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二百話 帰還

2021/01/04 17:16 修正

2021/01/06 10:21 修正

2021/01/06 18:00 修正

2021/01/07 1:18 修正

「別れだとぉ」

「そうですか……」

「おい、シュウヤ、アムが悲しんでるじゃないかっ」


 赤ら顔のロアが怒りだす。


「ロア、いいんです。シュウヤは探検が仕事なのですから」

「悪いな」

「ふん、つまらん。アムよ、いいのか? シュウヤはここを去る気だぞ」

「……はい」

「お前さんはいつもそうやって遠慮する。好きな男ができたなら、もっと懐に飛び込まないと、まったく――」


 ロアは上から目線で恋愛を語ると、酒をぐいっと飲む。


「そうですね……正直に言います。シュウヤ、旅をしている間、ずっと貴方を見ていました。ヘルメさんという恋人であり従者でもある人がいるのは知っています。ですが、わたしは離れたくないですっ」

「おぉぉ、よく言ったっ、ホレッ」


 ロアは酒をアムのゴブレットへ注いでいく。


「はい――」


 アムは告白っぽい言葉で勢いがついたのか、注がれた酒を一気に飲んだ。


「がはははっ、いい飲みっぷりだ! それじゃ、わしは先に帰るっ、後は二人で楽しめ。アム、頑張るのだっ――」

「きゃっ」


 ロアは豪快に笑いながら、アムの背中を二、三回叩くと食堂から退出していく……酔っているとは思うが、足取りはしっかりしているので、まだまだ本人が語るように序の口だったのだろう。気を利かせたつもりらしいが。


「もう、ロア……帰っちゃいましたね……」

「あぁ」


 アムはそうはいうが、嬉しそうに語る。

 小さいゴブレットの丸い縁を、小指ほどのサイズの指たちで囲いながら持ち、小さい口へ運ぶ。

 ちょびちょびと酒を飲みながら、上目遣いで俺を見つめてきた。


 視線を合わせてやると、青い瞳を揺らして逸らすアム。


 うぶらしい。緊張しているのが伝わってきた。

 彼女の気持ちは嬉しいが……俺には戻る場所がある。


「どこだ、アムッ!」


 と、突然、背後から野太い声が響く。

 振り返ると、渋い面頬を装着した武者ドワーフの姿があった。

 プレートアーマーか。

 両肩に特殊な金具で留める黒マントを羽織っている。

 マントには魔法の文字が刺繍があるから特殊な物だろう。

 腰ベルトと連結された剣帯には灰色の魔力を帯びた二つの鉄棒か?

