千九百三十三話 魔蛾の騎士と吸血神ルグナドのフランベルジュ
<武行氣>を全身に滾らせ、魔槍杖バルドークを左から薙ぎ払う。
紅斧刃が大氣を喰らうように唸り、<豪閃>が灼熱の軌跡を空間に刻んだ。
しかし、バムアーは躰を半身に捻るだけの最小限の動きでそれを躱す。
――まるで未来が見えているかのような動きだ。
即座に踏み込み、今度は右からの<龍豪閃>で追撃するも、これもまた後退して回避される。その間隙を縫って、朱銀の魔槍から紫電を纏った<魔雷ノ風穿>の如き鋭い突きが眼前へ迫る。
右への旋回機動で、頬を掠める魔力の風圧を感じながらこれを避けた。
「<魔闘術>系統を複数纏い、それを一つに融合させるとは、魔点穴、十六経、否、それ以上の<魔導脈>系統も扱うか?」
バムアーは分析するような冷徹な声と共に、紫電を撒き散らしながら嵐のような連続突きを繰り出す。
――<魔導脈>系統か。
――<経脈自在>に関することをだろうが、外れだ。
――だが、<経脈自在>、<天地の霊気>、<滔天仙正理大綱>、<滔天神働術>、<月光の導き>の<魔闘術>系統は発動している。
奴の勘は恐ろしく鋭い――。
左右への高速移動で、<水極・魔疾連穿>を彷彿とさせる槍の豪雨を紙一重で躱し続ける。
「そこだ――」
鋭い声が響く。視界の端で、こちらに集中するバムアーの死角からレカーが駆けた。血魔槍による<闇雷・一穿>に似た、鋭い闇雷の刺突が放たれる。
バムアーは、足下から爆発的な紫と銀の魔力を噴出。
粉塵染みた魔力を俺に寄越す。と同時に、レカーへと、朱銀の魔槍を下から掬い上げ、柄でレカーの突きを弾くと返す穂先で閃光の如く彼女の首筋を狙った。
紫の線がレカーの白い肌に迫るのが見えたが、彼女はわずかに首を傾けるだけの余裕の動きでそれを避けてみせた。
――好機。がら空きになったバムアーの横腹へ、<魔雷ノ風穿>を狙う。
だが、バムアーは横に捻り、飛翔するように避けた。
追撃のレカー、宙空にいるバムアー目掛け血魔槍を突き出す。
バムアーは体を捻って斜の体勢で、突きを避けるとレカーを蹴り飛ばし、少し加速しながら、左腕の手に持ち替えていた朱銀の魔槍を俺に突き出す。
その変則突きを魔槍杖バルドークの柄で受け止める。腕が痺れるほどの重い一撃だ。間髪入れず、追撃の一閃が放たれる。
それを魔槍杖バルドークの螻蛄首で弾く。
重いが、一閃の威力の高さを利用するように横に回転し――。
回転運動の遠心力を乗せた魔槍杖バルドークの<龍豪閃>を叩き付けを狙ったが、見切られた。
紅き刃の軌跡が宙空に残る――。
レカーの薙ぎ払いも、舞うように回転して回避していた。
「魔界騎士バムアーッ、魔蛾王ゼバルにはもったいない奴――」
と叫ぶレカーが、そのバムアーの横っ腹に石突を突き出す。
バムアーは、朱銀の魔槍の柄を下ろし、叩くように石突を防ぐ。
すかさず、<闇雷・一穿>を魔槍杖バルドークで繰り出した。
だが、朱銀の魔槍の柄で防がれた。バムアーも闇雷を扱うようで紫を帯びた闇雷の魔力が溢れる。
構わず、右手一本に持ち替えつつ魔槍杖バルドークを上げる竜魔石の<豪閃>を繰り出すも、バムアーは上体を反らして難なく避けた。
ならばと、流れるままに左の<魔力拳撃>を叩き込むが、硬い柄に拳を弾かれ、カウンターの一閃が眼前を薙いだ。
バムアーはそれを見るように避けた直後、衝撃波をレカーに飛ばす。
