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千九百八十九話 湯浴みの宴と奈落の気配


 夜景を皆と楽しむように魔酒を楽しみながら、キッシュたちと血文字で情報を交換した。そして、ベランダからリビングに戻る。

 柔らかなソファが前後に並び、壁際にベッドが並ぶ。

 

 カフェ&バーにあるような三日月形のお洒落なテーブルにはミスティとクナとメルとキッカが、魔酒を片手に、何かの資料を見ては、塔烈中立都市セナアプアのペレランドラと砂城タータイムにいるルシェルとクレインと血文字で連絡を取っていた。

 

 左の壁際の高椅子に座るシャイナスは、カルードとフーとベネットと話をしていた。


 クナたちに、


「奇遇だな。俺もキッシュに連絡していたところだ」


 そう言って、空いていた高い椅子に腰掛ける。

大きな窓の外には、迷宮都市のきらびやかな夜景が宝石箱のように広がっていた。


「シュウヤ様も。私たちも、こちらの状況を伝えていたところです」


 メルが資料から顔を上げた。


「はい、私たちも、魔人武王ガンジスたちと遭遇する前に、邪神トリベラーの第六使徒ベスマギドたちと戦っていた魔界騎士シャイナスのことを含めて、この都市の冒険者ギルドの様子や、例の情報屋、邪神ノルサグの使徒からの接触についても伝えました」


 クナも、


「魔宝地図の解読師と受付嬢は冒険者としての仕事。それとは別に、情報屋ギムレットと、〝黄昏の爪〟に【腐肉漁り】や【炭ノボガー】は、わたしたち【血星海月雷吸宵闇・大連盟】との戦いとなっている状況を伝えましたわ。ただ、アドリアンヌの【星の集い】のイゾルガンデ支部だけでも、その二つの【腐肉漁り】や【炭ノボガー】は潰せそうですので、わたしたちは邪神の使徒に集中できそうですわね、といったことを話し合いました」


 その言葉に皆が頷く。

 キッカは、


「当たり前ですが、ペレランドラとキッシュも興味を持っていた。そして、シテアトップ、アザトゥースの使徒などとも会うのでは? と聞いてきました。その返事に私は、シテアトップの使徒は、十天邪像を持つ宗主になるのでは? 無論、あくまでも立場はそうであっても、宗主は、シテアトップには従っていないので、使徒ではないが。と返事をしていたところでした」

「はい、そうしたことを、皆で会議をするように、血文字と〝光紋の腕輪〟の音声でコミュニケーションを取っていました」


 メルの言葉にミスティたちも頷く。

 

『月詠みの寝台』の貴賓室『銀月の間』は、新たな拠点として申し分のない場所だ。そこで、しばらくまったりと過ごす。


 すると、談笑しながら師匠たちが戻ってきた。皆、心地よい疲労感と高揚感をその身にまとっている。


「王城にあるような練兵場であったな」

「あぁ、幾つも並ぶ木人形には、魔城ルグファントの麦わら訓練人形を思い出したぜ」

「ふむ、いい訓練ができた。グルドとのサシ勝負はいつになく面白い」

「あぁ、面白かったが、<獄閃>から<墜突落とし>のコンボをあっさりと防がれるのはショックだったぜ」

「ハッ、それは我もだ、<悪読>での読みを超えた、<獄魔速>と<獄魔追突>の流れは見事。我の<悪式・朧穿>の幻影突きと、<悪愚・壱式>の突き、そして、<悪愚・弐式>の払いを往なされ、<悪愚・連裂刃>の連撃と、間合いを詰めた<愚王預け>による<悪把>からの<槍組手>も防がれた」

