千九百三十六話 魂を試すは神の瞳と心得よ
魂が吸血神ルグナド様に囚われる。
脳内でバチバチッと、警告の鐘が連続して響き渡った。
いかん、<魅了の魔眼>を直視してしまったか。
当たり前だが、近くにいるだけでも効果はある、そして、さすがは吸血神ルグナド様、俺の<血魔力>の根源、光を有した光魔ルシヴァルとて同じ<血魔力>だからな、その源泉には敵わない。
否、親和性が高すぎる由縁か。
その吸血神ルグナド様は上空に向け、細い片腕を向ける。
片腕から<血魔力>が吹き荒れ、上空へと、血の霧が放たれた。
一方、上空の黒い魔大剣は蠢き周囲の大氣を吸収。
眼球の群れを集結させると、その魔大剣を、左右上腕の手が握った状態の四眼四腕の大柄魔族に変化を遂げた。
体中の漆黒装甲には、眼球がある。
下の戦場で躍動中のルリゼゼと少し似た姿だが、頭部がない。
その姿は西洋の妖怪、幽霊のデュラハンを思わせた。
視線の先で、アーバマダラの人型が、ルグナド様の放った血の幻影を、その身に宿る無数の眼球で吸収している。まるで糧にするかのように。
そこに
「ん、シュウヤ、奥にいる神輿に乗っている大柄魔族と、上に現れた四眼四腕の魔族も、悪神デサロビアの大眷属?」
とエヴァの言葉が響く。
そのエヴァは同時に白皇鋼の金属の壁を、ベリーズ、レザライサ、クレインの前に出現させて皆を守っている。
そのエヴァに同意しつつ<鎖>を下に伸ばした。
相棒が押し倒した巨大ゴーレムを見ながら、アービターを思わせる眼球型のモンスター兵を<鎖>がぶち抜いた。その間にもユイたちが華麗に宙空を舞いながら、眼球型のモンスター兵を薙ぎ払い、時折、宙空の黒い魔大剣持ちの四眼四腕の魔族に向け<バーヴァイの魔刃>を繰り出している。
改めて、エヴァに、
「たぶんそうだろう。エヴァは、そのまま下の敵を見といてくれ」
「ん、任せて!」
そこで、吸血神ルグナド様と恐王ノクターに、
「上のアーバマダラは、悪神デサロビアの大眷属のようですが、他にも大眷属のゲヒュベリアンも戦場の来ているでしょうか」
周辺勢力の情報網は二人の魔神のほうが詳しいはず。
その思いで聞くと、恐王ノクターが、
「ゲヒュのキザな眼球野郎か。ここに居たとしても、指揮権などは一切ないはずだ」
と教えてくれた。頷いて、隣に立つルグナド様に視線を送る。
ルグナド様は静かに、蒼と金の瞳でジッと、俺の次の行動を待っていた。
その静かな視線から、
『さあ、どう動く、槍使い。お前の指揮を見せてみよ』
と、雄弁に語りかけてくるように感じた。
試練か、神による、魂の真価を問う試練に他ならない。
吸血神ルグナド様から『……ハッ、魂を試すは、神の瞳と、心得よ』と思念のようなモノが伝わってきた。
そこに黒虎が「ンン」と喉声を発しながら戻ってきた。
口には、巨大ゴーレムの大きい頭部を咥えている。
その頭部を、俺の足下の前に落とした。ドヤ顔を示す。
「偉いぞ、仕留めたな」
「ンン、ウンゥン、ン” にゃぁ~」
「凄い、ロロちゃん様が、ウンって言いました!」
ピュリンの近くに居たエトアが興奮した口調で叫ぶ。黒虎は虎だが、飛蝗を捕まえた猫のように思えてならない。
すると、相棒が仕留めたゴーレムの頭部の素材の一部が溶ける。
ゴーレムの頭蓋骨を構成する骨格と装甲が露見し、一部が剥がれ落ちる。
