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千九百十九話 仙技六礎の教えとチーム対抗模擬戦


 <理心一体>と<御槍・無音突き>の感覚を確かめながら、〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟が浮いているところにキサラたちと戻る。

 眷族たち仲間もいた。

 誰もが、以前とは比較にならないほど洗練され、研ぎ澄まされた魔力を身に纏っている。

 皆、静と動の初歩の修練が終わり、<天地の霊気>をその身に満たしている証拠か。

 その表情は、困難な課題を乗り越えた達成感と、自らの成長に対する確かな自信に満ちていた。


「そろそろ〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟を活かした剣技に移ろうかと思います」

「ん、楽しみ」

「うん」

「はい」

「<御剣導技>としての剣に乗るのは覚えたから、<紅蓮嵐穿>のような一直線に貫くような必殺技を希望!」


 レベッカの言葉に思わず笑う。

 沙が、


「器のあのような必殺技は無理だが、三人合わせた<御剣導技・沙剣桜花擢>のような三人組による沙神那由他妙技は得られるかもだ!」


 沙が意気揚々と一歩前に出た、その時だった。


「待ちなさい、沙」


 制したのは、羅の静かな声だった。

 彼女は前に出て、興奮気味の沙を落ち着かせるように、そして修行に臨む俺たちに、


「ただ闇雲に技を振るわせても意味がありません。〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟と光魔ルシヴァルの魔力を、このまま活かし、基本を続けましょう。<御剣導技>を得たからこその剣技も覚えられるはずですから」


 と語った。


「そうだな、<御剣導技>を学べたのだから、すぐだと思うが、仙剣の基礎は大事、基礎を教えよう」

「はい、皆には、仙術戦闘の土台となる『仙技六礎』を学んでもらいます」


 羅が言うと、沙と貂も頷き、三人が横一列に並んだ。

 その佇まいは、まさに美しい女性師範の風格。


 あのじゃじゃ馬だった()が、感慨深い。


「『仙技六礎』か……」

「はい、使い手次第ですが、神仙燕書が教えるのは、仙剣の基本『三つの型』が中心です。神淵残巻が教えるのもまた、その型をより高みへと昇華させることができる基本『三つの型』となります。それら六つの基礎が得られるとも聞いたことがあります。そして、私たちは既に基礎を得ています」

「了解した」

「はい、<御剣導技>の仙氣と魔力の融合、そして、<魔闘術>、<導魔術>、<仙魔術>を合わせることにより、スムーズに仙技を学べるとも言われている。『仙技六礎』を学ぶことで、仙技の門を叩く資格が得られるとも」


 その言葉と共に三人が少し前に動いて、貂が、


「では最初は〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟ではない、私が昔から愛用している剣術スキルを披露します。基本<仙守ノ籬塔>の防御スキル&構え――」


 と言うと、複数の狐のような尻尾を孔雀が尾を広げるように四方八方に展開させる。

 長髪もふんわりと持ち上がり、仙女の衣装がはためいた。

 ふんわりと浮かびながら神剣、否、神刀を下から横に振るうと足下の地面に半円の傷が発生。

 切っ先を少し持ち上げるまま前進し、低空を飛翔した。


 あの構え何度も見ている。貂のカウンター剣術の構えだろう。


「――次は、<仙塔不壊>の構え、これもカウンターですが、二ノ型があり、<仙式・仙塔不壊ノ二>に繋げられます――」


 と、神刀を下から上に振るいながら上昇――。

 そして、神刀と(テン)から出た魔力が、古い和塔と細かな狐の幻影が発生した。

 それら幻影が貂の動きに合わせるように動くと、貂本人の、神刀による振り下ろし一閃が虚空の敵に決まるや否や、小川を走る、波紋を作るように点々と前に向かい、


「次――<水仙鐘剣狐>――」


 小川が切断されたように、線が小川に走る。神刀の斬り上げから、また振り下ろす。

 同時に、狐の幻影と鐘の幻影が発生、それが(テン)と神刀と重なりながら(テン)は袈裟斬りから逆袈裟の突きを繰り出し、神刀の頭を突き出し、振るい、峰の打撃を繰り出す、剣舞を繰り出し、着地した。


