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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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2022/2161

二千二十一 黒猫のベーコンとイゾルガンデとの別れ


「キサラ、ご主人様は、ルヴォーグレイブだけを試したのですね」


 ヴィーネが豊かな胸を、俺の左腕に押し付けながら聞いていた。


「あ、はい、〝零ノ竜剋面〟や、過去に入手した『戦場のゴースト』が使っていた魔銃剣について、指摘するのも忘れていました。それどころではなかった……<槍組手>による戦いは、非常に、熱かったので」


 と、妖艶な表情を浮かべているキサラは俺の右手の甲から腕を触ってくれた。

 ヴィーネは、一瞬、俺の左腕の肘辺りを強く握って腹のほうに引き寄せていた。


「「……」」

「でしょうね~」

「まったく! でも、昨日の夜から~結構~可愛がってもらったから許す」


 レベッカは胸を張る。

 皆にもだが、それなりにがんばった甲斐があった。

 <仙血真髄>を用いた加速は皆のためにもなる。


 だからこそ、ぐっすりと寝られたんだろうか。


 といった会話をしながらの、高級ハムエッグ的な朝食を楽しんでいく。


「〝大バイオル肉〟の串焼きも美味かったけど……」


 レベッカの言葉に頷く。


 分厚いベーコンが滅茶苦茶に美味い、胡椒のような香辛料とチョットした辛みのあるスパイス、山葵味のタレもあるし、朝からなんつう、高級料理だよ。と、冷たいスープも飲んでいく。


「……この冷製スープも普通ではない」


 舌の上で転がすと、濃厚なコクと共に清涼な香草の風味が鼻腔を抜ける。出汁が未知数……。

 深層に生息するとされる甲殻類モンスターか、あるいは迷宮産の特殊な植物か……。

 『月詠みの寝台』のシェフ、素材選びからして只者ではない。


 レベッカとユイたちも喋りよりも、美味しい食事を主軸にしていく。


 そこに、「ンンン――」と喉声を響かせながら机に跳び乗ってきた黒猫(ロロ)

 大きい皿に載っているハムまっしぐらと言わんばかりに、のそりのそりとした、恐る恐るの動きで、大きい皿に近づいている。


 その黒猫(ロロ)は強引に奪えると思うが、俺をチラッと見て、瞬きを行った。


 可愛い。


「はは、ハム目的だろ? だが先程、そこに出したカソジックは……あ、なるほど、もう食べきっていたのか、速いな」


 と、聞くと片足をあげる黒猫(ロロ)は、「にゃおぉ~」と返事をした。


 その早くクレ的なニュアンスに、頷き、分厚いベーコンを切ってから、大きい皿を相棒の近くに寄せ、


「では、これを食べていいぞ――」

「ンン」


 喉声を響かせつつ、ベーコンの匂いを嗅ぐ。

 また恐る恐るといった動きで、片足をベーコンに近づけている。


 爪が出ていた。


「はは、遠慮せずに食べていい」

「にゃぁ~」


 黒猫ロロは甘えるようにひと鳴きすると、瞬時に野生の顔を見せた。ベーコンの端っこに爪を器用に引っ掛け、手元へ引き寄せる。

 ガブッと咥えガブッと咥え、一度机の上に落としてから、頭を振って食らいつく。上手く噛み切れないのか、上半身を仰け反らせ、両前足で踏ん張るような仕草を見せる。


 ゴムのような弾力があるのか、一度諦めた。

 だが、再び頭を下げ奥歯でハムハムと咀嚼していく。 必死に肉と格闘するその姿、なんとも愛らしい。


 今度は、反対側へと頭部を傾け、奥歯で、またも肉を噛み噛みしていった。


 皆、その黒猫ロロが食べる姿を微笑ましく見つめていた。


「ロロちゃん良かったですね~」

「うん、美味しそう~」

「「はい」」

「私、カリカリとした餌を食べている時も好き」

「あぁ~分かる、なんかリラックスできる」

「うん、でも美味しい餌だと、唸る時があるからちょっと怖さもあったりするのよね」


 と、猫界隈が好きな言葉が幾つも飛び交っていく。

 リラックスした空氣が流れていった。


 途中から、レベッカは胸元で輝く〝古竜の血涙ブローチ〟を嬉しそうに撫でている。


 ミスティとクナとセレスティアとアクセルマギナは、テーブルの端に移動し、〝無限の知恵の輪〟と〝禁忌の断章〟の解析データを整理し、今後の運用について熱く語り合っていた。


