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二百一話 闇ギルド【白鯨の血長耳】

2021/01/15 ほぼ書き直し。

 ◇◆◇◆


 ここは【塔烈中立都市セナアプア】の空中都市。

 【塔列都市セナアプア】とも呼ばれる。

 蒼穹を眺める高級部屋の一室だ。

 その部屋の無垢な椅子から立ち上がった大柄のエルフ女。


 大柄のエルフ女は肩幅もある。

 そして、自らのプラチナブロンドの前髪を邪魔だと言わんばかりに退かすや、速やかに葉巻の魔煙草を口に咥えた。


 そして、紅色が綺麗な唇元から「んぅ……」と色っぽい声を発しつつ――。

 体を前に傾けた。

 口に咥えた魔煙草の先端を机に固定された魔銃ゲサナハルトの銃口に寄せる。

 その魔銃ゲサナハルトのリアサイトとハンマーのスイッチを指で押すと、銃口からライターとしての火が迸った。大柄のエルフ女は、その迸る火を凝視しつつ口先の魔煙草に火を付けると空気でも吸うように魔煙草を吸いつつ健康にいい煙を肺に取り込んだ。


 煙を吸った大柄のエルフ女は清々しい表情を浮かべて、


 サーマリア経由の高級魔煙草だ。

 美味しい……。


 と、素直に心で称賛。

 魔煙草の先端の火力を強めるように煙を勢い良く吸った。

 煙を味わう大柄のエルフ女は、背筋を伸ばしつつ深呼吸でもするように、高まった魔力を全身へ行き渡らせた。

 

 リラックスした大柄のエルフ女。

 その高まった魔力を銀色の魔力として体の外へと放出。

 すると、恍惚とした表情となった。


 それは仲間の組織員に見せたことのない女としての表情だ。

 

 そして、自らの服の表面を銀色に変化させるように、銀色の魔力を体に纏った。

 更にその銀色の魔力を体内に戻すように銀色の魔力を吸収した。


 それは銀色の魔力を自らの皮膚と筋肉に染みこませる特殊な魔力操作だ。


 類い希な魔力操作能力の一環。

 大柄のエルフ女は、そんな繊細な魔力操作を実行しつつ木製に納まる硝子の出窓に向かった。


 常人の<魔闘術>を扱う者なら立っていられる状態ではない。

 が、大柄のエルフ女は自然体だ。

 大柄のエルフ女は涼し気な表情のまま、白雲が棚引く蒼い景色を眺める。

 

 そして、自身の頬の傷を指の腹で触りつつ物思いに浸った。


 すると、背後に魔素の反応。

 大柄のエルフ女は、その魔力に気付いている。


 が、構わず、窓から見える蒼穹を眺め続けた。その背後の扉が開くと、


「――総長、ヘカトレイル支部長代理クリドススが姿を見せました」


 外の景色を見ていた大柄のエルフ女を総長と呼ぶ男。


 総長の大柄のエルフ女は、プラチナブロンドの長髪とマントを靡かせつつ振り向いた。


 大柄のエルフ男は敬礼で応える。

 その額には特徴的な刀傷があった。

 過去の戦争の傷と分かる。


 総長の大柄のエルフ女は、その大柄のエルフ男を鋭く睨んだ。


 大柄のエルフ男は微動だにしない。

 軍人然とした態度を崩さず。


 総長の大柄のエルフ女は、その大柄のエルフ男の態度を見て、満足気な表情を浮かべてから頷くと、軍隊式の敬礼で、その大柄のエルフ男の挨拶に応えた。

 

 部下の大柄のエルフ男。

 総長の大柄のエルフ女が手を下ろしたのを確認すると、敬礼を解いた。


 総長の大柄のエルフ女と大柄のエルフ男からは、ある種の風格を感じさせた。


 その風格がある総長の大柄のエルフ女は、


「通せ」


 と、指示を出した。


「はっ」


 大柄のエルフ男は、再び、敬礼。

 手を胸に当てる。

 軍隊式の敬礼。

 先ほどの敬礼とは違う。

 大柄のエルフ男は、その敬礼を解くと、踵を返す。


 廊下に出た大柄のエルフ男。

 手前に待機させていた者に向けて、


「ここで止まれ」


 と指示を出していた。

 大柄のエルフ男は、部屋の中にいる総長に頭部を下げてから、


「――失礼します」


 律儀に発言した大柄のエルフ男は、そそくさと歩いて、総長の大柄エルフ女の背後へと移動した。


 大柄のエルフ男は、総長のプラチナブロンドの美しい髪を見てから、胸を張るように自身の背中へと両手を回す。


 姿勢を正した大柄のエルフ男。


 前方の扉の外で待機していた者に向けて「入れ!」と男らしい声で指示を出した。


 待機していた者は反応。


「――総長! ただいま~」


 部屋に入ってきたエルフ女の声は、森林に木霊する美しい鳥を思わせる。

 そして、小柄のエルフ女は、踊るように部屋に入った。

 

