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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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1912/2032

千九百十一話 母の剣、娘の光

「ご主人様とマルア! 上です!」


 ヴィーネの鋭い声が響き渡る。

 見上げると、ドームの天井や壁の亀裂という亀裂から、黒々とした粘液の靄が滲み出し、歪な黒い熊型モンスターと黒い樹の人型モンスターへと変化を遂げた。


「――目が赤い黒熊怪獣か」

「黒樹人型モンスターも大量です、黒い粘液のようなモノは瘴気と毒が合わさったようにも見えます――」


 ハンカイとキサラの声が響く。


 黒熊怪獣と黒樹人型モンスターは耳障りな甲高い鳴き声、あるいは声なき怨嗟を撒き散らし、重力を無視して壁や天井を駆け出し、一部が襲い掛かってきた。


「相棒はナリアと血骨仙女たちの守りを考えてくれ――」


 <夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を召喚。ナリアの上空に向かわせ、真上に両手首を向けた。


「にゃご」


 相棒の声が響くと同時に――。

 左右手首の<鎖の因子>から<鎖>が真上に射出した。

 二つの<鎖>は真上の黒樹人型モンスターを穿ち、落下してきた黒熊怪獣を貫き、その死体を天井に運びながら突き刺さって止まった。


 両手首の<鎖の因子>へと<鎖>を収斂させ、体ごと天井へと向かった。


 邪魔な黒熊怪獣の死体を消す――。

 前転し、死体を蹴り上げてから、<血鎖の饗宴>を足下から発動した。


 <血鎖の饗宴>の無数の血鎖は両手首の<鎖の因子>の印から真っ直ぐ天井に伸びたままの<鎖>に氣を避けながら、蹴った反動で離れた黒熊怪獣の死体を貫き、すり潰すように倒しきる。

 天井の一部をも抉ったところで即座に<血鎖の饗宴>を止めた。


 天井の岩盤に刺さっている<鎖>を<鎖の因子>の印に収斂させ上昇し、味方の位置を見ながら――。


 左の天井から落下途中の黒熊怪獣たちへと――。

 《氷竜列(フリーズドラゴネス)》を発動した。


 腕先から左側の宙空の気温が急激に下がった。

 大氣の水が結晶と化し、複数の氷竜に変化を遂げる。

 氷竜は体から無数の氷の刃を生やし、遠雷の如き咆哮が発して直進。

 放たれた絶対零度の冷氣が、肌を刺す。

 氷竜に触れるよりも早く、黒い樹モンスターの十数体が、甲高い音を立てて凍り付き、砕け散った。


 複数の歪な黒い魔獣も凍り付きながら吹き飛び散った。

 氷竜は宙空で連鎖するように爆発し、左の宙空は一瞬でダイヤモンドダストと化して、天井も直線状に氷の樹と化し、雪化粧を施したようになった。


 天井に<鎖>の一つを射したまま右手に魔星槍フォルアッシュを召喚。

 すると、右の天井から黒い液体のようなモノが噴出し垂れながら黒熊怪獣に変化した。


 天井から垂れる粘液が、新たな敵と化す。――生まれる前に叩く! 即座に<雷光瞬槍>で肉薄し、下から掬いあげるように魔星槍フォルアッシュを振るい、<妙神・飛閃>を繰り出した。

 魔星槍フォルアッシュの穂先が黒熊怪獣の体を斜めに両断、倒した。

 切断した箇所から粘性を帯びた黒い液体が放出される。


 そのまま逆さま視点で戦場を把握――。

 黒熊怪獣と黒樹人型モンスターは、黒爪と黒い骨剣と、黒い樹と粘液状の黒い何かを吐き出して攻撃していた。天井から漆黒の液体、粘液のようなモノが垂れ続けているから、天井に片手を付け<始まりの夕闇(ビギニング・ダスク)>を発動した。


 瞬く間に、両手を基点に<始まりの夕闇(ビギニング・ダスク)>の漆黒の闇の魔力が円形状に広がった。

 

