千九百五話 砂塵の坩堝、隻眼の血骨仙女
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血と砂塵の匂いが混じり合い、空気を灼く。
ゴルディクス大砂漠の西南に位置する岩窟地帯は今、三つの軍勢が互いの存亡を賭けて激突する、地獄の坩堝と化していた。
砂色の戦闘装束に身を包んだ集団の本陣。その中心で浮遊する女性は、眼下に広がる混沌を見下ろしていた。
琥珀色の瞳に魔力を通し、<アーメフの心眼>を発動――。
剣戟の音、断末魔の叫び、そして瘴気が立てる不快な音――そのすべてを捉えながら鋭い光を宿す瞳で戦況の僅かな隙間を見通し、片腕を上げると、珠色のマントが、血風に靡き、
「――第一隊、後退! 雨で敵の瘴気を洗い流す! 第二隊は狼を展開し、側面からの奇襲に備えよ!」
声が響く、この地獄にあってなお、凛とした冷静さを保っていた。
彼女の名は【メストラザン教主国軍】を率いるナリア・カリフーン。
彼女の部隊の任務は、教都メストラザンに巣くう役人たちの不正と、それに連なる無数の闇の調査、その元凶を仕留めることだった。
ナリアたちは、既に、教都メストラザンの副太守ドフ・コーチンに、砂漠都市ゴザートの太守ノトダアヌンと、運輸座、水油脂座、水座の大役人たちを粛清し、ギヴィーザン連座組合の幹部サザレリア、ドドディア、ソレアンを殺し、大幹部アマリとロクアの逮捕に成功している。
しかし、その背後の【天簫傘】、【八百比丘尼】、【阿毘】、通称三紗理連盟の闇ギルドの追跡はできないでいた。ゴルディクス大砂漠の各オアシス都市に潜伏している連盟の組織力は高く、捕まえても、尋問もできずに、牢獄の中で殺されていることが常だった。
ナリアは、『犀湖十侠魔人』の魔人たちと【瘴毒の黒手】の全貌はまだ掴めていないが、元凶の一人ブロッカの確かな情報を得て、この場を攻めていたが、任務は最悪の形で裏切られた。
ブロッカを追い詰めた先で待ち受けていたのは、伝説の血骨仙女軍。
そして、三者の戦力はあまりにも拮抗し、あるいは、自分たちだけが劣勢だった。
「隊長! ブロッカ軍の魔術師部隊が!」
部下の悲鳴。
見れば、敵陣から放たれた粘つくような紫の瘴気が、味方の防衛線を飲み込もうとしている。
「――神は慈雨を降らせる」
ナリアが天に手をかざすと、何もない空間から清浄な水の粒子が生まれ、瞬く間に広範囲へと降り注ぐ。人神アーメフより授かりし奇跡――<神降ろしの慈雨>。聖なる雨が瘴気に触れると、ジュウ、と肉の焼けるような音を立てて互いが霧散していく。
だが、それは一時しのぎに過ぎない。
ブロッカが率いる三紗理連盟と【瘴毒の黒手】の連合軍は、その物量を最大の武器としていた。倒しても倒しても、砂の中から、岩陰から、新たな黒装束の兵士たちが湧いて出る。
そして、それ以上に厄介なのが、もう一つの勢力だった。
「ぐあああっ!」
ナリアの部下の一人が、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
攻撃の主は、たった一人。
戦場の中心で、鬼神の如く槍を振るう隻眼の女傑――血骨仙女ジスリ。
彼女が振るう〝砂漠仙曼槍〟は、伝説通りの破壊力を秘めていた。
一振りすれば砂嵐が巻き起こり、突きを放てば大地そのものが悲鳴を上げる。彼女が率いる血骨仙女の一団は少数ながら、その一人一人がナリアの精鋭部隊数人分に匹敵する戦闘能力を誇っていた。
「隊長、これ以上は……我々だけでは持ちこたえられません!」
「弱音を吐くな! 我らは教主国の盾! 民を守る最後の砦だ!」
ナリアは自らを鼓舞するように叫び、虚空から半透明の狼を召喚する。
<虚ろな狼獣>。それは人神アーメフの眷属にして、ナリアの意志そのもの。狼は音もなく駆け出し、敵の背後に回り込むと、その幻影の牙で兵士の喉笛を掻き切った。
しかし、戦況は悪化の一途を辿る。
ブロッカ軍の物量、ジスリ軍の圧倒的な個の力。その両方に挟撃される形で、ナリアの部隊は徐々に、しかし確実に消耗し、陣形を縮小させていた。
