千九百三話 砂漠の守護者と、清らかな間欠泉
「「「はい」」」
「了解、ワームたちの解放に挑戦」
「「うん」」
「閣下、左の術師たちはわたしが行きます」
「にゃごぉ~」
皆の言葉を聞きながら、黒いローブを着た術師たちの布陣を睨む。視線を巡らせる。術師たちの立ち位置、魔力の流れ、逃走経路――戦闘が始まる前の一瞬で、戦場の地図を頭に叩き込む。左手の指が無意識に動き、<鎖の因子>の感触を確かめた。術師たちは円状の蟻地獄の巣のような窪んだ地形の中と外にもいる。
砂の色合いもあるが、一帯は瘴気によって黒く汚染されている。
月光を受けるはずの砂粒が、まるで腐った血を吸ったように黒ずみ、触れれば崩れ落ちそうなほど脆く変質していた。風が吹くたび、その病んだ砂が舞い上がり、鼻腔を刺すような腐臭を運んでくる。
窪地の底には、大地の裂け目――地下深くまで続く無数の亀裂が口を開けていた。その縁は熱で溶けたガラスのように歪み、瘴気に侵された結果か、紫の結晶が悪性腫瘍のように盛り上がっている。そこからは、腐臭を伴う粘り気のある紫の瘴気が、まるで大地の呻き声のようにゴポゴポと音を立てて噴き出している。
亀裂の合間には、身動きが取れずにもがき苦しむワームたちの姿があった。その皮膚は瘴気に爛れ、紫の結晶のようなものが食い込んでいる。
円状の縁には魔法の膜が展開されていた。
檻の代わりか、ワームたちが外に行かないようにしているようだ。
亀裂からは、今も紫の瘴気が噴出し続けていく。
ワームたちの悲痛な叫びは<魔声霊道>を通し、魂の芯にまで響く。あの亀裂を破壊し、紫の瘴気の大本を破壊するとして、黒いローブを着た連中の数は、最低でも数百。
底の建物は地下から続いている魔塔だろうか。
すると、一部の術者が俺たちを見て、
「何者だ?」
「アーメフ教主国の軍部な訳がないから、冒険者たちか?」
「何者だろうと、この場を見た以上は、死んでもらおうか。そして、背後の砂漠船は壊すなよ、それ以外は殺せ――」
「「「「ハッ」」」」
左右の腕から無数の黒い触手のようなモノを出している二眼二腕の術者が指示を出す。
配下の術師たちは両手に持つ魔剣や魔杖から火の鏃と双蛇と骸骨の幻影を発している遠距離攻撃を繰り出してきた。
一部の術師はかなり強いと即座に理解した。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を発動し、それらの火の鏃、双蛇と骸骨の遠距離攻撃を防ぐ。
その大きい駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を盾にしつつ、砂丘から身を躍らせ<血道第三・開門>――。
<血液加速>を発動。
右手に堕天の十字架を召喚し<血魔力>を込めた。
「――皆、各個撃破、行くぞ」
「「うん」」
「「はい」」
砂丘の頂を蹴るように降下――。
世界がスローモーションと化すような加速と速度力――。
そのまま<砂状操作>を使い斜面を滑り降りながら魔法の膜の破壊を狙うように堕天の十字架を<投擲>した。
堕天の十字架は、<血魔力>を四方に噴出させながら斜面スレスレを飛翔し斜面を斬るように進む。
すると、血継武装魔霊ペルソナの一部が体現化。
その細い片腕から無数の血翼の刃が迸った。
血継武装魔霊ペルソナの血翼の刃は、砂を斬り、砂飛沫を発生させ、術者たちを両断していく。