 総長の大柄エルフ女と大柄のエルフ男とは正反対な態度と声だ。


 元気のいい小柄のエルフ女は、銀色と緑色のメッシュの短髪を揺らしつつステップダンスを実行しながら――。


 総長の大柄エルフ女に近付いた。

 片方の口の端を上げた総長は、


「クリドスス、遠いところからの任務ご苦労様ね」


 と、語る。それは冷たい笑顔と呼ぶべき表情と声だ。小柄のエルフ女のクリドススとは態度も声も違う。


 総長らしい声の質。

 独特な、ざらついた女性の声だ。


 クリドススは、


「うん、頑張ったよ。総長は元気?」

「元気よ――そんなことより報告を早くして頂戴」


 総長の大柄エルフ女は椅子に座ると、両肘を机の上に置くように胸の前で両手を組んだ。

 彼女の癖の一つでもあるが、話を聞く態勢だ。


 お道化た様子を見せていたクリドススは一転して厳しい表情を表に浮かべる。


 小さい唇を動かした。


「……はい。【宵闇の鈴】は崩壊させましたが、斬殺のポルセン、氷鈴のアンジェ、そして、例の蘇りのドワーフは取り逃がしてしまいました」


 総長の大柄エルフ女は表情を歪めた。

 唇を噛むような仕草から、


「チッ、そいつに同郷は何人殺された?」

「十人……雑魚を含むと無数に殺されましたネ」

「失態だな。クリドスス、蘇りのドワーフはどこに消えたんだ?」

「ここ【塔烈中立都市セナアプア】か、【迷宮都市ペルネーテ】だと思います」


 頷いた総長の大柄エルフ女は、肩幅が広いことを示すように両腕を広げつつ、


「――フンッ、過去の戦争がここでも付き纏うとはな。が、この都市に来るのなら……好都合だ。わたしが直接この手で屠ってやろう」


 そう語ると、嗤っていた表情を崩し、


「それで、クリドスス、報告はそれだけではないのだろう?」


 と、聞いていた。


「えぇ、はい。取り逃がした【宵闇の鈴】幹部の惨殺のポルセン、氷鈴のアンジェが迷宮都市ペルネーテの【月の残骸】に加入した事が確認されました。更に、迷宮都市ペルネーテと魔鋼都市ホルカーバムで最大勢力だった【梟の牙】が崩壊すると、ペルネーテ内において闇ギルド同士の抗争が勃発。その抗争に勝利したのは【月の残骸】となりました。彼らは現在、迷宮都市ペルネーテの最大勢力となっています」


 報告を聞いた総長の大柄エルフ女は、隣の額に傷がある大柄エルフ男に視線を向ける。


「軍曹、その情報に間違いはないな?」

「はい。付け加えるならば、【槍使いと黒猫】、【紫の死神】、【魔槍の鬼】と【血祭を歩む槍使い】と、噂に上っている人物の名が上がらない事ですかね」


 クリドススも冷たい眼差しを軍曹と呼ばれた額に傷がある大柄のエルフ男に向けた。


「――メリチェグ、詳しいんだネ」

「クリドスス、お前と仲がいいオセべリアの犬だが、他とも繋がりがあるんだよ」

「フランですか。さすがは総長、血長耳じゃなくて地獄耳ですネ」


 クリドススは皮肉を込めた言葉を吐きながら、視線をメリチェグから女エルフの総長へと戻していた。


「そう粋がるなクリドスス。保険は何処にでもあるものだ」

「知っているなら、何故、ワタシを?」

「お前はあの槍使いと接触していたからな。直接、その様子を聞いてみたくなったのだよ」


 エルフ女の総長は、蒼い目の片方を醜くぎょろりと動かし微笑む。

 その恐怖を感じさせる顔色に、クリドススは怯えた表情を一瞬浮かべ、


「そ、そうですか。接触した当初は敵対するそぶりは見せませんでした。彼は、〝俺に【茨の尻尾】がちょっかいを出したら潰す〟と、豪語していました。そして、本当にその【茨の尻尾】が潰れまして……表向きは【影翼旅団】のメンバーが潰したらしいですが、ワタシは、彼が原因かと推測しています。因みに、ワタシたちのギルドへと彼を誘いましたが断られたので、闇ギルドに関わりたくないように見えましたネ」

