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千九百三十一話 交渉と、光魔ルシヴァルの三戦姫


「両名とも、交渉の席に着いたこと、まずは見事と言うべきだろう。この場は砂城タータイム、光魔ルシヴァルの城、領域だ。ここでは、いかなる武力の行使も許されないと考えてくれ」


 と、発言した。レカーとヴティガの目を交互に見据える。

 ヴティガは面白くなさそうに鼻を鳴らし、レカーは静かに頷く。

 その反応の違いが、二人の気質を如実に示しているように思えた。

 

「この場の目的は、過去の遺恨を蒸し返すことではない。未来における、両勢力の共存の道を探ることにある。そして、互いに言い分はあるとは思う、そこで、吸血神ルグナド軍、レカー殿の主張を聞こうか」


 レカーは背筋を伸ばし、頷いた。

 視線は、ノクターではなく、あくまで調停者である俺に向けられ、


「我が主張は至極単純明快。此度の紛争地は、古来より吸血神ルグナド様とその血族が治めてきた『類縁地』。そこに恐王ノクターの軍勢が土足で踏み入り、我らの同胞を殺戮し、地を穢した。我らはただ、侵略者を排除し、聖地を奪還せんとしているに過ぎぬ。要求は一つ、ノクター軍の即時全面撤退。それ以外に、交渉の余地はない」


 凛とした声が響く。

 忠義に満ちた、一切の妥協を許さない言葉だった。

 彼女の瞳には、この地の奪還こそが絶対の正義であるという確信が燃えている。


 彼女が言葉を終えるのを待って、今度はヴティガが猛々しい声で吼えた。


「聖地だと? 笑わせるな! 長年放置され、骸が転がるだけの荒れ地に何の価値がある! 我が主、恐王ノクター様が、あの地に戦略的価値を見出し、支配下に置くのは当然のこと! 貴様ら不死者の感傷に付き合う気など毛頭ないわ!」


 ヴティガがテーブルを拳で叩きつける。


「――野蛮な」


 レカーが、氷のような声で呟く。

 彼女の側近たちが剣に手をかけるより速く、その冷徹な視線がヴティガを射抜くのが見えた。


「主を持たぬ犬が、盗んだ骨を己の物と勘違いする姿は滑稽だな。我らの忍耐を、弱さと取り違えるなよ、将軍」

「なんだと、貴様!」


 ヴティガの魔力が爆発的に膨れ上がり、肌を刺すような圧力が部屋を満たす。

 卓上の水差しがカタカタと鳴り、石でできた城壁に微かな亀裂が走るのが見えた。

 空間そのものが、彼の怒りに共鳴して悲鳴を上げているかのようだ。


「レカー様を御守りしろ!」

「「おう」」


 レカーの側の側近たちが一斉に立ち上がり、腰の剣に手をかける。

 ヴティガの後方に控える魔族たちも、獰猛な笑みを浮かべて応戦の構えを見せた。

 一瞬にして、会議室は戦場寸前の緊張感に包まれる。


 一方、恐王ノクターこと魔商人ベクターは、楽しげにこちらへ視線を寄越す。『やんちゃな連中だが、どうする?』とでも言いたげな笑みだ。『冗談ではない。あんたはヴティガを抑えろよ?』と視線でそう返すと、彼は『ハッ』と短く笑い、両手を広げて肩をすくめた。『さあな』とでも言うように。まったく食えない男だ。


 ここに吸血神ルグナド様がきたらどうなるか……。

 が、両方の神々が停戦しようとしていることに変わらない。

 しかし、現場はそうもいかんか。

 霊湖の水念瓶に<血魔力>を通し、またも<水念把>を発動させた。


『「――静まれ」』


 と、<水念把>の波紋のような水属性の魔力が、短い言葉に乗って広がった。

 ヴティガが放った暴力的な魔力は、波紋のような<水念把>に呑み込まれるように霧散。立ち上がりかけた猛者たちの体が見えざる絶対的な力によって椅子に縫い付けられる。抵抗すら許さぬ静謐な圧力が、彼らの骨の髄まで染み渡ったに違いない。


