千九百二十五話 神獣と鋼翼の円舞曲
山頂を吹き抜けていた冷たい風が止み、熱気と喧騒に満ちた広場へと戻った。
仲間たちの弾んだ声、時折響く金属音、そして巨大なホログラムが放つ微かな駆動音――それらが混じり合い、新たな計画が動き出したのだと肌で感じさせた。
ガードナーマリオルスが投影中の巨大な辺境用・中型戦闘巡洋艦のホログラムと、フォド・ワン・XーETAオービタルファイターは、やはり、皆も氣になるか。
ザガとボンは、まるで神の御技でも見るかのようにホログラムの継ぎ目や装甲の曲面を指でなぞるように追い、職人としての魂を焦がしている。
一方、ナリアとジスリは、その巨体がもたらすであろう戦術的優位性を脳内で計算するかのように鋭い視線で武装やエンジン部を交互に見据え、息を呑んでいた。
ハンカイが俺に氣付き、
「よう、これを試すのか」
「あぁ、まずは試運転かな」
仲間たちの会話がふと途切れ、いくつもの視線が熱を帯びて俺に注がれる。
それは疑いのない信頼、そして未来の全てを託すかのような期待の眼差しだった。
その重みを心地よい覚悟と共に受け止めて、その技術者たち――ミスティ、ザガ、ボン、そしてAIのイータとアクセルマギナへと向き直った。
「辺境用・中型戦闘巡洋艦の素材は問題ないんだよな」
「はい」
「砂城で貯め込んできた血鋼の出番だ」
「エンチャントゥ~」
ザガとボンがホログラムに駆け寄っていく。
アクセルマギナとイータが振り返り、
「マスター、もう一度、システム要求と素材適合率の分析し、素材は十分ありますが、分子レベルでの結合と再構築の部品生成は、現状の砂城タータイムの【鍛冶所】でも造るのは厳しいです」
と発言。ミスティも頷いて、
「……うん、こことここのパーツとか、分かる」
彼女が指差すのは、船体のフレームや動力炉を構成する、有機的な曲線を描くパーツだった。
「この部品の製造工程……通常の鍛冶や錬金術のレベルじゃ厳しい。今の私たちの設備では不可能」
ミスティの言葉に、
「肯定します。本艦の建造には、自己完結型の超精密生産設備が不可欠です。具体的には、ナノマシンによる自己増殖型プラント……通称『ナノプラント』の設置が最優先事項となります」
イータが淡々と告げる。
その言葉に戦闘型デバイスの報酬リストを再び宙に投影させた。
仲間たちが固唾を飲んで見守る中、指先でリストをスクロールする。
───────────────────────────────────
必要なエレニウム総蓄量:3,000,000:未完了
報酬:格納庫+900:自己増殖型ナノプラント・コアのホログラム設計図
───────────────────────────────────
「これだな」
「船を造るための工場を造る……それが最初の仕事になるのですね」
ヴィーネの言葉に頷いた。
「そのための鍵もここにある」
仲間たちを見渡した。その視線だけで、皆が次に何をすべきかを理解する。
「レベッカ、エヴァ、皆もだが、手持ちの極大魔石をもう少し入れちゃおうか。一個当たり一万以上は確実で、当たりなら十万超えも確実で、大当たりなら百万のエレニウムエネルギーが入っているかもだからな」
「うん、ケーゼンベルスの魔樹海で採取できるし、まだまだ【バーヴァイ城】には山ほどあるからね」
「ん」
「はい」
「入れましょう~」
レベッカとエヴァを皮切りに、仲間たちが次々とアイテムボックスから最高品質の極大魔石を取り出していく。
それらを受け取ると、一つ、また一つと、戦闘型デバイスの投入口へと納めていく。
エレニウム総蓄量のカウンターが、再び凄まじい勢いで回り始めた。
