千九百八十二話 迷宮都市イゾルガンデ
床の金属と魔力の差違を感じながら、ひんやりとした回廊を抜けた。
無数の罠があった回廊を抜ける。
最後の洞窟を走り抜けて、イーゾン山の乾いた空氣が肌を撫でた。
セレスティアがぴたりと足を止めた。
魔人武王ガンジスたちと激戦を繰り広げた石畳――。
峡谷を吹き抜ける風も俺たちを出迎える。
そして、魔機械が豊富な遺跡内部の洞窟の空氣感とは、比較にならないほどに、生命力に満ちていた。
良い風に――うーん、まんだむ。と言いたくなる。
セレスティアも、嬉しそうだ。
風が白磁の装甲を撫で銀色の髪を優しく揺らしていた。真紅の瞳が薄らいでいるように見えた。
そして、これまでデータとしてしか知らなかった『風』という現象を、その全身で感じ取っているようだった。
初めて見る世界の広がりか……。
肌で感じる生命の息吹だ、そりゃ感動するか。
「ふふ」
ヴィーネもセレスティアを慈しむように微笑していた。
セレスティアは、
「……主、これが、生の大地、山の表層部に当たっている『風』……そして、あれが砂城タータイムなのですね、凄まじい……」
ぽつりと呟く。すると、その砂城から、
『総長、【八峰大墳墓】の深部の黒き環の欠片と魔機械の門については皆から血文字で聞きました。お疲れ様です』
メルから血文字がきた。
すると、相棒が一氣に黒虎の神獣ロロディーヌとなって砂城タータイムから出現中の雷竜ラガル・ジンに頭部を寄せて頭突きをかます。猫のノリってことは分かるが、雷竜ラガル・ジンは衝撃で宙空を後転してしまう。
セレスティアは「え……」と当然に驚く。
神獣の大きさは無論に雷竜ラガル・ジンも初めてだからな。
驚きはまだまだ多いだろう。とりあえず砂城タータイムにいるメルたちに、
『おう、ただいまだ』
『はい、これから迷宮都市イゾルガンデに向かわれるとか』
『宗主、冒険者ギルドなら、塔烈中立都市セナアプアのマスターとして、依頼の都合などはできるかも知れません。それとアドリアンヌとシキにファーミリアも合流しますとのことです。またアドリアンヌは、【星の集い】の幹部と帝国関連の付き合い、【幽魔の門】のモニルとも連絡を取ることが可能とのこと』
メルとキッカの血文字に、
『了解した。最初は素直に冒険者カードを出そうかと思う。ここは聖ギルドの本部に近いから、すぐにバレるだろうけどな』
『はい、聖ギルド連盟からは、オリミール神の心臓が宿る幽世部屋での洗礼召喚状は過去に来てますし、神界セウロスの導きと思って、そこに向かうことも視野に入れますか?』
『向かうかもしれないが、依頼をひさしぶりに受けようかな~と』
『ふふ、了解です』
『おう、距離的にイゾルガンデは近いからな。だから砂城タータイムも付いてきてくれ。キッカもアドリアンヌたちと来るなら、相棒の頭部に乗っといてくれ』
『分かりました。見ているので、行きます、では、後ほど』
『おう』
キッカとアドリアンヌとシキが砂城タータイムから現れるのが見えた。
宙空を走り幅跳びをするように移動し、豪快に相棒の頭部に着地している。
すると、まだ砂城タータイムの〝星霜の運行盤〟を操作しているだろうメルの血文字が、
『この砂城にはドラゴンたちが持つ〝竜の時魂〟に〝星霜の運行盤〟の効果に、<遮蔽魔法>、<炎陽玉隠>、<火水蜃気楼>、<大雲>、<時流隠蔽>、<隠絶雷隔離世>など様々な擬態を含めた隠蔽魔法があります。使用しながら総長たちを追跡しますね』
隠蔽技術の方法を見つけていたのか。
〝星霜の運行盤〟を用いた〝七雄七竜を封じた時仕掛けノ砂城タータイム〟のコントロール方法は多彩だな。<時仕掛けの空間>はサイナガン、時空の神クローセイヴィスとも関連していると今なら分かる。
そして、クナとルシェルたちの調整のおかげでもあるか。
