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千九百四十四話 凶星か、吉報か


 俺たちは、ハンカイとサザーとママニとレンとサシィを残し、吸血神ルグナドの類縁地から離脱。

 今は、【デアンホザーの地】の傷場の前に砂城タータイムを転移させた。


 そして、皆が大広間、司令室の〝星霜の運行盤〟の前に集結した。

 コントロールユニット前は結構な広さだ。


 七雄の共鳴石が浮かび、【鍛冶所】、【星詠みの間】、【地脈室】、【星核の炉】、【武道場】、【流星室】、【調理場&大食堂】などの映像がリアルタイムに出現し、下部には、実際に転移可能な小型の魔印と床から伸びている砂城タータイムの硝子状の棒のような物が伸びている。


 俺たちの斜め上には、『戦略的地図室』と連携している立体地図のフロルセイル全土が映し出されていた。〝列強魔軍地図〟のような精細さはないが、これは便利だ。

 ところどころに、ノイズが走ったり、霧がかかったように表示されていた。


 運行盤から放たれる冷たい光が、集った仲間たちの真剣な横顔を照らし出す。静まり返った司令室に、メルがユニットを操作する乾いた音だけが響いていた。


「総長、スキャンの第一報です。フロルセイル全土の大まかな軍の配置は把握できましたが……」


 メルが指し示した立体地図上には、いくつかの黒い染みのような領域が広がっていた。


「いくつかの重要拠点は、強力な結界や地形効果で詳細な内部情報が遮断されています」


 彼女の言葉と共に、立体地図が南東へと高速で移動し、タータイム王国の王都ファンハイアが眼前に迫る。レッドフォーラムの砂地から相当な距離があるにもかかわらず、そのスキャン精度は驚くほど高い。

 王城と、将軍ガルドスの砦らしき建物が赤い警告色で点滅している。


 メルは、


「ガルドスの拠点と王城は、強力な防御結界に覆われています。部隊の出入りは確認できますが、内部での会話や具体的な動きまでは掴めません」


 次にクナがサキュルーン国境付近を指した。


「ゼグロンテの部隊が潜むこの領域は、古代の魔術か、あるいは地形そのものが持つ力によって、我々の探査を阻んでいます。大規模な軍勢がいることは間違いありませんが、正確な数と配置は不明です」


 その一帯は不自然な魔力の霧で覆われている。

 続いてヴィーネが、


「リョムラゴンの偵察部隊も、対探査魔術を行使しながら少数で行動しており、その最終目的までは読み切れません。彼らは我々のスキャン能力をある程度予測しているようです」


 その報告に机に座っていた相棒が「ンン、にゃ~」と鳴いた。

 黒猫(ロロ)の頭部を撫でながら、


「なるほど。なるほどな。十分すぎる情報だ。姫たちからの事前情報には感謝するが、やはり、こちらの目と足で確かめる必要がありそうだ」


 そこで第一王女ギュルアルデベロンテを見る。

 〝星霜の運行盤〟が放つ柔らかな光が、人族と似た姿となっているギュルアルデベロンテを照らす。


「王女、やはり最初の接触を頼むとしよう」

「シュウヤ様、私も姫のお供をしますわ。」


 マセグドの大平原での仕事を切り上げたアドリアンヌの発言に頷いた。

 背後には【星の集い】のファジアルたちがいる。


「了解した。では――」

「シュウヤ様、私もラドフォード帝国内での特殊な立場を持つ【星の集い】、そして、【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の中核として、セラのフロルセイルに乗り込みましょう」

「「はい」」

 

 アドリアンヌたち、【星の集い】は東の顔役と、ラドフォード帝国の近隣の闇社会では呼ばれているんだったか。ラドフォード帝国からしたら西の傷場で、戦場だらけの方角だが……。