堕天の十字架は直進し、一人の術者の頭部を貫き、二人目の術師の体を破壊するようにぶち抜くと魔法の膜をも貫いて、砂の根元を吹き飛ばすように突き刺さって止まった。
次の瞬間――。
堕天の十字架から<血魔力>が大量に迸った。
それが天使の翼のような模様を模りつつ魔法の膜を内から、因果そのものに影響を与えたように溶かすと、魔法の膜を破壊した。
中心にいた術師の結界を突き破ることに成功か。
紫の瘴気が弾け散り、儀式の魔法陣に亀裂が走った。
「「「げぇ」」」
「絶対者と双蛇神の防御膜が……」
「あの黒髪の槍使いを先に殺せ――」
「「ハッ」」
黒いローブの術師たちは俺に向け雷と風の魔法、魔矢を寄越す。<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>の守りはいらない――。
<砂状操作>を用いた移動はスムーズだ。
滑りながら魔法の膜の修復を図ろうとしている術師たちの一人に左手の<鎖の因子>から<鎖>を射出した。
<鎖>は直線状にいた術師へと伸びるように直進。
空気を切り裂く金属音と共に、ピュアドロップの先端が術師の防御結界に触れた瞬間――パリンと硝子が砕けるような音。結界など存在しなかったかのように、鎖の先端が術師の眉間に吸い込まれる。骨が砕ける鈍い音と共に頭蓋が内側から破裂し、灰色の脳漿が飛び散った。
勢いを殺さぬ<鎖>は、背後にいた二人の術師の頭部をも貫いた。一人目は反応すらできずに倒れ、二人目は己の運命を理解した瞬間、恐怖に歪んだ表情のまま糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
その<鎖>に鞭を放ち、<鎖>に絡み付いた。
干渉しようした術者がいたから<鎖>を消し――堕天の十字架を右手に<握吸>で引き寄せる。
堕天の十字架は、近くにいた術師たちの体と衝突し、吹き飛ばしながら右手に帰還した。
その間に、術師たちの眉間に光線の矢が突き刺さって倒れていく。
レベッカの<光魔蒼炎・血霊玉>の蒼炎の勾玉を喰らって吹き飛んでいる術師もいた。
ユイとカルードの<バーヴァイの魔刃>を浴びて倒れていく。
その皆の攻撃を見ながら、右にいた術師たちへと――。
<鎖>と《連氷蛇矢》で牽制し、同時に、台として、俺を持ち上げるように砂を操作した。
そのまま大量の砂と共に上昇――。
高台となった砂丘から跳躍を行った。
<武行氣>で飛翔し、複数の遠距離攻撃を避けながら、次の砂丘へと跳び移る。またも<砂状操作>を使用し、砂の上をスライディングしながら滑り、そのまま光と闇の運び手の背と両足の甲をも利用し、砂丘を滑り降りていく。
自然とスライディングしながら立ち上がって敵の術師たちと苦しむワームたちを凝視。
<隻眼修羅>と<刹那ノ極意>を意識し、発動した。
思考と行動の間にある無限にゼロに近い時間を支配する。
眼前に映るのは因果の線が絡み合う静止した時間――。
儀式を行う術師たちの魔力循環と淀み、呼吸と詠唱の間に生まれる無限にゼロに近い〝隙〟を見定める。
魔法陣を宙空に生み出している反応速度が速い術師がいる。
その手前の術師との間合いを詰め、左足の踏み込みから<魔雷ノ風穿>を繰り出した。
堕天の十字架の杭刃が術師の胸と上半身を貫く。
堕天の十字架を振るい術師の下半身を吹き飛ばし、堕天の十字架を消し、左手に青炎槍カラカンを召喚。
すると、
「――ッ!?」
