二千二十二話 リョムラゴン入国と『紅夢の雫』の闇
迷宮都市イゾルガンデの巨大な西門を背にする。
朝霧が晴れ、街道の先には緩やかな丘陵地帯が広がっていた。
頬を撫でる風は、乾いた土と草の匂い、獣の氣配を運んでくる。
野生の動物は、豚とロバが融合したような魔獣が多く、それらが列を成して突き進む姿はどこか滑稽で面白い。
「東のイーゾン山も野生の動物は多かったけど、ここにも多いわね」
「あぁ」
すると、先を歩いていたセレスティアが、足を止めて見上げ、
「……太陽はいつも氣持ちが良いです」
白磁の肌が陽光を反射して輝いている。
彼女の真紅の瞳は、流れる雲や街道脇に咲く名もなき花を、この世の至宝でも見るかのように追いかけては、こちらを振り向き、
「都市とは異なる土地ごとに情報量が桁違いです。湿度、温度、匂い、降水量の差違、光の屈折率……そして、大氣中に満ちるかすかな生命の律動。これも『世界』の一部」
エヴァが
「ん、都市の外は、自然が多い、後、危険」
「はい」
ヴィーネも同意していた。
セレスティアはゆっくりと、噛み締めるように頷いた。
「はい。私の記憶領域にあるデータと、実体験との差異……この胸の奥が震えるような、回路が熱を持つような感覚。これがアクセルマギナ様やミスティ様が仰っていた『クオリア』の一端なのでしょうか」
「ふふ、きっとそうですわ。貴女の世界は今日、また一つ広がったのです」
クナが微笑ましそうに相槌を打つ。
ミスティも
「データの更新が追いつかないとかありそう」
「にゃ~」
黒猫が、街道脇の草むらから飛び出した蝶を追いかけて跳ね回る。
その無邪氣な姿に旅立ちの空氣が和らいだ。
「……さて、相棒に乗って移動すれば、タータイム王国を越えてリョムラゴン王国は一瞬に着くが、そうではなく、こうして旅を続けるか?」
「うん、少しだけ~」
レベッカが同意し、皆も頷いた。
のんびりとした旅路も悪くない。街道を行き交うのは、俺たちと同じ冒険者や、荷馬車を引く商人たち。時折、豚とロバを足したような奇妙な魔獣の群れが、土煙を上げて横切っていくのを、セレスティアが興味深そうに目で追っていた。
そんな穏やかな時間の中、俺は歩きながら、
「リョムラゴン王国だが……向こうの情勢について、もう一度整理しておこう」
「はい。ギムレットの情報と、先日ベベアルロンテから送られてきた情報を合わせると、敵の輪郭はかなりはっきりしています」
ヴィーネが手元の羊皮紙――ベベアルロンテが血文字で送ってきた情報を書き留めたもの、に視線を落としながら答える。
「リョムラゴン王国を実質的に牛耳っているのは、『鷲の派閥』と呼ばれる貴族連中です。彼らは軍事力を背景に王家をも凌ぐ権力を持ち、長年タータイム国との紛争を煽ってきました」
「腐敗貴族か。どこの国にもいる害虫だが、今回は少し事情が違うな」
レザライサが忌々しげに鼻を鳴らす。
頷き、メルの方を見た。
「あぁ。ベベアルロンテが『投資』していた相手……それが、この『鷲の派閥』の中核メンバーだったわけだ」
「はい。具体的には、軍部の実力者であるハインツ辺境伯、そして『金鷲商会』という大商会です。ベベアルロンテは彼らを通じて、ベヒビア鉱山の資源を裏ルートで流し、莫大な利益を得ていました」
メルが補足する。