 ラドフォード帝国も絡む可能性は捨てきれないから任せるか。


 頷いた。

 すると、シキたちも前に出て並ぶ。

 背後には部下たち、宵闇の女王レブラと吸血神ルグナド様の共同眷族、高祖吸血鬼(ヴァンパイア)のハビラ、霊魔植物ジェヌ、霧魔皇ロナド、漆黒アロマ、骸骨の魔術師ハゼスも並ぶ。

 

「分かった」

「シュウヤ様、では、私たちも影として動きますわ」

「ふふ、はい。」


 ビュシエとファーミリアも並ぶ。


「了解した。国王ラドバン三世が今、何を考え、どう動こうとしているのか。姫が交渉しつつも、その判断のフォローを皆で頼む。色々と各勢力が動くだろうからな。皆の目と耳で確かめてきてほしい。俺も後から動く」

「「「はい」」」


 出撃の準備を整える第一王女ギュルアルデベロンテの横顔を照らす。

 彼女の姿は、魔酒『百足の覚醒』の影響で、人型に近い優雅なものへと変化しているが、その瞳に宿る決意の光は、紛れもなく百足高魔族の王女としての気高さを物語っていた。


「ギュルアルデベロンテ、これを」


 アムシャビス族の紋様が刻まれた〝光紋の腕輪〟と、もう一つは、クナが入手していた一度きりの緊急離脱を可能にする高純度の転移魔石。


「国王との連絡、そして万が一の際の離脱に使うといい」

「はっ……ありがたく拝領いたします」


 ギュルアルデベロンテは恭しく受け取り、腕輪を装着する。

 その隣で、ヴィーネが運行盤に表示された王都ファンハイアの地図を指し示した。


「王女、ガルドス派の『赤鉱槍団』による警備網は、夜間、この水路沿いが手薄になります。恐らくは、国王派の残党を警戒して、城の正門付近に戦力を集中させているのでしょう」

「はい、参考になります」


 ギュルアルデベロンテが頭部を下げた。

 すると、出撃を見送る輪の中から第二王女ベベアルロンテが静かに歩み出た。

 

 姉の前に立った彼女もまた、『百足の覚醒』複雑な表情で口を開く。


「姉上。道中、お氣をつけて。ガルドスの目は節穴ではございませんわ。国王派の中にも、彼の息のかかった者がいるやもしれません。信用できるのは、国王本人とその老宰相くらいのものとお考えください」


 それは、姉を案ずる言葉のようでもあり、自らの情報通としての一面をシュウヤたちに示す、ベベアルロンテらしい計算高い助言でもあった。

 ギュルアルデベロンテは、そんな妹の真意を見透かした上で、毅然と答える。


「……忠告、感謝するわ、ベベアルロンテ。シュウヤ様のご期待、裏切るつもりはない」


 短い言葉を交わした後、ギュルアルデベロンテはシュウヤに深く一礼し、司令室から続く白銀の道へとビュシエたちと共に歩みを進めた。

 

 眷族たちの姿が魔法のディスプレイに映る。

 それを見ていたシュウヤは静かに呟いた。


「メル、皆が傷場からフロルセイル入りしたら、この砂城タータイムを一旦アイテム化する。その準備を」

「はい、総長」


 ◇◆◇◆


 タータイム王国、国境付近に設えられた将軍ガルドスの陣営。夜のしじまの中、指令部の天幕だけが魔導灯の冷たい光を放っている。地図を睨むガルドスの顔には、深い疲労とそれ以上に濃い猜疑心が刻まれていた。


 そこへ、一人の諜報員が息を切らして駆け込んでくる。


「将軍、例の件、続報です。数ヶ月前に各地で発生した『謎の人体爆発事件』ですが、被害者の身元がさらに判明しました。やはり全員、何らかの形で**リョムラゴン王国と繋がる第二王女ベベアルロンテ、ひいては魔界の百足魔族と深い関係にあった者たちです」