皆が見守る中、その数字は2,500,000を、2,800,000を、そしてついに――3,000,000の閾値を突破した。
高く澄んだチャイムの音がダモアヌン山に響き渡る。
報酬リストの「未完了」の文字が、「完了」へと変わり、眩い光を放った。
戦闘型デバイスの中心部から水晶のような輝きを放つ、新たなデータキューブのような物体が静かにせり上がってきた。
〝自己増殖型ナノプラント・コアのホログラム設計図〟。
すると、アクセルマギナが、「マスター、アクセスを開始します、宜しいでしょうか」
「勿論だ」
「分かりました」
「ピピピッ」
ガードナーマリオルスも返事をした。
アクセルマギナは、指先を伸ばし、データキューブに触れた。
途端に、ホログラムが一度ノイズに包まれ、より洗練された荘厳さすら感じさせる姿へと再構成された。
「マスター……これは……『自己増殖型プラント』とは……」
彼女自身の声に、これまでにはなかった響きが加わっている。
彼女の胸に輝く〝マスドレッドコア〟がデータキューブと共鳴し、眩い光を放つ。
アクセルマギナは裸に近い格好に変化。
右腕と体の一部を分解させ、金属の外骨格を露出させる。
背の皮膚と背骨の一部を露出する。無数の血肉と血管、筋肉とバイオコンピュータと繊維状の超LSIのような物が見えた。
分解させた細かな金属粒子を操作しつつ宙空に浮かばせていた。
口元と双眸に半透明な<魔声霊道>のような、有機的な貌を生み出して、メカニックスタイルに変化。渋い。
「――これは設計図であり、同時に私の中核システムを拡張する『創生コア』のようです。このコアを私自身のマスドレッドコアに統合することで、私がナノマシンを直接制御し、バトルクルーザーを建造する『自己増殖型プラント』そのものとなります」
「それはアクセルマギナの進化ということか。ナノテクノロジーの進化でもあると?」
「はい」
「IoBNT。インターネット・オブ・バイオ・ナノ・シングスの進化でもあるか」
「ミクロでは、はい。そうです」
「危険そうだが」
「ナノセキュリティーは厳重です。今回の進化でより出力が進化し、イータも加わることで、更なる防御層の構築が可能になりましたので、安心してください」
そうは言うが、拭い去れない不安が胸をよぎる。このナノテクノロジーの輝かしい可能性の裏に、かつての世界で見た悪夢の影を重ねてしまう。
人類が次の進化段階、すなわち『トランスヒューマニズム』へと移行する――その甘い言葉の裏で何が行われていたか。
脳をクラウドに接続し、人間とAIを融合させる。それは聞こえは良いが、人の精神を外部から支配するための扉だった。
俺のいた世界では、IoBNT、生体ナノ技術のネットワーク化は既に現実のものだった。
個人のDNA情報から固有の「共鳴周波数」を割り出し、見えないエネルギーで特定の個人だけを狙い撃ちにする――そんな空想のような『TI』、テクノロジー犯罪が水面下で確立されていた事実を、かつての世界でどれだけの人間が知っていたか。
PCR検査が本当はなんのために行われていたのか。あの膨大な遺伝子情報、個人のDNAという究極のビッグデータが、今頃どこの誰に渡っているのかを、ほとんどの人間は想像すらしない。
あの悪名高いワクチン騒動も、根は同じ。
核心技術であるmRNA送達ナノテクノロジーは、遺伝子治療という人の根幹に触れる研究分野に直結していた
公開された特許の裏に、『営業秘密』として本当の成分は隠される。その中身が血液脳関門(BBB)を越え、脳に蓄積しないなどと、誰が保証できた?
