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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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2021/2158

二千二十話 シャナの鎮魂歌と実験場の終焉


「その名と、今倒した邪神の使徒は、絶対ヒュリオクス関連のはずよ、だから、これ、その蟲のタマゴか育てる物?」


 レベッカの言葉に皆が嫌そうな表情を浮かべる。


「パクスのような存在がここにくるかも?」

「ん、なら直ぐに処分したほうがいい」

「そうですね、さすがにこれは……」

「……皆様は反対されると思いますが、錬金術の素材に流用できるかもですわ……」


 クナの言葉に皆が見るが、あまりいい顔ではない。

 キサラは、


「……それは随分と、危険を孕む実験となりそうです、反対です。また、ヒュリオクスの使徒の目的は、ここで邪神ヒュリオクスの蟲たちの巣でも作ろうとしていたのでしょうか」

「そうでしょうね。または、邪神ノルサグと、その使徒の黄昏の爪の連中と同じく、〝古竜と旧神の遺跡地図〟にある場所で、旧神と古竜の叡智を利用し、異世界を連結させようとしていたのかも」


 ユイの言葉に皆が思案げな表情となってヴィーネが、


「はい、クナなら扱える。と分かりますが、ご主人様も毛嫌いしているのが蟲連中です。悪いですが、処分しましょう。第二、第三の黄昏の爪が誕生するかもですし」


 その言葉に頷いた。


「ん、賛成」

「うん、<血魔力>を込めた蒼炎で燃やす」

「そうですか、分かりました。無理に取得するのもアレですしね」


 クナも納得して引き下がる。

 フーも過去を思い出したように「はい……」と呟いていた。フーを苦しめた寄生蟲カーグルルグ。

 だが、悪い記憶ばかりではない。サイデイルにいるエルザの左腕に共生しているガラサスもまた、元はヒュリオクスの眷属だった。ガラサスは邪神の支配を脱し、共存の道を選んだが……目の前のこれは違う。


 ドクン……ドクン……。


 濡れたような黒い物体から放たれるのは、純粋な悪意のようなモノ。

 周囲の空間を歪めるほどの邪悪な波動は、かつてのパクスが放っていたそれと同質、否、それ以上に濃密な原初の闇を感じさせる。


 相棒が毛を逆立て「にゃごぉ……!」と喉の奥で低く唸った。

 本能的に、この物体が吐き氣を催すほどの敵であると認識しているようだ。

 同感だ。このまま放置すればここから第二、第三のパクスが生まれる可能性すらある。


 そこで、ゼノンと【蒼海の氷廟】の二人も傍にきた。


「『遺物』を前に、随分と余裕だな」

「あぁ、まぁ、俺たちだからな」


 と言うと、ゼノンは少し溜め息、


「ふむ、先程の使徒だが、奴が、ここにいて、お前たちを知っていた理由からして邪神ヒュリオクスの使徒で間違いないだろう。で、そんな使徒たちが残した物。そんな邪悪な『遺物』は、回収せず、さっさと処分したほうがいいだろう」

「あぁ、そのつもりだ」


 と同意すると、アレンが、


「え~『遺物』の一部だよ? ボクたちならそういう品を集めている金持ちか、利用できる方法を考えるからアイテムボックスに入るなら、試したいけど、ダメ?」

「後々の害悪となるかもだぞ」

「えぇ~アイテムボックスに入るか入らないか、試すだけでも、お願い~」


 アイナの言葉に、皆を見た。

 皆、肯定も否定もせず、黒猫(ロロ)は「にゃご」と少し氣合いを込めた鳴き方で応えていた。


 その黒猫(ロロ)とアイコンタクトをすると、黒猫(ロロ)は瞼をゆっくりと閉じてからまた開く。


 可愛い、親愛の情を示してくれた。

 が、すぐに、〝邪蟲の苗床ヒュリオクス・ナーサリー〟に視線を移し、前足から爪を伸ばし、首元から短い触手を伸ばしては、そこから骨剣を生やす。骨剣の切っ先は、かなり小さいが、〝邪蟲の苗床ヒュリオクス・ナーサリー〟をすぐにでも刺せる位置に置く。