もはや、壊滅は時間の問題。ナリアの唇に、苦い諦観が浮かびかけた、まさにその瞬間だった。
その地響きのような轟音に掻き消されるように
「「ウォォォォォォン」」
と、巨大なワームの音波が轟いた。
ナリアも、ブロッカも、ジスリも、戦場にいるすべての者が、反射的に聞こえた方角を見た。
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砂漠船は、風と魔力の双方を推力とし、黄金の海原を滑るように進んでいた。
見渡す限りの砂丘がうねり続ける光景は、ゴルディクス大砂漠の名に違わぬ絶景だ。灼熱の陽が全てを焼き尽くさんと照りつけるが、船を撫でる風と黒魔女教団が操る風の魔術のおかげで、甲板上は存外に涼しい。
そして、俺たちの船旅は孤独ではなかった。
船の左右、砂の海の中を、巨大なワームたちが併走している。時折、砂中から黒曜石のような巨体をのぞかせ、俺たちに敬意を示すかのように「ウォォン」と穏やかな鳴き声を響かせる。その振動は、足元から伝わり、どこか心地よい。
「すごい……本当に、言葉が通じているみたい」
船べりに寄りかかり、ミスティが感嘆の声を漏らす。彼女の喉元にも、<魔声霊道>を得た証である半透明の魔法防具が淡く輝いていた。
「ええ。ただの音じゃない……彼らの魂の響きが、直接伝わってくるようですわ。グフフ、この感覚、病みつきになりそう……」
クナが妖艶に微笑む。彼女たちもまた、ダモアヌン山の地下で、この古の力をその身に宿したのだ。中でも、ワームたちと最も深く心を通わせているのはシャナだった。
シャナは船首に立ち、目を閉じて、澄んだ歌声を砂漠の風に乗せている。
それは戦闘の歌ではない。かつて彼女の祖先たちが歌ったであろう、大地と生命への祈りの歌。その歌声に、ワームたちは心地よさそうに体を揺らし、時折、賛同するかのように穏やかな音波を返す。
この光景を見ていると、胸の奥が温かくなる。
これが、俺たちが勝ち取った絆の形だ。
その皆を見て、
「皆、ついでに、〝神仙燕書〟などの場所の確認をしたい。レガランターラ頼む」
「はい」
眷族たちの視線が集まる。
レガランターラは<血魔力>を発した。
俺も<血魔力>を放出し、レガランターラの髪の毛へと吸収された。
俺の<血魔力>を得た髪と髪飾りは艶が出ると、鈴が揺れて鈴の音を響かせてきた。
髪飾りの鈴が平たく拡がり、光の粒子が寄り集まって<九山八海仙宝図>を形作った。
そこには様々な山々と海と砂漠地帯のような場所が、中心の大きな山と小宇宙に切り分けられて載っていた。小宇宙須彌山を中心とする鉄囲山を連想する。
〝列強魔軍地図〟とはまた異なる幻想的な地図と成る。
〝神界楽譜〟、〝神仙幻楽譜〟、〝魔仙楽譜〟、〝神仙羅衝書〟、〝神仙樹剣巻〟、〝魔仙巻〟、〝神仙燕書〟、〝神淵残巻〟、〝神魔ノ慟哭石幢〟〝魔封運命秋碑〟。
〝紅玉の深淵〟と〝六幻秘夢ノ石幢〟は消えている。
ゴルディクス大砂漠が拡大され、〝神仙燕書〟と〝神仙樹剣巻〟がある地域が拡大され、その<九山八海仙宝図>の表面から魔線が迸っていくが、前方に二つの魔線が太くなって続いた。
地図を拡大、ひときわ強い光点が明滅していた。
その反応に、沙・羅・貂を宿す俺の左腕が、確かな熱を帯びるのを感じる。
「沙たちが求めていた〝神仙燕書〟と〝神淵残巻〟が眠る場所はここかな。シャナの〝紅玉の深淵〟があった時と似ている」
「はい」
「おぉ」
「この二つが、〝神仙燕書〟と〝神仙樹剣巻〟の在り処!」
『器よ、間違いない! 我らが永年追い求めていた氣配だ!』
『器様、ついに……!』
『はい!』
沙の興奮した声と、羅の感極まった声が響く。
左手の運命線の傷に熱を感じた。
「巨大ガヴェルデンたちが向かっている方角も同じ、近いです」
「汚染されたオアシスと、その元凶の【瘴毒の黒手】の拠点も、この方角か」
「「はい」」
すると、先の前方に、山が見えて、渓谷の一部が見えた。
