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千九百五十六話 砂城タータイムは見えていないのか?

 背後を刺す、研ぎ澄まされた殺氣。

 即座に半身となり、<闘気玄装>を練り上げながら<闇透纏視>を発動する。両手首の<鎖の因子>から瞬時に<鎖>を繰り出し、エトアたちの前に防御陣を形成。

 ほぼ同時に、光精霊フォティーナが光の粉を舞わせ、相棒はしなやかな黒豹へと姿を変えた。


 言葉はなくとも、眷族たちは殺氣の源を正確に捉え、得物を握りしめている。

 常闇の水精霊ヘルメが、


「――閣下、外の船団の人攫い連中と、この殺氣の者たちは同じ組織でしょうか」

「あぁ、たぶんな。多少は勘が効く連中だろう」


 と答えると、ヴィーネが、翡翠の蛇弓(バジュラ)を持ちながら、樽の陰に移動し、「はい、最初に陰からわたしたちを視ていた者たちですね」と発言。


 頷きつつ、天井裏を走る音が響く。

 客たちの一部も頭上を見上げた。


 続いてキッカが、


「外の人攫いと連動している冒険者崩れの魔傭兵だろう」


 と発言し、魔剣・月華忌憚を滑らかに正眼へ構えた。

 こちらも右手に魔槍杖バルドークを召喚し、<握吸>と<勁力槍>を発動させて玄関と二階を鋭く睨む。


 ヘルメもまた、貌に明確な警戒心を浮かべ、ふわりと体を浮かせた。その動きに合わせて、豊かな胸元がたわわに揺れる。プルルンと音が聞こえそうな、そんな印象を抱かせるほど偉大な胸を持つ、常闇の水精霊ヘルメさんだ。


 そのヘルメは細長い両腕を左右に広げた。


 その両手に、水と闇の魔力を集積させ、眩い魔力の繭を作る。

 そこから複数の水球を生み出し、その水球で眷族たちだけでなく、客たちを守るように宙空に展開した。


「あわわ、水球から無数の月の幻影と蒼い水の手のようなものが重なり消えては出現し、蠢いている!?」

「おぉ、水属性の無詠唱による高度な魔法!」

「……驚きだ」

「あぁ、だが、嫌な感じがしない、守ってくれている?」

「凄い、精霊様の、この水球魔法は見たことがない!」


 ヘルメの新魔法に客たちとエトアも驚いている。

 ヘルメの複数の水球は防御と攻撃を併せ持つ自動反撃型かな。

 <月理ノ精霊魔法>と<滄溟一如ノ手ポリフォニック・ハンド>を合わせたような感じか?


 まぁ、成長しているヘルメだからな。


 そのヘルメは、「閣下、このまま<精霊珠想・改>を用います」


「おう」


 ヘルメは頷き、ユイとカルードたちとアイコンタクトすると、半身を液体化させ、その液体で俺の背と半身を覆った。


 水のポンチョか、水マントを羽織る姿となってヘルメと重なった。マードックと、他の客たちは、


「というか……半分が人の形で、もう半分は、あの黒髪の槍使いの半身を覆う水マントと化しているんだが……」

「「あぁ」」


 他にも、


「あの蒼い髪の魔法使いは神秘的だな」

「弓を持つエルフも素敵な女性だ」

「あぁ、蒼炎を纏っているエルフも魅力的だ」

「……蒼い髪の魔法使いは、一体……」

「弓を持つ女も、とんでもない手練れだと分かる……」


 漁師たちの囁きが畏怖に変わる。

 だが、一人の酔っ払いの漁師は、


「あぁ、特におっぱいが手練れすぎるだろう」


 笑いが起きた。

 だが、玄関と二階に潜む者たちの殺氣が一氣に膨れ上がった。

 途端に、玄関の扉が振動し、腹の底を揺さぶるけたたましい轟音――と共に玄関が爆散した。焦げ臭い硝煙の匂いと熱風が木片と共に店内へ吹き荒れる。

 漁師たちが上げる悲鳴が鼓膜を突き刺すより速く――体は動いていた。

 ヴィーネたちを守るように腕を広げながら魔槍杖バルドークを横に伸ばす。


「上!」

「うむ――」


 ユイの鋭い声――と、同時に二階の窓ガラスが派手な音を立てて砕け散るや否や、八人の黒装束の魔剣師が宙を舞いながら、頭上から襲い掛かってきた。


 即座に《闇壁(ダークウォール)》を上空に幾つも展開させ、


「「げぇ」」

「――え!?」

「「ぐっ」」

「「ぐおぁ」」

「な!?」


 八人の奇襲相手に、その《闇壁(ダークウォール)》を衝突させる。

 <間歇ノ闇花>の無詠唱効果は抜群だ。


 だが、破壊された玄関から複数の魔剣師が飛び出てくる。

 ドガッと重低音が響くと壁も破壊されると、その左右の崩れた壁からも複数の魔剣師が乱入してきた。<鎖>の盾を崩し、すぐに左手首をスナップさせる、<鎖>の一つを直進させ、魔剣士、否、魔剣師相当の手練れに向かわせるが、防がれた。