 とりあえず、


「……アレンとアイナ、相棒のその声は『油断するな、敵だ』と言っている。だから却下だ」


 きっぱりと告げた。双子は「えぇ~」と声を揃えて不満げな声を上げるが、こればかりは譲れない。


「パクスやカーグルルグの件を知っている身としてはな、これを生かしておくリスクは冒せない。実験材料にするには危険すぎる」

「むぅ……シュウヤが言うなら了解したよ」


 アレンは肩をすくめ、アイナは名残惜しそうに苗床を見つめ、


「残念。蟲の生きた素材は貴重すぎるのに~でも、シュウヤの眷族たちの意見に従うしかなさそうね」

「「うん」」


 二人は納得し、黒猫(ロロ)に近寄り、触手の先端から伸びている象牙のような骨剣を「わぁ~」「ねぇ、ロロちゃん、この骨剣触っていい?」「にゃごぉ……」と嫌そうな声を出しているが動かしていない。


「ロロは触っていいらしいが、すぐに離すように」

「うん」

「分かった!」


 アレンとアイナは人差し指で相棒の触手骨剣を触っていく。それは子供にしか見えなかった。


 そして、ゼノンだが、仮面の下で、安堵の息が漏れたのが氣配で分かった。

 『正義』の執行者として、危険な芽は確実に摘んでおきたいのだろう。そのゼノンは、


「破壊は、賢明な判断だ。いつでも始めてくれ」


 頷き、背後に控えるシャナへと視線を送る。


「シャナ、頼めるか」

「はい」


 シャナは準備を整えていた。

 首元の〝紅玉の深淵〟が淡く輝き、ガスマスク状の装甲<魔声霊道>が微かな駆動音を立てる。

「お任せを、<従者長>としての<血魔力>を得て光と闇の歌は日々グレードが上がっていると自負がある!」


 と、ハキハキとした言葉が響く。

 いい面構えだ。シャナは、


「邪悪な鼓動……私の歌で鎮めてみせます!」


 シャナが大きく息を吸い込む。

 直後、地下空洞の澱んだ空氣を震わせるように、透き通った魔声が響き渡った。


「――アアアアァァァ……♪」


 それは攻撃的な叫びではない。魂の深淵に染み渡るような、鎮魂と浄化の旋律。

 <血ノ鳴魔声(ブラッド・ハヴァオス)>の波長が、黒く脈打つ〝邪蟲の苗床〟を包み込んでいく。


 ギギ……ギギギッ……!


 苗床が嫌悪を露わにするかのように激しく震え、表面から黒い粘液を撒き散らそうとする。

 だが、シャナの歌声が作り出す音の結界がそれを許さない。


「今だ、皆、合わせるぞ! <神聖・光雷衝>!」


 シャナの歌声に合わせ、左手を突き出す。

 掌から放たれた光と雷の奔流が、歌声の結界ごと苗床を直撃した。ジュワアアアアッ! と、腐肉が焼けるような凄まじい音が響き、黒い物体から上がっていた邪悪な煙が白く浄化されていく。


 新しい〝紫苑の魔指輪(アスター・リング)〟を意識すると、一氣に魔力を得た。

 そのまま<血鎖の饗宴>――。

 細い糸のような血鎖が連なりながら螺旋状の細い刃として突き進み、〝邪蟲の苗床ヒュリオクス・ナーサリー〟を貫く。同時に、指環から皆に向け、紫の魔力と共に半透明な囲いのような物が出現していく。


 レベッカも両手から蒼炎弾を繰り出す。

 エヴァも<血魔力>と紫色の魔力が覆っている金属の刃を向かわせた。

 〝紫苑の魔指輪(アスター・リング)〟の加護の魔力の囲いには、味方の攻撃魔法は関係がないようで、安堵した。


 ヴィーネは<血魔力>を込めた戦迅異剣コトナギを突き出し、ユイとカルードもそれぞれの得物を突き出す。

 ルリゼゼも四腕がブレながら何度も〝邪蟲の苗床ヒュリオクス・ナーサリー〟を曲剣で突き出しては、新しく得た〝|双頭の魔蛇槍《ツイン・スネーク・ランス』〟を<魔雷ノ風穿>と似た鋭い槍技を繰り出す。

 