円陣の中心にいた、ひときわ濃い魔力を放つ術師が俺の<魔闘術>系統のスキルの加速力と速度力を有していたようで、魔杖から巨大な鏃のような火と雷と風の魔法を繰り出してくる。
俄に、術師の強大な魔力を前に、内に眠る力を一気呵成に解き放つ。
<四神相応>で世界の理を自らの内に引き込み、<血脈冥想>でその膨大な力を瞬時に掌握。
間髪入れずに<青龍ノ纏>を発動させると、心に棲まう青龍の咆哮が魂に響いた。<青龍ノ心得><煌魔葉舞><滔天神働術>――思考と詠唱を置き去りにするかのような速度で、身体が最適化されていく。<黒呪強瞑><水月血闘法>、そして<戦神マホロバの恩寵>に至る頃には、上半身が神威の象徴たる濃い青に染め上がっていた。
心に棲まう青龍が『ギュォォォ』と思念を寄越すのを<血魔力>だけで手懐けた。
<青龍蒼雷腕>の青龍の一部が青炎槍カラカンに乗り移ると、青龍の魔力がバチバチと音を響かせる。
同時に《闇壁》を前方に、数個生み出して、巨大な鏃のような火と雷と風の魔法を防いだ。
<闘気玄装>と<青炎・突略歩>を発動――。
体からバチバチを音を響かせながら横を駆け、砂を蹴り、いきなりの直線的な動きで術師との間合いを詰めた。
因果の糸が見える。術師の次の動き、魔力の流れ、そして生命力が途切れる瞬間――すべてが水晶のように透明な理解となって脳裏に刻まれる。
殺すのではない。ただ、そこに槍があり、そこに敵がいる。その必然を完成させるだけだ。
――<刃翔刹穿・刹>を繰り出した。
青炎槍カラカンの穂先が術師の胸を貫くと、青炎槍カラカンから青白い炎が吹き荒れ、術師は燃焼しながら倒れていく。
右手に魔槍杖バルドークを召喚し、右に跳ぶ。
飛来してきた多数の棒手裏剣を避け、身を捻り、砂地を滑りつつ棒手裏剣を寄越した術者たちを見やる。
彼らは、
「「チッ」」
「素早い」
「この場を守るぞ、殺せ――」
と、言いながら加速して近づいてきた。
速い――。
連続とした手足の打撃の連撃を魔槍杖バルドークの紅矛と紅斧刃と螻蛄首で防ぐ。青炎槍カラカンの柄でも、魔剣の突きを防ぎながら後退し、周囲の敵を誘うようにゼロコンマ数秒待つ。
相対側にいる二人は直進してきた。
その刹那に<水月血闘法>を発動した。
<血魔力>を体から発し、周囲の術者の目潰しを行いながら跳躍――。
身を捻りつつ魔槍杖バルドークの<龍豪閃>で斜めに格闘の術者を斬り付けた。タフだが、効く。そのまま青炎槍カラカンの<血龍仙閃>でその格闘の術者の胴を抜くように斬り付けた。
体に深くかかった青炎槍カラカンの刃と螻蛄首にのたれかかった格闘の術者の体を振り払うように周囲の術者へと、その体を放ると、魔剣師の術者が魔剣を突き出してくる。
それを魔槍杖バルドークの柄で連続的に受け持ち、少し後退――。
横に移動しながら青炎槍カラカンで、術師者の下段を払うように<刃翔刹閃・刹>を繰り出し、魔剣師の両足を切断に成功。
だが、他の魔剣師が魔剣を突き出してくる。
それを魔槍杖バルドークの柄で受け止めて後退。右、左と、突き出てくる魔剣の連続突きからの両足裏での蹴りのコンボなどを、すべて、魔槍杖バルドークの柄で弾く、硬質な音が何度も響いた。
回りながら俺の首を狙ってくる魔剣師――。
かなり強い――数度の回り込みの魔剣の刃を、体勢を斜めにしながら魔槍杖バルドークを背後に回し防ぐ。
