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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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1935/2033

千九百三十四話 相棒の牙、剛鎧将と魔界大戦


 肉球のおかげで、精神の糸をわずかに緩めてくれた。

 「ンン――」親指での肉球の押し込みのモミモミは一瞬で終える。


 そこに、火球と雷球が飛来――。

 相棒の触手を左手で掴みながら、横からきた火球と雷状の連なった魔法を、魔槍杖バルドークと神槍ガンジスで払うように防ぎ、レカーと相棒を守った。


「ンン――」


 相棒の呼び声に応え、魔槍杖バルドークを仕舞う。

 触手を引っ張るように左腕を引き、右手でもその触手を掴み、ぐるぐるとジャイアントスイングを行うように、黒虎ロロディーヌを回し、、火球と雷球を繰り出した魔術師に放った。


「にゃごぉぉ――」


 と、黒虎(ロロ)は火球と雷球を喰らうようにその魔術師の頭部をまる囓り――。

 

 頭部を失った魔術師は血飛沫を噴出させながら倒れていく。

 その黒虎(ロロ)は床を蹴り、走って戻ってきた。

 触手が再度飛来、その触手手綱が掴むと、黒虎ロロディーヌの背に運ばれた。

 掴んでいた触手手綱の先端が首に付着、同時に魔力回復ポーションを飲む。


 すると、黒虎の背に、鞍のような防具と〝アメロロの猫魔服〟の虎バージョンが展開された。


 まだ黒虎(ロロ)は神獣猫仮面は装着していないが、かなり渋いと思う。

 そして、相棒との<神獣止水・翔>の繋がりにより感覚を共有、絶対感を得た。


 その黒虎(ロロ)は、橙色の炎のような魔力を周囲に発しながら、体から後方に複数の触手を伸ばす。


 それらの触手から放たれた無数の骨剣が、飛来する魔矢、魔法の刃をことごとく撃ち落とす。骨剣は縦横無尽に空間を舞い、完璧な防壁を形成した。


 戦場を見渡す――ヘルメ、グィヴァ、ハンカイ、レザライサ、ユイ、ヴィーネ、レベッカ、エヴァ、古の水霊ミラシャン、ミスティ、ファーミリア、ヴェロニカ、ママニたちは、恐王ノクターと吸血神ルグナド側の兵士たちを守りつつ、相対した魔蛾王ゼバルの翅と翼を有した魔族兵を多数倒しているが、乱戦気味だ。

 

 砂城タータイムからも、炎竜ヴァルカ・フレイム、雷竜ラガル・ジン、深淵のネプトゥリオン、地竜ガイアヴァストが、飛び出ては無数の魔蛾王ゼバルの飛翔部隊と地上部隊を倒してくれていた。


 砂城タータイムのドラゴンたちはあまり前に出てない。

 吸血神ルグナド側の吸血鬼(ヴァンパイア)の<従者>兵も数千、レカーの部下たちも数千はいる。恐王ノクターと、恐王ノクターが召喚した大眷属に、大眷属ヴティガ・ハイケナンと、そのヴティガの部隊がたちもいるからな。


 ドラゴンは小型化も可能だが、倒すための攻撃は範囲攻撃になってしまうこともあるだろう。吸血神ルグナド様と恐王ノクターの同盟もできたばかりだ。フレンドリーファイヤーによる仲違いは避けたいからな。