 一礼をしてから、


「次から〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟で学べる剣術、<燕式・飛燕斬>と<神式・一点突>です。行きます――」


 と、神刀を素早く振るいながら前に出た。

 燕が空を切り裂くように鋭く、速い――。

 淀みない一閃が<燕式・飛燕斬>か――。

 

 そこに沙が、「ふむ、妾も披露しよう――」と言いながら貂と並ぶように走る。

 二人は笑みを浮かべ得物を振るい合う。

 両手と腰の悩ましい動きから一閃、二閃と振るわれていく。

 

 神刀と神剣の乱舞、微動だにしない体幹を軸にした剣術は見事。

 沙が、


「次が、<神式・一点突>じゃ――」


 貂よりも加速し、前に出ながら右腕ごと神剣になるような突きの<神式・一点突>を繰り出した。

 神剣から放出される魔力が風圧となって砂と土埃が舞う、空間そのものを穿つかのような威圧感だった。

 最後に沙と貂が、


「羅よ、皆に見せるのじゃ」

「羅! いきますよ」


 同時に羅に打ちかかる。

 羅は、「はい――」と言いながら神剣を構えた。その二つの攻撃を水が流れるように受け、いなし、逸らす<仙式・流水架>で完璧に捌いてみせた。


 羅が、半身の体を開く挙動のまま動き、俺たちに、


「――これが『三つの型』のスキル。そして、私たちの動きの中には『三つの理』――狙いを定める<神解・天眼>、威力を乗せる<淵解・重芯>、機を見切る<残解・見切り>が常に息づいています。まずは、この『型』を、ご自身の体に刻み込むことから始めましょう」


 羅の指導の下、俺たち全員の基礎修練が始まった。

 <筆頭従者長(選ばれし眷属)>のキサラ――。

 アフラ、ラティファ、レミエルの四天魔女と、十七高手たちと黒魔女教団も剣術を学び始める。

 

 ヴィーネやユイ、カルードといった熟練の剣士たちでさえ、<御剣導技>など魔力と仙氣の融合など上手く身に着けていたが、仙術独特の魔力の流し方や重心の置き方に、最初は戸惑いを見せる。

 

 ハンカイに至っては、その剛腕が仇となり、力みすぎた<飛燕斬>で地面を叩いてしまい、「斧を振り回すようでは百年早いぞ!」と沙から叱咤が出た。


 新しく加わったジスリたち血骨仙女も、歴戦の戦士であるからこそ、染みついた癖を抜くのに苦労しているようだったが、その目は真剣そのものだ。


 師範たちの動きが、残像として脳裏に焼き付いている。筋肉の収縮、氣の流れ、剣が空気を切り裂く軌跡のすべてを三叉魔神経網が瞬時に解析し、自らの肉体にフィードバックしていく。突き、斬り、受け。一つ一つの型を寸分違わず再現しようか。


 突き、斬り、受け。単純な動作の中に宇宙の理とも言えるほどの奥深さが秘められている。


 フッと息を吐き、蒼聖の魔剣タナトスを構えた。


 まずは<燕式・飛燕斬>。無駄な力を抜き、腰の回転と剣の遠心力だけで、空を斬る。ヒュン、と風を切る音だけを残す淀みない一閃。それは先ほど貂が見せた動きそのものだった。


 ピコーン<燕式・飛燕斬>※スキル獲得※


 続いて<神式・一点突>――。

 全身をバネのように使い、すべての力を切っ先の一点に収束させる。

 突きの軌道上にあった小石が、風圧だけで弾け飛んだ。

 

 ピコーン<神式・一点突>※スキル獲得※


 最後に<仙式・流水架>。迫りくる敵を想定し、円を描くように剣を動かす。まるで水が障害物を避けて流れるように、滑らかで理にかなった動き。


 三つの型を終え、俺が静かに剣を納めると、それまでざわついていた稽古場に一瞬の静寂が落ちた。 誰もが、ただ一度ずつ繰り出されただけの、しかし完璧な『型』の残像を目に焼き付けていた。


