二千二十九話 血槍無双、悪徳を穿つ
夜の帳が下りたタガマハルの街。
貴族街の一角に、一際豪奢な建物が光を放っている。高級レストラン『銀の匙亭』。選ばれた特権階級のみが足を踏み入れることを許される、欲望と美食の殿堂だ。
「……ここね。いい匂いがするけど、中身は腐ってそう」
ユイが嫌悪感を隠さずに呟く。
その手は既に神鬼・霊風の柄に添えられていた。
ハルホンクを意識し、全身を魔竜王素材の衣服に切り替える。
「……あぁ。メインディッシュを届けてやろう」
正面玄関の扉を守る衛兵が、俺たちの姿を見て槍を交差させた。
「待て! ここは会員制だ。招待状なき者の立ち入りは――」
「ハインツ辺境伯の『使い』だ。通せ」
低く、威圧を込めて告げる。
同時に、全身から<闘気玄装>による魔力の波動をわずかに漏らした。
衛兵たちがビクリと肩を震わせ、青ざめた顔で道を開ける。
「し、失礼いたしました……! 最上階の『王鷲の間』にて、皆様がお待ちです」
赤絨毯が敷かれた階段を上る。
磨き上げられた手すり、壁に飾られた名画、煌めくシャンデリア。
だが、漂ってくるのは高価な香水で隠しきれない、脂ぎった欲望の臭いだ。
「ンン……」
肩の上の相棒が、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
最上階の扉の前。ここにも黒い甲冑を纏った護衛が二人立っていたが、ユイが音もなく歩み寄り、
「……お休み」
鞘のまま鳩尾を突き、崩れ落ちる体を支えて静かに床へ寝かせた。
流れるような手並みだ。
黒豹が「ンンン」と喉声を鳴らしつつ、ユイを褒めるように細い脛に頭部をぶつけていた。
ユイは微笑んで、鞘から手を離し、その黒豹の頭部を撫でていた。
扉の向こうから、下卑た笑い声が漏れてくる。
「ガハハハ! いやはや、今回の『紅夢の雫』の出来は素晴らしいそうですな」
「えぇ、帝国のオゲル男爵も首を長くして待っておりますよ。それに『素体』の方も……若い女が多いとか?」
「ヒッアピアのサジタ殿も鼻が利く。戦災孤児や貧民街の娘たちです、誰も氣に留めませんよ」
会話を聞くたび、胸の奥で冷たい炎が燃え上がる。
こいつらは人族を、ただの消耗品としか見ていない。
「……行くぞ」
魔槍杖バルドークを召喚し、扉を蹴破った。
ドッとした重低音と共に豪奢な扉が弾け飛び、部屋の中に木片が舞い散る。
円卓を囲んでワイングラスを傾けていた三人の男たちが、驚愕に目を見開いて立ち上がった。
「な、なんだ!? テロか!?」
「貴様ら何者だ! ここは金鷲商会の貸切だぞ!」
そこにいたのは、三人の薄汚い欲望の権化たちだ。
ラドフォード帝国の『黒蛇商会』マセル。
青白い肌に、爬虫類を思わせる細長い瞳。神経質そうに唇を舐める癖があり、細い指には毒々しい色の宝石がついた指輪が幾つも嵌められている。
ハイペリオン王国の『銀雫商会』ヘリサス。
恰幅が良いを通り越して、脂ぎった肉塊のような男。カエルのように突き出た目玉と、常に汗をかいている額。首元の贅肉に埋もれるようにして、成金趣味の金の鎖が何重にも巻かれている。
ヒッアピア王国の『バビブルスの誓いの商会』サジタ。
鷲鼻で頬骨が高く、左目には大きな刀傷が走っている。一見すると厳格な聖職者のような僧服を纏っているが、その瞳にあるのは慈愛ではなく、残虐な愉悦の色だけだ。
三者三様の悪党面が、俺たちを睨みつけている。
粉塵の中を、ゆっくりと歩み出た。
「ハインツからの使いだと言っただろう?」
「ハ、ハインツ閣下の……? 馬鹿な、連絡もなしに!」
「あぁ、急用でな。地獄行きの馬車が満席になる前に、お前たちも乗せてやろうと思ってな」
殺氣を解放する。
