表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
槍使いと、黒猫。  作者: 健康


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2029/2031

二千二十八話 闇を裂くユイの銀靱と鎖の処断



 石畳を叩く蹄の音と、車輪が軋む音だけが夜の街路に響く。

 屋根の上を並走しながら、眼下の馬車を見下ろした。

 御者台には屈強な男たち。周囲を固める護衛も、ただのゴロツキではない。身のこなしからして、正規の訓練を受けた兵士か、あるいは手練れの傭兵崩れだ。


「ンン、にゃ」


 相棒が、獲物を狙う狩人の目で馬車を見つめ、喉を鳴らす。

 馬車は貴族街の一角の一際大きな屋敷の裏手に回る。高い塀と鉄柵に囲まれた敷地か。表門には『金鷲商会タガマハル支部』の看板が掲げられていた。俺たちも裏側を見るように追跡していく。



 『金鷲商会タガマハル支部』の建物の裏門は、まるで要塞の搬入口。

 重厚な扉が持ち上がり、そこに馬車が吸い込まれるように中へ入ると、重厚な鉄扉が音を立てて閉ざされた。


 俺たちは裏手の向かい側、建物の屋根の上でそれを見守った。

 そのまま<闇透纏視>で屋敷の構造、裏側を探り、


「ヘルメ、ある程度の解析次第だが、ヘルメには液体となって侵入してもらう箇所があるかもだ、今は俺の左目に、グィヴァも右目に戻ってくれ」

「「はい」」


 常闇の水精霊ヘルメは体を水に変化させ、闇雷精霊グィヴァは体を雷状に変化させると、俺の両目に戻ってきた。


 鉄門と明らかに侵入者対策が施された壁――。

 城塞都市タガマハルの防壁とは異なる。地下に広がる空洞もあるようだ。

 そこから漂ってくるのは、あのハインツの砦で感じたものと同じ、腐臭と、押し殺された悲鳴のような魔力の歪み。

 戦闘型デバイスを意識し、偵察用ドローンを数体飛ばした。

 ガードナーマリオルスも展開させる。


「ピピピッ」

「ガードナーマリオルス、<無影歩>の隠密中だ、これから潜入を開始する」


 そう喋っている間にも偵察用ドローンの数匹は、魔法の膜を通り抜けて、内部に侵入していく。人質の位置が分かれば御の字だ。

 

 目の前のガードナーマリオルス本体は、丸い胴を前後に動かし、片眼鏡のようなカメラを、そこから突出。

 それを前後に伸縮させつつ、偵察用ドローンが撮っている映像をホログラムとして投影してくれていく。

 

 そのガードナーマリオルスは、チューブの角度を変えて敬礼したようなポーズを取った。

 

 すると、ユイが、


「当然だけど、外と内の警備は厳重ね、強者らしき人族、魔族がいる」

「あぁ、リョムラゴン王国の」


 ユイは俺たちを見てから、


「では裏側を一度見てくるから、また後で、あ、<無影歩>の範疇から出ると思うから、その時に、敵にバレて戦いになったら、囮になる。皆は、その間に『金鷲商会』の要塞に突っ込んでいいから」

「了解した」

「にゃ」


 相棒も右足を上げ、肉球をユイに見せる。

 ユイは「ぷっ」と黒虎(ロロ)の大きい肉球を見て笑うと、サッと黒髪が動いたと思ったら<血液加速(ブラッディアクセル)>を使ったようで消えるように移動した。

 

 続いてキサラが、


「『鷲の派閥』の財布という情報は、たしかのようですね。リョムラゴン王国の外壁よりも、周囲の防御は強固です。国よりも闇ギルドを持つ大商会が強い証し」


 キサラの言葉にヴィーネは頷いた。

 キサラは、


「では、偵察用ドローンの映像である程度知れましたが、迎賓館のような建物がある、要塞の右側を実際に見てきます。七雄フィレムを破った時の称号<真眼天破>と、<真眼・白闇凝照>なども活かします」

「了解した」


 するとヴィーネが、銀仮面を消し、眼帯を嵌め、


「わたしは左の壁際の大通り沿いと要塞の倉庫が並ぶ側を、〝星見の眼帯〟を使い偵察を強めておきます」


 キサラとヴィーネの言葉に、


「了解した」


 ヴィーネとキサラは頷くと<血液加速(ブラッディアクセル)>を使い、加速し消える。

 