「……今の、が……」

「あれが、『型』の完成形……」


 力みすぎていた者は脱力の方法を、流れがちぐはぐだった者は重心移動の理をその完璧な動きの中に垣間見る。それは苦戦していた仲間たちにとって、まさに天啓だった。


 師範である沙と貂も、驚きと面白さが混じったような複雑な表情でこちらを見つめている。


 ピコーン<仙式・流水架>※スキル獲得※


     <神解・天眼>※恒久スキル獲得※

     <淵解・重芯>※恒久スキル獲得※

     <残解・見切り>※スキル獲得※


 数時間が経過し、全員がどうにか六つの『型』の形とスキルを覚えた頃、羅が静かに手を叩いた。


「よろしいでしょう。型は器にすぎません。ここからは、その器に魂を注ぐ『理』の修行に移ります」


 羅の言葉に呼応するように稽古場の中央で静かに浮かんでいた神仙燕書と神淵残巻が、より一層強く輝き始めた。巻物から伸びた無数の魔線が、一人一人の体へと接続を強めていく。


「『理』とは、言葉で教わるものではありません。肌で、魂で感じ取るもの――ですから、ここからは私たち三人が、あなたたち全員を同時に相手にします。実戦的な剣術特性に合わせて学んで行きましょう」


 羅は悪戯っぽく微笑むと、沙と貂に目配せをした。


「「「なっ……!?」」」


 羅の言葉に、ハンカイやレベッカだけでなく、熟練の剣士であるカルードたちからも驚きの声が上がる。


 沙が楽しそうに神剣を一度小気味よく振るい、好戦的な笑みを浮かべる。


「うむ! 妾たちがじかに相手をしてやろう! 目標は我ら三人の誰でもよい、剣と刀、それで、一本でもクリーンヒットを入れることじゃ! ただし、ただの力押しは通用せんぞ? 剣と刀の『型』に『理』を乗せた一撃でなければ、我らの衣をかすめることすらできんからの!」


 貂も神刀を構え、静かな闘気を放つ。


「あなたたちが先ほど覚えた<神解・天眼>、<淵解・重芯>、<残解・見切り>……そのすべてを総動員して、私たちに挑みなさい」


 かくして師範三人対俺たち。

 皆で波状攻撃をかけるように、無茶とも思える実戦形式の稽古が始まった。


 ハンカイが自慢の剛腕に<淵解・重芯>を意識して乗せた、渾身の<神式・一点突>は、沙にひらりとかわされ、


「ふむぅ――剣と基本の<魔闘術>系統のみだと、己が、まだまだと、分かるわい」

「得物が違えば、そうなります」

「うん、<御剣導技>と〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟を活かした剣法だからね」

「はい、これだけ奥が深いと、八星白陰剣法が氣になってきます」


 ヴィーネの言葉に皆が頷く。


「たしかに……」


 キサラたちは永年争っていた『犀湖十侠魔人』たちが使っていた剣法なだけに四天魔女レミエルたちと目を合わせていた。

 貂は、


「遠慮せず、三人同時でもかまいません」

「はい、行きます」

「うん――」


 ヴィーネとユイの連携攻撃は――。

 貂の<残解・見切り>の前に完璧に先読みされた。

 貂は軽やかに舞うように動き、ユイとヴィーネの挙動と剣に添えるように神刀を優しく当てて、弾く、神刀はくねり曲がり、ユイとヴィーネは背後に向かう刃先の動きに対応を追われていく。


 背の剣撃を防ぎ、腹と頭への連続剣撃を往なし、反撃するユイとヴィーネはさすがだが、貂は、両足を滑らすような機動からの神刀による<仙守ノ籬塔>を使い防ぎ、<仙守ノ籬塔>をスキルを使い、二人の剣を上方に弾くと、ユイとヴィーネの肩を左手で押すような剣法、拳の攻撃から神刀を突き出す。ユイとヴィーネは<仙式・流水架>で防ぐが、二人を押し込む。


 ユイとヴィーネは目を合わせると急に動きが良くなった。

 光魔ルシヴァルの前線を幾度となく二人で駆け抜けた場面を想起した。

 だが、貂は、二人の未来が事前に見えているかのように最小限の動きで、避け、神刀がブレる。

 キィンッ、キィィン――と一閃、二閃と、二人はまた防御に専念していく。

 