部屋の空氣が一瞬で凍りつき、テーブルの上のグラスがピキピキと音を立ててひび割れた。
「ひ、ひぃぃッ! た、タロン! バウササ、何をボサッとしている! 出ろ、出あえぇぇ~! そして、こいつらを殺せ、倒せぇ!」
マセルが裏返った声で叫ぶ。
その声に応えるように部屋の奥、カーテンで仕切られていた控室から、強烈な殺氣を放つ影が五つ、躍り出た。
全身をミスリルの重装甲で固めた巨漢、二刀流の魔剣使い、不気味な呪符を全身に貼った魔術師など、明らかにただの護衛ではない。
彼らは魔界の傷場や紛争地帯を渡り歩いてきた、名うての魔傭兵たちだろうか。
「チッ、飯の最中に……」
「へへっ、上等な獲物じゃねぇか。その首、高く売れそうだ」
魔傭兵の一人、大剣を担いだ男が獰猛に笑う。
その体からは歴戦の猛者特有の、濃密な魔力が立ち昇っている。
ヘリサスが、脂汗を拭いながら、
「ガハハ! こいつらは私が大金で雇った『黒鉄の牙』だ! 貴様らのような冒険者風情が敵う相手ではないわ!」
「そうだ! 細切れにしてしまえ!」
サジタも杖を振り上げ、唾を飛ばす。
皆、勝ち誇ったように叫び、顔が醜く歪む。
魔傭兵たちが一斉に殺氣を膨れ上がらせ、武器を構えて迫ってくる。
「閣下――」
と、そこに常闇の水精霊ヘルメが窓をぶちやぶり、十八番の《氷槍》を射出、槍使いと射手の頭部に喰らわせ倒す。
俺の横に滑るように到着。
「外も乱戦となったか」
「はい、皆も強いですからご安心を」
「にゃご」
「うん、ヴィーネたちもいるし大丈夫でしょう」
「あぁ」
皆と頷きながら魔傭兵たちを見据えた。
敵は足を止めていたが、間合いをジリジリと詰めてきた。
緩慢な動きがほとんどだが、あの大剣の男は異なる。
それらの動きを見据え……。
怒りのまま、ギリリと奥歯が鳴った。
「閣下、右はわたしが」
「左はわたしがもらう」
ヘルメとユイが散る。
相棒は後退し、背後を陣取った。
「あぁ、正面の大半は俺がやろう」
と言うと、体の血液が沸騰するような感覚となる。
<血魔力>が体から放出される。
<血道第三・開門>、<血液加速>が発動し、
「……子供たちを檻に閉じ込め、実験材料にし、あまつさえ笑いながら食事だと?」
魔槍杖バルドークを握りながら<握吸>と<勁力槍>を発動。
「貴様らに、生きている価値はない」
魔槍杖バルドークを上に放り、ゆらりと前に出た――。
一人の魔槍使いが、「お前吸血鬼か――」と突っ込んできた。その魔槍を手掴みで、下に押さえ、「ただの吸血鬼ではないが、まぁそうだな――」と<玄智・明鬯組手>を意識し、柄を引き込みながら、相手の魔槍を背後に投げ捨てるまま<髑髏武人・速肘誅>の左肘の打撃を魔槍使いの胸甲に浴びせた。
――ドッと鈍い音と共に「ぐぇ」とかすかなくぐもった声が響く。
胸元は陥没し、絶句のまま動かず。
次に、右の膝を持ち上げように――。
<悪式・突鈍膝>を繰り出した。魔槍使いの腰鎧が潰れ破壊――。
<魔手太陰肺経>を意識し、魔槍使いの左手首を捻り、腕絡み関節を極めその腕をへし折り引っ張り、同時に<悪式・突鈍膝>を再度使い、鼻かしらを潰し、吹き飛ばす。即座に、前傾姿勢で<魔経舞踊・蹴殺回し>を繰り出した。
左右の蹴り回しの――足甲が、魔槍使いの胸元と頭部を捉え潰し、吹き飛ばした。
「マドーが、クソが!」
「光ものを投げろ――」
「聖水ならある――」
「光属性ならこれだ――」
と、皆が寄ってくる。
直ぐに、無手の両手を合わせ合掌――。
――<血想槍>。
続けて、切り札の<脳脊魔速>を発動させた。
深紅の霧にも見える<血魔力>の中に――。
神槍ガンジス。
聖槍ラマドシュラー。
夜王の傘セイヴァルト。
断罪槍。
炎牙竜槍フレイムファング。