 柄が少し長く峰が分厚いメイスのような武器が納まる。


 古代中国の武器でたとえるなら『双錘』か。

 ま、メイスの武器だな。


「……オリーク、上界に来ていたのですか」

「そこにいたのかっ。むっ、こいつが……」


 オリークは面頬を外し俺の姿を確認しながら睨みつけてくる。

 彼の顎には立派な鬚が蓄えられていた。


「どうも」


 無難に挨拶。


「アムッ、マグルと二人だけで飲むとは! それに隊員から聞いたぞ! ベルバキュのコアが報酬だと」

「はい、もうお渡ししました」

「なんだとおお、よりにもよって汚らわしいマグルに、俺が欲しかったものを!」


 オリークは唾を飛ばすように怒鳴りながら、短いが筋肉質な腕を動かし武器の柄を手で握る。


「そんな事は知りません。汚らわしいのはどちらですか?」 

「マグルにきまっておろうがっ!」

「シュウヤに対して失礼です。彼は最高の戦士であり、わたしの命の恩人なのですから」


 アムは冷たい眼差しでオリークを睨んでいた。


「……今はシュウヤと二人だけにしてくださいますか?」


 彼女は目許が綻ぶ。

 優しい雰囲気を醸しだしながら喋ってくれた。

 が、その優しい表情が……。


 オリークの嫉妬という燃える感情へと更なるガソリンを注いでしまったらしい……。


 ドワーフのオリークは、一気に険しい表情となった。


「……納得するもんか、そこのマグル、俺と勝負だ」


 オリークは興奮しているのか少し目がイっちまっている。


「オリーク! 何を」

「アムは黙れっ、このマグルと勝負するっ」

「何の勝負ですか?」


 引きそうにもないので彼に尋ねた。


「マグルとて得物があろう、それで勝負だ」

「シュウヤ、オリークの話を真に受けずとも……」

「アムは見ていればいい。どちらがお前に相応しい男か、分かるだろう」


 得物か。


「オリークさんよ。勝負というが、その結果、大怪我、或いは命がなくなってもいいんだな?」

「当たり前だ」

「……シュウヤ、オリークは少し頭がおかしくなっているだけです。殺さないであげてくださいね……」


 アムは俺の戦いを間近で見ているせいか、もう勝敗が見えている。

 彼女に同意しながら、


「あぁ、〝それなりに〟手加減はしてやるさ」

「小童マグルが生意気な!」


 小童か。それじゃ、小童なりにがんばるか。


「……それで、どこでやるんだ」

「表の広場だっ、来い!」


 オリークは勢いよく腕を振り上げ、踵を返す。


「すみません、シュウヤ」

「気にするな」


 アムが謝ってきたが、無難な表情で応えてから、オリークの後をついていき、玄関口から外に出た。


「さぁ、俺の準備はできている。お前も得物を出せ」


 オリークは短い鉄棒メイスを両手に持っている。

 言われた通り魔槍杖を右手に出現させた。


「……ふん、マジックウェポンか」


 オリークの言葉は無視。

 左腕をそのオリークに向けつつ――。

 右手が握る魔槍杖を回して右の脇と腕で魔槍杖を挟むように構えた。

 

 左手の指先を掌側へとちょんちょんと引いた。

 誘う動きをしつつ、


「――御託はいいから、さっさと済ませよう」

「雰囲気はあるな。教団と同じ特殊な武術の気配もある……が! 俺にも男としての意地がある! 後悔させてやる!」


 ドワーフは<魔闘術>をマスターしているようだ。

 魔力を溜めた足で地面を強く蹴りながら前進してくる。


 間合いを詰めつつスキルを発動した?

 ――メイスが分裂。

 メイスが分裂とか摩訶不思議。

 そのメイスは鉄の部分が如意棒のように伸びた――。


 二つ三つのメイスの残像が宙に残る。


 俺も<魔闘術>を意識。

 魔力を足に集中させつつ対応――。

 体を退いて、ぎりぎり鼻先で、初撃のメイスを避けた。

 続けて、残像メイスの攻撃を喰らう前に――。


 半円を描くように振りぬいた魔槍杖の後端をオリークのプレートアーマーの腹にぶち当てる。


「ぎゃっ――」


 鈍い音が響く。

 竜魔石の威力が勝った。

 ――オリークは体をくの字にさせると吹き飛んだ。

 

