千九百五十話 フィーススナッチャー
疾走の勢いを殺さず、<武行氣>で夜空そのものを踏みしめる。無形の階段を駆け上がるように、月を目指して飛翔した。
手中で<握吸>が魔槍杖バルドークを吸い付かせ、続く<勁力槍>に応えて鈍い輝きを放つ。
更に<無方南華>と<無方剛柔>を起動すれば、全身の毛穴が開く感覚と共に魔力が熱を帯びた。眼下では陽動部隊が放ったのであろう業火が、街の一区画を舐め尽くさんばかりに燃え上がっている。断続的に響く警鐘と、悲鳴の残響が、切り裂く風に乗って耳朶を打った。
刹那、足裏から石の感触が消えた。今まで立っていたはずの屋根が、音もなく空間ごと抉り取られている。――狙撃。
氣配すら先行させぬ一撃。噂に聞く『戦場のゴースト』か。
――隣を駆ける相棒に魔弾の軌跡はない。
狙いは完全にこちらに絞られているようだ――。
標的は既に動いている。速い――。
<血魔力>を体から放出させ、<血道第四・開門>、<霊血の泉>を発動、そして、<神解・天眼>を極限まで開放し、魔力の流れと氣配の残滓から闇に溶けた影を追う――とっ――。
こちらの思考を先読みするかのように魔弾が飛来――。
壁の隘路へ雪崩れ込むように身を捻る。直後、背後で壁が爆ぜ、砕けた石片が装甲を叩いた。
第三射、第四射の閃光と重低音が耳鳴りのように響く中、駆けた――放たれる魔弾の音が夜氣を切り裂くように感じた。斜め前へ飛ぶように回避し、建物の陰へと転がり込んだ。
影は迷いなく大聖堂の鐘楼へ向かうが、直感がデコイだと告げる――右、光に狙撃――即座に左へ跳び、魔弾を掻い潜る。
本体は後退と同時に次弾を射出。その常識外れの体捌きに舌を巻く。
走りながら、跳びながら、一切ブレずに魔弾を放つ。体幹そのものがジャイロか何かなのか。
「ンン――」
黒豹と共に横壁を蹴り、三角跳びで路地を駆け抜け、尖塔から尖塔へと跳ぶ。月に照らされた瓦を砕き、壁を突き、ただ前へ。
風切音と、耳を劈く高音が何度も鼓膜と耳朶を震わせた。
俺たちが着地を繰り返す尖塔の壁と屋根とベランダが轟音と共に破壊されていく。
構わず前に、跳び、背の低い尖塔のベランダに前転着地から、すぐに跳躍――陽動部隊が起こしたであろう騒ぎで、街の一部が赤く燃え上がっている。
大聖堂と似た大型の建物の鐘楼の頂上に、月光を背にして立つ標的の姿を捉えた。
魔銃剣は情報通りだが、半透明の魔力、精霊か?
『精霊のようですが、武器と融合可能な武装魔霊の一種かもです』
指輪に宿る古の水霊ミラシャンの助言が響く。
『了解した。戦いとなったら使うかもだ』
『はい』
ミラシャンとの念話を終え、相棒と共に鐘楼の屋根瓦に音もなく降り立つ。
『戦場のゴースト』は、魔銃剣を輝かせ、半透明の精霊を見せるように右腕に融け込ませると、静止した。俺たちを凝視。
すると、「やはり――」と、言ったギドの輪郭が陽炎のようにブレた。
――挨拶代わりか、腕先からククリ状の刃が射出される。
スペツナズナイフを彷彿とさせる凶器を魔槍の柄で弾く――。
甲高い金属音が響き終わるより早く、ギド本人が俺との間合いを詰め、懐に滑り込みながら、いつの間にか出現させていた魔銃剣を振るってきた。
「――お前が『戦場のゴースト』か」
問いは、刃音の序曲――。
振り下ろされる魔銃剣を魔槍杖バルドークの柄で真下から迎え撃つ。キィィィィン――月光を浴びた刃が、夜闇に激しい火花を彫り刻んだ。
ギドは<魔闘術>系統を強め、纏う魔力が密度を増す。加速。
鍔迫り合いの体勢から、魔銃剣が僅かに傾いたかと思うと、銃口が至近距離で火を噴いた。思考より先に体が動く。右足を滑らせ半身となり、魔槍杖の柄を盾にする――振動で柄が少し揺れたが、紅矛で<刺突>――。
ギドは魔銃剣を回転させ<刺突>を防ぐと、またも、魔銃剣の銃口が煌めいた。