黒曜石と似た素材と、モンスターの血肉と、魔機械類の基板とチューブなどが融合した作りのようだ。「ちょっと待ったァ」と「はぃ~」ミスティとクナが駆けよって、相棒の隣に両膝を突けてのスライディングを行い、巨大なゴーレムの頭部の素材を触れ始める。
「回収と分析はしてもいいが、戦場はまだまだ続いているんだ。ほどほどにな」
「うん、少しだけ、溶けるまえに回収」
「はい、では、こちらの錬金素材になりそうな魔導液は私が回収を――」
と、クナは、名匠マハ・ティカルの魔机を宙空に出し、その机の上に複数浮いている試験管の中に灰銀色と黄緑色と蛍光色が混じった魔力の粘液のようなモノを回収する。
ミスティとクナの穴を埋めるように、クレインと、蜘蛛娘アキと、蜘蛛娘アキの部下アチュードとベベルガが躍動している。そんな坂下の戦場を視てから、相棒に近づき、大きい黒虎の体を抱きしめた。
モフモフの毛を味わいつつ「相棒、敵から攻撃を受けたと思うが……傷はないな?」 と腹と背をくまなく探る。モフモフの毛の集まりを梳きつつも、深い毛の下に腕を突っ込み、ゴツゴツとした筋肉の表層と、その下の柔らかな脂肪のタプタプとした感触を確かめる。もみもみしがいがある。日向の匂いも良い。
しかし、猫科の日向の匂いは、実はノミの死骸と聞いたことがあるんだが、それはいやだなァ。と
「にゃおぉ」
と鳴いた相棒は、黒虎の体と頭部を寄せてくれた。
荒い鼻息を寄越し、前髪がぶあっと持ち上がる。長い舌で、ペロペロとおでこと、頬と、鼻を舐められる。すると、近くにいる恐王ノクターは、吸血神ルグナドに、
「ルグナド、お前は因果律の定めを上回った光魔ルシヴァルのシュウヤを認め、己の魔界騎士か眷族へと考えているのだな?」
「愚問だな、魔界騎士、<筆頭従者長>の一人に迎えたい思いは強い。神格を失っているのも好都合」
「……だから己の眷族を光魔に差し出したのか」
「ハッ、下らんぞ、恐王ぅ……」
と、吸血神ルグナド様は冷えた口調だったから思わず振り返る。
吸血神ルグナド様は、ニヤリとして、
「……『恐光魔通商協定』もその程度の絆かぇ? そして、我の気持ちを述べたまでよ。今では、光魔ルシヴァルの宗主シュウヤを対等に視ておる。お前のように、駒ではなくな?」
と、何か皮肉めいた口調で嗤った。
恐王ノクターは、少し引き攣って「重要と、それに、駒は例えだろうが……」と呟く。
しかし、神々の探り合いが面白い。
その間にも戦場全体を再度掌握するように、坂下を見た。
黒虎は「ンン」と喉声を発し、坂下を駆けていく。ユイとカルードへの加勢だろう。
地上では、ヴティガとレカーたちも奮戦しているが、王魔デンレガと悪神デサロビアと、魔蛾王ゼバルの反転攻勢の三つ勢力の鬩ぎ合いにより、戦いは、苛烈を極め、じりじりと押され始めている。
そして、上空のアーバマダラは、今まさに、戦場全体を覆うほどの大技を発動させようとその魔力を高めていた。
戦場の奥にいる仁王と似た大柄魔族たちの魔太鼓の音と神輿に乗った大将も氣になるが……。
あの上空の悪神デサロビアの大眷属が先か。
あれを放置すれば味方は壊滅的な被害を受けるだろう。地上の戦線を支えつつ、空の脅威も排除する。同時に行わねばならない。
意を決し、全身の魔術回路を起動させる。
