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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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1991/1999

千九百九十話 『骨環溜まり』の〝誠意〟


 左右の路地に怪しい氣配が増えて直後、右の路地、建物の柱の陰から殺氣が……。

 魔素だけで分かる一流処だ。

 血の匂いもあちこちから漂い始めた。

 魔人、魔族、邪神の使徒……闇ギルドの手合い、冒険者ではないはず……。

 

「閣下、この殺氣、情報屋ギムレットの配下とは思えませんね……」

「あぁ、『骨環溜まり』という名前だけはあるか」

「はい、大所帯ですからさすがに目立ちますね」

「ん、氣を付けよう――」

「はい――」


 エヴァは、既に浮いていたファーミリアと共に少し浮上した。


「でも、こうハッキリと殺氣を向けてくる連中ってのも、ある意味、清々しい」


 ユイらしい言葉だ。

 クレインが、


「【天凛の月】の名が効かない連中ってのも、新鮮だねぇ、セナアプアとは大違いさ」

「……ふふ、【天凛の月】もセナアプアでは、最初は中小の扱いだったはずですわよ?」


 アドリアンヌが指摘する。

 クレインは、


「ハッ、一本取られたねぇ。たしかにそうだった。しかし、盟主、この殺氣を寄越す連中だが、【腐肉漁り】や【炭ノボガー】の連中か、それとも、情報屋ギムレットの差し金、どちらだと思う?」

「分からん。【腐肉漁り】や【炭ノボガー】の連中なら、話が早い。

「【腐肉漁り】や【炭ノボガー】の上層部と連なる連中の可能性か」

「あぁ」

「邪神ノルサグの使徒が告げた〝黄昏の爪〟の名もあるわよ」

「他の邪神の使徒の場合もあります」


 レベッカとキサラの言葉にクレインは頷き、歩きながら右手に持つ金火鳥天刺を持ち上げ、「……どのような相手であれ、奇襲しきてきたら全力で返り討ちさね……」と呟く。


 皆が頷いた。

 キサラは


「……混沌としているのはどこも同じですね」


 と発言し、しなやかにステップし、前進し、左腕に構えていたダモアヌンの魔槍を少し振るい両足を前後に出して、細い両足を見せるように、歩く姿は華麗だ。


 そして、柱の陰をキッと鋭い眼差しで見つめた。

 ダモアヌンの魔槍の穂先を差し向ける。

 柱の陰の魔素は、キサラの殺氣を受けた途端、薄らぐように右に移動していく。

 

「襲ってくる氣配はないようにも思えます」


 キサラの言葉に、クレインは、「まだまだ油断はしないさ」と、宙に浮いているエヴァと目配せしてから浮遊し、

 左手に持つ銀火鳥覇刺を軽く振るう。


「……襲い掛かってくるタイミングを見ているのかねぇ、それとも他の通りでも、戦いが起きた余波が、今のこのタイミングと重なった?」


 と発言し着地した。

 ミスティはゼクスの肩に腰掛けつつ、右の建物の上を進み、


「こちらの屋根の上にいた連中は他の建物に移ったわよ」と発言。


 皆も頷く。


「……邪神のヒュリオクスの使徒なら問答無用で襲ってきそうだけど」

「ん、パクスの最終形態なら分かる」

「そう! 邪神ヒュリオクスの眷属、使徒だったパクスや、カーグルルグの蟲の群れの攻撃は怖すぎる」


 レベッカの言葉に、当時を知るメンバーが視線を合わせ、顔色を悪くし、一斉に俺を見る。「もう蟲に体を喰われるようなことはないとは思う」と発言。



「パクスも最初は理性がありましたので、問答無用の襲撃はヒュリオクスの使徒だっとしても無いはず。フーに取り憑いていた蟲のカーグルルグのような場合は注意が必要ですが、シャナがいれば安心できます。そして、未知数ですが、マナブが語っていた。邪神の使徒の場合もありますね」


