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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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2028/2032

二千二十七話 要塞に溶ける影と黄金の紋章

 クナの冷ややかな笑みと報告を聞き終え、


「……おう、向こうがハインツ辺境伯ではないことに氣付いての演技なら、俺たちは罠に嵌まったことになるが、ま、その『金鷲商会』の支部長とやらが待つ城塞都市タガマハルに向かう。竜の巣は後回しにしよう」


 眷族たちが力強く頷く。

 レベッカは、


「うん、竜の巣も砂城タータイムを使いこなしているわたしたちだし、そこまで必須ではないからね」


 その言葉に頷いた。

 そこでキュベラスを見て、


「タータイム王国のラドバン三世への連絡、この状況の説明を頼めるか」

「はい、では、直ぐに向かい、戻ってきます」

「了解した」


 キュベラスは浮遊すると、目の前の空間が歪む。

 そこから異空間が出現するや否や、餓鬼を思わせる腕の群れが出現し溶けて固まると文字通りの異界の門となる。

 その<異界の門>の中に消えたキュベラスは、辺境伯の屋敷の内部から消えた。


 部屋には一瞬の静寂が訪れる。


 さて、ハインツという頭を失った今、奴の残した手足たちがどう動くか。魔機械越しの男は、まだハインツの死を知らない。この情報のタイムラグこそが最大の武器になる。

 皆を見ながら、


「キュベラスの帰り次第出発するとして、レストランの予約もなんのことやらだ……『金鷲商会』自体もあまり理解していない。アドリアンヌは、その『金鷲商会』に詳しいのか?」


 問いに、アドリアンヌは優雅に一歩前へ進み出た。

 その黄金の仮面の奥にある瞳は、確かな自信と冷徹な知性を湛えている。


「もちろんですわ、シュウヤ様。地下で皆様が大暴れしている間、私たちもただ遊んでいたわけではありませんもの」


 彼女は顎先に指を当ててから、離し、ふふ、と笑うと、背後に控えていたシキとキッカに目配せをした。

 シキが、懐から数枚の羊皮紙――血痕が拭い去られたばかりのような生々しい書類を取り出し、テーブルに広げる。


「イゾルガンデ市内に潜伏していた黄昏の爪の構成員、及び彼らと通じていた闇商人を尋問……いえ、詳しくお話を伺った結果、いくつかの重要な事実が浮かび上がりました」


 シキは淡々と報告しながら、その書類を指先で弾いた。紙に残る赤黒い染みが、その『お話』の過酷さを無言で物語っている。


「まず、『金鷲商会』ですが、これは単なる一商会ではありません。リョムラゴン王国の東部、特にこの国境付近の物流を牛耳る巨大なコングロマリットです。表向きは鉱石や魔獣素材の貿易商ですが……その実態は、『鷲の派閥』の財布であり、汚れ仕事の実行部隊ですわね」


 続いて、冒険者ギルドマスターとしての知識を持つキッカが、


「はい。私もギムレットから提供されたリストと、ギルドの流通記録を照らし合わせました。この商会、正規のルートを使わずに大量の『不明な荷』をタガマハルへ運び込んでいます。検問フリーの特権を悪用し、おそらく、先ほどの村人たちのような『素体』や、違法な魔薬の原料でしょう」


 と、補足した。


「なるほどな。規模がでかいだけの悪徳商人ってわけか」


 鼻を鳴らすように喋る。

 腕を組んで壁に寄りかかっていたレザライサが口を開いた。


「それだけではないぞ、シュウヤ。私が掃除をした際、奴らの護衛についていた兵士たちの装備……あれは正規軍の横流し品、それも最新鋭のものだった。金鷲商会は、単なる商人ではなく、ハインツの私兵団と密接にリンクした準軍事組織と見たほうがいい。タガマハルの支部には、相当な手練れが配置されているはずだ。また、お前が王都ファンハイアで倒した殺し屋のゴーストだが、『赤鉱槍団』をバックに持つ将軍ガルドス以外にも、そのゴーストに金を流し雇ったこともあったようだ」


 【白鯨の血長耳】を率いる彼女ならではの、軍事的な視点と最新情報だ。


 続いて、アドリアンヌが、


「それに……」


 と声を潜め、地図上の一点を指差す。


「私の【星の集い】のネットワークと、ギムレットからの追加情報によれば、タガマハルにある金鷲商会の本部……そこには地下深くへ続く『隠し倉庫』が存在するそうです。今回の祝杯の席も、その上階にある迎賓館で行われる予定かと」

「隠し倉庫か。そんな物まで情報を得ていたのか、ギムレットは」

「イゾルガンデの都市もフロルセイル地方の一つですからね」

「あぁ、そうだな、で、人質がいるならそこだろうな」

「はい」


 状況は見えた。

 敵は強大だが、情報は筒抜けだ。


「よし。敵の正体と場所は割れた。タガマハルの『金鷲商会』本部を叩くとしよう」

「「「「はい!」」」」

「「了解」」

「「承知!」」

「「うん」」

「ん」


 全員を見渡し、不敵に笑った。


「……まだ、場所を見ていないから、なんともだが、ハインツのフリをして正面から乗り込む。向こうは最高級のレストランで接待のつもりだろうが……メインディッシュは俺たちが振る舞ってやる」