 そこで、


「――レカー、右に多い部隊は俺と相棒が倒すから、射ち漏らしを頼む」

「了解した!」

「にゃごぉぉん!」


 俺を騎乗させた黒虎(ロロ)はレカーの回りを一周。

 長い尻尾を振るい、レカーをモフモフで包んであげていく。


「こ、これは……」

「相棒なりの励ましだ、もみもみしてやってくれ」

「わ、分かった……あぁ……」


 レカーが黒虎(ロロ)の大きい尻尾をなで回す。

 瞳がハートだらけになったような氣がした。

 レカーも、相棒の虜になったかも知れない。

 しかし黒虎に長い尻尾だから、見た目は黒虎とは呼べないかもな。


 そこで、大きい駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を呼び戻し、レカーの前に設置した。


 黒虎(ロロ)は「ンン」とレカーに何かを喉声で語ってから、「にゃごぉぉ~」と力強い咆哮を発し、魔蛾王ゼバルの大部隊に突入を開始した。


「――バムアー様を倒した槍使いがこちらに!?」

「神界の獣使いめが!」

「いや、大魔獣ルガバンティ使いだろう――」

「あぁ、神界には思えない――」

「騎乗している槍使いも、吸血鬼(ヴァンパイア)と破壊神のような存在だ。神界なわけがねえ――」

「ならば、光を有した魔界騎士? 恐王ノクターの大眷属か!?」

「「「しらねぇよ――」」」


 思わず、『そりゃそうだ』と言いたくなるが、二眼四腕の背に翅を持つ魔族たちは叫びつつ射手が魔矢を放つ。


 魔術師タイプから、毒の鱗粉を放つ者、黄緑色の魔刃を放つ者、片手斧と紫色の瓶を投げつけてくる者、棒手裏剣、槍を投げてくる者もいる。


 前衛には「はは、あれだけの遠距離攻撃ならいける!」と叫ぶ盾持ちもいた――。

 相棒は跳躍し、複数の魔矢を避けては――。


「にゃごぁぁ――」と宙空から紅蓮の炎を吐いた。


 前方地面の方向に広がった紅蓮の炎は、魔矢、毒の鱗粉、黄緑色の魔刃と前衛の盾使いの一部を焼き尽くす。


 直進を続けた相棒は「にゃごぁぁ」と、またも紅蓮の炎を吐きながら進む。


 続けて、首下や腹から無数の触手を斜め前方に伸ばす。

その先端から射出された骨剣が、紅蓮の炎を逃れた中衛や後衛部隊に殺到。槍使いの得物を弾き、魔法使いの詠唱を止め、魔剣士の体を蜂の巣に変え、瞬く間に蹂躙していく。

 

 触手骨剣を弾く猛者もいる――。

 味方がいないことを把握し、《氷竜列(フリーズドラゴネス)》を連発。

 更に、<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を五発、放つ。


 前方に龍頭を象った列氷が無数に発生し、直進し、氷竜へと融合を果たす。

 氷竜は、ダイナミックに螺旋回転を続け、体の至る所に氷の刃を生やし、それら飛ばす――。

 氷の刃を喰らった射手たちは一瞬で凍り付いていた。


 螺旋多頭氷竜の《氷竜列(フリーズドラゴネス)》は、魔法使いの連中が出した防御の土壁を破壊し、魔剣士、魔剣師、槍使い、射手たちと衝突――。


 氷の爆風を起こしてから、一氣に数百の部隊が氷の彫像と化した。

 雪化粧を作り出す。


 他の《氷竜列(フリーズドラゴネス)》は宙空にいる蛾の魔族たちとも衝突、ダイヤモンドダストとなって散った。

 

 続けて、地面にいる敵連中に《凍刃乱網フリーズ・スプラッシュ》も発動。

 先の空間に水色の紋章魔法陣が生成。

 その紋章魔法陣から凍った刃が無数に出現し、瞬く間に縦と横に重なり氷の網目模様が美しい《凍刃乱網フリーズ・スプラッシュ》となって直進し、地上にいる魔剣師と射手たちの体ごと、地面に網目模様の傷を作りまくった。


 そこに殺氣――。

 触手手綱の一部がブルッと震えた。

 そこから地面にいる猛者の騎士が、魔刃を飛ばしてきた。


「ンンン――」


 その猛者に狙いを付けた黒虎(ロロ)は喉声を発しながら旋回し、複数の魔刃を避けていく。バムアーといい、この騎士といい、強者が多すぎる。魔蛾王ゼバルは、地上の惑星セラに、デルハウトとシュヘリアたちを送り込んできただけのことはある、か。油断すれば一瞬で喰われる。背筋を冷たい汗が伝った。

 黒虎(ロロ)は、旋回から猛者へと直進機動に切り替え、魔界騎士らしき者へと近づき、魔界騎士は反応し、魔剣を突き出す。


「大魔獣ルガバンティめが!」


 右前足の爪の突きを繰り出し、その魔剣の突きを防ぐ。

 左前足の爪による薙ぎ払いは魔盾に弾かれた、魔界騎士は魔剣を突き出す。

 それを「ガルッ!」と噛み付いて防いだ。

 