キサラが困ったように眉を寄せた。
「つまり、私たちがこれから戦おうとしている敵の資金源の一部は、身内であるベベアルロンテが提供していた……という皮肉な構図になりますね」
「まあな。だが、逆に考えれば、奴らの弱点や裏の流通ルートも筒抜けってことだ」
ニヤリと笑う。ベベアルロンテは恭順の証として、彼らとの取引記録や弱みとなる情報をすべて吐き出した。これは強力な武器になる。
「ハインツ辺境伯に金鷲商会……。まずはこいつらの動向を探りつつ、腐敗の根源を断つ。それが今回の旅の目的だ」
「ん、了解。徹底的にやる」
「カカッ、久々の地上での戦、骨のある奴がいれば良いがな!」
エヴァが静かに闘志を燃やし、バフハールが豪快に笑う。
そんな話をしながら、俺たちはタータイム王国の街道を西へと進んだ。
道中、すれ違う人々や村の様子は以前訪れた時よりも幾分か明るさを取り戻しているように見えた。 ガルドス将軍の反乱が鎮圧され、ラドバン王による新体制が軌道に乗り始めているのだろう。
街道の整備も進んでおり、復興の槌音が遠くから聞こえてくる。
「良い国になりつつあるな」
その光景に目を細めながら数日ほどの旅を続け、やがてタータイム王国の西端、リョムラゴン王国との国境地帯へと差し掛かった。
景色が変わる。穏やかだった丘陵地帯は険しい峠道となり、空氣には再び張り詰めた緊張感が混じり始める。前方に見えてきたのは高い城壁と堅牢な門によって閉ざされた国境の関所。
だが、そこには長蛇の列ができており、怒号と悲鳴が入り混じった不穏な空氣が漂っていた。
「……なんだ、あの騒ぎは」
バフハールが不快そうに眉をひそめる。
<闇透纏視>を発動させ、様子を探った。
キサラは少し浮遊しながら目元に<血魔力>を溜めている。何かのスキルを使用したかな。
そして、関所を守っているのは、タータイムの兵とリョムラゴンの兵が共同で警備しているようだが……実質的に仕切っているのはリョムラゴン側の兵士たちのようだ。
彼らの装備には、翼を広げた鷲の紋章――『鷲の派閥』の印が刻まれている。
兵士たちが、通行人――特に亜人や身なりの貧しい者たちの荷物を乱暴にひっくり返し、因縁をつけているのが見えた。
「通行税だと言ってるだろう! 金がないなら、その荷物を置いていけ!」
「そ、そんな……これは商売道具で……」
「うるさい! 怪しい粉が入っているな? 没収だ! あとでじっくり調べてやるからよォ!」
典型的な強請りだ。その横を、豪奢な装飾が施された馬車が、列を無視して専用レーンを我が物顔で通り抜けていく。馬車の扉にも同じ鷲の紋章があった。
「分かりやすい腐敗だな」
グルド師匠が呆れたように吐き捨てる。
その時、通り過ぎる馬車の荷台から、微かだが独特な魔力の波長を感じ取った。
「ん? 今の氣配……」
ユイも氣づいたようだ。鼻をひくつかせている。
「あれはデアンホザー……百足魔族由来の魔導具の氣配ね」
「間違いないわ。ベベアルロンテが流していた物資が、まだ流通しているのね。もしくは在庫か……」
ヴィーネの指摘に頷く。ベベアルロンテとの関係は切れたはずだが、まだ裏ルートが完全に死んでいない証拠かもしれない。いずれにせよ、確認する必要がある。
「行くぞ。普通に通るつもりだが……まあ、向こうが大人しく通してくれるとは思えんがな」
