千九百二十二話 塩の砂漠の死闘、八星瘴陰剣法の使い手ザンゲツ
足元の砂が、ガラス質にも似た塩の結晶へと変貌している。
一歩踏み出すごとに、ジャリと不快な音を立てて砕ける結晶が足を取る。無数に突き出たその切っ先が前進を阻んでいた。
途中から<武行氣>による低空飛行を混ぜ、跳ぶように砂場を利用し、前に移動した。視線の先、激しい剣戟の音。ルリゼゼに近づく――。
こちらの接近に逸早く氣付いたルリゼゼが、
「!? ルシヴァルの友!!」
と叫ぶ。対する四眼四腕の魔族も「!?」と驚愕の表情を浮かべたが、その四腕の猛攻は止まらない。ルリゼゼの直刀剣と朱色の曲剣刃の斬撃を弾いた二眼四腕の魔族は距離を取った。
「ヴィーネ、相棒――」
「はい!」
「にゃお」
前傾姿勢のまま<ブリンク・ステップ>で魔人とルリゼゼの間に割り込む。
<握吸>と<勁力槍>を発動。
握る力を強めた魔槍杖バルドークの穂先を、二眼四腕の魔族へと向けつつ半身で、ルリゼゼを見て、
「ルリゼゼ、久しぶりだ」
「あぁ! 強者シュウヤ! まさかここで再会するとはな!」
「おう、で、敵の魔族たちは『犀湖十侠魔人』か? 三紗理連盟などの闇ギルド連中かな」
「『犀湖十侠魔人』の連中、樹沙魔塩と神沙塩の元締め。八星白陰剣法の魔剣を扱う。私は砂漠都市ゴザートで神沙塩と樹沙魔塩の採取の依頼を受けていた」
「了解した」
「お前らそいつの仲間か――」
二眼四腕の魔剣師が魔剣を突き出してくる。
その魔剣を魔槍杖バルドークの穂先で叩くように防いだ。
甲高い金属音が響く、続けての、突きと払いの連続攻撃を――中段受けの要領で動かした魔槍杖バルドークの螻蛄首と柄で防ぐ。紫と漆黒の魔力がぶつかり合い、激しい火花を散らした。
「ンン――」
相棒の数十の触手が魔族に殺到する。
その先端から放たれた骨剣の嵐を、奴はまるで戯れのように四本の魔剣で弾き、あるいは最小限の動きで避けていく。
更に、ヴィーネが放った光線の矢を避け、風朧の霊弓の風の矢を、振るった魔剣で切断。
エヴァが操る白皇鋼の刃が変幻自在に襲いかかるが、奴は紫黒の魔力を剣に纏わせ、こともなげに弾き返す。レベッカの蒼炎とサラの<赤竜ヴァルカの源>を乗せた連携斬撃ですら、奴は先の先を読んでいるかのように柳に風と受け流す。こちらの全力を見透かされているかのようだ。
ヴィーネは宙空に飛翔し、死角を狙う。
死角から放たれたヴィーネの光矢すら、奴はまるで背に目があるかのように、あるいは邪魔な虫を払うかのように、無造作な一振りで切り捨てた。
エヴァの刃が甲高い音を立てて弾かれ、レベッカとサラの連携さえも紫黒の魔力が渦を巻くようにして絡め取り、その威力を殺していく。
強い、眷族たちの猛攻が、こうも容易く捌かれるとは。
背後には、あの傘の魔術師も控えている。厄介な状況。
傘のような武器を使い、レベッカの蒼炎弾を防ぐ。
更に、指先から漆黒と風と雷と炎の魔弾を飛ばして、皆に攻撃を加えていく。
相棒とヴィーネの攻撃を防いだ二眼四腕の魔族に、
「お前たちも『犀湖十侠魔人』だな」
「その通り、お前たちも樹沙魔塩の権益が望みか――」
二眼四腕の魔族は魔剣から紫と漆黒の魔刃を飛ばしてきた。
それを横に飛んで避ける。
「させません――」
紫と漆黒の魔刃を飛ばしてきた二眼四腕の魔族に、ヴィーネの光線の矢が数本向かうが、二眼四腕の魔族は、俺を見ながら上腕の手の魔剣を上下左右に動かし、光線の矢を見ずに細断していた。
キサラとカルードが、他の犀湖十侠魔人と打ち合っているのが視界の端に映る。