「――二人はさすがに速く強い、しかし、あなたたちの攻撃の『起こり』……その残り香が、私には見えています。それこそが<残解・見切り>です!」


 ――貂の鋭い声が飛ぶ。

 俺もキサラと連携し、羅に<神式・一点突>を仕掛けるが、彼女はただ一歩横にずれるだけ。

 俺たちの全力の突きは、彼女の構えの『死角』に吸い込まれるように虚空を貫いた。


「器様とキサラ。あなたたちはまだ剣先しか、見ていませんね。<神解・天眼>とは、敵と自分、そして空間そのものを繋ぐ『線』を視ることです」


 <闇透纏視>と<隻眼修羅>で見れば、見切れると思うが、ここは〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟の修業場所、三叉魔神経網と、<魔闘術>系統の<闘気玄装>のみだ。


 すると、カルードは、


「ふむ……なるほど、基本の『仙技六礎』ですな」

「はい、何事も、『深根固柢』です」


 貂の言葉にカルードは胸元に手を置いて敬礼。

 貂も仙女らしい立ち姿で、頷き、「はい」と微笑む。


 そこから戦いの要所要所で師範たちの口から『理』の本質が語られる。

 これは戦いそのものが授業だ――。


 数十分が経過し、三人では師範たちに触れることすらできず、疲労と焦りが見え始めた頃。

 攻撃の手を止めて三叉魔神経網の知覚を極限まで広げ、〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟を見てから、


「皆、三人同時の連携度合いを深めようか」


 キサラとユイとヴィーネとレベッカは頷いた。

 俺たちは巻物と魔線で繋がっている。

 <血魔力>と血文字もあるが、思考すらも感じ取れるはず――。


 すると、


「しかし、主たちは剣に目覚めたか」

「はい、<水晶魔術>にも合いますし、剣術も良いかと」

「ふふ、はい、あ、閣下たちが繋がり始めましたよ」

「パパの男たちは、格好いい!」

「あら、パパとは御使い様の以外にもいるのですね」

「うん、カルードパパとハンカイのパパも強い」

「ふふ、ハンカイは叔父貴という印象ですか」

「「ふふ」」

「にゃお~」

「おじき~?」


 近くで見ていた精霊とシュレたちが語り、相棒が鳴く。


 そして、好機を窺っていたユイとカルードとキサラとヴィーネとレベッカとアイコンタクト。

 蒼聖の魔剣タナトスを握りつつ、左手を少し動かし、サラとキュベラスとエヴァとミスティとレザライサとファーミリアに指示を出す。

 

 俺たちは沙に向かった。一部は貂と羅に向かう。

 沙に<蓬茨・水月夜烏剣>を実行――。

 ヴィーネも沙に<御剣・速太刀>を繰り出し、キサラが<神式・一点突>を繰り出す。

 沙は後退、羅と貂も皆の斬撃を避けることに精一杯となる。


「――沙! 本格的な稽古をつけてもらおうか!」

「面白い! 来い、器よ!」


 沙の神剣と俺の蒼聖の魔剣タナトスの刃が衝突し、耳をつんざく甲高い金属音が響き渡る。

覚えたばかりの<燕式・飛燕斬>を繰り出す。

 沙は神剣を中段の切っ先で受け流しながら、俺の胴を狙う――。

 それを中段の構え<仙式・流水架>で防ぐ。刃と刃の衝突から火花を散らす、その火花ごと貫くように<神式・一点突>で沙の喉元を狙うと、沙は神剣を斜めに動かすような斬り払いの<御剣・速太刀>を繰り出してきた。沙の神剣と蒼聖の魔剣タナトスが斬り結ぶ――。


 沙はすぐに横に移動し、またも俺の腹を狙う。

 それを防ぐが、突きと下段払いの斬撃の猛攻を<仙式・流水架>で受け流し、同時に<残解・見切り>で沙の動きを読む――ここだっ、沙が次の一撃を繰り出す、そのコンマ数秒の隙――。