 そこに背後から光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスなども到着。

 その皆に、


「見て分かるが、『金鷲商会』の建物は要塞だ」

「そのようですな。ガードナーマリオルス殿、映像から内部も分かります」

「閣下、正面の扉を守るように配置されている屯所と櫓を攻めますか」


 アドモスの言葉に『まだだ』と言うように頭を左右に振ってから、アドモスとゼメタスを見て、


「人質がいるようだからな。その方々を救出し、その後に、お前たちの仕事になるかもだ」


 二人の眼窩の炎が煌めく。


「「――ハッ」」


 と、氣合いの返事と共に漆黒と紅蓮の炎のような魔力が二人から少し噴出した。<無影歩>の範疇だから、その炎のような魔力が周囲にバレることはないと思うが一瞬ひやりとした。


 その二人と、カルード、キッカ、ファーミリア、レザライサたちを見据え、


「城塞に突入する時にも言ったが、潜入次第で、大規模な陽動が必要になったら血文字と魔通貝で指示を出す。無論、戦いとなったらお前たちが指示を出すこともあるだろう。臨機応変にな」

「お任せあれ」

「お任せを!」

「お任せあれぇ♪」


 イモリザのひょうきんな言葉に皆が微笑む。

 レザライサは微笑まず、エトアとラムーたちも頷いた。

 そのレザライサは、

 

「『金鷲商会』の専用馬車と護衛の数と、街道の警邏からして実質リョムラゴン王国を裏で動かしている連中だと理解できた。この辺りの闇ギルド、盗賊ギルド連中を従えている証しでもあるだろう」


 頷いた。

 すると、『シュウヤ、裏側だけど、<無影歩>の効果はこちらは切れているけど、敵には氣付かれていない』

『了解』


 ユイから血文字に返事を送ると


『ご主人様、左側に移動しましたが、<無影歩>の範疇です。このままここから壁を乗り越えて侵入できますが、一度そちらに戻ります』

『了解した』

『シュウヤ様、右側にも見張りは多いです。高い櫓も正面と同じくあります。<無影歩>の範疇のようです』


 ヴィーネとキサラの血文字がきた。


『了解した』

『では、一度そちらに』

『おう』


 その血文字で情報を共有したユイたちが、正面口の向かいの建物にいる俺たちの下に帰還した。


 エトアとラムーが、皆が揃ったところで、


「正面口、鋼鉄の扉には、特別な罠はありません。しかし、正面の左右の壁には、魔法防御の魔法が施されてあります」

「鑑定ですが、素材からして罠はないでしょう」


 皆が頷いた。

 クナが、


「では、正面玄関、鋼鉄の扉の上部と左右に設置されている魔法陣の破壊は私が行いましょう」

「了解した」

「ん、お願い」

「蒼炎弾と<光魔蒼炎・血霊玉>のスキルに炎の魔法と、城隍神レムランの竜杖の二体のドラゴンもいるからね」

「はい、戦いとなったら、大規模な火力があるレベッカさんに期待しています」


 クナの言葉に頷いた。

 そして、ユイは、夜風に黒髪をなびかせながら、


「裏手の搬入口、通氣ダクトから地下の臭いが漏れてる。見張りは、見ただけでざっと八人、前方に二人、後方の柱の陰を見るように四人。死角に二人いたわ。壁を普通に乗り越えた先だけど、魔眼系を妨害している魔道具が数カ所に設置されていることは分かった。<無影歩>が看破されることも視野に入れておきましょう」


 と語る。皆、ガードナーマリオルスのカメラアイから出ている要塞内部の映像を見ては、頷いていた。


 ユイの双眸は<ベイカラの瞳>を発動中で、すでに白銀に輝いている。

 裏手にいる数人の手練たちを、アレで縁取ったはず。


 そして、ガードナーマリオルスが展開している要塞のような建物の内部と壁と建物の間を把握した。

 

 そこでユイを含めて、皆に、


「突入だが、俺と相棒とユイが、この裏手側から侵入する。右からヴィーネたちとキサラたちが侵入してもらう。この正面にいる皆は、師匠たちも含めて、俺が指示を出すまで、待機していてもらう」

「「「「了解」」」」

「「ハイッ」」

「任せろ」

「「うむ」」

「主と共に裏から行きたいが、従おう」


 皆の返事を聞いてから、


「第一目標は人質を確保。第二目標は、辺境伯に連絡してきた男と『金鷲商会』の支部長を潰すこと。皆、準備はいいな?」

「「うん」」

「「「はい」」」

「にゃご」


 皆、頷き合った。

 偵察用ドローンの映像は一部を残しシャットダウン。


 ユイは、


「では、裏側に行きましょう」

「ンンン――」


 相棒が先に屋根を蹴り裏口に向かう。

 俺も、<無影歩>の効果を維持したまま裏側に回った。


 そこで血文字で、皆に、


『では、突入を開始する』


 ――ユイと共に手前の見張りを瞬時に越える。

 そのまま壁を乗り越え、庭の植え込みの影へと着地した。

 相棒も「にゃっ」と音もなく続き、足下から離れて壁面の排水パイプを器用に登り始めた。開いていた二階の窓の隙間から、黒い液体のように侵入していく。俺とユイは、搬入口の脇にある通用口へ。