この二重構造こそが、彼らの独占と支配の源泉だった。
結局は、善意の医療や人類の発展という大義名分も、金儲けと、その先にある選民思想に行き着く。一部の富める者だけが管理されながら生き残り、それ以外は不要なものとして削減される。それはまさに、世界を牛耳ろうとする者たちが描いた『グローバルな支配アジェンダ』の実現に他ならなかった。
多くの者は真実を知ろうとせず、思考を止めた者から見えない鎖に繋がれていった。
あの無関心と諦めが招いた結末を、俺は知っている。だからこそ、この世界で同じ過ちを繰り返すわけにはいかないんだ。
「マスター? 仮に私が電脳戦で敗れても、マスターの精神力と超高度な遺産高神経ならば対処可能です。ご安心を」
アクセルマギナの言葉に安心感を覚える。
「あぁ、すまん、続けてくれ」
「はい、今まで通り、人工知能、サポートAIは変わらず、辺境用・中型戦闘巡洋艦の母体の人工知能になりましたが……」
AIから、バトルクルーザー建造計画の母体となる存在か。
「何か必要とか?」
「はい、創生コアの本格稼働には、この惑星固有の環境データと、高純度の触媒となる宇宙由来の物質が必要です。フォド・ワン・XーETAオービタルファイターによる、高高度、及び大気圏外でのデータ収集任務を推奨します」
「お~、宇宙に出るってことだな」
「はい」
「「おぉ~」」
「では、アクセルマギナとイータ、出撃準備といこうか」
「分かりました。簡易的なカタパルトを組み上げます。ミスティとエヴァ、金属をここに並べて頂けますか。また、イータも共に、宜しいですね?」
「はい、急ぎましょう」
「ん、分かった」
「了解、大量にあるけど、なんでも大丈夫?」
「あ、はい。白皇鋼も大量にはあるとは思いますが、貴重なので、豊富にある金属だけで大丈夫です。勿論、このダモアヌン山で採取したばかりの鉱物を精錬した物でも構いません」
「了解」
アクセルマギナの指揮の下、仲間たちとの連携作業は驚くほど速やかに進んだ。
数十分も経たないうちに、ダモアヌン山の広場には雄大な仮設カタパルトがその姿を現した。
更に、アクセルマギナは、細かな金属粒子を操作しつつ、両手の指から半透明な無数の指を構築し、半透明なキーボードを出現させ、無数の打ち込みを行い、
「――マスター、ETA端末ロッドの使用は現時点では使わないほうが良いでしょう。敵対している宇宙海賊のバルスカル、更に、守護者サヴェト卿の【沈黙の騎士団】とバードゥー伯爵のような銀河帝国の連中をおびき寄せる結果になると思いますので」
「あぁ、そうだな」
そして、白く流麗な機体のフォド・ワン・XーETAオービタルファイター。がカタパルトに設置されると、
「マスター、タイタンウィングを付けますか?」
「おう、付けちゃおう」
タイタンウィングが戦闘型デバイスのアイテムボックスから出した。アクセルマギナは片腕から無数の金属粒子を出して、それらをタイタンウィングに付けていくと、専用のクレーンのような物を構築し、フォド・ワン・XーETAオービタルファイターにタイタンウィングを装着していく。
数分で、フォド・ワン・XーETAオービタルファイターに〝タイタンウィング〟が装着された。
そこに「ピピピッ」と音を発したガードナーマリオルスが、フォド・ワン・XーETAオービタルファイターの翼近くの穴に入り込むように合体した。
ガードナーマリオルスは丸い頭部から出たカメラアイが伸びて縮む。
アクセルマギナは汎用戦闘型に戻り、
「マスター準備完了です。乗り込んでください」
「了解、副操縦士の席もあるが、アクセルマギナも乗るのかな」
「あ、汎用戦闘型としても乗り込めますが、イータと共に触れば、フォド・ワン・XーETAオービタルファイターの内部と同一化することも可能です。ですから自由に銀河戦士を選んでください」
「ンン、にゃ~」
高所恐怖症のヴィーネだが、そのヴィーネに、
「分かった。なら相棒とヴィーネ乗ってみるか?」
「え!」
「にゃ~」
ヴィーネが嬉しそうに驚く。
黒猫は肩に乗ってきた。
そのままヴィーネの蠱惑的な銀色の瞳を見ては、
「俺も、少し不安だが、ヴィーネ、共に初めての体感を得ないか? できたら、一緒に空に行ってほしい」
「はい!!」
嬉しがるヴィーネの手を掴んだ。
フォド・ワン・XーETAオービタルファイターに移動した。自動的にコックピットが開く。
相棒を肩に乗せたまま、ヴィーネと共に乗り込んだ。
「にゃおぉ~」
黒猫はコックピットと翼の間の穴にはまって回っているガードナーマリオルスを見て、透明装甲の硝子面に肉球をぷにっと押し当てていた。
「イータ、最終チェックを」