レカーの動きを封じながら、俺に右手の掌底、猿臂のような左腕の肘鉄を繰り出し、朱銀の魔槍の柄の打撃も寄越す――。
魔槍杖バルドークを盾のように構え、怒涛の連続攻撃を防ぎきった直後、下から魔槍杖バルドークを上に、振るい、バムアーの足から体を狙う。
だが、見切られ避けられた。
刹那、レカーの石突がバムアーの胸元を正確に狙う。
バムアーは魔槍をわずかに下げ、石突に石突を激突させて防ぐと、<魔手回し>に似たスキルでレカーの血魔槍を奪い取ろうとした。レカーは少し退いて、
「銀珠の魔槍使い、二腕だが、強者だな――」
と発言しつつ血槍を再度、クイックネスを活かしたような<刺突>を突き出す。
バムアーは片目を瞑り、<隻眼修羅>と似たようなスキルを発動したようで加速しながら余裕の間で、突きを避けつつ、朱銀の魔槍を突き出す。
レカーも<血魔力>を体から発し纏う。
<血道第三・開門>、<血液加速>を使い、屈んで、弾丸のように横へ飛翔して回避。その直後、バムアーが振るい回した一閃が、俺たちのいた空間を薙ぎ払った。
俺とレカーは同時にその一閃を避け、反撃の<刺突>を左右から同時に繰り出した。
こちらの突きは朱銀の魔槍に防がれる。だが、レカーの一撃がバムアーの腹を捉えたかに見えた。しかしその瞬間、奴の姿が陽炎のように揺らめき、幻影と共に上下左右へと分裂した。
――甲高い金属音が響き渡り、柄で受けた一撃に腕が軋む。
バムアー分身たちも本体と同じく魔槍、物理属性を有した反撃か――。
レカーは、
「<始祖古血闘術>――」
レカーがスキル名を解き放つ。加速した彼女は、一体の分身を血魔槍の一閃で斬り裂いて消滅させると、低く構えた直後、その身から無数の血槍の幻影を生み出した。それは槍衾の激流となり、津波のようにバムアー本体へ殺到する。
「無駄だ」
バムアーは冷然と言うと膨大な魔力を噴出させた。
朱銀の魔槍と右腕から無数の魔力の蛾が放たれる。
蛾の群れと血槍の激流が衝突し、凄まじい爆発が連鎖的に巻き起こった。
バムアーは、
「<筆頭従者長>っ、小細工はせず、打ち合え――」
と叫びながら、爆風を身に纏うように前に出て、一直線に突貫。朱銀の魔槍を構え、一点突破の<刺突>を繰り出した。
レカーは「ハッ」と笑い、「――言うではないか!」と発言しつつ、血魔槍を突き出して穂先と穂先を激突させる。凄まじい衝撃が迸るが、彼女は即座に槍を引き、息もつかせぬ猛攻を仕掛けた。
小細工のない、あまりにも真っ直ぐな猛攻が始まった。
対するバムアーは、その猛進を魔槍の石突で地を突いて身を翻し、柳に風と受け流す。
「見事だが、速さと力だけでは芸がない!」
右を旋回するバムアーの嘲笑が響く。
<仙魔・桂馬歩法>を発動させ、足下に風の魔印を生み出しながら変則的な軌道でバムアーに肉薄し、「<仙羅・絲刀>――」 を繰り出した。
魔力で編まれている糸の魔刃がバムアーの退路を塞ぐように展開する。
「面白い技を使う!」
バムアーは魔槍の回転で糸を切り裂くが、その一瞬の隙をレカーは見逃さない。第二撃が突き込まれ、俺も左手に神槍ガンジスを召喚。二槍流で三方向から同時に攻め立てる。だが、バムアーは闇神アーディン様を彷彿とさせる巧みな槍術で、その悉くを捌ききった。
バムアーの加速に合わせ――。
<血道第三・開門>――。
<血液加速>――。
「チッ」
――チッと舌打ちし、バムアーの朱銀の魔槍を上下に弾く。わずかに体勢を崩した奴の左腕、その甲と防具を削ることに成功した。