 ガルドスは地図から顔を上げない。その視線は、タータイムとリョムラゴンの国境線、その中心にあるベヒビア鉱山に注がれていた。


「……やはりか。ただの事故や病ではない。何者かによる、大規模で精密な『粛清』だ。ベベアルロンテが魔界で張り巡らせていた手足が、根こそぎ断ち切られた……一体、魔界で何が起きている……?」


 彼が呟いたその時、別の見張りが天幕に転がり込むように入ってくる。その顔は恐怖に引きつっていた。


「しょ、将軍! そ、空を! レッドフォーラムの砂地の方角の空をご覧ください!」


 ガルドスは舌打ちし、無遠慮に天幕を押し開ける。夜風が陣営の埃っぽい匂いを運んできた。そして――絶句した。


 ――戦慄が背筋を駆け上る。

 あれは砂城タータイム……!

 数ヶ月前の爆発死は、旧勢力の終焉を告げる弔鐘だったのだ。そして今、目の前のあれは、新たな時代の幕開けを告げる凶星か、それとも……。握りしめた拳が、わずかに震えていた。

 

 では、第一王女ギュルアルデベロンテが、父の魔界王子テーバロンテを滅したのか? 信じられぬが……。

 ガルドスは、遥か天空に浮かぶ沈黙の城を見据え、動揺を示す。

 

「……砂城タータイムだとしたら、国王の策が当たったということか……」


 と呟く。

 

 だとすれば、第一王女ギュルアルデベロンテが、魔界王子の称号持ちの魔神の父を討ったと?

 

 ガルドスの思考は高速で回転していた。

 

 国王派の残党が勢いづくか?

 否、まだだ。まだこちらの兵力が上回る。

 重要なのは、あの城の主であろう第一王女ギュルアルデベロンテが何を望むかか。彼は、背後の部下へ振り返り、


「全軍に第一級警戒態勢を布け。それと同時に、リョムラゴンへ送る密使の準備を急がせろ」


 と、低い声で命じた。


 ◇◆◇◆


 ここはリョムラゴン王国の王都リョムラードの南にあるゴムトラムル大洞窟の最奥部、そして、セラのサキュルーン王国の国境地帯であり、その地下砦でもある。


 ここは【テーバロンテの償い】の残党のねぐらでもある。


 そこで、人族に似た姿の一人の魔族が、五人の魔傭兵を相手に訓練を行っていた。人族と似た魔族の見た目は、百足高魔族ハイデアンホザーと近いが、そうではない。頭部はスケルトンタンクのような長細いが、人族の頭部としての形は整っている。

 体の一部も人族に近いが、胸には、百足魔族デアンホザー特有の歩脚があり、その歩脚から伸びた剣刃で、五人の魔傭兵を圧倒し、倒していた。


「今日の訓練はここまでだ」

「「「ハッ」」」


 味方の百足魔族デアンホザー部隊と人族たちに指示を飛ばした彼は、魔界王子テーバロンテの血を引くと称するゼグロンテ。


 訓練と部下に対する態度とは裏腹に、焦燥に駆られていた。


 父の死後、頼みの綱であったベベアルロンテとの連絡は途絶え、部下たちは謎の死を遂げ、軍の士気は地に落ちていた。


 父のバビロアの蠱物が消えたということは父が……。

 そこへ、見張りが血相を変えて駆け込んでくる。


「王子! レッドフォーラムの砂地に、天より城が……四匹の竜を伴っております!」


 ゼグロンテは胸の歩脚の一つを伸ばし、そこから魔力を照射した。

 すると、その魔力が壁に反応し、そこにはレッドフォーラムの砂地を遠くから見たような光景が展開される。そこには情報通り、砂城タータイムが浮かんでいた。


 それを凝視したゼグロンテ。

 

 かつて第一王女がサキュルーン王国から奪い取ったタータイムの秘宝、砂城タータイムであることに氣付く。


 あの城は……ギュルアルデベロンテ姉上が、ラドバン三世から与えられたという……では、


「姉上が父を? あの交渉官でしかない姉が王婆衝軍を纏めた?」


 否、ありえない……母キュビュルロンテと、祖母様、原初ガラヴェロンテ差し金か? 姉たちが連合? 現に父上の蠱物は消え、あの城は現れた……。


 百足門を守る精鋭の百足高魔族ハイデアンホザーたちを破った者たちがいる?