 <始まりの夕闇(ビギニング・ダスク)>の漆黒の闇魔力は効いたようで、天井から漆黒の液体と粘液は出現しない。黒熊怪獣と黒樹人型モンスターは止まる。

 しかし、黒い粘液は<始まりの夕闇(ビギニング・ダスク)>の範囲外の天井と壁の一部から、滲むように溢れ出て、それが不気味に蠢きながら黒熊怪獣と黒樹人型モンスターへと変化を遂げていた。


 <始まりの夕闇(ビギニング・ダスク)>の範囲外から敵は湧き続ける。


 キリがない。


 ――ならば、根を断つよりも、枝葉を刈り続ける方が今は早いか!

 闇を消し、右手に再び魔導星槍を召喚した。


 両手に<握吸>と<勁力槍>を発動――。

 と魔導星槍の握りを強くし、<始まりの夕闇(ビギニング・ダスク)>の範囲外で、粘液が垂れてそれが黒熊怪獣に変化を遂げる。


 そいつに向け<ブリンク・ステップ>で転移し、間合いを詰めた。

 <異空間アバサの暦>と<星ノ音階>を発動、魔星槍フォルアッシュと体から<異空間アバサの暦>の宇宙空間的な魔力が広がった。


「グェァァ」


 黒熊怪獣の体に宇宙的な星々の煌めきが重なり、、その大きい熊の体に六点の輝きが発生、その輝きは魔線で連なっている。

 音程とリズムを感じるまま、魔線に導かれるように、魔星槍フォルアッシュごと左腕が槍と化す勢いで<星槍・天六穿>を繰り出した。


 魔星槍フォルアッシュの穂先が煌めくまま瞬時に、黒熊怪獣の体を六度貫いた。

 漆黒の魔力から新たな恒星が誕生したように目映い閃光が幾つも生まれる。


 黒熊怪獣が大爆発を起こす。

 熱風と瘴気の悪臭が顔を叩いた。


 <武行氣>で飛翔し、宙空から、天井に出現した黒樹人型モンスターに近づいた。

 その黒樹人型モンスターに向け<魔雷ノ風穿>を発動し、体を魔導星槍で貫き吹き飛ばすように倒した。

 すぐに<鎖>を射出し、黒樹人型モンスターを突き刺し、天井に<鎖>を突き刺し、それを収斂させて、体を前に運ぶ。

 点々とターザンのように移動し、<武行氣>も使いながら、天井から垂れゆく漆黒の粘液を蒸発させるように<血魔力>を周囲に撒いては、<血鎖の饗宴>も使い、黒熊怪獣と黒樹人型モンスターを倒していく。


 眼下では、ハンカイの放った金剛樹の斧が、血の赤い軌跡を描きながら敵陣を蹂躙し、彼の手に寸分違わず戻っていくのが見えた。


 ミスティの魔導砲も炸裂し複数の黒樹人型モンスターを吹き飛ばす。

 暗器械から放たれたミニ鋼鉄矢も黒熊怪獣に刺さり、血鋼の技術が入ったように<血魔力>が放出されて、爆発すると黒熊怪獣は吹き飛んでいた。


 魔導人形(ウォーガノフ)のゼクスとルマルディとアルルカンの把神書も上空から滑空するように躍動。

 血骨仙女たちを守るように光剣を突き出し、黒熊怪獣の体を穿つ。

 アルルカンの把神書は<把顎・喰>を繰り出す。

 放射状に魔線の巨大な鮫が黒熊怪獣と黒樹人型モンスターを喰らうように噛み付き、倒す。


 ゼクスは頭部のフォークの形の眼窩が煌めく。

 イシュラの魔眼から破壊光線のようなビームが炸裂し、黒熊怪獣たちを一瞬で炭化させていた。


 その熱波がここまで届いた。


 ヴィーネも翡翠の蛇弓(バジュラ)から光線の矢を連続的に放つ。

 黒樹人型モンスターの頭部を射貫いていく。

 ユイとカルードも得物を振るい<バーヴァイの魔刃>を繰り出す。

 キサラも<光魔鬼武・鳴華>を発動、加速し、<暁闇ノ跳穿>で跳びながらダモアヌンの魔槍を突き出し、黒熊怪獣の頭部を穿ち倒す。

 レベッカの<光魔蒼炎・血霊玉>なども大柄の黒い樹の人型と衝突。爆発させるように倒している。


 エヴァは、<霊血導超念力>を使用。

 白皇鋼(ホワイトタングーン)の金属の刃で、シャナとナリアとジスリたちを守る。

 守りための、大きい盾と壁も作っていた。

 