 プレートアーマーの胸甲が竜魔石の形に凹んでいた。

 オリークは地面に何回か頭を打ちながら転がって止まる。


 オリークは起き上がれないが、気を失うぐらいで済んだはず。

 彼の仲間だと思われるドワーフたちが介抱していた。


「シュウヤ、手加減をありがとう。オリークも少しはこれで懲りるでしょう」

「知り合いを倒してしまったから悪い気がしてきたよ」

「そんなことないです。シュウヤは立派な戦士ですよ……カッコイイです……」


 綺麗な女に真顔で言われると、少し照れる……。


 アムは頬だけでなく顔が全体的に赤い。

 酒が入っているから気のせいかも知れないが。


「……はは、少し照れる」

「ふふ、本当に素敵なシュウヤですね」


 う、微妙にほめ殺しは苦手だ。

 話を切り替えよう。


 アムと別れる前にゆっくり話しながら短いデートでもするか。


「……さて、酒の続きとはいかないが、アム、別れる前に少し散歩するか? 良かったら適当に案内して欲しい」

「あ、はいっ」


 笑顔で話すと、アムも笑顔で答える。


「いいところがあります、こっちです」


 小柄な彼女に教団本部にある施設の案内を受けた。

 麝香の香りがする通路を抜け、鏡張りの階段を幾つか上がった先で、


「シュウヤ、こっちこっち、ここからの眺めは最高です」


 アムが小さい腕を可愛らしく振る。

 近付いていくと、彼女の背後にあった光景が視界に入ってきた。

 綺麗な出窓的な木枠。

 んだが、ノームとドワーフの背格好に合わせて作られてある。


 少し屈まないといけないが……。


「……確かに眺めがいい」


 眼下に広がるのは円形の広場。

 子供たちが走り回っている。

 大人のノームたちがロープを引いている。

 大きな荷物を地下から運び出していた。


 ここの地下にも都市は続いているのか。


 視線を上げた。

 斜面に建つ石の家々から……。

 ノームの親子が歩いて階段を下りている。

 窓が開く石の家の中ではドワーフの夫婦と見られる男と女が変なことを、ハッスル的なイヤーンなことを一生懸命がんばっている様子が見て取れた。


 昼間っからエロドワーフだな。

 それとも昼ドラ的な、いけないメロドラマのような展開なのだろうか。


「……ふふ、ここはわたしのお気に入りの場所なんです」


 彼女は風で揺れ靡く金髪の巻き毛を押さえている。

 勿論、エロドワーフたちのハッスル行動には気付いていない。


「分かる……ここは袋小路のような形だけど、心地いい風が通っているんだな」

「はい、斜面になっている住宅街ですが、穴があちこちにあり通風孔になっているんですよ。火山の熱を利用した冷える機構が整えられているんです」

「へぇ……」


 ふと、出入り口付近を覗こうと身を乗り出す。


「あっ、危険です」


 アムは俺の足を押さえるように抱き着いてきた。

 これは明らかに寓意、違う意味での抱擁のつもりもあるだろう。


「アム、大丈夫」

「いいえ、危険ですっ、シュウヤは危険ですっ」


 彼女は俺の足に必死に抱き着きながら語る。

 まぁ、危険なのは確実だな。

 血鎖によって全身で一本槍の嵐を起こす男なぞ、この世の何処にもいないだろう。


 と、彼女が抱き着いてきたので思考が脱線した……。

 小柄な背中へ手を伸ばし、軽くさすり、


「アム……」

「ごめんなさい、シュウヤの気持ちは分かっています。けど、今は離ればなれになる前に抱きしめさせてくださいっ」


 アムは涙を流していた。

 綺麗な女にここまでされちゃぁな……。

 少しは応えてやるか。


「あぁ――」


 アムに返事をしながら強引に彼女を抱き寄せる。

 そのまま小柄な体を持ち上げた。


 朽ち木さながらに軽い体。


「あぅ」


 そして、泣いているアムの小さい唇に唇を重ねた。

 優しくロングなキスをしてあげてから、丁寧に床に降ろす。