「……それが今では【月の残骸】のトップか」


 総長は乾いた笑い声と共に、口の端を上げながら呟く。


「ええ、はい」


 クリドススは苦虫を喰ったような表情を浮かべる。

 全部、自分が話した事を、総長が既に知っていたからだ。


「……【茨の尻尾】、魔竜王退治に参加、【梟の牙】、槍使いが進むところのすべて……が血祭となっています」


 メリチェグが総長へ情報を付けたす。


「面白い。どの程度か、直接対峙してみたいものだ」

「総長、蘇りのドワーフの件といい、冗談が過ぎますよ」

「ふっ、軍曹……血祭だぞ、昔を思い出さないか?」


 総長は視線を窓ガラスの向こうに映る空の景色へ向けながら過去を思い出す。



 ◇◆◇◆



 約千年前に祖国ベファリッツ大帝国が、民族蜂起運動により各地で紛争が勃発。

 内戦は人族、ドワーフだけでなく、同じエルフ部族の軍閥同士にまで発展し激化の一途を辿る。

 更に、禁忌の魔法により皇都キシリアが完全に崩壊したのが、約八百年前。

 そんな滅亡に向かう内戦中にベファリッツ大帝国特殊部隊【白鯨】たちが見守る前で、わたしは生まれた。

【白鯨】を率いる隊長の名はガルファ・フォル・ロススタイン。

 わたしの父だ。

 今は家業から少し身を退いて【塔烈中立都市セナアプア】の下界都市にあるホテルキシリアの世話人である。


 父が率いる特殊部隊【白鯨】は各地を転戦していた歴戦の部隊。

【白鯨】がいる戦場は必ず勝利することで有名だった。


 そんな戦場でわたしは父と皆と戦場に育てられた。

【白鯨】を率いた父と一緒に死に物狂いで転戦を繰り返す。


 すると、ある地方で、司令官の父から指令を受けた。


「レザライサ大尉、直属の第一分隊長、第二分隊長を指揮して、敵のドワーフと人族で構成された輸送隊の一隊を撃破し攪乱してこい」

「分かりました。――メリチェグ、クリドスス。兵士を纏めて五分後、前線にあるグルマの街道沿いの森に集結だ」

「はい」

「わかりました」


 五十名程度の別動隊を率いて、街道の両脇にある森の中で待機した。

 そこに黄金の兜をかぶるドワーフたちが率いる荷馬車を連れた輜重隊が街道を通る。

 わたしは魔剣ルギヌンフを掲げ、


「地の利は我らにある! アレを一気に殲滅、物資も奪え! 【白鯨】の出撃だ!」


 大声で激励するように指示を出す。

 そして、銀の魔力を体から出した。


 ドワーフと人族の混合輜重隊へと駆けた。


「――大尉に続け」

「――大尉! 速い」


 自ら先陣を切る。

 魔剣ルギヌンフで、ドワーフの数名を袈裟斬りで切り伏せた。


 隊長クラスのドワーフと対峙となった。

 両手槍を持つドワーフ。


 ――間は作らない。

 <銀蹴り>で地面を強く蹴る。

 ――突貫だ。


 魔闘術の発展型の銀魔力で身体能力を強めたまま、ドワーフとの間合いを零とした。


 銀魔力を魔剣ルギヌンフへと込めながら魔剣ルギヌンフを振り抜く。 

 同時に<速剣・喰い刃>を発動――。

 ――胴抜き軌道の魔剣ルギヌンフの幅広の刃から喰い刃の化け物が――。


 にゅるりと出現した。


 その喰い刃の化け物は、獰猛さ極まる鮫の歯牙を擁した塊。

 が、内実は違う。


 様々に名のある幻獣と魔獣と神獣の歯牙が合成された牙の塊だ――。


 それが、わたしの持つ魔剣ルギヌンフが持つ<速剣・喰い刃>の能力。


 その喰い刃の化け物が、黄金鎧を着るドワーフの胴体を喰らった。


 ドワーフを平らげた喰い刃の化け物は、姿を収縮させつつ魔剣ルギヌンフの中へ納まった。


 魔剣ルギヌンヌはゲップのような銀色の魔力を放出――。


 隊長のドワーフを倒した。 

 その血塗れた魔剣ルギヌンフを天に掲げて、


「――隊長の首を討ち取ったぞ!」


 と、力強く宣言。

 我らの勝利が決定的となると、抵抗を続けていたドワーフと人族の兵士は投降してくる。



