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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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1903/2029

千九百二話 ん、シュウヤの槍さーふぃんに挑戦!

 砂漠船は、結構、速い――。

 見渡す限りの砂丘がうねり続ける光景は、ゴルディクス大砂漠の名に違わぬ絶景だ。灼熱の陽が全てを焼き尽くさんと照りつけるが、船を撫でる風のおかげで、甲板上は存外に涼しい。


 遠くの空に闇鯨ロターゼの姿が見える程度。


 お、魔素だ、漆黒のワーム――。

 <魔声霊道>に反応していないが、すべてに反応するわけではないのか。


「あ! ワーム!」


 レベッカもワームに氣付いて細い腕を伸ばす。


「単独でもいます」

「あぁ、そうなんだな」

「はい」

「ワームは単独も多いんです」


 四天魔女アフラの言葉に頷いた。

 巨大ガヴェルデンとワームたちは纏まっていたが、今のように単独で動くワームもいるんだな。


 そして、巨大な砂大魚の群れと、それを追う巨大な砂鮫モンスターの群れが遠くに見えた。

 大蠍の群れも発見。

 空にはハゲワシのような姿のモンスターも多い。


「ふふ~」


 追突用の装備も付けられる船首像の上には、エジプト座りの黒猫(ロロ)がいて、砂漠の景色を不思議そうに眺めていた。

 その回りを、光の妖精フォティーナが楽しそうに飛翔していく。

 ()も、


「器も滑るのだ! <御剣導技>の訓練をするいい機会ぞ!」


 神剣に乗った()だ。

 砂漠船に併走するように、砂漠の上を軽やかに滑っている。


「おう、もう少ししたら挑戦しよう」

「うむ――」


 ()は加速、前進――。

 乗っている神剣の左右から砂飛沫が激しく散った。

 仙女のような和風ドレスのひらひらが、俺の目には不死鳥の尾のように映った。

 夏服仕様のシースルーで透け透けだ。

 それでいて薄着だからランジェリーさが増していた。


 紐パンなのも良い。


 ()(テン)も、<御剣導技>を使用し、神剣に乗って砂漠の上を滑るように進んでいる。

 時折、砂丘の天辺から飛び降りるように低空飛翔をしながら砂の上に滑るように着地をしてスケボーやスケートボードを行うように滑っていた。

 常闇の水精霊ヘルメも氷の板に乗りつつ砂を滑っている。

 闇雷精霊グィヴァと古の水霊ミラシャンと風の女精霊ナイアは普通に飛翔していた。

 砂漠船の先に小型の砂鮫が現れた。だが、奴らは俺たちの船を見るなり、慌てたように向きを変えて逃げ出した。

 すると、黒猫(ロロ)が「ンン」と「カカカッ」と喉音とクラッキングを響かせる。獲物に見えたかな。届きそうで届かない、追いかけることもできるが、しない、そのアンニュイさを音で表現するのは、まさに猫ならではだ。


 相棒が乗る船首像は小さいが随分と精巧な闇遊の姫魔鬼メファーラ様だ。船首像の下部と甲板と地続きの金属の分厚い補強板には髑髏武人ダモアヌンとダモアヌン山を背景にした四天魔女と十七高手たちの黒魔女教団が浮き彫り状に加工が施されている。

 振り向いて、


「ヴィーネたち、俺も泳いでくるとは言わないが、滑ってくる。モンスターが大量に湧いたら、各自迎撃行動に移ってくれ」

「ふふ、はい」

「はい」

「お任せを」

「了解」

「「うん」」

「では、よろしく――」

「ンン」


 黒猫(ロロ)も船首から降りたようだが振り向かず――。

 船の端の錨見台と似た板を越え、台の縁に乗った。


 少し歩いてから、眼下に広がるゴルディクス大砂漠へと躊躇なくその身を砂漠に躍らせた。


 落下しながら<武行氣>を発動――。

 ふわりと砂地に着地し、滑るように飛翔した。

 砂漠船の速度を追い抜かず、同じ速度で、併走。

 そして、船の縁に腕を当てながらヴィーネ、キサラ、レベッカ、エヴァたちを見やる。微笑んだ美女たちは良い。

 そして、大きい帆による風の推進力もあるが、レミエルが持つ黒魔女教団の魔道具の作用も砂漠船にはあるように見えた。


 そこで、砂漠船から離れた。

 ()()(テン)やヘルメたちが飛翔するゴルディクス大砂漠に向かうように飛翔――。

 広大な砂の海を、己の力だけで渡り切る。


 ナイアたちが寄ってくるのを見ながら暫く低空飛行を続けた。

 <武行氣>を使いつつ見えている風の魔力を両足で掴むように乗りつつ<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>を意識。