「なに!?」


 驚く魔界騎士は驚きのまま魔盾を振るいシールドバッシュを狙う。

 相棒は少し退くと同時に、体から無数の触手を飛ばし、触手から出た骨剣による無数の突きを浴びせていく。

 盾を扱う魔界騎士は防戦一方となった。


 更に、殺氣――


黒虎(ロロ)、右――」

「にゃご――」


 ロロディーヌは、体を横に回転させ、飛来した巨大な斧を避ける。

 巨大な斧を<投擲>したのは、大柄の魔族――。「にゃごぉ――」と、標的を魔界騎士から、大柄の魔族に切り替えるように突進、跳躍――。

 大柄の魔族に飛び掛かった。

 大斧の刃を前爪で防ぎ、触手骨剣で柄を押し出すように弾きながら、大柄の魔族にのし掛かって、肩口を喰らうと同時に魔槍杖バルドークで<血穿>を繰り出した。


 大柄の魔族の頭部を魔槍杖バルドークの紅矛が突き抜け――。

 紅斧刃が大柄の魔族の首と鎖骨を抉るように突き抜けた。

 頭部を失った大柄の魔族は壊れた人形のように倒れる。


 ロロディーヌは左の横に跳ぶ。

 俺たちがいたところにジャベリンのような魔矢を突き刺さり爆発。

 

