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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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1940/2000

千九百三十九話 盤上の神々、新たなる一手

 <脳脊魔速>の余韻が神経を焼き、<血想槍>で放出した魔力の倦怠感が全身を包む。魔槍杖バルドークを握る手に痺れが走り、鉄錆と血の匂いが混じった空氣を吸い込むと、肺が軋むように痛んだ。


 切り札の連続使用による消耗は激しい。だが、まだだ。まだ戦える。


「クククッ、まさしく圧巻。悪神の番犬が聞いて呆れるわ」

「ハッ、あれだけの数の槍を自在に操るとはな。我が配下の恐王特殊部隊、【恐魔侠楽】が見れば、嫉妬で悶え狂うやもしれん」


 恐王ノクターと吸血神ルグナドは、言葉とは裏腹に、その視線は油断なく周囲の敵に向けられている。

 そこで、また魔槍杖バルドークを握り直し、大きく息を吸い込んだ。

 切り札の<脳脊魔速>と<血想槍>の連続使用による消耗は激しいが、まだ戦える。


 王魔デンレガの軍勢が、潮が引くように後退を始めた。

 ゴーレム部隊を壁とし、左右の殿部隊を巧みに入れ替えながら、本体を整然と、しかし迅速に戦線から離脱させていく。

 こちら側に残るのは、指揮系統を失い右往左往する悪神と魔蛾王の残党のみとなった。

 三派連合の士気は最高潮に達し、勝利は目前か。


「――レカーと、者ども続け! 奴らの息の根を完全に止めよ!」

「御意!」


 吸血神ルグナド様の神威に満ちた声が響き渡る。

 凄まじい破壊の嵐が巻き起こる。

 残存する悪神デサロビアの狂信者たちを血魔槍で蹂躙していく。

 

