百九十九話 地下火山都市デビルズマウンテン
多数の大型蟻と蜘蛛モンスターを倒しつつ山を貫くような険しい大洞穴を二つほど抜けると、壁の色合いが鉄紺に変化。
地面は棕櫚毛のような葉柄染みた繊維質となった。
そんな繊維質の地面を足場にドワーフかノームの種族の戦士たちが骸骨の戦士と戦っている。
鞭毛がある大腸菌を巨大化させたようなモンスターも遠くに見えた。
が、その大きな気色悪いモンスターは地面の中に消えると気配がなくなった。
しかし、謎の石碑が多い。
天井と連なる半透明なモノもあった。
中に水が通っている?
煌びやかな巨大魚が昇っていく。
半透明なモノは水トンネルらしい。
不思議な水トンネルにノームたちは触れようとしない。
針鼠の彫像が脇に並ぶ街道も増えてきた。
戦士も商人の格好のドワーフにノームたちも多い。
ここは比較的に安全な場所らしい。
針鼠の彫像へ深々と額ずくノームたち。
神の祭壇か守り神的なものなのだろうか。
黒き環はこの辺りにはないようだ。
話に聞いていたが……。
地下も地上と同じく比較的に安全な地下街道があるんだと強く実感した。
モンスターの数は極端に少なくなった理由はドワーフ&ノーム戦士団たちのお陰だろう。
今も快活そうな表情を浮かべているノームの兵が通った。
地下特有の鞍付き魔獣に乗った豪奢な鎧を着こむノーム。
闇虎を連れたランタンを持つドワーフたち。
巨大な背嚢を揺らして、ノシノシと、歩いていく。
「闇虎を連れた行商人たちですね」
「ペットか」
「はい、凄腕の魔物使いの行商人たちでしょう【地下都市リンド】へ向かう一行かと思われます」
彼女の説明をちゃんと聞いていたが、黒猫のことを思い出す。
すげぇ寂しい……会いたい……。
<筆頭従者長>にも会いたいが……。
黒猫の存在が俺の中でかなり大きな存在なのだと、今回の地下を巡る跋渉の旅で身に染みた……。
都市で報酬を得て少し休んでから黒猫の下に帰ろう……。
あの小鼻ちゃんに、指でツンツクして、黒毛ちゃんの温もりを……。
それにしても、ここは暑い。
「ヘルメ、大丈夫か? 目に入ってもいいんだぞ」
「大丈夫です。選ばれし眷属たちの代わりに御側で動きます。それに、今は閣下の大切な相棒様のロロ様もいませんので」
そう笑顔を見せるヘルメだが……。
暑さが増すにつれ顔色が悪くなっている。
すると、火山を利用した地下都市と分かる光景が目に入ってきた。
巨大な岩盤から造られた高壁が延々と続いている。
その壁に一定の間隔で溝があった。
その溝穴から溶岩が流れ落ちる。
落ちた溶岩か……。
城の外堀の溝を真っ赤に染めつつグツグツと音が聞こえるように溶岩が流れ進む光景は、煉獄を思わせた。
あの岩壁の中が【地下火山都市デビルズマウンテン】だろう。
地下に住むだけあって掘削技術は高い。
そんな壁下の溝を隔て、俺たちの手前側にある地下街道は明るい。
魔法の光源が旅人や隊商を照らす。
「どうりで暑い訳だ」
「はい」
肺腑に熱された独特の臭気が鼻を刺激しつつ入り込んでくる。
地下都市独特な気候を味わいながら、その明るい街道を他のノームにドワーフたちと共に進んだ。
やがて、スフィンクスと似た巨大な彫像が挟む巨大な門が見えてきた。
スフィンクスと似た巨大な彫像は、岩壁から彫られたものだろう。
圧倒的な存在感だ。地底神とか? 大地神ガイアの眷属神の一柱とか?