レベッカが、砂時計を取り出し、
「砂城には、この〝クロノスの砂時計〟のアイテムと関連がありそうな<時流隠蔽>の隠れる方法があったのね」
あぁ レベッカは<時流感知>を得ていたっけか。
アクセルマギナも、
「はい、砂城特有のステルス航行ですね」
「ふふ、そうです。〝星霜の書〟に記され、封じられていた『古代魔導複合術式群』を学ぶことにより、『天翔浮遊大結界』などが使用可能となった内の群の中の隠蔽技術系統ですわね」
「「へぇ」」
相棒はすでに神獣ロロディーヌに変化しているがセレスティアは、まだ知らないことは多い。
バフハールとシャイナスは〝知記憶の王樹の器〟で記憶を共有したから、視線を合わせ頷き、納得しているような表情を浮かべている。その<星辰魔法基礎>を覚えているクナに、
「……クナ、<時流隠蔽>関連の少し解説を頼む」
と言い、皆を見た。皆もクナを見る。
クナは、
「……はい、砂城の三重防御ですが、その最外層の魔力バリアごと大氣に干渉しうる隠蔽技術、擬態技術、反射技術、光学迷彩もありますわ」
タコやカメレオンに光学迷彩か。
「大氣に干渉とは、魔力を盛大に消費するのでは? その場合、魔察眼、魔眼系でまるわかり?」
「魔力消費云々の前に、シュウヤ様のような方々なら大抵は見抜くはず。ただ、周囲の環境を真似る、魔力も真似ることが可能。砂城の内部は異空間の<時仕掛けの空間>が大本。単なる魔力察知だけでは、なかなか分かり難いはずなので魔察眼、魔眼での探知も逃れられる可能性はあります」
「了解したが、隠蔽技術があるなら使っとこう。そして、バレることを前提に動いておけばいい」
「はい」
「砂城タータイムは機能満載で、アイテムとして持ち運びができるってのもまたいいな」
「そうね~」
「――ふむ、魔界、セラに両方展開が可能なことも便利だ」
「あぁ、傷場を経由する必要があるが、まぁ、それは仕方ない」
ソー師匠言葉に、師匠たちも頷く。
本物の顔に陽が差した。
透けるようなことはない。皆、凜々しく渋く、格好いい師匠たちだ。
お爺ちゃんの飛怪槍流グラド師匠を見ると、アキレス師匠をどうしても思い出す。
先程会いに行くかと語っていたこともある……。
……風槍流の<風槍流・心因果律>を解放し、風槍流奥義<支え串・天涯>も覚えたからな。
ついさっきも<風柳・中段受け>も覚えたばかりだ。
そんなことを考えていると、クナは、
「はい、魔界のほうが魔力交換、転移、移動がよりスムーズなのは、エネルギー源の一つがシュウヤ様の魔皇碑石が作用していると仮定していますわ。尚、中間層の四竜の属性防御と最内層の七雄の技術による物理防壁も健在のままですの、うふ。……それもこれもシュウヤ様の神格が封じられている魔皇碑石の膨大魔力と『流星』と『流星の欠片』などの魔力のおかげなのです。あ、勿論、元々の『試練封印要塞』として造り上げた賢竜サイナガンがいての、砂城があることは当然です。その『賢竜サイガナンの大戦略』によるドクトリンシステムと呼べる四竜の根源力を基盤とした『重力制御多重魔法陣群』が要に変わりません。そして、何度も言いますが、やはり、魔皇碑石の魔力のおかげな面が多々あります……」
「「へぇ」」
「ふふ、自由に<時流隠蔽>も連発できるはずです。そして、大地の力を集約させる【地脈室】の効果などもまだまだ調べたいことはあったりしますの」
「へぇ、ほんと色々ある」
と、ユイたちから感心の声が上がる。
<従者長>ザガも、
「ふむ、わしが魔鋼の研究と装備造りに夢中になっている間にもいろいろとやっとったからの」
「エンチャントゥ~」
ボンも同意していた。
「ンンン、にゃおぉ~」
巨大な相棒が急かすように大きな声が響いた。
そこで、皆も見ているメルたちへの血文字で、
『分かった。何かあったら隠れてないで、いつでも登場させていいからな』