そこへ、人族の黒装束たちから無数の短剣と棒手裏剣が放たれた。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を瞬時に右へ召喚し、その大きい駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>で、飛来する凶刃からルリゼゼごと身を守る。
刹那、黒豹が二眼四腕の魔族の攻撃を止め、黒装束の剣士たちへと「にゃごぁ」と猛々しい咆哮と共に紅蓮の炎を吐いて、紅蓮の炎に巻きこまれた敵は一瞬で、消し炭と化した。
「チッ」
と舌打ちをした二眼四腕の魔族は、ヴィーネの光線の矢を避けながら、俺との間合いを詰めて、魔剣を突き出してくる。
剣術系だが、槍に応用できる覚えたばかりの<仙式・流水架>を構えた。
<夜行ノ槍業・弐式>のカウンター技を狙う。
そんな二眼四腕の魔族にエヴァのサージロンの球が向かった。
二眼四腕の魔族は俺への攻撃を止め、体を左に開く動きから右上腕の魔剣を上に向け、二つのサージロンの球を跳ね返す。その魔族へと、レベッカの<光魔蒼炎・血霊玉>が向かった。
二眼四腕の魔族は、「次から次へと!」と叫び、地面を蹴り、斜め左に跳躍――。
体から魔力を噴出させた側転機動でレベッカの<光魔蒼炎・血霊玉>の蒼炎の勾玉を避け、エヴァのサージロンの球と白皇鋼の金属の刃を避けていくと胸元が光った。
その光は魔弾――。
魔弾を繰り出せたのは、胸元のネックレスからか――。
横に移動し、魔弾を避けた。
右の黒装束の魔剣師が、俺に向け「ザンゲツ様を――」と叫びつつ魔剣から風の刃を生み出してきた。
風の刃を魔槍杖バルドークで防ぐ。
風の刃を生み出した黒装束の魔剣師が突如として吹き飛んだ。
横から伸びたキュベラスの魔刃に切り裂かれていく。
そのキュベラスの<魔血晶ノ礫>の細かな魔宝石の刃が、周囲の黒装束の兵士たちに降り注ぎ、その体を蜂の巣にしていく。
キュベラスは赤い魔刃を伸ばしている魔杖から<天地の霊気>を乗せた魔刃も繰り出した。
その魔刃で黒装束の魔剣師の得物を弾くと、そこに間合いを詰めていたカルードが見えた。カルードの流剣フライソーが、その相手の腹を抉るように斬る。
黒装束の魔剣師の腹を両断して倒した。
ハンカイも金剛樹の斧を振るいながら「吹き飛べ――」と突っ込む。
豪快な振り下ろしの一撃は、黒装束を来た魔剣師の頭部と体を潰すように倒した。ハンカイは「お前らの相手は俺がする!!!」と<発豪武波>を発動。
更に<大地共鳴・武装化>と<炎塊岩ノ強化>を発動したハンカイ。
鎧が分厚く強固になった。
飛来した飛び道具を寄せ付けない。
そこに、
「あのドワーフめが!」
「数で倒せ――」
「「「おう」」」
黒装束の魔剣師たちは槍衾を形成し、ハンカイに突っ込む。
金剛樹の斧を両手で握り直したハンカイは、<巌剛斧・連牙把>を使い、金剛樹の斧を新・金剛樹の斧に変化させ、〝龍牙の槍頭〟を付けると、カルードたちに遅れて、突撃を開始するように、新・金剛樹の斧を振るい、黒装束の魔剣師たちを薙ぎ払っていく。
こちらの強襲は想定外だったのだろう、敵の陣形に明らかな動揺が走るのが見て取れた。
「シュウヤと皆も、昔以上の動きだな」
「おう、話は後だ! 生き延びるぞ――」
「……ふん、誰に言っている!」
ルリゼゼは四本の剣を構え直し、飛来した棒手裏剣を二つの直刀剣で防ぐ。そこで、ヴィーネたちを見て、黒装束の兵士が多い「右から頼む、骨の香炉を破壊してもいい」と指示を出すと、
「はい」
「「了解」」
「ハッ」