 更に、五つの重そうなサージロンの球を同時に操作し、黒い獣に衝突させ潰すように倒している。


 シャナは喉元に嵌めている〝紅玉の深淵〟を煌めかせながら、氷竜レムアーガの幻影を背景に、<血ノ鳴魔声(ブラッド・ハヴァオス)>を繰り出す。

 アカペラの短い歌唱だが、<血魔力>を有した歌の衝撃波を複数の黒い樹の人型に衝突させ、一瞬でそれらを内部から破裂させるように倒していた。

 結構、凶悪的な強さだ。


「変わった粘液状の敵だが、光に弱い」

「うん、仙妖魔フーディと敵対していた何かの悪霊か、それ系のモンスターでしょう――」


 ハンカイとユイの言葉が響く。

 ジスリも、


「狼狽えるな! 陣を組め! 我らの聖地を穢す亡霊どもに、血骨仙女の意地を見せよ!」


 檄を飛ばし、血骨仙女たちが即座に防御陣形を組んでいた。

 

 先程使った<始まりの夕闇(ビギニング・ダスク)>の効果で、そこのエリアからは漆黒の粘液など黒熊怪獣と黒樹人型モンスターの出現はしてない。

 

 それもあって<聖刻・アロステの丘>を発動――。

 全身から光と闇の<血魔力>が爆発的に放出した。

 引き裂かれるような熱さに包まれながら<光の授印>が熱を帯び、そこから金色の光が溢れ出す。

 神々しい<血魔力>が宿した草に変わり、感触が自分の皮膚が変質していくような錯覚を生んだ。

 <血魔力>を有した大地の鼓動が、天井に丘を描く。

 自らの心臓と完全に同期する丘に、湧き出る水の流れは、血管を巡る血液そのもの――。

 光が地面と空間に広がり、複雑な魔法陣を描き出した刹那、世界の法則が塗り替えられるのを感じた。

 金色の光はアロステの丘自身が俺という器を通じて顕現し、聖なる領域が展開された。天井の一部は内部から破裂するが、金色の丘に様変わり。

 完全に漆黒の粘液の出現は止まった。

 後は下に降下した連中のみ――。

 即座に消費の大きい<聖刻・アロステの丘>を終わらせる。


 すべての武器を消す。

 右手に堕天の十字架を召喚し、<血魔力>を込め、<握式・吸脱着>を使い、掌の上に浮かばせ、握り方を変えながら槍投げを行うモーションを取り狙いを定めた。狙いは黒熊怪獣――。


 <握吸>を発動し、標的目掛けオーバースロー気味に、その黒熊怪獣目掛け<投擲>――。


 堕天の十字架は血と光の軌跡を描き、自動で敵群を貫きながら血継武装魔霊ペルソナが展開された、ペルソナは黄金に輝く無数の血刃を放って、黒熊怪獣と黒樹人型モンスターたちを切り刻む。


 降下しながら<握吸>。

 戻ってきた堕天の十字架を掴み消す。


 左手に魔星槍フォルアッシュを召喚。


 そして、<武行氣>を使い、宙空から黒樹人型モンスターに近づいて<血龍仙閃>――


 黒樹人型モンスターを両断して倒す。

 ヘルメが、「閣下、あそこの大柄の黒熊怪獣は魔法の耐性が高いです――」


「「はい」」


 と、ヘルメとグィヴァとミラシャンが《氷槍(アイシクル・ランサー)》と<雷雨剣>と<水晶銀閃短剣クリスタル・シルバーダガー>を繰り出し続けている大型の黒熊怪獣を見やる。