「相棒、少し離れようか。俺はあの射手をやる。お前は、魔剣と魔盾を使う魔界騎士を追え」

「にゃご――」


 接近してきた二人の魔剣師を相棒は複数の触手骨剣で突き刺し倒す。

 巨大な魔弓を扱う四眼四腕の魔族を凝視しつつ<闘気玄装>を強め、右に跳ぶ――。

 ジャベリンのような巨大な魔矢を避けた。

 <ルシヴァル紋章樹ノ纏>を発動――。

 <雷炎縮地>をも使用、加速し、左手に白蛇竜小神ゲン様の短槍を召喚し、迅速に<白蛇穿>を繰り出し、巨大な魔矢の鏃ごと貫いて真っ二つ。

 次に飛来した巨大な魔矢が見えたから、右斜めに跳び、巨大な魔矢を避け、地面を右足裏で蹴り、魔弓持ちの四眼四腕の魔族へと直角に向かう――。

 その魔族は<魔闘術>系統を強めて、加速し、既に、次の魔矢を番えている。

 が、<隻眼修羅><月光の導き>を発動。

 魔槍杖バルドークを振るい<魔皇・無閃>で、その四眼四腕の魔族を薙ぎ、倒す。


 と、魔矢と火球が飛来――。

 魔矢を魔槍杖バルドークで払いつつ、白蛇竜小神ゲン様の短槍で火球を貫いて、対処した。


 前方には、まだ、複数の射手と魔術師たちがいる。


「ンンン――」

「シュウヤ殿!」


 相棒が、盾持ちの魔界騎士を仕留めて戻ってきた。

 レカーも背後から走り寄る。


 黒虎(ロロ)は、俺を跳び越え、その体から伸びる無数の触手が前方に伸びた。

 その触手からニュルリと出た骨剣により、射手たちと貫く。


 黒虎(ロロ)の体から出ている触手が、縦横無尽に動き、周囲に群がっていた射手や魔術師たちを瞬く間に絡め取り、その命を的確に奪っていく。

 黒虎(ロロ)は一端、後退し、俺の横にきた。


「……助かる相棒」

「にゃおぉ~」

「凄い、あの者たちを一瞬で!」

「にゃご!」


 と、レカーの言葉に反応したように、短い咆哮と共に黒虎(ロロ)は地を蹴る。

 巨躯はもはやただの獣ではない。

 戦場を支配する破壊の化身だ。


 またも、口から紅蓮の炎を吐いた。

 その紅蓮のブレスが扇状に広がり、行く手を阻む魔蛾王の兵士たちを塵芥へと変えていく。その猛進によって開かれた道を、駆けた。


「レカー、このまま前進し、魔蛾王ゼバルの侵攻部隊を全滅か後退させよう」

「うむ!」


 すると、ズウゥゥン、と大地が大きく揺れた。

 まるで天から巨人が降ってきたかのような、重く鈍い衝撃。

 思わず、右側を凝視した。戦場の誰もが、その発生源へと視線を向けた。

 そこに立っていたのは、一体の魔族だった。


 否、もはや魔族という個体を超え、「要塞」と呼ぶべき巨躯。

 分厚く、禍々しい紋様が刻まれた漆黒の全身鎧。


 兜には蛾の複眼を模したような意匠が施され、その奥で四つの紅い光点が不気味に明滅している。その背からは、鋼鉄でできた巨大な四枚の翅が、威圧するように広がっていた。


「……また強者、魔界騎士の一人か。バムアーとはまた異なる強さがありそうだ」

「――あぁ、魔蛾王ゼバルには複数の魔界騎士がいる、飛び地を含めた所領も多いからな」


 レカーの言葉に頷いた。

 その巨漢が握るは、人の身の丈ほどもある巨大な戦斧。

 巨大な刃は、無数の怨念が凝り固まったかのように黒く淀んでいる。

 その巨漢は、


「退け、雑兵ども。ここは我が領域」


 地鳴りのような声が響く。

 巨漢は、眼前にいたルグナド軍の不死騎士団と、ノクター軍の魔獣兵士を区別することなく、巨大な戦斧を薙ぎ払った。轟音。

 薙ぎ払われた空間そのものが歪み、そこにいた十数体の兵士たちが、鎧や鱗ごと圧し潰され、肉塊となって吹き飛んだ。


「――我が名はゲルギオス! 魔蛾王ゼバル様の【西羅破ノ地】を任された〝剛鎧将〟が一人! 神々の戯れは、ここで終わりだ!」


 剛鎧将ゲルギオス。

 その名乗りと共に、彼の全身から凄まじい圧の魔力が噴き上がる。

 それはバムアーのような鋭さとは違う、ただひたすらに重く、分厚い、絶対的なまでの質量を感じさせる魔力だった。


「レカー、あのゲルギオスは俺と相棒が引き受けよう」

「承知した!」

「にゃ!」


 相棒は即座に反応――。

 共に坂道を下るように傾斜した地面を進む。

 様々な死体が多いところは、<武行氣>を使い、低空を飛翔に切り替えた。

 黒虎(ロロ)が、口から放たれた極大の紅蓮の炎が、一直線にゲルギオスへと殺到した。

 しかし、ゲルギオスはそれを避ける素振りすら見せない。


「――無駄だ」


 戦斧を前面に構えると、その分厚い刃が紅蓮の炎を真正面から受け止める。

 紅蓮の炎は左右に分かたれ、ゲルギオスの巨躯の一部が焼けたが、すぐに消えた。

 もう、一筋の焦げ跡すらついていない。


「驚きだ」


 相棒のブレスを防ぎきった。

 その事実に、俺だけでなく周囲の兵士たちからも驚愕の声が上がる。


「珍しい、神界と魔界の神々の加護を持つ炎のようだな……だが、その牙は我には届かん!」


 ゲルギオスが地を蹴る。その一歩で大氣が震え、足元の死体が跳ね上がった。

 巨躯に似合わぬ俊敏さで距離を詰めてくる。

 相棒目掛けて戦斧が振り下ろされた。風を裂くというより、空間そのものを抉るような轟音が耳を劈く。相棒は咄嗟に横へ跳んで回避するが、戦斧が叩きつけられた大地は悲鳴を上げて砕け散り、土と肉片を撒き散らす巨大なクレーターが生まれた。


「――お前の相手は俺だろう」


 白蛇竜小神ゲン様の短槍と魔槍杖バルドークで、ゲルギオスの側面から<血龍仙閃>を叩き込む――。


 ――ガギィィン!

 耳障りな金属音と共に、凄まじい衝撃が二本の槍を通して腕を、肩を、全身を駆け巡る。骨まで軋むような痺れに、思わず歯を食いしばった。

 これほどの渾身の一撃が、鎧に浅い傷をつけただけだと?