反撃の<妙神・飛閃>を避ける魔剣師へと<湖月魔蹴>の上段蹴りを繰り出すが、それを見るように一回転、砂煙を発しながら後退し、宙空に足場があるように、宙空から直進、身を捻りつつ連続的に魔剣を突き出してきた。蛇のように踊る刃――それらの連続突きを魔槍杖バルドークと青炎槍カラカンで、防ぎきる。
だが、
「もらった」
と発言した術者。
俺の両足には、砂から這い出ていた幻影の髑髏たちが絡み付いていた。
即座に<血鎖の饗宴>を両足から発動させ、血鎖の群れで、幻影の髑髏をすべて貫いて消し飛ばした。
<血鎖の饗宴>で術者を狙うが、術者は上昇しながら紫と白の煙のような魔力を足元に噴出させ、<血鎖の饗宴>をそれで止めてくると、前転しながら両手の魔剣を振るってきた。
<血鎖の饗宴>を止めながら魔剣の攻撃を防ぐが、今度は背から刃を生み出し、前転による斬り込み攻撃を続けてきた。
それらの連続攻撃を魔槍杖バルドークと青炎槍カラカンを盾にして防ぎ<槍組手>として武器を離した。
<姫魔鬼魔神武術>と<愚王流魔人拳法>と<魔人武術の心得>を意識し――。
無手に移行し、相手の回転に合わせ身を捻りながら<魔人武術・光魔擒拿>を発動、魔剣師の術者の両腕を掴み、そのまま宙空で<魔闘血蛍>と<黒呪強瞑>と<月光の導き>と<メファーラの武闘血>と<魔闘術の仙極>と<滔天神働術>と<滔天仙正理大綱>を連続発動し――。
魔剣師と共に高速にぐるぐると回り、その両腕を捻るように強引に千切った。
「――げぇ」
両腕を失った魔剣師の術者は吹き飛ぶ。
その吹き飛んだ術者に地面に落ちかけていた魔槍杖バルドークの竜魔石を蹴り、直進させ、その体に魔槍杖バルドークの穂先が突き刺さった。
青炎槍カラカンを消し、魔導星槍を左手に召喚。
右手に魔槍杖バルドークを<握吸>で引き寄せる。
キュベラスが<魔血晶ノ礫>を繰り出す。
エヴァが<霊血導超念力>で操作した金属の刃を飛ばし、ルマルディが、<炎衝ノ月影刃>を繰り出す。
アルルカンの把神書が、<把顎・喰>を繰り出し、ロターゼが、慎重に白い角を伸ばて、術者を倒していた。
すると、
「お前たちは、何者だ!?」
黒いローブを着た者が叫ぶ。
フードの奥から覗く顔は、人間のそれではなかった。
腐敗した肉が露出し、眼窩には紫の炎が宿っている――アンデッド系の魔術師か。両腕が触手で髑髏の魔力を有している。
そいつに向け、
「何者でもいいだろう。ワームたちの無念を知れ――」
怒りを込めて魔槍を振るう。
だが、敵も只者ではない。素早く陣形を組み直し、反撃の呪文を唱え始める。
「愚かな……この『腐敗の庭園』に踏み入るとは。我らは【瘴毒の黒手】――この地を永遠の死の楽園に変える使命を帯びた者!」
術師たちが一斉に杖を掲げると、地面から無数の腐った手が湧き出してきた。同時に、瘴気に侵されたワームたちが、狂ったように俺たちに襲い掛かってくる。
「シュウヤ、援護する!」
ユイが、イギル・ヴァイスナーの双剣で<聖速ノ双剣>を繰り出し、腐った手の群れを切断しまくる。聖なる光に触れて灰と化していく。
ヴィーネが全身に紫電を纏い、瘴気を切り裂きながら前進する。
<血道第二・開門>の<光魔銀蝶・武雷血>だろう。
戦迅異剣コトナギと古代邪竜ガドリセスを振るって瘴気を斬り、術者を斬り伏せていく。
その美しくも苛烈な姿は、まさに戦乙女のようだ。
「そこの術者!」
ミスティが叫びながらゼクスを展開させた。
魔導人形のゼクスは、両腕に嵌まっている新しい雷光を放っている鋼拳を射出させている。
紫の蒸気ごと術者を雷光の鋼拳でこっぱ微塵に破壊していた。