「全システム、グリーン。いつでも出撃可能です、マスター――」
コクピットのコンソールに、分かりやすくホログラムとして浮かぶAIイータの姿はリアルだから魅惑的だ。
そして、その冷静な声に応え、操縦桿を握りしめた。
黒猫も「ンン」と鳴いて操縦桿に前足を乗せてきた。
「相棒、今度操作させてやるからな」
「ンン」
かすかな喉声の返事を寄越した相棒は、尻尾で俺の首筋をくすぐると、点滅するパネルの計器類を興味深そうに見つめている。
後部座席に座ったヴィーネも、この異次元の技術を見届けようと、皆を代表する氣持ちなのか、固唾を飲んで見守っていた。
外にいるアクセルマギナがフォド・ワン・XーETAオービタルファイターに触れると消えた。
パネルの一部に戦闘型デバイスのメーターが点滅し、そこにアクセルマギナとガードナーマリオルスとイータの簡易的なホログラムが浮かんだ。
コックピットの硝子越しの近くにガードナーマリオルスの頭部だけがクルクルと回っているのは見えている。ホログラムも同じように連動して回っていた。
すると、カタパルトが自動的に上がり、眼下にゴルディクス大砂漠の絶景が広がる。
ホログラムのイータが、
「いつでも出られます。操縦桿、ペダル、思念操作、どれも可能」
「分かった。アクセルマギナ、イータ、発進する!」
ゴッという鈍い衝撃と共に、機体がカタパルトから射出されるのが分かった。窓の外の景色が瞬時に後方へ消し飛ぶが、不思議なことに、身体にかかるGは、かすか。
Gメーターの針が大きく振り切れているにもかかわらずだ。
これがイータの誇る慣性制御システムか。凄まじい加速Gを完全に相殺している。
視界の景色が暴力的な速度で後方へ飛び去り、フォド・ワン・XーETAオービタルファイターは空へと射出された。
もうかなりの高度――旋回を意識すると、旋回――。
ダモアヌン山の判別はできない。
ゴルディクス大砂漠は見えているがマハハイム山脈の長さが分かる、そして、南マハハイム地方と大海もかなりの大きさ――。
「コックピットの硝子面ですが、外しても、魔力の防壁が展開されるので、風を感じることも可能です。なお宇宙空間では、真空ですので、光魔ルシヴァルなら大丈夫かと思いますが、<無方南華>と<無方剛柔>のスキルがあれば安心できるはず」
「へぇ、分かった。では、このまま普通に飛行してから、硝子面を外そう」
「はい――」
と、フォド・ワン・XーETAオービタルファイターで高高度を飛行していく。
南マハハイム地方の大陸は一瞬で違う大陸に変化した。未知の世界、惑星セラも大きさが分かる。
硝子越しにヴィーネが「す、すごい、あの大陸に海、山……ゴルディクス大砂漠のような砂漠が他にも……海もあります……なんという……」
感動している、分かる。俺もだ。
下の他の大陸を見て、興奮しないわけがない。
暫くそんな調子で空旅を堪能した。
「ヴィーネ、硝子面をあけていいかな」
「あ、はい」
そこで、硝子面を外してみた。
本当にわずかな風を感じる程度――。
空を飛ぶオープンカーのフォド・ワン・XーETAオービタルファイターとか、最高か――。
遠くに棚引く雲――。
太陽の日射しが凄まじいが、暖かさしかない。
雲の中に突入すると、水蒸氣に満ちて川を進んでいる氣分となったが、《水流操作》は必要なく、フォド・ワン・XーETAオービタルファイターから放出される魔力壁のおかげで、水蒸氣は感じない。
雲を出た蒼穹の海原を突き進む。
遠くに巨大な鯨が連隊飛行している。
更にドラゴン系と空飛ぶゴリラモンスター連隊が見えたが、関わらないように飛行していく。
すると、黒猫が、せり出して、風を感じるように小鼻をヒクヒクさせた。
空旅に刺激を受けたようだな。
「ンンンッ!」
と、いつのまにか跳んでいた。
一瞬、黒猫は消えたように見えたが、巨大化し、神獣ロロディーヌと成った。
グリフォン系の姿は凜々しい。
フォド・ワン・XーETAオービタルファイターと並び、悠々と飛翔する。
次の瞬間、巨体からは想像もつかないほどの速度で加速し、眼前に躍り出た。
「にゃごぉぉぉ~」
嬉しそうな氣合い溢れる声を響かせる。
フォド・ワン・XーETAオービタルファイターが少し揺れた。
「わああ」
ヴィーネが慌てた声を発した。
振動は少し怖いか。相棒も力強い咆哮だな。
「はは、相棒、ヴィーネを怖がらせるなよ~」
「ンンン」
喉声のみの返事。
漆黒の毛並みは神々しいまでの艶を放っているロロディーヌ。
背からは雄大な翼が広げられている。
巨体は天を突くほどの神獣ロロディーヌを見るだけでも楽しかった。
その神獣は、
「にゃごぉぉぉっ!」
と、鋼の翼への対抗心を燃やしている?