独特なプレッシャーを感じながら、ハフマリダ教団と一緒に巨大な門の前まで歩く。
ノームと武者顔のドワーフが増えてくる。
そのノームとドワーフたちは俺とヘルメの顔を見て、ぎょっとした表情を浮かべていた。
捩じり鉢巻きを装着したノームの表情は面白い。
『なんじゃこいつはぁ』
『げぇ、マグルだぁ』
『うへぇぁぁ』
と、いった声が聞こえてくるような感じだ。
そんなことを考えながら歩いていると、アムの声が響く。
「……ここが地下火山都市デビルズマウンテンの入り口となります。下界都市を通り上界都市へ向かいます」
アムが小さい腕を上方へ伸ばし、話している。
そして、俺の顔を見ては、
「下界の市場では奔命に寧日がない日々でして、騒がしくなると思いますが、我慢してついてきてください。旅の疲れもあるでしょうが、まずは我々の上界にある神殿まで来て下さい。専用の宿もご用意させて頂きますので」
小柄な彼女は綺麗な笑顔を見せて語る。
眉に汚れが見えたが、透き通るような青い瞳は美しい。
うむ、マスクで隠れた彼女の綺麗な唇をもう一度見たい。
しかし、ハフマリダ教団の戦士たちは黒布を口に巻いているから今はあきらめるしかないだろう。
「……分かった、ついていくよ」
ハフマリダ教団と共に、俺とヘルメは巨大門を潜る。
地下都市デビルズマウンテンの中へ足を踏み入れた。
目の前には特殊な鉱物が溶けた素材で造ったであろう大きな石畳が広がる円広場がある。
その広場を越えた都市の奥には……。
市庁舎のような小さい城らしき建物が見えた。
周りには列柱のような巨大石柱があった。
光り輝く梢を伸ばしたコロネードがエンタブラチュアとして巨大な空洞の闇の天蓋を支えると同時に巨大な光源となっていた。
近未来、LEDを超える以上の明るさだ。
物凄いな……。
その城の先、都市の奥には悪魔の形をしたような巨大な山もある。
その山の天辺から溶岩が溢れて下方へ流れていた。
その流れ出る溶岩の左右には、魔石らしきモノが設置されて、巨大魔法陣が溶岩と重なり浮いて漂っていた。
溶岩からは閃光を伴う無数の魔線が、その浮く巨大魔法陣へと繋がっていた。
溶岩と魔法の力で、何かしらの地熱エネルギーを、この都市のインフラに利用しているのだろうか。
アムが先頭に立ち、ハフマリダ教団を引き連れて広場を通っていく。
俺は見学を続けながら、アムたちについていった。
周囲は平幕の屋根だけでなく、木材の家々が並ぶ市場が形成されている。
小間物商では、風物詩が記された皮、歳暮風の箱、ウィスタリアの花飾り、絵、櫛、石鹸、カーキーな瓶、酒、ポーション類の瓶、茸類、肉類、巨大なマンモス肉、蛤の剥き身、種芋、香辛料、トカゲ類、皮布、鞣し革、剛毛の束、縄、などの様々な物が売られていた。
マンモス肉は名作ゲーム『太陽の尻尾』を思い出す。
ん? 他にもなぜか蛤と白化した珊瑚が売られていた。
そして、金貨と銀貨の値札らしきモノも記されているが、当然、その俺が知る貝の名前ではなかった。
地下にいるモンスターか地底湖があるということか。
商人と客が駁するように話し合い硬貨を交換する。
その硬貨は金、銀、銅、鉄がある。
軒端では、鍛冶の煙が立ち昇り、染み抜き屋、蝋燭屋、油屋、床屋、歯医者の掛け声も響く。
武器防具も、鋏、包丁、ククリ剣、短槍、小型斧、小型盾、鱗鎧、ガーターベルト系のナイフを納める防具、半長靴、などが売られていた。
市場は賑々しくざわめきが激しい。
布告場のような場所はないようだ。
公示人の情報を叫んでいるノーム、ドワーフの姿は見かけない。
そんな市場を進む。
すると、雌のチャボみたいな小柄のノーム市民たちが集まってくる。
俺とヘルメに対する視線が、他の白眼視とは、また少し違う……。
好奇な視線だ。
「マグルだ――」
「おぉぉ、本当だ」