<無方南華>を軸に、<月冴>、<月読>、<黒呪強瞑>……いくつもの術理を体に刻み込み、<闘気玄装>の輝きを増す。
経脈を駆け巡る<血魔力>が沸騰し、 <魔銀剛力>と<始祖古血闘術>の効果も倍増した。
――<血道第三・開門>。
心臓の鼓動が<血液加速>によって限界を超えて加速していく。
<滔天神働術>、<水月血闘法>、そして<天地の霊気>。ありとあらゆる力を呼び覚まし、肉体を神域へと作り変えてから、
「……ルグナド様と恐王ノクター」
覚悟を決め、恐王ノクターと語っていた吸血神ルグナド様に向き直る。
「なんだ?」
「ふむ?」
「地上にも敵方の大眷属がいますが、それらは、俺の眷族と神々の眷族に任せましょうか。我々は空へ! あの大物の息の根を直接止めに参りましょう!」
ルグナド様は初めて満足げに、獰猛に、その唇の端を吊り上げた。
「よい策だ。すでに、下の連中対策に、我の<筆頭従者長>たちも展開させている」
先程までいた<筆頭従者長>たちか。
恐王ノクターも頷いて、
「あぁ、任せよう。俺はここで地上の連中を見ようか。神輿に乗っている、悪神デサロビアの大眷属の他にもきな臭い動きを把握済みだ」
恐王ノクターは視線を強め、一点を睨む。
そこには先程までいた魔秘書官長ゲラと、大柄の大眷属の姿が一瞬だけ見えた。ヴティガではない大眷属か。先程召喚した大眷属は大暴れ中だから異なる、眷族を生み出したということか。
なるほど、恐王ノクターに任せよう。
ルグナド様も、
「ふむ、恐王ノクター、レカーたちと、光魔に被害は出すなよ?」
「ハッ、愚問だなァ?」
と、発言した恐王ノクターは片方の腕を動かし、吸血神ルグナド様の挙動の真似をしていた。
吸血神ルグナド様は、「フンッ」と鼻を鳴らす。
と、彼女の背から、黒い霧と共に無数の白い烏が再び姿を現す。
「久々に、神の狩りを見せてやる。遅れるなよ、槍使い」
「――御意」
言葉を交わしたのは、それだけで、ほぼ同時に地を蹴っていた。地上で奮戦する仲間たちに後を託し、二つの流星となって、天に座す元凶――。
悪神の大眷属アーバマダラへと、真っ直ぐに飛翔した。
凄まじい速度で高度を稼ぐ。
眼下では、四つの勢力が入り乱れる激戦の渦が生き物のように蠢いていた。
炎が咲き、雷が走り、無数の魔力の光が明滅する。ヴィーネ、エヴァ、レベッカ、ユイ、レザライサ、クレイン、皆、持ちこたえてくれ、必ず、この元凶を断つ!
ピュリンの<光邪ノ大徹甲魔弾>の一撃が決まり、大きい眼球兵たちが一氣に消えるのを見て、安心感を覚えた。更に、剛鎧将ゲルギオスが、複眼が集積した爆弾塊モンスターに突撃を噛まされて、魔蛾王ゼバルの部隊が消し飛ぶ。魔蛾王ゼバル側にとっても悪神デサロビア側は敵だということだろう。
と、あまり見ていられない。
飛翔に氣付いた四眼四腕の魔族のアーバマダラの無数の瞳孔がこちらを捉えた。更に、魔大剣を振るう。
途端に、巨大な眼球を召喚。
それを飛翔させてくる。
その虹彩から無数の眼球が魚の産卵のようにブワリと分離した。
小型の眼球群は宙空を飛び交いながら飛翔してきた。
それぞれが意思を持つかのように左に右へと移動し、虹彩の一部がカメラのズームアップのような動きを示した直後――。
紫色のビームを乱射し始めた。
怨嗟の光のような弾幕――。
空のすべてを埋め尽くすような攻撃――。