加速して先を飛翔していく。
巨体からは想像もつかないほどの速度だ。
俺たちのイータを越えた。
ロロディーヌは尻尾を真っ直ぐあげて飛翔しているから、巨大な肛門が丸見えだった。
その神獣は太い触手の一つを伸ばし、フォド・ワン・XーETAオービタルファイターを触ってくる。
揺れるフォド・ワン・XーETAオービタルファイター――。
「あぁぁ~」
ヴィーネがまたも怖がった。
なんか、その声が面白い。
すると、神獣が触手の一つを離し、加速して、前方に向かう。
「レースをするつもりか? 面白い!」
コックピットの硝子面を展開し直し、フォド・ワン・XーETAオービタルファイターの出力を強めて加速した。
ハイテクノロジーの戦闘機と神話の獣が――壮大な編隊を組んで空を駆ける。
眼下の雲を切り裂き、俺たちはどこまでも続く蒼穹の、更にその先を目指した。
副操縦士の席にいるヴィーネも落ち着いたか、
「ふふ、ロロ様も楽しそうです」
「あぁ、相棒は空旅が大好きだからな」
「はい」
すると、神獣が上昇。
宇宙に出るつもりか。俺もフォド・ワン・XーETAオービタルファイターの高度を上昇させた。
「ヴィーネ、宇宙に出る」
「え、は、はい」
「大丈夫だ」
「はい、ふふ、宇宙、最後のフロンティアですね」
「あぁ、その通り」
空の青は深い藍色へ、そして完全な漆黒へと変わる。
惑星セラの衛星軌道。眼下には、青と白のマーブル模様を描く美しい故郷が浮かんでいた。
「これが……宇宙……」
ヴィーネが、息を呑む。
俺たちの視線の先には、もう一つの壮麗な光景が広がっていた。
――破壊された月の残骸が、星々の光を浴びて宝石のようにきらめく環となり、惑星を静かに周回している。
「美しい……ですが、なんと物悲しい光景でしょう双月神様、大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様……」
「そうだな、かつてこの宇宙に、二つ月があった証拠、ウラニリ様の涙の跡だ」
俺の言葉に、人工知能イータが、
「――分析データ照合。神話体系に記録される双月神ウラニリ、大月の神の神々との戦争で負けた消滅時期と、このデブリ帯の形成時期は誤差なく一致します。次元の歪みも、かつてこの宙域で、次元の重なりと、複数の神格存在による超高エネルギーの衝突があったことを示唆しています』
冷静な解説を加える。
神々の戦いの痕跡が、数万年、数億年の時を超えて、今もなお静かに空に刻まれている。
その事実が、俺たちの旅路の壮大さを改めて物語っていた。
しばし、その光景に見入った後――。
恒星の眩しさを感じながら、深宇宙へと機首を向けた。
イータとアクセルマギナが航行データを表示し、視界にナパーム恒星系の天体図を重ね合わせる。
やがて、巨大なリングを持つ巨大岩石惑星がその荘厳な姿を現した。
「――目標天体、ナパーム恒星系第三惑星。高重力、メタン主成分の大気。生命反応は確認されませんが、地殻に高純度の希少金属鉱脈を探知。将来の資源採掘候補としてデータを記録します」
その時だった。
突如、機内の警報がけたたましく鳴り響く。
「マスター! 前方宙域に高エネルギー反応! 正体不明のオブジェクトが急速接近中!」
警告と同時に、前方の暗闇から何かが姿を現した。
以前、宇宙遊泳時に遠目で目撃した、あの怪物だ。樹脂が白化したような独特の皮膚を持つ、巨大なエイリアン型モンスター。その母体の周囲には、無数の小型エイリアンがまるで戦闘機のように付き従っている。
神獣ロロディーヌが、隣で音なき咆哮を上げるように、威嚇の形相で大きく口を開いていた。
高高度、宇宙空間だから音は響かない。
モンスターは明確な敵意を持って、こちらへと向かってくる。
