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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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1919/1999

千九百十八話 沙神那由他妙技への第一歩


 沙の力強い宣言がダモアヌン山に響き渡り、稽古場の和やかな雰囲気は一瞬で真剣な闘氣に塗り替えられた。


 眷族たちの表情から遊びの色が消え、その体からは<天地の霊気>に満ちた純粋な魔力がオーラとなって立ち上る。


「良い顔つきです」


 静かに告げたのは羅だった。

 その羅は一同を見渡し、修行の組分けを言い渡す。


「ここからは、それぞれの特性に合わせ、三班に分かれて修行を行います。ヴィーネ、ユイは貂と。レベッカ、エヴァ、サラ、キュベラスは沙と。そして、シュウヤ、キサラは私と共に来て下さい」


 羅の言葉に呼応するように、稽古場の中央で静かに浮かんでいた神仙燕書と神淵残巻が、より一層強く輝き始めた。


 陰陽太極図を彷彿とさせる魔法陣が輝きを増すと、〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟から伸びていた無数の魔線が更に太く力強くなる。

 それらの魔線が眷族たち一人一人の体へと吸い付くように繋がった。


 先程以上に〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟との繋がりが強くなった。

 

「この修行中、あなたたちは常に巻物と繋がっています。あなたたちの動き、魔力の流れ、思考すらも、巻物は感じ取り、そして沙神那由他妙技の導きを与えるでしょう」


 羅が静かに告げる。


 沙神那由他妙技か……。

 体に接続された魔線は、第二の神経のように馴染み、それでいて自らの奥底に眠る膨大な知識の存在を感じさせていた。

 

 たとえ稽古場内を移動しても、この魔線が途切れることはない。

 その言葉に従い、俺たちは三つのグループに分かれ、それぞれ稽古場の別々の場所へと移動した。


 羅が、


「ここからが、仙技を己の牙とするための修業となります」


 そこに、


「――俺も〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟の修業に参加だ」

「おぅぅ~〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟! 喋れねぇ癖にいっぱしの魔力を放ちやがって!」

「にゃ~」


 巨大な闇鯨ロターゼは、キサラの隣に着地。

 黒猫(ロロ)を乗せているアルルカンの把神書は、〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟の隣に移動し、ライバル視しているようだ。


「ハッハッハ! 神獣と皆よ、共にアルルカン流を学ぼうか」

「にゃ~」


 ルマルディが、


「アルルカン、今は、〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟を学んでいるのですから大人しく、一緒に学びましょう」

「それもそうだな、うむ!」

「ンン――」


 と黒猫(ロロ)もアルルカンの把神書から離れて、俺の足下に来た。

 アルルカンの把神書は座禅を組んでいるルマルディの傍に寄ると、共に魔力を供給を始めていく。ルマルディも鋼の柄巻は得ているから〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟から剣術を得られるかもな。


 ◇◆◇◆


「ヴィーネ、ユイ。あなたたちは既に一流の剣士。ですが、飛ぶことに慣れたからといって、動きが大きすぎます」


 遠く離れた貂の組からは、普段の物静かな様子とはかけ離れた、師範としての鋭い叱咤の声が風に乗って聞こえてくる。


「仙剣の戦いは、最小限の動きで相手の虚を突くこと。この舞う木の葉、そのすべてを斬り落としてみなさい。ただし、剣を振ってよいのは一度だけです」


 貂がふわりと手を振ると周囲の木々から無数の木の葉が魔法の光を帯びて一斉に舞い上がった。


 ユイとヴィーネは<御剣導技>で宙を舞い、その無数のターゲットを見据える。ただ斬るだけなら容易い。だが、一振りで全てを、となると話は別だ。それは、最適な軌道、最適なタイミング、そして魔力の流れを完璧に読み切らなければ不可能な神業だった。その神業の如き課題の真意を悟り、二人はどちらからともなく不敵な笑みを交わした。


「……面白い」

「ええ、やってやります」


 二人の瞳に、挑戦者としての火が灯った。


 ◇◆◇◆


 沙は仁王立ちで、鋼の柄巻を構えるレベッカたちを前に、


「よいか、お主たちの刃は魔力そのもの! ならば、飛ばせぬ道理はないじゃろう!」


 と、叫び、神剣の切っ先を巨大な岩に差し向ける。


「剣を振るうのではない! 意志の力で、刃そのものを敵に叩きつけるのじゃ! あの岩を砕いてみよ!」

「よーっし、一番乗り!」

 