 沙の剣の軌道をわずかに逸らし、強引に体勢を崩させた。


 その瞬間を、キサラとヴィーネが狙い、突きを繰り出し、沙の神剣を封じる。

 そこに沙の首に蒼聖の魔剣タナトスの切っ先を伸ばした。


「まいった! 器とキサラ、ヴィーネのいい連携ぞ」


 ユイとカルードとレザライサとファーミリアとレベッカとエヴァたちも交互に、羅と貂を襲う。

 貂と羅と肉薄し、絶妙な連携を見せる。

 ユイはスステンの残像を模倣した<御剣・葉流閃>の薙ぎ払い系のスキルで、貂の視界を塞ぎ、カルードは「点」を超越した「線」の剣、<宵暮の舞>の亜種のような<燕式・飛燕斬>により、貂の退路を断つ。

 羅にもファーミリアとハンカイとサラの<燕式・飛燕斬>が続けて繰り出されて、動きが封じられた。


 貂と羅は猛攻を捌くために一瞬だけ動きを止めた。

 その硬直を、レザライサとエヴァによる<神式・一点突>か。


「そこ!」

「ん――」


 羅が教えた「二つを一つとして捉える」の「力み無き一撃」に近い。

 その<神式・一点突>が、羅と貂の肩口に吸い込まれるように迫る。

 パシッと乾いた音がして、稽古場のすべての動きが止まった。

 羅と貂の肩の装束にレザライサとエヴァの剣は寸止めで触れていた。


「――見事! 一本、取られましたね」

「はい、見事です」


 貂が、悔しそうに、しかしどこか嬉しそうに呟いた。

 羅は満足そうに頷くと、静かに手を叩いた。


「――そこまで、皆さん。今の攻防の中で、『理』の何たるかをその肌で感じたはずです」


 羅の言葉に俺たちは汗を拭い、互いの顔を見合わせて笑った。


「うむ! 理屈が分かったなら、次はそれを自分のものにするだけじゃ!」


 沙が柏手を打ち、再び高らかに宣言する。


「これより、修行の総仕上げ! チーム対抗の模擬戦を行うぞ!」


 その言葉に皆の瞳に闘志の火が灯った。

 個々の成長を経てチームとしての力が試される。

 

 羅は静かに審判役の位置につくと両チームに合図を送った。


「よろしいでしょう。では、修行の総仕上げとして、皆さんを二組に分けて模擬戦を行います。ユイ、ヴィーネ、カルード。あなたたちは『貂の組』。レベッカ、エヴァ、サラ、キュベラス、レザライサ。あなたたちは『沙の組』です。……勝利したチームに、私とシュウヤ様、キサラがいる『羅の組』への挑戦権を与えます」


 その言葉に、稽古場の両端に分かれた二つのチームが向き合う。

 一方は、ユイ、ヴィーネ、カルード。剣の理を極めんとする、少数精鋭の技巧派チーム。

 もう一方は、レベッカ、エヴァ、サラ、キュベラス、レザライサ。

 多彩な能力とパワーを誇る、特殊能力チームだ。


 数の上では沙の組が有利だが、貂の組の三人が放つ練り上げられた闘氣は、その数の差をものともしない凄みを放っている。


「それでは、第一戦……始め!」


 羅の凛とした声が響き渡った瞬間、先に動いたのは沙の組だった。


「いっけえええええ!」

 

 レベッカの叫びと共に、彼女の鋼の柄巻から放たれた<仙剣・蒼炎華>が空気を灼く熱波を撒き散らしながら、散弾のように貂の組へと降り注ぐ。同時に、サラが<赤竜ヴァルカの源>の力を解放し、深紅の斬撃を飛ばした。

 

 数の利を活かした圧倒的な開幕攻撃。

 だが、貂の組は冷静だった。


「――<仙式・流水架>」

 

 ヴィーネとユイが習得したばかりの型で完璧な防御陣を形成する。

 二人の剣が描く円運動は、まるで水の渦のようにレベッカの蒼炎とサラの斬撃を受け流し、逸らしていく。


「硬い!」


 レベッカが舌打ちしたその隙を、カルードは見逃さなかった。


「そこだ!」

 