「イータとアクセルマギナ、戦闘準備! ヴィーネも落ち着いて見ていろ」
「はい!」
機体が静かに戦闘モードへと移行した。
コクピットのコンソールに表示される情報が戦闘用のものに切り替わる。
機体下部のウェポンベイが開いた。
「ETA統合制御型連装ビーム機関砲、エネルギー充填完了。いつでも撃てます。思念と操縦桿は連携しています」
「了解した、人差し指のボタン、引き金を引けばビームかな、機銃は横のボタンか」
「はい」
初の本格的な宇宙戦闘――。
俺たちの新たな翼が、今、試される時が来た。
先手を取ったのは神獣ロロディーヌ。
咆哮は聞こえないが、口から圧縮された紅蓮の炎が極太の光柱となって解き放たれる。
真空の宇宙空間で、音もなく広がる業火が、先行していた小型エイリアンの編隊を飲み込んだ。
樹脂のような外皮が瞬時に溶解し、数機が塵となって宇宙に散る。
だが、敵の数は多い。
炎の壁を回り込むようにして、残りの小型エイリアンが弾幕を形成しながらこちらへ殺到してくる。無数の光弾が、雨のように降り注いだ。
自然と、操縦桿を傾けた。避けたが、
「上手い! マスター、自動的に回避行動に移ることもできます。マスターは照準に専念もできますし、コントロールにも専念が可能です」
「分担も可能です。ヴィーネも後部ミサイルユニット、機銃コントロールは可能。私も一部の機銃をコントロールできます」
「了解した。ヴィーネとイータ、アクセルマギナは、後部の攻撃ユニットを操作、前面の機銃など、操作は、俺に任せて、至らないところは補佐、コントロールをしてくれ」
「「分かりました」」
「はい!」
フォド・ワン・XーETAオービタルファイターの機体が、まるで生きているかのように滑らかな軌道を描く――。
急旋回や回避機動を行っているはずなのに、身体にかかるGはほとんどない。まるで機体そのものが自分の肉体になったかのように、思考と動きが直結している。これが慣性制御システムか。おかげで、純粋に敵を捉えることだけに集中できる。
光弾の嵐の中を、紙一重ですり抜けていく。
操縦桿の引き金を押し込むと、イータの翼下から二条のビームが放たれる。
メーターが目まぐるしく動いた。
レーザーのように一直線に伸び、小型エイリアンの編隊を正確に貫いた。連鎖的に起こる爆発が、漆黒の宇宙にいくつもの花を咲かせる。
「凄い!」
「イータ、アクセルマギナ、ヴィーネ、次は、右翼の敵集団を叩く! 武器を斉射!」
「「ハッ」」
「はい!」
指示に応えて、ミサイルユニットからミサイルとビーム砲と機関銃のような魔弾が放射されていく。
更に、相棒も見逃すはずもなかった。
紅蓮の炎を吐いた。
更に、反動を利用して巨体を反転させると、無数の触手を伸ばし、その先端から鋭い骨剣を射出する。骨の弾幕が、混乱する敵編隊の残りを的確に撃ち抜いていった。
ハイテクノロジーの戦闘機と神話の獣。
その有り得ないはずの連携が、完璧な調和をもって宇宙空間で展開された。
まさに、神獣と鋼翼の円舞曲だ――。
「――敵エイリアン母艦、主砲発射準備! 高エネルギー反応、来ます!」
イータの警告と同時に――。
母体エイリアンの発光する前部が、恒星のように眩い光を放ち始めた。
先ほどの小型機の光弾とは比較にならない、惑星の地表すら抉りかねないほどの莫大なエネルギーが収束していく。
――狙いはわかっている――。
イータの管制システムに自らの感覚を直結させ、<刹那ノ極意>を意識した。
世界の時間が引き延ばされ、収束していくエネルギーの、その中心核にある僅かな揺らぎ――因果の綻びが見えた。
「イータ、アクセルマギナ、全エネルギーを主砲に回せ! ヴィーネも俺に合わせろ! 相棒も聞こえているか分からないが――」