「あぁ、そりゃな、魔軍夜行ノ槍業の中で、最強の弟子の戦いを常に見ていた成果だ」

「ふふ、グルドとトースンに、レプイレスとセイオクスは、訓練施設を破壊しかける寸前まで張り切っちゃうし」

「……体を得ると、やはり嬉しいのだ」

「そうだな。妾も<女帝衝城>を使ってしまうところだった」

「うん、さすがにね。全開での訓練は、外か宙空でやりましょう」


 シュリ師匠の言葉にレプイレス師匠たちは頷き合い、得物を放るようにアイテムボックスに消していた。

 それぞれのアイテムボックスは、ベルトに付いたバックル、腕輪、紐のミサンガのような魔宝石の連なり、アンクルなど様々だ。


 氣に入った革張りのソファへと深く腰を下ろすと重みで空氣が押し出される音が微かに響く。


 それぞれが寛ぎ始め、トースン師匠は魔煙草を口に咥えては白銀の煙管を召喚し、ふぅ、と紫煙を吐き出した。

 指先で弄ぶように揺れる煙が室内の柔らかな光に溶けては消えていく。その煙からは、どこか甘く、そして心を落ち着かせる香りが漂った。


 その師匠たちに会釈をしてからシャイナスたちの近くに向かう。

 シャイナスは、

 

「……光魔ルシヴァルは、魔族と似て、眠りを必要としないと聞いたが」


 シャイナスが問いかけてきた。

 その横顔には、純粋な好奇心が浮かんでいる。


「あぁ、そうだ。肉体的な疲労はあっても精神を休めるだけで回復する。もっとも夢を見たり、安らかな時間に身を委ねたりするのは嫌いじゃないがな」

「納得だ。我もあまり眠ることはない」


 豪快に笑うのは、酒瓶を片手にしたグルド師匠だ。

 その隣で、バフハールが面白そうに四つの目を細める。


「カカッ、眠りは武人にとって束の間の休息であり、次なる戦いへの備えでもある。だが、時にはその眠りすらも力に変える術がある。シュウヤ殿、貴殿は<我眠・王分泌把>というスキルを聞いたことがあるか?」

「<我眠・王分泌把>……? 初耳だな」

「うむ。我が独自に編み出したスキルでな。眠りについている間、己の魔力を体内で練り上げ、特定の効果を持つ分泌物を生成するのだ。ある時は傷を癒す軟膏となり、またある時は一時的に身体能力を向上させる霊薬となる。もっとも、どんな効果が生まれるかは、その日の夢の内容次第という、気まぐれな代物だがな」


 バフハールはそう言って悪戯っぽく笑った。

 眠りさえも武の糧とする。

 戦公と呼ばれる男の底知れなさを改めて感じさせられた。


「……面白いスキルだ。<夢送り>のナミのことを思い出した」


 ナミの【夢取りタンモール】たちとリツの【髪結い床・幽銀門】のメンバーたちは、今もサイデイルで活躍中だ。バフハールは興味を持ったように、


「ほぉ、<夢送り>か。あぁ、シュウヤの記憶にあったな。【夢取りタンモール】という組織の一員だったか――」


 と言ってて氣付いたように語り、机の皿に積まれてあった大きいナッツを口に放り、がりがりと食べる。俺も食べたくなってくるほど、美味そうに食べていく。


「……おう。俺の記憶の通り、【夢取りタンモール】という組織も、俺の【天凛の月】の部下たちだ。ナミは、その中のメンバーの一人。眷属化の話もリツと共にでていたが、実はまだだ」

「……うむ、〝夢魔の曙鏡〟を使ったナミ。そして、記憶にあったゲンガサの長も不思議よな」

「あぁ、かなり不思議な方々だ」


 アブ・ソルンに関して調べている。

 クナとメルたちも頷いていた。

 ミスティはテーブルの上で羽根ペンを走らせている。テーブルの上には、羊皮紙の他に、小型のゼクスとゼクスから取り出していたイシュラの魔眼から出ている無数のケーブルを調べているようだ。プラモデルを弄っている博士に見えてくる。