 ヴィーネの言葉に、槌使いのマナブを思い出す。

 そして、傍にいるシャナを見た。

 彼女は、タータイム王国の王都に残っていたが、キュベラスの<異界の門>を利用し、今がある。


「ヒュリオクスなどの場合は、シャナに活躍してもらう予定でもある」


 そのシャナは、


「はい、邪神連中なら、お任せください」

「おう、頼む」

「ご主人様、昨夜少し話をしましたが、邪神シテアトップの魔力を放った場合、シテアトップの他の使徒が接触してくるかもですよ」


 ヴィーネの言葉に頷いて、「そうだな、試してみる」


 即座に右手に<邪王の樹>で樹槍を作る。

 それ<握吸>で握り締めてから殺氣を放っている奴らがいる柱の手前を狙う――樹槍を<投擲>した。

 地面に樹槍が刺さって爆ぜたように樹槍と地面の一部が散る。

 殺氣を寄越した連中は退かず、驚いたのか、柱から頭部を横にちょいと出し、こちらを覗く。


 邪神シテアトップの他の使徒ではないようだ。

 四眼四腕の魔族、黒装束を着た男か、女か。

 ルリゼゼが反応し、


「四眼の魔族か、同胞と似た魔族はセラには多い……」


 と発言した。「ふっ、強者の雰囲気はある、魔界からこのセラに渡っていた名の知らぬ強者かの……」と戦公バフハールも言うとルリゼゼは「あの相手がこちらに戦いを仕掛けて来た場合、第二十六の<筆頭従者長>として、我が相手をしよう」


 宣言しながら、その柱に近づくが、柱の陰にいた四眼四腕は逃げたように氣配が遠のいた。

 

「逃げたか。それもまた強者の証し」

「「……」」


 皆も同じことを思ったように無言で、警戒心を強めた。

 九槍卿の師匠たちも、得物を出したまま左右の路地の氣配を探るように歩いて付いてきている。

 そして、アドリアンヌが、

 

「……逃げるだけ優秀ということで、放っておきましょう。そして、私の【星の集い】もここでは中小の闇ギルドとしての力しか見せていません。ですから、こうした人数での堂々とした移動は、格好の標的になりますね」


 と発言し、キサラたちを越えて通りを歩く。

 そのアドリアンヌの背後にいたレベッカも、


「……【血星海月雷吸宵闇・大連盟】のビックネームも、ここではあまり意味を成さないってことね」


 そのレベッカの言葉に、レザライサが、


「あぁ、我らはフロルセイル地方では無名に近い。帝国では、多少【白鯨の血長耳】は響いたようだが、さすがにな」


 レザライサの言葉にアドリアンヌは頷いた。

 シキも<溯源刃竜のシグマドラ>を召喚しつつ、


「無理もない。ペルネーテの南マハハイム地方は、ここから遠い東の地方です」


 頷いた。

 襲ってきたら風槍流を活かすとしよう。

 魔槍杖バルドークを右手に召喚。


 途端に、左の屋根と路地裏から殺氣が強まった。

 俺が狙い目なのか?

 