「にゃごぁ」


 黒豹(ロロ)の紅蓮の炎をも、大型の黒熊怪獣は「グィガァゴォ――」と咆哮を発し、光を帯びた魔法陣を発生させ、紅蓮の炎をも防ぐ。


 動きは鈍い。

「――ガォォォォ」


 ナイトオブソブリンの稲妻ブレスを大型の黒熊怪獣は背後から浴びたが、プスプス音を響かせ、体を燃焼させ、大半の黒い毛を逆立てては、傷をすぐに回復させていた。

 レベッカの<光魔蒼炎・血霊玉>の蒼炎の勾玉がその体をぶち抜いたが、肉の線維が渦を巻いて回復している。

 ユイの<バーヴァイの魔刃>を頭部に浴びると、大型の黒熊怪獣は数秒、動かなくなるが、回復。

 <隻眼修羅>で凝視すると、頭部と脊髄の連なりに弱点があるのが見えた。

 そこを突くとして、黒樹人型モンスターを標的に変えて倒していた黒豹(ロロ)とカルードを見やり、


「――相棒、カルード、あのデカブツを倒すぞ、頭部が弱点だ、攻撃を合わせてくれ、最後は俺が接近して仕留める」

「にゃおぉ~」

「ハッ、マイロード――」


 相棒の咆哮と、カルードの鋭い応えが重なる。

 次の瞬間、二つの影が同時に動いた。


 先に仕掛けたのはカルードだ。

 彼は地を蹴ると、大型の黒熊怪獣の巨躯を嘲笑うかのような俊敏さでその側面へと回り込む。残像が幾重にも見えるほどの高速移動。黒熊怪獣の鈍重な視線がカルードを追うが、まったく追いついていない。

 黒豹(ロロ)が、「にゃご」と細い紅蓮の炎を吐いた刹那、

「ハァッ!」


 カルードの気合一閃から、横回転、<舞斬>か。

 カルードの振るう両刃刀の幻鷺の刃と流剣フライソーの刃が、黒熊怪獣の足首に連続的に叩き込まれた。


 先ほどの魔法攻撃を容易く防いだ防御力とは異なり、物理攻撃には多少堪えるらしい。甲高い金属音と共に火花が散り、分厚い毛皮と皮膚を浅く切り裂いた。


「グオォォッ!」


 痛みと怒りに、黒熊怪獣が巨腕を振り下ろす。

 轟音と共に地面が砕けるが、カルードは既にそこにはいない。逆側へと駆け抜け、再び斬撃を浴びせている。

 敵の注意を完全に引きつける、見事な立ち回りだ。


 ――好機!


 黒熊怪獣の意識が完全にカルードへと向いた、その一瞬の隙。好機を逃さず、相棒が動く。

 紅蓮の炎を纏ったその体は、もはや黒豹というより一筋の灼熱の矢。カルードとは反対側から、音もなく跳躍し、黒熊怪獣の背中へと飛び乗った。


「にゃごぉぉぉっ!」


 今度は炎のブレスではない。

 魔法を防ぐなら、牙と爪を突き立てるまで。

 相棒は背中にしがみつくと、弱点である頭部を目掛け、その首筋に鋭い爪を立て、紅蓮の牙で食らいついた。


「グギャアアアアアアッ!」


 先ほどまでとは比較にならない、絶叫。

 大柄の黒熊怪獣は狂ったように暴れ、相棒を振り落とそうと体を激しく揺さぶる。

 だが、相棒は決して離れない。食らいついたまま、さらに深く、弱点へと牙を食い込ませようとしていた。


 二人の連携は完璧だ。

 カルードが敵の意識と攻撃を一身に引き受け、相棒がその隙を突いて急所を攻める。

 黒熊怪獣の動きが、確実に乱れ始めていた。

 周囲の黒樹人型モンスターを<血龍仙閃>で薙ぎ払いながら、機を窺いつつ腰の魔軍夜行ノ槍業に魔力を送った。


『シュリ師匠、最後の牽制に加わってください』

『ふふ、了解――』


 下に出していた<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>と魔軍夜行ノ槍業の間に魔線が繋がり、その魔線が拡大し輪状になるのを視界の端に捉えながら雷炎槍エフィルマゾルを放る。