 そして、【デアンホザーの地】の中に入った外部の者?

 父上の掛毛氈がなければ……入れないはずだが……。

 父を殺した者が、他の神々、諸侯、悪神ギュラゼルバン、恐王ノクターならば可能か……では、それらの勢力に与したというのか……。


 ……分からぬ。

 あの城とドラゴンたちは氣になるが……。

 我らの手勢だけでは……

 いま一度、リョムラゴン国内の同志たちと連携を取るしかないだろう。


 憎悪と混乱が渦巻く中、ゼグロンテは戦力差という冷徹な現実を分析し、新たな策謀を巡らせるべく唇を噛んだ。



 ◇◆◇◆


 タータイム王国の王都ファンハイア。

 国王ラドバン三世は、老宰相メンドーサと共に、日増しに増長する将軍ガルドスの報告書に目を通していた。


「宰相、ガルドスはまた軍備の増強を求めてきおった。もはや飼い犬が主人に牙を剥く寸前よ……」

「はっ……今となっては、陛下が遥か昔に打たれた一手……第一王女ギュルアルデベロンテ様に砂城タータイムを託された、あの賭けにすがるしか……」


 その時、遠くのレッドフォーラムの砂地から閃光が走る。

 一瞬だが、真昼のように輝いた。

 老宰相が悲鳴を上げるのを手で制し、王は震える足でバルコニーへと歩み出る。


「……おお……!」


 あの現象と、遠くだが、巨大な城が浮かんでいる!

 あれは我が国の秘宝、砂城タータイムだろう。


 我が賭けは、実を結んだのか!

 王の乾いた目に、熱いものが込み上げてくる。


「見よ、メンドーサ、我が賭けは……我が願いは、天に通じたようだぞ」

 

 彼の反応は、恐怖や漠然とした希望ではない。自らが行った政治的投資が、最高の形で実を結んだことへの確信と歓喜である。彼はすぐにガルドスを出し抜くための次の一手を考え始める。


 ◇◆◇◆


 リョムラゴン王国の王都リョムラード。国王ドラムセルは、軍議の席で苛立ちを隠せずにいた。

 議題は、タータイム国境に出現した謎の空中要塞について。


「それで、あの城の正体はまだ掴めんのか!?」

「はっ。我が国の諜報網をもってしても……ただ、あれが伝説の砂城タータイムではないかとの噂が……」


 ドラムセル王の苛立ちの真の原因は、城の正体ではない。数ヶ月前から完全に連絡が途絶えている魔界の協力者、第二王女ベベアルロンテの存在だった。


 ドラムセル王は、

 ……ベベアルロンテからの鉱山の利益供給が止まった。

 その矢先に、彼女の姉である第一王女と繋がりのある砂城が出現……。これは偶然ではない。魔界で姉妹の力関係が逆転したと見るべきか。だとすれば、我が国のベヒビア鉱山への影響力は……。


 と考えつつ、主戦派の将軍を制し、静かに命じる。


「タータイム国内のガルドス派と接触を図れ。国王ラドバン三世、そしてあの城の主……どちらが真の敵か、あるいは利用すべき相手か、見極める。我が国の存亡は、ベヒビア鉱山にかかっていることを忘れるな」


 彼の反応は、国益、特に鉱物資源という具体的な利益を基点とした、冷徹な政治判断である。


◇◆◇◆


 王都ファンハイアを包む夜氣は記憶にあるものよりもずっと冷たく、重かった。

 砂城タータイムの転移機能で王都郊外の森に降り立った一行——第一王女ギュルアルデベロンテ、そして彼女を護衛する「銀の月影」のメンバーたち——は、闇に紛れて城壁へと近づく。