 刃が分厚い城壁に阻まれたような、こちらの全霊を嘲笑うかのような絶望的な手応えしか返ってこない。


「小賢しい!」


 ゲルギオスが振り返りざまに戦斧を振るう。

 その圧倒的な風圧を、二本の槍を十字にクロスさせて受け止めた。

 だが、あまりの威力に両腕が痺れ、大きく後方へ吹き飛ばされた。


 そこへ、相棒が無数の肉球触手を伸ばし、ゲルギオスの巨体を絡め取ろうとする。 しかし、ゲルギオスは「フン」と鼻を鳴らし、全身から魔力を爆発させた。

 触手は弾き飛ばされ、黒虎(ロロ)が怯んだ隙を見逃さず、ゲルギオスは再び戦斧を振りかぶる。


 黒虎(ロロ)は「にゃごぉ」と紅蓮の炎を吐く、燕の形をした赫く巨大な炎も吐いた。


「な!?」


 驚いたゲルギオスは戦斧を盾にして、燕の巨大な炎を防ぐと後退した。

 宙空で体勢を立て直し着地すると、すぐさまゲルギオスが追撃してくる。

 奴の一挙手一投足が、死を運ぶ質量そのものだ。


「ロロ、撹乱を頼む! 奴の関節を狙う!」

「にゃごぉぉ!」


 相棒は地を蹴り、残像を残すほどの速度でゲルギオスの周囲を疾走。

 巨躯を翻弄するように動き回り、紅蓮の炎を散発的に浴びせかける。

 ゲルギオスは鬱陶しげに炎を戦斧で払いながらも、その視線は確実に相棒に引きつけられていた。

 ――好機!


 <雷炎縮地>で一氣に背後へ回り込む。

 鎧の継ぎ目、膝裏の関節を狙って魔槍杖バルドークを突き出す。<闇雷・一穿>を繰り出した。

 人や魔族であれば、確実に体勢を崩せる一撃。


 しかし、ゲルギオスは振り返りもせず、膝を僅かに曲げただけ。

 ゴッ、と鈍い音と共に、槍の穂先は装甲の隙間に食い込んだ――かに見えた。だが、その内部から溢れる魔力が穂先を押し返し、弾き飛ばす。


「なに!?」

「鎧の隙間だと? 我が魔力は鎧そのもの。そのような浅慮が通じるものか!」


 ゲルギオスは右肘を後方に突き出すように、鎧ごと叩きつけてきた。

 咄嗟に槍でガードするが、まるで城壁に殴りつけられたかのような衝撃に再び吹き飛ばされる。吹き飛ぶ体を、相棒が伸ばした無数の肉球触手が受け止め、勢いを殺してくれた。そのままゲルギオスの巨体を絡め取ろうとするが――。


「――小癪な!」


 ゲルギオスは苛立ち交じりに鼻を鳴らし、鎧の隙間から魔力の衝撃波を放った。

触手はなすすべもなく弾き飛ばされ、黒虎(ロロ)が怯んだ隙を見逃さず、ゲルギオスは再び戦斧を振りかぶる。


 黒虎(ロロ)は「にゃごぉ」と紅蓮の炎を吐く。だが、今度の炎はただの炎ではない。燕の形を成した赫く巨大な炎――神氣を凝縮させた一撃だ。


「またか!」


 ゲルギオスもその炎には脅威を感じ、戦斧を盾にして炎を防ぐ。

 ジュウウゥゥ、と鎧を焼く音が響き、ゲルギオスは後退した。

 

 奴を押し返した。


「……ハッ、痛みこそが我の糧……と強がるが、たしかに強烈よな、このような神界の炎は、久しく浴びていなかった! ハハハッ」


 ゲルギオスは複眼の奥の光を獰猛に輝かせ、嗤う。

 肩の装甲がわずかに融解しているが、それだけだ。

 奴は戦斧を地面に突き立て、両腕を広げる。


「ならば、こちらも礼を尽くそう! ――〝剛鎧解放〟!」


 その言葉と共に、ゲルギオスの全身の鎧に無数の亀裂が走り、その隙間から禍々しい紅黒い魔力が蒸気のように噴き出した。巨躯が一回り膨張し、プレッシャーが倍増する。


「来るぞ、ロロ!」

「にゃぁぁっ!」


 ゲルギオスが地を踏み鳴らす。

 ズドオオォォン! と、衝撃波が同心円状に走り、地面が砕け散った。

 相棒と共に跳躍して回避するが、奴はすでに天を仰ぐこちらを捉えていた。

 背中の鋼鉄の翅が展開し、その先端から無数の魔力の棘が、散弾のように射出される。


 <無方剛柔>と<血鎖の饗宴>を発動――無数の血鎖で、散弾を喰らうように防ぐ。数発が体を掠め、衝撃を受けたが、弾く。

 防戦一方だが、<脳脊魔速>などはまだ使わない。


 思考を巡らせる中、ゲルギオスは再び戦斧を構え、突進してくる。

 圧倒的な威圧感だが、相棒の触手骨剣を喰らい、速度が緩む、そこに、<超能力精神(サイキックマインド)>を喰らわせた。


「――ぬおぁ」

 