緑は多くないから巨大な砂丘かピラミッドのような形にも見えるが……。
すると、キサラが、
「この方角はゴルディクス大砂漠の西南地方です。そこに枯れた泉が……」
四天魔女だったキサラの言葉に頷く。
続いて、四天魔女レミエルが、
「はい、手前が〝砂塵の骨瀑布〟です。山が〝暁の砂骨山〟。あそこには【突岩の街フーディ】という街があるはず」
「フーディか。そして、血骨仙女の片目はアイテムボックスにある」
「あ、血骨仙女の眼球は、地下オークションで……」
「ん、シャルドネたちと競り合って入手してある。マルアの隻眼にと語っていた」
エヴァたちの言葉に頷いた。
「あぁ、マルアを出すかな――」
デュラートの秘剣を取り出した。
――<光魔ノ秘剣・マルア>を意識し発動――。
一瞬で、デュラートの秘剣から黒髪が大量に噴出し、黒髪は一瞬でマルアに変化。
前と同じく、体現の仕方が結構なホラーテイストだが、かなりの美少女だから、良しだ。
マルアは、
「デュラート・シュウヤ様、敵はどこに!」
「敵は今のところは無し、今いる場所は、ゴルディクス大砂漠。向かっている場所が【突岩の街フーディ】という場所でもあるが、ワームたちが苦しんでいるところでもある。まぁ、〝知記憶の王樹の器〟を出すから記憶を共有しよう」
「は、はい! って……」
マルアは砂漠船から黄金の海原のようなゴルディクス大砂漠の景色を見やる。
その間に〝知記憶の王樹の器〟を取り出し、<血魔力>を注ぐ。
〝知記憶の王樹の器〟の溜まった神秘的な液体に指を漬け、魔力をまた注ぎ、記憶を操作。
そして、マルアに、
「マルア、毎度だが、これを飲めば、今の状況をすぐに理解できる」
と渡した。
マルアは両手に持った〝知記憶の王樹の器〟を見てから、
「――はい、デュラート・シュウヤ様と皆さまのことを理解します」
と発言し、〝知記憶の王樹の器〟の縁に小さい唇をつけながら器を傾けて、器に入っている俺の記憶入りの神秘的な液体を飲んだ。
マルアの両手が震えて恍惚しているような表情となったが、すぐに「……凄い……」と一言。
瞬きをしてから、笑顔を見せ、
「理解しました。横を併走している巨大なワームが巨大ガヴェルデン……シュウヤ様は、黒魔女教団と共にゴルディクス大砂漠を救っている!」
〝知記憶の王樹の器〟を返してくれた。
「おう、そういうことだ」
そのマルアと、四天魔女レミエルと砂漠船の調整をしている十七高手のカルラたちが挨拶し、仙妖魔のことを語り合う。
『沙たちも外に出ておこうか』
『うむ!』
『『はい!』』
沙・羅・貂たちの神剣が左手から出ると、一瞬で、沙・羅・貂たちは女体化し、砂漠船に着地。
沙たちも常闇の水精霊ヘルメたちと一緒に、空を飛翔しては、偵察をしてくれた。
やがて眼下に広がり始めた光景に、甲板にいた誰もが言葉を失った。
ゴオオオオォォ―――。
腹の底まで揺るがすような轟音が、大気の震えとなって肌を打つ。
地平線が巨大な裂け目となって口を開け、そこへ向かって砂の大河が滝のように流れ込んでいる。 まさしく〝砂塵の骨瀑布〟か――。
黄金色の砂は、裂け目に近づくにつれて速度を増し、渦を巻き、まるで生きているかのように蠢いている。
砂漠船はその奔流の縁、比較的流れが穏やかな場所を選んで慎重に進む。
それでも船体は時折、目に見えない砂の激流に捕らわれて大きく軋み、カルラたちが必死に魔力帆を操作して体勢を立て直していた。
そして、その名が示す通り、砂の流れの中には白く巨大な何かが無数に混じっているのが見えた。
「あれは……骨?」
ミスティが船べりに掴まりながら、信じられないといった声を漏らす。
太古の巨大生物のものだろうか。象牙のように滑らかになった巨大な肋骨が、一瞬だけ砂の表面に姿を現しては、またすぐに飲み込まれていく。時折、骨同士がぶつかるのか、カツン、と乾いた硬質な音が、絶え間ない轟音に混じってわずかに聞こえた。
「砂城タータイムを近くに呼びたくなるけど……下手に近づけば、あの砂の滝に城ごと引きずり込まれかねないな」