その指示を受け、ヴィーネが頷き、四つの影が本隊の乱戦から離脱し、目標である『穢れの骨香炉』へと向かうのが視界の端に映った。
二眼四腕の魔族が、
「お前ら――」
胸元を光らせ、魔弾を寄越す。
その魔弾を見るように<闇透纏視>と<霊魔・開目>を発動。
更に、<闘気玄装>を強めて<雷光瞬槍>を発動させ、加速し、右斜め前に出て魔弾を避けた。俺がいた砂地と、塩地は重機関銃を受けたように弾ける。
と、一瞬にして間合いを詰めてきた二眼四腕の魔族――。
「加速系スキルか――」
と言いながら右上腕の魔剣を突き出す。
それを魔槍杖バルドークの柄で受け、左手に召喚した仙王槍スーウィンで、<刃翔刹穿・刹>を返す。
紫と漆黒の魔力を纏う魔剣と衝突した仙王槍スーウィンの<刃翔刹穿・刹>は防がれた。二眼四腕の魔族は左下腕の魔剣の突きを繰り出し、その突きを魔槍杖バルドークの柄で防ぎ、右に出ながら、下から斜め右上に向かう<龍豪閃>を仙王槍スーウィンで繰り出すが、それは左に移動し、避けられる。
二眼四腕の魔族は、二つの瞳を愉しげに細める。
と、まるで踊るような体捌きで反撃に転じてきた。
空を切る音が違う。
上段から二本、下段から一本、そして死角となる脇から一本。四本の魔剣が、それぞれ独立した生き物のように襲い掛かる。
キンッ、ガギンッ! 鼓膜を劈くような金属音が鳴り響き、衝撃で両腕が痺れた。迸る火花が周囲の塩の結晶を照らし、斬撃の風圧が砂塵を巻き上げる。鼻腔を突くのは、金属の焼ける匂いと、この地の塩の香りだ。
一撃が重い。だが、それ以上に厄介なのは、その剣筋の多様さか。
防御に意識を割けば、別の角度から致命的な一撃が滑り込んでくる。
息もできないほどの剣戟の応酬――。
右下腕の魔剣による薙ぎを仙王槍で弾けば、即座に左上腕の剣が突き出される。
それを魔槍杖の螻蛄首で絡め取るが好機と見たか、がら空きになった胴へ残る二本の魔剣が突きと斬撃を同時に繰り出してきた。
<血道第三・開門>――<血液加速>。全身の血流を加速させ、紙一重で後方へ跳躍する。
直前まで立っていた空間を、紫と漆黒の斬閃が十字に切り裂いた。
足元の塩の結晶が細かく砕け、キラキラと舞うのが見えた。
「今のを避ける……名を聞いておこうか」
落ち着いた男の声。
四本の魔剣をゆらりと構え直している。
「シュウヤ、お前は?」
「ザンゲツ」
「ザンゲツか。八星白陰剣法を扱う『犀湖十侠魔人』の一人だな」
ザンゲツは頷き、
「ふむ、八星白陰剣法は、『八星瘴陰剣法』に進化している」
「……その剣法だが、神仙樹剣巻と関係があるのか?」
そう聞くと、二眼を強めたザンゲツは、
「どこで神仙樹剣巻の情報を聞いたのだ?」
「とあるスキルで知ったまでだ」
「ハッ、まぁいい、『八星瘴陰剣法』の剣技を受けてもらおうか」
二眼の一つの瞳に魔力を込めて、値踏みするようにこちらを見てくる。
そのザンゲツの視線に背筋が粟立った刹那、ザンゲツの体が前後にブレる。加速から右上腕が持つ魔剣の突き――腕が伸びたように見えた鋭い一撃を仙王槍スーウィンの柄で防ぐ。
ザンゲツは加速を続け、左上腕と下腕の魔剣を連続で突き出してくる。
その無慈悲な切っ先を前に、<魔技三種・理>と<刹那ノ極意>を意識――。
<魔闘術の仙極>と<刹那ノ極意>と<月冴>を発動させ、月冴の魔法文字が目の前に浮かばせながら加速力を上昇させる。
思考と行動の間に存在する、無限とゼロに近い時間を支配する理。
ザンゲツの魔剣を魔槍杖バルドークと仙王槍スーウィンの柄で上下に弾くことに成功した。