「ぐっ……!?」

「なっ……!」


 誰もが驚愕の表情で、ただ俺を見ている。

 そこでヴティガとレカーを交互に見てから、


「ヴティガ殿。貴殿の主君への忠誠は認めるが、この場で相手への侮辱は許さん。次に同じような発言をすれば、貴殿をこの円卓から排除する。そこで見ている主君の名誉を重んじるなら、相手の主君への敬意もまた、最低限の礼儀であろう」

「ぐっ……!」


 ヴティガは屈辱に顔を歪めたが、ノクターが静かに頷いたのを見て、それ以上の反論はしなかった。改めて全員を見渡し、仕切り直す。


「レカー殿の主張は『歴史と名誉』。ヴティガ殿の主張は『戦略的価値』。どちらも、それぞれの立場からすれば正当なものだ。ならば、議論すべきは過去の所有権ではない」


 テーブルの中央を指差した。


「この地を血で洗い続けることなく、双方の『利益』を満たす新たな形を模索することこそが、この交渉の目的だ。そのための腹案が、俺にはある」


 この言葉に、レカーとヴティガは訝しげな表情を浮かべた。

 だが、彼らの瞳の奥に、わずかながら興味の光が宿ったのを見逃しはしない。もっとも、今は指摘する段階ではないが。


「腹案、だと……?」


 ヴティガが唸るのが聞こえる。レカーは黙したまま、鋭い視線で俺の次の言葉を待っていた。


「ああ。まず、ノクター軍に問う。貴殿らがこの地に求める『戦略的価値』とは何か。緩衝地帯としての機能か、それとも資源か?」


「……両方だ。そして、メイジナ大平原へと繋がる、重要な交通路でもある」


 ヴティガは忌々しげに答えた。


「なるほど。ではレカー殿。貴殿らが求めるのは、聖地の尊厳が守られ、これ以上ノクター軍の軍靴に踏み荒らされないこと。それで相違ないか?」


「その通りだ」


 レカーが即答する。


「ならば話は早い」


 浮かび上がった地図に、俺は魔力で新たな線を幾本も描き加えた。


「この地を、非武装の中立交易都市とする」

「「なっ……!?」」


 二人の驚く声が重なった。


「ノクター軍はこの地から完全に撤退する。これにより、ルグナド側の『聖地の尊厳』は守られる。軍事的な緩衝地帯としても機能するだろう」


 レカーへと視線を送る。

 彼女は驚きに目を見開いているが、反論はないようだ。


「そして、この都市の管理・運営は、第三者である、この俺、光魔ルシヴァルが行う。恐王ノクター、吸血神ルグナド、両勢力はこの都市での自由な交易を許可され、関税による利益を等しく享受する。軍事力で地を縛るより、経済で潤うほうが、よほど『戦略的価値』は高いとは思うが、どうだろうヴティガ殿」