 アムは突然のキスに自らの小さい唇に指を当てて触って感触を確かめていた。

 そして、俺を見上げて、潤ませている瞳を揺らしながら、


「……シュウヤ」


 熱を込めた呟きだ。


「アム……泣き止んだな」

「はい、わたしの気持ちを汲んでくれて、ありがとう。優しいキスをくれて……」


 本当に嬉しそうに語る。

 可愛い……が、ここでお別れだ。


「……おう。それじゃ、去る前に、俺が休んでいた部屋に、ある鏡を土産に残していくから、できたらそのままにしておいてくれるとありがたい」

「鏡ですか? 何か秘密があるのですね。分かりました。あの部屋はシュウヤの部屋にします。大切に鏡を扱いますから!」


 彼女は切ない表情だが必死に声を強めていた。


「よろしく。では、去らばだ。ロアにもよろしくな。また縁があれば会えるだろう」

「……はぃ」


 彼女は顔に翳を落とす。


 ……済まん。

 踵を返し階段を下りて、ヘルメが<瞑想>している部屋に戻った。

 鏡を残しておくとして……隅っこだな……。


 アイテムボックスから取り出した、五面のパレデスの鏡を設置した。


「ヘルメ、都市の外へ普通に出てから帰還する」


 水飛沫を発生させて<瞑想>していたヘルメに指示を出した。


「はい」


 ヘルメは水飛沫を止めて浮いていた足を床につける。

 そのまま、ヘルメを連れて教団本部の通路を進み、玄関口から外へ出た。

 緑の玉髄に挟まれた長方形の墓碑銘が視界に入る。

 魔神帝国との戦争により亡くなった方々の名前らしいが。


 墓碑銘には少しだけ興味があるが、あまり見ないで広場を歩き、彫刻の施された出入り口の門を潜る。

 ノームの教団兵士たちが見守る中、上界を脱して暑い下界へ出た。


 下界を見渡せる高台に出る。

 俺たちが上ってきた左にある緩い傾斜の坂道を降りて坂道から市場に出ると、また、マグル、マグルと、市民たちから騒がれたが、その度にヘルメが水飛沫を発生させ野次馬たちを退散させていた。


 その間に、お土産でも買おうかと思い、売られている商品を見ていくが……どれもパッとしない。

 トカゲ肉のような物を買っても仕方がないしな、意外に美味しいかもしれないけど。鉱石類も覗いたが、魔力を帯びた物はない。


 結局、白い珊瑚のネックレスと髪飾りを<筆頭従者長>たちのお土産に買うことにした。

 カルードにはないが別にいいだろう。


 硬貨を出した時、不思議そうな表情を浮かべて硬貨を調べていたが、満足そうに商人のノームは頷いて取引は無事に終了。


 買い物を済ませて巨大門へ向かった。


 短い間だったが、この地下都市の体験は一先ず終了だな。

 鏡は残していくから、いつでも訪問は可能。

 今回の目的はあくまでも鏡の回収だったが、地下の拠点用に一つぐらい残しておいてもいいだろう。

 他の鏡が地下深くに埋まっている可能性もある。


 そこで、アムの悲しげな顔が脳裏に浮かぶ。


 彼女には、詳しく鏡の話をしていないが……ま、もう一度会った時のサプライズとなるだろう。

 そんなことを考えながら、スフィンクスらしき巨大な彫像がある巨大門から都市の外へ出た。


 さらば、【地下火山都市デビルズマウンテン】。


「適当に誰もいないところでゲートを使い家に戻るぞ」

「はい」


 ヘルメに語りかけながら、魔法の光源に照らされて明るい地下街道を避けて進む。

 旅人、商人、兵士がいない脇道を見つけた。


 あそこの奥だな。

 二人で奥へ歩いてから……周りに誰もいないことを確認。


「閣下、周りには誰もいません」

「ああ」


 頷きながら、その場で二十四面体(トラペゾヘドロン)を取り出す。


 家に設置してあるパレデスの鏡の番号をなぞり、ゲートを起動した。

 鏡の先には黒猫(ロロ)とヴィーネの顔がドアップで映る。


 ――うひゃ、びっくりするじゃないか。

 だが、気持ちは凄く……分かる。黒猫(ロロ)