「教団が捕まえたのか?」
「大きいんだな、マグルとは」
「色が白い、黄色いか? もう一人はマグルと似ているが、葉っぱのような皮膚に見たことのない質感の綺麗な服を着ているぞっ、もっと近くで見てみようぜ」
「おうっ」
「ダークエルフと背格好は似ている! 男のほうは、見たことのない不思議な鎧服を着ているし、謎だ」
「オリークの旦那にしらせろっ」
市場の広場から住宅街と商館が立ち並ぶところを通る。
それに伴いノーム、ドワーフの野次馬たちが、背後からぞろぞろとついてきた。
そして、怪しい宗教団的となった俺たちは、石の家が両脇に並ぶ坂道に出た。
木材の家屋も見かけたが極僅かしかない。
坂はなだらかなに曲線を描きながら上に続く。
坂は都市の入り口から見えたデビルズマウンテンへと向かう形となっている。
住宅街の奥地にあった城らしきところには向かわなかった。
ハフマリダ教団とは国ではないらしい。
坂の脇に並ぶ家の形は丸い石の家が多い。
玄関は丸扉、小柄なノーム、ドワーフたちが住んでいそうな石の家ばかりだ。
指輪物語に登場する特徴的な家に少し似ていた。
非常に親近感を覚える。
わくわくしながら坂の通りを行き交う様子を見ていたが……。
やはり人の姿は見かけなかった。
ノームと薄着のドワーフたちが殆どだ。
背の低い種族たち。
溶岩の熱に永いこと晒され続けて、焦げたような肌が多い。
中には色白のノームとドワーフもいた。
人族、マグルの姿は皆無だ。
ま、アタリマエーか。
ふと、頭が禿げたサッカー選手の言葉を思い出す。
坂道をあがる度に傾斜が高くなる。
同時に、
「――マグルだ」
「マグルだ――」
と周囲からの声は高まった。
野次馬が増えていく。
「……アム、何か、ノームたちが増えているが……」
「ふふ、大丈夫ですよ。教団の施設に彼らは入れませんから。下界都市に住む人々は、我々、ハフマリダ教団がマグルを捕まえたとでも思っていることでしょう」
「そうですか……」
少し不安を覚えるが、アムの言葉を信じることにした。
ハフマリダ教団と俺たちは多数の野次馬たちを連れて、勾配二十度はある急な坂道を進む。
地下の岩盤を削った道だと思うが山の麓に向かうような坂道だ。
そうして、街並みを見渡せる高台の位置に到着。
下界と呼ぶ理由が分かった。広間で展望だ。
高台の反対側の奥には岩盤をくり抜いて作ったであろう神殿らしき建物があった。
手前には神殿に続く小さい門がある。
門の床付近は艶がいい鋼鉄が敷き詰められていた。
その門の左右には、アムたちと同じ衣装を着た兵士たち立つ。
右には小さい門と同じく岩盤と地続きの兵士の駐屯する場所もあった。
「アム隊長、任務ご苦労様です」
「アム隊長っ!」
アムに対して、教団兵士は礼儀正しく挨拶していた。
「はい、お久しぶりです。今入りますから、うしろの野次馬たちに注意してください」
「了解です」
「はいっ」
小さい門を守るハフマリダ教団の兵士たちが前進。
俺たちを守るように門の前にある広場に躍り出た。
野次馬のノーム、ドワーフたちは兵士に阻まれて俺たちを追ってこられない。
「さ、シュウヤ、中へ行きましょう」
「おう」
アムを含めた旅をしてきた連中と共に、小さい門を潜り神殿の中へ入っていく。
神殿の中にはもう一つの街があった。
コロニーだ。
中心は四角い家が集結しつつ螺旋状に上に伸びていた。
パッと見た印象だと、巨大な柱か、巨大な塔か。
そして、光源は独特。
夕日の花が薄暮の中に目立つような色合いだ。
涼しい風を体に感じた。
ここが上界の空気か。
下界と繋がっているが、何かの仕組みで気圧が違うらしい。
温度が下がったからヘルメの顔色も元に戻った。
下界と同じように上界の周囲を見学しながら進む。
周りの広さは……。
最低でも、三百メートルぐらいはある広い空間か?