 砂の上を闇と光の運び手(ダモアヌンブリンガー)装備のブーツの底が優しく掴むように滑ることができた。


 風の魔力を両足に集中させる。

 更に、<煉土皇ゴルディクス・ララァの縁>の恒久スキルも意識、使用して、土の魔力の感知も強める。

 すると、ゴルディクス大砂漠の砂から砂の魔力を得るように、砂が両足に吸い付いてくる感覚が強まった。


 身に纏う闇と光の運び手(ダモアヌンブリンガー)装備の髑髏模様が少し変化、表面の『刹』のルーンの模様が赫く。


 <武行氣>を使わずとも、この速度での飛翔なら、滑り続けることができそうな予感がある。

 風と砂の精霊のような半透明な二匹の猫が出現。

 ゴルディクス・イーフォスとゴルディクス・ララァか。

 二匹は砂漠の上を高速に滑っては、楽しそうに先を行く。


「ンン、にゃおおぉ――」


 相棒も影響されたようで、砂漠船から跳び、黒猫のまま飛翔してくる。俺と同じことをしようとしているが、砂が四肢に引っ掛かって飛翔速度は減退していた。


「相棒、無理せず、最初は普通に飛翔しろ」

「にゃご~」


 黒猫(ロロ)の鳴き声を聞いて笑った。

 さて、ためしに<武行氣>の出力を最低限にし――。

 両足のブーツの抵抗感を活かすように砂地を滑るように進むことできた。これは楽しい――。


 その瞬間、脳内に新たな理が流れ込み、世界の情報として刻まれる感覚があった。


 ピコーン※<砂状操作(サンドコントロール)>※スキル獲得※


 おおぉ、<砂状操作(サンドコントロール)>を得た。

 砂を意のままに操る術――。

 近くを飛翔している()が、


「おぉ、器、<鎖>を使うかと思ったが、砂と風をコントールしているのか!」

「おう、<砂状操作(サンドコントロール)>を得た。このまま砂漠に慣れるため、()の<御剣導技>の訓練もかねて、<砂状操作(サンドコントロール)>を行う――」

「良いだろう、付いてこい!」

「おう!」


 ()は加速し、砂地を軽く裂くように進む。

 華麗だ。

 <砂状操作(サンドコントロール)>を使い砂を滑るように進みながら、初代ダモアヌンの幻影との稽古で掴みかけた新たな武の境地を再現しよう――<刹那ノ極意>を意識、発動。

 思考と行動の間に存在する、無限にゼロに近い時間を支配する理。

 

 この力を完全に使いこなせてこそ、真の闇と光の運び手(ダモアヌンブリンガー)と言えるだろう。

 しかし、<砂状操作(サンドコントロール)>はいける――()の<御剣導技>は、やはり神剣があってこそか。


「器よ、その調子だ――」

「おう、では――」


 合掌――全身から<血魔力>を放出させる。

 <血想槍>を使用した。

 戦闘型デバイスのアイテムボックスに保管してある数多の槍の中から、この修練に適した、合いそうな魔槍を――。

 雷光を纏った一振りの魔槍が出現。

 砂城タータイムで雷轟のラガル・ジンを討伐した際に得た、〝雷鳴竜槍ヴォルトブレイカー〟。

 竜の顎を模した穂先から、青白い電光がパチパチと火花を散らしている。

 前方の砂の斜面に合わせ、その雷鳴竜槍ヴォルトブレイカーを下手投げで少し<投擲>。

 雷鳴竜槍ヴォルトブレイカーが砂地の表面を少し裂きながら直線状に進む。そこに<血道第三・開門>――。

 <血液加速(ブラッディアクセル)>を発動。

 そして<闘気玄装>と<煌魔葉舞>も発動。

 加速したまま前進し、<投擲>した雷鳴竜槍ヴォルトブレイカーに飛び乗り――砂丘の急斜面へと滑り出した。


 ――ゴォォォッ!