 バフハールは、


「シュウヤの記憶にあった、あの……〝丸い半透明な物質〟の解読の際だ。王牌十字槍ヴェクサードに宿るヴェクサードと連携し、〝八人の天と地を穿つ力ある者、死神テンハオウスと荒神ペイサルを打ち倒すが、夜明けのタンモールの地にて眠る〟と、読んで解読しては、丸い半透明な物質に封じられていた夢魔ガショバ・デアドの封印を解いてしまっていた。そうして、お主たちと魔塔ゲルハットで、夢魔ガショバ・デアドと戦った記憶は面白かったぞ」

「あぁ、あったな」

「ガショバが語っていた、光属性の<血魔力>を有した吸血鬼(ヴァンパイア)の力を持つアブ・ソルンとはシュウヤたちと同じに思えたが、タンモールもまた謎の集団だ……」


 戦公バフハールは、俺の記憶を思い出すように語っている。


「……ふむ。シュウヤよ、分かってはいるが、やはり、お前さんは相当な経験を踏んでいる」

「あぁ」


 その後は、キュベラスと共に<異界の門>を使い、砂城タータイムに戻っては、ルリゼゼとルシェルとクレインたちと会話をしては、交代するようにイゾルガンデの『月詠みの寝台』に<異界の門>で転移して戻った。


 エヴァたちがお風呂から戻っては、それぞれ寝間着に着替え、寝台に移動するが、皆光魔ルシヴァルだ。

 眠氣はないからトランプでポーカーと神経衰弱を数十回くりかえす。スピード勝負では、俺が<血液加速(ブラッディアクセル)>を使うと、負け時と、眷族たちも<血液加速(ブラッディアクセル)>を使い凄まじい勝負となった。


 続けて軍人将棋の遊びをしてから、レザライサが、負けて憤慨しつつもチャーミングで、意外性があり面白かった。

 小さい光精霊フォティーナが、


「るーるが分からない~」


 と言いながら、俺たちの頭上を舞うように移動しては、テーブルの上の皿に載っているナッツとフルーツを囓っていた。


 そこから魔酒を飲みベランダに出ては、ルリゼゼ、クレイン、ヘルメ、キサラ、ファーミリア、エヴァ、フォティーナ、レベッカ、カルード、フー、ユイ、ヴェロニカ、グィヴァ、ヴィーネ、メル、キッカ、クナと訓練を始めた。


 更に、そのベランダから体を翻し、夜空へと躍り出る。

 審判役を買って出たカルードとベネットの合図と共に始まったのは魔法とスキルを禁じた純粋な身体能力勝負――空中旗取り合戦だ。


「キサラさん、そっちは任せましたわ!」

「えぇ、クレインさんはシュウヤ様を!」


 互いに声を掛け合い、月光を浴びて煌めく旗を奪い合う。

 俺の死角を突いて急降下してくる常闇の水精霊ヘルメの気配を読んで体を捻れば、入れ替わるように下方からレベッカが猛然と突き上げてくる。眷族たちの本氣の、それでいて楽しげな気配に満ちた遊びに、思わず口角が上がるのを感じた。


 そのまま階下の訓練場へと音もなく着地する。

 師匠たちが訓練をしていた場所か。

 

 月光が差し込む石造りの広間――。

 それに続くように、エヴァ、ヴェロニカ、クレイン、ファーミリア、キサラ、ヘルメ、グィヴァ、ヴィーネ、メル、キッカ、レベッカが舞い降りた。カルードは追ってこない。


 訓練の後、広々とした湯船に浸かる。

 と、滑らかな感触と共にエヴァが隣に寄り添い、濡れた黒髪を肩に預けてきた。

 しっとりとした髪の重みとエヴァの体温と呼吸が心地よい。

 湯氣でほんのりと上気した白い肌が水滴を弾いて艶めしく輝いている。


「ん……シュウヤ」


 と、ちゅ、と柔らかな感触が鎖骨に残された。

 その悪戯っぽい刺激に抗いようもなく体の中心が熱を持つ。

 エヴァは微笑み、俺の反応を敏感に察したように、そっと、湯の中でそれに触れ、吐息が掛かるほどの距離で耳元に囁いた。


「ん、シュウヤ様のおっきい……」

 