 途端に、セイオクス師匠が<闇透纏視>のようなスキルを発動した。

 蒼白い色合いの虹彩に、灰色の卍と火の玉の模様が生まれると、師匠の前に、大きい角塔婆を背景に、板塔婆の幻影と共に塔魂魔槍流の魔法文字の幻影と火の玉が無数に浮かぶ。


「ここは……法の光が届かぬ、強者と弱者が偏在する場所……無数の魂が嘆いている……」

「久しぶりに見た。<塔魄・九間群>と<塔魄・真吸火炎把>よね」

「ふむ、魂をかけた戦いが、左側で起きた形跡がある。そして、強者も多い。我の塔魂魔槍流の糧になる相手である』


 と、<雷光瞬槍>のようなスキルを使用したセイオクス師匠は前に出た。大きい角塔婆、板塔婆、火の玉がブレながら師匠の背に吸収されるように付いていく。


 塔魂魔槍を振るうと、陰から出ていた闇の魔力が切断。

 途端に、左右に陰から跳びながらこちらに出てきたのは、四眼二腕の黒装束の魔族と人族の武芸者に、魔術師風情の女が現れる。


「俺たちに氣付いたか――」


 と、セイオクス師匠に人族の武芸者が袈裟掛けを仕掛けた。

 セイオクス師匠は「<塔魂――」と呟き<青炎・朧突き>のような蒼い白い火の玉を新たに出現させる突きで、人族の武芸者の腹を穿ち倒すと、四眼二腕の黒装束が繰り出した魔剣と鉈の連続斬りをスウェーの動きで紙一重で避け塔魂魔槍を前に出し、牽制、そして、魔剣の切っ先を弾いた瞬間、塔魂魔槍の柄を握る手が消え、否、塔魂魔槍ごと前に出て、四眼二腕の左腕と腹を穿ち、左足で地面を蹴り、右足の裏で鉈の刃を踏み上げ横回転、塔魂魔槍を振るい上げ、四眼二腕の魔族の腹から胸元を豪快に薙ぎ払って吹き飛ばして倒した。

 そして、片手で念仏を唱えるような仕種を取ると、


「その真・魂・魄はもらい受ける――」


 大きい角塔婆を背景に、無数の板塔婆と火の玉がセイオクス師匠の背から放出されて、吹き飛んだ四眼二腕の魔族の魔力、魂が、そこに吸い寄せられていった。

 そこに魔術師が火球と雷球をセイオクス師匠に繰り出す。

 妙神槍流ソー師匠たちが、俺たちに手をあげ、「大丈夫だ」と言った直後に、セイオクス師匠は、塔魂魔槍を振るい、魔術師の女が繰り出した火球と雷球を叩き斬る。そして、魔術師の女を見て、


「……お前も、なかなかの質……『骨環溜まり』は良い相手ばかりのようだ……」


 珍しい骨董品でも眺めるかのように呟いた。

 その声には侮蔑も同情もなく、ただ純粋な武芸者の言葉だ。

 そして、レプイレス師匠が、


「セイオクスよ、妾も前に出るぞ」

「あぁ。ここは闇が濃い」

「……ふむ、光がなくば、闇が濃くなるは道理。そして、闇に蠢く者共は光よりも遥かに本能に忠実よ」


 レプイレス師匠が、赤い唇の端を吊り上げて応じる。

 その瞳は、路地の暗がりでぎらつく獣の瞳と同じ種類の光を宿していた。やがて、魔術師の女の背後から、俺たちの進路を塞ぐように、五人の男たちが姿を現した。使い古された革鎧は擦り切れ、手にした剣や斧は手入れが行き届いているとは言えない。だが、その体から発せられる殺気と、濁った魔力は本物だった。