あれは〝雷轟の竜角〟と〝雷光の心臓石〟を元にした新しい武器かな。
エヴァが、
「ん、ワームたちを傷つけないで! 彼らは操られているだけ!」
白皇鋼の金属の一部が狂ったワームたちを優しく絡め取るように動きを封じ、区画に押し込めていた。
そして――。
「――聴いて、苦しむ同胞たちよ」
シャナが前に出た。
喉元の〝紅玉の深淵〟が輝きを放ち、<魔声霊道>のガスマスクが虹色に煌めく。彼女は深く息を吸い込み、魂を込めて歌い始めた。
それは古代ムリュ族とセイレーンの血が紡ぐ、浄化と癒しの歌。
澄み渡る歌声が砂漠に響き渡ると、狂ったように暴れていたワームたちの動きが、徐々に穏やかになっていく。
「馬鹿な……我らの支配呪文が……!」
術師たちに動揺が走る。
その隙を見逃さない――<聖刻・アロステの丘>。
全身から光と闇の<血魔力>が爆発的に放出される。
胸元が内側から引き裂かれるような熱さに包まれた。
<光の授印>が熱を帯び、そこから金色の光が溢れ出す。
神々しい<血魔力>が宿した草に変わり、感触が自分の皮膚が変質していくような錯覚を生んだ。
<血魔力>を有した大地の鼓動が、自らの心臓と完全に同期する。湧き出る水の流れは、血管を巡る血液そのもの。光が地面と空間に広がり、複雑な魔法陣を描き出した刹那、世界の法則が塗り替えられるのを感じた。
金色の光はアロステの丘自身が俺という器を通じて顕現し、聖なる領域が展開された。瘴気が浄化され、術師たちの闇の魔力が無効化されていく。
「ンン、にゃごぉぉ~!」
相棒が巨大な黒虎の姿となり、術師の一人に飛び掛かる。
鋭い牙と爪が、防御結界ごと術師を引き裂いた。
「グフフフ、こんな下品な瘴気、私のシュウヤ様には相応しくありませんわ!」
クナが妖艶に笑いながら月霊樹の大杖から魔刃を繰り出しながら、<血霊月ノ梔子>を展開させた。
術師たちの退路を断ち、同時に瘴気の拡散を防ぐ結界を張った。
「逃がさん!」
ハンカイが金剛樹の斧を振り下ろす。
大地が割れ、衝撃波が術師たちを吹き飛ばした。
だが、黒いローブの術師たちも必死だった。
中心にいたリーダー格と思しき術師が、懐から禍々しい紫色の宝珠を取り出す。
「くっ……ならば最後の手段だ! この地のすべてを、永遠の死で満たしてくれる!」
宝珠が不気味な光を放ち始める。
周囲の瘴気が一点に集まり、巨大な闇の渦を形成し始めた。
「させるか!」
<魔技三種・理>と<刹那ノ極意>を意識――。
<仙血真髄>を発動。
根幹に据え発動した刹那、丹田に渦巻く太古の魔力が咆哮を上げた。
その力は丹田を軸に全身を駆け巡り、膨大なエネルギーが指先まで満ち渡っていくが、<経脈自在>のおかげで全身の魔力を巡る速度は落ち着いた。思考は<月冴>によって氷のごとく研ぎ澄まされ、<月読>の力が、この混沌とした戦場の見渡していく。世界が止まったように見える中で、宝珠と術師の魔力の流れを読み取った。
――そこだ。
宝珠が最も魔力を集中させる、その一瞬の「刹那」。
<握吸>と<勁力槍>を発動。
<投擲>――魔槍杖バルドークが、まるで因果律そのものを貫くかのように飛翔し、宝珠の中心を正確に貫いた。
パリンッ
ガラスが砕けるような音と共に、宝珠が粉々に砕け散る。
集まっていた瘴気が暴走し、術師たちを飲み込んでいく。
「ぐああああ! まさか、我らが……!」
自らの瘴気に蝕まれ、術師たちは一人、また一人と灰になって消えていった。