 凄まじい速度で風を切る。槍から放たれる雷が、接する砂の表面を瞬間的にガラス化させ、摩擦を極限まで低減させる。

 これにより、ただ滑るのとは比較にならないほどの滑らかさと加速力を得ることができた。


 足元の槍から伝わる砂の振動、全身で受け止める熱風の圧力。これは、単なる移動術ではない。常に変化する砂の流れを読み、体幹と魔力制御だけで体勢を維持する、極めて高度な修練だ。


 更に、<砂状操作(サンドコントロール)>を意識して、雷鳴竜槍ヴォルトブレイカーに乗ってサーフィンを行った。


 氣持ちいい――。

 波乗りのように砂丘を駆け上がって、宙空に出る――。


「ははっ、こいつは面白い!」


 自然と笑みがこぼれた。

 

「器、それは――」

「はい、器様の<御槍導技>ですね!」

「閣下、砂のサーフィンに成功!」

「うふふ、御使い様が楽しそう~」

「シュウヤ~! 面白そう!!」

「ご主人様~」


 ()たちに砂漠船に乗っている皆の声を背に感じながら――砂の波を乗りこなすように、槍を傾けてターンし、砂丘から砂丘へと飛び移る。

 雷鳴竜槍ヴォルトブレイカーから伝わる振動が、足の裏から全身に響く。まるで槍と一体化したような感覚だ。

 ――風を切る音、砂が舞い上がる音、雷のパチパチという音――すべてが、感覚を研ぎ澄ませていく。


 槍サーフィンで砂丘を駆け抜けながら、久しぶりに心が躍るのを感じた。この広大な砂漠、照りつける太陽――。

 そして仲間たちの声援。冒険者として生きる喜びが、全身を駆け巡る。

 乗っている雷鳴竜槍ヴォルトブレイカーからパチパチ、バリバリと雷鳴が響く。

 周囲に<煉土皇ゴルディクス・ララァの縁>と<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>の魔猫たちの幻影が出現してくれた。

 