魔弾が飛来、<刹那ノ極意>で予測し<水月血闘法>を発動させ、右に飛び避ける。「<血魔力>の<魔闘術>系統か――」と、ギドは発動するまま袈裟掛けを仕掛けてきた。
それを風槍槍『上段受け』で受け止めて防ぎ、魔槍杖バルドークを振るう、<杖楽昇堕閃>を繰り出した。
右から竜魔石の一撃を魔銃剣で防ぎ、二撃目の紅斧刃の斬撃も魔銃剣で防がれた。ギドは、右に出る挙動のフェイクから足蹴りから突き――。
それを見るように、後方へ跳躍して避けたが、スペツナズナイフのような飛び道具がまた飛来、その飛び道具を魔槍杖バルドークの柄で防ぐ。
間髪入れず放たれる魔弾の斉射。熱線が頬を掠め、数本の髪が焼け落ちる匂いが鼻を突く。ミリ単位で見切らなければ頭蓋を砕かれていた。その恐るべき精度に、背筋が凍る。
ギドは前傾姿勢となって俺に追撃モードとなったところで、
「にゃごぉぉっ!」
と、尖塔の影から相棒が黒い弾丸と化してギドに襲い掛かる。
だがギドは強襲を予測していたかのように、最小限の動きで魔銃剣を翻し、相棒の鋭い爪撃を弾き返した。
「――二対一とて、この盤面は覆らない」
一人で二人を相手にしているというのに、その動きに一切の淀みがない。
黒豹とアイコンタクト――「にゃご!」、相棒の触手骨剣――魔槍杖バルドークの<魔仙萼穿>の突きをギドに繰り出す。
しかし、ギドは俺たちの連続攻撃を水のように受け流し、相棒の吐き出す紅蓮の炎を紙一重で躱し、その一連の動作の隙間に的確な牽制射撃を差し込んでくる――。
左手に雷式ラ・ドオラを召喚し、即座に<龍豪閃>を放つ――。
続けて右から左へ薙ぐ紅斧刃の<血龍仙閃>、返す刃での竜魔石の石突による掬い上げと、連撃を叩き込む。だがギドはその悉くを、魔銃剣の僅かな角度調整だけで完璧に捌き切る。
それどころか、連撃の嵐を突き抜け、紅斧刃と螻蛄首に魔銃剣を吸い付かせるように押し当て、体勢を低くし火花を散らしながら前転――その勢いのまま放たれた踵落としと同時に、膝の装甲から爆炎が炸裂した。
咄嗟に雷式ラ・ドオラと魔槍杖の柄で蹴りそのものを防ぐが、至近距離で炸裂した小型弾の衝撃と熱は殺しきれない。
爆風に枯葉のように舞い上げられる。宙空で<無方南華>が熱を啜り、<無方剛柔>が衝撃をいなす。だが、意味をなさない。
体勢は完全に崩され無防備な肉体が晒され、その隙に首を刈らんと迫る横一閃。<闘気玄装>を強めながら無理矢理に魔槍杖バルドークをしならせ、螻蛄首で凶刃を受け止めた。
――ギィンッ、と螻蛄首がきしむ。
押されたが、左手の雷式ラ・ドオラで<闇雷・一穿>を繰り出した。
ギドの体がブレ、「当たらんよ――」と言い残すまま右から一閃、それを魔槍杖バルドークの柄で、防ぐと、連続的に突いてきた。
そのギドに相棒が体から出している触手の群れから骨剣を伸ばし、ギドの背を狙うが、ギドの魔銃剣から出た半透明な女性の精霊、武装魔霊が無数の物理障壁をギドの背に生み出して相棒の攻撃を防ぐ。
ギドは、連続的に魔銃剣を突き出し続けた。
それを防ぎながら反撃を狙うが、ギドは体勢を低くすると、急激に攻撃のベクトルを変化させ、両膝の装甲から爆炎が炸裂した。
小型弾はなんとか防ぐが、爆風で後退。
「<魔皇・重爆斬り>――」
爆風を得た魔銃剣の袈裟掛け――。
魔槍杖バルドークと雷式ラ・ドオラをクロスし、防ぐが、魔銃剣伝わる圧力は巨大なプレス機に押し潰される感覚のまま後退を続けた。
腕の骨が悲鳴を上げ、全身の筋肉が断末魔のように震える。
「――その体勢で次は防げるか?」
冷徹な声と共に多重に新たな<魔闘術>系統を発動させていたギドの瞳が氷のように光った刹那――魔銃剣の銃口がぬらりとこちらを向き、ゼロ距離で煌めく。