『はい、スキャンと隠蔽魔法を使用しつつ、旧王都ガンデの真上を通り、迷宮都市イゾルガンデに近づきます』
『おう』
そこでセレスティアたちを見て、
「ここから下に向かうにつれて、もっと暖かく、色々な匂いを運んでくるようになる」
「……はい。記録されていた情報とは比較になりません。暖かく、冷たく、そして……生命の匂いがします」
そのあまりにも純粋な反応に、思わずこちらの胸まで熱くなる。
レベッカが、まるで自分のことのように嬉しそうな顔で、
「でしょ! 世界は楽しいことでいっぱいなんだから! 美味しいものも、綺麗な景色も、これからたくさん教えてあげる!」
楽しそうに笑いつつ喋り、彼女の腕を取る。
「……感謝、します」
「大勝利~」
セレスティアは、片腕を上げられている。
ボクシングの審判が、勝者のボクサーに対する動きをされて、戸惑いながらも口元にかすかな笑みを浮かべた。
ボクサーの審判役が好きな、いつものレベッカさんだ。
その〝ひょうきん〟さは、自然と俺たちの心を弾ませる。エヴァも本当に楽しそうに、レベッカの腕を持って、「ん、大勝利~」と言っているし、ユイも「大勝利~」とエヴァの片腕を上げては、ミスティも、ユイの片腕を上げて「大勝利~」と流れで、皆もやり出しているし。
「「「あははは」」」
皆で腹抱えて笑っていた。
俺も笑う。新しいギャグが生まれたか。
その様子を戦公バフハールが、
「カカカッ、わしも大勝利!」
と、ちょっとズレたように風が吹く。
バフハールは笠に手を当て、少し体を動かしてから、
「……機械人形にも感情が芽生えるか。面白いものよな」
「バフハールよ、セレスティア殿はただの人形ではない。魂を持つ、我らと同じ戦士じゃぞ」
「ハッ、冗談だろうが、八槍卿の頭目よ」
「ハハッ、そうじゃろうと思うたがな、百の年百の夜待ち続けた創造主が遺せし揺り籠の女子じゃぞ、もう少し優しさがほしいものじゃな」
「ハッ、スマナンダ。セレスティア殿、そなたに害する想いは微塵もないことを誓おう――」
レベッカから解放されたがクナとミスティから、白い鋼、白磁器の体を調べられていたセレスティアは、
「は、はい、氣にしていませんので大丈夫です」
とバフハールに対して発言し、クナとミスティの二人から距離を取る。
一方、ミスティとクナは微笑しつつセレスティアの体の機構について質問をしては、セレスティアに謝っていた。
そして、戦公バフハールは皺のある顔に皺が増えるように微笑を浮かべていた。
それだけでも迫力がある。そのバフハールは、
「……しかし、まさか、百戦錬磨の八槍卿、否、九槍卿の頭目から、そんなことを言われるとはな……」
「カカカッ、いや、先程の事象は心にきたからの、実際の体を得て、涙もろくなったわい」
「ハッ」
と、戦公バフハールと飛怪槍流グラド師匠の語りだけでも、迫力が感じられ、なんか楽しんだが、なんだ。
「頭目が感傷的になるのも分かる氣がする。私たちも魔軍夜行ノ槍業の中に魂が封じられていたし、お弟子ちゃんの手にその魔軍夜行ノ槍業が渡っていなかったら、いったいどうなっていたのか……」
「「あぁ」」
「そうだが、だが、そんな感傷も楽しめるってことに氣付こうや、シュリのお姉ちゃん様よ」
「あぁ? なにがお姉ちゃん様よ、キモいんよ、アホグルド!」
「ハッ、そんな肘鉄食らうかボケ――」
と、乱舞合戦に入る獄魔槍流のグルド師匠と雷炎槍流シュリ師匠か。
雷炎槍と獄魔槍の穂先が衝突しているが、あきらかに友としての動きだ。
完全な体を取り戻した師匠たちの間には、以前にも増して固い結束が生まれていた。
「ンンン――」
すると、相棒がしびれを切らしたか。喉声を響かせつつ体から無数の触手を放出させた。
それらの触手がセレスティアも含め、皆の体に絡むつくと、