 仰け反ったゲルギオス――そこに<導想魔手>を発動させ、仙王槍スーウィンを握らせ、直進させる。更に<闇の千手掌>を発動。

 仙王槍スーウィンで<血刃翔刹穿>を繰り出した。

 ゲルギオスは戦斧を盾にしたが、穂先から無数の血の刃が迸った。

 無数の血の刃がゲルギオスに突き刺さっていく。

 そこに拳の<闇の千手掌>がゲルギオスの左半身を捉え、「げぁぁ」と吹き飛ばした。手応えは確実、血飛沫を飛ばすゲルギオスに、五つの<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を繰り出した。


 しかし、ゲルギオスは地面を転がりながらも即座に体勢を立て直す。

 鎖槍が殺到する寸前、その巨体から禍々しい蛾の幻影が膨れ上がり、同時に地面から巨大な鋼の盾を幾つも隆起させ、五条の光の槍を完璧に防ぎきった。

 奴は鎧と体の傷をものともせず、先ほどよりも更に、重い殺氣を放ってこちらを睨みつけ、


「今のは効いた……久しく忘れていた、魂に響く一撃だ」


 と発言したゲルギオス、不意に天を仰ぎ、複眼を驚愕に見開いた。

 その方向の戦場に二つの巨大な影が舞い降りた。



◇◆◇◆



「……面白いものを見せてもらった」


 戦場を見下ろす高みで、吸血神ルグナドが発言。

 恐王ノクターが愉しげに口の端を上げ、

 

「貴様の眷属もなかなかの働きだ」

「ふむ、お前たちもな、だが、あの槍使いと黒猫は、やはり、特別よ」

「あぁ、シュウヤ殿と神獣ロロディーヌ、そして眷属たちも、なかなかに骨がある」

「それはそう……と、恐王ノクター、我の槍使いと、勝手に同盟を結んだようだが?」

「我とはなんだよ、槍使いのシュウヤ殿とは対等に男としての同盟だ、『百足の覚醒』繋がりもある。お前さんの<血魔力>繋がりもあるようだが、既にシュウヤ殿とは、それなりの縁を得ているぜ?」

「……縁……生意気だぞ、恐王よ……」

「何が生意気だ、それよりも、ここの停戦だが、厄介な魔蛾王ゼバルに悪神デサロビアなどもちょっかいを出してくる氣配が濃厚だぞ?」

「あぁ、そうだとも。槍使いシュウヤから聞いていると思うが、恐王ノクターよ、その件を含めて、ここの同盟を進めるつもりだ」

「無論、俺もそのつもりだ」

「我と対等の同盟を、この地に作るつもり、良いな?」

「おう、それでいい、シュウヤ殿は中立地をこの地に作るとかなんとか言ってたが?」

「ほぉ……」

「なんだ、聞いてなかったか」

「停戦の許可を求められて、シュウヤという槍使いを信用し、許可をしたのみ。そして、お前の部下が、この地を狙っていた状況もある」

「あぁ……そりゃな。しかし、シュウヤは、神の寵愛を力としながらも、我らに呑まれずか」

「うむ、槍使いは、己の武を磨く男……」

「あぁ、面白い駒だ」

「ハッ、駒というには、『百足の覚醒』に『恐光魔通商協定』と『マセグド大平原統合協定』などと重要な同盟を結んでいるな」

「……当然、重要な駒、俺以外は、皆、駒だからな」


 恐王ノクターの言葉に、ルグナドは答えず。

 