<月光の導き>と<魔闘血蛍>を発動させ、避ける。
「チッ、また加速か――」
ギドも他の<魔闘術>系統を発動したように黄土色と半透明の魔力を体から放ちながら、俺を追撃するように魔銃剣を突き出す。
それを見るように左に避けつつ肩の竜頭装甲を意識し、装備を魔槍杖バルドークだけを残し、一瞬で義遊暗行剣槍と義遊暗行甲冑と〝義遊剣槍師レドマルコの仮面〟に変化させた。
「ほぅ――」
ギドは冷静に魔銃剣から別の半透明な魔銃剣を生み出しながら、連続突きを繰り出し続けた。
――咄嗟に魔力を送り込む。
「――お前も黒髪隊のように多彩のようだが――」
両手首の<鎖の因子>から梵字に輝く<鎖>が迸り、二つの<鎖>でギドの無数の魔銃剣を弾き続けた。
ギドは、「邪魔だ――」と魔札のような物を無数に周囲に生み出し、<鎖>を封じてくる。<鎖>を消す。
「にゃごぁ!」
ギドに紅蓮の炎が向かうが、半透明な魔銃剣を集積し、その巨大化した魔銃剣の剣腹で紅蓮の炎を防ぎ斬る。
刹那、真横に、転移したようにギドが現れ、一閃。
即座に、<水月血闘法・水仙>と<義遊ノ移身>と<暁闇ノ幻遊槍>を同時発動。血の分身と水鴉が本体と足下から大量に発生。
<暁闇ノ幻遊槍>の槍の分身を合わせた多重の分身を造り出し、魔銃剣の一閃を避けた。
「な!?」
無数の分身がギドの視界を奪う間に死角に滑り込む――。
<血龍仙閃>を叩き込むッが、ギドは獣のような勘で反応し、魔銃剣を盾にした。甲高い防護音。直撃は免れたものの、さすがのギドも体幹を揺らがせた。――好機。
そこに、
「グルルゥァッ!」
相棒が前に躍り出る。
闇に溶けるような動きで、死角からギドに近づく。
ギドの紙吹雪のような魔札を裂いた鋭利な爪が首筋に吸い込まれるように見えたが、ギドは振り返ることなく魔銃剣の柄頭を背後へ突き出す。ガンッ、という鈍い音と共に相棒の爪撃が完璧に防がれていた。
「……仮面といい、小細工を弄する」
ギドが吐き捨てるように呟くと、纏う氣配そのものが変質した。
右腕に宿っていた武装魔霊が月光を透過する水銀のように融解し、生き物のようにギドの半身を侵食していくと貌の一部に仮面防具を展開させた。
幽霊が騎士の甲冑を無理矢理その身に憑依させたかのような冒涜的なまでの異形の姿だった。薄い青色の双眸が煌めく。
肩の竜頭装甲を意識し、光と闇の運び手装備に切り替えた。
髑髏模様の外骨格甲冑となる、左手の義遊暗行剣槍を神槍ガンジスに変化させた。
「精霊イストリア、フィーススナッチャーの権能を解放しろ」
「はい」
抑揚のない声が連続して響き、魔銃剣から出ている精霊イストリアと目される半透明な女性がギドと重なると、ギドの魔力が爆発的に膨れ上がった。鐘楼の屋根瓦がビリビリと震え、夜氣が鉛のように重くなった。
フィーススナッチャーの権能か。
『武装魔霊とはまた異なる? 精霊イストリアは水属性に思えるが、違うのか?』
『属性は無属性に思えますが、奇妙です』
古の水霊ミラシャンも判別できないほどの武具が、あのフィーススナッチャーのようだな。
魔槍杖バルドークを構え直し、足元で、相棒が地の底から響くような唸り声を上げた。その熱い息吹が、肌を撫でた。
刹那、視界の端で蒼い光が爆ぜた――。
思考が追いつくより早く魔槍杖バルドークの柄を掲げていなければ、首と胴が泣き別れていた。ズン、と足元が沈む。不可視の魔力の礫が鐘楼の石畳を砕きながら殺到していた。即座に腰の神槍ガンジスに魔力を通す。蒼い槍纓が硬質な刃と化し、嵐のような礫を薙ぎ払った。だが、それは陽動。本命は――。
<隻眼修羅>を使う――。
片方の瞳に魔力が奔り、世界から色が抜け落ちていく。
――時間の流れが粘性を帯び、無数にブレるギドの氣配から、ただ一本の〝真実〟の軌跡が浮かび上がった。――真後ろ!