大地竜槍テラブレイカー。
雷鳴竜槍ヴォルトブレイカー。
魔槍ハイ・グラシャラス。
白蛇竜小神ゲン様の短槍。
魔槍グドルル。
魔導星槍。
双雷式ラ・ドオラ。
茨の凍迅魔槍ハヴァギイ。
神槍ケルフィル。
王牌十字槍ヴェクサード。
六浄魔槍キリウルカ。
義遊暗行剣槍。
魔杖槍犀花。
闇神ハデスのステッキ。
青炎槍カラカン。
魔槍杖バルドーク。
これまでの旅路で得た数多の至宝を出現させた。
狭い室内を埋め尽くす、否、壁と柱と床を切断し溶かすように魔槍と神槍の群れが行き交う。そのすべてが、紅い血の<血魔力>を纏い、俺の殺意に呼応して切っ先を敵に向ける。神槍ガンジスと神槍ケルフィルの穂先に神魔石が嵌まっている神槍ガンジスの螻蛄首辺りは<血魔力>が蒸発しているように沸騰していた。周囲では、心臓と渦の魔印には陰陽太極図のような模様が浮かんで、闇色と白色の陰陽太極図の模様が回っている。
時折、血の龍と竜が絡み合いながら闇属性が光属性を呑み込むような幻影が発動し、漆黒の氣配が濃厚となるまま強い殺氣が溢れてくる。
俺の精神性が、闇に傾いている証拠か。
だが、仕方ない……。
「……ち、<血魔力>と<導魔術>!?」
「あぁ、魔槍の群れ、え、聖槍もあるのか?」
「<導魔術>系統は確実だとして、これほどの槍……一度に操作できるものなのか……」
魔傭兵たちが驚愕に目を見開き、足をとめるが遅い。
思考の一つで浮遊する魔槍群が一斉に唸りを上げた。
「――貫け」
血を纏う神槍ガンジスで<光穿>――。
血を纏う聖槍ラマドシュラーで<攻燕赫穿>――。
血を纏う夜王の傘セイヴァルトで<血刃翔刹穿>――。
血を纏う断罪槍で<断罪ノ一撃>――。
血を纏う炎牙竜槍フレイムファングで<風研ぎ>。
血を纏う大地竜槍テラブレイカーで、<悪夢・烈雷抜穿>。
血を纏う雷鳴竜槍ヴォルトブレイカーで、<刃翔刹閃・刹>。
血を纏う魔槍ハイ・グラシャラスで<悪夢ノ連環槍>――。
血を纏う魔槍グドルルで<闇雷・飛閃>――。
双雷式ラ・ドオラで、<断罪血穿>。
血を吸う魔槍杖バルドークで、<夜行ノ槍業・壱式>――。
炎、氷、雷、光魔――。
過去の血肉としてきた武の記憶が顕現するが如くの血槍無双――。
――神槍ガンジスの双月刃が、巨漢のミスリル盾ごと胴体を両断する。
聖槍ラマドシュラーの穂先から飛び出た赫く燕が、連続的に爆発し、魔術師の障壁を溶かすように消し、その体をも消し炭に変えた。
夜王の傘セイヴァルトが回転しながら突撃し、二刀流の男を壁に縫い付けた。 炎牙竜槍がその巨体を焼き払い、大地竜槍が足元を砕く。
雷鳴竜槍の閃きが残る傭兵を貫けば、断罪槍がその罪ごと魂を断つ。
まさしく、槍による死の交響曲――。
一体一体の敵が、異なる音色を奏でては消滅していく。
一瞬。まさに瞬きする間の出来事だった。
名うての魔傭兵たちは、誰一人として俺に触れることすらできず、圧倒的な武の暴力によって肉塊と化して沈黙した。
数多の絶叫が一つとなり、やがて静寂が訪れる。
宙を舞った魔槍たちが、血の粒子を残してフワリと俺の背後に戻り、威嚇するように浮遊を続ける。
その間にも、ユイが逃げようとする護衛を音もなく斬り伏せていた。
相棒が双剣を扱う魔剣師の双剣を複数の触手骨剣を衝突させ、防御を突き崩し、太い触手から飛び出たフランベルジュのような骨剣で魔剣師の胸元を豪快に突き刺し、壁に貼り付けていた。
外からヴィーネたちも乱入してくると、状況は完全に俺たちの流れとなる。
常闇の水精霊ヘルメが身を捻りながら、<滄溟一如ノ手>を繰り出し、無数の蒼い水の手で、敵を拘束、または貫いて倒しながら、着地し、同時に、球根のよう指先の<珠瑠の花>から伸びた輝いている紐が、<滄溟一如ノ手>の攻撃を往なした魔剣師の首を捕らえていた。