空間の囲いは岩盤を丸く削った形。
急な傾斜だ。スタジアムを囲む客席のような位置に、無数の家々が立ち並ぶ。
そのスタジアム的な空間の中心にある大きな柱へとアムたちは歩いていく。
近くの傾斜がない石畳の広場には……。
色鮮やかな洗濯物が干してある。
空きスペースでは何かの肉の干物もあった。
鯉のぼりじゃないが、教団の旗が揺らめき、左の広場には滾々と地下水が湧き出た場所もある。
子供のノームたちは湧き出た水を浴びて楽しそうに遊ぶ。
ベイブレード的な玩具で遊ぶノームたちもいる。
他にも〝ケンケンパッ〟の遊びを行う子供たちもいた。
アムたちはそんな広場に向かう。
大きな柱の手前には巨大な緑の玉髄に挟まれた長方形の墓碑銘がある。
「この大きな柱がハフマリダ教団の本部となります」
アムは墓碑銘のことは特に指摘せず、奥の本部を指摘。
大きな柱と言うか、巨大な塔が本部の建物なのか。
その巨大な塔の外壁の一部には、彩色が剥落しそうな個所がある。
その大きな柱のような塔に向かい、弓形の天井を支えるようなアーチ状の門を潜った。
巨大組織のようだな、ハフマリダ教団とは。
「アム隊長、お帰りなさい」
「御帰りなさいませっ」
「お帰りなさいませ」
神殿門の玄関口にいた教団兵が挨拶を行う。
続けて奥の廊下からトーガ系の布衣服に身を包む老人が登場。
ミニスカート系の揃いの衣服を着た侍女か召し使いたちもいる。
皆、アムへ挨拶していた。
「ウィザ、コモ、ただいまです。後ろの方はシュウヤさんと言います、わたしの、ハフマリダ教団の命の恩人、そして、稀に見る猛者の槍使い。丁重におもてなしを行うように」
「ははっ」
トーガ系衣服を着た老人と綺麗な侍女たちは頭を下げ了承していた。
彼女たちは、俺とヘルメの姿を視認しては、ぎょっと驚いた表情を浮かべる。
が、すぐに体裁を保つ。
下界で騒いでいたノームたちのようにマグル、マグルと叫ぶことはしなかった。
「シュウヤ、別の場で報酬を渡しますので、今は休んでください」
「えぇ、はい」
「では後ほど」
小柄なアムは優しい笑顔を見せてから踵を返す。
後ろ姿に品がある彼女は複雑な模様入りの錬鉄廊下を歩いて、バルコニー的な場所へ向かった。
「強者たるシュウヤ殿よ、楽しかったぞ。さらばだ」
「凄腕あんちゃんと別嬪魔導士、また何処かでな」
「隊長があんな笑顔を見せるとは、嫉妬するぜ!」
「ははは、チム、ドワーフ顔でいうじゃないか」
「ふん、さぁ行くぞ」
一緒に旅をしてきたハスマリダ教団の兵士たちは笑いながら通路の奥へ歩いていく。
「シュウヤ様、では、こちらへ」
トーガを着た老人に右にある通路へ案内される。
手前にあった客間らしき大部屋へ通された。
クリーム色と黒色のオニキスの柱でできた洒落た部屋。
扉の手前に、傘置き、もとい、針鼠の動物の彫像が置かれ、壁には教団のマークの刺繍を施したタペストリーが彩る。
窓枠には、宝石が嵌まり込んだ凝った彫刻があった。
宝石は魔宝石か? 魔道具か?