「ンン――」


 黒猫(ロロ)も低空を飛翔しながら付いてくる。

 しばらく滑走を続けた、その時だった。

 前方の砂地が、巨大な口のように盛り上がった。


「――グルォォォォォ!」


 地響きと共に現れたのは、全長三十メートルはあろうかという巨大なサンドワーム。


『シュウヤ様、そのサンドワームは、カオスワームです。倒しても問題ないかと思います』



 キサラの血文字に、雷鳴竜槍ヴォルトブレイカーに乗ったまま「了解――」と大声を発し、片腕を上げて応えた。


 カオスワームは、その口は無数の刃のような歯が渦を巻いており、俺たちを丸呑みにせんと迫ってくる。


「ちょうどいい腕試しだ!」


 速度を落とすどころか、むしろ加速する。

 ワームが吐き出す酸液のブレスを、槍サーフィンで軽やかに回避し、その巨大な体の側面を駆け上がった。


「にゃごぉ!」


 相棒が陽動としてワームの頭部へと飛び掛かる。

 ワームの意識が逸れた、その一瞬――『刹』。

 槍ごと跳躍する。宙空で体を反転させながら、時間が引き延ばされたような感覚に包まれた。ワームの動きが、まるでスローモーションのように見える。


 見えた――<刃翔刹穿・刹>――。


 思考と同時に、右手に堕天の十字架を召喚し、一撃を放つ。

 それは、ワームの予測不能な動きの中に存在する、ほんのわずかな因果の隙間を突く一撃――。

 杭刃が分厚い甲殻をバターのように貫いた。手応えから、神経中枢を正確に破壊できたと確信する。


 巨体が痙攣し、生命活動を停止していく。

 堕天の十字架を消しながら、〝雷鳴竜槍ヴォルトブレイカー〟の足場に着地し、滑りながら、横回転し、動きを止めた。


 その骸を静かに見下ろす。


「……これが、<刹那ノ極意>か」


 確かな手応えを感じ、再び槍に乗り込む。

 戦闘後、一息つきながら、訓練の成果を実感した。

 再び砂丘を滑り始め、西を目指す。


 俺が砂上サーフィンを楽しんでいると、キサラが船上から声をかけてきた。


「シュウヤ様、私も挑戦してみたいのですが」


 キサラの瞳には、珍しく好奇心の光が宿っていた。

 普段は冷静沈着な彼女だが、こういう時の表情は年相応の少女のようで、俺は思わず微笑んでしまう。


「いいが、まさか、ダモアヌンの魔槍を使う氣か?」

「ふふ、はい!」


 キサラは優雅に船から飛び降り、ダモアヌンの魔槍に跨がず、乗って着地。今までにないスタイルだから、少し緊張した面持ちで、槍の上に立っていた。


「ナイア、フォローを」

「はい」


 風の女精霊ナイアは風の魔力を噴出させて、キサラを支える。


「あ、ありがとう、でも、バランスを取るのが……思ったより難しいですね」


 最初はふらついていたが、さすがは戦闘で鍛えた体幹の持ち主だ。すぐに安定した姿勢を保てるようになった。


「よし、まずはゆっくり滑ってみろ」


 砂船から離れたキサラは、恐る恐る前に進み始める。

 砂の上を滑り出すと、彼女の表情が驚きから喜びへと変わっていく。


「これは……風が気持ちいいですね!」


 普段の凛とした雰囲気とは違う、無邪気な笑顔が眩しい。

 徐々にスピードを上げていく彼女を見守りながら、俺も並走する。


「シュウヤ~! 私たちもやってみたい!」


 レベッカの元気な声が響く。

 見ると、ヴィーネ、ミスティ、エヴァも期待に満ちた表情でこちらを見ていた。


「よし、みんなも挑戦するか」


 再び<血想槍>を使い、それぞれに合いそうな槍を選んで召喚した。

 ヴィーネには魔槍斗宿ラキースを。

 ナイアが風の魔力を送る。ヴィーネは風属性持ちなこともあり、<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>の魔力も得ながら、軽やかに槍に乗ると、持ち前の器用さですぐにコツを掴んだようだ。


「ふふ、これは新鮮な体験ですね」


 優雅に滑り始めるヴィーネ。

 その動きは、まるで氷上を舞うスケーターのようだ。長い銀髪が風になびく様子が美しい。


 レベッカには頑丈な王牌十字槍ヴェクサードを渡した。

 彼女は躊躇なく王牌十字槍ヴェクサードに飛び乗る。

 風の女精霊ナイアと<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>から魔力を得たレベッカは、


「よーし、行くわよ!」


 案の定、最初から全速力で突っ込んでいく。

 砂丘にぶつかりそうになって慌てて方向転換したかと思えば、今度は逆方向に暴走する。


「きゃあああ! 止まらない!」


 見ていてハラハラするが、彼女の場合はこれくらいが調度いい。

 転びそうになりながらも、楽しそうに笑い声を上げている。


 ミスティは〝大地竜槍テラブレイカー〟を受け取ると、少し不安そうに槍を見つめた。


「ミスティの場合は、無理して槍にしなくてもいいとは思うが」

「うん、シュウヤの<御槍導技>は楽しそうだからね。挑戦したい。でも、運動はあまり得意じゃないんだけど……」

「あぁ、ま、ゆっくりやればいい」

「うん」


 俺の励ましに勇気を得たのか、恐る恐る槍に乗る。

 最初はぎこちなかったが、風の女精霊ナイアに常闇の水精霊ヘルメも協力し、<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>と<煉土皇ゴルディクス・ララァの縁>の半透明な魔猫たちも出現して、ミスティを手伝うと、徐々に慣れてきたようだ。