 そこにベランダから急いで、()()(テン)、ルリゼゼ、カルード、シャナ、ベネット、メル、ヴェロニカ、ゼメタスとアドモスが入ってきた。


 同時に反対側に影の氣配が強まる。


 ヴィーネがゴールドタイタンの金糸でポニーテールにしようと纏めていたが解除し、長い銀髪を靡かせながら、ガドリセスの剣が納まっている赤燐の鞘を持ち上げ、影の方向を見やる。

 

 カルードとユイもそちら側に近づいた。

 影はゼノンだろう。

 

 と、まだベランダには、エヴァたちがいる。

 フー、ファーミリア、ラムー、エトア、キュベラス、セリアとラジオ体操のような体操を行っていた。

 

 ベランダには、カフェにあるようなパラソルと、朝食が置かれている大きいテーブルがあった。


 エヴァがこちらを見て、体操を止める。

 部屋に入ってきたメルたちの顔色は真剣だったから、何事かと思ったかな。


 そして、カルードが、ゼノンらしき影の存在の背後から攻撃できる位置に付く。


 ゼノンも姿を出せばいいのに。

 まぁ、彼の立場を尊重しようか。


 すると、部屋の扉がノックされ、


「シュウヤ様、お客様がお見えです。……『裏の友人』と名乗るドワーフとお連れの方ですが」


 『月詠みの寝台』の老紳士の声だ。

 ドワーフとは情報屋ギムレットたちだろう。

 メルたちがアイコンタクトを行う。

 皆の視線が一瞬にして鋭くなった。

 

 カルードは怪しい影の氣配の横から動かず。


 情報屋ギムレットが、魔通貝ではなくワザワザ、ここに足を運ぶ理由は、〝黄昏の爪〟の壊滅的な状況から、イゾルガンデの天秤が、完全に、こちら側に傾いたってことだろう。

 

 イモリザは、


「キュピーン! そこにいるドワーフとは、邪神シャドウの駒の可能性のお方?」


 と髪の天辺をレーダーアンテナのように立てて語ると黒猫(ロロ)がそれを見上げ「ンン」と反応していた。


 ヴィーネは、イモリザに、苦笑し、


「ふふ、ギムレットは【蒼海の氷廟】の二人と似た立場ですよ」と発言。


 その皆の様子を見ながら、


「通してくれ、待ち人だ。情報屋だろう? 入ってくれ」


 扉が開かれると、やはりギムレットが立っていた。


 上等な衣服に身を包んでいる。

 スラムでの殺伐とした姿とは打って変わり、どこか愛嬌のある商人のような風情、だが、その瞳の奥にある老獪な光は変わらない。

 そのギムレットの背後にいるガスコインとバフィセーヌは、皆に向け会釈していた。

 

 先頭のギムレットは、


「失礼する。シュウヤと皆、おはよう。そして、朝っぱらから、まったく、豪勢な部屋で優雅なもんだな」


 と快活に喋ってきた。

 片腕を上げ、「おう」と挨拶し、


「で、〝天秤〟の具合はどうだ?」


 と笑みを交えて聞く、

 ギムレットは、「ふっ、分かってんだろうに」と微笑を浮かべ、肩をすくめた。


 そのまま皆に一礼する。


 その視線は、特にレザライサ、シキ、キッカ、アドリアンヌたちの上でわずかに止まる。

 より丁寧な礼へと変化した。


 イゾルガンデでの仕事ぶりへの経緯か。

 または同業者……あるいは、修羅場を潜った者同士にしか通じない敬意のようなものだろう。


 一方、カルードは〝星影の隠れ蓑〟の効果を消し、とある場所にフライソーを向ける。

 ギムレットたちもその方向を見ては、薄々感づいたような表情を浮かべてから、部屋に入ってきた。

 そして、


「……おかげさんでな」

「そうだろうな」


 と、俺が言うと、ギムレットは、


「……邪神同士での争いもある。だいぶ傾いちまったよ。あんたらが迷宮の底でデカイ花火を打ち上げてくれたおかげでな。黄昏の爪の幹部は総崩れ、邪神の使徒も消滅……街の裏社会は蜂の巣をつついたような騒ぎだ」