 彼は<御剣導技>で低空を滑空すると<残解・見切り>でレベッカの次の攻撃の起点を完璧に読み切り、懐へと潜り込む。


「させるか!」


 カルードの前に立ちはだかったのはレザライサだった。

 レザライサの魔剣ルギヌンフとカルードの二刀が衝突し、甲高い音と共に火花が散る。

 互いに剣圏を支配しようと、腕を振るい魔剣と二刀を振るい合う。

 瞬く間に数度の<御剣・速太刀>と<燕式・飛燕斬>が衝突、フェイクを交えた剣技の応酬となった。

 ドッ、キィンッ、何度も甲高い音が響くたび、火花が宙空に消え、大氣を震わせる。

 薙ぎ系の<御剣・速太刀>と<燕式・飛燕斬>――。

 突き系の<神式・一点突>、そして、受けからカウンターの<仙式・流水架>の動作が何度も見えた。



 カルードは、<血相>スキルを使用し、両刃刀、幻鷺の飛剣流の斬撃を繰り出すが、レザライサは、その剣技を<仙式・流水架>の構えから<淵解・重芯>を用いた防御とカウンターのスキルで完璧に防ぐ。


 その<仙式・流水架>の型から<淵解・重芯>への切り替わりが激しい。

 

 稽古場のあちこちで、ハイレベルな攻防が繰り広げられる。

 宙を舞い、互いの死角を突き合う三次元の戦い。誰もが数時間前とは比較にならないほど、<御剣導技>と仙技六礎を使いこなしていた。


「……凄いな」


 戦いを見守りながら、思わず感嘆の声が漏れる。

 数時間前とは比較にならない動きのキレ、技の精度。そして何より互いを信じ高め合おうとする連携。

 彼女たちの成長が自分のことのように誇らしい。

 同時に、このハイレベルな戦いから盗めるものはすべて盗んでやろうと、<闇透纏視>と<隻眼修羅>はなしに、<神解・天眼>を活かして観察。


 三叉魔神経網が熱を帯びる。

 隣のキサラも、同じ思いなのか、真剣な眼差しで戦況を見つめながら強く頷いた。


「はい。特に貂の組の連携は見事です。ヴィーネ殿が守り、ユイ殿が幻惑し、カルード殿が切り込む。完璧な布陣ですね」

「あぁ、だが、沙の組もただの力押しじゃない。エヴァを中心に、レベッカとサラの強大な力をどう活かすか、戦いながら最適解を探っている」


 <理心一体>を通じて、彼女たちの魔力の流れや思考の動きが手に取るように分かった。

 戦いは拮抗している。だが、このままではじり貧になるのは、数の少ない貂の組だ。

 どう動く――?

 その時、貂の組の三人が、アイコンタクトだけで意思を疎通させた。

 ヴィーネが、カルードに頷く。

 刹那、カルードがそれまでとは比較にならないほどの速度でレベッカとサラの二人に向かって同時に斬りかかった。陽動だ。レベッカたちがその対処に追われ、沙の組の陣形が一瞬だけ乱れる。


 その、本当に一瞬だけの隙。


「――そこです」


 ヴィーネの静かな声が響いた。

 ヴィーネはいつの間にか沙の組の陣形の中心へと、冷静に戦況を分析していたエヴァの背後に回り込んでいた。

 スステンの残像から学び、ユイの模倣に刺激された彼女の剣技。<天地の霊気>を乗せた半透明の風刃が、エヴァの首筋へと吸い込まれるように迫る――!


 ヴィーネの風の刃が、エヴァの首筋へと吸い込まれるように迫る――!