「チッ」


 と、舌打ちをした魔剣師は仲間たちの中に戻るように後退し、宿の外に出た。


 室内に展開中のヘルメの水球から無数の<滄溟一如ノ手ポリフォニック・ハンド>のような水の手が新手の魔剣師たちに自動的に直進していく。


「「げぇ」」


 と悲鳴を発した魔剣師たちの一部は、その水の手を防げず、絡め取られるまま、体が、へし折られて絶命していた。

 

 <筆頭従者長(選ばれし眷属)>ユイと<従者長>カルードが――。


「任せて」

「マイロード、あやつらはお任せを――」


 その言葉を合図に、二人は床を蹴り、影が疾風となった如く駆ける。

 ユイが振るう双剣アゼロス&ヴァサージは<血魔力>の残光を引き、カルードの流剣フライソーと幻鷺は抜き放たれた瞬間に死を約束する冷たい輝きを放った。

 相対した魔剣師たちの斬撃を、二人は水が流れるように受け流し、弾き返す。続く四振りの刃は、まるで一つの生き物のように連携し、八の字の軌跡で敵の刃を絡めとった。

 体勢を崩した魔剣師たちの手首と前腕に、浅く、しかし致命的な傷が走る。

 それは死の舞踏の序曲――。

 相対した魔剣師二人が振るう魔刀を、ユイとカルードは、得物を最小の動きで下から上へと振るい弾く、その一瞬の隙を突き、別の魔剣師たちが割り込んでくる。だが、ユイとカルードは即座に反応。四振りの刃が八の字を描くと、乱入者たちの魔刀はあらぬ方向へと弾かれた。


「うげぇ」

「なっ」

「ごぁ」


 体勢を崩した彼らの体から、悲鳴と共に血飛沫が舞い上がる。

 カルードの右半身が前に出るフェイクからの突きが魔剣師の喉に決まる。

 そのカルードの背後に迫る迅速な斬撃はユイがアゼロスとヴァサージの魔刀を斜め前に突き出すように弾く。


「な!?」

 

 死角からの攻撃を防がれたことに敵が一瞬動揺する。

 カルードは正面の魔剣師の斬撃を体の軸を横にズラす動きで見事に回避。

 途端に、両腕が陽炎のようにブレた。

 流剣フライソーと幻鷺を小刻みに動かし、魔剣師の魔刀を絡め取る。

 敢えて体勢を崩すように踏み込みながら鍔ごと柄頭を、強かに魔剣師の得物に叩きつけ、勢いを殺さず右回転しながら左肩を胸に叩き込む――魔剣師は突然の胸元の衝撃に「ぐっ!」と大きく崩れ、カルードの動きを追えていない。

 カルードの横回転しながら下段に振るっていた両刃刀の幻鷺の刃が、その魔剣師の右足を捉えた。


「!?」


 驚愕に目を見開く魔剣師の軸となった左足をも幻鷺が刈り取る。


「げぇ――!」


 両足を失い、無防備に落下する胴体。

 そこへ回転の最後に振るわれていた流剣フライソーが、衝突。

 鉄槌の如く胴体を叩き付けると、その死体は床に跳ね返っては他の魔剣師とぶつかり、机と衝突し、破壊された壁の残骸とも衝突――そのまま外に瓦礫と共に吹き飛んでいた。


 カルードは吹き飛ばした魔剣師を見ない。

 流れるようにユイと位置を交換し、次の標的の魔剣師へと踏み込む。

 魔剣師は迎撃の魔剣を突き出す。

 だが、カルードは幻鷺を斜めに構え、魔剣の突きを容易く下に弾く。やや遅れて振るわれた左手の流剣フライソーが、シュッ、と空気を切り裂く音を響かせ、敵の手首と前腕を撫で斬る。