枠自体に魔力も内包しているし、結界的な癒やし効果のあるっぽい。
サイリスタ機能がある魔道具でも壁の内部に仕込んであるのだろうか。
淡い調光が部屋を柔らかく照らす。
枠にDIYでも施したようなLEDでも仕込んだって感じだ。
象嵌入りの四角い机には透き通った不思議なテーブルクロスが掛かり、その上に、水差しの瓶と美味しそうな食材が盛られた大皿が並ぶ。
左奥には、大きい寝台が壁に揃う形で四つある。
右隣には風呂と分かるタイルの床が敷き詰められた部屋が覗く。
「お客様、ご自由にこの部屋をお使いくださいませ。では」
トーガ服を着た老人は緊張した様子で退出。
「ヘルメの水でも掃除できるけど、どうせなら専用の風呂があるようだから、一緒に入ろうか」
「はい」
タイルの床へ足を踏みいれる。冷たい感触。
中心には大きな鋼鉄製と思われる風呂窯がある。
薄着の侍女たちが風呂釜の準備を行っていたようだ。
おっぱいが気になる彼女たちは、俺とヘルメが入ってきたのが分かると、急いで立ち上がり頭を下げてきた。
「お湯は沸いております。どうぞ」
透けた衣服から見えるおっぱい軍団が好い彼女たちはそういうと、右扉から退出していく。
確かに奥にある風呂釜からは湯気が立ち昇っていた。
よし、入るか。
夏服バージョンの血鎖を解放して素っ裸になる。
ヘルメと共に風呂釜に続く小さい木製階段を上った。
地獄の釜じゃないが、そんな形の湯舟へ足を浸けていく。
底には板が敷き詰められてあるようだ。
お湯の温度は程よく……。
滑らかな柔い感触を肌に味わいながら……。
ヘルメと一緒に肩まで浸かり、暫し……まったりとお湯の時間を楽しんだ。
「閣下、お掃除いたします」
「よろしく」
常闇の水精霊ヘルメは俺の言葉を聞いて、すぐに身体を液体化。
お湯と一体化したように消えてしまった。
と思った瞬間、俺の皮膚が液体っぽい何かに包まれていく。
瞬く間に、体が薄い水膜に覆われた。
目、口、耳も塞がるが、何処か温かい。
液体のヘルメは、俺の体の掃除が終わったのか、最後にちんちんに水をぴゅっと当ててから、水飛沫を扇状に宙へと発生させつつお湯に混じって消える。
そして、俺を抱きながら姿を現す。
「閣下……」
ヘルメはキューティクルが保たれた長い睫毛がお湯に濡れてお湯を垂らしていた。
綺麗な蒼い双眸を揺らしながら俺の目を見つめては、唇に視線を動かしている。
頬の葉が悩ましく揺れ、少し紅く染まっていた。
「分かっている……」
そのまま、彼女の希望通り、ヘルメの蒼色に少し桃色が混ざる唇を塞ぐ。
最初は優しく段々と唇の全部を撫でるように深いキスを行った。
柔らかい唇から音を立てながら顔を離すと、ヘルメの口内から液体が糸を引く。
「……二人だけの時間は久しぶりだな」
「はい。嬉しいです……」
キスを繰り返す。
なよやかな姿のヘルメを抱きしめる。
ヘルメから、ほのかに漂う花の香りを鼻孔に感じながら黒猫は、いないが、呆れるほどの情事の時間を楽しんだ。
◇◇◇◇
寝ては起きて、針鼠の彫像の頭をぽんぽんと叩いては、机の上にあったバナナと茸が合体したフルーツを食べつつ歯当たりの柔らかい感触が美味しいバナナ茸の感想をヘルメといい合っては暇を潰す。
そんなこんなで、<筆頭従者長>たちへ血文字で連絡を取り合っていく。
闇ギルドの争いに加勢して敵幹部を仕留めたらしい。