「はい。この砂漠船の位置はダモアヌン山にいる皆と、砂城タータイムにいるメルたちが把握済みですから、今は信じて進みましょう」
ヴィーネの言葉に皆が頷く。
視界の端では巨大ガヴェルデンたちもまた、この危険な領域を慎重な足取りで進んでいた。
クナが、
「後、レザライサたちはここに来たがっていましたけど、ダモアヌン山にも戦力はほしいですからね」
「あぁ」
半日ほどかけて、その死と砂の瀑布を渡りきる。
船体が安定した頃には、前方にそびえる〝暁の砂骨山〟の輪郭が、もう間近に迫っていた。
先行偵察に出ていた闇鯨ロターゼが、凄まじい速度で船へと帰還してきた。
「――主! 前方の暁の砂骨山の岩窟地帯で、三つの軍勢がやり合ってやがる! 紫の瘴気が渦巻いて、とんでもねぇことになってるぜ!」
闇鯨ロターゼの緊迫した報告に甲板の空氣が一瞬で張り詰める。
即座に船の速度を落とすよう指示した。
巨大な砂丘の陰に船体を隠し、息を殺して目的地を窺う。
ロターゼの報告通り、前方では地獄のような三つ巴の戦いが繰り広げられていた。しかし、遠目では詳細な戦力配置までは把握できない。
「……これだけの混戦だ。突入前に、より正確な情報が欲しい」
右腕の戦闘型デバイスを操作する。
デバイスの縁がプロミネンスを模した形状から、六角形の集合体であるハニカム構造へと変化。その孔から、蜂を思わせる数機の小型偵察ドローンが音もなく飛び立つ。
ドローンは砂漠の熱風に紛れて敵陣上空へと散開し、その映像が俺の視界の隅にホログラムとしてリアルタイムで表示される。
アクセルマギナとガードナーマリオルスも戦闘型デバイスから出した。
「アクセルマギナ、状況は理解済みだな? そして、ガードナーマリオルス、偵察用ドローンの投影をしてくれ」
「はい、魔銃にて皆さんをフォローします」
「ピピピッ」
ガードナーマリオルスの丸い体の表面から片眼鏡のようなカメラアイが伸び、そのカメラから魔力が宙空に照射され、それが一瞬にて、偵察用ドローンが投影しているホログラム映像に変化した。
そこには、目を覆いたくなるような惨状が映し出されていた。
最初の映像には瘴気に当てられ、紫の結晶に体を蝕まれながらもがき苦しむワームたち。彼らを囲むように立つ黒いローブの術師たちは、【瘴毒の黒手】の者たちで間違いない。
次の偵察用ドローンの映像には、物量で押し寄せる【天簫傘】、【八百比丘尼】、【阿毘】の連合軍。その装備は統一されていないが、連携は取れている。彼らを指揮しているのは、ひときわ巨大で禍々しい魔力を放つ『犀湖十侠魔人』らしき数名の魔人。
三番目のドローンの一機が、その魔人たちの中でも中心に立つ男の姿を捉える。豪華な装束を瘴気で汚し、冷酷な笑みを浮かべて戦況を見つめるその男の姿は、以前手に入れた指令書にあった指揮官「ブロッカ」の特徴と一致していた。
更に、『ウォォォン』と巨大ガヴェルデンから音波が飛来した。
ビジョンが、黒いローブの術師たちがいる足元の亀裂からその地下にある要塞を映す。そこには、禍々しい顔を持ち、豪華な身なりの巨人の骸骨系の魔術師の姿が映った。あいつが暁の墓碑の密使ゲ・バイ・ユグ・コーか。
暁の墓碑の密使ゲ・ゲラ・トーと似ている。
ワームたちを苦しめている元凶だろう。
そして、砂漠船にいる皆を見ながら、ドローンの齎した映像を見ている眷族たちに、
「地上で戦う勢力の一角は、粘つくような紫の瘴気といい、先日解放したオアシスで対峙した【瘴毒の黒手】の術師たちが使っていたものと酷似している。そして、個々の強さよりも物量で押し潰そうとする、あの波状攻撃……指令書にあった、ブロッカという指揮官の戦術だろう。そして、地下には、暁の墓碑の密使ゲ・バイ・ユグ・コーがいる」
「はい、教主国の軍隊と、【天簫傘】、【八百比丘尼】、【阿毘】、通称三紗理連盟の闇ギルドと指揮している『犀湖十侠魔人』に、あの魔槍使いは血骨仙女で間違いないです」
キサラの言葉に、ヴィーネが、
「血骨仙女の見た目はマルアと似ています。やはり黒髪の仙妖魔でしょうか」