「――インテグレート・ツイン・ビームオートカノン、最大出力!」
フォド・ワン・XーETAオービタルファイターのビームと、相棒も紅蓮の炎。
二つの破壊の奔流が、螺旋を描きながら一つになる。
その光の槍の照準を、敵のエネルギーが最大に達する、無限にゼロに近い〝刹那〟の一点に寸分の狂いもなく合わせ、
「――穿てッ!」
放たれた一撃は、もはや光ではなかった。
それは宇宙の法則そのものを捻じ曲げるかのような、純粋な破壊の意志。
敵の主砲が放たれる刹那――。
俺たちの一撃はエネルギーの奔流を逆流するように突き進み、母体エイリアンの発光する前部――その核を、内側から完全に粉砕した。
――音のない絶叫。
母体エイリアンは、その巨体を痙攣させると、内破するようにして光の塵へと変わっていった。
後に残されたのは絶対的な静寂と、勝利を告げるように静かに点滅するイータのコンソールだけだった。
「……やったか」
呟きに、イータが冷静な分析結果を報告する。
「敵性反応、完全に消失。生態データ及び生体物質サンプルの収集に成功しました。戦闘型デバイスにも転送を開始します」
戦果は上々だ。安堵の息をついてから高度を下げていく。
ロロディーヌに寄った。指先を下に動かし、翼をかくっと下に動かした。
ロロディーヌは頷くような素振りを見せる。
戦場となった宙域を後にし、青く輝く故郷――惑星セラへと機首を向けた。
眼下には、青と白のマーブル模様を描く巨大な故郷が静かに横たわっている。イータが航路図を硝子面に投影し、赤いラインが惑星の縁から我々の目的地であるダモアヌン山へと緩やかな弧を描いた。
「マスター、これより惑星セラ大気圏への突入シークエンスを開始します。目標降下ポイント、マハハイム地方ダモアヌン山。軌道、西から東への順行軌道を選択」
イータの冷静な声が響く。計器の高度表示が目まぐるしく数字を減らしていく。500km、400km。
イータは、
「突入境界線まで5秒――三、二、一、今!」
高度150km。機体がかすかに震えた。
窓の外に光の粒子が糸を引くように現れるが、瞬く間に幾何学的な紋様を描き始め、機体は万華鏡のような光のトンネルへと突入していく。
イータの横にいるホログラムのアクセルマギナが、
「エーテル・リアクタンス効果の始まりです――」
と告げた。
アクセルマギナに、
「エーテル・リアクタンス効果とは?」
「高密度の魔素(マナ、またはエーテル)を含む大氣圏に対し、強力な魔力フィールドを持つ機体が超高速で突入すると、運動エネルギー、摩擦は単純な熱エネルギーに変換されるだけではないのです。一部は直接魔力エネルギーへと変換され、周囲の大気魔素を励起させる。これを『エーテル・リアクタンス効果』と呼びます」
「へぇ、この宇宙次元、独自の物理法則か……」
「そのような……凄いです」
ヴィーネも感心しているが、俺もだ。
機体と大氣の魔素が共鳴して、運動エネルギーを魔力に変換しているんだからな。
「霊子圏を通過中。魔力防壁出力40%に上昇。慣性制御システム、正常作動」
突入からわずか30秒。高度120km。物理的な衝撃音に混じって、ガラスの風鈴を束ねて激しく鳴らすような、甲高くも美しい魔響音がコクピットを満たし始めた。
窓の外は、無数の光の結晶が砕け散りながら流れていく奔流と化している。
「最大負荷領域に到達! 灼熱回廊を通過します!」
高度90km。速度マッハ15。Gメーターは7.5Gを指すが、慣性制御システムが完全にそれを相殺している。だが、問題はGではなかった。
窓の外は、もはや光の嵐ではない。砕かれたステンドグラスの破片が猛烈な速度で流れる光の川だ。大氣に満ちる魔素が機体との摩擦で励起され、悲鳴を上げながら光の結晶と化している?