 彼女の眷属たちが最後の掃討戦へと勇み立つ。恐王ノクターは魔秘書官長ゲラと他の眷族と、大眷属ヴティガ・ハイケナンに指揮を任せたようだ。


 ヴティガが前線で振るう巨大な魔剣の一薙ぎが、殿部隊のゴーレムをまとめてスクラップへと変えていく。


 光魔ルシヴァルの援軍として遅れてきたレンの姿を認めると、恐王ノクターが彼に近づき、右手に長大な魔煙管を召喚して一服始めた。


 恐王ノクター側の勢力は魑魅魍魎のモンスターに見える魔族たちが主力。

 軍勢を自在に操るように指示逃げ惑う敵兵を的確に闇へと還していく。


 俺たち光魔ルシヴァルもまた、この好機を逃すつもりはない。


「ヴィーネ、ユイ、カルードは左右から回り込み、敵の退路を断て! レンたちも続け。残敵はロロと共に中央を押し通る!」

「「「はっ!」」」

「分かりました!」


 仲間たちと連携し、残敵を追い詰めていく。

 戦いの趨勢は決した。誰もがそう確信していたが、先程まで『黒曜石の軍団』を率いていた敵将と目される魔族が突貫してきた。


 四腕の鋼拳と魔大剣から出た魔刃で、味方のゴーレム兵を助けるように吸血神ルグナド様と恐王ノクターの眷族たちを斬りつけ、吹き飛ばしていく。


 時折、無数の鋼と、魔刃を繰り出す遠距離攻撃に加えて、地面に干渉し、魔鋼を生み出しては鋼の壁を生み出して、己を守る。一人用の要塞を作り消してを繰り返す。


 カルードたちは、避けることに専念。


「うぬら相手には我が一人で十分――」


 と叫ぶ六眼四腕の魔族は、鋼の砦を消して、姿を晒す。

 魔導の全身甲冑を身に着けている。

 魔導人形(ウォーガノフ)のゼクスに、魔鋼族ベルマランたちと格好だけは、少しだけ似ていた。


 六眼四腕の鋼魔族は、迅速に駆けて、魔大剣を振るい、鋼を地面に生み出しては盾にして、影のような魔力で構成された魔獣と魔界騎士の人型を薙ぎ払っていく。


 あっさりと倒されていく光景を見た恐王ノクターが、俺たちの傍に後退し、


「魔鋼を自由に扱える敵将、渾名は〝黒曜〟だったか。その名は聞いたことがある」


 と告げた。

 〝黒曜〟は、今や多数の兵を失い、疲労困憊の様子で、我ら三者の猛攻の前にその身を晒していた。


「殿を得意としているようだが、貴様が盤面の主導権を握ったと錯覚しているのか? ――ヴティガ、あの鉄屑の頭を砕いてやれ」

「はっ! お任せを!」


 恐王ノクターの静かな命令に大眷属ヴティガが獰猛な笑みを浮かべる。

 二眼四腕の巨躯が大地を蹴り、単身、黒曜石の軍団の只中へと突っ込んでいった。


 その黒曜は、


「ハッ、ヴティガ! 好敵手!」


 大眷属ヴティガの巨躯を活かした魔大剣の一撃を、魔大剣で受ける〝黒曜〟。

〝黒曜〟の将は押されたが、


「ここまでか……だが!」


 闘志を失わず黒曜石の大剣で連続的に突き返し、押し返した。

 最後の抵抗を試みようとする。その覚悟に応えるべく、俺たち、ルグナド様、ノクターが、三方から同時に間合いを詰めた、その刹那だった。


 ピュィィィィィィン――!

 空氣を切り裂くような甲高い飛翔音と共に、戦場の上空を無数の銀色の物体が高速で通過した。見上げれば、そこにはこれまで見たこともない異質な部隊が展開していた。

 機械仕掛けの翼を持つ兵士、魔力で駆動する浮遊砲台、そしてそれらを率いるように中央に立つ、白銀の全身鎧に身を包んだ一人の魔族。


「――まだ死ぬなよ、〝黒曜〟! 貴様にはまだ使い道がある!」


 白銀の将の声が響く。

 〝黒曜〟の将は、その援軍の姿に驚きと安堵の表情を浮かべた。


「……機導将か! なぜここに……」

「貴様を死なせるわけにはいかんのでな。デンレガ様直々の命だ。――全機、<魔導干渉塵マギ・ジャミングダスト>、散布開始!」


 白銀の将――機導将の号令一下、『魔導機兵団』とおぼしき彼らの体から、蒼白い光を放つ微細な粒子が一斉に放出される。

 それは先程までの<神殺しの塵芥>とは似て非なるものだった。

 大氣中に満ちた蒼白い粒子は、肌に触れるとかすかな冷たさと共に体内の魔力が霧散していくような悪寒をもたらす。

 視界がわずかに揺らぎ、魔力を練ろうとしても、指先から砂のように零れ落ちていく感覚。


 ――<神殺しの塵芥>が〝流れ〟を乱す霧なら、こちらは魔力という〝存在〟そのものを分解する塵だ。スキルはおろか、体に馴染んだ<魔闘術>さえも、その輝きを失い自然と消えていく。


