爆炎を描いた。
沙・羅・貂の<御剣導技>が、その三首禿鷹の胴体に決まる。
ヴェロニカとファーミリアの遠距離攻撃も次々と三首禿鷹にクリーンヒットし、散った。
俺も左右の両手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出する。
一度は避けられたが――。
即座に<鎖の念導>で操作を続け、梵字に煌めく<鎖>が大きい翼を捉えた。
そのまま突き抜け――翼と脊髄を破壊するように操作をしていく。
三首禿鷹の動きを封じたところを、皆で一斉に叩き潰すように、集中砲火が始まった。
そうした勢いで三首禿鷹を次々に倒す。
◇◇◇◇
そうして北西のサキュルーン王国の領域に出た。
遠い右側に黒曜石の地下要塞やベヒビア鉱山がある山脈が見えた。
更に遠くにはフロルセイル湖、レッドフォーラムの砂地は判別できないが、ここはサキュルーン王国の空域のはずだ。
しばらく進むと、
「シュウヤ様、あちらの方角ですね」
ヴィーネが俺の背に体を預けながら、白銀の指先で西を指し示す。
その方向には、境界線となるような山脈が連なっていた。
更に奥の雲には、独自の結界があるようで、魔力を放っている。
「あぁ。地図にあった通りだ。だがあの雲、ただの自然現象じゃないな」
<闇透纏視>を凝らすまでもない。
大氣中のマナが渦を巻き、西の空だけが異様な紫色を帯びて明滅している。 あそこが未踏の地、竜の巣。
高古代竜や、規格外の生物たちが跋扈する魔境。
「罠がありそうですが」
「うん、罠があろうと、ふふ、血が騒ぐ」
ユイが腰の刀に手を添え、静かに微笑む。
その瞳は既に狩人のそれになっていた。
「聞いていた賢龍サイガナンなら、接触してくるかと思ったが、来ないから俺たちから乗り込んでみよう。相棒、頼む」
「にゃおぉぉぉぉぉん!!」
相棒の咆哮が空氣を切り裂く。
神獣ロロディーヌは宙空に足場を作るように黒煙を散らすと加速力を上昇させる。音速のような印象で、かなり速い――。
景色が流線となって後方へ消えていく。
数刻の飛行の後、眼下の景色は荒涼とした岩場へと変化していた。
植物の植生も明らかに異なる。巨大な蕨のような植物や、岩肌にへばりつく発光する苔。そして何より――。
「……来るぞ」
呟きと同時だった。前方の分厚い雲海を突き破り、巨大な影が躍り出る。 翼長二十メートルは超えている。
赤錆色の鱗を持つ飛竜ワイバーン――否、ただのワイバーンではない。
全身からマグマのような熱氣を放つ、上位竜種だ。
「グォォォォォォォォッ!!」
大氣を震わす咆哮と共に、飛竜の口から灼熱のブレスが放たれる。
先制の挨拶というわけか。
「迎撃する。皆、ドラゴン退治だ」
<握吸>と<勁力槍>を発動させた。
握りを強めて魔槍杖バルドークでも投擲してやろうか。
「了解」
「ん、がんばる」
「シュウヤとロロちゃんとゼメタスとアドモスはここで見てて!」
サラの言葉に、「了解した、では頼む」
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスは、俺に頭を垂れたままで、「「承知!」」と返事をしている。
「ふふ、うん!」
「了解!」
「「「「はい!」」」」
「お任せを――」
「やるぜ!」
「ふむ」
「九槍卿としても仕事に貢献しようか」
「お弟子ちゃんたちは、また後でね――」
ユイたちが相棒の頭部から離れていく。
ヴィーネの光線の矢が、そのユイやルリゼゼたちの間を幾つも通り抜けていく。その光線の矢を放った翡翠の蛇弓を構えるヴィーネ。
横顔が素敵すぎる。
体から<血魔力>を有した稲妻のような魔力が展開される。
<血道第二・開門>、略して<第二関門>の<光魔銀蝶・武雷血>を発動させたんだろう。
そのヴィーネは翡翠の蛇弓を消し、ベリーズとベネットとアイコンタクトしては、俺を見て、「ご主人様、私も中距離から空中戦を仕掛けてきます」
「おう、行ってこい」
「はい!」
と、飛翔していく。
揺れるポニーテールの銀髪と白く美しい項が垣間見えた。
ゼメタスが、
「閣下、我らも空中戦は可能なのですが!」
「そうですぞ、私たちこそが前衛なのです!!」
と、少し苛ついていて怒っているが、なんか、ゼメタスとアドモスが可愛く見えた。
「あぁ、いつもと逆だな」
「「ハハハッ、たしかに!」」
「ンン、にゃははっ」
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスは豪快に笑い、相棒もいつもとは違う大きい笑い声を響かせた。
すると、戦況は動く。
ヴィーネの翡翠の蛇弓から放たれた無数の光線の矢が、飛竜の吐き出したマグマのブレスを縫うように翔けた。
数本がブレスと相殺し、残りの矢が吸い込まれるように赤錆色の鱗を持つ飛竜の顔面や首元へと突き刺さる。