 街の灯りは少なく、家々の窓からは光が漏れないよう分厚いカーテンが引かれている。通りを巡回するのは、見慣れた王国の兵士ではない。赤鋼の鎧を身に着けた、将軍ガルドス直属の『赤鉱槍団』の兵士たちだ。彼らの無遠慮な足音と時折交わされる乱暴な言葉が、この街がガルドスの恐怖政治下にあることを物語っていた。


 かつて民の笑い声で満ちていた大通りは静まり返り、ガルドスの紋章を掲げた赤鋼の兵士たちが闊歩している。なんと嘆かわしい……ギュルアルデベロンテは奥歯を噛みしめる。父上が築かれたこの国を、あの成り上がりの好きにはさせぬ。その決意が、冷たい夜氣の中で一層強く燃え上がった。


 ギュルアルデベロンテが内心で歯噛みしていると、一行の影からビュシエが音もなく進み出た。


「待ってください」


 彼女の低い声が響く。

 ビュシエは白い鴉へと姿を変え、音もなく夜空へ舞い上がると、すぐに戻ってきた。


「城壁の上、警備兵の配置が三倍に増えている。魔力探知の罠も複数。正面からの突破は不可能だ」


 金色の仮面をつけたアドリアンヌが静かに頷く。


「ガルドスの警戒網……想定通りですわね。彼はこちらの出方を窺っている。ならば、我々はその裏をかくだけ」


 次に動いたのはシキだった。彼女が静かに呪文を唱えると、その瞳が淡く輝き、王都全体を覆う魔力の流れを視覚化した。


「……面白い。物理的な警備網と魔術的な監視網が、互いの死角を補うように張り巡らされている。だが、綻びはある。北側の古い水路……あそこの魔力障壁が、ごく僅かに減衰している瞬間がある」


「そこです」


 とビュシエが応じる。


「水路ならば、物理的な警備も手薄のはず」


 一行はシキが示した水路へと向かう。

 ファーミリアが先頭に立ち、第一王女を護るように進む。鉄格子がはめられた水路の入り口で、ビュシエが音もなく現れると、特殊な工具で錠前を数秒で解いてみせた。


 ギュルアルデベロンテは、古い裏路地に身を滑らせると寂れた酒場の裏口で、古い合言葉のリズムを刻むように扉を叩いた。わずかな間の後、扉が軋みながら開き、中から痩せた男が顔を覗かせる。