両手の握りを<握式・吸脱着>を発動し、柄の握り手を変え、柄を掌の中で滑らせるように短く持ちながら前進し、魔槍杖バルドークと仙王槍スーウィンで<刃翔刹穿・刹>を繰り出した。ザンゲツの因果の隙間を突くように二つの穂先だったが、ザンゲツは四腕の持つ魔剣を防御に回し、ダブルの<刃翔刹穿・刹>を防ぐ。
――勢いで押し込む、ザンゲツの足を狙うように<槍組手>の挙動で、相手の四剣を魔槍杖バルドークと仙王槍スーウィンで上げるように促しつつ下段蹴りの<湖月魔蹴>を繰り出した。
ザンゲツは後方斜め上に跳ぶように浮かび蹴りを避けた。
更に、背が膨れ上がった。
体から紫と漆黒の魔力を噴出させながら四剣を突き出してくる。
「八星瘴陰剣法――<魔瘴ノ連牙群>――」
魔槍杖バルドークと仙王槍スーウィンで<仙式・流水架>の構えを取るまま、ザンゲツを凝視し<滔天魔瞳術>を発動――。
「!?」
ザンゲツの動きが一瞬鈍る。
<超能力精神>――。
ザンゲツの体は衝撃波を喰らう「ぐえぁ」と吹き飛ぶが、ザンゲツは骨香炉から出ていた魔力を己に取り込みつつ転移するような加速で、強引に、俺に近づく。
四魔剣を振るってきた。
左上腕の紫の魔剣を紙一重で避け、右手の魔槍杖バルドークと左手の仙王槍スーウィンで二度の斬撃を防ぐ。
突きは、体を横にズラすように風槍流『異踏』で避けるまま、魔槍杖バルドークで<血龍仙閃>――。
それを屈んで避けたザンゲツの腹に仙王槍スーウィンの<戦神流・厳穿>に向かわせるが、ザンゲツは三腕を下に構え、仙王槍スーウィンの<戦神流・厳穿>の下段突きを防ぎつつ、左上腕の紫の魔剣を突き出す。
それを見るように、魔槍杖バルドークと仙王槍スーウィンを消し後退して避け、左手に鋼の柄巻、ムラサメブレード・改を召喚し魔力を通し、右手に〝魔導星槍〟を召喚。
「チッ、得物を自由自在か、<武器召喚>、否、アイテムボックスが優秀か――」
と、胸元を光らせ魔弾を飛ばす。
それをムラサメブレード・改の青緑のエネルギー刃で蒸発させるように溶かす。
近づいてきたザンゲツに向け、〝魔導星槍〟を<投擲>。
<魔導拡束穿>を繰り出した。
〝魔導星槍〟は宙を直進し、先端からビーム状の魔線の群れが発生し、螺旋を描きながらザンゲツに向かう。
ザンゲツは魔剣から無数の魔刃を繰り出し、ビームを裂く。〝魔導星槍〟の<投擲>も二つの魔剣を盾にして、爆発するが、爆風で吹き飛びながらも砂地をクッション代わりに利用するように足下の砂地を爆発させ勢いを殺していた。
〝魔導星槍〟が飛来して戻ってくる。それを右手で掴み消して、魔槍杖バルドークを再召喚。
ザンゲツは消えた、否、上空から魔剣を振り下ろしてくる。
俄に、<導想魔手>と<鬼想魔手>を発動――。
突如として出現した、その二つの魔力の手に霊槍ハヴィスと聖槍ラマドシュラーを握らせ、四剣の迎撃に<血刃翔刹穿>を繰り出した。
霊槍ハヴィスと聖槍ラマドシュラーの穂先付近から<血刃翔刹穿>の無数の血刃が迸り、斜め上にいるザンゲツに直進し、四剣と衝突、その体にも突き刺さっていく。
「ぐえぁぁ――」
血刃を浴びたザンゲツは痛みの叫び声を発するまま――。
四剣の振り下ろすスキルを続けた。
霊槍ハヴィスと聖槍ラマドシュラーの穂先を弾くと連続的に、四魔剣を振るってきた。
<仙式・流水架>と<淵解・重芯>の型を利用し、魔槍杖バルドークとムラサメブレード・改で弾くように防ぐ。
ザンゲツは、「チッ、このような、だが――」と、体がまたブレる。
<隻眼修羅>で捉えていた魔力の流れが変化、ブレたすべての像から紫と漆黒の魔力が噴出した。
どれもが実体だと?