そのまま、魔剣師を床にたたき付け、引き摺り、体をむりにひしゃげさせていた。ヘルメは肉塊と化した元Aランク傭兵たちを冷徹な瞳で見下ろし、ゆらりとした動きで、俺の横にくると、うっとりと俺の頬に触れ、
「閣下……素晴らしいお手並み。まさに――『血槍無双、悪徳を穿つ』。害虫駆除完了、ですね」
その透き通った声に、荒ぶる精神が少しだけ凪いだ。
そこに、サラも、「外で降伏していない者はだいたい倒したから――」と、炎竜帝ヴァルカ・フレイムのマントが似合う。登場。
更に、ベリーズとメルたち共に乱入してくると、完全にこちら側に傾いた。
レザライサたちは別のところで戦っているようで、まだ来ない。
「……あ……あぁ……」
部屋に満ちるのは、濃厚な血の臭いと、三人の商会主たちの絶望の吐息だけ。 マセルの顔から表情が消え、ヘリサスは失禁し、サジタは杖を取り落として腰を抜かした。
「つ、強すぎる……」
「ありえん……私の雇ったAランク級を超える傭兵たちが……手も触れられずに……外の兵士たちも倒れたのか……」
ガタガタと震えながら後ずさる彼らを浮遊する魔槍の隙間から冷ややかに見下ろした。
「さて、邪魔者は消えた」
血の海を静かに歩き、彼らのテーブルへと近づく。
靴底が、ピチャリと音を立てた。
「商談の続きといこうか。ハインツは死んだ。地下の工場も潰した。次はお前たちの番だ」
「し、死んだ……? ハインツ閣下が……?」
「う、嘘だ! あの方には『融合魔人兵』の軍団がいるはずだ!」
サジタだったか、まぁ、顔と名前が一致しない男たちが叫ぶ。
「あのツギハギ人形たちか。すべて処分した」
と皆にも言うように冷淡に告げる。
ユイたちも頷く。
すると、三人の顔から完全に血の氣が引いた。
状況を理解したマセルが、這いつくばって俺の足に縋り付く。
その細い指が、汚らわしく俺のブーツを汚す。
「た、助けてくれ! 金ならある! 情報の対価も払う! だから命だけは!」「金はいらないと言ったはずだが……情報はもらおうか。各国の貴族とのパイプ、裏帳簿の隠し場所、それから……まだ隠している『在庫』など、その辺りの情報をすべて吐いてもらう」
まだ発動中の<血想槍>の中から魔槍杖バルドークを手元に引き寄せ、その冷たい穂先を、マセルの震える喉元に突きつける。
「嘘をついたら、先程の傭兵たちのように、相棒の晩飯にすらなれずに消し飛ばすぞ」
「ひぃッ! い、言います! 全部言いますからぁ!」
見苦しい命乞いと共に、彼らは洗いざらい情報を吐き出し始めた。
帝国のオゲル男爵が欲しがっていた『紅夢の雫』の横流しルート。
ハイペリオン王国のトイラセル公爵が進めていた、魔人兵技術の軍事転用計画。どれもこれも、周辺諸国を巻き込んだ大規模な火種になりかねない情報ばかりだ。
すべてを聞き終えた頃、窓の外が騒がしくなってきた。
無数の松明の光と、軍靴の響き。
どうやら、ここでの騒ぎを聞きつけたタガマハルの警備隊、あるいは正規軍が到着したようだ。
「……囲まれたわね」
ユイが窓の外を窺いながら、冷静に呟く。
「数は五百、千近いかも。重装歩兵に魔術部隊もいる。レザライサたちが裏から突くけど、少し時間がかかるかな」
「ふん、仕事が早いな。普段の治安維持でもそれくらい働けばいいものを」
商人たちが、救援が来たと勘違いして顔を輝かせる。
ヘリサスが、脂汗にまみれた顔で下卑た笑みを浮かべた。
「き、来たぞ! 王国軍だ! 貴様らもこれでお終いだ!」
「今すぐ降伏すれば、極刑だけは免れるかもしれんぞ!」
勝ち誇ったように叫ぶ彼らに、憐れみの視線を向けた。
「お前たち、本当に状況が分かっていないようだな」