「皆のところへ戻りましょう」

「おう」


 ゲートを潜っていく。


「にゃぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁ」

「ご主人さまぁぁぁぁあああ」


 黒猫(ロロ)とヴィーネが抱き着いてきた。


「にゃあああん、にゃぁぁぁにゃぁぁあああぁぁぁぁおおおお」 


 黒猫(ロロ)は興奮しているのか、自然と黒豹化。 

 ヴィーネを弾き飛ばし、押し倒してきた。 

 俺の顔や手を食べるように、ぺろぺろぺろぺろと澎湃を起こすようなベロの勢いで激しく舐めてくる。 

 更に黒豹(ロロ)は嬉しすぎたのか、朦朧たる酔眼のような赤系の虹彩の内側にある黒い瞳を見せつつ全身が震えて腰を抜かし、尻尾も震えていた。


「ははは、ロロ、くすぐったいぞ。だが……俺も凄く寂しかった」

「にゃおおぉぉん」 


 大きい黒豹(ロロ)を両手で抱きしめてやる。 

 獣の懐かしい匂いが鼻孔を通る。相棒の腹に顔を埋めた。


 ――柔らかい黒毛布団を味わった。


 やべぇ、心が温まる……。 

 ぎゅっと抱きしめてやると黒豹(ロロ)は満足したようだ。

 顎と頬をペロッと舐めてから黒猫の姿へ戻った。

 可愛い黒猫(ロロ)を抱きしめつつ立ち上がってから床に降ろしてあげた。

 黒猫(ロロ)は、まだ甘えたいのか、脛に頭を何回も擦りつけてくる。 


 そこに鏡から外れた二十四面体(トラペゾヘドロン)が、いつものように俺の頭上を回り出した。

 それを掴みアイテムボックスの中へ放り込む。


「ご主人様……」 


 横に弾き飛ばされたヴィーネが悩ましい体勢で悲しげな声を出していた。 

 泣きそうな顔だ。


「ヴィーネ、来い」

「はいっ――」 


 飛ぶように抱きついてきた。 

 彼女特有のバニラ系のいい香りが漂う。 

 その香りを鼻孔から深く吸い込み肺を満たすと、心までもが癒される気持ちとなった。 


 ヴィーネの柔らかい巨乳が俺の胸に押し潰されている。


「ご主人様、寂しかった……わたしは寂しかったぞ……」 


 愁いの想いが籠った瞳と声色だ。 

 銀仮面越しだがヴィーネの感情がよく伝わってきた。

 少し素の言葉が漏れていることが拍車をかけて、ヴィーネの溢れる想いが俺の心を温め快美感に包まれる。 

 優美なヴィーネの頬には涙が伝っていた。


「済まん。待たせたな」 


 指で涙を拭う。


「はい……」 


 そこでヴィーネが着ている服が気になった。 

 あれ、これ俺の服じゃないか。

 アイテムボックスの報酬で手に入れた特殊繊維の黒い光沢がカッコいいコート系の服。 

 ヴィーネが着ると、すげぇ様になっているけどさ。


「ヴィーネ、その服、俺のだよね?」

「あああっ……すみません。あまりにも寂しくて辛くて、ご主人様の服を……慰めに……使ってしまいました……」 


 ヴィーネは顔を真っ赤に染めていた。 

 彼女の肌は青白いので分かりやすい。 

 しかし、慰めだとぉ……。一人で楽しんでいたのか、けしからんっ、けしからんぞっ。俺の服を利用してっ、何という可愛い奴だっ。「……そうか、ヴィーネ、偉いぞ――」 


 額にキスをしてあげた。


「あっ、ありがとうございます」

「閣下、わたしは向こうにいっていますね」


 ヘルメは気を利かせて部屋から出ていく。

 Sな精霊のくせに優しいとこがあるんだよな。


「精霊様……」 


 ヴィーネは銀色の瞳を揺らし涙を溜めていた。


「にゃおん」


 黒猫(ロロ)がヴィーネに対してなんか鳴いている。


「キュキュッ、ガォォ――」 


 そこに黒猫(ロロ)の声に反応したのか分からないが、バルミントの声が廊下から響いてくる。 

 廊下からドタドタ音を立てながら顔を見せたのは、やはり人族の子供の大きさへと成長を遂げていたバルミントだった。 

 数日でヒヨコサイズからここまで大きくなったのか。見た目はもう完全に小型ドラゴンだ。


「キュッキュ、キュォォォォン」 


 バルミントは俺を見るなり飛ぶように羽を小さく広げて走り寄ってくる。脛に抱き着いてきた。 

 はは、可愛い奴だ――。


 持ち上げてやると歯牙が生えた口を少し開けた。

 そこにある長い舌をキュッと音を立てながら伸ばし、顔を舐めてくる。


「あはは、くすぐったい。でも、バルミント、大きくなったなー」

「キュキュァァァン」 


 バルミントをなでなでと可愛がる。

 さて、不満大王レベッカさんはどうしているかな?