関所へと近づくと、案の定、兵士たちの下卑た視線が突き刺さった。
特にヴィーネやキサラ、レベッカといった美女揃いの眷族たちを舐め回すように見ている。
セレスティアの白磁の肌にも、奇異と欲望の混じった目が向けられた。
「おい、そこの集団! 止まれ!」
隊長格と思しき男が、槍を突きつけて立ちはだかった。
「随分と怪しい連中だな。冒険者崩れか? それとも密輸団か?」
「俺たちは冒険者だ。通行許可証なら……」
「黙れ!」
俺の言葉を遮り、ニヤニヤと笑いながら後ろの女性陣を指差した。
「身分を証明するものが怪しいな。取り調べが必要だ。特にそこの女たち……奥の部屋でじっくりと身体検査をしてやる必要があるなぁ? 武器も没収だ」
周囲の兵士たちが下卑た笑い声を上げる。
列に並んでいた他の旅人たちが、恐怖に顔を伏せる中、背後で殺氣が膨れ上がった。
師匠たちが、バフハールが、そして眷族たちが、一斉に『敵』と認識した合図だ。
「……やれやれ。ギムレットの言っていた通り、掃除が必要なようだな」
深々と溜息をつき、一歩前に出た。
穏やかな口調のまま、しかし瞳には冷たい光を宿して告げる。
「その言葉、後悔することになるぞ?」
「……にゃご」
「あぁ? 何だとテメェ……ひぃっ!?」
男が言い返そうとした刹那、相棒が飛び出る。
黒猫の姿から一瞬で巨大な黒豹へと変貌し、男の目の前に躍り出て、
「にゃご! ガルルルゥ」
喉の奥から雷鳴のような唸り声を上げる。
「ひ、ヒィィィッ! ば、化け物ぉぉ!」
腰を抜かした男が尻餅をつく。
同時に、師匠たちが動いた。武器すら抜かない。ただの殺氣と威圧だけで、周囲を取り囲もうとした兵士たちが泡を吹いて卒倒していく。
「弱すぎる。張り合いがないのう」
「カカッ、魔界の雑魚の方がまだ骨があるわ!」
グラド師匠とバフハールが笑う。
腰を抜かした隊長の胸倉を掴み上げ、冷ややかに見下ろした。
「取り調べが必要なのはお前たちのほうだ。『鷲の派閥』と、さっき通った馬車の積み荷について……じっくり聞かせてもらおうか」
セレスティアが、その光景を静かに見つめていた。
「……これが、人族の『悪意』と『腐敗』……そして、それを正す『力』……」
腐敗を正す力の学習か。力も力で問題があるんだが、まぁ、彼女なら理解できるだろう。
それにしてもリョムラゴン王国への入国は、少々手荒な形になりそうだ。
だが、これが俺たちの光魔ルシヴァルの流儀だ。
腰を抜かした隊長の男は、目の前で唸る巨大な黒豹と俺たちの冷徹な視線に挟まれ、顔面蒼白で震え上がっている。股間からは生温かい液体が漏れ出し、地面にシミを作っていた。
「ひ、ひぃぃぃ! わ、分かった! しゃ、喋る! 喋るから食わないでくれぇぇ!」
男が悲鳴に近い声を上げる。
少しだけ手を緩め、冷ややかに告げた。
「食うかどうかは相棒の氣分次第だ。で、あの馬車の積み荷は何だ? ただの交易品じゃないな」
顎で馬車をしゃくると、男はガクガクと首を縦に振った。
「そ、それは……『紅夢の雫』だ……。ハインツ様……いや、ハインツ辺境伯が、王都の貴族たちに売り捌くための……」
「ほう、『紅夢の雫』か」
聞いたことのない名だが、ろくな代物ではないだろう。
魔薬、合成魔薬、麻薬、アヘン・モルヒネ・コカインの類か?