――バムアーは分身を生み出しながら巧みに本体を守る。
――この分身が厄介だ、本体と瓜二つな上に――。
幻影と物理を兼ね備えたような――。
バムアーの分身による<魔雷ノ風穿>系統の連続突きを魔槍杖バルドークと神槍ガンジスで防ぎ、反撃の<水極・魔疾連穿>で分身のバムアーを仕留める。
そのままバムアー本体の背を取ったかに見えたが、半身の構えのまま、レカーの血魔槍の一撃と俺の<闇雷・一穿>の一撃を朱銀の魔槍で防ぎながら後退した。
二人で、バムアーの追撃に出た直後――。
バムアーはからからと笑い、体から禍々しい魔力が鱗粉のように舞い上がった。
念の為、両足から<血魔力>を周囲に発した。
大きい駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を目の前に召喚し、前に行かせた。
「――我らを囲むがいい、<黙鱗粉・腐緑光界>!」
紫と銀に輝く鱗粉が一帯の空間を覆い尽くす。
それが触れた大地はジュウッと音を立てて黒く腐食していく。
駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>で紫と銀に輝く鱗粉の攻撃を防ぐ。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>の裏側から魔線が飛来して吸着し、<黙鱗粉・腐緑光界>の魔力を逆に得た。
だが、レカーは完全には守れず、
「ぐっ、この鱗粉は光にも、<血魔力>を……!」
苦悶に顔を歪める。
彼女の<血魔力>が、鱗粉に触れて急速に霧散していく。毒と光、そして呪詛。対吸血鬼に特化した凶悪な結界か。
光魔ルシヴァルの光と闇の属性にも効くかもしれないが――。
一歩前に出て、レカーを庇うように<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を回しながら<白炎仙手>、<仙魔・暈繝飛動>を連続発動。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>は他の鱗粉が衝突し、横に弾かれた。
だが、体から噴き出した清浄な白炎と濃密な霧が、降り注ぐ毒鱗粉をパチパチと音を立てて浄化していく。
白炎の霧から白炎状の手刀が飛び出ていく。
「――我の光を有した呪鱗を……神界系<闘気霊装>か!?」
バムアーの半仮面越しに、動揺の色は見て取れた。
が、それは一瞬、鋼のような視線と共に朱銀の魔槍が煌めく。
「――ここは魔界だ、神界かぶれが!」
突き、振るい、白炎の手刀を貫いては分身からも朱と銀の穂先の乱舞により、<白炎仙手>、<仙魔・暈繝飛動>の一部は掻き消える。
更に、膨大な雷を纏った分身を放ち、俺の白炎の霧を爆散させた。
その爆風の中から本体が飛び出し、俺に強烈な一閃を放つ。
魔槍杖バルドークで受けたが、重い、魔界騎士の歴史を感じるほどに強い――。
螻蛄首で受け止めるも、勢いに押され後退しつつ――腰ベルトと紐で繋がり魔軍夜行ノ槍業の奥義書に魔力を送る。
銀チェーンの閃光のミレイヴァルと、フィナプルス夜会の書物にも魔力を込めた。
「――レカー行くぞ」
「承知!」
レカーは血魔槍に<血魔力>を込め、迅速にバムアーとの間合いを詰めた。
槍圏内から<魔雷ノ風穿>のような突きから<龍豪閃>のようなコンボを繰り出すが、バムアーは朱銀の魔槍の柄を上手く上下に振るい回し、それを防ぐや否や膨大な雷状の魔力を纏った分身を作り爆発させてきた。