ユイ、エヴァ、レベッカは、特に、その戦いに関する話題が多かった。
巨人を召喚した魔造書はメルが回収したとか、闇斬糸使いは楽だったとか。
ヴィーネは怪しい商会の調査を続けていたが、俺のことが心配で家に長いこと待機してくれているらしい。
ロロとバルミントと共に家で過ごすことが多いと言っていた。
ミスティは生徒たちの面倒が大変とか、女の生徒から告白されそうになったとか、エヴァの骨足金属に使用する緑皇鋼の更なる改良に成功したとか報告してきた。
まさか、初号機をゴーレムの頭に合体させる気じゃないだろうな。
カルードには、闇ギルドの仕事ぶりを褒めた。
一通り連絡を終えると、ヘルメが部屋の隅で浮かんで瞑想を行っていた。
そこに、魔素の気配。
「シュウヤ様、報酬の件でアム様がお呼びでございます。こちらへどうぞ」
トーガを着た老人だった。
「分かった。ヘルメは瞑想しておけ、アムに会ってくる」
「はい、ではお言葉に甘えさせて頂きます」
「おう」
ヘルメと話すと、軽く頭を傾けて、視線でこちらですと語るトーガ服を着た老人の後についていった。
錬鉄の床がある通路を通り、神像が置かれた玄室らしきところへ案内される。
「シュウヤ、こちらです」
アムだ。金色の髪を見せている。
神像の隣にある椅子に座っていたアムは、袋を持ち立ち上がっていた。
あの神像、アムが持っていた木彫りされた人形と同じだ。
彼女はもう頭に黒頭巾をかぶっていないし、口元を覆っていた黒布も装着していない。
胸元が開いた緑の上服。雪を欺くような白い肌を露出し、ほどよい大きさの胸を隠す黒革のブラジャーを大胆に着ていた。
下腹部の綺麗な腹筋を惜しみなく披露している。
完全なる臍出しルック。
下半身には緑色の短パンを履いて、膝ぐらいの長さがある黒鱗ブーツを履いていた。
これは完全にプライベートな格好だろう。
「……アム、綺麗だな」
「あぅ……シュウヤ。ありがとう」
アムは俺のエロい視線に気付いたらしい。
頬を紅く染め恥ずかしそうに顔を叛けてから、横目で、お礼を言っていた。
あまり容姿を褒められたことがないようだ。
「……シュウヤも、モンスターを屠る英雄的な強さは素晴らしかったですよ。後、約束していた報酬です」
彼女は大きな巾着袋を渡してくる。
中を確認すると、赤色と銀色が混ざったような粉末に、狐色の繊維質の中に埋め込まれた形で丸い眼球のような水晶体が入っていた。
「鳳凰角の粉末、ベルバキュのコアです」
俺にはこのアイテムの価値が分からない。
なので、帰ったらミスティか、皆へ見せるか。
アイテムボックスの中へ放り込む。
「……ありがとう、頂くよ」
「はい。あ、この間話していたドワーフの友人が、丁度、この隣の錬金部屋にいるのですが、会っていきますか?」
「そうだった。頼む」
「では、行きましょう、こっちです」
小柄なアムは元気よく走り出す。
俺も小走りでついていく。
案内されたところは、物置小屋のように色々なアイテムで埋め尽くされた部屋だった。
「――ロア、いますか?」
んお? ロアだと!? まさかな。
「なんだ? また珍しいアイテムでも見つけてきたのか?」
まじか? この声、特徴ある野太いガラガラ声……忘れもしない。
俺がこの世界で、初めてコミュニケーションを取った……。
ドワーフの声、あのロアだ!!