 と言い、羊皮紙の束をテーブルに載せた。

 重い音を立てる。


 それは単なる紙束ではなく、数多の権力者の首を絞める鎖そのものだった。ギムレットの纏う空氣は、スラムでの殺伐としたそれとは違うが、やはりどこか鉄と血の匂いがする。


「約束の品だ。黄昏の爪に出資していた連中のリスト、それと裏帳簿の完全な原本だ。無論、お前たちが掴んでいる、ラドフォード帝国の特定の大貴族と貴族、公爵と三人の侯爵、十数人の伯爵、辺境伯などなど、そして隣国リョムラゴン王国の有力な貿易商会の名、以外の名も入っている」


 と指摘しながらアドリアンヌとレザライサを見やるギムレット。

 レザライサたちは頷いている。


「……仕事が早いな」


 受け取ったリストを見ていった。

 ギムレットは、


「あぁ、当然だろう。お前たちが派手にイゾルガンデの都市と、迷宮の中で、黄昏の爪を叩いた結果だ。特にレザライサ、アドリアンヌ、シキ……お前たちの【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の連中は、仕事が大変よくできるということだ」


 そのギムレットの言葉を聞きながら、リストの中身のチェックを続けた。


 ラドフォード帝国、ハイペリオン王国の有力な大貴族トイラセル公爵の軍部、ヒッアピア王国のトベイラ侯爵の軍部と、そのハイペリオン王国とヒッアピア王国とタータイム王国の国境付近を牛耳る大商会の名が幾つも連なっている。


 アドリアンヌたちが事前に調べた内容以外の情報が網羅されていた。


 これらの一部は、タータイム王国の政変に関わっていた連中と地下茎で繋がっている可能性が高いな。


「……リョムラゴンの『鷲の派閥』に、ラドフォード帝国の『黒蛇商会』か。根は深いな」

「あぁ。金と欲望の蛇口を締めなきゃ、また第二第三の『爪』が生えてくるだけだ」


 イゾルガンデの言葉に、頷く。


「儀式は阻止したが、ここは邪界ヘルローネとの接点だからな」

「たしかに、何度でも起こり得る。また、俺はその天秤の傾きを、『影』から戻してきたつもりだ」

 

 と発言した。情報屋ギムレットもまた強いと分かる。

 そのギムレットはニヤリと笑う。


「で、どうする? あんたらが直接、その蛇口を叩きに行くか?」

「そのつもりだ。この街での用事は概ね済んだ」

「そうかい。なら、この街の残りのゴミ掃除は、俺たちに任せな」


 ギムレットの言葉に合わせるように部屋の隅の影が揺らぎ、仮面の男、ゼノンが音もなく姿を現した。


 昨夜の別れ際と同じ、冷徹な氣配を纏っている。

 そこにいたことは、ほぼ全員が分かっていたが、


「……盗み聞きとは趣味が悪いな、正義の味方殿」


 ゼノンは仮面の下部に手を当て、


「……情報収集と言え……シュウヤ、貴様の判断は正しい。この街に残る邪神の残滓と、混乱に乗じて湧き出る有象無象は、俺と【義遊暗行師会】が処理する」


 と発言。

 ギムレットを一瞥してから俺に向き直る。


「ギムレットの天秤遊びには付き合いきれんが、街の秩序を守るという一点においては、利害は一致している。それに……」


 彼は窓の外、街の何処かを彷徨っているであろう双子の氣配を探るように視線を向けた。


「あの【蒼海の氷廟】の二人もいる。奴らは氣まぐれだが、邪神の臭いには敏感だ。獲物がある限り、この街の掃除屋として機能するだろう」


 アレンとアイナか。

 あいつらなら、放っておいても勝手に邪神の使徒を狩り尽くしてくれるだろうな。


「分かった。イゾルガンデは任せよう。元々が観光だ」

「フン、勝手にしろ。……だが、死ぬなよ。貴様の正義の行く末、まだ見届けたわけではないからな」


 ゼノンはそう言い残すと、再び影の中へと消えていった。ギムレットが、やれやれと首を振る。


「堅苦しい野郎だ。ま、腕は確かだがな」


 ギムレットは立ち上がり、ニヤリと笑って手を差し出した。


「これで取引は完了だ。……いい夢を見させてもらったぜ、〝鉄塊〟の旦那。あんたが通った後は、ぺんぺん草も生えねえが、新しい風が吹く」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 その手を力強く握り返した。