振り向きもせず魔槍杖の柄を滑り込ませる。
キィンと甲高い音が響いた。
――右肩に乗せた魔槍杖バルドークで背を守る。
背後から迫る斬撃の軌道へ、衝撃を受け流してコマのように後転、その遠心力を乗せ、二条の槍が逆襲の嵐と化す!――<双豪閃>!
神速の二槍を、ギドは魔銃剣一本で完璧に捌き切る。
刃と柄を駆使し、盾のように、あるいは渦のように攻撃を受け流し、いなしていく。火花が滝のように流れ、甲高い金属音が悲鳴のような旋律を奏でた。
「ほう、二手か。動きも読めている。だが――」
冷たい眼差しの下で、ギドの口元が歪んだ。
「――〝届かなければ〟意味がない」
次の瞬間、信じられないことが起こる。
神槍ガンジスと魔槍杖バルドークの薙ぎ払いが、スカる。
穂先が虚空を掻いた。
俺とギドの間の〝距離〟が一瞬にして数メートルも引き伸ばされたかのように。
「なっ――!?」
<隻眼修羅>で見える〝真実〟の軌跡が、ありえない法則によって捻じ曲げられた。<双豪閃>を止め防御の構えを取る。
そこへ、引き伸ばされたはずの距離を無視して、ギドの魔銃剣が脇腹に迫った。それを神槍ガンジスで叩くように防ぐ。
更に、スペツナズナイフのようなナイフが至近距離から飛来――。
魔槍杖バルドークで防ぐ。
「チッ、勘がいい――」
空間を掌握する権能フィーススナッチャーの力か。
「<幻夢・グランドラ>――」
ギドは距離を詰めながらブレる、左から一閃かと思いきや、半透明な魔銃剣から出た幻――。
「にゃごぉぉぉっ!」
相棒が自らの体を盾にするように、俺と凶刃の間に飛び込んでいたのだ。ガキン! という鈍い音。背と左から迫っていた別の魔銃剣の刃は、相棒の体から生えた無数の触手骨剣によって辛うじて受け止められていた。
「――邪魔だ、畜生が」
ギドが忌々しげに吐き捨てゼロコンマ数秒で巨大化した魔銃剣を振るう――「にゃご!?」と触手骨剣ごと相棒の体が吹き飛ばされ、鐘楼の壁に叩きつけられた。
「ロロ!」
相棒の苦悶の鳴き声に血が逆流するような怒りが込み上げる。
だが、非情な現実は、感傷に浸る暇を与えてはくれない。
再び距離が〝奪われ〟、ギドの姿が目の前にあった。
冷たい仮面の下、薄い青色の双眸が、俺を射抜いていた。
<超能力精神>――。
「ぬごぉ――」
ギドは吹き飛ぶが、魔銃剣と己の体から半透明なイストリアが出ると、屋根に足を突き刺して、<超能力精神>の衝撃波を殺す。
続けて――<魔技三種・理>を意識、<仙血真髄>と<魔仙神功>を発動。
『ミラシャン、ナイア出ろ――』
『はい――』
『任せを』
右手の爪から古の水霊ミラシャンが実体化し、その古の水霊ミラシャンが、<水晶銀閃短剣>を繰り出した。
指輪から風の女精霊ナイアも飛び出て、風刃として直進。
虹色の軌跡を残しながらギドの体に突き刺さっていく。
短剣はギドの体内で光の結晶となって砕け散り、その破片が無数の蝶のように舞い散る。
『<水晶群蝶刃>!』
「<風の想刃キリヴァ>――」
光の蝶は一斉に再生しているギドの体内へと飛び込み、その内部から魔力の流れを寸断していく。古代の水霊術と水晶魔術が織りなす美しくも残酷な一撃は、ギドの体の再生を阻害、否、魔銃剣の権能にもダメージを与えていく。
風の女精霊ナイアの人の形をした風刃がギドの体を斬り刻む。
イストリアは「「キャァァァァァッ!」」と絶叫を多重に響かせながら、無数の分身をギドから生み出し続ける。分身は盾となってミラシャンとナイアの攻撃を防ぎ、一部は二柱の精霊へ特攻しては消えていく。