これほどの闇の魔力、紫の瘴氣を放つ分身とは――。
「八星瘴陰剣法――<瘴気楼ノ太刀風>」
ザンゲツの呟きと同時、ブレていた像が八方に拡散。
八人のザンゲツが、同じ構えでこちらを囲んで四方八方から、合計三十二本の魔剣が同時に襲い来る。
紫と漆黒の魔力、瘴氣を纏った剣先が、空間そのものを歪ませるほどの圧を放っていた。肌を刺すような冷たい瘴氣が、鎧の隙間から侵入してくるようだ。直感で一瞬のミスが死に至るような攻撃か。
――<超能力精神>を発動。
正面からの紫と漆黒の魔力、瘴氣を纏った魔剣の斬撃を吹き飛ばす。
奥にいたザンゲツを<神解・天眼>で見つけ、ムラサメブレード・改で<バーヴァイの魔刃>を飛ばす。ザンゲツに<バーヴァイの魔刃>を喰らわせたが、背後から数体のザンゲツが――。
「取った――」
と、その言葉を返すように<仙魔・龍水移>を使用し、そのザンゲツの背後を取るまま魔槍杖バルドークで<魔皇・無閃>を繰り出し、ザンゲツの首を跳ねた。
だが、ボンッと音を響かせ、その数体のザンゲツも塵と成って消える。
少し距離が離れたところにザンゲツはいた。
鋼の柄巻を消し、左手を神槍ガンジスに変化させる。
「……耐えるどころか、我が剣を尽く往なし、反撃を繰り出すか。それでいて呼吸も乱れていない……しかも、<血魔力>は吸血神ルグナドのではなく、闇と光を有している……改めて問う、お前たちは何者か……」
「俺たちは光魔ルシヴァル。光と闇の属性を併せもつ種族だ――」
と、ザンゲツは言い終わる前に、胸元のネックレスを光らせ、魔弾を寄越す。それは目眩まし、右から、否、左――。
三剣の斬撃を神槍ガンジスの双月刃の穂先と魔槍杖バルドークの下段構えで防ぐ。
だが、四腕の魔剣師がザンゲツ。
残る一本の魔剣が、死角の右下から胴を抉るように突き上げられていた。
キンッ! と硬質な音を立てて火花が散る。
その突きは、召喚していた霊槍ハヴィスの穂先が阻む。
<導想魔手>による魔力の腕の手が持つ霊槍ハヴィス――。
驚愕に目を見開いたザンゲツの闘氣が、怒りと共に爆発的に膨れ上がる。
「――ッ!」
声にならない咆哮と共に、四本の魔剣が嵐と化して襲い掛かってきた。
――突き、薙ぎ、斬り上げ、払い。四つの腕から繰り出される斬撃は、それぞれが独立した意志を持つかのように複雑な軌道を描きあらゆる角度から同時に迫る。
――キン、ガギンッ、キィンッ!
鼓膜を裂くような甲高い金属音が、途切れることなく連続に響く。
神槍ガンジスで上段の剣を弾き、魔槍杖バルドークの柄で下段の突きを受け流し、死角から迫る三の剣を<導想魔手>が握る霊槍ハヴィスで打ち払う。
一合、二合と打ち合うごとに、衝撃が腕を伝い、骨の芯まで響く。
これはもはや単なる打ち合いではない――。
思考が追いつかぬほどの速度で繰り出される斬撃の瀑布を、反射と直感のすべて懸けて捌き続ける、極限の応酬。
八星白陰剣法の使い手――。
<仙血真髄>などに該当する<魔技三種・理>さえもマスターしている?