「……旦那方。見ねえ顔だな。この先は俺たちの縄張りだ。通りたきゃあ、それなりの〝誠意〟を見せてもらわねえとなぁ?」


 リーダー格と思しき、顔に大きな傷跡を持つ男が、下卑た笑みを浮かべて言い放つ。その視線は、俺たちの装備品や、女性陣の姿をいやらしく舐め回していた。

 俺が出ようとしたが、獄魔槍流のグルド師匠と飛怪槍流グラド師匠とトースン師匠が前に出て、


「お前ら、今の死んだ魔族と人族を見ても逃げないとは、腕にそうとう自信があるようだな」

「……『骨環溜まり』での誠意だな。ならば良し……」

「カカカッ」

「頭目に、グラド、我らが動こう」


 と、発言したトースン師匠。

 魔煙草の紫煙をゆっくりと吐き出す。

 対峙している左にいる男の槍使いは、


「舐めた真似を――」


 と、<雷光瞬槍>のような加速から鋭い<魔仙萼穿>のようなスキルを繰り出してきた。


 トースン師匠は、<悪読>を使ったように、右足を引いて体をズラしただけの半身で、華麗に突きを避け、左足刀の中段蹴りで、槍使いの脇腹を蹴り跳ばした。


「ぐあ――」


 トースン師匠は骨装具・鬼神二式から粉塵の魔力を噴出させ、


「……小童共、お前たちの言う〝誠意〟とやらは、どの程度の価値がある? 例えば――お前たちの命すべてと釣り合うか?」


 対峙している男たちの笑みが消えた。引き攣っている。

 侮辱されたことに対する怒りか。

 トースン師匠の尋常ならざる研ぎ澄まされた魔力を受けての戸惑いかな。


「なんだと、てめぇ……!」


 一人が激昂して斧を振り上げようとした刹那――。

 トースン師匠の姿が掻き消えた。

 否、消えず、常人には捉えきれぬ速度で斧を振り上げた男の背後に、悪愚槍の石突が、男の首筋にめり込むと、ドッとした音が響いて、男の首が破壊され、跳ぶ。


 他の仲間が「ポオユーが!」と叫ぶ。

 首を失った体から血飛沫が迸る。

 意思を失った人形のように崩れ落ちる最中、その死体を蹴り跳ばしたトースン師匠は、悪愚槍の穂先を近づいてきたリーダー格に向ける。

 

 リーダー格は「くっ……貴様……」と動きを止める。

 途端に、首元が膨れ上がると、加速した。尋常ではない勢いで斧が振るわれるが、それを見るように避けたトースン師匠は、壁を蹴り、跳躍し、「良い攻撃だが、体を得た我に一撃を与えるだけの膂力が足りん――」


 宙空を高い場所からこちらを見やるトースン師匠。

 時間が止まったかのように静止した。


 その灰色の瞳が、眼下で斧を振り切った男を冷徹に見下ろす。


「――故に、その一撃は死を招く……<悪愚・天穿墜>――」


 言葉が終わると師匠の体は沈む。

 否、悪愚槍を真下に、自ら死の鉄槌と化して垂直に落下した。

 その体から噴出した粉塵の魔力が悪愚槍に収束し、黒い髑髏螺旋を描くように黒き流星と化したトースン師匠――。

 リーダー格の男が咄嗟に掲げた大斧だったが、悪愚槍の穂先に触れた直後、甲高い音を立てて粉々に砕け散る。

 悪愚槍は勢いを殺すことなく、男の鎖骨、内臓をぶち抜き、地面ごと撃ち抜いた。石畳が爆ぜ、放射状に亀裂が奔る。

 男は断末魔を上げる暇さえなく、槍に貫かれたまま地面に穿たれた浅いクレーターの中心に叩きつけられ、その衝撃で全身の骨という骨が砕け散り、もはや人の形を留めない肉塊へと変貌した。

 

「運動エネルギーの拡散が強烈ですね」


 アクセルマギナの言葉に頷いた。

 師匠の一撃が内包した凄まじい運動エネルギー。

 トースン師匠は、槍を突き立てた骸から音もなく離れ、その槍身を軽く振るった。付着していた血肉が存在しなかったかのように綺麗に飛散する。


 人族の魔剣師が、短剣を<投擲>。

 それを左右に移動して避けるトースン師匠。

 他のエルフっぽい、片腕から剣を生やしている冒険者の身なりの者が、「魔界帰りが調子に乗るなよ――」と片腕から生えていた剣刃を射出していく。<導魔術>系統で、その剣刃を操作しているのか。


 トースン師匠は、動きを鋭くする。

 一振り二振りの<悪愚・弐式>だろうか、悪愚槍の軌跡が黒い残像を描き、飛来する剣刃を的確に、しかし最低限の動きで弾き返す。左腕で中段受けを行うような動きで、左甲の骨装具・鬼神二式でも弾いていた