 腕に紅い線が浮かぶと魔剣師は、「チッ」と忌々しげに舌打ちを漏らす。

 それが最後の合図だった。

 完璧な好機を捉えた二人の氣配が、爆ぜる。


「「五、三――」

「「一、斬り――」」


 暗号染みた言葉を言いながら加速――。

 流麗な剣閃が、相対した魔剣師たちの体に走り、腕をほぼ同時に断ち切る。返す刃が一閃、胴を両断された骸が吹き飛んだ。


「ハラガダたちが!」

「お前らぁ――」


 二階からユイたちに魔剣師たちが飛び掛かっていく。

 そのユイとカルードは、その魔剣師の斬撃を、体勢を沈める動きで避けるや否や、目の追えぬ速度で加速した<血魔力>を帯びた剣閃が、その魔剣師たちの体を斜めに両断して倒していた。


 二人は敵であったものを踏み台に跳躍し、宙空で位置を交差させる。

 互いの死角を完璧に補いながら、飛来する短剣をこともなげに弾き落とす。

 それはダンスを踊るかの如く、半身コンマ数秒ごとに位置をずらし、背後から飛来する短剣を、まるで背中に目があるかのように弾き落としていく。


 そんな暗殺者として有名だった二人が見せる圧殺劇に、二人の魔槍使いが、


「こなくそが――」

「あの二人をぶち殺せ!」

 

 と、叫びユイとカルード目掛け、突撃する。

 だが、その魔槍使いの眉間を、寸分違わず光線の矢と聖十字金属の魔矢が貫いた。


 二人の魔槍使いは、見開いたまま絶命し、壊れた人形のように倒れた。


 そこに破壊された玄関の外、深い霧の中から無数の黒い影――魔矢が、甲高い風切り音を立てて店内へと撃ち込まれてきた。


「――させません!」


 キサラが前に出る。

 両手に持つダモアヌンの魔槍から伸びた無数のフィラメントが白銀の網を形成し、降り注ぐ魔矢を絡め取った。

 その網をすり抜けてきた数本の矢と煙の中から飛来する無数の短剣を、エヴァが緑皇鋼(エメラルファイバー)の金属の盾で弾き、相棒が「ンン」と喉声を響かせながら触手から骨剣を伸ばし、弾き、レベッカの指先から放った蒼炎の壁で焼き尽くす。

 レザライサはユイ、カルードと流れるように連携し、黒装束たちを斬り伏せていく。一瞬の隙を突き、ヴィーネがラシェーナの腕輪から黒い小さい精霊(ハンドマッド)を放った。精霊が敵一人の足を拘束した刹那、その頭上をカルードの流剣フライソーが一閃し、宙を舞う。彼の<血相>スキルと赫機を活かした魔剣術は、まさに神速の域に達していた。


 続けて破壊された玄関と床下から、瓦礫を吹き飛ばしながら、


「「数で潰せ――」」

「「「おおう!」」」


 新たな黒装束たちが雄叫びを上げて突入してくる。


「魔界もセラも変わりません――」

「師匠、私たちにお任せを――」

「わたしたちのことを知らないんでしょ――」


 キッカ、ビーサ、ヴェロニカが前に出る。

 キッカは魔剣・月華忌憚で袈裟掛けに黒装束の得物を弾くと逆袈裟で仕留めていた。

 ビーサは、ラービアンソードを振るう――。

 放射口から眩い青緑色と白銀色が宙空に弧を描くような袈裟掛けに<黒呪仙炎剣>を繰り出す。青緑色と白銀色が混じったブレードが、黒装束の男の肩口に入ると、スパッとバターを溶かすように体が斜めに切断されていた。


 ヴェロニカはベイホルガの頂を振るい、黒装束の得物を弾き、胸元を撫で斬る。血飛沫が天井を叩いた。

 そのヴェロニカの背後に黒装束の片手斧使いが迫るが、ヴィーネの金属鳥(イザーローン)が射出した金属の刃が、黒装束の片手斧使いに突き刺さり、足止めしていた。

 足止めされた片手斧使いは、キッカの<血瞑・速烈剣>を腹に喰らって、吹き飛んでいた。

 

 ユイは後転し、<隠身(ハイド)>を使って隠れていた短剣使いを<銀靱・壱>の袈裟斬りで仕留め、隣を駆けていたレザライサが魔剣ルギヌンフを<神式・一点突>を繰り出し、片手斧使いの喉を穿ち、倒す。

 

 皆の血の斬撃が奔流となって敵兵を呑み込む。

 俺も守りの<鎖>の盾を崩し、闇雷精霊グィヴァと常闇の水精霊ヘルメに守りを任せるように、左手首の<鎖の因子>の印から<鎖>を狙いの黒装束に放つ。


 <鎖>は新手の黒装束たちの得物を何個も弾きながら、その腕を貫いていく。


 <鎖>に穿たれ、腕を失った黒装束たちが「「「「うげぁ」」」」と悲鳴を上げるが、その声はすぐに途絶えた。ヴィーネとベリーズから放たれた光線、風、そして聖十字の矢が豪雨のように降り注ぎ、彼らを沈黙させた。