「ふふ、これ……意外と楽しいかも」


 控えめながらも、確実に前進していくミスティ。

 彼女なりのペースで砂漠を滑っていく姿は微笑ましい。

 最後にエヴァ。エヴァは魔導車椅子のまま既に滑っているが、炎牙竜槍フレイムファングを手渡した。

 <砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>の半透明の魔猫の群れがエヴァの足元に集まる。


「ん、シュウヤの槍さーふぃんに挑戦!」


 エヴァは槍の上で見事なバランスを見せる。

 滑り出したエヴァは、まるで最初から砂上サーフィンをマスターしていたかのような滑らかな動き。時折くるりと回転してみせるなど、余裕すら感じさせる。


 五人それぞれが、自分なりの楽しみ方で砂漠を滑っている。


 みんなが楽しそうに砂を滑る姿を見ていると、不思議な満足感が胸に広がった。

 キサラの意外な一面、レベッカの無邪気な笑顔、ヴィーネの優雅さ――普段見られない仲間たちの表情に頬が自然と緩む。


 仲間たちとこうして冒険を共にできることの喜びを改めて感じた。

 強大な敵と戦うことも冒険の醍醐味だが、こうして仲間と笑い合える時間こそが、俺にとっての宝物なのかもしれない。


「シュウヤ、わたしも挑戦する~」

「マイロード、私もお願いします!」

「はは、いいぞ、最初は、砂漠船の速度に合わせて慎重に」

「うん!」

「はい!」


 ユイとカルードも槍サーフィンを楽しみ出す。

 そうして、


「おーい、みんな! あの砂丘の向こうまで競争しないか?」

「にゃご」


 提案に、全員が振り返った。

 それぞれの顔には、挑戦を受けて立つという意志が宿っていた。


「受けて立ちます!」

「負けないわよ!」

「ふふ、面白そうですね」

「ん、ロロちゃんが、すでに一番な氣がする」

「うん、もう駆けているからね」

「はは、相棒は氣にせず――」

「あっ、シュウヤもずるい!」


 砂塵を巻き上げながら、俺たちは一斉に砂丘へと向かった。

 ――この瞬間を、俺は一生忘れないだろう。


 そんな遊びをかねた砂漠奇行となった。

 陽がくれて、陽炎の向こうに、黒ずんだ影が見えてきた。


 夜となった。

 

 見上げれば、満天の星々が手を伸ばせば掴めそうなほど近い。砂漠の夜空は、こんなにも星が多かったのか。

 そんな昼夜の顔を幾度か繰り返す。

 ゴルディクス大砂漠のさらに奥深くへと進んでから、砂漠船に皆と共に戻った。


 左手首で微かな熱を放ち続ける宇内乾坤樹の欠片。


「シュウヤ様、今のところ周囲に敵性反応はありません。上空のアルルカンからも異常なしとの報告です」


 キサラが、船の揺れにも体幹を全くぶれさせることなく、凛とした声で報告する。傍らでは、ハンカイが巨大な金剛樹の斧を手入れしており、その眼光は常に砂の地平線へと鋭く向けられていた。


「分かった。警戒は解かずに頼む」

「はい」


 船上では、それぞれの仲間が己の役割を果たしていた。

 昼は観光のように砂地に飛び込む者も多かったが、今では、新しく覚えた<魔声霊道>を得たメルやクナたちが、ミスティに教えを請うように、その新たな感覚に意識を集中させる練習を繰り返している。