「さすがは大尉だ」

「大尉の素早さはクリドススを超えている」

「……負けは認めたくないものですネ」


 こうした小規模ゲリラの戦いは暫く続いた。どこに行こうと厳しい戦いの連続だ。


 が、必ず我らは生き残る。

 勝利をもぎ取っていた。

 しかし、帰る国がない我ら。

 どんな屈強な兵士たちとて……。

 

 死にやすくなるのは常……。

 徐々に同胞たちは戦場で散った。


 我らの【白鯨の血長耳】たち。

 司令官の父の指揮の下……。

 三百年近く、北マハハイムから南マハハイムの各地で転戦を繰り返す。


 屈辱に紛れて犠牲を払いつつも過酷な逃亡戦を生き抜くことができていた。


 そして、いつの間にか……。


 戦場から帰ると長い耳が血で真っ赤に染まっていたことから【血長耳】と呼ばれるようになったのだ。


 現在の通称も【白鯨の血長耳】だ。


 更に、リーダーは司令官から総長や盟主へと呼び名が変わる。

 父から【白鯨の血長耳】を継承し総長の座を受け継いだ。


 名前はレザライサ・フォル・ロススタイン。


 そんなわたしを一番支えてくれているのは軍曹こと副長だ。

 千歳超えのエルフ男。名はメリチェグ。

 無明の剣術師と呼ぶ凄腕の剣士である。

 彼は父ガルファの下で、第一分隊を率いて戦場を生きた強者。

 そんな強者の軍曹たちと分隊を率いていた皆で、南マハハイムの主戦場を戦い抜いた。

 時が過ぎて、人族たちの国が乱立し、戦国乱世の時代に突入。その戦国乱世の時代になると、人員が更に死ぬことになった。


 父の方針もある。

 古くからの同胞を大切にして、幹部候補をあまり増やしていないからだ。

 そうした影響で確実に【白鯨の血長耳】の最高幹部たちは数を減らしていったが、南マハハイムの有力な人族の豪族を利用しつつ情勢が比較的安定していた三角州の【塔烈中立都市セナアプア】に辿り着くと状況が変わる。


 我らの兵力が失われることが減った。

 だから、わたしは父の教えを受け継ぎながら、この【塔烈中立都市セナアプア】を新しい拠点とした。


 表の人族の豪族たちと表裏一体の戦術を駆使しつつ裏から各地の戦争に加担。

 裏稼業に専念するようになると闇ギルドの【白鯨の血長耳】として発展を遂げる。


 着実に勢力を広げた。


 我々は長年戦争をしてきたエルフたちだ。一兵卒も剣、弓、槍、といった武術に長ける。誰もが一級品の腕前を持つ。

 

 信号のやり取りも特別だ。

 貴重なベファリッツ特殊部隊で使われていた古い魔道具を中隊長と小隊長に持たせつつ遠くから連絡を取り合いながら迅速に作戦行動に移す方法。

 

 これも昔から変わらない。

 一定の範囲内でしか使えないことが残念だが、日々改良は続けている。


 そして、【白鯨の血長耳】の普段は、わたしが直接命令をしなければ、他の闇ギルドと戦いには発展しない。

 が、同胞のメンバーが殺された場合は、別だ。その殺した相手を執拗に追いかけ家族諸共、関係者のすべてを潰す。

 

 我々【白鯨の血長耳】は、現在も昔と同じ方法で【塔烈中立都市セナアプア】の裏社会を生き抜いている。


 表の権力者の評議員共、大商人、魔族、冒険者、商人と繋がりのある闇ギルド、他、無数の欲にまみれた愛憎劇を繰り返す、闇の坩堝だからな。


 そこで、だ。


 我ら白鯨の人員を奪った、あの腐れ蘇りドワーフは放っておいても……。

 いずれは網に掛かってくるとして……。

 惨殺のポルセン、氷鈴のアンジェが【月の残骸】へのメンバー入りとなると話は違ってくる。


 彼らに全面戦争を仕掛けてもいい。

 が……場所が、場所だ……。

 違う都市なら戦争も考えたのだがな。


 オークションが毎年ある都市。

 我々が手を伸ばしていない都市でもある。


 そして、聞いている通りの実力を持つ槍使いが、そのトップとなると……。

 