 ヴィーネは続けて、〝星見の眼帯〟を装着。

 深い紺色の布の、星々の輝きを思わせる銀糸の刺繍が輝く。


「優秀は氣配殺しの存在を確認――そこ――」


 翡翠の蛇弓(バジュラ)から光線の矢を放ち、その奔流から逃れようとする者の眉間を正確に射貫いていた。ベリーズも<血烈吸剛矢>を放ち、影のような魔力を体から発動していた魔法使いの体を射貫いていた。


 影のような魔力を纏った黒装束が、ヴィーネたちの遠距離攻撃を巧みに避け、短剣を投擲してくる。あの動き……厄介な手合いだ。

 その使い手を凝視し、<血道第三・開門>――。

 <血液加速(ブラッディアクセル)>を発動――。

 床を蹴り、短剣を<投擲>している者との間合いを詰めた。

 槍圏内から、魔槍杖バルドークの<血穿>を繰り出す。

 短剣使いは反応できず、衣服ごと、その腹を紅矛と紅斧刃がぶち抜いて吹き飛ばすように倒した。


 そんな俺の左右からユイとカルードが前に出て魔剣師と相対し、目にも留まらぬ袈裟掛けで、肩口から胸元を両断に処した。

 ユイとカルードは左右に跳ぶように移動しながら、返す刀の一閃を放つ。

 白炎の<白炎一ノ太刀>が魔剣師の腹を薙いでいた。


「にゃご――」


 二階に移動していた相棒の氣合い声が響く。

 相棒は、魔剣師を噛み付きながら天井を駆けていた。

 相棒を狙うように、天井が爆発している、魔銃持ちもいるのか――。

 そいつに右手首<鎖の因子>から<鎖>を射出するが避けられた。

 目の前に、無数の魔矢と歩脚が殺到する。

 即座に<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>で弾くが、続けて魔法の網が幾重にも飛来。奪われる危険を察知し、八咫角を即座に消す。左手には神槍ガンジスを召喚。<握吸>と<勁力槍>を発動、魔力を滾らせて<雷炎縮地>を発動した。

 加速しながら前に出て魔法の網に突っ込むように神槍ガンジスを突き出す。

 螻蛄首(けらくび)付近の蒼い槍纓が瞬く間に刃と化し、靡きながら魔法の網を斬り刻む。<雷光瞬槍>をも使い、魔槍杖バルドークを消し、客を助けるように右手で掴んでは、エトアたちの方角に投げていった。


 魔矢と歩脚を繰り出し続けているのは、宿の外の部隊。

 射手の二眼二腕のクロスボウ部隊――。

 と、歩脚を胸元から生やしている百足魔族デアンホザー部隊か――。


 ヴィーネとベリーズが、カウンターを遮蔽物とし、正確無比な射撃で、そのクロスボウ部隊と百足魔族デアンホザー部隊を射貫く。更に、霧の奥に潜む射手たちを次々と無力化していった。


 エヴァの<霊血導超念力>で操作されているサージロンの球が店内を縦横無尽に飛び交い、敵兵を壁や天井に叩きつけて沈黙させた。

 刹那――爆発音、右に積み重なっていた死体が連続的に爆散――。

 礫? 否、飛来した複数の魔弾――。

 <夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を召喚し、防ぐ。

 <夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を、その魔弾を放った存在に送るが魔弾を放った存在は素早く二階の渡り廊下を駆け避けては、魔銃の銃口をこちらに向け魔弾を放ってくる。


 <刹那ノ極意>と<隻眼修羅>を発動――。

 魔弾を左右に移動し、避けていくが、相手も先読みしてくる。

 そのたびに床が貫かれていく。少し動きを止めた。

 魔槍杖バルドークで飛来してくる魔弾を弾きながら、黒装束の魔銃持ちを凝視――。

 相棒の触手骨剣を宙空に生み出した魔法の盾と魔鉄の盾で防いでいる。

 体から出ている魔力量、操作は一流――。


 魔銃持ちは、この間戦ったギドのような印象だが、ギドに比べたら見劣りする。

 その魔銃持ちに、ヴィーネとベリーズの光線の矢と聖十字金属の魔矢が向かうが、魔法の盾と魔鉄の盾により防がれていた。


「あいつは俺が――」

「はい」

「うん」


 ――魔槍杖バルドークを<投擲>

 <水月血闘法>を発動しながら跳躍、<武行氣>を強めた。

 魔銃持ちは後退し、魔槍杖バルドークの<投擲>を避けながら、神槍ガンジスの<魔仙萼穿>を魔鉄の盾で防ぐ。だが、その魔鉄の盾を神槍ガンジスは破壊し、魔銃持ちの右腕を穿った。