「そうだな」
「仙妖魔か、神界から魔界とセラに堕ちた者たちで間違いない。次元の裂け目などで消えずに生き抜いた者たちだろう」
沙の言葉に、レベッカがはっとしたように声を上げた。
「待って! あの血骨仙女って片目がない! ペルネーテの地下オークションで落札した、シュウヤが持つ眼球の本人だったり、しちゃったりするの?」
レベッカの驚きの言葉に頷いた。
ガラス容器の中で、血色の五芒星を宿した眼球が、不気味にこちらを見つめていた。
「血骨仙女の片眼球の持ち主なら交渉として使えるか」
「うん、それにしても、本当に、本人なら、偶然とは思えないわよ」
「はい、地下オークションでの偶然の入手。隻眼のビロユアンにキスマリやマルアの隻眼にと考えていましたが……運命ですね」
「あぁ」
あの時は、ただの強力な魔眼アイテムとしか思っていなかった。
だが、今、目の前の戦場で鬼神の如く戦う隻眼の女傑と、その名が繋がる。
隣に立つマルアが、ホログラムに映るジスリの姿を見て、ゴクリと喉を鳴らした。
「あの方も仙妖魔。もっと古く純粋な仙骨の氣配……」
マルアの母、仙女フーディは仙骨種族と共に神界を追放された。
そして、ジスリたちが多く住むという【突岩の街フーディ】。
偶然にしては、出来すぎている。
キサラが、
「シュウヤ様。ジスリが血骨仙女であり、マルアが仙妖魔。そして、目と鼻の先にはフーディの街……これは、私たちが介入すべき運命なのかもしれません」
点と点を結びつけるように静かに確信を込めて語ってくれた。
その言葉が、脳内で絡まっていた幾つもの糸を一本の太い綱へと変えていく。
ワームたちとの約束。マルアの出自と、その母の名を冠した街。そして、まるでこの時のために手に入れたかのような、血骨仙女の眼球。
バラバラだったはずの出来事が、一つの大きな物語として、この場所で交錯しようとしている。 これは、単なる偶然ではない。
「――運命、か」
誰に言うでもなく呟き、ゴクリと喉を鳴らした。
眷族たちを見渡し、静かに、しかし確かな重みを込めて、
「見た通りだ。あの戦場は三つの勢力が入り乱れる地獄だ。だが、俺たちの目的は変わらない。ワームたちを苦しめる元凶を叩き、この地に巣食う悪を断つ。そして……」
ホログラムに映る隻眼の女傑――ジスリを真っ直ぐに見据えた。
「あの女傑が、俺の持つ〝血骨仙女の片眼球〟の本来の持ち主なのか……この目で確かめようか」
砂漠船は最後の加速を開始する。
甲板の最前線に立ち、俺は眼下に広がる地獄の坩堝を睨み据えた。
夥しい数の兵を駒のように使い、愉悦の笑みを浮かべる男がいる。ドローンの映像で確認した通り、あれが元凶の一人、ブロッカか。まず叩き潰すべき相手だ。
その対極で、鬼神の如き強さで戦場を蹂躙する隻眼の女傑、血骨仙女。
名は情報ではジスリ。
マルアと同じ古く純粋な仙骨の氣配を放つ彼女は俺が持つ眼球の本来の主かもしれぬ存在。その槍捌きには怒りか、悲しみか、あるいは修羅の覚悟か――今はまだ読み取れない。
そして、その二大勢力に挟撃され、今にも呑み込まれそうな陣を必死で支える一団。
中心で浮遊し、聖なる力で必死に兵を鼓舞する女性指揮官。身なりと旗からして、【アーメフ教主国】の軍隊、しかもエリート部隊だろう。
中心の指揮官の彼女の瞳の光は絶望の淵にありながら、まだ死んではいない。
三者三様の思惑と憎悪が渦巻く、救いのない戦場。
「皆、俺と相棒にマルアで最初に突っ込む。沙・羅・貂たちも空から俺たちの戦いに乱入できるようにしといてくれ。血骨仙女の強者とは、俺が当たる予定だが、マルア、交渉できそうなら協力してもらうぞ」
「はい」
「まかせろ!」
「「はい」」
「にゃお~」
皆の様子を見てから、船から飛び降りた。
<武行氣>で飛翔――。
光魔ルシヴァルと巨大ガヴェルデンの連合軍が、地獄絵図と化した戦場へと雪崩れ込んでいく。
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