 まるで、すべての遠距離攻撃がどこに来るか、あらかじめ知っているかのようだ。


 近づく剣刃をすべて弾いた。

 そして、落下エネルギーを利用し、右足の足裏でなおも迫っていた複数の剣刃を地面に縫い付けるように捕らえ、豪快に着地していた。


 周囲に衝撃波が発生した。

 槍だけでなく、体捌き、状況判断、非常に参考にはなるが、悪愚槍流ならではの動きで、理解を超えた領域にある。


 ……あの片足の足裏の動きは凄まじい。

 トースン師匠は、残された者たちを一瞥、


「さて、〝誠意〟とやらは、まだ見せてくれるのか?」

「あぁ、見せてやろうか――」


 と、魔剣師の人族が知恵の輪のような暗器を<投擲>してきた。

 暗器はキュルキュル音を立てて左右に分裂し、稲妻が迸る

 分裂した暗器からも放電が走りながら、トースンに向かった。

 トースン師匠は、「他はレプイレスたち、頼むぞ――」と暗器の稲妻の群れに悪愚槍を<投擲>し、衝突、爆ぜた。

 途端に、トースン師匠は、骨装具・鬼神二式を活かす。

 両腕に一体化した骨魔具――〝魂喰いのイーター〟の銃口が火を噴き、無数の骨刃の弾丸が射出された。


 魔弾を暗器で相殺しながら速く動く魔剣師も手練か。


 そして、レプイレス師匠と、シュリ師匠と、グルド師匠と、ソー師匠と、イルヴェーヌ師匠が前に出て、

 

 対峙した黒装束を着た槍使いと、魔大剣を扱う冒険者崩れ、否、強者と対峙し、一瞬だが、互角に打ち合う。

 グルド師匠とソー師匠が衝撃波を浴びて横の壁に背を当てていた。


 黒装束の槍使いが放つ追撃の<闇雷・一穿>のような<刺突>系統。

 更に、魔大剣の強者が繰り出す<妙神・飛閃>のような薙ぎ払い。


 その両者の猛攻をグルド師匠とソー師匠は、獄魔槍の柄と無覇と夢槍の柄を巧妙に盾として扱い冷静に弾く。

 

 互いの視線が火花を散らす。

 反撃に次ぐ反撃の応酬で甲高い金属音が通りに響き渡る。

 攻撃の余波をやり過ごす。

 その激戦に割って入るように、トースン師匠に足止めされていた魔剣師が動いた。口と肩からドラゴンの頭部を発生させ、師匠たち全員を巻き込むように広範囲の火炎衝撃波を放つ。


「それは悪手というモノ――」


 その火炎衝撃波を<影導魔・星影>の無数の魔槍と魔槍から溢れでる影の魔力に吸引されるように霧散した。


 直後、グラド師匠はゆらりと前に出て、無数の魔槍が一つの飛怪槍に集約していた、その飛怪槍に乗って静止した。

 

 そんなグラド師匠に動揺した敵は退く。


 路地の空氣が凍てついたかのように張り詰めた。

 先程までのチンピラとは比較にならぬほどの濃密な死の匂いを纏った者たちだな。


 レプイレス師匠が、


「弟子たち、上と左と右を見ておくだけでいい、邪魔が入らないように」

「分かりました」

「ん、がんばって」


 エヴァの言葉の後、()()(テン)も、



「妾たちも参加したいが、器の師匠たちもの力を見よう」

「「はい」」

「体を取り戻しての全開に近い挙動は素晴らしいものばかりです」

「そうですね」


 ヴィーネの言葉に皆が頷く。


「シュウヤも先程からジッと見ては、師匠たちの真似をしている」


 と、レベッカの指摘に笑みを浮かべた。


「わしも十槍卿の一角に……」


 と戦公バフハールの言葉に、「ハッ、冗談だ」と、幻魔千滅槍の穂先を地面に刺し、その幻魔千滅槍に腰掛けた。


 と、戦いは継続中。

 エルフの男が操る追尾式の剣刃と、左手の掌から三合打ち合ったイルヴェーヌ師匠――。


 その貌に浮かぶは、罪人を裁く断罪の女神のごとき冷徹な笑み。

 師匠は断罪槍を水平に構えると、身に宿す魔力を一氣に解放。

 <魔銀剛力>が発動し、その体から銀色の魔力光が迸ると、すべての力が断罪槍へと注ぎ込まれていく。

 前傾姿勢を取った直後、


「消えよ――<断罪槍・月霊刃>」


 一閃。振るわれた断罪槍から無数の三日月が生まれる。

 月の光を宿した無数の刃が音もなく空間を舞い、宙を舞うすべての魔剣と激突。甲高い金属音と共に魔力を込められた剣刃はことごとくがガラス細工のように砕け散り、光の粒子となって消滅した。