「げぇ――」


 痛みの声と共に後退した魔銃持ちに――。

 神槍ガンジスで<杖楽昇堕閃>――。

 左から一閃は魔法の盾に防がれるが、<月冴>と<月光の導き>を発動しながらの右からの一閃は絶句したまま防げず、その首を刎ねた。


 宿屋&酒場の外と玄関を破壊し、屋根裏にも潜んでいた玄人の氣配は極端に減った。

 乱戦に乗じての奇襲は当然の策だが、俺たちの実力の把握は、ま、むずいか。

 

 そうして、魔槍杖バルドークを回収し、数十分近くの戦闘はひとまず、終了。

 店内の敵は殲滅したはず……。


 二階から襲い掛かってきた魔剣師たちも、皆の連携により、首と胴が泣き別れ、無様に床に転がっている。


 硝煙と血の匂いが立ち込める中、酒場&宿屋は静寂を取り戻した。

 テーブルの下と、カウンターの背後、エトアたちの背後で、震えていた漁師たちが、おそるおそる顔を上げる。


 彼らは目の前の光景が信じられないといった表情で、俺たちと黒装束の亡骸を交互に見つめていた。


 若い漁師マードックが、震える声で呟く。


「……死神たちが一瞬で……」


 神槍ガンジスと魔槍杖バルドークに付着した血を吸収しつつ、


「言ったはずだ。『死神退治』をしに来たと。――だが、本命は、この外、港か」


 眷族たちと視線を交わし、破壊された玄関から外へ出る。

 霧の奥、湖上には、まだ数十隻の黒い船が浮かび、こちらを窺っていた。先ほどの戦闘は、奴らにとってほんの小手調べに過ぎなかったのだろう。


 船団の中から、ひときわ巨大な旗艦がゆっくりと前に出てくる。

 その船首には、禍々しい百足の紋章が刻まれていた。


「……【テーバロンテの償い】か」


 メルたちからの報告にあったゼグロンテ率いる残党軍の紋章だろうな。

 この港を襲っていた死神たちの大本。

 旗艦の甲板、玉座に腰掛けた魔族が、こちらを冷ややかに見下ろしている。

 年の頃は若いが、その身に纏う魔力は魔界王子テーバロンテには及ばずとも、尋常ではない。男はゆっくりと立ち上がり、マントを払う。胸元の歩脚が生えている。


 やはり、百足魔族デアンホザーと人族のハーフか?

 両腕に手にした魔剣をこちらへと向ける。


「……我が手勢の精鋭を、こうも容易く退けるとはな……お前たち、何者だ」

「俺たちは【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の【天凛の月】が盟主の一人。種族は、光魔ルシヴァル。で、お前たちは【テーバロンテの償い】か?」

「ふむ……【天凛の月】に光魔ルシヴァル……なるほど、塔烈中立都市セナアプアで暴れた連中だな」

「あぁ、さすがに情報は共有しているか」

「……当たり前だ。バルミュグを……貴様が……」


 その声に、初めて明確な憎悪が混じる。玉座から見下ろす瞳が、冷ややかなものから燃えるような敵意へと変わった。


「おう、バルミュグは倒した。【血銀昆虫の街】も、【天凛の月】と【白鯨の血長耳】がもらい受けた。それで、お前の名は?」

「……我が名はゼグロンテ」


 名乗ると同時、ゼグロンテが纏う魔力が膨れ上がり、周囲の霧を圧するように揺らめいた。すると、周囲の霧が晴れていく。

 その向こうに広がっていたのは、さきほどよりも増えている。

 結構な量の大船団だった。その数、数百は下らないだろう。

 レドライン王国、サキュルーン王国、タータイム王国にも湖軍はあると思うが、すべて倒れているんだろうか。それともさきほどの霧を活かして隠蔽されているのか。


 そのゼグロンテは、


「……このソムライク港は、我が新たな国を築くための礎。そして、お前たちは、その礎に捧げる最初の贄だ。絶望するがいい……ここでお前たちは終わる」


 この数百の船団こそが圧倒的な戦力差に見えているのだろう。だが、こちらの切り札は、そこにはない。

 そのゼグロンテを真っ直ぐに見据え、


「……ゼグロンテ。お前は、レッドフォーラムの砂地の砂城タータイムは見えていないのか?」

「――え?」


 彼の貌から余裕という仮面が剥がれ落ちた。

続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版発売中。

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