 エヴァは、たぶん怒らないで理解してくれるはずだ。

 胸に抱えていたバルミントを床に置く。


「それで、他の<筆頭従者長>たちは何処にいった?」 


 血文字でメッセージを送ればすぐだが、あえてヴィーネに聞く。


「ユイとカルードは【月の残骸】の仕事を手伝っています。エヴァはペルネーテの東の店に一旦戻り、買い物しながら戻ると言っていました。レベッカは解放市場でベティさんの仕事を手伝っているはずです。ミスティは講師の仕事ですね」

「そっか」 


 ヴィーネとそんな会話をしながら、夏服バージョンの血鎖鎧を着たままリビングへ向かう。

 メイドたちと久しぶりに話をしてから飲み物と食い物を用意してもらった。  


 そこで飲み食いしながら談笑。 

 ヘルメは椅子に座っていたが、途中でリビングの隅っこへ移動していく。


 んお? その際に、思わず隅を凝視。 


 そこにはヘルメ用のスポットが新しくできていた。 

 水の精霊をモチーフにした座れる彫像が木材の柱に嵌まり込むように設置されていた。

 

 特殊な<瞑想>エリアへと変貌を遂げている。 


 ヘルメは、にこやかな顔だ。

 体から水飛沫を発生させつつ新しくできている席に座ると<瞑想>を始めていた。


「イザベル、あそこは……」

「はい、精霊様用に新しく作らせました。知り合いの伝手を使ったのでご主人様の御金には全く手をつけておりません」


 別に金はたんまりとあるから自由に使って構わんが、そのうち、ヘルメ教ができちゃいそうだな。


「……そうか」

「ご主人様が気に入らないのであれば、すぐにでも撤去いたします」

「いや、あのままでいい、ヘルメも気に入ってるようだし」

「分かりました」 


 その後はヴィーネとバルミントについて話していく。  


 今はどこで寝ているとか、食い物は何を食べているとか、そんなことを話しながら腿に乗ったカワイイ黒猫(ロロ)の背中を撫で撫でしながら、一緒にまったりとリラクゼーションを楽しんだ。


 そこに、


「ただいまー」

「ん、あっ、シュウヤッ――」 


 買い物袋を抱えた二人。

 途中で合流して買い物してたのかな?


 レベッカとエヴァが帰ってきた。


「あーーーーっ、シュウヤッ! いつ帰ってきたのよーーーー!」

「さっきだよ、お帰り」

「あ、ただいま、じゃないわよっ、お帰りはわたしたちのセリフでしょー、もう――」


 レベッカは持っていた袋を床へ投げ捨てると、椅子を動かして振り向いている俺に飛びついてきた。 

 微かなシトラス系の香りが漂う。レベッカの香りだ。


「――寂しかったっ、無事に帰ってきてくれてありがとう……」 


 不満大王は何処? レベッカも涙を流していた。 

 きつくきつく抱きしめてくる。胸から柔らかい微かな双丘の感触が感じられた。 


 しかし……レベッカの身体能力は倍増しているので少し痛い。

 とは言わずに、彼女の背中へ両腕を回してハグを優しく返してあげた。 

 相変わらず細い体で締まっているが、少し筋肉が増えた感じがする。が、気のせいか。


「ん、レベッカ、退いてっ」 


 すぐ後ろで我慢していたエヴァが紫色の瞳を揺らしながら大声を出す。


「あ、うん」 


 レベッカはエヴァの声を聞くとビクッと背中を動かしてすぐに横へ退いている。


「シュウヤッ」 


 エヴァは魔導車椅子をペダル付きの変形金属の足にチェンジ。

 続いて初号機モード、もとい、踝に車輪があるモードに金属の足を瞬く間に変化させると――。

 

 俺に飛びついてきた。

 文字通り飛んだ。 

 勢いよく抱きついてくる。

 ――うおぉっ、柔らかい。

 