「なっ……俺の魔剣が……!」


 驚愕に目を見開くエルフの男。

 だが、その驚きが恐怖に変わるのに、一瞬の猶予もなかった。


「――遅い」


 背後に、いつの間にかシュリ師匠が立っていた。

 その手にした雷炎槍エフィルマゾルが生き物のように赤と紫の雷を迸らせている。師匠の全身から放たれる熱と雷が周囲の空氣を歪ませた。


「その身に刻むがいい。雷炎の裁きを――<雷炎槍・瞬衝霊刃>」


 <刺突>のモーション。

 足下がブレて雷炎が消えたかのように見えるほどの加速。

 突き出された雷炎槍の周囲に幻想的な雷と炎の刃が無数に生まれ、一本の巨大な槍となってエルフの男に殺到した。


 絶叫さえも許されず、男の体の内から弾けるように灼き尽くされ、最後には雷光の中で蒸発し、人型の焦げ跡だけが残された。


「さて、残るは大物か」


 グルド師匠が、魔剣師の人族へとその殺意を向ける。

 先程のトースン師匠の一撃で爆ぜた稲妻の余波がまだ空間に散っているが、そんなものは意にも介さない。


「小賢しい真似を……<獄魔追突>」


 グルド師匠の体が、黒い魔力の奔流と化して直進する。

 魔剣師は咄嗟に防御障壁を展開したが、そんな付け焼刃の防御が〝獄魔〟の名を冠する一撃を防げるはずもなかった。

 ガラスが砕けるような音と共に障壁は霧散し、師匠の槍の石突が、魔剣師の鳩尾へと寸分の狂いもなくめり込んだ。


「ご……ふっ……」


 衝撃で眼球が飛び出し、内臓が口から逆流したが、回復スキル持ちか、逆再生するように再生し、後退。

 グルド師匠は、苦悶の表情を浮かべ後退する男を追うように獄魔槍を突き出し、その体を穿ち貫く。


 その顔を覗き込むようにして愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、


「――お前も魔界帰りか不明だが、中々だ――」


 獄魔槍を捻り、体で内臓を掻き混ぜる。

 男の再生が間に合わない、声なき悲鳴を上げる中、その体をまるでゴミでも捨てるかのように、天高くへと放り投げた。


「ソー、やれ」


 グルド師匠の言葉に眷族たち感嘆とも畏怖ともつかない息が漏れる。

 特に、最前線で戦ってきたクレインなどは「……次元が違うねぇ」と、呆れたように呟いていた。

 ソー師匠は、


「……おうよ、妙なるは神の御業」


 <魔略・妙縮飛>でその姿が掻き消えた。

 落下してくる魔剣師の直下に音もなく現れ、両手には無覇と夢槍の二槍が握られている。


「あばよ――<妙神・双角>」


 天を衝くように突き出された二本の槍が落下してくる魔剣師の体を寸分の狂いもなく捉える。無覇が心臓を、夢槍が脳を同時に貫き、その勢いのまま、二槍は男の体を凄まじい速度で回転させた。