「あっ」
「あれぇ~」
「んっ」
「「あぅ~」」
「わっ」
「妾たちは器――」
「「きゃぁ」」
「閣下、お先に失――」
「はい――」
皆、触手に引っ張られて巨大な黒虎の頭部に運ばれる。
シャイナスもバフハールも、その光景にはもう驚かない。
己の体に絡み付く触手を見ては、シュッと音を響かせ一氣に運ばれていく。
さて――俺にも飛来したが<闘気玄装>を発動させ、体を開くように右足を引き――。
半身で飛来してきた触手を紙一重で避けた。
「ンン――」
相棒の次なる触手が迫るのを見るように、左足を下げ、右へと爪先半回転で、触手を避ける。
触手の裏の肉球をついでに、撫でてあげた。
「ンン、にゃぁ~」
続けての触手も<魔雄ノ飛動>を意識し、<源左魔闘蛍>を発動させ、前に出ながら避けた。
無数の蛍を靡かせ加速し、前進――。
「ンン、にゃご――」
相棒が少し怒ったような鳴き声を発し、俺に付いてくる。
たぶんだが、猫まっしぐら状態だろう――。
触手の数を増やしてきた、と感覚で理解――。
背後から迫ってくる相棒の触手の数と、位置は、魔力と掌握察と<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>だけの感覚で、察知できている――だが、あえて――<ブリンク・ステップ>を使用――。
左斜めに跳ぶように転移――。
直ぐに<ブリンク・ステップ>をもう一度発動し、右斜めに転移し、鋭い触手を連続的に避けた――。
ちょっ、避けたが、相棒の触手の先端から爪が少し出ているがな――。
「ンンン――」
そんな俺の気持ちを応えたように鳴く声が野太い。
『このにゃろ~捕まえてやるにゃぁ~』と声が聞こえたような氣がした。
悔しそうなニュアンスだと分かる――。
「相棒、捕まえてみろ――」
「――にゃごぉ」
相棒の悔しそうな鳴き声と共にエヴァたちの声も少し響いた。
そのまま駆けた。
【八峰大墳墓】の名に合わせたように魔軍夜行ノ槍業の師匠たちの墓場だった巨大な墳墓塔が一つ一つの山脈をモチーフに作られることを知った。その墓の一部は師匠たちにより破壊されてある。
ガンジスたちと激闘を繰り広げた石畳を駆けて蹴り、横に跳び、追い掛けてきた次の触手をも避ける。
そのまま低空を飛翔しながら<武行氣>――。
体から魔力を噴出させつつ高台から飛び降りた――。
「にゃごぉぉ~」
巨大な神獣の唸るような鳴き声が【八峰大墳墓】に響きまくった。
大渓谷のいたるところに反響して、陽が反射する山脈の一大パノラマが凄まじい――。
――赤鱗のドラゴンの群れが遠くに見えた。巨大な蛇のようなドラゴンと戦って、山肌を破壊しまくっている。【八峰大墳墓】に棲まう巨大なモンスターたちの代表格同士の戦いなんだろうか。
俺たちが戦ったブラックグリフォンの姿も、更に遠くに見えた。
続けて巨大な魔猿と魔杖を持った巨人とハイゴブリンの群れが戦って、<投擲>をしあって、近くにあった瀑布が破壊されていく。冒険者キャンプ跡地が崖崩れに巻きこまれて土石流となって下のほうに流されていくのは、凄惨だが、圧倒的な大自然の力に武者震い起きる――。
絶え間なく続く生存競争。これこそが【八峰大墳墓】の日常なのだろう。
生半可な覚悟では踏み入ることさえ許されない、まさしく難所だ。
あまり観察はしていられない。
――目指すは北西。迷宮都市イゾルガンデ。
皆を乗せている相棒も、少し加速して付いてくる。
俺の飛翔速度に追いつこうとしているようだが、皆が乗っているからあまり速度を上げていない。
いいこだ。
そこで、わざと<闘気玄装>のみ残して、<魔闘術>系統を解除した。
途端に、相棒の触手に捕まった――。
キュッと音を響かせたと思ったらドッとした音と共に、柔らかい感触の相棒の頭部の上に設置されていたソファに包まれていた。