 素晴らしい張りと弛みのある巨乳の感触を得る。 


 エヴァは人の気持ちを悟れるエスパーさんだが、俺のおっぱい研究会たる業の深さまでは分からないだろう。一瞬で柔いおっぱいぷりんさんの形を脳裏に描いた。


 血鎖鎧は薄い夏服バージョンなので、巨乳の潰れた輪郭を想像してしまうのは仕方がないのだ。


「……エヴァ、ただいま」

「ん」 


 一瞬、愁いの顔で俺を見てから胸に顔を埋めてくるエヴァ。


「寂しかった、シュウヤの匂い」

「すまんな」 


 心がほっこりしたので、お返しに軽くハグを返す。


「でも、無事でよかった」 


 エヴァはハグに満足したのか体を離した。

 金属の足から魔導車椅子の名残がある踝に大きい車輪があるスタイルに移行させて、反転。


 潤んでいる紫色の瞳で見つめてくると、その下にある小さい唇を動かす。


「ん……シュウヤ、デビルズマウンテンの話を聞かせて」


 エヴァの金属の足には色々と種類があると改めて理解。

 そのエヴァに頷くと、


「あ、わたしもちゃんと生で聞きたい」

「ご主人様、わたしもです」

「にゃお」 


 三人の美女と一匹の美猫から迫られちゃ語るしかない。 

 アムとの一件をオブラートに包みながら説明してやった。


「へぇー、上界、下界、溶岩に岩場がくり貫かれたような場所なのね」

「ん、ノームばかりの都市は想像がつかない」

「魔神帝国ですか……」

「にゃにゃぁ」 


 ヴィーネはさすがに知っているようだ。 

 黒猫(ロロ)はレベッカの白魚のような手に尻尾を乗せて遊んでいる。

 レベッカはその黒猫(ロロ)の尻尾を掌で握り、離す。


 すると、黒猫(ロロ)は尻尾を動かしてレベッカの手から離すが、もう一度レベッカの掌の上に尻尾を乗せて、わざと彼女に尻尾を握らせている。


 面白いコミュニケーションの遊びだ。

 そんな遊びを見ながら、ヴィーネへ顔を向ける。


「……ヴィーネ、ダークエルフのお前が独立都市にいたらどうなっていた?」

「戦いになっていた可能性はあります。ダークエルフは魔導貴族がばらばらに動いているので他の共同体と戦争をしているところも多いですから。ノームやドワーフが住む都市によっては同盟を結び貿易協定を結んでいる魔導貴族もいますが……」 


 纏まっているようでバラバラか。


「ヴィーネは魔神帝国と呟いていたが……」

「はい、【地下都市ダウメザラン】でもその名は轟いていました。魔神帝国とは長らく戦争を続けている魔導貴族もあれば、中には魔神帝国の一部と協定を結びキュイズナーを借りているところもあると聞いたことがあります」