 ヘルメが眷族たちに《水幕(ウォータースクリーン)》を展開していく。


「ん、今までとは違う!」

「広範囲の戦術級結界でしょう――」

「神殺しではなく、魔力殺しに思えますね――」


 キサラは<魔嘔>を披露し、クナも頭上に幾つもの<血霊月ノ梔子>を展開させている。

 レザライサたちを守っていた。


「はい――」


 ヴィーネも頭上に翡翠の蛇弓(バジュラ)を掲げ<ヘグポリネの紫電幕>を展開していた。魔力が急速に失われていく感覚に、寒氣が走る。


 隣のルグナド様とノクターも、忌々しげに顔を顰めていた。

 機導将が、「黒曜、光魔、恐王、吸血神の連携を知る情報は価値が高いだよ、さっさと退くぞ――」


 決死の時間稼ぎが、〝黒曜〟の将に撤退の猶予を与えていた。


「――逃がすわけにはいかない」


 魔力に頼らず、純粋な身体能力だけで地を蹴った。

 ルグナドとノクターもまた、神としての格の違いを見せつけるように、干渉塵を物ともせずに肉薄する。その進路上に、男の魔族が静かに立ち塞がった。

 特別な鎧も、禍々しい武器も持たない。ただ、その佇まいだけが異様だった。


「――ここから先は、通しません」


 その魔族は両腕を広げる。

 魔槍杖バルドークの<魔仙萼穿>の突き、ルグナドが放った<血剣>、ノクターが放った<影刃>。三者三様の必殺の一撃が、男の体に吸い込まれるように消えた。


「なっ……!?」


 否、攻撃を〝喰らった〟のだ。魔力も、物理的な衝撃も、その身が持つ深淵にすべて吸い込まれていくような感覚――。

 魔族の体はわずかに揺らぐが、それは水面に落ちた石の波紋にすぎず、その底知れぬ静寂を乱すには至らない。まるで我々三柱の全霊を込めた一撃が、生まれ落ちる前に無に還されたかのような無力感。


 彼は、凪いだ海のような静けさで、我々の猛攻をその身一つで受け止め続けている。


「……面白い。その身、どうなっている」


 ノクターが初めて興味深げに呟く。

 魔族は、答えず、ただ静かに俺たちを見据えている。


 ――影のような瞳が揺らぎ、<隻眼修羅>を超えている魔眼の使い手か。

 ふっと、その瞳から力が抜け、魔眼を解いたように見えた。

 

 瞳の奥には、忠義も狂信もない、ただ己の役目を果たすという鋼の意志だけが宿っていた。その献身的な防御によって、〝黒曜〟の将と機導将は、戦場からの離脱を完了していた。


「……役目は、果たした」


 魔族はそう呟くと、体から喰らった膨大な魔力を一氣に解放し、凄まじい衝撃波となって俺たちを吹き飛ばす。


 その隙に、彼自身もまた、戦場から姿を消していた。


 後に残されたのは、静寂を取り戻した戦場と、三つの勢力の兵士たちだけだった。

 敵の主力を討ち、勝利を収めたのは間違いない。だが、最後の最後で大物を逃したという事実は、単純な勝利の喜びに水を差した。


「……チッ、逃げ足の速い奴らめ」


 ルグナドが吐き捨てる。

 ノクターは腕を組み、静かに思考に耽っていた。

 俺は、仲間たちのもとへ戻り、その無事を確認する。


「皆、よく戦ってくれた」


 労いの言葉に、眷属たちが力強く頷き返す。

 やがて、恐王ノクターと吸血神ルグナドが、それぞれの軍を率いてこちらへ歩み寄ってきた。

 三者の視線が、静かに交錯する。


「槍使い、この勝利は大きいぞ」

「はい、勝てて良かった」


 そのやり取りに、ノクターが割って入る。


「感傷に浸るのはそこまでだ。互いの力を確かめ合えたのは収穫だったが、我らは勝ったと同時に、敵の捨て身の策にまんまと逃げられた。あの魔力を喰らう男……厄介な駒が王魔デンレガにいるということだ」


 ノクターの言葉に吸血神ルグナド様が、


「ふむ。王魔デンレガもまた諸侯が一人。予想だが、闇神アスタロトと組んでの派兵だろう。しかし、勝利は勝利だ。我らの同盟を示せたことが重要だろう。そして、互いの心臓を抉り合わんとする者どもの急ごしらえであったが、悪くない連携であった」

 

 吸血神ルグナド様の言葉に頷いた。

 三者の間に、沈黙が流れる。

 誰もが、同じ結論に達していた。


「では、盟約を結ぶとしようか」


 ルグナド様が、その静寂を破った。


「我ら三者、利害は異なれど、打倒すべき敵は同じ。この【吸血神ルグナドの類縁地】において、暫定的な、しかし強固な盟約を結ぶ。異論はないな?」


 その問いに、否と答える者はいなかった。

 恐王ノクターが、そして俺が静かに頷く。

 

 【天凛の月】の副長メルと恐王ノクターの魔秘書官長ゲラが傍に寄る。

 予め準備していた同盟用の魔法紋の証書を用意し始めた。


 □■□■


 光・吸・恐 三神暫定同盟盟約


 我ら、光魔ルシヴァル宗主シュウヤ、

 恐王ノクター、吸血神ルグナドは、

 【吸血神ルグナドの類縁地】において一時休戦し、共通の脅威を前にして、以下の暫定的な、しかし血よりも濃い盟約を交わすことを、それぞれの神威と全眷属の名において宣言する。