 そこにいた見張りの兵士が二人、欠伸を噛み殺しながら立っている。


「……ふぁあ。いつまで待たせるんだよ。早く『荷』を降ろして一杯やりてぇな」

「馬鹿、滅多なこと言うな。今回の『荷』はハインツ様の特注品だぞ。傷一つつけるわけには――」


 そこまで言ったところで、二人の言葉が途切れた。

 視線を送るよりも速く、背後の闇から忍び寄ったユイが神鬼・霊風の柄頭でそれぞれの延髄を打ち抜いていた。


 音もなく崩れ落ちる二人をユイは表情一つ変えずに支え、静かに地面に寝かせる。流れるような所作。


『閣下、侵入ならわたしを使ってください』

『あぁ、<血鎖の饗宴>を試してみる』

『はい』


 鍵のかかった扉に手を当てた。

 <血鎖の饗宴>を意識し、極小さい血鎖を鍵穴の中に侵入させる。

 形状を変化させ、カチャリ、と解錠できた。


『おぉ! お見事!』


 ヘルメの念話に『おう』と応えつつ、中へ入ると、そこは荷捌き所のような広い土間になっていた。先ほどの馬車が止まり、男たちが荷台から木箱や、布で覆われた『何か』を降ろしている最中だった。


「おい、丁寧に扱えよ! 中身は繊細なんだ」

「分かってますよ。しかし、こいつら大人しいもんですね」

「薬で眠らせてあるからな。起きられたら面倒だ」


 男たちの会話を聞きながら、コンテナの影に身を潜める。

 布の隙間から、小さな手が力なく垂れ下がっているのが見えた。子供だ。


 腸が煮えくり返る思いだが、まずは制圧が先決だ。

 屋根から侵入をしていた相棒が梁の上からこちらを凝視している。

 

 その相棒とアイコンタクト。

 赤が基調の虹彩が縦に割れたままの、野性味ある瞳が少し動き、頭部が少し前後に揺れた。力強い肯定の意志だ。


『ヘルメ、あの相棒の傍に水で伝い移動し、上から奇襲をしてくれ』

『分かりました――』


 ヘルメが梁の上で女体化。

 その黒豹(ロロ)と合流し、こちらに指を差すヘルメ。

 そのヘルメの指示を聞いた黒豹(ロロ)は、天井の梁の上から、無数の黒い触手を展開、降り注いでいく。


「な、なんだコリャ――!?」

「うわっ、首がっ、しまっ――」


 悲鳴を上げる間もなく、作業員たちが次々と宙吊りにされていく。

 触手の先端から伸びた骨剣が、的確に急所を貫くか、あるいは口を塞いで意識を刈り取っていく。


『皆、戦闘となった。<無影歩>を解除する――』


 皆に血文字で連絡。


「て、敵襲――!?」


 奥にいた監督役の男が叫ぼうとした刹那――。

 <雷炎縮地>――影から飛び出た。

 間合いを詰め、男の腹部に膝を入れ「がはっ」と空氣を吐き出す男の襟首を掴み、そのまま近くの壁へと叩きつけた。


「静かにしろ。命が惜しければな」


 低く囁くと、男は白目を剥いて氣絶した。

 同時に、周囲の護衛たちが剣を抜こうとするが、遅い。

 男が剣を抜こうとした手首を掴み、逆関節に極めてから、顎を掌底で打ち抜き、頭部を潰すように倒し、次の男も<血仙拳>で胸元を破壊。

 爪先半回転で、次の男の短剣を避け、左手に義遊暗行師ミルヴァの短剣を召喚するまま<水車斬り>を行い、男の腹を斬り裂き、右の掌底の<無式・蓬莱掌>を繰り出し、男の顎ごと頭部を潰した。