ソー師匠とトースン師匠が見張りとなり、ヴィーネが素早く馬車の方へと歩み寄る。
御者台に座っていた男が短剣を抜こうとしたが、キサラが背後に音もなく現れ、その首筋に手刀を当てて氣絶させていた。アクセルマギナが魔銃を構えながら、ヘルメとグィヴァが馬車に手を当て、動きを封じ、ヴィーネが荷台の幌を粗雑に開け、木箱の一つをこじ開ける。
中から赤黒い光を放つ瓶を取り出す。
「これは怪しい」
「錬金術でも造れそうだが」
クナが凝視。
「そうですわね、一見は様々な素材を攪拌させた液体に魔減恐液を混ぜた印象……<錬金術・解>と名匠マハ・ティカルの魔机を用意すれば、すぐに解析は可能ですが、ラムーの霊魔宝箱鑑定杖がありますから、お任せします」
「はい」
とラムーはすでにヴィーネが持つ瓶に霊魔宝箱鑑定杖を向けていた。
魔力を送り鑑定を終える。
「……ユニーク級。成分はデアンホザーの体液を希釈し、幻覚作用のある魔草と調合したものです。これを服用すれば一時的な魔力高揚感と共に、強い依存性を植え付けられます」
ラムーのくぐもった声は警戒している。
「魔薬ですね。民を堕落させ、金と支配力を得るための……」
「ハインツ辺境伯とやらは、自国の民を食い物にしているというわけか」
腹の底から冷たい怒りが湧き上がるのを感じた。
ベベアルロンテ、否、魔界王子テーバロンテと取り引きしていただけはある。そして、息子と【テーバロンテの償い】の一部もここで暗躍していたのかもだ。
悪辣さが魔族顔負けだ。隊長の男を地面に放り捨てる。
「へぶっ」
男は泥にまみれながら、必死に命乞いをするように土下座をした。
「お、俺たちは命令に従っていただけなんだ! 逆らえば家族がどうなるか……」
「言い訳はいい。だが、殺しはしない」
俺の言葉に男が顔を上げ、希望の光を宿す。
だが、両腕から<血魔力>をわざと放出させ、手首の<鎖の因子>から少し<鎖>を伸ばした。
梵字に光る<鎖>の先端が、男の首元に寄せ、
「ただし、少しばかり『掃除』の手伝いはしてもらうぞ」
と言いながら<鎖>を操作、シュルルッと音を立てた<鎖>が蛇のようにしなり、関所の門を閉ざしていた閂と、周囲を取り囲んでいた兵士たちの武器を弾き飛ばし、彼らの体をグルグル巻きにして持ち上げた。
蓑虫のように吊り上げられた兵士たちは、
「――うわぁぁぁ!?」
「な、なんだこの鎖は!?」
空中で情けない声を上げている。
吊り下げられている隊長に、
「このままタータイム側の警備兵に引き渡してやる。せいぜい、今までの悪行を洗いざらい吐くことだな」
「そ、そんなぁ……」
絶望する兵士たちを放置し、関所の中へと足を踏み入れた。
騒ぎを聞きつけて奥から出てこようとした増援部隊もいたが、待ち構えていたバフハールとルリゼゼの四本の腕による拳圧と、グルド師匠とレプイレス師匠の威圧に、ファーミリアの膨大な<血魔力>によるデモンストレーションだけで、戦意を喪失し、武器を捨てて逃げ出していった。
セレスティアは、吊り下げられた兵士たちと、押収された魔薬の瓶を交互に見つめ、静かに分析を行っている。
「……『欲望』による他者の搾取。そして『恐怖』による支配構造の崩壊……。シュウヤ様、これが『正義の執行』というプロセスですか?」
彼女の問いに、
「正義かどうかは、見る角度によるさ。だが、俺たちの邪魔をし、弱い者を虐げる奴らには、相応の報いを与えたいと思う。それが俺たちの流儀だ。と偉そうに言ったが、その土地の慣習、文化を蔑ろにはしない」
「流儀……文化を大切にする」
「あぁ、一見すれば悪に見えることも実は善いかもしれないことは多々ある。『木を見て森を見ず』だ」