高天の太陽光がその無数の結晶に乱反射し、コクピット内が一瞬、虹色の光で満たされた。
キィィィン――。
という空間そのものが歌っているかのような魔響音が思考を揺さぶり、魔力防壁は熱だけでなく、この魔力的な奔流そのものを安定させるために100%の出力で明滅している。
俺自身の魔力も、機体の制御システムと共鳴し、荒れ狂うエーテルの流れを鎮めるために意識を集中させた。
悪夢のようでありながら、神々しいとすら思える90秒が過ぎ、高度70kmを突破したあたりで、嘘のように魔響音と振動が遠のいていく。
大気圏を越え、高高度を一気に降りていく――。
光の結晶の奔流が薄れ、窓の外に深い、深い藍色の空が姿を現した。
「灼熱回廊を突破。機体、正常です。慣性制御システムの出力も安定値に戻ります」
プラズマの結晶が完全に消え、眼下に広がるのは、南マハハイム地方とマハハイム山脈にゴルディクス大砂漠。
後部座席から、ヴィーネが感嘆の声を漏らすのが聞こえた。
空旅に大丈夫そうな高度で、硝子面を開け、コックピットで立ち上がりながら、「ロロディーヌ、大丈夫だったよな?」
「にゃごぉぉ~」
大きい口を晒すように神獣は鳴いた。
喉ちんこと真っ白い歯牙に、大きい舌を見ながら、相棒が好きな魚の臭いをまともに受けた――臭いが、可愛いからいっか。
ヴィーネも、
「ふふ、ロロ様、大活躍でしたね~」
「ンン~」
神獣は大きい体から小さい触手を無数に出して、ヴィーネに絡ませていくと、ヴィーネを副操縦士から奪取するように、「あぅ」とヴィーネを己の頭部に運んでいた。
神獣は頭部を伸ばすようにフォド・ワン・XーETAオービタルファイターのコックピットに近づけてきた。
腕を伸ばし、その神獣ロロディーヌの首筋辺りの黒い毛を撫でた。
相棒は、少し頭部を上向かせた。〝ここを掻け〟と言わんばかりの態度だが、そこがまたいい。
ふさふさな毛と肌を撫でていくと、満足げに喉を鳴らしていく。相棒ちゃんは可愛い。
しかし、宇宙での戦いか。
まだ、ほんの序曲に過ぎない予感がある。銀河帝国の連中が、この深宇宙のどこかで暗躍しているんだろうな。塔烈中立都市セナアプアにいるビーサに、魔界で俺たちの領域で活動してくれているレガナにも伝えないとな。
長大なマハハイム山脈に沿って北上していく。
あの山々の何処かに、アキレス師匠のいるゴルディーバの里がある。今から探せば見つかるかもしれない――そんな思いが胸をよぎる。
すると、俺の心を読むかのように、先を飛ぶロロディーヌも時折クンと鼻を鳴らしては、懐かしむように山脈の方へ視線を向ける仕草を見せた。だが、感傷に浸る間もなく、機はすでにゴルディクス大砂漠の上空へと差し掛かっていた。「ンンン」と喉声を鳴らす神獣は先を飛翔した。山脈の陰影と蒼穹に、アキレス師匠やレファにラグレン、ラビさんの顔が映ったような氣がした。
だが、気持ちを振り払うように、そしてヴィーネを乗せて先導する相棒に応えるように、再び操縦桿をぐっと握り直した。
やがて前方に、目的地であるダモアヌン山がその姿を現す。
さて、ダモアヌン山に凱旋だ――。
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