 甘く、蕩けるような声だった。

 彼女は満足そうに頬にキスを一つ落としてから、再びこてんと肩に頭部を預ける。すると、反対側の肩にも柔らかな重み。

 見れば、ヴィーネが安心しきった表情で頭部を預けていた。


「シュウヤ様……今日の訓練、素敵でした」


 と、甘い吐息が耳をくすぐる。

 真正面からは、キサラが、背後からファーミリアが寄ってきた。

 湯船に浮かぶ巨乳を片手で隠しているキサラが魅惑的。

 ファーミリアは、遠慮がちに首から背に指を滑らせていた。

 

「シュウヤ様……筋肉は背にも豊富にあります」


 と、普段は凛としている面も多いファーミリアの色っぽい言葉に耳が動いたような感覚となる。

 ヴィーネが俺の顎先に唇を当てるように、


「……少し、お疲れでは? 魔力を通しますね」


 ヴィーネの指先から温かく、そしてかすかに痺れるような心地よい魔力が流れ込んでくる。体の芯から力が抜けていく感覚。

 その指の動きに合わせて、豊満な胸が右腕の二の腕と肩に押し付けてきた。湯の中で見ていたユイとレベッカが、エヴァとヴィーネの位置を交換するように前に出て、

「しゅうやん――」


 細い腕を腰に回し抱きついてくる。

 硬くなった乳首が脇と胸に当たって嬉しくなった。

 そのレベッカの細い腰に手を回し擽らずに、もちあげるように対面座位からの唇を奪う。


「ぷはっ」


 と、レベッカの背に片腕を回し支えながら横に移動すると、ユイが抱きついてくる。

 そのユイのお尻に手を回しながら、かるがると持ち上げて湯の中で共に泳ぎ抱き合っては、潜って口から大量の泡を吹き出し、湯から顔を出して、「ふふ」「はは」と笑い合い、キス。

 

 ユイの後にミスティと片手を交互に握り合うように湯船の中でいちゃついた。そこに「シュウヤ様――」と背から抱きついてきたのは、キサラ、そのキサラは乳房を背に押し当てながら、共に湯の中で回転し、正面からもまた抱き合う。柔らかい体だ、細い腕だが魔槍を扱うだけの力強さもあった。

 そのキサラの白絹の髪がしっとりと濡れて、額にくっついているから、小顔がまた小さくなったように見えた。

 そのキサラとも<血魔力>を交換するようにキスをした。

 そして、唇から唾の糸を伸ばしながら離れる。


 すると、それまで少し離れた場所でじゃれ合っていたメルとヴェロニカとキッカが、悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらへ近づいてきた。


「総長、お背中、流しましょうか? 先日の戦いの傷、まだ痛みますか?」


 濡れた蜂蜜色の髪が魅力的なおっぱいを隠しているメルがそう言いながら背後に回り込む。

 柔らかい指が肩を撫で、腰へと滑っていく。


「大丈夫。それよりもメル……」

「はい……」

「いつも副長として【血星海月雷吸宵闇・大連盟】だけでなく、<筆頭従者>の眷族としてヴェロニカと、俺たちを支えてくれてありがとう」

「……とんでもない……」

 

 メルは指が震える、その指に指と当て、手に絡ませて恋人握りをしてから、メルを強引に抱き寄せ、唇を奪った。

 メルは、「……総長……今宵は、一人の女として、わたしの穴を鋭い一物で満たしてください……」と同時に、ふわりと甘い花の香りがした。


 すると、メルの<血魔力>の新技か、<血魔術>か、湯氣の中に淡い光の蝶が舞い始める。

 お尻を向けていたメルは湯氣に<血魔力>が混じる蝶が飛んでいくのを見て、「あ……」とそこで初めて氣付いたような言葉を漏らし、振り返る、頬を朱に染めていたメル。「メル、そのジェディにシェリル、ヴィーネの蝶のような幻影は……」