レカーはもろに爆発を受け「きゃ」と後退。
<白炎仙手>、<仙魔・暈繝飛動>の白炎の霧が完全に相殺される。
バムアー本体と分身が一閃を繰り出す。
その一閃を魔槍杖バルド-クの螻蛄首で受け止める。
――ギィン、と耳障りな金属音と共に腕の骨が軋むほどの衝撃が全身を駆け抜けた。
強烈な勢いに押され、数歩後退させられる。だが、この一瞬こそが狙い――。
雷炎槍エフィルマゾルを出現させ、<導想魔手>に握らせた。
腰の書物の表紙からフィナプルスが飛び出てくる。
無数の頁が渦を巻くように開いた。フィナプルスは宙を舞いながら黄金のレイピアを一閃。一体目の分身が持つ朱銀の魔槍を払い、返す刃でその腕を切断する。
勢いのまま、もう一体の分身の首を正確に突き刺して蹴り飛ばすと、白い翼を大きく広げ、ふわりと宙空に静止した。白い翼を持つフィナプルスは華麗だ。
同時に、銀チェーンの杭が眩い閃光を迸らせ、その光の中から聖槍シャルマッハを携えたミレイヴァルが実体化する。
フィナプルスは優雅に一礼、
「――お待たせいたしました、主様」
「なんだ、お前たちは――」
バムアーの言葉に、フィナプルスは、半身のまま体を開く挙動から、白い翼で空を蹴り急加速。黄金のレイピアを振るい抜く。
分身が突きを黄金のレイピアで横に往なし、流麗な連続突きで蜂の巣にして消滅させる。返す刃でバムアー本体に鋭い牽制を仕掛け、こちらへの追撃の機を完全に断ち切った。
「魔の槍め、聖槍の錆となれ!」
勇ましい声と共に駆けるはミレイヴァル。別の分身が振るう朱銀の魔槍を、携えた聖槍シャルマッハで正面から打ち払う。
聖なる氣を帯びた白銀の穂先が魔槍に触れると、バチバチと紫電が弾け、分身が纏う禍々しい魔力が霧散していく。怯んだ隙を逃さず、螺旋を描くような鋭い突きが分身の胴を穿ち、光の粒子へと変えた。
すると、魔軍夜行ノ槍業の奥義書から光が放たれ、シュリ師匠の姿が現れた。
「お弟子ちゃん、こいつらは私たちが――」
<導想魔手>の雷炎槍エフィルマゾルをシュリ師匠は掴み前に出て、複数のバムアーの分身を<雷炎腹柵斬り>で仕留めてくれた。
頼もしすぎる援軍の登場に、バムアーの半仮面の下で動揺が走る。
「その召喚物はなんだ!!」
奴が叫びながら、残る分身と共にこちらへ直進してくる――。
「それはこっちの台詞だ――」
と言いながらバムアーたちの連続<闇雷・一穿>に<刃翔刹閃・刹>のような薙ぎ払いを、なんとか<仙式・流水架>と<淵解・重芯>を使った防御の型で神槍ガンジスと魔槍杖バルドークで防ぎ――。
<超能力精神>――。
「「げぇ――」」
本体と複数の分身を吹き飛ばし――<雷飛>――。
魔槍杖バルドークを下から振るう<魔皇・無閃>――。
吹き飛んでいた分身の股間から頭部まで一氣にぶったぎる。
次のバムアーの分身目掛け、<妙神・飛閃>の神槍ガンジスで真横から両断。
返すように魔槍杖バルドークを振るい、次の分身体の得物を弾き、神槍ガンジスの<血龍仙閃>――で分身体の胸を袈裟斬りを浴びせたように薙ぎ倒す。
そこにレカーが、本体バムアー横腹に血魔槍を衝突させた。
「ぐっ」と声を発したバムアーに傷を与えたようだが、バムアーは分身を吸収し、身を捻り、再度分身を生み出しながら、俺に朱銀の魔槍を振り下ろしてくる。
バムアーの分身も同時に朱銀の魔槍を振り下ろしてきた。