 レベッカは示現流の『蜻蛉の構え』に近い構えを取る。

 鋼の柄巻に魔力を通す。ブゥゥンと音を響かせ、放射口から黄緑色や青いエネルギー魔刃を生やした。


 レガランターラとエトアたちも鋼の柄巻に魔力を通す。


 選ばれし(フォド・ワン)銀河騎士(・ガトランス)の補佐の役回りの銀河戦士(カリーム)としての、鋼の柄巻は皆と同様に得ていた。


 レベッカは、<仙剣・蒼炎華>の要領で、青いエネルギー剣刃から離れた蒼炎の刃は、凄まじい勢いで飛んでいくが、岩に当たる直前で制御を失い、大爆発を起こしてあらぬ方向の地面を抉った。


「馬鹿者! ただ力を込めただけでは、ただの暴発じゃ! もっと刃の形を維持することに集中せい!」


 沙の檄が飛ぶ。蒼炎の制御だけならまだしも、魔力と仙氣を乗せた刃の維持は至難の業らしい。キュベラスやレザライサたちも同様だった。

 魔杖と二本の柄巻を振るうキュベラス、魔剣ルギヌンフを構えるレザライサ、血霊剣を握るファーミリア。いずれも強力な武具を持つがゆえに、仙氣を乗せた力の制御に苦戦しているようだった。


 ◇◆◇◆


 一方、稽古場の中央。

〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟から放たれる霊的な輝きの下、ルマルディ、ミスティ、四天魔女、そして黒魔女教団の者たちが静かに座禅を組んでいた。

それぞれが、自らの内なる魔力と、大気満ちる<天地の霊気>との対話を試み、己の器を広げようと精神を集中させている。ピリピリとした霊氣の密度が、その場の修行の苛烈さを物語っていた。


 ◇◆◇◆


 キサラと共に案内されたのは、ダモアヌン山の少し西に開けた場所だった。

 緩やかに傾斜したそこは、稽古場の中でも特に静かで清らかな小川が小さな泉へと注いでいる。そのほとりで、羅は待っていた。

 常闇の水精霊ヘルメと古の水霊ミラシャンもその泉の近くで空中に浮かび座禅を行っている。


 羅は目を閉じ、せせらぎの音に耳を澄ませているかのようだった。

 やがて、ゆっくりと目を開き、俺たちに語りかける。


「器様とキサラが手にしたのは、ただ宙を舞う術ではありません。<御剣導技>と<御槍導技>。それぞれ剣と槍を軸にする技術体系。<御槍導技>に至っては、私の知る仙技の槍武術を越えている……ですが、<御剣導技>と同じく、すべてを間合いとする『理』そのもののはず。ですから、まずは、その理を穂先に宿すことから始めましょう」


 羅が神剣を軽く振るうと二十メートルほど先の川面一点だけに波紋が立った。


「器様たちは<御槍導技>を使用し、あの波紋の中心を、宙を舞いながら正確に突いて見てください。ただし、ただ突くだけでは意味がありません。全身全霊、<天地の霊気>のすべてを、その一点に収束させるのです」