 その言葉に、レベッカが瞳を輝かせ、


「ふふ、最後の晩餐ってことね。シュウヤ、その演技、見ものよ?」

「任せておけ。悪役の演技なら、魔界で嫌というほど板についた」

「ん、楽しみ」


 エヴァも小さく頷く。

 そこに、空間が歪み、<異界の門>が出現。

 キュベラスが戻ってきた。

 肩には、異界の軍事貴族、桃色のリスのケニィもいる。


「――皆様、戻りました。ラドバン王と宰相メンドーサへ、事の次第を伝えて参りました」

「おう、早かったな。王の反応は?」

「はい。『ハインツの暴走と死は驚きだが、貴殿らの判断を支持する。国境付近の動きについては、我が国としても厳重に警戒しつつ、事後処理の準備を進める』とのことです。また、『砂城タータイムの展開については、リョムラゴンへの強力な牽制となるゆえ、存分にやってくれ』と、なかば面白がっておられました」

「ははっ、あの王様らしいな。肝が据わってる」


 これで後顧の憂いはなくなった。

 魔槍杖バルドークを担ぎ直し、城塞都市の方角を見据えた。


「さあ、行こうか。タガマハルの夜を、俺たちの色に染め上げてやろう」


 相棒が「にゃごぉぉ」と咆哮を上げ、黒豹と化した。


 先に開いていた窓から飛び出て、黒豹からグリフォンとドラゴンが融合したような洗練された神獣ロロディーヌに変化を遂げた。


 皆で、その背に乗り込み、夜の荒野を疾走した。

 目指すは城塞都市タガマハル――。


 金と欲望に塗れた鷲の巣を、叩き潰す――。


 ◇◆◇◆


 夜陰に乗じてタガマハルへ接近した。

 街道から外れた丘の上で一度足を止める。

 眼下には、堅牢な城壁に囲まれた都市が、無数の松明の光に照らされて浮かび上がっている。


「あれがタガマハル……要塞そのものね」


 ユイが感嘆の声を上げた。

 確かに、ただの商業都市ではない。軍事拠点としての機能が優先された、武骨で威圧的な造りだ。城壁の上には一定間隔で兵士が見回っており、死角は少なそうに見える。


「さて、どう入るかだが……」


 カルードが、


「正面から入れば検問は避けられません。Sランクの冒険者カードを見せれば通れるでしょうが、我々の足取りを敵に教えるようなもの」

「あぁ、その通りだ。ハインツの死が露見していない今、余計な情報は与えたくない。隠密裏に壁を越えるとして……」


 <闇透纏視>を発動しつつ、皆を見て、城壁周辺の魔術的な防衛網の確認を促す。その皆は、俺が言う前からそれぞれ異なる視点で城壁を解析し始めていた。


 シュリ師匠たちも城壁と掘りの確認していた。

 バフハールとシャイナスとシャナとフーは、俺たちの話を聞きながら俺たちの背後を見ていた。

 ヘルメとグイヴァと()()(テン)たちは、俺たちの上空を飛翔し、リョムラゴン王国の空軍、グリフォン部隊などの警邏を確認していた。


 そこで、クナたちを見て、


「クナ、ミスティ、エトア、ラムー、アクセルマギナ。結界や魔法的な罠の有無はどうだ?」


 クナは月霊樹の大杖をかざし、魔力の流れを視る。

 ミスティは片眼鏡の型の解析機を通し、構造をチェックし、アクセルマギナは戦闘型デバイスの簡易地図ディメンションスキャンを起動させ、己の胸元のマスドレッドコアを輝かせていた。

 クナは、


「……都市全体を覆うような大規模な防御結界はありませんわね。戦争も、ハインツ辺境伯の施設があったように、前線の緩衝地帯があの調子でしたから、あるいは、人の出入りが激しい商業都市ゆえの弊害でしょう」


 冷静に分析する。

 続いて、ミスティが、


「でも、城壁の要所要所に警報用の魔道具が設置されてるわ。赤外線……じゃないけど、魔力の線を通過すると音が鳴るタイプ」


 と言いながら壁面の特定箇所を指差す。

 そこにラムーが進み出た。

 彼女は霊魔宝箱鑑定杖の先端を城壁へと向け、微弱な魔力を照射する。


「鑑定します。壁の素材に『鳴き砂岩』が混ぜられています。物理的な振動を増幅して警報に変える仕組みですね。また、ミスティ様が仰る魔道具は『監視の石眼』の簡易版。粗悪品ですが、数は多いです」