 ◇◆◇◆


 ギムレットたちが去った後、改めて皆を見渡した。


「方針は決まった。イゾルガンデでの活動はここまでだ。次は隣国リョムラゴン王国へ向かう」

「了解です!」

「ん、新しい街、楽しみ」


 キサラとエヴァが頷く。

 師匠たちも、バフハールも、新たな戦いの予感に目を輝かせている。


「魔人武王ガンジスとの決着もまだだが……奴もまた、独自の目的で動いているようだしな」

「カカッ! 奴のことだ、また面白い場所でひょっこり顔を出すだろうよ」


 バフハールが豪快に笑う。

 

「さて、魔界からの定期連絡がそろそろある頃合いだが……」


 と言いつつ、アイテムボックスから、昨夜手に入れた〝古竜と旧神の遺跡地図〟を取り出した。


「この地図、イゾルガンデの十一階層から十四階層に渡る、旧神関連の遺跡もあるが、邪神ノルサグの連中たち黄昏の爪が消えた以上は比較的、安泰だ。だいたい、他の邪神の連中を心配していたら、切りが無いからな」

「ん」

「そうですね、わたしたちがここを護っているわけではない」


 ヴィーネの言葉に頷いた。


「十五層はニューワールドに通じているだろうし、二十階層は、俺たちが旅をしてきた場所、シテア・ストーンで記憶もした。急いで調べる必要はない。しかし、魔宝地図レベル五はまだあるが、それもまた今度で良いだろう」

「うん、旅も楽しいけどね」


 レベッカの言葉に皆が頷く。

 ユイは、


「うん、話を邪神ノルサグたちの件に戻すけど、奴らが起こそうと、狙っていた災厄は、たまたま、わたしたちが、ここの都市に観光に来たから守れた。【蒼海の氷廟】の二人とゼノンに、魔人武王ガンジスたちもいたから、防げたかもだけどね」


 と言うと皆が頷く。

 キサラは、


「はい、ガンジスに関しては、あれなので、省きますが、アレンとアイナとゼノンは強い。情報屋ギムレットがどの程度戦えるのか分かりませんが、たぶんかなり強い。その四者がいても、地上と地下、迷宮内部の掃除となると……相当な時間が掛かったはずよ」


 と分析した。

 メルは、


「そうですね、邪神ヒュリオクスの使徒も現れました」

「あぁ、そうだな」


 ヴィーネは、


「後、魔界側で暴れる側が極端に少ないのは、きっと、魔界王子テーバロンテが倒れた影響でしょう」


 と発言。皆が頷いた。

 妙神槍流ソー師匠は、


「それはそうだろうな。ここから近い傷場は長く魔界王子テーバロンテが支配していたんだから。【デアンホザーの地】の傷場の出入り口は、このフロルセイル地方と直結している。傷場の利用には、魔王の楽譜と魔界楽器が必要とはいえ、それは大きなことだ」


 そう言うと、飛怪槍流グラド師匠が、


「ふむ、だからこそ、〝獅子王〟アルトリウスなどが存在したタータイム王国が、嘗ての七王国の中心として、長く台頭していたと考えられる。また、竜の巣と関連した砂城タータイムなど、王国の〝獅子心の大盾〟の秘宝も持つからな」


 頷いた。

 ヴィーネが、「タータイム王国の建国の祖、〝獅子王〟アルトリウス……」と呟く。


 ミスティが、「そう、黄金獅子レーヴァテイガーを召喚可能ってことだったわね、『代々の王のみが、その真の力を引き出せると言い伝えられてきた。タータイム王国の大軍権の証し』。ガルドスが狙ってきた」


 その言葉に、皆が頷いた。

 国王ラドバン三世を守った戦いでもあった。

 ヴィーネは、


「タータイム王国は、わたしたちの『王婆旧兵』の仕組みと似たような魔傭兵契約を魔界王子テーバロンテ側と行っていた」

「強制でしょうね」

「はい、バビロアの蠱物による恐怖支配、ゼグロンテ率いる邪教の【テーバロンテの償い】邪教の【テーバロンテの償い】が人族側、六王国に広く浸透していた。魔界側も【源左サシィの槍斧ヶ丘】と【レン・サキナガの峰閣砦】などがあったように戦国乱世、丁度良いバランスだったとも言えるかもですが」


 ヴィーネの言葉に、


「そうだな。で、これからだが、砂城タータイムは、俺たちと共に、移動する予定だが、いつでも移動できるからここにいてもいいと思うがどうだろう」


 ミスティが、


「マスター、クナとわたしで、様々な品の解析と、〝無限の知恵の輪〟を砂城タータイムに活かせるかの研究を進めつつ、必要であればルシェルたちに調査を依頼するってのもあるし、普通にわたしたちの行動の後をついてこさせるか、それとも砂城タータイムの中で過ごすかって、マスターなら冒険を楽しむか」