戦いが終わり、静寂が戻る。
だが、問題はまだ残っていた。
瘴気は弱まったものの、大地の汚染は深刻で、多くのワームたちがまだ苦しんでいる。
「シュウヤ様……」
シャナが俺を見上げる。
彼女の瞳には、覚悟の光が宿っていた。
「今度は私たちが、この地を癒す番です」
「あぁ、そうだな」
<水霊の深淵>を発動する準備を始めた。
左手首の宇内乾坤樹の欠片が、呼応するように輝きを増していく。
「皆、力を貸してくれ。この地に、再び生命を取り戻す」
仲間たちが俺の周りに集まる。
ヴィーネの銀髪が風になびくのを横目で捉えながら、キサラの蒼い瞳に宿る決意の光を確認。レベッカの握りしめた拳から立ち上る蒼炎の揺らぎ、エヴァの静かな佇まいの中に秘められた力の片鱗――一人一人の表情と魔力の質を肌で感じ取る。
それぞれが持つ力を、一つの目的のために結集させる時が来た。
<水霊の深淵>――古代ムリュ族の秘術が、宇内乾坤樹の欠片の輝きと共に発動する。
意識が体を離れ、大地そのものと溶け合っていくと、あの忌まわしい亀裂の奥深くへと、真っ直ぐに引き込まれていった。
亀裂の内壁は、術師たちの邪悪な魔力で焼き固められ、ガラスのように黒光りしていた。
そこには、数えきれないワームたちの苦悶の痕跡が、怨念のように刻み込まれている。
意識は更に深くへ――。
瘴気の源流となっていたであろう空間は宝珠が砕け散った今も、禍々しい力の残滓が淀んでいた。
まるで、大地に穿たれた決して癒えぬ傷跡だ。
だが、その絶望の底で、不意にかすかな光を感じる。
枯れ果て、汚染された地下水脈。
その岩盤の奥底で忘れ去られたように眠る清らかな水の記憶。それ、かつてこの地が緑豊かだった頃の、大地の涙そのものだった。
「見つけた……こんな場所に……まだ、希望は残っていた」
その一条の光を目指し、全身の<血魔力>を惜しみなく地面へと注ぎ込む。
すると、宇内乾坤樹の欠片が反応し、地中深くへと根を伸ばし始めた。
「シュウヤ、私も手伝うわ」
レベッカが俺の手に自分の手を重ねる。
レベッカの<魔声霊道>の効果の喉を覆う魔法ガスマスクは蒼炎が少し混じっていて美しい。
ヴィーネも、
「ご主人様、私も」
「頼む」
二人の蒼炎と風の魔力と<血魔力>が、俺の水の力と融合し、より深く、より広く地下へと浸透していく。
「<魔声霊道>で、大地に眠る水の精霊たちに呼びかけます」
キサラがダモアヌンの魔槍を地面に突き立て、古の言葉で語りかける。
すると、地の底から微かな応答があった。
シャナが再び歌い始めた。
今度は悲しみの歌ではなく、希望と再生の歌。
セイレーンとムリュ族の血が紡ぐ、生命讃歌。
すると――奇跡が起きた。
地面に亀裂が走り、そこから澄んだ水が湧き出してきた。
最初は細い流れだったが、次第に勢いを増し、巨大な間欠泉のごとく、プシュゥゥゥ――と音を響かせながら光を帯びた水が噴き上がる。
すぐに、小さな泉となった。
「水だ……清らかな水が……!」
仲間たちから歓声が上がる。
噴出した水と、あちこちから湧き出た清らかな水に触れたワームたちが、次第に正氣を取り戻していく。
瘴気に侵されていた体が浄化され、本来の姿を取り戻していった。
「ウォォォン……」
ワームたちが、今度は喜びの声を上げる。
その声は<魔声霊道>を通じて、遥か遠くまで響き渡った。
すると、砂丘の向こうから、あの巨大ガヴェルデンを筆頭に、無数のワームたちが姿を現した。