 雷炎槍流シュリ師匠が魔軍夜行ノ槍業から飛び出ては、雷炎槍エフィルマゾルを左手で掴むと、加速しながら旋回しつつ、雷炎槍エフィルマゾルを振るい、黒樹人型モンスターを二体一瞬で屠る。


「ギュォ!!」

「にゃご」


 相棒が大型の黒熊怪獣の体勢を崩す。

 カルードが追撃の隙を作った。

 連携が生み出した好機に、シュリ師匠も加わるように、<雷炎縮地>を使用し、大型の黒熊怪獣との間合いを詰め、<雷炎槍・瞬衝霊刃>を繰り出した。


 大型の黒熊怪獣の頭部が消し飛ぶ。

 刹那、<隻眼修羅>でくっきりと浮かぶ。

 大型の黒熊怪獣の弱点、脊髄の連なりと再生していく流れだから浮かぶ弱点を完全に把握した。


 大型の黒熊怪獣が仰け反っている刹那――。


 <四神相応>と<月冴>と<魔銀剛力>と<魔闘術の仙極>と<メファーラの武闘血><滔天神働術>と<滔天仙正理大綱>を連続発動――。

 <仙魔・龍水移>を発動――。

 大型の黒熊怪獣との間合いを一瞬で潰したところで<氷皇アモダルガ使役>――。

 <召喚闘法>で氷皇アモダルガを纏って<氷皇・五剣槍烈把>を実行。

 ――幻影の熊手が俺と重なる。

 <霊纏・氷皇装>と融合した白銀の剣と槍の五本を両腕から突き出して、大型の黒熊怪獣の体と弱点を斬り、貫きまくる。


 氷皇アモダルガの猛々しい心を表に出すように、


「ウガァァァァ――」


 と咆哮を発しながら、再生しようとする大型の黒熊怪獣の内臓と血肉と筋肉繊維を構成する魔力そのモノを、<氷皇・五剣槍烈把>の白銀の刃で斬り、貫きまくった。

 

 大型の黒熊怪獣だったモノは完全に消えた。

 