 兜の下から響くくぐもった声で、正確な材質と魔道具の正体が暴かれる。即座にエトアが反応し、〝ハイガンドの胸ベルト〟を調整しながら、鋭い視線を壁の足元と中腹に走らせ、


「物理的な罠もあります! 壁の窪みに、極細のワイヤーが張られています。あれに触れると、鈴が鳴るのと同時に、上から油が降ってくる仕掛けですね……でも、私にお任せください。<罠鍵解除・極>の応用と、ドラゴンの鱗を使えば、ワイヤーを無力化した安全なルートを確保できます!」


 と自信たっぷりに語る。

 胸を張り、指先から数枚の鱗をふわりと浮かせてみせた。

 

 頼もしい限りだ。


「マスター。皆様の分析データを統合しました。上空および地下からの侵入に対する探知術式は微弱。また、城壁の魔力センサーには定期的な瞬きのサイクルがあります。エトア様が確保する物理ルートと合わせ、その間隙を縫えば、感知されずに通過可能です」


 アクセルマギナが完璧な侵入ルートを提示してくれた。

 物理的な警備と魔術的な警備、その両方に穴はある。そして、それを食い破る専門家たちが俺には揃っている。


 ()()(テン)たちが下りてくる。


「器、空からの大胆な侵入も可能だと思う」

「はい、警邏は少ない」

「商業都市ですね、タータイム王国とリョムラゴン王国との争いは、傷場と川を挟んだ辺りが主戦場なのでしょう」


 (テン)の言葉に頷いた。


「よし。警報の隙間を縫って城壁を越えようか。俺と相棒が先導する。ヴィーネ、キサラ、ユイ、カルード、レザライサたちは続いてくれ。他のメンバーも気配を殺してついてきてくれ。エトア、ルートの指示を頼むぞ」

「はいっ! お任せください!」

「では、城塞都市タガマハルに侵入を開始する」


 皆が音もなく頷き、罠を外すため、散開。

 相棒は既に黒猫の姿になり、やる気満々で尻尾を振っている。

 皆、壁と地面に侵入者対策が施されていた罠を次々に外していく。十分も経たずに、再集合し、頷き合う。


 俺は城壁へと腕を差してから、ユイたちと頷き合う。


 <無影歩>を発動。

 輪郭が夜氣に溶け、氣配が完全に闇と一体化した。

 音もなく城壁の死角へと滑り込む。


 見張りの兵士が欠伸をして背を向けた刹那――。

 重力を置き去りにするように、石積みの壁を垂直に駆け上がった。指先が石のわずかな隙間を捉え、体を支点にしてひらりと身を翻す。音もなく胸壁の上へ着地すると、同時に相棒も黒い影となって肩に降り立っていた。


 眼下の兵士は氣付いていない。

 続いて、ヴィーネたちが風のように音もなく壁を越えてくる。師匠たちやバフハールといった巨躯の面々も、その体躯に見合わぬ軽やかさで障害をクリアしていく。

 さすがは歴戦の猛者たちだ。


 全員が城壁の内へと侵入を果たした。

 建物の陰に身を潜め、街の様子を窺う。


 石造りの重厚な街並み。イゾルガンデのような混沌とした熱気はないが、代わりに軍靴の響きと、どこか張り詰めた空気が漂っている。


「……侵入成功だ。ここからは手分けして情報を集める」


 小声で指示を出す。


「『金鷲商会』の本拠地と、例のレストランの場所。そして怪しい動きがないかを探ってくれ。俺と相棒は<無影歩>のまま、中心部を見てくる、ユイ、分かっていると思うが、上手い具合に標的を見たらいつものアレを使っておいてくれ」

「ふふ、了解」

「ん、がんばろう」

「「「はい」」」

「了解しました」


 眷族と仲間たちが闇に溶け込むように散開していく。

 俺もまた、相棒と共に夜のタガマハルへと滑り出した。


 街路樹と馬車道まで石畳、結構文化レベルは高い。

 下水道の施設もあるが、川沿いからは、なんとも言えない臭い匂いが漂ってくる。厠、トイレなどは都市には少ないか、皆無か、中世から近代にかけての、俺の地球のヨーロッパ系の文化に近いか。


 古代ローマの水道設備は凄まじいからな。


 街の中心部へ向かうにつれ、建物はより大きく、豪奢になっていく。貴族や富裕層が住む区画だろう。

 屋根の上を移動しながら、眼下の通りを見下ろす。

 我が物顔で進む隊列があった。

 数台の馬車。その荷台は厳重に覆われ、周囲を武装した私兵が固めている。松明の明かりが揺れ、馬車の扉に描かれた紋章を浮かび上がらせた。――見覚えのある『金色の鷲』。


「……ビンゴだ」


 相棒が「にゃ~」と短く鳴き、尻尾で俺の肩を叩く。


「あぁ。あいつらを追えば、商会の場所も、人質のありかも分かるはずだ」

続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版発売中。

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