彼らは、仲間たちが救われたことを感じ取り、集まってくれた。
巨大ガヴェルデンが、ゆっくりと俺たちに近づいてくる。
そして、その巨大な頭を下げた。
「ウォォォォォン――」
感謝の意が、魂に直接響いてくる。
言葉ではない原初的な熱い何か。
大地の鼓動にも似た振動が、骨を通じて心臓に共鳴する。巨大ガヴェルデンの複眼に映る自分たちの姿が幾重にも重なって見えた。その一つ一つに彼らの抱く希望が宿っているのを感じ取る。
敬意を込めて頭を下げた。
「約束を、果たせてよかった」
「ウォォォン」
「「「ウォォォン~」」」
巨大ガヴェルデンの口が開く。
渦が解かれるように開く動作は重い。
と、口内にびっしりと生えている鮫牙のような無数の歯牙は怖いが、磯の香りと共に優しい音波が響いてきた。
ワームたちは、喜びの歌を歌いながら、新たに生まれた泉の周りに集まっていくと、砂を掘り始めた。
驚くべきことに、ワームたちは協力して、大きい口で砂を吸引しては、口を閉じてドリルのようなワームらしい動きで直進し、砂を退け、羽毛のような触手を使い、泉から放射状に水路を作り始めていく。
かつての、この地が緑豊かだった頃の記憶を辿るかのようにな動きだ。
「すごい……ワームたちが、オアシスを再建している」
レベッカが感嘆の声を上げる。
「これが、彼らの本来の姿なのかもしれないな。破壊者ではなく、この砂漠の守護者」
俺の言葉に、仲間たちが頷く。
やがて、東の空が白み始めた。
新しい朝の光が、生まれ変わったオアシスを照らす。
水面がきらきらと輝き、ワームたちの鱗が虹色に光る。
「美しい……」
ミスティが呟く。
その時、俺の脳裏に、新たなスキル獲得の音が響いた。
ピコーン※<砂漠ノ守護者>※称号獲得※
※ワームたちとの絆により、砂漠での全能力が向上※
「ふっ……」
自然と笑みがこぼれた。
称号なんかより、ワームたちとの約束を果たせたことの方が、遥かに価値がある。
「さて、これでひと段落だが……」
仲間たちを見渡す。
「まだ、他にも汚染された場所があるかもしれない。ワームたちと協力して、このゴルディクス大砂漠全体を調査する必要がありそうだ」
「はい。私たちにできることがあれば、何でも」
キサラが力強く頷く。
「にゃー」
相棒も同意の鳴き声を上げた。
巨大ガヴェルデンが、再び俺たちに近づいてくる。
羽毛のような触手を伸ばしてきた。それに触れると、新たなビジョンが流れ込んでくる。砂漠の各地にある、他の汚染地点。
そして――より深刻な脅威の存在。
「……なるほど。【瘴毒の黒手】は、もっと大きな組織の一部だったか」
ビジョンの中には、砂漠の地下深くに築かれた巨大な闇の要塞が映っていた。
そこから放たれる瘴気は、今倒した術師たちの比ではない。
「本当の戦いは、これからということね」
「ガォォ」
「ガォ~」
レベッカがナイトオブソブリンとペルマドンを城隍神レムランの竜杖に付けるように仕舞う。
「あぁ、そうだ。新しい仲間と共にがんばろうか」
周囲に集まったワームたちを見渡す。
「うん」
レベッカも頷いて、巨大ガヴェルデンたちを見やる。
ワームたちの瞳には共に戦う意志が宿っていた。
「共に、この砂漠を守ろう」
旭日を背に新たな冒険への一歩を踏み出した。
ワームたちと人々が手を取り合う新しい時代の幕開けだ。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中