 ユイは、相手に抜刀すらせず、鞘と柄を使った打突だけで制圧していく。 その足運びは、血の海を避ける舞踏のようだ。


 護衛たちも


「侵入者めが――」

「――遅い」


 ユイの声が響いた時には、もう彼女の姿はそこにはない。

 音もなく踏み込み、<銀靱・壱>の軌跡が、護衛たちの武器を持つ手首と、膝の腱を一閃した。


 血飛沫すら最小限に抑えられた斬撃。

 護衛が悲鳴を上げる前に、ユイは鞘走りの動作で柄を鳩尾に叩き込み、次々と沈黙させていく。


 その瞳から<ベイカラの瞳>の輝きが消え、いつもの穏やかな色が戻っていた。


 一分とかからず、荷捌き所は静寂に包まれた。

 すぐに馬車の荷台を確認する。

 中には、十数人の子供や若い女性が、折り重なるようにして眠らされていた。皆、痩せこけ、顔色は悪いが、命に別状はなさそうだ。


「よかった……まだ『加工』はされていない」

「薬の臭いが酷い。……相当、深い眠りについてるわね」


 ユイが子供の頬に触れ、痛ましげに眉を寄せる。

 そして、


『皆……制圧、人質もここにいる範囲は確保』

『了解しました、倉庫の地下への入り口を見つけました。どうやらそこが、本命のようです』


 ヴィーネの血文字が浮く。

 ユイは頷いて、


「シュウヤ、どうする? ここを任せて、地下へ向かう?」

「あぁ。ここにあるのは『出荷待ち』の被害者たちだけだ。地下にはもっと多くの人々が、そしてリョムラゴンを蝕む『紅夢の雫』の製造ラインがあるはずだ」


 俺の言葉にユイは強く頷く。

 その目には、再び戦士の光が宿っていた。


「分かった。行きましょう」


 荷捌き所の奥、重厚な二重扉の向こうから、地下へと続く階段が現れた。

 腐臭が強くなる。

 階段を下りていくと、そこには地上の華やかさとは対照的な、冷たく無機質な空間が広がっていた。広大な地下倉庫。

 だが、棚に並んでいるのは商品ではない。檻だ。

 無数の鉄格子が並び、その中には虚ろな目をした人々が詰め込まれている。そして、部屋の中央には巨大な蒸留器のような装置が鎮座し、赤黒い液体――『紅夢の雫』が、生き血を啜るようにポタポタと滴り落ちていた。甘ったるくも鼻をつく鉄錆の臭いが、腐臭と混じり合っている。


「……趣味が悪いにも程がある」


 吐き捨てるように言う。

 その時、奥の部屋から、上機嫌な声が響いてきた。


「ハインツ閣下も人が悪い。まさかこのようなサプライズを用意してくださるとは!」

「へへっ、支部長も悪よのう。貴族たちの手土産に、これほどの『上玉』を用意するとは」


 男たちの下卑た笑い声。

 奥の部屋、ガラス張りになった司令室のような場所で、豪奢な服を着た太った男と数人の武装した男たちがワイングラスを傾けているのが見えた。


 あいつが『金鷲商会』の支部長か。

 そして、その傍らに控えているのは……全身を黒い甲冑で覆った、異様な氣配の戦士たち。


 ハインツの砦にいた融合魔人兵とは少し違う。

 人族に近いが、その内から漏れ出る魔力は明らかに人族のものではない。


「あの黒い甲冑は、魔界の魔族とのキメラ?」


 ユイが眉をひそめ、神鬼・霊風の鯉口を切る。

 俺も魔槍杖バルドークを召喚し、<握吸>で柄を握りしめた。


「行くぞ。祝杯の席に、招かれざる客の登場だ」


 ユイと目配せし、同時に走り出した。

 <血道第三・開門>――。

 <血液加速(ブラッディアクセル)>。

 ガラス壁へと突っ込み、魔槍杖バルドークの一撃で、司令室のガラス壁を粉砕する。破片が飛び散る中、俺とユイ、そして相棒が躍り込んだ。


「な、なんだ!? 何事だぁ!?」

「敵襲ッ! 護衛は何をしている!」


 支部長が悲鳴を上げ、ワインをこぼして腰を抜かす。

 護衛の黒甲冑たちが即座に反応し、武器を抜く。


「貴様ら、何者だ! ここは金鷲商会の聖域ぞ!」

「聖域? 笑わせるな」


 粉塵の中から歩み出る。

 冷ややかな視線で支部長を見下ろした。


「ハインツからの使いだ……地獄へのな」


 その言葉に、支部長の顔が凍りつく。


「ハ、ハインツ閣下からの……? 馬鹿な、閣下は……」

「死んだよ。お前たちの悪巧みごとな」


 告げると同時に、黒甲冑の一人が斬りかかってきた。

 速い。だが、見えている。<風柳・中段受け>を行う。魔槍杖バルドークで剣を受け流し、そのまま下から掬い上げる<豪閃>の石突きで兜ごと頭部を粉砕した。


 兜が歪み、中からドロリとした黒い液体が漏れ出した。


「やはり、中身はまともじゃないな」


 残りの黒甲冑たちが一斉に襲いかかってくる。

 ユイが音もなく前に出た。「……邪魔」と、冷徹な一言が落ちるよりも速く銀光が走る<銀靱・壱>か。

 