 一筋縄ではいかないだろう。


「総長……思考中に申し訳ありませんが、アドリアンヌからの推薦状にはサインをしますか?」


 アドリアンヌか。

 彼女は帝国に巣くう闇ギルド【星の集い】の盟主。

 見た目は人族だが、とうに数百年は生きている。

 アドリアンヌの内実は、わたしと同じエルフか、若返りの秘薬をたっぷりと使ったのか、或いは……魑魅魍魎か。


「……あぁ、もうサインはしてある。ここにあるから持っていけ」


 わたしは机にある羊皮紙の書類へ視線を向けた。

 そこには【月の残骸】の盟主、シュウヤ・カガリを八頭輝へ推薦すると記してある。


「はい、では失礼を」


 軍曹ことメリチェグは、その書類を掴み確認してから部屋を去った。


「総長、王国の貴族たちと繋がりが深かった【梟の牙】も消えたし、もしかして迷宮都市へ乱入するの?」


 クリドススは戦争がお望みか。


「……仲間の仇はとことん追い詰めることが【白鯨の血長耳】の筋。が、相手はあの槍使いだ。それに地下オークションは開催してもらわねば、我らも困る」

「あ、出品用の品をエセル界から手に入れたのですか?」


 その通り。

 父と精鋭たちを連れての探検は、中々の暇つぶしに使える。

 この都市に連なる次元界、エセル界には未知なる物が多いからな。

 こちらも気を付けねば、すぐに死ねるが……。


「……そうだ。少し大きいがこの世界には、〝いないモノ〟を手に入れた。高値が付くだろう」

「ふふ、総長は準備が速いですネ。そして、エセル界に行くことが可能な大扉の間の研究は……捗っているのですか?」


 クリドススは笑いながら話す。


「専門の研究家には大金を払っている。文字の翻訳も順調だ。ただ、彼は強くないので、直接、中には連れていけないのがな? 本人も凄く残念がってはいたが……」

「なるほど、またワタシもエセル界へ連れて行って欲しいです」


 ふむ。連れていってもいいが……。

 最近、我らの縄張りに顔を出しているあいつらの事を聞いていない。


「……連れていってもいいが、お前に任せてあるヘカトレイルで動きを示していた【影翼旅団】はどうなっている?」

「今は大人しいですよ。【鉱山都市タンダール】では暴れてますけどね。ガイガルの影を潰し、【大鳥の鼻】と【魔神の拳】と戦争中です」


 こないだの一件以来、我らからは手を引いたのか?


「……セナアプアにある【影翼旅団】の支部はこの間の事件以来、動きはなしか」

「えぇ、はい。ここの都市にいたのは総長が対処したのでしょう?」

「あぁ【ロゼンの戒】にオセべリアの女狐からの情報も役に立ったからな」


 猫獣人(アンムル)の妖刀持ちの女剣士と特殊な魔鋼使い。


「そのわたしに傷をつけた一人魔鋼使いは、パルダと名乗っていた。全身に特異なる黒色の鎧を装着した強者。もう一人は太々しい態度の猫獣人(アンムル)。両方ともわたしの速剣にも対応してきた強者だったよ」

「……総長に傷をですか……強者ですが、許せないですネッ、ワタシがオシオキをしてやる」


 確かにクリドススならば……。

 だが、確実に勝てるのは一対一の状況下だろうな。

 女剣士も魔鋼使いも特異なスキル持ちで攻防力が巧みであった。


 わたしは<速剣・喰い刃>でバランスを崩せたが。

 クリドススとは違い、軍曹なら二対一だろうとわたしと同じように対処は可能と予想ができる。


「……ふん、笑わせるな、お前なら片方が相手ならば勝てると思うが、二人同時だと互角か負ける可能性もあるだろう……」

「ワタシだって、成長はしているんですから、戦えばわかりません」


 クリドススはわたしに対して不敵な笑みを浮かべる。

 まぁ【白鯨】の第二分隊長だった女だ。

 言うだけの成長はしているのだろう。


「……そうか、もし【影翼旅団】と戦う事になったら期待しているぞ」

「はいっ」

「そして、ペルネーテの【月の残骸】はまだ様子見という事にする。少なくともオークションが行われる前までは、槍使いに、八頭輝として頑張って貰おうじゃないか……」


 わたしが笑みを浮かべると、クリドススが冷や汗を浮かべていた。

 ……失礼な奴だ。


「……総長、ここに来る時に耳にしたのですが、【梟の牙】の元女幹部が生きてこの都市に戻ったと知らせを聞きましたが……」

「あぁ、弓の暗殺者か……」


 傷が疼く。


「それなら聞いたが、こっちもこっちで忙しくてな。今話していたように【影翼旅団】と評議員絡みの戦闘に、オセべリアの戦争、サーマリアではあの、切れ者の侯爵が一夜にして姿を消し組織が全滅したとの怪情報が行き交ったからな……お陰でサーマリアの工作員の炙り出しに成功し、始末はできたが……」