 遠心力によって血肉が周囲に撒き散らされ、男の体は一瞬にしてミンチ状の肉塊と化し、スラムの汚れた地面に無残な染みを描いた。


 そして、最後に、レプイレス師匠が、


「頭目、妾が閉めるぞ」

「無論じゃ」


 飛怪槍の上に両足を付けて浮いていたグラド師匠は、レプイレス師匠と頷き合う。

 レプイレス師匠は、舞台の締めを飾る女優のように――。

 ゆっくりと一歩前に出た。

 その紅い瞳は、この惨状を引き起こしたすべての者、路地の陰に、屋根の上に、まだ潜んでいるであろうすべての氣配へと向けられていた。


「痴れ者共……まだ〝誠意〟とやらを見せたい者はいるように思えるが、否、もう語りかけるのも億劫……」


 と呟くと、重心を下げた。

 足下に薔薇の花が咲き乱れた。

そして、俺をチラッと見て、


「弟子よ、<女帝衝城>だけが、妾だけではないことは知っているな?」

「はい」

「ならば良し……」


 そこで、敵たちを再度見やったレプイレス師匠は、溜め息を吐く。


「……好機を与えたというに、痴れ者共か……では、妾だけの盛大な〝誠意〟を送ろう――()になさい<女帝豪馬殺>――」


 女帝の勅令。

 絶対的な支配者の宣告だった。

 女帝槍の真上に金色の魔槍が出現し、それが直進すると、金色の魔力を放ちながら薔薇の魔力を纏ったドールゼリグンと似た大型の魔馬に変化を遂げた。


 その薔薇の大型の魔馬と共にレプイレス師匠は、女帝槍を突き出すモーションを見せるように直進。


 薔薇の大型の魔馬は嘶きめいた振動波となって響く。


 レプイレス師匠はやや遅れて、その振動波と共に薔薇の大型の魔馬と重なり、一体の金色の奔流と化して直進する。

 その金色の奔流が進む先では、手練れの者たちがわずかに武具や魔道具で抵抗し、レプイレス師匠と薔薇の大型の魔馬に近づくが、一瞬で、その体は大氣圏に突入しているように塵芥と化し、一部の石畳は噴き上がったように舞い上がり、熔解し、沸騰していく。

 建物の壁は弾け飛び、木材の裂ける悲鳴と石材の砕ける轟音が、敵の断末魔さえも呑み込んで通り一帯を蹂躙した。


 軌跡は灼熱の鉄塊で抉られたかのようだ。


 鼻腔を刺すのは、甘ったるい薔薇の香りと、魂ごと焼かれたような異質な焦げ臭さ。あまりにも一方的な蹂躙だな。

 通りに満ちていた殺氣は手練れの魔族たちもろとも跡形もなく消え去った。

 

 以前の喧騒が嘘のような静寂が訪れる。

 変わり果てた光景に皆が息を呑んだ。

 

 トースン師匠が、ふぅ、と紫煙を吐き出しながら、やれやれといった風に首を振った。


「弟子の手前と分かるが、少々やりすぎだ、レプイレス」


 その言葉に、レプイレス師匠は女帝槍をくるりと回して消すと、挑発的な笑みを唇に浮かべた。


「トースン、何を言っている。ここは邪界、魔界、神界、とセラの者たちが、目細しいばかりに争う場所のはず、酒場も、『奈落の杯』だ」

「ハッ、それはそうだが」


 飛怪槍流グラド師匠も、


「カカカッ、だが、多少は目立ったの」

「あら、頭目。おかげで、この先の面倒が一切省けたではありませんか。これも一種の〝誠意〟よ。それに……」


 レプイレス師匠は、ちらりとこちらに視線を送る。


「弟子には、師の力の天井を見せておく必要もあるでしょう?」


 悪びれる様子もなく、ふふん、と誇らしげに胸を張る。

 その手の中で、女帝槍が満足したようにわずかに輝いたように見えた。 たしかに、これだけの力を見せつけられれば、この先に待ち受ける者たちがどう出るかは明白だが……。


 まだまだやる氣の高い連中がいるようだが、先程よりも距離を取り、静観さを強めている。俺たちに道を譲るつもりはあるようだ。

 

「カカカッ、見事な〝誠意〟であったな」

「ふむ、これでようやく、静かに酒が飲めるというものだ」


 バフハールとグルド師匠が満足げに頷く。

 破壊され、変貌してしまった道を踏みしめて、改めて目的の酒場へと歩を進める。


 やがて見えてきたのは、ひときわ異様な空氣を放つ一角。

 建物の壁は黒く煤け、落書きなのか呪詛なのか判別不能な文字で埋め尽くされている。そして、その中心に、まるで巨大な獣の顎のように開いた入り口を持つ建物があった。


 入り口の上には、錆びついた鉄で杯の形を象った看板が掲げられている。あれが、目的の酒場『奈落の杯』に違いない。

 門番の複数の魔族と人族がいるが、こちらを見ては、お辞儀をしてきた。先程の襲ってきた連中とは、また異なる勢力下ということか。


 そして、漏れ聞こえていた喧騒は完全に鳴りを潜めた。

 巨大な墓石のように、不気味な沈黙を保つ、あきらかに、俺たちを警戒しているか。

 

 


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