 ルリゼゼは魔剣師だと思っていたが、槍使いとしての腕も相当だな。魔界で相当長い間生きた証しか。


 イモリザも黒い爪を伸ばし、ヘルメも十八番の《氷槍(アイシクル・ランサー)》を繰り出す。

 ファーミリアとヴェロニカはただ、己の<血魔力>を放出させて、〝邪蟲の苗床ヒュリオクス・ナーサリー〟に衝突させていた。


「ンンッ!」


 相棒も加勢するように紅蓮の炎を吐き出した。

 光魔ルシヴァルの光と闇を有した<血魔力>、雷、炎、そして歌。皆の力が重なり合い、邪神の苗床を徹底的に破壊し、焼き尽くし、封じ込めていく。

 やがて、不氣味な鼓動は止まり、ソフトボール大にまで収縮して硬質化した物体が、コロンと床に転がった。


「……終わったか」


 警戒を解かずに近づき、〝無魔の手袋〟で拾い上げる。 先程までの生々しさは消え、単なる乾いた黒い石の塊になっていた。


「ラムー、どうだ?」


 背後で構えていたラムーが、すぐに鑑定杖を向ける。


「……はい。内部の活性化反応は完全に沈黙しました。今は単なる高密度の魔力貯蔵庫……いえ、素材としての『核』の状態です。危険性は極めて低いかと」 「よし。なら、これは厳重に封印してアイテムボックス行きだな」


 黒い石を収納し、改めて周囲を見渡した。

 使徒が守っていた巨大な装置。その周辺には、培養槽の残骸と共に、数冊の分厚い資料が散乱していた。ミスティとクナがすぐに駆け寄り、それを拾い上げる。


「マスター、これを見て」


 ミスティが資料の一ページを指差す。そこには、複雑な魔法陣の図解と共に、見覚えのある紋章が記されていた。


「……黄昏の爪の紋章か」

「うん、それに、ここにある記述……『異界との接続実験』、『混合獣キメラの安定的製造』……彼らはここで、邪神の眷属を人工的に生み出す実験をしていたようね」


 続いてクナが、


「邪神ノルサグの使徒グライや、ここで倒した邪神ヒュリオクスの使徒と目される蟲使いの男も、この実験の『成果』を利用する存在、あるいは『協力者』だった可能性もあります」


 頷いた。

「冒険者狩りか、イゾルガンデの出入り口を通して、セラの地表に戦力を共有する場所を作るための基地造りとかな?」

「はい、あり得ます。この場所で戦力の増強を狙っていたんでしょう」

「うん、邪神ヒュリオクスは、冒険者のパクスを利用し、セラのペルネーテの街に拠点を造り上げていた」


 ユイの言葉に頷く。皆、あの時の戦いは覚えているよな。俺も無数の蟲に体を貫かれ喰われたからな。


 メルは、


「はい、それを考えると、ここを早期に潰せたことは、大きいです。イゾルガンデで暮らす方々の命を守ったことになります」

「あぁ」

「ここを潰せて本当によかったわ」


 レベッカが、破壊された装置を蹴り飛ばすようにして言った。師匠たちも、周囲の残敵がいないかを確認しつつ戻ってくる。


「ふむ。隠れていた鼠どもも、一匹残らず始末したぞ」「カカッ、歯ごたえのない連中だったがな」


 グラド師匠とバフハールが報告する。

 これで、この『廃棄された実験場』の脅威は取り除かれたと考えていいだろう。


 クナとミスティが回収した資料をアイテムボックスに収めるのを確認し、息を吐いた。


 ゼノンは防御用の足下の影を消すと、片腕を挙げ、


「ハッ、終わったな。しかし、ここの連中はSランクパーティの強度を超えている」


 と発言すると、退屈そうに氷の結晶を弄ぶアレンとアイナは、

「遺物は他にもありそうだけど、一先ずはお終い~」

「うん、がんばった。でもゼノンは、遺物を回収するとか言ってたけど、いいの?」


 ゼノンは、

 

「あぁ。『遺物』の回収予定だったが、『苗床』のような物は勘弁だ。破壊もされたし、よしとしよう。これ以上の混沌リスクを放置することは、俺の正義にも、貴様との『協定』にも反するからな」