 第一条:共同戦線の目的

王魔デンレガ、悪神デサロビア、魔蛾王ゼバル、及びそれらと結託する一切の敵対勢力を魔界の盤上より排除することを、本盟約の唯一かつ絶対の目的とする。三者はこの目的達成のため、互いの全ての力を結集し、共同してこれにあたることを誓約する。


 第二条:紛争地の鎮静と未来

 長きに渡り両軍の血が流れた【吸血神ルグナドの類縁地】と【ノクターの大血湖】の境界領域における一切の武力衝突を停止する。この地を、三者の合意の下、いずれ「非武装中立交易都市」とする構想の礎とし、その管理・運営の主導権は、此度の調停を成した光魔ルシヴァルに一時的に委ねる。この地から生まれる未来の利益は、三者の貢献に応じて公正に分配されるものとする。


 第三条:力の均衡と相互支援

 本盟約における三者の関係は対等とし、共同作戦における指揮権は、戦況に応じて都度協議の上、最も効果的な戦術を提示する者が臨時にこれを担う。いずれかの勢力が存亡の危機に瀕した場合、他の二者は、たとえ如何なる状況にあろうとも、全力を挙げてこれを支援する義務を負う。


 第四条:違背への鉄槌

 三者のいずれかが本盟約の条項に違背し、あるいは敵対勢力への内通など裏切りが発覚した場合、盟約は即時破棄される。裏切り者は三者共同の敵と見なされ、その魂が魔界の塵と化すまで、永劫に渡る追討を受けることとなろう。本盟約は、共通の敵が完全に排除されるまで効力を有するものとする。


 この盟約に違背する者あらば、三柱の神威がその身を捉え、その魂は永劫の苦しみに苛まれんことを。

 本盟約は三者の血と魔力の融合により効力を得、協定書そのものが魔力生命として自らの条項を監視し続けることを、ここに宣言する。


 光魔ルシヴァル宗主 シュウヤ 魔印

 吸血神ルグナド 神印

 恐王ノクター 神印


 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> ヴィーネ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> レザライサ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> キサラ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> レベッカ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> エヴァ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> ユイ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> ルマルディ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> クナ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> ヴェロニカ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> ミスティ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> レン

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> ファーミリア

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> クレイン

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者長> ハンカイ

 証人 光魔ルシヴァル<従者長> カルード

 証人 光魔ルシヴァル<従者長> ママニ

 証人 光魔ルシヴァル<従者長> ルシェル

 証人 光魔ルシヴァル<従者長> フー

 証人 光魔ルシヴァル<従者長> サラ

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者> メル

 証人 光魔ルシヴァル<筆頭従者> ホフマン

 証人 吸血神ルグナド<筆頭従者長>兼血月城城主 レカー

 証人 恐王ノクター大眷属 ヴティガ・ハイケナン

 証人 恐王ノクター魔秘書官長 ゲラ


 魔界恐王暦 七千八百二十一万三千三百四十二年

 魔界吸血神暦 那由他永劫891462053年

 血槍月影の刻

【吸血神ルグナドの類縁地】、砂城タータイムにおいて


 □■□■


 そこで〝三玉誓約ノ仮面〟を出し、魔力を込める。

 と、メリディア様と、魔命を司るメリアディ様に、悪夢の女神ヴァーミナ様もホログラムのように高精細な幻影が浮かぶ。


 隣に立つ吸血神ルグナド様と恐王ノクターから、これまで感じたことのない質の神氣が迸る。

 息が詰まるような圧。それは殺氣や敵意とは明らかに違うもの――。

 驚愕と警戒……そして、この二柱の魔神でさえ、畏怖と、それを認めまいとする矜持。

 それらが渦巻くように混じり合った複雑な神氣が、こちらの魂まで締め付けてくる。

 氣付けば、あれほど激しかった戦場の音が消え失せている。

 二柱の神は身じろぎもせず、ただ宙に浮かぶ二人の女神と、元天魔帝の幻影、その一点に縫い止められたように視線を注いでいた。


 剣呑ではないが、緊張感が増した。

 盤上の神々、新たなる一手はどうなるか……。



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