 納刀の音がカチンと響くと同時に先頭の二体の胴体が鏡合わせのように真横にズレて落ちていた。


 相棒も「にゃごぉ!」と咆哮し、巨大化しながら触手骨剣の乱舞で敵を串刺しにしていく。


 その混乱の中、支部長が裏口へ逃げようと這いずっていくのが見えた。


「逃がすか」


 左手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出。

 蛇のように伸びた鎖が支部長の足首を捕らえ、宙吊りにした。


「ひぃぃッ! 助けてくれ! 金ならやる! 何でもやるからぁ!」


 宙で手足をバタつかせる支部長。

 その目の前に、ゆっくりと近づく。


「金はいらない。だが、情報は貰うぞ。帝国の貴族への手土産……そして、この国の『膿』のすべてをな」


 そこに背後からヴィーネ、キサラ、レベッカたちも合流してくる。

 彼女たちの後ろには、解放された人質たちが、不安そうに、しかし希望の光を目に宿してこちらを見ていた。


 ユイが神鬼・霊風の血振るいをしてから、カチンと音を立てて鞘に納める。その瞳から戦いの熱が引いていく。


「地下の掃除、完了かな」


 冷淡な視線を宙吊りの男に向けたまま報告する。


「あぁ。で、お前ら、随分と楽しそうな予定があったみたいだな? 『レストランの予約』とやらについて、詳しく聞かせてもらおうか」


 問い詰めると、支部長はガタガタと震えながら口を開いた。


「そ、それは……『銀の匙亭』だ! ここから二つ向こうの区画にある高級レストランだ! そ、そこで……」

「そこで?」

「ラドフォード帝国のオゲル男爵がバックにいる『黒蛇商会』のマセル、ハイペリオン王国のトイラセル閣下がバックにいる『銀雫商会』のヘリサス、ヒッアピア王国の『バビブルスの誓いの商会』のサジタと『紅夢の雫』の新しい販路と、実験体の提供について……」


 オゲル男爵。帝国の貴族、ハイペリオン王国のトイラセル公爵に、ヒッアピア王国か。


 やはり、根は深い。


「……貴族たちも己の手は汚さずか。しかし、こんな薄汚い商売に噛んでいるとはな」


 と言い、冷笑を浮かべ、支部長を見上げた。


 支部長は顔面蒼白で、


「言ったぞ! 全部言った! だから助けてくれ!」と喚き散らす。

「助ける? ……ヴィーネ、どう思う?」


 振り返ると、ヴィーネは冷徹な瞳で支部長を一瞥した。


「ご主人様。生かしておく価値はありませんね。これだけの悪事、死をもって償わせるのが慈悲というものです」

「ひぃっ!?」

「ん、同感。子供たちをこんな目に遭わせた罪は重い」


 エヴァも静かに怒りを滲ませる。

 ユイは鞘に手を掛けたまま、無機質に呟く。


「……シュウヤ。殺していい? こいつ、臭う」


 その殺氣に、支部長が失禁した。


「……だ、そうだ。諦めろ」


 <鎖>を操作し、支部長を床に叩きつけた。

 氣絶した彼を、後から来たレザライサたちに引き渡す。


「こいつと、生き残った構成員の身柄は頼む。後で情報を吐かせてから、衛兵か領主に突き出すなり、処分するなり任せる」

「承知した。任せておけ」


 レザライサが力強く頷く。

 ユイと視線を合わせた。


「さて……次は『銀の匙亭』だな。メインディッシュの前に、少しばかり挨拶に行こうか」

「……待たせては悪いものね……シュウヤ、わたしも行く」


 ユイが好戦的な笑みを浮かべて隣に並ぶ。

 

「やる氣だな?」

「当然。なんか久しぶりの『仕事』……腕が鳴るわ」

「ふっ」


 と、ユイの言葉にカルードも笑う。


「了解した。相棒も行くぞ」

「ンン!」


 相棒が黒猫に戻り、肩に飛び乗り、勇ましく鳴く。

 俺たちは地下倉庫を後にし、夜のタガマハルの街へと繰り出した。

続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版発売中。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