「おぉ、見事です!」

「にゃご~」

「うん、お弟子ちゃん、でも、まだまだ残り敵は多いわ、雑魚を倒しまくるわよ――」

「はい――」


 その場は皆に任せ、下に向かう。

 マルアもデュラートの秘剣を振りかぶり、袈裟斬りに黒樹人型モンスターを斬り捨てていた。


 そのマルアの近くにいる黒熊怪獣へと〝闇遊ノ転移〟を使い近づいて、魔星槍フォルアッシュの<闇雷・一穿>を繰り出し、黒熊怪獣の腹をぶち抜き、吹き飛ばした。


 マルアは、


「――シュウヤ様、ありがとうございます――」

「おう」


 凛とした声と共に、デュラートの秘剣を抜いたマルアが背中合わせに立つ。

 その瞳に、もう怯えはない。


「背中は任せたぞ、マルア!」

「はい! あなた様の死角は、わたしが守ります!」


 魂の追体験によるシンクロが、意識を深く繋いでいる。マルアの覚悟、その呼吸のリズムさえもが、掌に取るように分かる。

 彼女の前に<導想魔手>を展開すると言葉を交わすまでもなく、俺とマルアは共に見えざる足場を蹴った。

 ワルツを踊るように、宙を舞う。

 俺が魔星槍フォルアッシュで<妙神・飛閃>を繰り出し、敵の体勢を崩すと、その光の奔流の中から、影を纏ったマルアの秘剣が閃き、残滓の核を正確に斬り裂いた。


 俺たちが中央で敵を引きつけている隙にジスリの的確な指揮の下、血骨仙女たちが側面から回り込もうとする敵を押しとどめる。

 その陣形の間隙を縫って、ナリアの剣技が閃光のように走り、黒樹人型モンスターを両断した。


『デュラート・シュウヤ様――』

『ああ、分かる!』


 マルアの思念が雷のように思考を貫く。

 マルアの思念が響くと秘剣から黒髪が伸びて、音波が放たれた。

 マルアは――<陰・鳴秘>を繰り出した。

 その黒髪と音波の剣筋を避けるのではなく、あえて受け流すように、<血魔力>を放出して<龍豪閃>を繰り出した。

 光と闇が触れ合うと凄まじい反発力が生まれたように音波とマルアの剣筋の軌道が予測不能に変化するように黒髪と剣刃が四方八方に伸びて、黒樹人型モンスターを討った。


 マルアのデュエット剣と槍の即席な二重奏が決まる。


 だが、黒樹人型モンスターは中央で渦を巻くように合体し始めた。より巨大な、憎悪の塊のようなボス格が生まれようとしている。


 魔星槍フォルアッシュを消す。


「器とマルア、あれは危険ぞ! フーディを追っていた者たちの怨念すら喰ろうておる!」

「おうよ」

「はい!」


 マルアの腰を抱き、<導想魔手>を蹴って大きく距離を取り、宙空で体勢を整え、槍を召喚した。


「<投擲>祭りといこうか!」


 魔槍グドルル、独鈷魔槍、雷式ラ・ドオラ――。

 三本の魔槍が三者三様の軌道を描いて憎悪の塊へと突き刺さる。

 だが、黒樹人型モンスターの塊は怯まない。

 槍が突き刺さった箇所から、逆に俺たちの魔力を吸い取ろうとしてくる。


 <血道第三・開門>。

 <血液加速(ブラッディアクセル)>を発動。

 <仙血真髄>を発動した。

 丹田を中心に<血魔力>が咆哮を上げるように前進に広がる。血管という血管が激しく脈打ち、沸騰するような熱が体を駆け巡る。


「マルア、合わせろ!」

「はい、デュラート・シュウヤ様!」


 魔槍杖バルドークを左手に召喚。


 マルアはデュラートの秘剣を逆手に持ち替え、自らの胸に切っ先を向ける。

 マルアと呼吸を合わせ――。

 秘剣の柄が伸びて分裂し、マルアの黒髪と体が黒い粒子となって剣に吸い込まれていく。


 デュラートの秘剣を右手で掴んだ。


「喰エ、喰エ、螺旋ヲ、司ル、深淵ノ星――」


 ハルホンクが叫ぶ。

 俺はマルアと一体化したようなデュラートの秘剣を右手に、魔槍杖バルドークを左手に構えた。

 光と闇。槍と剣。俺とマルア。

 すべてが一つになる。


「――俺たちの〝光闇の奔流〟を示そうか」


 デュラートの秘剣を振るう――。

 マルアの姿を伴った巨大な<バーヴァイの魔刃>の斬撃が飛ぶ。

 右手の魔槍杖バルドークを振るうと魂を宿した<血魔力>の<バーヴァイの螺旋暗赤刃>を繰り出した。


 光と闇の奔流のような<バーヴァイの螺旋暗赤刃>は螺旋を描きながら憎悪の塊へと直進。


 マルアの姿を伴った巨大な<バーヴァイの魔刃>と<バーヴァイの螺旋暗赤刃>は憎悪の塊を貫いた。

 刹那、光が闇を抱きしめ、闇が光を受け入れるように、憎悪の塊を黒髪が貫きまくる。そして――浄化していくように蒼炎に包まれた。


 断末魔の叫びすらなく、巨大な残滓は静かに光の粒子となって消えていく。


 後には、星空の祭壇の、本来の静寂だけが残された。

 デュラートの秘剣から自然と出たマルアは氣を失った。そのマルアの体を抱える。

 彼女の寝顔は、安らかだった。


 そして、祭壇の中央に安置されていた一本の古びた剣が、俺たちを祝福するかのように、ひときわ強い、優しい光を放ち始めていく。胡蝶蘭と似た模様が刻まれている柄からして……フーディが使っていた剣だろうか……。