 ゼノンの声は硬質だが、そこには納得の色があった。 彼は、破壊された装置の残骸を一瞥する。


「貴様らがここを潰す間、俺たちが外の露払いを請け負った借り……これでチャラだ」

「あぁ。そっちが雑魚を抑えてくれていたおかげで、こっちは核の破壊に専念できた。助かったよ」


 短い言葉だが、そこには戦場を共にした者同士の、最低限の信頼と契約の履行があった。

 ゼノンは踵を返すと、背中越しに手を振るでもなく、冷徹に告げる。


「……黄昏の爪の計画は頓挫した。だが、俺の任務はまだ続く。光魔ルシヴァル、貴様の動向も含めてな。……次会う時は、敵として剣を交えるかもしれんことを忘れるな」


 その姿が影のように闇に溶け、消え失せる。

 最後まで、己の正義と任務に忠実な男だった。


「行っちゃったね、素直に最高級の冒険者たちだ、と言えばいいのに」

「うん、ツンツン仮面、ふふ。ま、あの仮面のお兄さんらしいけど」


 双子は顔を見合わせると、ニコリと俺たちに向き直った。アレンが悪戯っぽく笑いながら、腰の袋をポンと叩く。そこには、以前の戦利品分配で彼らが手に入れた短剣『邪神喰らいのノルサグ・イーター』が入っているはず。


「ボクたちは、前もって『イーター』をもらってるし、今回の『苗床』だった物は、シュウヤに譲るよ。壊しちゃったけどね」

「ほんとは少し欲しかったけど……まあ、シュウヤが『危険だ』って言うなら、今回は引いてあげる。それが『冒険者』としての約束だもんね?」


 アイナが意味深にウインクをする。

 彼らは彼らなりに、この臨時パーティでの取り分と役割を計算していたようだ。

 今回は、情報を得られたことと、以前の報酬で満足しているということか。


「物分かりが良くて助かる。それに、お前たちが外で暴れてくれたおかげで、こっちは随分と楽ができた」 「あはは! でしょ? ボクたちの魔法、凄かったでしょ?」

「えぇ、お陰様で、私たちは解析と封印に集中できましたわ」


 クナが微笑むと、二人は満足そうに胸を張った。


「じゃあ、ボクたちはここらで失礼するよ。この街には、まだ『面白いこと』が隠れてるみたいだし」

「うん。シュウヤたちが見つけた黄昏の爪の情報の残り……私たちも独自に追わせてもらうわね。それが今回の『協力』の対価ってことで!」


 双子は手を振ると、足元から氷の霧を発生させ、その中に姿を消していった。彼らもまた、独自の目的と損得勘定で動いている。だが、少なくともこの一件に関しては、頼もしいビジネスパートナーだったと言えるだろう。


「……さて、全員行っちまったな」


 静寂が戻った実験場を見渡し、肩の力を抜いた。

 一時的な共闘関係はこれで解消だ。


「はい。彼らなりの『仁義』は通してくれたようです」「ん、次は敵かもしれないけど」


 エヴァの言葉に頷きつつ、俺は懐から〝帰り葉〟を取り出した。


「さあ、俺たちも帰ろう。イゾルガンデの街で、アドリアンヌたちが待っている」


 魔力を込めると、葉が淡い光を放つ。

 視界が白く染まり、地下の腐臭が遠のいていく。


 ◇◇◇◇


 翌朝。カーテンの隙間から差し込むイゾルガンデの朝陽が、瞼を優しく叩く。まどろみの中で、頬にふにふにとした柔らかな感触があった。


「……ンン、にゃ……」


 目を開けると、目の前にドアップの黒猫の顔。

 相棒が俺の顔を覗き込み、前足でぺしぺしと頬を叩いて起こそうとしていた。

 ωのような小鼻が、ふがふがと動いている。


「おはよう、ロロ」

「にゃお!」


 可愛い。身を起こすと豪奢なベッドの上には、昨夜の愛の余韻を残したまま眠るヴィーネとキサラの姿があった。シーツから覗く白い肌が朝の光を受けて輝いている。 


 安らかな寝顔に自然と口元が緩む。

 すると、ヴィーネが起きて、


「あ、ご主人様、ひさしぶりに寝る~と言っていましたが、本当に……」

「おう、最近ではレアだな。なかなか快調に寝ることができた」


続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

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