「……すごい。風の音に、色々な声が混じってるみたい……」

「グフフ、ええ、ええ。この感覚、病みつきになりそうですわ。シュウヤ様のお声も、もっと深くまで感じ取れるようになるかしら……」


 興奮気味のクナに、レベッカがやれやれといった表情で肩をすくめる。


「あんたは相変わらずね。でも、確かに奇妙な感覚よ。ただの砂嵐の音じゃない……何かの呻き声のようなものが、遠くから聞こえる気がするわ」


 レベッカの言葉に、皆の間に緊張が走る。

 彼女の鋭い直感は、これまでの旅で何度も俺たちを救ってきた。

 その時だった。

 左手首の宇内乾坤樹の欠片が、これまでとは比較にならないほど強く、脈打つように熱を放った。同時に、脳内に直接響くような、無数の苦悶の感情と鳴き声を察知した。


『『ウォォォン……』』

「「ウォォォン」

「――ッ!」


 <魔声霊道>を持つ者たちが、一斉に苦悶の表情を浮かべた。


「みんな、大丈夫か!?」

「シュウヤ……これは、ワームたちの声……! ものすごい苦しみと、悲しみが……!」


 ミスティが顔を蒼白にさせながら叫ぶ。

 その声は、先日対峙した巨大なワームたちの悲痛な願いと同じものだった。だが、その苦しみはより切実で、冒涜的な何かに汚染されていく絶望に満ちていた。


 シャナが、喉元の〝紅玉の深淵〟を強く押さえている。彼女の瞳には涙が浮かんでいた。


「シュウヤ様……この声、ワームたちの故郷から……彼らの魂が、穢されていく叫びです……!」


 その言葉に、一つの可能性が頭をよぎる。


「シャナの〝紅玉の深淵〟か。<水霊の深淵>のスキルで、この瘴気を浄化できるかもしれない。あるいは、この声に歌で応えれば、彼らの苦しみを少しでも和らげられる可能性はないか?」

「……やってみます。いえ、やらなければ」


 シャナが涙を拭う。その瞳に宿る決意の光を見て、俺は彼女の覚悟を感じ取った。力強く頷く彼女に、俺も頷き返す。

 船は進む。

 やがて、先行していたロターゼが凄まじい速さで船に戻ってきた。


「主、見えた! 前方に、枯れ果てた巨大なオアシスだ! だが、様子がおかしい! 紫の瘴気が渦巻いてやがる!」


 ロターゼの報告に、俺は即座に船の速度を落とすよう指示した。砂丘の陰に身を潜め、息を殺して目的地を窺う。目の前に広がる光景に、俺は息を呑んだ。これが地獄か――そう思わずにはいられない惨状が、そこにあった。胸の奥で、怒りがマグマのように煮えたぎる。


 かつては豊かな水を湛えていたであろう湖は完全に干上がり、大地は黒く変色して無数の亀裂が走っている。その亀裂からは、禍々しい紫色の瘴気が間欠泉のように噴き出していた。

 そして、その瘴気に当てられたのだろう。夥しい数のワームたちが、正気を失ったようにのたうち回り、鋭い牙で互いの体を傷つけ合っていた。


「なんてこと……これが、彼らの故郷……」


 ヴィーネが息を呑む。

 だが、問題はそれだけではなかった。

 汚染されたオアシスの中心部。ひときわ濃い瘴気が渦巻く場所で、複数の人影が動いている。

 黒いローブを深く被り、顔は見えない。しかし、彼らが円を描くように立ち、何か不気味な儀式を行っているのは明らかだった。彼らの掲げた杖の先から放たれる闇の魔力が、大地をさらに汚染し、ワームたちの苦しみを増幅させている。


「……あいつらが、元凶か」


 静かな怒りを込めた声が、隣から聞こえた。

 レベッカが、腰の新しい鋼の柄巻に手をかけている。

 ワームたちの悲痛な叫びが、<魔声霊道>を通して更に強く響いてきた。眷族と仲間たちの顔に、決意と怒りの色が浮かんでいた。

 約束を果たしに来た。その言葉を胸の中で反芻する。ワームたちの苦しみが怒りに火をつけていく。黒いローブの集団を睨み据えながら、奴らを一人残らず叩き潰してやると心に誓った。


 先ほどのカオスワームとの戦闘で掴んだ、因果の隙間を突く『刹』の感覚が、右手に蘇る。

 あの儀式にも、必ず詠唱や魔力循環の「隙」があるはずだ。


「作戦開始だ。儀式を行っている術師共の、僅かな隙を突いて一気に叩く。俺が切り込む、皆は援護を頼む」


 静かに告げると、仲間たちは力強く頷いた。


続きは、明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版も発売中。

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― 新着の感想 ―
<砂状操作>はシンプルな分、応用の幅が広そうなスキルですね。ハンカイが使っていた<大地共鳴・武装化>のようなスキル獲得も夢ではなさそう。 ゴルディクス大砂漠は、風・土属性の魔力やスキルを鍛えるにはう…
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