 その光は、まるで陽だまりのようだった。

 戦いで張り詰めていた神経をじんわりと解きほぐしていくような温もり。腕の中で眠るマルアの寝顔が、心なしか安らいで見える。激しい消耗で青白かった彼女の頬に、わずかに血の氣が戻っていた。


「……シュウヤ!」

「ご主人様!」


 背後からハンカイとヴィーネの声が飛んでくる。

 振り返れば、仲間たちが安堵の表情でこちらへ駆け寄ってくるところだった。ジスリ率いる血骨仙女たちも、深く息をつきながら、敬虔な眼差しで光の源――祭壇の剣を見つめている。


「見事だったぞ、二人とも。特に最後の連携は、神話の一幕かと思ったわい」


 ハンカイが豪快に笑う。その視線は、俺と、腕の中のマルアに温かく注がれていた。


「ええ、本当に……。マルアも、よく頑張りました」


 ユイがそっと近づき、マルアの髪を優しく撫でる。その手つきは、まるで妹を慈しむ姉のようだった。


「ん……」


 その温もりに応えるように、マルアの睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれた。

 まだ少しぼんやりとした彼女の瞳が、俺の顔を捉える。


「……シュウヤ、様……?」

「ああ。終わったぞ、マルア。よくやったな」

「……はい。あなたと、共に……」


 ふわりと、彼女が笑う。

 これまでの怯えや悲しみが浄化されたような、一点の曇りもない笑顔だった。その笑顔に、俺の心臓が不意に大きく跳ねる。


『――来たれ、継ぐ者よ』


 凛とした、けれどどこか懐かしい声が、頭の中に直接響いた。

 俺だけじゃない。マルアも、他の仲間たちも、はっとしたように祭壇へ視線を向けていた。

 声の主は、光り輝く古びた剣。


 マルアをそっとユイに預け、一歩、また一歩と祭壇へ近づく。

 剣は、鞘に収められたまま石の台座に突き立てられていた。

 装飾はほとんどなく、ただただ永い時を経てきたことだけが分かる質実剛健な長剣。だが、その刀身から漏れ出す光は、先ほどまでこの場を支配していた瘴気を完全に払い、神聖な空気で満たしていた。


「懐かしい血と魔力を感じるぞ……我が名は〝浄光のデュランダル〟。永きに渡り、この地を穢す怨嗟を封じてきた。だが、それももはや限界。我が光を受け継ぎ、闇を扱える、新たな担い手を待ち続けていた――」


 剣の声は、淡々と、しかし切実に響く。


「俺たちが……その担い手、だと?」

「否。汝らではない」


 きっぱりとした否定に、思わず眉をひそめる。

 では、誰だというのだ。


「我が主となる者はただ一人。フーディとデュラートの血脈と仙妖魔の黒髪。そして、光と闇の<血魔力>を得ている女だけだ」


 剣の光が、ひときわ強く瞬いた。

 その光は一本の筋となり、仲間たちの間を抜け、まっすぐに――ユイに支えられながら立ち尽くす、マルアへと降り注いだ。

 光の周囲に光の蝶々が舞う。

 マルアが光に包まれる。

「わぁ~素敵♪」


 フォティーナも反応したが、


「――わ、たし……?」


 光に包まれたマルアが、信じられないといった表情で呟く。

 

「お前が触れば、我のフーディが託した役目も終える、さぁ、来るのだ黒髪の女よ……」


 剣が呼ぶ。


 光の一部が胡蝶蘭の花弁となってひらひらと舞った。


「あ……胡蝶蘭……お母さん……」

 

 デュラートの秘剣を受け継ぎ、フーディを母に持つマルアこそが、この聖剣に選ばれる資格を持つ唯一の存在か。


 まさに母の剣、娘の光だな。


 マルアは何かに導かれるように、ゆっくりと祭壇へと歩みを進める。

 震える手で光り輝く剣の柄へと――そっと、触れるとドーム全体が眩い光で満たされた。思わず目を閉じた。


続きは、明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中

コミック版発売中。

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