「ふふ、はい……クナ、ルシェル、時々の精霊様とミスティもですが、〝星霜の運行盤アストロラーベ・クロノス〟での操作を行っている最中に、『賢竜創世神話術式図』から知見を得ていたクナさんと共に、紅孔雀の攻防霊玉や〝血宝具カラマルトラ〟の実験を重ねていた際に、<血魔力>の限界能力が上昇したようで、新たなスキル<血光蝶>を得たんです。あまり効果はないのですが……」

「へぇ、でも綺麗だ」

「……ふふ、はい。あ、総長。先ほど、血文字のやり取りの中で一つ、面白い手を思いつきました。邪神の使徒をおびき出すための、少し危険な『罠』ですわ」

「ほう、それは――」

 

 俺が言葉を続けようとするのを、メルは人差し指でそっと制し、そのまま俺の唇を自身のそれで塞いだ。

 唇を離したメルは、俺の股間を反対の指でわざとらしく触りながら、


「……ふふ、この話の続きは、今夜、お部屋で。貴方と二人きりで、ゆっくりと詰めさせていただけますか?」


 そして、ヴェロニカが挑発的な笑みで、


「メルだけずるい、総長――うふふ――」


 と、正面から抱き着いてきた。

 こぶりながらも形の良い乳房を押し付けながら、上目遣いのまま、湯の中で俺のものを悪戯っぽく掴むと、


「大切な一物さんをゲット。ふふ、念入りにねっとりと洗ってあげるんだから♪」


 と、吐息が掛かるほどの距離で濡れた珠色の瞳が妖しく輝いた。


「……ねぇ、総長。実は~新しい『奉仕』の仕方を覚えたんだけど、ふふ――まだ誰にも見せていない、総長だけの、特別な……。今夜、皆が寝静まった頃に、こっそりお部屋へ伺っても、よろしくてよ?」