 沙の組の誰もが、勝負は決したと思った、その刹那。


「――ん」


 エヴァは振り返ることなく、ただ静かに鋼の柄巻を一閃させた。

 背後から放たれた霊的な刃が、まるで意志を持つ盾のようにヴィーネの風の刃と激突する。

 キンッと甲高い音が響き、二つの高次元の魔力がぶつかり合い、互いを霧散させた。


「……見えていた、というのですか」


 ヴィーネが驚きに目を見開く。


「ん。殺氣と風の流れ、皆の動き……全部。戦場は、俯瞰で視るもの」


 エヴァは静かに告げる。

 この戦いが始まった瞬間から戦場全体を一つの盤面として捉え、すべての駒の動きを読み切っていた。

 ヴィーネの奇襲は防がれた。そして今、彼女は敵陣のまっただ中で孤立している。


「ヴィーネ! もらったぁ!」


 好機と見たレベッカが、圧縮した蒼炎の刃を横薙ぎに放つ。

 サラもまた、<赤竜ヴァルカの源>の力を込めたラ・グラスを振り抜き、ヴィーネの退路を断った。

 前後から迫る、圧倒的な熱量とパワー。


「くっ……!」


 ヴィーネは即座に<仙式・流水架>の構えを取り、二つの攻撃を受け流そうとする。

 しかし、数の利は絶対だ。彼女がレベッカの炎をいなした瞬間、サラの斬撃がその体勢を崩した。


「ヴィーネ!」

「ヴィーネ殿!」


 ユイとカルードが救援に向かおうとするが、その前にレザライサとキュベラスが立ちはだかる。

 戦況は一瞬にして、技巧の「貂の組」にとって絶望的なものへと変わった。

 ◇◆◇◆


「……凄いな、エヴァの戦術眼は」


 戦いを見守りながら、俺は感嘆の声を漏らした。キサラも隣で頷く。


「はい。個々の技量ではヴィーネ殿たちが上回っているかもしれません。ですが、エヴァ殿はそれを上回る視野の広さで戦場を支配しています。レベッカ殿とサラ殿のパワーを最大限に活かすための、完璧な采配です」

「ああ。このままでは、貂の組はジリ貧だ。どうする、ヴィーネ……」


 貂の組の三人が、追い詰められながらも、決して諦めていないのが分かった。


 ◇◆◇◆


「ユイ、カルード! 一点に賭けます!」


 ヴィーネの凛とした声が響く。

 すると、ユイが動いた。彼女は<御剣・葉流閃>を応用し、自身とヴィーネ、カルードの幻影を無数に生み出し、沙の組の視界を埋め尽くす。


「なっ……!?」

「どこが本物!?」


 レベッカとサラが幻影に惑わされ、一瞬だけ攻撃の手を緩めた。

 その隙を、カルードがこじ開ける。


「――<暗迅天刀無>!」


 カルードは、もはや木の葉を斬る時の流麗な「線」の剣ではなかった。

 敵陣をこじ開けるための一点突破。レザライサとキュベラスの連携を、神速の「点」の連撃で強引に突破し、ヴィーネへの道を切り開いた。


 そして、ヴィーネは飛んだ。

 ユイの幻惑とカルードが作ったその道を、一筋の光となって駆け抜ける。

 彼女の目標は、もはやエヴァではない。

 この戦場で最も強大な力を持つがゆえに、最も制御が難しい一点――レベッカ、その人だった。


「――<仙剣・白狐>!」


 貂から学んだ、カウンターの理を応用した必殺の一撃。

 レベッカが放った蒼炎の奔流にヴィーネは自ら飛び込んでいく。そして、その炎の中心で、全ての力を受け流し、圧縮し、自身の力として取り込んだ。

 蒼炎を纏ったヴィーネの剣が、レベッカの鋼の柄巻に、吸い込まれるように迫る。


 パシッ、と稽古場に乾いた音が響いた。

 ヴィーネの剣の切っ先が、レベッカの鋼の柄巻の鍔に、寸止めで触れていた。


 稽古場のすべての動きが止まる。


「……私の、負けね」


 レベッカは、悔しそうに、しかしどこか晴れやかに呟いた。

 羅が静かに手を上げる。


「――そこまで。勝者、貂の組!」


 その宣言に、貂の組の三人は安堵の息をつき、沙の組の面々も健闘を称え、互いに歩み寄った。


「やるじゃない、ヴィーネ! 最後の一撃、超カッコよかった!」

「あなたこそ、その蒼炎のパワーは脅威でしたよ、レベッカ」


 和やかな雰囲気の中、俺とキサラは静かに立ち上がった。

 貂の組の三人がこちらに向き直る。その瞳には、強敵との戦いを終えた満足感と次の好敵手への挑戦の光が宿っていた。


「シュウヤ、キサラ」


 ユイが刀を構え直す。


「――次、あなたたちの番」


 沙と貂も、今度は俺たちの師範としてではなく純粋な観客としてその戦いを見守っている。

 ダモアヌンの山頂から吹き下ろす風が決勝戦の始まりを告げるかのように、俺たちの頬を撫でていった。




続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版発売中。

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