 ただ、ゲルギオスと戦いを続けているシュウヤと黒虎ロロディーヌから目を離さない。その蒼と金の瞳の奥に、これまで見せなかった確かな興味の色が浮かんでいた。


「だが、ゼバルの奴も、バムアーだけでなく、あのようなモノを隠し持っていたとはな。〝剛鎧将〟ゲルギオス。力と思考を単純化する代わりに、絶対的な防御と破壊力を持たせた、いわば『歩く城』よ。あれは少々、厄介だ」


 ノクターが言う。

 彼の言葉通り、ゲルギオスの前では、ルグナドの眷属たちの血の刃も、ノクターの影の兵士も、そのことごとくが意味をなさず、ただ粉砕されていく。


「シュウヤとあの黒虎の連携は見事だが、決め手に欠ける。さて、どうする……」


 ノクターが顎に手をやった、その時。

 ルグナドが、初めて口を開いた。


「……三派、か」

「ほう?」

「我が眷属、貴様の軍勢、そして光魔ルシヴァル。敵の敵は味方、というには、あまりに歪だが……悪くない」


 そう言うと、ルグナドはふわりと宙に浮いた。

 ノクターはそれを見て、にやりと笑う。


「ククク……同感だ。久々に、神自ら、盤面を動かすとするか」


 その言葉と同時、戦場全体が、凄まじいプレッシャーに包まれた。

 天が、暗転する。すべての兵士が、戦いを止め、空を見上げた。


 そこに現れたのは、天蓋を覆い尽くすほどの巨大な、魔蛾王ゼバルの顔だった。複眼が不気味に輝き、その口から、魂を直接揺さぶるような神意が響き渡る。


「『――ノクター、ルグナド……そして、新たなる神気を持つ者よ。我が領域で好き放題を……この無礼、その魂で贖わせてくれるわ!』」


 ゼバルの幻影が放つ圧に下級の兵士たちは恐怖に膝をつき、戦意を喪失していく。ゲルギオスすらも、主の降臨に片膝をつき、恭順の意を示していた。


 絶望が戦場を支配しようとした、その時。


「『――やかましいぞ、蛾。貴様の領域だと? ここは、我らが興じる盤上だ』」


 ノクターの声が響く。

 彼が右手を掲げると、その掌から底なしの闇が溢れ出し、巨大な影の腕となってゼバルの幻影を掴みかかった。


「『――痴れ者が。この程度で我を止められるとでも』」


 ゼバルの幻影が嘲笑うが、その言葉は続かなかった。


「『――黙れ、虫けら』」


 静かだが、絶対的な威厳を帯びたルグナドの声。

 彼女が指を鳴らすと、大地から無数の巨大な血の茨が天へと伸び、影の腕と共にゼバルの幻影を絡め取っていく。


「『なっ……! 二柱が手を組むだと!? ありえん……!』」


 驚愕に歪むゼバルの幻影を影と血が繭を紡ぐように覆い尽くしていく。

 断末魔の叫びが響き渡るが、それもすぐに闇と血の奔流の中に掻き消えた。


 やがて、光が戻る。


◇◆◇◆


 宙空には、何事もなかったかのように血塗れの月と血槍の影が浮かんでいるだけだった。

 大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様と関連があるとは分かるが、吸血神ルグナド様が支配する領域の証拠か。

 魔軍夜行ノ槍業が揺れ、断罪槍流イルヴェーヌ師匠が、


『……〝月影の血槍〟か、ルグナドがかつて双月神ウラニリを討ち滅ぼした際に得たとされる血槍。<血魔力>の武器の一つだが、様々な用途で使われている』

『そうでしたか』


 と念話を返した。


 静寂となった直後、ルグナド軍、ノクター軍、そして光魔ルシヴァルの眷属たちから一斉に鬨の声が上がった。


 主の幻影を打ち砕かれた魔蛾王の軍勢は、完全に士気を失い、逃げ惑う。


 魔神の戦いの光景に、過去の戦いを思い思い出した。

 ふと、目の前のゲルギオスを見ると、彼は主の幻影が消えた空を睨み、絶望に打ちひしがれていた。だが、その瞳の奥で、絶望は瞬く間に屈辱と復讐の炎へと変わるのが見て取れた。


 そのゲルギオスは、


「――まだだ、まだ終わらんぞ!」


 と俺との戦いに楽しみを覚えたように突っ込んで来る。


「ロロ、行くぞ!」

「にゃごぉぉぉっ!!」


 相棒は、最後の仕上げとばかりに剛鎧将へと突撃を開始した。

 三つの勢力の咆哮が魔界の大地に高らかに響き渡っていた。


 その矢先、ブオオオオオォォン――!