 一見、単純な的に見える。

 だが、<御槍導技>不安定な宙空姿勢を保ちながら、身の魔力を針の先ほどに集中させる。それは、究極の集中力と魔力制御を要求される、まさしく仙人の技だった。


「……挑戦しましょう」


 キサラと顔を見合わせ頷く。

 <御槍導技>でふわりと浮き上がると、魔槍杖バルドークを構え、川面の小さな波紋を見据えた。


 <血魔力>と研ぎ澄まされた意識を槍の穂先に集めた。

 ダモアヌンの山に魔力と鋼が交錯する音が響き渡る。


 羅が提示した課題……。


 それは、力と技と精神のすべてを極限まで研ぎ澄まさねば到底達成できないだろう。


 仙人ならではの試練。


 キサラと頷き合う。

 と、まずはキサラが先に挑む。


 彼女は<御槍導技>で静かに浮き上がると、一度深く呼吸を整え、川面の波紋に意識を集中させた。


「はっ!」


 短い気合と共に、キサラを乗せたダモアヌンの魔槍は一直線に波紋へと向かう。ダモアヌンの魔槍の穂先は正確に中心を捉えているように見えた。

 しかし、槍が水面に触れる寸前、穂先に集めた魔力がわずかに揺らぎ、標的の数センチ手前で水面を叩いてしまった。大きな水しぶきが上がる。


「……惜しいです。最後の瞬間、宙を舞う体を支える意識と、穂先に魔力を集中させる意識が分離してしまいました。二つを一つとして捉えなさい」


 羅の的確な指摘にキサラは「はい!」と悔しそうに、しかし素直に頷き、再び距離を取った。


「……槍と己、その挙動にわずかな隙も許されないか」

「……その通り、やはり器様は素晴らしい」


 羅の言葉に照れを覚えるが、その賞賛が空虚なものではないことを、これまでの経験が教えてくれる。

 

 また、キサラの挑戦を見て、課題の本当の難しさを理解する。

 <天地の霊気>を体内で循環させ、魔槍杖バルドークを構えた。

 <御槍導技>でふわりと浮上し、川面の小さな一点に意識を注ぎ込みつつ魔槍杖バルドークの柄に両足を乗せる。

 体の筋肉、両足だけでない、大腰筋、背筋、すべての筋肉と、全身の魔点穴と魔脈を巡る魔力を魔槍杖バルドークと一体化させていく。


 ここだ――。


 確信と共に前傾させた。槍と一体となり、音もなく滑空する――。

 波紋が眼前に迫る。全身の魔力を、研ぎ澄まされた意識を槍の穂先へ――!


 捉えた、と思った刹那――。

 全身を突き抜けるような衝撃と共に鼓膜を圧する轟音が響いた。

 穂先が触れたはずの川面が爆ぜ、川底の岩盤を砕く硬質な感触が槍を通して腕まで伝わる。見上げれば、炸裂した川の水が巨大な水龍となって天へと咆哮し、陽光を遮るほどの豪雨となって降り注いできた。


「……やりすぎたか」


 ずぶ濡れになりながら、呆然と呟くしかなかった。


「……器様、力と精度、<御剣導技>を元にした<御槍導技>の威力などは申し分ありません。ですが、まだ力押しの面がある。仙技とは、最小の力で最大の結果を生む『理』のこと。その力、百分の一で十分です」


 羅の言葉に、苦笑いで応えつつ、


「……承知した。〝コグロウの大針〟での扱いに似ているか」

「はい、言い得て妙、<禹仙針術>に近いと思います」


 羅の言葉の後、神淵残巻から槍を構えた仙武人ドレカムを彷彿とさせる武人の残像が出現した。


 残像は、一切の無駄がない完璧な一点集中の突きを披露――。


 水しぶき一つ上げず、ただ波紋だけを消し去るその一撃。

 勿論、<御槍導技>ではなく、ホウシン師匠が扱っている、玄智武暁流に近い流派の一撃。


 しかし、今の動きは『一の槍』の風槍流の<刺突>と似ている。

 そして、まったくの力みがないか、これも『理』の一つ。

 参考になる。


 ◇◆◇◆


 一方、沙の組では、試行錯誤が続いていた。


「くっそー! なんでよ!」


 レベッカが鋼の柄巻から放った蒼炎の刃が、またもや岩を大きく逸れて地面で大爆発を起こす。


 すると、神淵残巻から屈強で巌のような仙人の残像が現れた。


 その残像は、両手を交差しながら歩く。

 と体が前後にブレる。交差した腕が持つ神剣から蒼いエネルギー刃を形成される。

 それは、力を外に放出するのではなく、極限まで内に圧縮し、静かで高密度な刃。その神剣を振るうと、高密度な刃が飛び出て、岩と直撃する。


 レベッカたちは拍手。

 「仙人様、ありがとう」とお礼を言ったレベッカは、先程のその仙人と同じ挙動を取り、鋼の柄巻を振るうと、高密度な刃が飛び出ては、岩と直撃、その岩を滑らかに両断していた。


 その様子を見ていたエヴァが、


「ん、凄い!」

「ふふ、やったぁ」

「ん、次はわたし」


 と、静かに目を閉じた。エヴァは、先程の沙の言葉、『刃の形を維持することに集中せい!』という言葉の意味を自分なりに解釈していた。


「ん、――維持……」

 