「グギャァァァッ!?」
突き刺さった光線の矢から、半透明な緑色の蛇の幻影が溢れ出し、生きた蛇のように飛竜の体内へと侵入していく。
直後、飛竜の体表にピキピキと亀裂のような黄緑と緑の縦縞閃光が走った。
ドォッ――。
内部から膨張したエネルギーが弾け、飛竜の鱗と肉が爆散する。
顔の半分を吹き飛ばされ、体勢を崩した飛竜が宙空で無防備な姿を晒した。 その巨大な隙へ、空を駆ける狩人たちが肉薄する。
「シッ!」
鋭い呼氣と共に爆炎の煙幕を突き破ってユイが迫る。
空中に魔力の足場を作り、それを蹴って加速。
重力を無視したような機動で飛竜の懐へと潜り込む。
その瞳は冷徹に、竜の鼓動が脈打つ一点を見据えていた。
音すら置き去りにする抜刀、<白炎一ノ太刀>の斬撃が決まる。
続けて、銀色の斬撃、<銀靭・弐>か。連続斬りが決まると、<黒呪仙炎剣>から<死臓ノ剋穿>の連続突きが、硬質な竜鱗を紙のように貫き、心臓部へと深々と突き刺さったのが見えた。致死のエネルギーを体内に流し込まれた飛竜がビクンと痙攣し、
「まだだ! トドメは我が貰うぞ!」
ユイが離脱した直後、上空からトースン師匠が急降下してくる。
悪愚槍の<悪愚槍・鬼神肺把衝>が、飛竜の頭部に決まる。
トースン師匠から放出している髑髏模様の魔力と骨の塵が、飛竜の体を呑み込むようにも見えた。
「おぉ、閣下が使うところは何回か見たことがある。あれが、悪愚槍流の……」
「ふむ……」
ゼメタスとアドモスが感心して見守る中、師匠たちもそれぞれに躍動した。
トドメとばかりにレベッカの<光魔蒼炎・血霊玉>が飛竜の翼を突き抜け蒼炎に燃やしていた。
ヴィーネとメルとベネットの飛び道具も決まる。
緑色の閃光と共に爆ぜさせる。
もはや飛翔する力も残されていない。
上位竜種と見受けられた赤錆色の竜は、断末魔を上げることもできず、遥か眼下の荒涼とした岩場へと墜落し、地響きと共に土煙が上がるのが見えた。
「お見事ですな! 周囲には魔素はありませぬ!」
ゼメタスが叫ぶように発言し、名剣・光魔黒骨清濁牙と愛盾・光魔黒魂塊を消して、己の体から噴火しているような勢いで、漆黒の炎と似た蒸氣の魔力を上昇させていく。狼煙に見えた。
「うむ! 見事な連携でした!!!」
「にゃごぉ~」
相棒も、褒めていた。
「はい、皆様は強い!」
アドモスとゼメタスが骨の顎を鳴らして称賛する。
この光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスには、光魔ルシヴァルの領域の一つである【グルガンヌ大亀亀裂地帯】を任せてある。
更に、その【グルガンヌ大亀亀裂地帯】と魔命を司るメリアディの領域と悪夢の女神ヴァーミナ様の支配領域は隣り合わせ、その領域を守る遊軍の一つ。
それらの遊軍、約一万を超えている沸騎士軍団を運用している航空母艦のような印象もある魔街異獣の魔甲大亀グルガンヌに、領域の一部を任せたのかもしれないな。
他にも、沸騎士長ゼアガンヌとラシーヌ、古の百人沸騎士長ガズバル、古の祭事長バセトニアル、古の戦長ギィルセルなどもいるから、彼らに任せたのかもしれない。
すると、皆が身を翻し、並走する飛翔魔術の足場へと戻ってきた。
「ご主人様、お待たせしました」
ヴィーネが涼しい顔で戻り隣に着地。
ユイも刀の血振るいをして鞘に納め、何事もなかったかのように微笑んだ。
「手ごたえはありましたが、やはり『竜の巣』。表層でこれなら、奥にはもっと強い個体がいそうですね」
「楽しみだな」
労うと、視線を前方に固定する。
「さて、竜の巣は、高・古代竜たちの住処のはずだが、本格的な出迎えは荒々しいか、それとも異なるか……」
「賢龍サイガナンは遠くからわたしたちを視ていたはず」
「サジハリのような方々が住んでいるなら、戦いを仕掛けてくるかも?」
皆の語りを聞きながら、
「――相棒、着陸地点を探してくれ。岩山の向こう、魔力が渦巻いている場所あたりがいいだろう」
「ンン、にゃ!」
相棒が短く鳴き、高度を下げる。
雲を抜けると、そこには異様な光景が広がっていた。
巨大な竜の骨が墓標のように乱立する地、乱杭歯のような凹凸の並びから……あの左端が巨大な頭部と仮定し、超巨大なドラゴンの死体だろうか。
あ、ひょっとして、竜の巣自体が、超、超、超特大のドラゴンの体、否、殻なのかも知れない。もしくは、竜たちの墓場にも見えてきた。
あちこちから硫黄とマナの煙が噴き出し、地面そのものが脈動しているかのような錯覚を覚える。フロルセイル地方の最果て、『竜の巣』。
その大地へと豪快に神獣は降り立った。
続きは明日を予定。 HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版1巻~3巻発売中。