「サーマリアのは、巨大竜の仕業と聞きましたよ?」


 クリドススは顎に指を当て、斜に顔を傾けながら疑問を投げかけてきた。


「どうだろうか。バルドーク山にいた古代竜は討伐されたと聞いていたのだがな……ピンポイントに侯爵を狙い殺す巨大竜がいると思うか?」

「オセべリアの大騎士、或いは、皇太子自ら古代竜を操り……ないですネ」


 彼女は笑いながら喋る途中で、わたしの鋭い視線を感じて、冗談を途中で止めていた。


「ないな……しかも戦争中だぞ」

「はい、分かってますって……一々、怖い顔を向けないでください」

「これは生まれつきだ……」


 こいつとは……古い付き合いだが、性格が悪いのは変わらない。


「すみません、悪気があって言いました。テヘ、総長、それでその戦争ですが、最近の西方による戦いでオセべリアは負けたらしいですネ。オークションが行われるペルネーテが戦場になる前に対処はしたのですか?」


 盟約を結んだオセべリアが潰れても一向に構わんのだが、ペルネーテの場合となると話が違う。昔から地下オークションの場であり、我々闇ギルドの一時的な中立の場になるところだ。


「……一応は盟約通り活動はしている。乱剣のキューレル、後爪のベリ、魔笛のイラボエが率いる一隊が、間延びした戦線の補給路を断っているはずだ。今頃は帝国も攪乱しているはず。オセべリアも大騎士が率いた援軍が行くと決まったからな。太湖都市ルルザック辺りで持ちこたえるだろう」

「なるほど! 我らの隊長クラスが三人も……なら余裕ですネ。ですが、たかが陽動に三人も必要でしたので?」

「あぁ、アドリアンヌから、気がかりな情報があったからな」

「どんなことです?」


 クリドススは興味を持ったらしい。


「特陸戦旅団だけでなく、数は少ないが極めて優秀な一団が存在しているとな。だから、念のためだ」


 本来ならば、キューレル一人だけで事が済むが……。

 オセべリアがこうも連続で負け戦をする裏には何か理由があるのは確実。


「そんな奴らがいるのでしたら、オークション前ですが、例の槍使いと事前に接触し彼に戦争の一端を握らせるように仕向け、その優秀な一団と戦うように仕向けたらどうです?」

「……その槍使いはオセべリアに対して特別な盟約を結んでいるわけではない。戦場になっても構わない思考の持ち主かもしれん。それに彼の下には、仲間殺しがいるのだぞ?」

「仲間殺しは、オークションの後にでもゆっくりと暗殺すればいいじゃないですかァ。あ、でも、槍使いを怒らせてしまいますネ。彼の戦う姿は見ていませんが、最低でも八槍神王位の上位クラスの実力なのは間違いないとして【梟の牙】を全滅させる手腕と行動力。そして、あっさりと【月の残骸】の盟主に上り詰めたのは間違いないですから……更に上の総長並みの化け物クラスだったら、触らぬ神に祟りなし状態かもしれません」


 クリドススは、子細顔を作っては空を嘯くように表情を変えつつの、コロコロと意見も変える。

 内実は飄々とした憎たらしい女ではあるが、顔は一級品だ。


 化け物クラスの槍使いも〝男〟だ。

 或いは……。


「……お前は槍使いと面識があったな。お前も黙っていればいい女には見える。彼を落とせる自信はあるのか?」

「ないです」


 ニコッとした自信満面の顔で即答か。


「……なら、この話はこれで終わりだ」

「総長、そう言っていますが、何かを期待する顔ですネ?」


 ふん、クリドススめ……いい笑顔だ。

 彼女はわたしの表情から考えを読み取るのが、いつも速く巧みだ。

 戦場でもいつもそうであった。だが、彼女へわたしの考えを明かすのは、まだ先だな。

 戦争の動向次第といえよう……。

 戦は水物、キューレルからの報告を聞いてからでも遅くはあるまい。

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