それがザンゲツか――。
防御だけでは押し切られる――。
――反撃の隙を窺い、神槍ガンジスの穂先を閃かせれば、ザンゲツの別の魔剣が寸分の狂いもなく割り込み、火花を散らす。
攻防は完全に一体化し、互いに一瞬の油断すら許されない均衡が続いた。
火花の嵐が視界を白く染め――。
熱と衝撃波が周囲の砂を絶えず巻き上げていた。
ザンゲツの分身が振るう魔剣の動きに惑わされ、一瞬、背後を取られる。
だが、冷静に武器を魔槍杖バルドーク一本に絞る。背後から迫る斬撃を、肩に乗せた槍ごと体を回転させて受け流し、続く一撃を柄で弾いた。
またも、爪先半回転の技術を数回使う――。
回転し、避けながら、塩の香りが漂うまま<血龍仙閃>と似た漆黒と紫の斬撃を避け続けた。
が、更に速度を上げたザンゲツの剣戟はもはや避けきれない。回避を捨て、魔槍杖バルドークの柄で真横からの二連撃を弾き返した。その勢いを利用するように首裏に通した魔槍杖バルドークに両手を乗せたまま、返す刀の要領で風槍流『案山子通し』を放つ。
――その紅斧刃と竜魔石による薙ぎ払いが数度ザンゲツを襲うが、
「――チッ、風の如くか風槍流の技術大綱だな――」
その悉くが四本の魔剣に阻まれた――。
どれほどの時間が経過したか――。
刹那、互いの得物が激しく絡み合い、動きが止まった。
至近距離で睨み合う中――。
ザンゲツの口角が歪んだ。
「……三本目の腕、先程の魔力の腕か。面白い。だが、一度見た以上は――」
そのザンゲツも右側に瘴気の塊を出現させ、そこから無数の刃を生み出していた。
<仙魔・暈繝飛動>を発動。
<水神の呼び声>、<経脈自在>、<水月血闘法>、<滔天神働術>、<滔天仙正理大綱>を連続的に発動――。
分身を発生させながら無数の刃とザンゲツに向け<仙玄樹・紅霞月>を繰り出し、三つの武器でザンゲツの三剣を絡め取るように固定しつつ――。
がら空きになったザンゲツの胴体に<仙玄樹・紅霞月>の三日月状の魔刃を喰らわせていく。
更に、瘴気の塊から出た無数の刃と、<仙玄樹・紅霞月>は衝突を繰り返し消えていく。
続けて肩の竜頭装甲を意識――。
光と闇の運び手装備が瞬く間に新しい衣装に飲まれて変化、
「ハルホンク、転技魔剣ギラトガを出し、ザンゲツを攻撃――」
「――ングゥゥィィ!!」
破壊の王ラシーンズ・レビオダから得ていた赤く煌めく転技魔剣ギラトガが、ハルホンクの新しい衣装から飛び出てザンゲツに向かう――。
ザンゲツは後退、四剣を召喚し直し、その四剣で防御を行うが、体に斬り傷を浴びていく。
煌めく転技魔剣ギラトガが動く合間に――。
ザンゲツの横に飛び込むように近づき――。
「げぇ――」
<湖月魔蹴>を脇に叩き込む。
相手の肋骨辺りから軋む音が響く。
「ぐっ――」
肋骨に確かな手応え。
ザンゲツの体がわずかにくの字に折れ曲がるが、その瞳はなおも闘志を失わず、四本の腕に力を込めて報復の斬撃を繰り出してくる。
それを受けず、右横に跳び、避け、振り下ろしの斬撃も、左に跳び避けた。
距離は取らせない。
左手は無手にし、<雷光瞬槍>で砂地を蹴りザンゲツとの間合いを詰め、その左手で<神聖・光雷衝>を繰り出した。
光の衝撃波を浴びたザンゲツは「げっ」と対応に遅れ、右手の魔槍杖バルドークの<魔雷ノ風穿>を一撃を腹に喰らい「ぐぁぁ」と叫びながら吹き飛んだ。
だが、腹の傷に紫と漆黒の魔力が渦を巻くと、
「八星瘴陰剣法――<四天結界>!」
ザンゲツは着地と同時に四本の魔剣を自らの周囲に突き立てる。
紫と漆黒の瘴氣が壁となって迸り、己の回復か?