「木を見て……森……それは森羅万象に通じる思想ですね……理解、『コード・オブ・コンダクト』……」
セレスティアは納得したように頷き、メモリーに刻み込むように瞬きをした。
「そして、理解を重ね、敵対的かつ非人道的なオブジェクトに対する、物理的干渉および排除行動。学習項目に追加します」
少々物騒な学習だが、まあ間違ってはいない。
アクセルマギナは無言のまま見ている。
ミスティが肩をすくめ、
「セレスティアちゃん、あまりシュウヤの影響を受けすぎると、脳筋になっちゃうよ?」
「む。失礼な。俺はこれでも繊細な魔法使いの一面もあるんだが」
「――どの口が言うの?」
「ん、どの口~」
「ふふ、はい」
レベッカたちがクスクスと笑いながら、俺の腕に身を寄せてくる。
その柔らかな感触を楽しみながら無人の野を行くが如く、堂々と関所を通過した。
関所を抜けると、そこにはリョムラゴン王国の風景が広がっていた。
だが、街道の空氣は淀んでいる。道端には痩せこけた農民が座り込み、畑は荒れ、遠くに見える村からは活氣が感じられない。タータイム王国側で見た復興の光景とは対照的だ。
「……酷い有様だな」
レベッカが痛ましそうに眉を寄せた。
ユイも鼻を鳴らし、
「大氣に、澱んだ魔素と……悲しみの匂いが混じってる」
「あぁ。ハインツ辺境伯と金鷲商会……こいつらがこの国を蝕む病巣というわけだ」
視線を街道の先、遠くに見える城塞都市の方角へと向けた。
そこには、俺たちを待ち受ける新たな敵と、解き明かすべき謎が待っているはずだ。
「行くぞ。病巣があるなら、切除するだけだ」
眷族たちが力強く頷く。
相棒ロロディーヌも、黒猫に戻り、肩に飛び乗ると、
「にゃお!」
と、勇ましい声を上げて、街道の先を前足で指し示した。
相棒が指し示した先――街道が林を抜けたその向こうに黒煙が上がっているのが見えた。
「……野焼きの煙、というわけではなさそうだな」
焦げた木材の匂いと、かすかな血の鉄錆臭に、かすかな悲鳴。
「シュウヤ様、複数の生体反応が急速に低下中。敵性存在は騎乗タイプ。数は三十前後」
アクセルマギナが淡々と、しかし即座に状況を報告する。エヴァが紫の瞳を細め、
「ん、襲撃。村が焼かれてる」
「賊でしょうか? それとも……」
キサラが白絹ような髪を揺らしながら、腰の魔槍に手を伸ばす。
頷き、地面を蹴った。
「行けば分かる。『鷲』の手羽先か、ただのハイエナか……どちらにせよ、俺たちの行く手を汚すなら掃除するだけだ」
移動速度を上げた。眷族たちも無言で追従してくる。
脚力などを強化してくる<魔闘術>系統は<闘気玄装>のみ――。
常人なら馬で駆ける速度を遥かに上回る速さで街道を疾走する。
数分もしないうちに、光景が開けた。
街道沿いにある小さな村。粗末な柵は破壊され、数軒の家屋が炎に包まれていた。
逃げ惑う村人たちを、馬に跨った兵士たちが追い回している。
彼らの鎧には、先ほどの関所で見たものと同じ――『鷲の紋章』が描かれている。
だが、関所の兵よりも装備は上等だ。中にはグリフォンのような下級魔獣に騎乗している騎士クラスの姿もある。右手に魔槍杖バルドークを召喚。<握吸>と<勁力槍>を発動。
「ご主人様、あれは怪鳥、グリフォン系です」
「使役されているけど、なかなか強いモンスターよ」
ヴィーネとレベッカが教えてくれた。
「了解した。介入しようか」
「ンン」
相棒と共に前に出る。
「逃げるなァ! 税が払えんのなら、その体で払ってもらうぞ!」
「ハインツ様への上納分だ! 若い女と子供を優先して捕縛しろ!」
下卑た怒号と共に、逃げ遅れた老人が槍で突き飛ばされるのが見えた。