「ロロちゃんの勝ち~」
「ん、ロロちゃんナイスキャッチ~」
と、皆の笑い声が響く。
相棒の黒い毛を退かすように起き上がって、そんな皆を見た。
キッカもいる。
胸元のハート型の穴から覗かせているおっぱいの谷間が素晴らしい。
レベッカは、
「シュウヤも素の加速力が高まったように見える動きだから、ほんっと達人よねぇ。あ、沙・羅・貂とキュベラスとカルードとユイとレザライサとキサラとビュシエは、今さっき、右と左のモンスター狩りに跳んだ、すぐに戻ると思う」
「ん、あ、帰ってきた」
エヴァは俺に何か言おうとしたが、キサラたちが相棒の頭部に着地するのを見ながら発言していた。
そんな皆が華麗に着地してくるのを見てから、壮大な前方の奥に広がっている巨大な亀裂と山脈を見る。
山脈から左のほうにかけては高原に平原地帯があると分かるが、ここからでは小さく見えた。
そして渓谷は、大地そのものが巨大な獣の爪で引き裂かれたかのような印象だ。
「おう、このままイーゾン山の南方山脈を越えよう」
「にゃおぉ~」
神獣ロロディーヌが力強い咆哮で応えた。
砂城タータイムも右から付いてくるが、途中で雲の中に消える。
相棒に乗った俺たちは、イーゾン山の険しい稜線を眼下に、宙空を直進した。
ヴィーネとキサラとハイタッチしてはハグをして、皆ともハグをしていく。
戦公バフハールたちがいるからエロいこはせずに、少しジャンプして相棒の長い耳の産毛を触っては、着地。
――東の空が白み始めた。
俺たちの背後から昇る旭日が、影を前方の荒涼とした大地へと長く、長く伸ばした。
刃物のように冷たかった高地の風は、高度を下げるにつれて次第にその鋭さを失っていく。
眼下に広がる風景は、灰色の岩肌が剥き出しだった山頂付近から、徐々に緑の色合いが混じるなだらかな高原地帯へと移り変わっていった。
かつて旧王都ガンデへと続いていたであろう古びた街道が、白い石畳の蛇のように丘を縫っているのが見える。
「ふむ、空氣が変わったな。麓に近づいておる証拠じゃ」
グラド師匠が、風の匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせる。
やがて、針葉樹の森が眼下に広がり始め、風は土と草木の湿った匂いを運んでくるようになった。
フロルセイル湖から東へ向かった時とは、まさに逆の光景。
世界の広さと、その土地ごとに異なる顔を改めて実感する。
イーゾン山の北西から北と東にかけての山脈や渓谷の断崖絶壁に、まるで巨大な蟻の巣のように、無数の建物が張り付いているのが見えた。あの集落は不思議だな、イーゾン山脈の文化、文明があるのか。
上層は陽光を浴びて活気に満ちているように見えるが、下へ行くほどに影が濃くなり、最下層はもはや奈落の闇へと続いている。建物と建物を結ぶ無数の橋や吊り橋が、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
「ンン――」
急に神獣が少し高度を上げて触手を真上に高く雲のほうに伸ばした。
すると、メルから、
『あ、さすがはロロ様です。今、砂城タータイムは、<火水蜃気楼>と<大雲>の隠蔽技術を使用して真上を飛行中なのですが、バレましたね。』
『そうだったか、俺たちからでは、分からなかったから、砂城タータイムのその隠蔽技術は使えると思う』
『はい』
――しばらく飛翔を続けた頃、イーゾン山脈の麓と融合しているような巨大な黒き環の一部と目される巨大な環の一部が見えた。
真下には、無数の建物が建ち並ぶ。
「……あれが」
息を呑む。
富と欲望、生と死、光と闇。そのすべてを飲み込み、ただ静かに佇む巨大な迷宮。
「――迷宮都市イゾルガンデ……」
呟きは、峡谷を吹き抜ける風に吸い込まれていった。