 だけじゃない。<天地の霊気>で、私の魔力を『編み上げる』……? と、考えたエヴァ。


 すっと背筋を伸ばし、静かに構える。

 真剣な紫の眼差しがわずかに伏せられ、鋼の柄巻を握るその姿には、一切の力みがない。肘はゆったりと左腕を体の前方の腹部の前に保持をし、右腕はやや下げて、鋼の柄巻を握った構えのまま、ただ静かに、魔力が通されていく。


 銀河戦士カリームとして得たその柄巻が微かに振動し、放射口から高密度のエネルギー刃が「ブゥゥゥン」という音と共に形成された。


 刹那、エヴァは沙、羅、羅たち語った内容と、巻物を通じて流れ込んできた助言――『大河が満ちるように』という言葉を思い出した。


 ……<天地の霊気>をゆっくりと、そして優しく自身の刃に織り込んでいく。


 途端に放射口から新たな魔力のうねりが発生し、様相が変わり、水面のように揺らいでいた刃の輪郭が白銀の光で縁取られ、鏡のごとく静止した。


「――ん」


 刹那――鋼の柄巻を振るうと、そこから霊的な魔刃が迸る。

 爆発することなく、まるで一本の光の矢のように静かに宙を駆け、岩に吸い込まれるように着弾した。


 <バーヴァイの魔刃>が大幅に強化されたような新しい霊的な魔刃は岩を通り抜けて、背後の崖岩の表面には、髪の毛一本分ほどの、どこまでも深い亀裂が刻まれていた。


 ()の「――ほう、見事!」沙の感嘆の声と共に、力強い拍手が響いた。


 そして、


「二人とも静かな魔力の流れと力の黄金比(バランス)を身に着けたか、見事じゃ」


 沙の言葉に、二人は喜ぶ。


 ()は、


「次はサラもやってみよ!」

「はい――」


 <従者長>サラもまた、<筆頭従者長>レベッカと同様に苦戦していた。

 サラの愛剣ラ・グラスから放たれる刃は内に秘めた<赤竜ヴァルカの源>の力が強すぎるため、形こそ安定しているものの、魔力と仙氣と上手く融合せず、ただの力任せな斬撃となって岩の表面を削るに留まっていた。


「サラ! お主の内に眠る竜の力は強大じゃ! じゃが、今はその竜を御する『手綱』が必要じゃ! 仙氣を手綱とし、竜の力を刃の一点に収束させるのじゃ!」


 沙の檄を受け、サラは一度目を閉じ、精神を集中させる。

 サラの忠誠心と意志の力が、荒ぶる竜の力を御し、己の魔力と仙氣と融合させる。

 次に彼女が放った斬撃は深紅の魔力と清浄な仙氣が螺旋を描く美しい刃となり、岩に深々と突き刺さった。

 

 ◇◆◇◆


 舞い散る無数の光の木の葉を前に、ヴィーネとユイは何度も挑戦を繰り返していた。


「……だめ。どうしても数枚、取りこぼしてしまう」


 ユイが、三刀のうちの一本を振るい惜しくも三枚の葉を斬り損ねる。


「動きの軌道は完璧です。ですが、最後の一瞬、剣に込めた魔力がわずかに揺らぎました。その揺らぎが刃の長さと、剣圏の間合いを、ほんの少し縮めてしまっているのです」


 すると、神仙燕書から古代の仙王鼬族と思われる優雅な女剣士の残像がふわりと現れる。

 幻影は妖狐のように無数に尻尾を広げる。

 と、――言葉を発することなく、神剣ココナギただ一度だけ振るい前進した。刹那の一閃により、すべての木の葉を完璧に斬り落とす。


 そして〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟との繋がりで、ゆっくりとした剣の動作に見えるが、その秘奥は皆にも理解できた。


「今のは……大師母、スステン様……見事な<御剣・葉流閃>です……」


 ヴィーネがはっとしたように呟いた。


「……刃の長さを、魔力で……? そういうことですか」


 ヴィーネは一度目を閉じ、自身の剣と一体となるイメージを固めて、呼吸を整えた一弾指――。


 再び<御剣導技>で宙を舞うと、木の葉の渦の中心で、美しく身を翻した。放たれた一閃。それは、ただの斬撃ではない。彼女の剣から伸びた風の魔力が、見えない刃となって空間を駆け巡り、すべての木の葉を完璧に切り裂いてみせた。