泥にまみれ、動かなくなった老人に、兵士が馬に蹄をかけさせようとする――。
「――死に急ぐなよ」
低く呟き、<雷炎縮地>を使用し、間合いを詰めた。
老人に蹄を振り下ろそうとしていた軍馬に蹴りを入れ、そのまま<ルシヴァル紋章樹ノ纏>を発動し、騎乗していた兵士に<風研ぎ>を繰り出した。
魔槍杖バルドークの紅矛が兵士の腹をぶち抜く。兵士の上半身が吹き飛び、下半身は馬と共に横に吹き跳んでいた。
「な、なんだぁ!?」
「敵襲か!?」
突然の乱入者に周囲の兵士たちが動きを止める。
その隙を見逃す皆ではない。
「……対象、敵対的行動を確認。殲滅モードへ移行」
セレスティアが抑揚のない声と共に、純白のドレスを翻して空へと舞う。
胸元の装甲が幾重にも割れたように展開され、鋼の刃と化し、兵士たちに直進し、胸元を貫いていく。イモリザも、「ぎったんばったん~」と言いながら黒い爪を伸ばし、兵士の体を貫いていく。
混乱する戦場に、今度は銀色の光が瞬いた。
「――ご主人様の邪魔をする害虫は、掃除します」
ヴィーネの冷徹でありながら艶やかな声が響く。
頬の<血魔力>を有した『銀蝶』の紋様が輝き、そこに指を当て両手を組み魔印を組む。
そして、両腕を指揮者のように振るう。
「美しく散りなさい」
両手と頬から溢れ出した血が混じる銀色の蝶々が、一斉に舞い上がる。
銀蝶の群れは、ヴィーネの指揮に従うように鱗粉を撒き散らしつつ舞踏会のように戦場を飛び交う。 優雅に舞いながら、残った敵兵を銀色の嵐となって飲み込んでいった。
幻想的な光景だったが、敵にとっては悪夢そのものだろう。
「な、なんだこの蝶は!? ぐあぁぁぁっ!」
「やめろ! 体が、動か……熱い!?」
銀の蝶に触れた兵士たちの動きが阻害され、鋭利な翅で鎧ごと切り裂かれていく。
上空へ逃げようとしたグリフォン騎兵に対しても、ヴィーネは翡翠の蛇弓で光の弦を引き絞り、光線の矢を放つ。光線の矢は、正確無比に騎兵の眉間とグリフォンの翼を撃ち抜いた。
銀の嵐が吹き荒れる中、両手の<鎖の因子>から<鎖>を射出し、兵士の頭部を貫く。
相棒は炎はあまり吹かず、首元から伸ばした触手を使い、攻撃していた。
そして、地上で呆然と立ち尽くす兵士たちの背後――そこに、
「――ヴィーネのそれは強烈!」
ユイの声が響く。前傾姿勢の<黒呪仙剣突>で、兵士を仕留めると、魔矢が複数飛来。
それを神鬼・霊風一本で斬り捨ててから、少し重心を下げた。
居合いかと思いきや、足をバネにするように跳ぶ。
「なっ、貴様、いつのまに――」
隊長格の男が反応したが、遅い。
ユイは、<ベイカラの瞳>を発動中、双眸から白銀の魔力が溢れているが、それが、揺れながら、ユイの加速を追い駆けているようにも見えた。
宙空で右肩を沈めるモーションの<銀靱・壱>を発動――。
神鬼・霊風の刃が、重装鎧の胸を捉え、斬る。
刀を持つ腕が見えないほどの、迅速な剣閃だった。
「隊長を――」
と槍持ちの兵士がユイに向かうが、その槍持ちは聖十字金属の魔矢が突き刺さって倒れた。
ユイは「ベリーズ、ありがと――」と短く礼を言い、右斜め前に跳び、宙空から「――<死臓ノ剋穿>」と、神鬼・霊風の切っ先を盾使いの兵士へと突き出していた。
ボフッ、と鈍い音と共に盾ごと胸を貫く。
神鬼・霊風が、物理的な防御を突き抜け、内臓を直接破壊したように見えた。
男は苦悶の声を上げる暇もなく、白目を剥いて崩れ落ちた。
その体から抜け出したユイは、返り血一つ浴びていない。
華麗な所作で次なる標的へ視線を走らせる。
「ひ、ひぃぃ! 逃げろ! こいつらは手練すぎる」
「ハインツ様に報告を……!」
残った数名の兵士が、我先にと森の方角へ馬を走らせようとする。