凄まじいエネルギーの奔流が周囲の塩の結晶を粉々に砕き、砂を天高く巻き上げた。爆煙の中、<隻眼修羅>がザンゲツの魔力の流れを捉える。
――上か!
爆煙を突き破り、天から降り注ぐ四つの斬撃。
ザンゲツが愉悦顔のまま、
「ここまでは見事だが――奥伝――<魔瘴・星喰ノ十字>!」
四本の魔剣から放たれた斬撃が、宙空で一つの巨大な十字の刃へと収束する。
空間そのものを断ち切らんと、絶望的なまでの圧を伴って眼前に迫った。
左手に魔星槍フォルアッシュを召喚し、上げた。
右手の魔槍杖バルドーグを天に掲げる。
更に――息を吸う間もなく、<異空間アバサの暦>と<星ノ音階>を発動。
「無駄だ。お前ごと、地下の神仙樹剣巻の残り滓を潰してくれる――」
<魔技三種・理>を意識、<仙血真髄>と<魔仙神功>を発動。
四肢に<血魔力>を込めるように<雷光瞬槍>と<雷光跳躍>を同時に使う。
一瞬にて、ザンゲツを超える高さにまで到達。
ザンゲツは紫の魔力を高めるが、既にこちらの姿を見失い、戸惑うように頭部を巡らせている。
同時に<異空間アバサの暦>の漆黒の魔力は巨大な十字の刃に一部が斬り裂かれていくが、俺の高い場所に移動したことに伴い、<異空間アバサの暦>の漆黒の魔力は上昇し、ザンゲツごと、上空を新たな夜空に変えていくように広がっていた。
昼が夜に変化したように視界が暗くなる。
ザンゲツは<異空間アバサの暦>の宇宙空間的な魔力に包まれ、ザンゲツの体に宇宙的な星々の煌めきが重なり、体に六点の輝きが生まれた。
その輝きは魔線で連なっている。
音程とリズムを自然に感じながら<星槍・天六穿>を連続的に繰り出した。
周囲の漆黒の魔力から新たな恒星が誕生したように目映い閃光が幾つも生まれ、魔星槍フォルアッシュの穂先がザンゲツの体を六度貫いた。
「――ぐぇ、星槍……」
魔星槍フォルアッシュが穿った六カ所へと周囲の宇宙的な魔力が吸収されるように消えた直後、大爆発。
だが、ザンゲツだった肉片から紫と漆黒の魔力が噴出し、再生を図る。
回復はさせるつもりはない、星辰の魔力と<血魔力>に<天地の霊気>と<闘気玄装>の膨大な魔力を神槍ガンジスに込めるまま<星辰槍陣・天象穿>を繰り出した。
槍先から放たれる閃光がザンゲツを捉える。
その体に星座を描くように軌跡を刻んでいく。
ザンゲツの体の一部が消えた。
一突きごとに新たな星が生まれ、それらが線で結ばれ、壮大な天象図を形成する。目には見えない特定の点を結んだかのような星座を形成していく。
完成した星座の中心へと穂先を突き出すと、宇宙の理が収束したかのような輝きが一点に集約され、ザンゲツの残りの体は、またも大爆発を繰り返し、完全に散った。
紫と漆黒の瘴氣が霧散し、<異空間アバサの暦>によって創り出された夜空が晴れていく。
元の白茶けた砂漠の空が戻り、降り注ぐ陽光が、大技の余波で舞い上がる塩の結晶をキラキラと照らし出した。
ふぅ、と一つ息を吐く。
魔槍杖バルドークと魔星槍フォルアッシュを消し、宙に浮いたまま視線を巡らせた。
ザンゲツという核を失ったことで、敵の動きは明らかに精彩を欠いている。
ハンカイとカルードたちが黒装束の集団を蹂躙し、キュベラスの血の刃が逃げ惑う敵兵を次々と薙ぎ倒していた。
ルリゼゼが唖然として見上げていた。
そこに急降下。
ルリゼゼは、
「……シュウヤ、お前はあれからどのような修業を積めば、あのような槍技を……」
唖然としながらも、その声には隠しきれない感嘆の色が滲んでいた。
ルリゼゼの四本の剣と体には、周囲の黒装束の剣士と、それよりも強い剣師たちを倒した影響の返り血が付いている。
「ルリゼゼもな。話は後だ、残りを片付けるぞ」
「ハッ、言われるまでもない!」
視線の先、傘を広げた女魔術師がザンゲツの消えた空を見上げ、顔を蒼白にさせているのが見えた。奴がこの場の次なる将か?