即座に<龍神・魔力纏>を発動させ、全身の魔力が龍の鱗のように肌を覆う感覚と共に、「<水月血闘法・水仙>!」と叫ぶ。呼応するように、練り上げた魔力と<血魔力>が周囲の空間で形を成し、濡れた羽音を立てながら無数の水鴉となって顕現した――。
本体の動きを追尾しながらバムアーを惑わす。
バムアーは朱銀の魔槍を増やしたように迅速に振るい、水鴉と俺の分身を切断しまくる。
「チッ、目障り――」
幻影に氣を取られた瞬間――。
<魔技三種・理>と<刹那ノ極意>を意識――。
<魔闘術の仙極>と<刹那ノ極意>と<月冴>を発動させる。
月冴の魔法文字が目の前に浮かばせながら加速力を上昇させた。
思考と行動の間に存在する無限にゼロに近い時間を支配する理のまま世界が、スローモーションになった。魔槍杖バルドークで<刃翔刹穿・刹>を繰り出した。
バムアーは「な!?」と反応し、左にずれるが、その右肩を穿つことに成功。
「ぐぇおお――」
バムアーが大声を発しながら怯みつつ後退。
すかさず、魔槍杖バルドークを<投擲>――。
更にレカーが<血魔力>を凝縮した真紅の血魔槍を前に、
「――<血槍烈把穿>」
を繰り出した。それに合わせ<魔仙神功>を発動――。
バムアーは分身と朱銀の魔槍を盾に真紅の血魔槍の<血槍烈把穿>を防いでいる。
<ブリンク・ステップ>を発動させ、盾となった分身とバムアー本体との間合いを一氣に詰める。
――神槍ガンジスに<血魔力>を込めて、<悪夢・烈雷抜穿>を放った。
双月刃が分身と、その背後にいたバムアー本体の胸甲ごと豪快に貫いた。
凄まじい衝撃音と硬い手応えを得るがまま<雷光瞬槍>で背後へ抜け、突き抜けた神槍の柄を滑らせるように掴む――。
振り返ると、雷光に貫かれたバムアーの体は弾けるように無数の黒い蛾となって霧散していくところだった。
バムアーは無数の黒い蛾となって霧散し、戦場から消え去っていった。
隣で、レカーが血魔槍を支えに荒い息をついていた。
視線が絡む。言葉はいらない。この死線を共に越えたという事実が、何よりも雄弁だった。互いの槍の柄を軽く打ち合わせ、笑みを交わして頷き合う。
魔槍杖バルドークを<握吸>で引き寄せ掴む。
シュリ師匠たちは左右に展開し、地上の四眼四腕の魔族部隊を圧倒している。その頼もしい姿に頷き、改めて大きく動き始めた戦場の未来を見据えるように四方を見渡す。
――先程までこの辺りにおられた、吸血神ルグナド様はどこに。
視線を巡らせると――いた。
戦場の一角が、にわかに真紅に染まっている。
目を凝らすと、そこには悠然と立つ吸血神ルグナド様の御姿があった。
吸血神ルグナド様は高い鼻の孔を少しひくつかせた。
<血魔力>に赤らめていた双眸が、蒼と金を基調とした神秘的な瞳へと変化した。
荘厳さを帯びたその視線。
見る者の魂を見透かすような鋭さと同時に底知れぬ深みを湛えている。
スカートの形状を流麗に変化させ、月光を浴びたように煌めく細長い生足にハイヒールのような黒い靴が溶けるように広がると、暁闇の霧が湧き上がり、不気味に蠢きながら赤く眼が光る蝙蝠や鴉の形へと変容していく。
そこに重々しい魔鎧に身を包んだ魔界騎士たちが数人がかりで襲い掛かった。
ルグナド様は指一本動かさない。
複数の蝙蝠や鴉が、魔界騎士たちを呑み込むと、その蝙蝠や鴉たちが爆発し、複数の魔界騎士たちを足止めしていた。