「――槍使い、道は我が切り開く。続け」
ルグナド様が俺の前に出る。
彼女の背後から現れた白い烏たちが巨大な翼の陣形を組み、飛来するビーム弾幕を正面から受け止めた。<血魔力>を有した白い翼に触れた紫の光は蒸発するように掻き消えていく。
だが、弾幕を放つ小型眼球そのものは、烏の守りをすり抜けてこちらへ殺到してくる。
「そこは、引き受けた!」
「フッ」
魔槍杖バルドークを構え、ルグナド様の背後を守るように並走した。
<豪閃>を薙ぎ払うように放ち、数体の小型眼球をまとめて吹き飛ばす。更に、《光条の鎖槍》を連射し、離れた位置で弾幕を形成する個体を次々と撃ち抜いていった。
「見事な光技だが、槍使い、それは我にも眩しいからあまり使うな、そして、次は合わせよ!」
ルグナド様が純白のフランベルジュを大きく薙ぎ払う。放たれた三日月状の巨大な斬撃が、前方の弾幕と小型眼球の群れを一掃し、先程、アーバマダラが生み出した大きい眼球を真っ二つ。
アーバマダラ本体へと続く「道」をこじ開けた。
好機――、
「では――」
<雷炎縮地>を発動。
斬撃が開いた道を一筋の雷となって突き進む。
瞬く間にアーバマダラの巨大眼球の目前に肉薄した。無数の瞳が、驚愕に見開かれるのが分かる。
魔槍ラーガマウダーに<血魔力>を込めた、渾身の<魔皇・無閃>を、その悍ましい巨大眼球を擁した四眼四腕の魔族の胸に繰り出した。
アーバマダラは反応し、黒い魔大剣を振るう。
――槍の穂先が、その黒い魔大剣に触れる寸前、アーバマダラの無数の瞳孔が一斉に開く。
そこから無色の魔力が拡がり、魔槍ラーガマウダーは弾かれた――。
体勢を崩した体が、なすすべもなく吹き飛ばされる。
斥力フィールドか?
否、物理的な障壁ではない、純粋な魔力の拒絶。厄介すぎる!
そこに巨大な眼球から伸びた肢体の一つが槍のように鋭く尖ると、それで串刺しにせんと迫った。すぐに<超能力精神>を使い、その肢の一撃を止める。
「チッ、それを防ぐか。ただ、護衛の魔界騎士ではないようだな――」
アーバマダラの声が響いた刹那――。
視界の端を純白の閃光が走り抜けた。
ザシュッと肉を断つ鈍い音。俺を狙っていた眼球の宿る肉の肢体が、半ばから両断され宙を舞う。吸血神ルグナド様の一撃だ。
「――アーバマダラの魔力の鎧に物理も硬い」
「分かりました」
体勢を立て直す。
アーバマダラは、
「魔神めが、その体ごと<血魔力>を根源と魂をもらいうける!」
と叫ぶと、複数の眼球を生み出し、黒い稲妻の他に光を帯びた光線を生み出してくる。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を召喚――。
黒い稲妻を防ぐ。
左腕の先から無数の<血鎖の饗宴>を生み出し、ピンポイントで複数の眼球ごと、飛来してくる飛び道具を撃ち抜いていった。
吸血神ルグナド様も白い烏を複数生み出し、黒い稲妻と光を帯びた光線の攻撃を避けていく。
アーバマダラは魔大剣を飛来させながら、己の体を巨大な眼球に変化させて、俺たちの回りを旋回しながら火球や光線を眼球から生み出し続けた。
時折、四眼四腕の魔族の姿に戻ることがある。
吸血神ルグナド様と呼吸を合わせ、そのアーバマダラとの間合いを詰め、断罪血穿>を繰り出した。