窓際に歩み寄り、眼下に広がる軍勢を見下ろす。
拡声の魔道具を使った隊長らしき男の声が響いてきた。
『賊に告ぐ! 建物は完全に包囲した! 人質を解放し、直ちに投降せよ! さもなくば総攻撃を開始する!』
やれやれ、賊扱いか。
まあ、やり方は強引だったから否定はしないが。
「……皆、少し派手にやるぞ」
「ん、了解」
「にゃ!」
血文字でルシェルに、
『ルシェル、聞こえるか』
『はい、状況は把握しています。リョムラゴン軍が展開中ですね』
『あぁ。少しばかり灸を据えてやりたい。砂城タータイムを……この街の上空へ回してくれ。威嚇レベルでいい』
『了解しました。メイン動力、接続。隠蔽結界、解除。……タガマハル上空へ、降下します』
血文字を終えると同時に、夜空が歪んだ。
大氣が震え、星空が巨大な影に覆われていく。
地上の兵士たちが異変に氣づき、見上げ、
「な、なんだあれは!?」
「空が……落ちてくる!?」
雲を割り、姿を現したのは――巨大な空飛ぶ城塞。
砂城タータイム。
月光を浴びて白く輝く外壁、天を突く尖塔、そして周囲を旋回する四体のドラゴンたち。その圧倒的な質量と魔力の奔流が、タガマハル全体を圧し潰さんばかりのプレッシャーとなって降り注ぐ。
「……砂城タータイムは圧巻ね」
「うん、まさに浮かぶ要塞」
「ん、ドラゴンちゃんたちが格好いい」
「はい、雷竜ラガル・ジンはとくに好きです」
ヴィーネは雷属性もあるからかな。
「ん、皆好き」
エヴァも地竜ガイアヴァストたちが好きらしい。
そして、地上は大混乱に陥っていた。
武器を取り落とす者、祈りを捧げる者、恐怖で動けなくなる者。
攻め込もうとしていた氣勢など、瞬く間に消し飛んでいる。
「あの者たちに投降を促すか」
「「はい」」
「閣下なら蹂躙しても問題はないかと思いまする」
「はい、金で動く連中です。今潰しておいたほうがタータイム王国のためにもなるかと愚考しますぞ」
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスの発言に、頷く。
皆から情報は得たようだな。
「あぁ、それは分かっている。だが、最初はどんな奴でも、手を差し伸べたい」
「ご主人様らしい考えです」
「ん」
「総長のそういうとこ好き」
ヴェロニカの然り気無い告白に、皆が、微笑む。
そんなゼメタスとアドモスとヴィーネにレベッカたちを見てから、商人を見据え、<魔声霊道>を発動、更に貌を維持し、肩の竜頭装甲をも意識、「ハルホンク、〝霊湖水晶の外套〟と〝霊湖の水念瓶〟を展開」
「ングゥゥィィ――」
一瞬で、霊湖水晶の外套と霊湖の水念瓶を身に着けた。
水念瓶はいつ見ても不思議な大きい瓶。
クリスタルか硝子のような素材で作られてある。
中身の〝レイペマソーマの液体〟の色合いは、サファイヤブルーからインディゴブルーとセルリアンブルーを合わせたように煌めく。
グラデーションが非常に美しい。
霊湖の水念瓶は霊湖水晶の外套と共鳴し、全身の魔力を沸き立たせていく。
霊湖の水念瓶に魔力を通し『霊湖の水よ』と呼びかけるように<水念把>を発動させ、<魔声霊道>によって喉元に形成された有機的な貌と融合していく。
「まだ俺たちを『賊』と思うかな。さて――」
窓枠に足をかけ、眼下の軍勢を見据え、
『「リョムラゴン王国の諸君! 俺たちはハインツ辺境伯と金鷲商会による、人身売買と魔薬密造の証拠を押さえた! この者たちは、自国の民を食い物にしていた国賊だ!』
俺の声は神意力を伴って戦場全体へと轟き渡る。
同時に、商人たちの首根っこを掴み、窓の外へと突き出す。
『「この悪党どもの身柄と、押収した証拠はくれてやる! だが、これ以上、俺たちの邪魔をするならば……」』