ギドとイストリアは蹌踉めいて、無数のイストリアの半透明な体が、ギドから離れ出現を繰り返していく。
そのギドは、
「ぬおぉぉ――」
己の傷だらけの分身を作りつつ魔銃剣を突き出しながら直進。
四肢に<血魔力>を込める。
<雷光瞬槍>と<雷光跳躍>を同時に使い、跳躍。
ギドの捨て身の突進を避けた。
高々と舞い上がり、相棒が横に跳ぶのが見えた、その位置を把握。
武器を魔星槍フォルアッシュに変更――。
<異空間アバサの暦>と<星ノ音階>を発動、魔星槍フォルアッシュと体から<異空間アバサの暦>の宇宙空間的な魔力が広がった。
ギドは、
「ぬげぁぁああああっ!」
ギドが最後の抵抗とばかりに、残った全魔力を魔銃剣に注ぎ込むと、禍々しい半透明な盾を形成する。無数のイストリアの分身も、その盾の前で最後の壁となるべく重なり合った。
だが、もはや星の理からは逃れられない。
その体に、<異空間アバサの暦>の宇宙空間的な魔力が吸い込まれるように重なっていくと体に六点の輝きが発生し、輝きと魔線は魔星槍フォルアッシュと繋がった。
音程とリズムを感じるまま魔線に導かれるように魔星槍フォルアッシュごと右腕が槍と化す勢いで<星槍・天六穿>を繰り出す。
流星と化した六度の突きが、イストリアの悲鳴の壁を突き破り、ギドが構えた闇の盾をガラスのように粉砕し――寸分の狂いもなく、六つの輝点を正確に貫いた。
貫かれた体から新たな恒星が誕生したかのように、目映い閃光が幾つも生まれる。
「――見事、だ……」
砕け散る仮面の下から、ギドのそんな声が聞こえた氣がした。
次の瞬間、ギドとイストリアの体は、内側から弾けるようにして、夜空に星を撒き散らす大爆発を起こした。
爆音の残響が消え、夜の静寂が戻ってくる。
キラキラと輝く魔力の粒子が、破壊された鐘楼の瓦礫の間を、星屑のように舞い落ちていた。
スキルを解除し、魔星槍を地面に突き立てて、荒い息を整える。
肩の傷がズキリと痛み、全身を使い果たしたような脱力感が襲ってきた。
ギドが立っていた場所には、もはや何も残ってはいない。
砕けた魔銃剣の柄の一部が、最後の光を放って塵へと変わっていくのが見えた。
――終わった。
その事実を実感した途端、真っ先に意識が向かったのは、ただ一つ。
「ロロ!」
「にゃぁ~」
相棒の傷はもう癒えているが、鳴き声に少し弱々しさがある。
胸が締め付けられた。すぐに《水癒》発動した。水球が弾けて、癒やしの水飛沫が降りかかる。
「ンン」
黒豹はごろんと転がって腹を見せてくる。
はは、よかった。心の底から安堵のため息が漏れた。
「シュウヤ様、お見事でした。『戦場のゴースト』異名通りの強さ」
「はい、一先ずの勝利」
「……あぁ、中々の強敵だった」
ミラシャンとナイアの声が、思考に響く。
黒豹の頭を優しく撫でた。
ゴロゴロ、と相棒が喉を鳴らす微かな振動が手のひらに伝わってくる。
立ち上がり、鐘楼の巨大な風穴から夜空を見上げる。
残骸の月と月の輝きは、この死闘のすべてを見届けていたかのように静かに俺たちを照らしていた。
ふと視線を戻した、ギドたちが爆散した鐘楼の瓦礫の中に、不意に何かがキラリと光を反射した。それは、イストリアの体を思わせる半透明な結晶のようにも、ギドの魔銃剣の破片のようにも見えた。
いずれにせよ、ただの瓦礫でないことは確かだった。
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