 ヴティガは言葉を失い、隣に座る主君、ノクターへと視線を向けている。

 商人ベクターの仮面を被った魔神――ノクターが、初めて楽しそうに口の端を上げるのが見えた。


「……ククク、面白い。実に面白い提案だ、シュウヤ殿。血を流す代わりに金を動かすか。氣に入った」


 ノクターの予期せぬ反応に、今度はレカーが動揺しているのが見て取れた。

 歴史か、戦略か。二者択一と思われたこの交渉のテーブルに、突如として「経済」という第三の選択肢を叩きつける。彼らの思考の盤面を根底から覆す一手だ。


 交渉が新たな局面を迎えた、その時――。

 キィン、と空間を劈くような甲高い警報が響き渡る。

 砂城タータイムの最高位警戒を示す魔力反応だ。


 間髪入れず、円卓の頭上に巨大な光の盤面――監視映像が展開される。


 そこに映し出されたのは、つい先ほどまで戦場だったはずの『類縁地』。

 そして――見知った三人の顔。ユイ、ヴィーネ、レベッカ。

 彼女たちと対峙していたのは禍々しい仮面を身に着けた、四眼四腕の魔族部隊だった。


 ◇◆◇◆


 二体の四眼四腕が、計八本の蒼白い魔剣を振るい、ユイに襲いかかる。

 袈裟、逆袈裟と繰り出される斬撃の嵐をユイは三刀流の神鬼・霊風などではなく、双剣イギル・ヴァイスナーで完璧に往なしていく。

 そして一瞬の隙を突き、一体を強烈な蹴りで跳ね飛ばした。

 即座にもう一体へと踏み込み、白炎を纏わせた剣閃――<白炎一ノ太刀>が、敵の魔剣ごと左上腕を断ち切る。

 続けての<神式・一点突>で、首を穿ち、身を回転させた蹴りで吹き飛ばす。

 そして、後方では、ヴィーネとレベッカが敵射手部隊の遠距離攻撃に晒されている。 その援護に向かうべく、ユイはさらに加速した。

 四眼四腕の魔族の一人は、ユイの接近に気付き、後退し、突兀の岩に着地した。

 他の四眼四腕の魔族の五人の射手も後退――。


 ユイは、追撃をせず、瞳から白銀の魔力を発し、


「動きは良い。どこの連中なの?」


 ユイの視線の先、突兀たる岩の上で一際長身の魔族が静かに魔弓を構えていた。


「お前たちこそ、その光と闇の<血魔力>を扱う、何者か……」


 その魔族が、静かな声で問いを発した。

 他の者とは違う、統率者としての空氣を纏っている。


「名乗るつもりはない、か。ならば――その仮面ごと剥がして、正体を確かめてあげるまで――」


 ユイは言葉を終えるや否や、地を蹴った。

 跳躍の頂点で乾いた音を立てて首元の装飾が変形した。

 金属の翼が広がるように鎖骨と肩口から三刀流用のホルダーが展開される。

 腰の双剣とは別の刀――神鬼・霊風がホルダーに吸い込まれるように嵌まった。そのまま、岩の上の長身の魔族へ向け三つの刃が殺到する。回避不能の斬撃に見えたが、刃が届く寸前。長身の射手は、ふわりと翼なくして宙に浮かび上がっていた。


「ほぉ、我が隊の人員を斬るだけはある――」


 感心したような呟きと共に、彼の構える魔弓から紫電の魔矢が複数、雨のようにユイへと降り注ぐ。

 その紫電の魔矢の群れを光線の矢と風朧の霊弓の風の矢が突き抜けていく。

 そうヴィーネの正確無比な矢だ、ユイを守るだけはない。

 長身の四眼四腕の魔族の射手にも複数の光線の矢と風の矢を射出したヴィーネは前に出ながら、〝星見の眼帯〟の深い紺色の布を装着した。


 その射手であるヴィーネへ、好機と見た別の一体が肉薄する。

 ヴィーネは後退せず、逆に一歩踏み込みながら<淵解・重芯>を用いたように敵の攻撃の急所――その重芯を見切る。

 続けて、他の四眼四腕の魔族が群がるが、突きと斬撃を冷静に<仙式・流水架>を使い、翡翠の蛇弓(バジュラ)の硬質な鳥打ちで一体目の剣を受け流す。

 間髪入れず殺到した二体目の斬撃を、独楽のように回転させた弓で弾き飛ばす。三人目を右回し蹴りで吹き飛ばし、四人目の動きを背後に目があるような動きで、するりと避け、五人目の斧使いの斧を下切にあたる部位で弾き、そのまま体と共に細長い腕を捻り、翡翠の蛇弓(バジュラ)をも、独楽のように回転させた。

 翡翠の蛇弓(バジュラ)の光の弦が通り抜けた腕は切断され、「うげぁ」と悲鳴を発し、腕を他の腕で押さえながら後退、その死角を突いて別の魔剣師が剣を突き出していたがヴィーネは、その動きすら読んでいた。