「いえいえ、違います。姿が見えないので、こっちに来てください。きっとロアも吃驚すると思いますよ、ふふっ、放浪好きのロアもきっと見たことがないと思いますし」
「……アムがそんなことをわしに言うとは珍しいな。よし、今、ここを片付けて、向かう」
ロアが本や背嚢の塊を退かしながら、姿を現すと、一目、見て、口を震わせて驚愕の顔を浮かべる。
「ま、ま、ま、まさかぁあぁぁああああ、マグルのシュウヤか? シュウヤなのか?」
「あら?」
アムもロアの反応は予想外だったらしい。
「そうだよ、俺も驚いたが、あのロアだな……」
髭のもじゃもじゃが増えた気がするが、確実にロアだ。
「おおおおぉぉ、その声、間違いない。偶然とはいえ、何という……しかし、よく生きていたな……」
小柄のロアは、近寄ってくる。
足元から、まじまじといった表情で見上げてくる。
「えぇ、あれから“色々”とありまして」
「だろうな……しかし、パドック様の導きなのだろうか……」
ロアは小さい両手の人差し指を立て、天蓋を見てから、胸もとで指をクロスさせた。
神に祈るポーズをらしい。
「……知り合いだったのですね。吃驚させようとしたのに、わたしが驚かされましたよ」
アムは両手を動かすジェスチャーを取りながら話していた。
「がはは、アムよ、わしとて物凄く驚いたぞ。地下で放浪していた時に出会ったマグルのシュウヤとの再会とは……よもやおもわなんだ」
「……ロア、俺はてっきりドワーフの都市へ返り咲いたと思っていたのだが、どうしてまた、この都市へ?」
ロアは、ばつが悪そうに、
「……あぁ、それは、だな……最初は順調に黒寿草を用いてのリリウム生産は軌道に乗っていたのだ。そして莫大な富を得ることができた。しかし、【副王会】の手先に嵌められてしまい……」
ロアは悲しみの表情を出しながら、根回しが足りず、強欲な【副王会】に黒寿草の権益を根こそぎ奪われたのだと話す。
長老会議の最大派閥、【副王会】の首領パドロオロにしてやられたのだぁ……と、長らく説明してくれた。
「……そうだったか」
「うむ。シュウヤも“色々”と言っていたが、まさかずっと、地下を放浪していたのか?」
「いや、あの後は、暫く同じ場所で生活していた。だが、このままじゃまずいと思い、決心をしてから骨海、グランバの領域に出て、地下を巡る旅を開始したんだ。そこでグランバに襲われたが、退治して黒猫と出会い、神具台を用いることができる角付きの種族に助けられて、地上へ戻った。それから、助けられた方を師匠と呼び、その一家の方々と地上で暫く過ごしてから、地上世界を放浪。そして、この地下世界を探検する【特殊探検団ムツゴロウ】を率いて、新たに、地下世界の探求へ出ていたところだった」
「はい、わたしたちハフマリダ教団はそこで、シュウヤに命を救われたのです」
話を黙って聞いていたアムが話を付け加える。
「今、さりげなくグランバを退治したと言っていたが、本当なのだな?」
「はい、倒しましたよ、白鎧を身に着けた腕が伸びる奴ですよね」
「まさしく、その怪物がグランバだろう」
ロアはアムに視線を移しながら語る。
「シュウヤなら確実に倒せるでしょう。ここに戻ってくる間、キュイズナーを含めて、数々のモンスターと戦いましたが、シュウヤとヘルメさんにより楽に殲滅できましたから」
「なんと、あの魔神帝国のキュイズナーをか」
「はい、あっさりと倒していましたよ。シュウヤは英雄的な強さを持ちます」
「英雄とは、しらなんだ……あの時、シュウヤを連れていれば、わしの未来も変わっていたかもしれぬな……」
顔色を悪くするロア。
「そんな顔をするなよ。ひさびさに会えたんだ。“ヂヂ”じゃないが、一緒に酒か食い物でも食べながら話すか?」
「ガハハッハッ、ヂヂか。……懐かしい。良いだろう」
「あ、わたしが奢ります」
「おっ、アムがそんなことをするとは珍しい……」
ロアはアムの顔をじろじろ見ている。
「も、もう、ロア、顔を近づけないでくださいっ」
「あぁ……そういうことか」
ロアはニヤリと知ったような顔を浮かべては、俺とアムの顔を交互に見ている。
「ささ、こっちですよ、来てください――」
アムは恥ずかしげに語り、顔をロアから遠ざけると、扉まで足早に移動。
小さい手で取っ手口を掴むと、素早く開けている。
「全く、シュウヤめっ、隅におけんなっ」
笑うロアに俺は尻を叩かれた。
ヘルメがここにいたら、ロアの命はなかったかもしれない。
ということは、アムは俺に気があるということか?