 キュイズナーは洗脳できるから良い兵士になるんだろうな。


「なるほど、その魔神帝国とやらは、俺の場合、確実に敵となりそうだ」

「はい、戦うならば、次こそは御側で……」


 ヴィーネは銀色の瞳で俺の内情を探るように見てきた。


「そうだな。地下のノームとドワーフの都市に鏡を置いてきたから、次行くとしたら、<従者開発>でヴィーネの肌の色合いを変えてから行くことになるだろう」

「わたしもだからね」

「ん、当然、わたしも」


 レベッカとエヴァも頷き合って強気な表情を浮かべると俺を見てくる。


「あー、分かった分かった」


 と、適当に返事をしてから、紅茶を飲む。

 次は、闇ギルドでの戦いの様子をちゃんと生で聞いていく。

 ヴィーネは戦いに加わらず、調査の後は、ずっとここで俺を待っていたらしい……なんという健気で可愛い女。

 さすがは一番初めの<筆頭従者長>だ。今度、特別に可愛がってやろう。


 そこに、


「ただいまー」


 ミスティの声だ。


「あ、マスターッ」


 ミスティは女性らしい腕を振りながら走り寄ってくる。

 彼女はまだ遠慮しているのか、抱き着いてくるということはなかった。

 まだ、ちゃんと個人的に抱いていないのもあると思うが。 


「……よっ、ミスティ。お帰り」

「うん。マスターもお帰りなさい。声が聞けて安心した。凄く会いたかったわ……」


 ミスティは安心したように眉尻を下げる。

 そのまま黒斑のある焦げ茶色の瞳を潤ませていた。

 彼女なりに心配していたようだ。


 そこで、手に入れたアイテムを思い出す。


「……ミスティ、君に見せたかった物がある」

「え? 何?」


 アイテムボックスからアムから貰った袋を取り出し、ミスティへ手渡す。

 彼女は袋を開け、確認。


「アムは鳳凰角の粉末とベルバキュのコアと言っていた」

「……わぁ、これ凄いっ! 鳳凰角の粉末は鎧、外套、あらゆる部位の加工、金属加工にも使えるし、エンチャント用の材料にもなる。ベルバキュのコアは魔導人形(ウォーガノフ)のコアにも使われることが多い超高級アイテム。あまり出回らないのだけど、よく手に入れたわね!」


 彼女は手を震わせている。


「おぉ、使えそうか。これで皆の役に立つ道具作り、または魔導人形(ウォーガノフ)作りの役に立ててくれ」


 ミスティは袋を握りしめてから大事そうにぎゅっと胸に押し当てた。


「……ありがとう」


 そして、嬉しいのか黒斑のある焦げ茶色の瞳から涙を流していた。


「いいなぁ、ミスティだけなの? お土産……」

「ん、ミスティは優秀。しょうがない」


 土産はあるんだが、ま、後で渡すか。


「ご主人様には、たっぷりと愛情を頂きましょう」

「さすがヴィーネ。賛成」


 エヴァはヴィーネとレベッカへ向けて腕を出す。


「そうね、“たっぷり”とね」


 レベッカはヴァンパイア系の小悪魔のような笑みを浮かべてエヴァの手に重ねる。


「はいっ」


 ヴィーネも手を重ねていた。

 三人で手を合わせて頷き合っている。


 これは、いつぞやに見た、紅茶の誓いではないかっ!

 今はえっちな誓いになっているが……。


 秀才ミスティはポカンと口を少しあけて呆れている。

 やはり彼女にはメガネ系のアイテムが欲しいとこだ。

 今度、本格的に探すか。


 そこに、


「ただいまー」

「ただいま戻りました」


 ユイとカルードだ。


「あぁーっ、シュウヤッ」

「おぉぉ、マイロードがお帰りになられた! 闇ギルドの仕事の最中にユイが、『寂しくて死にそう、シュウヤに会いたい!』と何回も口ずさんで、不埒者を切り刻み、ストレスを発散――」

「もうっ――」

「ぐおあッ」


 ユイが素早く父親のカルードの鳩尾に肘撃ちを喰らわせるや――。

 キャットウーマンの如くしなやかに四肢を動かしつつミスティの前を横切って――。


 飛び掛かってくる。


「――しゅうや、しゅうや、シュウヤァッ」


 子犬、いや、子猫のように全身で抱擁してくるユイ。


 カルードは可哀想に、玄関に入ったところでうなだれている。

 ……メイドたちに慰められていた。


「ユイ、俺も会いたかったよ」


 お返しに、ぎゅっとユイの体を抱きしめてあげた。

 正面から駅弁スタイルになってしまっている。

 ちょうど、掌にお尻がフィットしたので、もみもみしてしまった。


「あんっ、もう、えろシュウヤねっ」

「すまん、位置的にな――」


 そこにスコーンッとした乾いた音を発生させるツッコミがきた。

 決して、カリッとサクッと美味しいお菓子(スコーン)ではない。


「――何が位置的よっ、わたしにはやらなかったくせにっ!」


 と、俺がレベッカを見ると、


「べ、べつに羨ましくなんかないんだからねっ、ふんっ」


 素晴らしいツッコミセンスを持つ、頬を膨らませたレベッカさんだ。

 彼女は瞳どころか全身に煌びやかな蒼炎を纏わせていた。


「しょうがないだろう。なぁ、ユイ?」

「うん」

「あーーーーっ、何見つめ合ってるのよーーー!」


 そんな調子で、この日は和気藹々と過ごしていく。

HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。13」が2021/01/23に発売します!

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