<血魔力>を有した穂先が、四眼四腕の魔族の胸元を穿った。
頭部がない四眼四腕の魔族のアーバマダラは胸元に巨大な穴が空いたまま吹き飛んだが、すぐに巨大な眼球のモンスター兵に戻ると、「我がこの地域に派遣された理由を示してやろう」
そして、吸血神ルグナド様と背中合わせとなり、改めて眼前の巨悪と睨み合った。
吸血神ルグナド様は先に離れ、白銀の魔剣をゆるやかに振るったと直後――。
アーバマダラが生み出した光線ごとアーバマダラの巨大な瞳を斬っていた。
だが、それはアーバマダラの分身だった。
本体は怒りで禍々しい赤黒い光を放つ。
吸血神ルグナド様は余裕の間で、転移したように消え、赤黒い光を避けながら、流れるようにフランベルジュのような魔剣を振るい、アーバマダラの眼球から伸びた肢体を斬る。
切断された肢体の断面からは、新たな肉が蠢き、再生を始めていた。
小手先の技は通じない。
加勢するように魔槍ラーガマウダーで<龍豪閃>をアーバマダラの眼球を斬るが、装甲を眼球から生み出して弾く。
一部を人型に変化させ、四腕から魔弾を放ってきた。
それを魔槍ラーガマウダーの柄で防ぐ。一部のアーバマダラは巨大な眼球のまま。その眼球から漆黒のビームを寄越す。
漆黒のビームに腕が掠めるが、その漆黒の大本の闇属性は吸収し、回復した。
人型のアーバマダラは驚いた表情を見せるが、すぐに眼球のアーバマダラに吸収されて、歪な眼球モンスター兵に変化していた。
眼球の形だが、分厚い装甲もあり、歪な肉塊にも見える。
「……物理が通じぬ魔力の鎧、か……ならば、その魔力の源泉たる生命そのものを、穢してやればよい」
まるでこちらの思考を読んだかのように、ルグナド様が静かに告げた。
ルグナド様の指先から滴った一滴の血が、宙空で禍々しい紋様の茨へと姿を変える。
「我が血の魔力は、生命の理に直接干渉する。奴の生命力を喰らい、鎧の維持を困難にさせることは可能だ。だが、それには少し時間がかかる。槍使いよ、貴様は我がための『時』を稼げるか?」
その問いは、試練であり、信頼の証だった。
「稼ぐだけではありません。こちらも奴の魂に直接届く一撃を試します」
「その氣概こそ、我の槍使い、まっことの漢! 我のために魂の一つや二つ削り取ってみせよ!」
「ハッ!」
互いの策を認め合った、その刹那。
逆上したアーバマダラが、巨大な眼球から無数の肢体を伸ばして、それらを巨大なドリルのように高速回転させながら突撃してきた。
空を削り、空間そのものを抉りながら迫る、回避不能にも思える全方位攻撃だ。
だが、ルグナド様はそれを回避しようとはしない。
「――謳え、<血の荊棘>。彼の者の傲慢なる肉体を捕らえ、その生命を啜るがいい」
彼女の詠唱に応え、その身から<血魔力>が大量に迸ると、無数の真紅の茨が奔流となって棘が溢れ出した。
茨は生き物のように伸び、回転するドリルの肢体に絡みつき、その動きを強引に縫い止めていく。ジュウウゥ、と肉の焼ける音。茨が触れた部分から、アーバマダラの肢体が黒く変色し、急速に腐食していく。
驚異的だった再生能力が、明らかに阻害されていた。
「グオオオオオッ!?」
アーバマダラが明確な苦痛の叫びを上げた。
その動きが、ほんのわずかに鈍った刹那、ルグナド様とアイコンタクト。
瞳の色合いが変化した氣がするまま、好機に、賭ける!