その、にこやかなアムに案内されたのは、縦長の食堂場所だった。
ノーム、ドワーフの背丈に丁度良いサイズの机が並ぶ。
奥にはアルコーブがある。
カウンターでは何か料理を行っているノームのコックが見えた。
「座ってください」
「了解」
「わしは、高級な極酒、六魚と茸の煮物がいい」
アムは酒の名前のところで、一瞬ロアを睨む。
「……高級、はい、今回だけですからね」
「おう、さすが、アムだ」
ロアは、しめたしめたという顔を浮かべる。
「――シュウヤ、食事の希望はありますか?」
アムは、気にせずに俺へ顔を向け訊いてくる。
「どんなのがあるのか分からないから、アムが好きなのでいいよ」
「分かりましたっ」
アムはカウンターがあるところまで、走る。
調理をしていたコックへ語り掛けているようだ。
「しかし、アムがすっかり女の顔になるとはな。シュウヤは余程活躍したらしい」
「そうはいうが、普通に対処しただけだ」
「ふっ、その普通が普通じゃないのは、聞いただけでも分かるぞ」
「そうかな? ま、槍には自信がある」
「お、シュウヤは槍使いなのか、パドック様も槍を使っていたそうだ。偶然とはいえ、今回の再会といい、パドック様が導いてくださったのかもしれぬな」
「そうだな。偶然かもしれないが、何か、縁があったということだ」
ロアは俺の言葉を聞いて、少し考えるように顎に手を当てていた。
「……そういえば、さっき、気になることを言ってたな。神具台を用いた角付き種族と……」
「あぁ、ゴルディーバ族だよ」
そこに、アムと一緒に食材を持ったノームたちがきた。
机の上に魚とマッシュルームの煮物、酒が並べられていく。
赤い野菜と肉系の炒め物も並べられた。
「さ、運んできましたよ、一緒に食べましょう」
「ゴルディーバ族……知らぬ名だ。水棲のピュル族ではないのだな」
知らぬか。ピュル族ってのは何だろうか。人魚の親戚かな。
「ロア、何をぶつぶつ言ってるの。さ、高い酒も用意したんですからっ」
「あ、すまん。頂くとしよう」
なみなみと満たされてある杯を豪快に飲むロア。
こうして、アム、ロアと共に、食事、長話、団欒タイムとなった。
「……なるほど」
「魔神帝国は、だから脅威なのだ。こないだも、アムの活躍で追い返したが」
「はい、何とか追い返しましたが……墓碑銘には、また複数の兵士たちの名が刻まれました」
そこから魔神帝国との戦争話に発展。
各独立都市で本格的に都市同盟を組み、抵抗しようと試みている最中なんだとかで、アムはそのために、【独立地下都市ファーザン・ドウム】のお偉いさんと会談を行ったらしい。
続いて、行商人が持ち込む茸類の流通話、火山の熱を利用した特殊茸の栽培話、ドワーフとノームが喧嘩して火山に落ちたアホ話からそこで二人の幽霊が出るようになった話、恋人が戦争で死んで追い掛けるように火山へ身投げした話、パドック様が愛用していた聖槍ソラーが地底湖に眠っている伝説、赤ら顔のロアが、もう一度、神具台について尋ねてきたり、地上の生活についての質問にまで及んだ。
長らく話し込んだし、そろそろ帰るかなと思い始めた時、
「シュウヤはこれからも地底の探検を行うのですか?」
頬が赤くなっているアムから尋ねられた。
彼女も酒を飲んでいるので、酔っているかもしれない。
「あぁ、そうだ。こうしてロアとは久々に再会し、アムとは酒を飲む仲となったので、名残惜しいが……お別れとなる」
ノベル版「槍使いと、黒猫。」1~20巻発売中。
コミックス版の「槍使いと、黒猫。」1~3巻発売中。