「見事です、ヴィーネ。それが仙剣の『間合い』です」

 ユイは、「なるほど……うん――」


 ユイは、その〝神仙燕書〟の残像が消えると同時に――。

 鏡写しのように一挙手一投足、同じ軌道で宙を舞い、大師母スステンが行った妙技を完璧に再現してみせた。


「……っ!」


 貂は息を呑み、拍手することすら忘れて、ただ呆然とユイを見つめていた。


「大師母の……<御剣・葉流閃>を、一度見ただけで……」


 その声には、賞賛と共に、弟子が師の想像を遥かに超えていく瞬間を目の当たりにした者の、畏怖にも似た響きが混じっていた。

 

「ふふ、次は三刀流に活かしてみる」

 

 ユイは目を輝かせ、自身の三刀流での応用を模索し始めた。

 一方、二刀を構えたカルードは、異なる壁に突き当たっていた。

 彼の<暗迅天刀無>はあまりに速く、正確で、舞い上がる木の葉を一枚一枚「点」として撃ち落とすことは造作もない。

 しかし、貂の課題は「一振り」で「すべて」を斬ること。

 彼の剣術は、連続した個々の技としては完成されているが、それらを一つの大きな「流れ」として繋ぐことができないのだ。


「カルード、あなたの一撃は鋭く、正確です。ですが、それは『点』の剣。この試練が求めるのは、すべての点を繋ぐ『線』の剣です。技と技の間にある『流れ』……魔力、仙氣を用いて、その流れを生み出しなさい」


 貂の言葉に、カルードはハッとする。

 彼は自身の『曲池』に魔力を溜める技を応用し、仙氣を全身に巡らせる。そして、二本の愛剣流剣フライソーと幻鷺を一つの生き物のように連動させ、<宵暮の舞>を舞う。

 それはもはや個々の斬撃ではなく、一つの流麗な円運動となり、すべての木の葉を完璧に切り裂いてみせた。


 ◇◆◇◆


 稽古場のあちこちから伝わる歓声や氣の昂ぶりが、仲間たちの成功を告げている。レベッカも、ヴィーネも、もう次へ進んでいるようだ。

 その気配が肌をピリつかせ、焦りが胸の奥で黒い染みのように広がる。だが、それすらも意識の彼方へ押しやり、今はただ目の前の一点――波紋だけにすべてを注ぐ。


 隣で挑むキサラも、悔しさを滲ませながらも、その瞳の光は少しも揺らいでいない。羅は、ただ静かに俺たちの挑戦を見守っている。

 

 ――力ではない。理そのものになる。

 仙武人ドレカムの残像を脳裏に焼き付け……再び目を閉じた。

 穂先を見るのではない。己と槍と、あの波紋。三つを結ぶ目には見えない『線』だけを意識する。

 体を動かすのではない。その線上を、ただ滑らせる――。

 ふっと、全身から力が抜けた。力みも迷いも、今はどこにもない。

 滑空する体と一体となった魔槍杖バルドークの穂先が、川面の波紋の中心に、吸い込まれるように触れた。


 ――音は、なかった。


 水しぶき一つ上がらない。水面を揺らすこともない。

 ただ、そこにあったはずの波紋だけが、まるで幻だったかのように、すっと消え失せていた。

 耳に痛いほどの静寂、そしてたしかな手応え、成功の証しだった。


「……見事です、器様」


 初めて、羅の口元に、はっきりとした笑みが浮かんだ。


「それが『理』を穂先に宿すということ。その一突きが、あなたの新たな仙槍の始まりです」


 その言葉が、ダモアヌンの清らかな空気に、どこまでも心地よく響き渡った刹那――魂に直接染み込んでくる感覚となる。


 同時に繋がれた〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟がひときわ強く輝き、膨大な知識と感覚が流れ込んできた。


 ピコーン<理心一体>※恒久スキル獲得※

 ――<理心一体>の習得により、仙技<仙槍・無音突き>が派生しました。

 ピコーン<御槍・無音突き>※スキル獲得※


 新たな力が体に馴染むのを感じる。

 羅の言う「始まり」の意味を、実感として理解した。


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― 新着の感想 ―
<御剣導技>と<御槍導技> これ、どういう読み方なんだろうか? みつるぎと、みやり?みそう?
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