手前の黒装束の魔剣師の一人が、
「ザンゲツ様がやられただと!? 退け、退却だ!」
その言葉を合図に、これまで統率されていた動きが嘘のように黒装束たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。女魔術師は、その逃げる仲間たちを見て、顔を憎悪に歪ませ、
「……この役立たずども! お前たち、首魁の仇でしょうに!」
「あぁ、うるせぇ! 雇われが――」
「おう、金貨で命は買えねぇんだよ!」
「あぁ、バイシャル様も銀髪の女に倒れていた。それにあの黒い獣は普通じゃねぇだろう! 逃げろ――」
「……くそが、『犀湖十侠魔人』も名だけなの? そこの槍使いに突撃して時間を稼ぎなさいよ! 私は――」
女魔術師は、金切り声を上げながら片手の掌から複数の極大魔石のような塊を放る。
と、それが火球と火柱に変化した。カルードたちを襲う。
カルードたちには火球も火柱も当たらない。
所詮は金で繋がっていただけの烏合の衆か。将を失えばこの様だ。
その女魔術師は傘をこちらに向け、もう一つの極大魔石を取り出し、
「逃がすか――」
<雷光瞬槍>で地を蹴る。
一直線に女魔術師へと向かう。
「ひぃっ! 来るな!」
女魔術師は右手に持つ傘から無数の魔弾を乱射してきた。
そのすべてを最小限の動きで避け、あるいは弾き、瞬く間に背後を取った。
右手に召喚した魔槍杖バルドークを、その無防備な背中へと振り下ろそうとした、その刹那――。
ドゴォォォンッ!!
ヴィーネたちが向かった方角から地を揺るがすほどの轟音と、肌を粟立たせるような魔力の衝撃波が届いた。視線を向ければ、禍々しい髑髏の形の黒い煙が立ち昇っているのが見える。
「なんだ?」
一瞬、意識がそちらへ向く。
その隙を突き、女魔術師は極大魔石と似た塊を砕く。
転移用のアイテムか。
「覚え――」
<脳脊魔速>を発動し、<雷飛>を使い、前進。
魔槍杖バルドークを振り抜き、消えかかる女魔術師の首に紅斧刃が吸い込まれるような<魔皇・無閃>を繰り出した。女魔術師の頭部を刎ねる。
――帽子と頭部を失った女魔術師の首元からブシュゥッと血飛沫が放出され、光と共に掻き消えた。
一方、刎ねられた頭部が砂地に転がった。まだ生命の残光が宿る瞳が、信じられないものを見るようにこちらを映し、唇がわなわなと震え、声にならない慄きに形を変える。その口の端から最後の血を一筋零し、瞳から光が永遠に失われた。
そこで、残敵の掃討は仲間たちに任せ、踵を返す。
「ルリゼゼ、こっちは任せた!」
「おう! 行ってこい!」
「にゃごぉ~」
背後からの声に頷き、黒虎に変化した相棒と一緒に爆心地へと全速力で駆けた。
あの爆発は、ただ事ではない。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミックス1巻~3巻発売中。