 斜め前に踏み込みながら、流麗に翡翠の蛇弓(バジュラ)を振るう。

 肉を断つ音が響くように魔族の首から血飛沫が迸る。追撃の前蹴りが、くの字に折れ曲がった魔族の体を遥か後方へ蹴り飛ばしていた。


 息つく暇もなく、背後から新たな魔剣師が迫る。

 <黒呪仙炎剣>を思わせる突き出た魔剣を、ヴィーネは、ただ半身を軸をずらすだけで、その凶刃を紙一重でかわした。風槍流『異踏』と似た技術。

 追撃の横薙ぎを、今度は光の弦が鞭のようにしなって受け止め、弾き返す。

<魔闘術>系統を強めた魔剣師は「こなくそがァ」と叫びながら再度、左から右に魔剣を動かし、ヴィーネに追撃するが、光の弦で、その魔剣を受け止め、弾き返した。更に、返す刃で魔剣師の腕と腹を浅く切り裂き、体勢を崩したところへ足を刈る鋭い下段蹴刀を叩き込んだ。

 

 ヴィーネは身を捻りつつ翡翠の蛇弓(バジュラ)を構え、放たれた光の矢は、一本の線となって敵の正中線を貫いた。続けざまに眉間、鼻、口、首、そして心臓。ドスッと音と共に寸分の狂いもなく、五つの急所が射抜かれていく。


 距離を保っていた最後の魔族が「ひぃ」と悲鳴を上げ、恐怖に顔を引きつらせる。

 ヴィーネはその敵と静かに相対、翡翠の蛇弓(バジュラ)を構えたまま、その相対した魔族の懐へと潜り込んだ。ゼロ距離で番えられた光の矢。放たれた閃光が、その胴体を容易く貫く――。


 ヴィーネの矢に合わせるように、ユイもまた地を蹴っていた。

 <バーヴァイの魔刃>が、宙空の指揮官に襲いかかる。だが指揮官は、二方向からの同時攻撃をこともなげに回避する。

 その四つの瞳が、愉悦に歪んだ。

 左下腕を振るうと、そこに握られた魔布から無数の紫色の小瓶が散布される。


 小瓶が連鎖的に弾け、紫の爆炎が二人を呑み込もうとした刹那――。


「――任せて」


 凛とした声と共に飛来した蒼炎の勾玉――レベッカの<光魔蒼炎・血霊玉>が爆炎を喰らい尽くし、二人を守る盾となった。

 <光魔蒼炎・血霊玉>の守りが解けた瞬間を突き、一体の魔剣師がレベッカに斬りかかるが、その背後から音もなくユイが舞い降り、魔刀と聖剣の斬撃が魔剣師を十字に切り裂いた。

「ありがとう、ユイ――」とレベッカは返り血を浴びた頬を拭いもせず、左右から迫る新たな敵影に、牽制の蒼炎弾を放つと、一瞬の時間を稼ぎ、高らかに詠唱を開始した。


「――炎神エンフリートよ、我が魔力を糧に、その憤怒の化身たる礎を解き放ち、古より罪科を裁く煉獄の理を示し、仇為す者共を隔絶する炎の城塞と、その悉くを焼き尽くす裁きの塔を現したまえ――王級――《炎塔攻防陣エンフリート・ネイルディフューザー》」