更に、神秘的な瞳が騎士たちを捉えると、彼らの全身から血が噴き出し、魔鎧ごと内側から破裂するように霧散していた。
それは「戦闘」ですらなく、絶対者による一方的な「粛清」の光景だった。
吸血神ルグナド様は、「『魔蛾王ゼバルは、また遠くから<遠目>か――』」神意力を帯びたルグナド様の言葉が響く。それと同時にその御手にはフランベルジュのような魔剣が出現し、姿がブレると共に戦場を駆けていた。
吸血神ルグナド様が進んだ背後では、複数の魔界騎士らしき大柄の魔族と、二眼四腕の射手たちの体が細断されていた。
その周囲では、<筆頭従者長>の方々が舞うように立ち回っている。
影から無数の刃を伸ばし、騎士たちの心臓を的確に貫く者。
優雅なハープを奏で、その不協和音で騎士たちの精神を内側から破壊する者。
巨大な戦斧を片手で振り回し、騎士を鎧ごと紙屑のように薙ぎ払う者。
誰もが、我々が死闘を繰り広げたバムアーには及ばないまでも、同格に近い魔力を放つ魔界騎士たちを、まるで雑草でも刈るように屠っていく。
――格が、違う。
先程までの死闘がまるで児戯であったかのように思える。
あれほど苦戦したバムアーに匹敵するであろう騎士たちが、いとも容易く蹂躙されていく。これが、魔神の一柱。これが、その腹心たちの戦いか。
背筋を冷たい汗が伝うのを感じた。
「凄い……<血夜ノ鳥獣魔界>に……〝血夜ノ魔大剣〟による<血剣斬襲刃>……」
吸血神ルグナド様の<筆頭従者長>のレカーが畏怖の念を滲ませて呟いた。<筆頭従者長>の彼女でさえ、主の、あの御姿は滅多に見るものではないのだろう。圧倒的な光景に息を呑んでいると、不意に、ルグナド様がこちらを一瞥された。
遠く離れているはずなのに、すべてを見通すような視線。
その瞳に確かな労いの色が浮かんだのを見て、背筋が伸びる。
我々の戦いは、決して無駄ではなかった。
だが、まだ遠い。あの頂に立つために、もっと強くならなければ。
隣のレカーと再び視線を交わし、今度は覚悟を込めて強く頷き合うと、魔矢が複数、飛来――射手は、虫のような翅と鷹のような翼を持つ二眼六腕の五組。
レカーと共に、その魔矢を寄越した射手に向かう。
距離があるが、<ブリンク・ステップ>と<暁闇ノ歩法>を連続発動。
転移するような移動からの、不意打ち――<攻燕赫穿>を神槍ガンジスで繰り出した。神槍ガンジスから赫く燕が出現し重なりつつ、二眼六腕が持っていた魔弓ごと体をぶち抜く。魔族の体は内側から爆発、破裂し、散った。
不知火のように揺らめく燕が飛び出て他の二眼六腕の射手たちに向かい、衝突し、燃焼しながら吹き飛んでいた。
連続的に飛び立っていく橙色に赫く燕たちは神槍ガンジスの穂先に収束する。
そこで、まだ生きている二眼四腕の魔族の射手たちへ。<雷飛>で一氣に間合いを詰め、<雷炎腹柵斬り>で下半身を薙ぎ払い――。
返す刃の<血龍仙閃>で、射手の胴体を両断し、仕留めていく。
そこに、
「にゃごぉぉ~」
と黒虎が複数の射手と魔法使いの魔族たちを吹き飛ばしながら近づいてくる。その相棒から触手が飛来――。
肉球が付いた触手に一瞬、心が和む――柔らかく、そして温かい。不思議な感触だが、最高の感覚だ。匂いを嗅ぎたくなったが、自重した。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中
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