そこに、魔塔の一部が煌めくと、灯台のような魔力放射が始まる。
「相棒、ここらで降りよう」
「ンン、にゃ~」
相棒は旋回を開始――。
都市を遠目に見ながら離れた岩陰に急降下――。
着地して、皆が降りた。
俺たちは徒歩でイゾルガンデの巨大な門をくぐった。
門を抜けた瞬間、全身を叩きつけるような喧騒と、様々な匂いの奔流に包まれた。
武具がぶつかり合う甲高い音、酒場で交わされる冒険者たちの武勇伝、露店で売られる得体の知れない魔物の串焼きの香ばしい匂い、そして、人々の汗と欲望と、微かな血の鉄錆の匂い。
上層地区であるにも関わらず、その活氣は王都ファンハイアの比ではなかった。
「うわー、すごい人!」
「ペルネーテと同じぐらい、もっと多い?」
「ん、強い氣配も多い」
「人口密度も高いですね、数百万人は住んでいる?」
「いるかもな」
「……ふむ、これぞ戦国フロルセイルの縮図よな。腕自慢の猛者が集うに相応しい」
レベッカとエヴァ、そしてグルド師匠が、それぞれの感想を漏らす。
道行く人々は、獣人、エルフ、ドワーフ、そして屈強な人族の冒険者たち。魔導車椅子のような車椅子に乗った人物もいた。馬車の集団、魔物使いの集団などもいた。
誰もが歴戦の強者であることを隠そうともしない、鋭い目をしていた。
すると、アドリアンヌが黄金仮面の奥から悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふ、シュウヤ様。【星の集い】の支部に行こうかと、小さいながらも能力は長けている者と合流し、使える情報を集めて参ります。後ほど魔通貝でご連絡を」
「それは助かる。頼んだ」
「はい」
アドリアンヌは陰の中に消えるように消えた。
「では、情報収集、冒険者ギルドを探そうか」
「シュウヤ様、あちらにギルドの紋章が」
キサラが指差す先、巨大な竜の頭蓋骨を看板に掲げた、一際大きな建物が見えた。
中に入ると、外の喧騒が嘘のような、緊張感に満ちた空氣が漂っていた。
壁と巨大なボードには、高ランクの討伐依頼書が所狭しと貼られ、屈強な冒険者たちがそれを睨みつけている。
すると、
「……見てみろ、あの連中。只者じゃないぞ」
「あの白磁の女……ゴーレムか? それに、あの魔族たち……とんでもない手練れだ」
突き刺さるような視線が値踏みするように俺たちの上を這う。
特に完全武装の師匠たちと、人ならざる美しさを持つセレスティアは、この場では異質だろう。
ちらりと視線を返せば、誰もが歴戦の強者であることを窺わせる鋭い目つきをしている。
だが、この程度か。武を囓る程度の、歩き方……否、一人、二人、否、三人、いや、四人、五人目もギルドの奥にいる。そして、六人目は視線を向けると陰のように消えた。
それ以外は、ここにいる者たちが束になってかかってきたとしても今の俺たちには脅威にすらならないだろう。
隣に立つグラド師匠とバフハールと、シュリ師匠が面白そうに口の端を吊り上げている。
この街の強者たちを品定めし、やる気に満ちているらしい。
一方、セレスティアは天井からギルドの建物の内部をアクセルマギナの解説と共に解析でもしているような表情となっている。シャイナスは黒豹姿の相棒の毛並みに夢中で、周囲など目に入っていない
エヴァとユイとキッカは、冒険者依頼が貼り出されている巨大なボードの前に移動している。
他の冒険者たちに交ざっていた。
それぞれの様子を一瞥したところで、もう一度、強者たちの気配を注視した。
――<闇透纏視>を使っただけで把握されると思うが、使いつつ魔力の動きを魔察眼以上に調べてから……。
そのままカルードとヴィーネに目配せで後を任せ、受付カウンターへと歩き出した。