「……だれだ?」


 ギュルアルデベロンテは、にやりと笑い、


「ハッ、エルマン、私だ、百足高魔族ハイデアンホザーと人族のハーフに変化したと言えばいいか?」


 男――国王派に連なるエルマン男爵は、ギュルアルデベロンテの変貌した姿と、その背後に控える尋常ならざる気配の女性たちに息を呑んだ。


「……え? あ、アァ! 姫様! あれ、でも本当に、百足魔族デアンホザーの……」

「その通り、声は変わらないし、胸元の歩脚が証明できる」

「あぁ! 姫様だ……」

「ふむ。人型に変身可能な『百足の覚醒』という名の魔酒を入手したのだ」

「……魔酒? しかし、よくぞご無事で……! しかし、その姿は、人族ではないとは分かりますが……」

「うむ。詳しくは中でだ。通してくれ」

「はい、お待ちしておりました。ガルドス様の監視が日に日に厳しくなっております。さあ、こちらへ」


 男爵の案内で、一行は地下水路や屋根裏といった、王都の裏の顔を通り抜けていく。その道中、アドリアンヌが静かに口を開いた。


「エルマン男爵、あなたの執事は信用なりませんわね。彼はガルドスに通じています。この先の接触は避けるべきです」

「なっ……!なんと……!」


 驚愕する男爵を後に、一行はアドリアンヌが示したさらに安全なルートを進み、王城の秘密の入り口へと到達した。


 そして、王城の最上階、国王ラドバン三世の私室。

 かつては華やかだったであろう部屋も、今は主の心境を映すかのように重苦しい空気に満ちていた。


 老宰相だけを伴い、窓の外の闇を見つめていた国王は、秘密の扉から現れたギュルアルデベロンテ一行の姿に目を見開いた。


「おお……本当に、ギュルアルデベロンテ殿か!」

「はい、陛下、ご無事で何より――」


 と、頭部を下げたギュルアルデベロンテ。


「……しかし、美形の人族女性にも見えるが、その『百足の覚醒』とは凄まじい魔酒よの」

「ふふ、芳しく、味も絶品ですわ」

「それは氣になる! そして、よくぞ戻られた!」


 国王は、彼女が無事であったこと、そして何より、あの砂城タータイムと共に現れたことに震える声で尋ねる。


「して、あの天翔ける城を率いる御仁は……何者なのだ? 我が国に、そしてフロルセイルに何をもたらす……?」


 ギュルアルデベロンテは、国王の前に片膝をつくと、シュウヤからの親書を捧げ、魔界で起きた一連の出来事を語り始めた。魔界王子テーバロンテの死、シュウヤによるバーヴァイ城、魔皇獣咆ケーゼンベルスの使役、バーヴァイ平原、メイジナ大平原、マセグドの大平原、レン・サキナガの峰閣砦、恐王ノクター絡み、悪神ギュラゼルバンの討伐、百足魔族の平定、闇遊の姫魔鬼メファーラへの貢献、傷場を二つ得たに等しい存在のシュウヤ、そして吸血神ルグナドの類縁地において、恐王と吸血神との仲裁から、正式に悪夢の女神ヴァーミナ様、魔命を司るメリアディ様を幻影状態で出現させ、五派同盟の成立などを詳しく聞かせていく。

 

 ラドバン三世は、おとぎ話を聞くかのように、しかしその一言一句を聞き漏らすまいと真剣な表情を浮かべて耳を傾けていた。


 ギュルアルデベロンテの報告は、おとぎ話のようで、しかし紛れもない現実だった。

 すべてを聞き終えた国王は、まるで十年歳をとったかのように玉座へ深く身を沈める……。


「……ふむぅ……魔界では、それほどの天変地異が起きていたのか。そして、その中心にいるのが、シュウヤ殿……魑魅魍魎の軍隊を持つ恐王ノクターも意外だ。魔神の一柱がこれほどの商人の一面を持つとは……そして、我が長年の賭けは、想像を遥かに超える形で実を結んだというわけか……」


 と呟いた後、言葉を噛みしめるように目を閉じて、両手を組む……長い沈黙が部屋を支配した。

 やがて、顔の皺を伸ばすようにゆっくりと顔を上げると、傍に控える老宰相と視線を交わす。

 そこには、長年の忍従からの解放と未来への覚悟が宿っていた。


「……」


 国王と老宰相と静かに頷き合う。

 と、共に決然とした表情を浮かべ「……分かった。宰相、ガルドスを召集せよ。『王家の秘宝に関する重要な知らせがある』とな」発言。


 老宰相が驚きに目を見開く。

 

「陛下、それは……!」

「良いのだ」


 国王は宰相を手で制すると、再びギュルアルデベロンテ、そしてその背後に控えるファーミリアたちを見据えた。


「ギュルアルデベロンテ殿、貴殿の主君に伝えよ。我がタータイム王国は、その御方を『解放者』として正式に迎え入れる、と……そして、将軍ガルドスを討つための策がある、ともな」


 国王の瞳には、長年の屈辱を晴らし、王権を取り戻すための、確かな覚悟の光が宿っていた

続きは今週、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

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