 突如、腹の底を直接揺さぶるような、これまでとはまったく異質の野太い角笛の音が戦場を震わせた。

 熱狂していた三つの勢力の鬨の声が、まるで嘘のように掻き消される。肌を焼いていた戦いの熱が急速に冷え、代わりに臓腑を凍らせるような悪寒が背筋を駆け上がった。

 それは勝利を告げるファンファーレではない。死と絶望を運んでくるかのような、陰鬱で不吉な音色だ。


 ゲルギオスも角笛の音に忌々しげに舌打ちする。


「チッ、あのハイエナどもめ。槍使い、そして黒き神獣よ。貴様らとの決着は預ける。この戦場が、ただの犬の餌場になるのは我も望まん」


 そう言い放つと、ゲルギオスは戦斧から牽制の毒の鱗粉を撒き散らし、新たな軍勢の出現を警戒するように、巨躯ながら素早く後退していく。

 他の兵士たちも驚いて、


「――何だ、あの軍勢は!?」


 視線の先、地平線を埋め尽くすように現れたのは、黒一色の軍団だった。

 兵士たちは皆、光を全く反射しない黒曜石のような全身鎧に身を包んでいる。

 個々の顔は見えず、兜の隙間からは血のような赤い光が点滅しているだけだ。

 その動きは機械のように統率が取れているが、不気味なほどに個性がなく、まるで巨大な一匹の蟲のようだった。何万という軍勢が進軍しているにもかかわらず、聞こえてくるのは無数の鋼の足が大地を擦る、ひたすらに無機質な摩擦音だけ。雄叫びも、うめき声一つない。


 モンスター兵も同様で生物というよりは、黒曜石と魔力回路で組み上げられたゴーレムに近い。


「あれは王魔デンレガの私兵、『黒曜石の軍団』! あのハイエナどもが!」


 後方から聞こえたヴティガの憎々しげな声で、初めて敵の正体を知る。

 『王魔デンレガ』――名は聞いているが、これほどの軍勢を保有していたとは。奴らは漁夫の利を得るため、この好機を狙って乱入してきたのだ。


 だが、悪夢はそれだけでは終わらない。

 総崩れになるかと思われた魔蛾王ゼバルの軍勢。その陣形の後方から、これまでとは比較にならないほど冒涜的で禍々しい氣を放つ部隊が姿を現した。


「……! この気配、あの紋様……まさか!」


 その光景に既視感を覚えていた。

 視界の端で、ぬるりとした肉塊に無数の眼球が生えたような不定形のモンスターが蠢いている。腐臭と甘ったるい血の匂いが混じり合った異臭が鼻を突き、宙に浮かぶ巨大な瞳群からの視線が、肌を粟立たせる。どこからともなく、意味をなさない言葉の羅列、くぐもった笑い声、ぬちゃぬちゃと粘着質な音が聞こえ始め、正気を削り取っていく。

 

 一見すると普通の二眼二腕の人族や、複眼を持つ四眼四腕の魔族兵。

 だが、奴らが腕を振るうたびに、鎧の隙間や皮膚そのものから、更に無数の小さな眼球がぬるりと現れ、こちらを覗き見ていた。


「悪神デサロビアの狂信者どもだ! ゼバル軍の中に隠れていたのか!」


 吸血神ルグナド側の<従者長>クラスが、叫ぶ。

 彼は、血剣を宙空に幾つも展開させながら、魔蛾王ゼバル側の蛾のような姿のモンスター兵を血剣の群れで薙ぎ払っている。

 

 その叫びに応えるかのように、デンレガの黒曜石軍団は特定の敵を狙わず、手近なルグナド軍、ノクター軍の双方に牙を剥き、デサロビアの狂信者たちは狂ったように周囲のすべてを破壊し始めた。


 統率の取れた黒曜石の津波と、無秩序に増殖する眼球の悪夢――。

 戦場は一瞬にして、五つの勢力が入り乱れる地獄の坩堝、まさに魔界大戦へと変貌した。




続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版発売中。

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