 ミスティの言葉に、


「そうだな、砂城タータイムは俺たちの背後から、距離を取りつつ付いて来させる」


 そこで、アクセルマギナを見ると、


「【鍛冶所】でナノプラント・コア創生コアを得た本体が製作に取り組んでいる〝辺境用・中型戦闘巡洋艦フロンティア・バトルクルーザー〟は順調に製作中です。セレスティアのサイキックエナジーの液体も効いています。量子スピン状態は貴重です」


 ミスティとクナと共に深く頷いた。

 一部は、ワケワカメと言ったように、額に疑問符が浮かんでいる。

 そのことは指摘せず、


「では、普通に歩いて出発するか? この街を出て、西へ向かう」

「行きましょう~」

「冒険~」

「うん、普通に飛ぶんだけど~」


 光精霊フォティーナが先に窓から外に出て飛翔していく。


「「はい」」

「にゃお~」

「「了解~」」


 俺たちは『月詠みの寝台』を後にし、活氣を取り戻しつつあるイゾルガンデの街を歩き出した。


 背後には、『神々の砕環』が静かに輝いている。

 

 観光氣分で訪れた迷宮都市だったが、思いがけず大きな収穫と、新たな因縁を得ることになった。

 だが、足取りは軽い。

 次なる目的地、リョムラゴン王国。

 そこで待つのは、腐敗した貴族か、それとも更なる強敵か。


「にゃ~」


 肩の上で、相棒が西の空を見上げて鳴いた。

 風が、次の戦場の匂いを運んでくる。

 

 皆で、新たな旅路へと踏み出した。

 イゾルガンデを背にし、街道を西へと進む。

 

 周囲の風景は、迷宮都市特有の荒涼とした岩場から、徐々に緑豊かな丘陵地帯へと移り変わりつつあった。相棒は黒豹の姿で先頭を軽快に走り、時折立ち止まっては風の匂いを嗅いでいる。


 俺は馬車の内部で、エトアと、少し、楽器について語り、〝仙女の二胡ディアルレンジ・ストリングス〟で演奏を楽しむ。

 同時に、いちゃいちゃしていた。


 皆もいる。

 馬車に揺られながら、あるいは並走していた。

 すると、


「……ガンジスという男、底が知れませんわね」


 ミスティたちと共に造り上げていた〝無限の知恵の輪〟の資料を見ながら、


「賢竜サイガナンの技術と、黒き環(ザララープ)の欠片を利用して、あの大墳墓を自身の修練場に改造していた……ただ強さを求めるだけの武人が、これほど緻密な仕掛けを施すものでしょうか?」

「あぁ。奴はただの戦闘狂じゃない。武の頂を目指す求道者であり、魔力を用いた鍛冶屋でもあり、冷徹な研究者でもあるようだ」


 俺の言葉に、トースン師匠が紫煙を吐き出しながら頷く。


「うむ。奴は用意周到だ。あのような空間を作り出し、我ら八槍卿の魂まで利用して、弟子を育てていた……まるで、何か『途方もない脅威』に備えて、軍隊を作り上げようとしていたかのようにも見えたが、単なる、己の武力を鍛えるための弟子たちの強化だろうな」

「そうでしょうね。弟子たちが強くなれば良し、強くなければ、死ぬだけ」


 俺がそう告げると、ヴィーネが顎に手を当てて


「弟子を糧に? セレンには少し別の感情もありそうでしたが」


 と指摘した。たしかに……。

 その言葉に、シャイナスが反応した。

 彼女は愛剣の手入れの手を止め、遠い目をする。


「……奴なりの『贖罪』だったのかもしれん」

「贖罪?」

「あぁ。以前話したが、奴はかつて、私の師……『隻腕の剣聖』と呼ばれた男を殺した」


 シャイナスの瞳が、痛みを堪えるように細められる。 彼女がかつて語った『隻腕羅刹となれ』という教え。その源流にある悲劇。


「師は強かった。魔界でも指折りの剣士だったはずだ。だが、ガンジスとの戦いは……一方的だった。師の『隻腕羅刹』の剣技。極限まで削ぎ落とされた一撃必殺の太刀筋を、奴は四本の腕で……暴力的なまでの手数と力でねじ伏せたのだ」