だが、その逃走路へ向けて、蒼い閃光が走った。
「逃がさない――<蒼炎弾>!」
レベッカが城隍神レムランの竜杖を突き出す。
杖の先端で二匹の竜の装飾が蠢き、そこから高密度の蒼い火球が連射された。
ヒュンヒュンヒュン! と風を切る音と共に放たれた蒼炎は、逃げる騎馬隊の足元へ着弾。
爆発的に燃え上がった蒼い炎が壁となり、進路を完全に遮断する。
「うわっちっ!?」
「あ、熱っ! 普通の火じゃないぞ!?」
蒼炎の熱氣と輝きに煽られ、軍馬がいななき竿立ちになる。
落馬し、慌てて立ち上がろうとする兵士たちの前に、ゆらりと影が落ちた。
「そこまでです」
キサラは既に間合いに入っている。
ダモアヌンの魔槍を体の一部のように扱い、流れるような天魔女流白照闇凝武譜の動きで、
「ふっ!」
鋭い呼氣と共に石突きが兵士の顎、鳩尾を、膝の皿を的確に打ち抜いていく。
殺しはしない。だが、確実に意識を断つ一撃。
「がはっ……」
「見え……な……」
キサラの舞うような槍術の前に戦意を喪失した兵士たちは次々と気絶し、地面に転がっていった。
戦闘開始からものの数分。
村を蹂躙していた『鷲の派閥』の部隊は、完全に沈黙した。
「……ふぅ。片付いたわね」
レベッカが杖の蒼炎をふっと吹き消し、ふわりと俺の隣に降り立つ。
彼女の瞳の奥で、まだ蒼い炎が小さく揺らめいていた。<蒼炎の加護>の影響だろう、神秘的で美しい。上空に出ていたヴィーネとセレスティアも戻ってきた。
「ご主人様、敵指揮官と思われる個体は、ユイが仕留めたものとは別に、もう一人。あそこで気絶している男が身なりの良い鎧を着ています」
ヴィーネが指差した先、キサラの足下で伸びている男を確認する。
頷き、魔槍杖バルドークをアイテムボックスに仕舞い、周囲を見渡した。
燃え落ちた家屋に、荒らされた畑が視界に広がる。
そして、突然の闖入者の俺たちに対し、腰を抜かして震えている村人たち。
彼らから向けられる視線には、畏怖と恐怖、そしてわずかな期待が入り混じっているように感じられた。努めて穏やかな空氣を纏うように近くにいた老人に近づいた。
「お怪我はありませんか?」
老人は震える手で杖を握りしめ、信じられないものを見るように、俺と、背後の眷族たちを見上げてくる。
「あ、ありがとうごぜぇます……。あんたら……い、いえ、皆様は、一体……?」
「俺はシュウヤ、槍使いの冒険者だ。皆は仲間」
と名乗り、気絶している『鷲の派閥』の兵士たちを顎でしゃくる。
「あの兵士たち、ただの徴税にしては随分と強引に見えた。『紅夢の雫』……そんな言葉も聞こえたが、心当たりはありますか?」
老人の顔色が土気色に変わったのが分かった。
周囲の村人たちも、ざわっと身を竦ませる。
「やはり……知っておられるのですか……『紅夢の雫』……それは、この国を蝕む悪魔の薬……」
老人は悔しげに涙を滲ませ、燃える村を見つめた。
「奴らは……ハインツ辺境伯の手の者は、税の代わりに人を攫っていくのです。あの薬の……『実験台』にするために」
「実験台、か」
ヴィーネたちと視線を交わす。
「ここがすべてではないと思うが、やはり不正はあるな」
「紛争が少し止まれば、すぐにコレですか」
戦公バフハールと魔界騎士シャイナスも呟く。
関所で見つけた薬、そしてこの村での拉致未遂。
予想通り、このリョムラゴン王国には、デアンホザー由来の技術を悪用した、根深い闇が巣食っているようだ。
「詳しく話を聞かせてもらおうか。その後で、このゴミ共の処分を決めるとしよう」
その言葉に相棒が「にゃおぉ」と同意したように鳴くと、気絶している指揮官の顔をぺしぺしと肉球で叩いた。
続きは明日を予定。