 その言霊が世界に刻まれた刹那――地が鳴動し、左右から凄まじい熱波が迸った。

 ドッと重低音を響かせつつ二つの巨大な炎の塔が天を衝く勢いで出現。

 それは、瞬く間に周囲の魔剣師たち――否、五人、六人と数えるのも愚かしいほどの数を呑み込み、ただの灰へと変えていった。


「怯むな、魔蛾王ゼバル様の――」


 長身の魔族指揮官が放った檄は、喉元を掠めた一筋の光線によって断ち切られた。

 ヴィーネの狙撃だ。彼女は休むことなく風朧の霊弓から風の矢を連射し、指揮官も<魔闘術>系統を強めて必死に回避を続けるが、ヴィーネの矢は常にその一歩先を読んでいた。

 回避に専念させ、一切の反撃も指揮も許さない。レベッカは、〝城隍神レムランの竜杖〟を振るい、先端の飾りとして付いていたペルマドンとナイトオブソブリンを解き放った。


 一瞬で、巨大な紅蓮の鱗を持つペルマドンと緑の目が綺麗な漆黒のナイトオブソブリンがレベッカとユイを守るように出現した。


 二頭の竜は戦場を見下ろし、咆哮を上げた。

 その顎から放たれたのは、先程の王級魔法の再現か。

 紅蓮の炎が敵陣を焼き払い、嵐のような雷撃が大地を穿つ。

 絶叫する間もなく蒸発していく魔族たちの姿は、まさしく地獄絵図だった。


 その二匹のドラゴン圧殺劇に、レカーとヴティガたちが歓声を発していた。

 恐王ノクターをも驚くように目を見張っている。

 

 その間にも、ユイは、四眼四腕の魔族部隊を斬り刻みながら駆けていた。

 四人の魔剣師を斬り伏せたユイは砂利道で足を止める。

 ユイは三刀流を止めるように神鬼・霊風一本に絞り、斜め上の岩場を見る。

 まだ数十の魔素が感じていると分かった。

 そこに「舐めるなよ――女――」と岩場から声が響くと、ユイの頭上から魔剣師が魔剣を振り下ろしながら飛び掛かっていく。

 ユイは半身を開いて縦の斬撃を回避。同時に、左手の逆手に持ち替えた神鬼・霊風を下から上へ薙ぎ上げる。刃が、敵の腕ごと肩口を真っ二つに断ち割った。返す刀――その峰が、がら空きになった首と顎を痛打し、骨を砕く音と共に敵を吹き飛ばす。


「魔蛾王ゼバルの特殊部隊か何かのようね――」


 とユイは発言し、駆けた。


「「うあぁぁ」」

「しぬええっぇ」


 先頭の魔剣師が魔剣を突き出す、それを横に出ながら避け神鬼・霊風を振るう。

 <銀靱・壱>の斬撃が右足に決まる。ユイは斬った相手を見ず、前進し、次の魔剣師の薙ぎ払いを避け、神鬼・霊風で内股を仕掛けるように太股から脇腹をばっさりと斬り伏せる。


 別の魔剣師が突き出した魔剣。その刃を、ユイはなんと右手で掴み取った。

 悲鳴を上げる間もなく、腕を強く引かれて体勢を崩す魔剣師。そのがら空きの顎に、ユイは神鬼・霊風の鍔と柄頭を叩きつけて仰け反らせる。


「げえ」


 と漏れる呻き声ごと、追い打ちの掌底が顎を完全にへし折った。

 とどめは腹を抉るような左足刀。魔族は内臓を破裂させながら吹き飛んだ。

 そこに、二人の魔剣師がユイに斬りかかる。

 ユイは右手の神鬼・霊風を掲げ、上段斬りを防ぐ。

 左手の斗宿仙秘刀鶯を召喚し、その斗宿仙秘刀鶯の剣刃で、左上腕と下腕が持つ魔剣の突きを防ぐ。右にいた、魔剣師の右上腕の魔剣の切っ先がユイの首に向かう。


 ユイは、双眸を煌めかせ全身から膨大な<血魔力>を放出した。

 <血魔力>と白銀の魔力に包まれているユイの体に、無数の斬撃が突き刺さっていくように見えた。だが、実際に刃が触れると、まるで幻かのように霧と掻き消えていく。

 二人の斬撃が虚空を斬り、刃と刃の衝突の煌めきから二人の得物が弾かれていると分かる。

 魔剣師たちの驚愕に歪んだ顔から、<ベイカラの瞳>を活かした幻影と内側で繰り出される不可視の防御剣術が、彼らの認識を遥かに超えていることを雄弁に物語っていた。


 彼らの顔が驚愕に歪む。

 ユイはその、ほんのわずかな硬直を見逃さない。<刹魔獣功>を発動させた。

 全能力が爆発的に跳ね上がったユイは防御の得物を消す、加速状態から<舞斬>を繰り出した。ゼロコンマの領域で、次の一太刀が放たれるよりも速く、体が独楽のように回転していく最中、両手には再びイギル・ヴァイスナーの双剣が握られていた。