 削ぎ落とされた個の極致である師と、万能とも言える四腕のガンジス。その絶望的な差。


「師は死んだ。そして奴は、傍らで震えていた私を一瞥もしなかった。『まだ熟していない実を摘む趣味はない』……そう言い捨ててな」


 屈辱と、殺されなかったことへの安堵。

 相反する感情が彼女の中で渦巻いているのが伝わってくる。彼女がイゾルガンデで『器』を満たし、【八峰大墳墓】の封印を解こうとした理由。

 それは単なる復讐ではない。ガンジスに見逃された未熟な実である自分が、奴の想定を超えて成長し、奴が閉ざした扉をこじ開けることで、師の、そして自分自身の存在証明をしたかったのだろう。


「……分かる」


 シュリ師匠の低い言葉が響く。

 もろだろうな。

 雷炎槍エフィルマゾルを持った母親リィンカさん、シュリ師匠の師匠様は、魔人武王ガンジスに殺されている。しかも、同じように……。


 俺も、あの時の記憶は強く残っている。

 そのことを噛みしめながらも、魔人武王ガンジスと対峙し、セレンたちへの姿勢から……。


「……だが、奴は【八峰大墳墓】で、八槍卿の魂を封じ、彼らの技を弟子たちに学ばせていた。それは、奪った技をただ消費するだけでなく、後世に残そうとする意志のようにも見える……ガンジスは求めていたのかもだ。自らの『四腕』さえも凌駕する、多様な『個』の力を……」


 と言うと、シャイナスはハッとした表情を見せる。


「だからこそ、私を見逃し、弟子たちを育て……そして、シュウヤ、お前との戦いを愉しんだ。ということか」


 彼女の瞳から、かつての恐怖という名の曇りが消えていく。ガンジスが去り際に残した言葉。そして、この遺跡の謎。すべての要素が、一つの方向を指し示しているような氣がした。


 シュリ師匠たちも頷いた。


「……ガンジスは、このイゾルガンデを去ったか、去らずに、セレンたちの何かのために行動しているか……奴の次なる目的地は、どこだと思う?」


 俺の問いに、バフハールがニヤリと笑う。


「カカッ! 奴は強者を求める獣だ。この地での用が済んだなら、次に向かうのは魔界か、ではなく、<時仕掛けの空間>と関係した地」

「……西の竜の巣か」


 レザライサが地図を思い浮かべるように西の方角を向く。


「フロルセイルの西方……そこに『竜の巣』と呼ばれる未踏の地がある。古来より、最強の種族である竜たちが棲まう場所だ。〝古竜と旧神の遺跡地図〟にも、その方角を示す記述があったな」

「竜の巣……」


 エトアやレベッカが声を上げる。

 賢竜サイガナンとの因縁、そして旧神と古竜の魂を集めていた邪神ノルサグの動向。すべての要素が、西を指している。


 飛怪槍流グラド師匠が、俺をジッと見て、


「……ガンジスたちには、〝双槍の共鳴標〟もあるのじゃからな、シュウヤたちとまた戦いを行いに転移してくるかもじゃ」

「それって、魔城ルグファントに、わたしたちが戻った時にも、また、魔人武王ガンジスがやって来るって流れなわけ?」

「……我らの魂と魔人武王ガンジスたちの魂は……」


 セイオクス師匠らしく謎の魂繋がりの語りだ。

 それを聞くと、不思議と笑ってしまうことがある。


 さて、西の空を見つめながら、


「……まずはリョムラゴン王国の貴族への制裁を済ませるか。傷場でサシィたちに会いに戻るかもだが、ま、『竜の巣』にはいつか向かうとしよう」

「はい!」

「望むところだ」


 シャイナスも、迷いの晴れた顔で頷いた。

 彼女の復讐はまだ終わっていない。だが、その刃は以前よりも澄んだ輝きを帯びているように見えた。師の教えである『隻腕羅刹』の境地を、彼女なりに掴みつつあるのかもしれない。


 そこで、遠い先を見た。


「ん、シュウヤ、イゾルガンデに帰りたい?」

「いや、マハハイム山脈のアキレス師匠たちに会いに行くのもありかなと」

「にゃごぉ~」


 先頭を行く相棒が、振り返って鳴いてから、また振り向き直して、先を走る。


 急かしているようでもあり、未知なる冒険への期待に満ちているようでもあった。


 俺たちは歩みを早めた。

 新たな大地、新たな敵、そして新たな謎が待つ、西の方角へ。

続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版発売中。

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