上空の砂城を指差す。
タイミングよく、雷竜ラガル・ジンが咆哮を上げ、紫電のブレスを夜空へと吐き出した――轟雷が宙空を突き抜け重低音が響く。
「……この城が、お前たちの相手になると思え!」
静まり返る軍勢。
誰も動かない。否、動けないんだろう。
圧倒的な力の差を見せつけられ、戦意を完全に喪失している。
やがて、指揮官らしき男が震える手で剣を鞘に納めた。
それが合図となり包囲網が解かれていく。
「……賢明な判断だ」
商人たちを部屋の中に放り投げ、踵を返す。
レザライサ、シキ、アドリアンヌが中心の【星の集い】の集めた兵士たちが、既に裏手から突入し、事後処理を開始しているはずだ。
「ここを出ようか。メルたち、後始末だが、リョムラゴン王国との絡みはタータイム王国に任せる形でいいからな」
「ふふ、大丈夫です。【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の名と『王婆旧兵』事業の兼ね合いもありますし、領土が増えるのですから、向こうからしたら万々歳でしょう」
「タータイム王国も神聖ルシヴァル大帝国の領地ですから、私たちの領土ということです」
常闇の水精霊ヘルメらしい言葉に皆が和む。
ユイと相棒を連れ、破壊された扉から廊下へと出る。
背後では商人たちがへたり込み、何やら喚いているのが聞こえたが、もう興味はない。タガマハルの闇は暴かれた。
後は、この国の人族がどう決着をつけるかだ。
「……ふぅ。大仕事だったわね」
ユイが神鬼・霊風を納刀し、小さく息を吐く。
「あぁ。だが、これで少しはマシな国になるだろうよ」
階段を下りながら、窓の外に見える砂城タータイムを見上げる。
頼もしい我が家。そして、次なる冒険への足掛かり。
俺たちの旅は、まだ終わらない。
西の空、竜の巣が待つ彼方へと、想いを馳せた。
「にゃ~」
相棒が、同意するように甘えた声で鳴いた。
◇◆◇◆
翌日。
タガマハルの街は、ハインツ辺境伯の死と金鷲商会の摘発、そして謎の浮遊城の出現という話題で持ちきりになっていた。
その騒ぎの中心を避け、郊外の丘の上に集結していた。
砂城タータイムは、高度を上げ、雲海の上へと退避させている。
だが、その存在感はリョムラゴン王国だけでなく、周辺諸国にも十分な牽制となったはずだ。
「シュウヤ様。人質となった方々は、無事に保護されました。レザライサ様たちが手配した馬車で、故郷への帰還を進めています」
ヴィーネが報告してくれる。
その顔には、安堵の色が浮かんでいた。
「ご苦労だった。これで一安心だな」
「はい。それと、ラドバン王からも伝言が。『痛快だ! これぞ同盟の力!』と、大層ご満悦でしたわ」
クナが苦笑交じりに付け加える。
あの王様、本当に楽しんでいるな。
「さて……」
西の方角を見つめる。
フロルセイル地方の最果て。未踏の地、『竜の巣』。
魔人武王ガンジスや、賢竜サイガナンの影がちらつく場所。
「イゾルガンデでの用事も、リョムラゴンでの掃除も済んだ。次こそは、本来の目的地へ向かうとしようか」
「「「はい!」」」
眷族たちが声を揃える。
師匠たちも、バフハールも、新たな強敵との出会いを期待してニヤリと笑っている。
「竜の巣か。高古代竜たちの秘境。楽しみじゃのう」
「素直に入らせてくれるかどうか、分からんが、まぁ楽しみだ!」
「「あぁ」」
バフハールの豪快な笑い声と共に、「ンン」と黒猫が、体をムクムクと大きくさせて神獣ロロディーヌに変化。
その巨大な相棒から出た触手が皆の体に絡まっていく。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
コミック版1巻~3巻発売中。