 と、乳首を摘まんできた。

 なんで摘まんだと、手を払うと小悪魔風に不敵に笑みを浮かべるヴェロニカが可愛い。


 と、そんな二人の激しい内容とは、対照的にキッカは静かに隣に座ると、俺の腕をそっと取り、指を一本一本丁寧に洗い始めた。


 塔烈中立都市セナアプアの冒険者ギルドマスターの彼女からは想像もつかない、献身的な仕草。

 その真摯な眼差しと温かい指先の感触に、言葉にならない愛しさが込み上げてくる。


「……宗主の傍は落ち着きます」


 ぽつりと呟かれた言葉が、湯氣の中に優しく溶けていった。


「あぁ、いつも傍にいて、皆のフォローも多いと思う、ありがとう」


 と、今度はキッカの指をマッサージしてあげた。

 掌を両手の親指で押し込む。


「あっ」

「こうしてやると気持ちいいだろう――」


 と、<血魔力>を込める。


「はい……あぁん」


 と、感じていたキッカは俺の肩に身を預けてきた。


「すまん、いきなりすぎたか」

「い、いえ、とても愛がありました。宗主の<血魔力>の血は特別です……後、宗主とこうしているとギルドマスターの重圧を忘れることができる」

「あぁ、いつもそう感じてくれていいんだ。俺やキッカにも仲間もいるんだからな」

「はい」


 そこへ、クレインとエトアとルリゼゼもやってくる。

 クレインは、


「……今日はたっぷりと、この胸元を見させてもらうさね」

「あぁ」


 と、クレインは細い指で俺の胸を撫でた。


「……魔人武王ガンジスと穿ち合った。引き分けたと聞いたさ」

「あぁ、分けたが、俺は負けたと思っている」


 その言葉に、クレインは悪戯っぽく笑みを深めると、胸元をもう一度、指で撫でていく。

 傷はもうないが、ガンジスに穿たれた傷痕を確かめるようにも見えた。


「……ハッ、まったく謙遜もいいとこさ、あのガンジスもそう思っているのかもねぇ……」

「……」


 クレインの言葉に返す言葉もない。

 ただ静かにその真意を探るように見つめ返した。


 クレインは、エヴァたちを見て、微笑むと、俺を再度見て、


「そして、よく戦い、師匠たちの体と装備を取り返したさ。その分、労ってあげよう」


 そう言うと、どこからか取り出した杯の魔酒を一口含み、そのまま俺の唇を奪う。杯ではなく、唇から直接流し込まれる芳醇な魔酒。火照った体に、その冷たさと濃厚な甘さが心地よく染み渡った。


 互いに魔酒を飲み、皆がいる湯船の中を泳ぐ。

 すると、クレインがすっくと立ち上がった。

 その頬には<朱華帝鳥エメンタル>の紋章が紅く浮かび上がり、瞳には酔いと戦意がない交ぜになった熱が宿っている。

 

 彼女が両手を掲げると、金火鳥天刺と銀火鳥覇刺が出現。

 トンファーが輝くと、左右の腕がブレた。

 湯船の水を切り裂いて<朱華・薙刃>を思わせる、<血魔力>を纏った炎の演武を繰り広げた。

 飛沫というにはあまりに激しい水柱が、月光を浴びて煌めいた。と、両手の武器を消したクレインはしなやかな体を見せるような動きで湯船に潜り、俺に寄る。


 そして、濡れた髪を見せながら、


「……シュウヤ、今日の訓練、面白かったが、私となら凄い連携ができると思っている。<風柳・中段受け>を覚えたように、わたしの<風神・風牙>から何かを得られるかもしれないさ」「あぁ、それはそうだな、クレインも何かを得られるかもな」

「……然もありなん」

「二人の新しい必殺技とかな」

「いいねぇ……訓練に励もうか。次の実戦で、師匠たちの度肝を抜いてやろうじゃないか」

「あぁ」

「だが、この後、二人だけの時は他の女に負けないぐらい強く当たってくれていいんだからね、後、これは、私とお前さんだけの秘密だ」


 その隣で、エトアが少し恥ずかしそうに頬を染めながらも、


「わ、わたしゅも、何かお役に……! 肩を、お揉みします!」


 と、小さな手で一生懸命に揉み始めた。

 その健気さが堪らない。そして、四眼四腕の美しい魔族であるルリゼゼは優雅に微笑みながら寄り添ってきた。


「我もだ、眷族となって、初めてなのだからな……」


 優雅に微笑むルリゼゼ。

 引き締まった腹筋、わずかに生えた陰毛さえも神秘的な彼女の、四本の腕が滑らかに絡みつき、背中と腰を、そして太腿を同時に愛撫する。


 それは未知の感覚だった。


 そして、クレインは、


「ふふ、今宵の皆と、わたしたちのための魔酒も用意してあるさ」と、またも杯を出現させ、魔酒を飲む。

 途端にクレインは頬を朱に染めると、足と腰を俺の腰に絡めるように体を寄せてきた。乳房が脇に潰れる勢いだが、その柔らかい乳房がタマラナイ――。

 

 にして、魔酒は、クナが手を加えてありそうな印象だ。

 高級な極上の魔酒と分かる。

 

 と、そのクレインに唇を奪われた。

 今度は普通のキス、不思議と魔酒の匂いは少ない――。


 とどめとばかりに、湯船の縁で様子を窺っていたヘルメとグィヴァが、水の精霊と雷の精霊の力を発揮し始める。


「閣下の魂の輝きは、どんな宝石よりも美しい。我ら精霊は、その輝きに惹かれて傍にいるのです――」


 ヘルメが操る柔らかな水流が心地よい刺激で体をマッサージし、そこにグィヴァが放つ微弱な電氣が加わり、肌をピリピリと震わせ、疲労を体の芯から癒していく。


「閣下、気持ち良いでしょうか?」

「御使い様の一物が、わたくしの稲妻を帯びて……ふふ、より一層輝きを増しておりますわ。この力が、貴方の覇道を照らす光となりますように――」


 グィヴァの言葉に、思わず笑みがこぼれた。

 