魔槍ラーガマウダーを魔槍杖バルドークに変化させ――。
膨大な<血魔力>を魔槍杖バルドークに込めて、<ブリンク・ステップ>――。
一瞬で、槍圏内にしたところで<紅蓮嵐穿>――。
魔槍杖バルドークを前に出すモーションのまま――秘奥が宿る魔槍杖バルドークごと次元速度で直進――。
――魔槍杖バルドークから魑魅魍魎の魔力嵐が吹き荒れる。
アーバマダラの巨大眼球――その更に奥にあるであろう中枢神経へと、容赦なく焼き切りながら宙空を直進した。
アーバマダラの巨大な眼球をぶち抜いたが、一部を変化させて逃れていた。
「ギィィィィィィアアアアアアアアッッ!!」
だが、ダメージは決定的か。
膨大な魔力を得た。これまでの苦悶とは比較にならない――魂そのものが引き裂かれるかのような絶叫が魔界の大氣に響き渡る。
逃れた巨大で歪な眼球のアーバマダラが激しく痙攣し、無数の瞳孔と人型の内臓のようなモノが飛び出て破裂を繰り返す。
血の涙を流している眼球は気色悪い。
更に、追撃のルグナド様の<血の荊棘>がアーバマダラの体に、深く侵入し、蝕んでいく。
やったか?
だが、安堵は一瞬で絶望に塗り替えられた。
狂乱の極みに達したアーバマダラの巨大眼球の背景に、悪神デサロビアの幻影が出現、「チッ、大眷属なだけはある――」とルグナド様の警戒した声が響く。
アーバマダラの中心に位置する、一際大きな『主眼』が、憎悪と破滅の光を宿し、真紅に輝き始めた。
まずい、予感。
すべての魔力が、破滅的な破壊光線と化して、あの主眼へと収束してゆく。
「槍使い、警戒だ!」
「はい」
ルグナド様の鋭い声と共に左に<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を用意し、ルグナド様を守ろうとした。
ルグナド様は「ハッ、槍使い、我に守りはいらぬ――」と、発言し、破滅の光を放とうとするアーバマダラに敢然と立ち塞がる。
<雷光瞬槍>を使い加速状態にし、ルグナド様の横に付けた。
ルグナド様は、微笑むと、アーバマダラをきつく睨む。
「――神の権能、侮るなよ、虫けら」
彼女の背後で、血のように赤い月が、その輝きを増した。純白のフランベルジュに、ありったけの月光と、彼女自身の神気と<血魔力>が注ぎ込まれていく。
その身から放たれるプレッシャーは、もはやこれまでとは比較にならない。
「――見せてやろう。我が血の深淵、その一端を」
静かな宣言と共に、ルグナド様は詠唱を開始する。
「――<血道第七・開門>!」
その言霊が世界に刻まれる。
ルグナド様の体内から神の領域にある膨大な<血魔力>が噴き上がった。
周囲の空間を花の香りと鉄の匂いが混じり合う血の霧で満たした。その霧はただ漂うだけでなく、瞬く間に高密度の魔力を帯び、空間そのものを震わせ始める。
血の霧を一部の体と融合させるように吸収したルグナド様の背に、四本の幻想の腕が光と共に現れた。本来の腕と合わせて計六本腕の戦闘形態へと変貌を遂げる。
「<血霊大剣・鳳極>――」
彼女の六本の腕が同時に繰り出す剣舞が繰り出された。
血の波のようにうねり、宙空を、そして空間そのものを断ち切る。
世界が裂け、視界が白く染まるほどの超常的な閃光が炸裂した。
その光が収束したとき、そこにはもはや、アーバマダラの姿はなかった。
奴は魂ごと、背後にあった悪神デサロビアの幻影と共に、虚空へと完全に消滅していた。その余波は、まるで巨大な津波が押し寄せたかのようだった。
上空の魔界の大氣は荒れ狂い、遠く離れた地上の戦場にまで、強烈な衝撃波と血の嵐が吹き荒れた。眼下の魔族たちが吹き飛ばされ、激しい砂塵が舞い上がり、一瞬にして戦場の風景を変える。
まさに、神が世界を再構築したかのような、圧倒的な光景だった。
前にも<血道第八・開門>を見たことがあるが、凄まじい攻撃だ。
ルグナド様は、
「よし……槍使い、悪神デサロビア側の脅威は一時は消えた、後は地上の勢力のみだ」
「はい」
地上の戦いは終わっていない。
再び眼下を見下ろす。そこには、未だ終わりなき戦場が広がっている。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
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