 相手の剣が、ユイの体に到達するよりも速く、その閃光と化した二対の聖剣が<血魔力>ごと消し飛ばすように、二人の魔剣師の腹を無慈悲に裂いていく。


 <死神ノ聖戦衣>を纏ったユイの体から、二つの相容れない力が同時に迸る。

 聖なる光の魔力が敵を浄化せんと煌めく傍らで、その光すら喰らい尽くすかのように、死神ベイカラの深淵の闇が渦巻いていた。

 光と闇。その矛盾を体現する光魔ルシヴァル<筆頭従者長(選ばれし眷属)>のユイはただ坂道を駆け、眼前の魔族たちを斬り伏せ続ける。


 その姿は、光と闇の剣術を魔界の世に示すように思えた。

 最後の魔族を斬り伏せたユイが顔を上げた。


 視線の先、宙空では、ヴィーネとレベッカが指揮官を追い詰めていた。


 ヴィーネの猛射を回避し続ける指揮官に、死角からレベッカの援護が突き刺さる。蒼炎弾、そして腕甲から射出された暗器刀キルシュナが、わずかな、しかし致命的な隙を作り出した。

 

「――レベッカ、ナイス」


 鋭い声と共に、彼女の姿が銀色の蝶の燐光に包まれて弾ける。

 ――<光魔銀蝶・武雷血>。

 神速じみた加速中に、得物を戦迅異剣コトナギとガドリセスに変化させている。

 指揮官に肉薄したヴィーネの白刃が一閃する。

 <白炎一ノ太刀>が指揮官を胴体から両断し、間髪入れず、逆手の剣による<神式・一点突>が、その心臓を正確に貫いていた。


 ユイが、こちらに向かって手を振るのが見えた。


『見ていたのなら分かると思うけど、敵の強襲偵察部隊を仕留めたから、魔蛾王ゼバルの手勢だと思う、こちらの様子を見つつ、吸血神ルグナド様と恐王ノクターの軍勢が戦わず停戦の兆しを察して、漁夫の利か、争いを煽るための横槍だったと推測できるけど、まだ伏兵がいるのなら、大規模な戦争に発展するのは確実よ』


「「おぉ」」


 ユイの血文字が俺の前で浮かびつつも、円卓の会場では、今の光魔ルシヴァルの<筆頭従者長(選ばれし眷属)>たちの活躍を見て感動しているように大歓声が起きている。


 吸血神ルグナド様の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>レカーも拍手をしていた。


「ふふ、光魔ルシヴァル<筆頭従者長(選ばれし眷属)>の活躍ですよ、皆さん」

「はい、ユイ、ヴィーネ、レベッカは強いですから」

「ん、レベッカも見事だと思う」


 キサラ、ビュシエ、エヴァの言葉を受けて、


「……光魔ルシヴァルの三戦姫……」


 レカーが呟く。

 彼女の部下たちも、畏怖を持って眺めている。


「ふむ」

「まさに……」

 

 すると、ユイの血文字の警告通り。

 ユイ、レベッカ、ヴィーネたちが勝利に安堵する視線の先、その左翼から、新たな敵――おびただしい数の大柄な魔族と、天を覆うほどの巨大な蛾の群れが出現する。

 だが、その絶望的な光景を切り裂いて、一本の赤い閃光が巨大な蛾の頭を正確に撃ち抜いた。


「あ! ルグナド様!!」


 と、それを見ていたレカーの声が響く。


続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。」1巻~20巻発売中。

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