 四方八方から美しい裸体に囲まれ、甘い香りと柔らかな感触、そして彼女たち一人ひとりからの愛情に意識が蕩けていく。光魔ルシヴァルの体は眠りを必要としないが、この幸福な時間に溺れるのは、何よりも極上の休息と言えた。

 

 この後、部屋に戻ってから、ロロディーヌが呆れるほど、彼女たちと更に深く求め合ったのは言うまでもない。


 そして、その相棒を探しに外の空気に触れたのは、火照った体を少し冷ましたいという思いもあったからだ――。


 どうやらまだ新しい縄張りの野良猫たちとの交流を楽しんでいるらしい。


 ◇◆◇◆


 翌朝、俺たちは『月詠みの寝台』を後にした。

 すると路地から「にゃおぉ~」と黒猫(ロロ)が走ってきた。


「よぉ~縄張りを作ってきたかな」

「――ンンン、にゃ」


 肩に乗ってきた黒猫(ロロ)

 俺の耳から後頭部に頭部をぶつけてくる。

 

 その黒猫(ロロ)を肩に乗せ、西地区のスラム街『骨環溜まり』に隣接するという酒場、『奈落の杯』を皆で目指した。


 第三円卓大通りから西へ向かうにつれ、耳に届く音と鼻を掠める匂いが変わっていく。陽氣に歌う歌手が中心の楽団の演奏や香ばしい焼き菓子の甘い香りは遠のき、代わりにどこかから響く怒声や、淀んだ水と塵埃が混じり合ったような匂いが鼻をつき始めた。


 つい先ほどまで歩いていた華やかな街並みが嘘のように、景色はその彩度を失っていく。

 美しく磨かれていた石畳はひび割れ、その隙間から生命力の強い雑草が顔を覗かせている。

 路上の端で寝ている者と敷物一枚に缶詰を置いている乞食、衣服がちゃんと着れていない子供たち。

 その痛ましい姿に、思わず駆け寄ろうとしたが、こちらの動きを察した子供たちは、怯えた獣のように俊敏に路地の奥へと姿を消した。エヴァとユイが後を追うが、すぐに諦めたように戻ってくる。


「だめ、ナイフを向けて『あっちへ行け』って……」

「ん、触ろうともしなかった。すぐに逃げる」

「警戒心が強いんだろう。力で押さえてもな……」

「ん……」

「はい、<珠瑠の花>で押さえようかと思いましたが、無理な干渉もどうかと思い……」

「いいさ、こういうこともある」

「ん」

「「はい」」


 すれ違う者たちの中には、明らかにカタギではない、影のように濁った魔力を隠そうともせずに纏う者も増え始めた。


 中には、不気味な仮面を被った人族や、鋭い爪を誇示する虎獣人(ラゼール)の武芸者もいたが、その誰もがこちらを値踏みするような、あるいは獲物を見るような視線を隠そうともしない。


 路地の影では大刀を担いだ四眼四腕の魔族がこちらをじっとりと睨んでいる。ここは力だけが法となる場所か。


 中央地区の住人が浮かべていたような楽観的な活氣はない。誰もが足早で、うつむき加減に歩き、その瞳の奥には猜疑心と、変えることを諦めたかのような深い諦観が宿っていた。


「……空氣が違うな」


 バフハールが四つの腕を組みながら低い声で呟く。

 同意するように師匠たちも無言で周囲に鋭い視線を走らせていた。


続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」

コミックス1巻~3巻発売中。

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