カウンターの向こうでは、エルフの女性受付嬢が一瞬目を丸くしたが、すぐにプロの表情に戻った。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件は?」
「依頼を受けに来た。それと、街の情報を少しばかりな」
懐からSランクの冒険者カードを提示すると、受付嬢の表情が驚愕に変わる。
「こ、これは……聖ギルド連盟の……! し、失礼いたしました! すぐにギルドマスターがお会いに……」
「今はいい。それより最近の迷宮の様子と、腕利きの情報屋を教えてくれると助かる」
俺の言葉に受付嬢は慌てて数枚の羊皮紙を取り出した。
「は、はい! 迷宮は現在、第十五階層付近で大規模なスタンピードの前兆が観測されており、ギルド全体が警戒態勢にあります。情報屋でしたら、〝百の目〟の異名を持つドワーフのギムレットが最も信頼できます。彼は西地区の酒場、『奈落の杯』にいるかと……」
〝最も信頼できる〟、か。
こういう街で誰もがそう口を揃える情報屋は最も危険な存在である可能性も孕んでいる。
闇ギルドに筒抜けか、あるいは何らかの組織に繋がっているか……。
キッカや聖ギルド連盟の本部の近さから、割符などのアイテムを見せれば、違った対応を取ったかもだが、ま、いい。いずれにせよ、接触には注意が必要。
そんな内心で算段を立てつつ、受付嬢に褒めるように「助かった。迅速な対応に感謝する」とアイムフレンドリーを意識しての、お世辞を述べてからギルドを出た。
スタンピードの前兆。
ガンジスがいなくなった影響か、または戻った影響か?
あるいは邪界ヘルローネの使徒たちを狩ったばかり、活発化しているのか。
ここで神魔光邪杖アザビュースを出せば、邪神アザビュースの使徒が接触してくることは確実か。
また、俺たちは邪神シテアトップの使徒と思われるくだりなんだろうか……。
「……どうする? 早速、その情報屋とやらに会ってみる?」
「その前に……」
「ハッ、我らの【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の名を知っている者か、知らぬ者か……」
「【天凛の月】は西マハハイム地方、このフロルセイル六王国地方には手出しはしてないから、その名はあまり知れていないのでは?」
レベッカの疑問に、レザライサは、
「それは一理ある。西といってもラドフォード帝国の領土と大都市の数は膨大だからな、その先の先の土地がイーゾン山脈であり、このフロルセイル地方、当然、【白鯨の血長耳】もこの土地には踏み入れていない。また、帝国で活躍していたアドリアンヌの【星の集い】でさえ、小さい支部だ」
「ふふ、ですが、地下オークション用の品を入手していた迷宮都市イゾルガンデですわよ、また、アドリアンヌの小さい発言も何かあるはずよ」
と、シキが語る。
皆で氣配を探りながら、街の喧騒から少し離れた路地裏へと足を向けた。
そこで、皆を見て、
「せっかくの観光だ。まずは、この街の空氣を肌で感じてみようじゃないか」
皆、個性豊かに笑みを浮かべていく。
ユイは、神鬼・霊風をこれ見よがしに右手に出現させた。
「ふっ」
カルードはそのユイの反対側をわざとゆったりと歩いていく、左手に〝流剣フライソー〟を召喚している。
「ん、怪しい氣配が幾つかあったけど、早速の闇ギルド?」
エヴァは左と右を見ながら、<霊血導超念力>を発動した。
右手に宝魔異槌ソム・ゴラを召喚し、宙空にサージロンの球を二つ浮かばせている。
路地を囲む建物の屋根へと意識を向けた。月明かりに照らされた瓦の上に複数の人影が走り消えた。
俺たちを追跡してきた者か、あるいはたまたまか。
「……そうかもな」
答えると同時に、新たな魔素を察知した。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版1巻~3巻、発売中。




