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十八話 最終試験

2021/02/02 14:57 修正

 湖畔での不思議な精霊との出会いから数ヵ月。

 秋の美しい紅葉に厳しい冬を越えて、もうじき春となる。


 今日も家族の皆でテーブルを囲い、いつものように朝食を食べている。

 ガヤガヤと笑顔を交えての会話と食事だ。


 今ではすっかりこの生活にも馴染むことができた。

 ゴルディーバ族の一家が、本当の家族のようにさえ感じる毎日だ。


 皆の笑顔を見ていると、心がほっこりとして温まる。

 家族団欒で過ごす幸せを教えてもらった気がするよ。


「……どうした? 食事に手をつけずに呆けた顔をして。今日は、シュウヤの総合的な力を見る訓練を行う日なのだぞ」


 師匠がそんなことを言ってくる。

 俺は呆けた面をしていたらしい。


「はい、大丈夫ですよ」


 目をキリッとさせて、笑顔で答えた。


「シュウヤ兄ちゃん、がんばってね」


 レファだ。いつも俺を元気付けてくれる。笑顔が可愛い。

 彼女は成長して少し身長が大きくなった。

 顔にはまだ幼さが残るが、ラビさんに似て美人。

 

 栗色の髪が滑らかだ。

 瞳もくりっと大きく、睫毛も目立つようになってきた。


「……あぁ、頑張るぞ」


 頷いて、レファに笑顔を返す。


「シュウヤ、大丈夫か? 爺は手厳しいからな? 今日の訓練、少し趣向が違うんだろう?」


 ラグレンは微笑を浮かべる。

 師匠へと目配せしていた。


「むっ、わしはそんなに厳しくないぞ? それに、だ。シュウヤ自身は、その厳しい訓練を楽しいと言っておった」


 師匠は俺を見て『そうだろう?』と同意を求める視線を送ってくる。


「確かに言いましたけど……」

「ほらな? それに今日から金牛の季節の春じゃ。シュウヤが来てから約一年。今までの修行の成果を改めて見たい。だから今日は最終試験と思え」

「最終試験……」

「どの程度成長しているか、楽しみだ。わしを満足させてくれるかもしれん」

「ほぅ、それじゃあシュウヤの卒業も近いのか。しかし、互いに白熱しすぎる傾向があるから、気を付けろよ」


 ラグレンは珍しく心配してくれてるらしい。


「はは、ラグレン、大丈夫だよ。師匠には、いつも模擬戦でコテンパンにやられてるけど、たまには見返して、パパッと師匠を倒して弟子を卒業してやるから」

「そうかそうか、ならいいんだ」


 そう言って、ラグレンは快活な笑顔を浮かべる。

 と、木のスプーンではなく大きい皿を直接口へ運ぶ。

 ぐいっとスープを飲み干していく。


 師匠も笑いながら、


「ははは、言うじゃないか。こりゃ楽しみだ」

「ほらほら二人とも、まだスープにトブチャの佃煮が沢山残っていますよ? ラグレンのようにとは言いませんが、おかわりも沢山あるので食べちゃってくださいね」


 ラビさんに食事を勧められた。

 因みにトブチャとは鮎に似た川魚。


 ラビさんのお手製料理はいつも美味しい。


「はい、頂きます」


 こうして、がやがやと会話しながら朝食を簡単に済ませた。


 俺は小屋に戻り、足払い的な柔道の受け身の動きで横になる。

 腕を枕代わりに――。


 少し汚い天井を見つめた。


 今日は特別な訓練がある。

 一年の集大成といった感じか。


 俺自身成長すると共に色々な経験をしたなぁ。

 またまたぼうっと呆けていく――。


 この一年の思い出が溢れてくる。



 ◇◇◇◇



 最初の【修練道】の訓練では、丸太の鉤爪や木人の杭刃に苦戦した。

 それから家畜のルンガを追い回して、投げ縄で捕まえたっけ……。


 薬草を磨り潰した液体をルンガの体に塗りまくったこともあったなぁ。


 野生のポポブムを捕まえるのは、本当に苦労した。


 レファに案内されて遊んだ天然の滑り台は楽しかった。


 秋だけに水が溜まる不思議な池で出会った水の精霊。


 美人だったが……うっ、これは思い出したくない……。

 あれは、普段発散せずに壮絶な訓練ばかりしていて性欲が溜まっていたせいだ……。


 その出来事を忘れるように頭を軽く振り、部屋に転がる俺が作ったヘンテコな椅子を見る。


 木工細工で椅子やら机だけじゃなく、将棋みたいな駒も作らされたっけ……。

 壁の補修では中塗り鏝で左官作業をしながらする魔力操作の修業を教わったり。

 斧に語りかけながら、その斧を磨いたりもしたな……。


 狩りでは植物採取の際に出くわした赤実熊(デゴザベア)

 あれは強かった。

 大蝶(ペロー)は苦戦せず。

 他にもゴブリンやヘンテコな巨大茸モンスターに葉っぱ大王的なおどろおどろしいモンスターも、一人で戦って倒すことができて嬉しかったが……苦戦もした。


 そうした数々の狩りやアキレス師匠との模擬戦のおかげで槍武術は格段に進歩したが。


 その都度、斬られ、突かれ、殴られ、蹴られの――。


「――思い出すと、武者震いが……」


 その激しい訓練で、<槍舞士>から<槍武奏>って戦闘職業へ変化を遂げた。

 これはあまりない職業らしく、アキレス師匠も知らなかった。


 ついでにその時、師匠の戦闘職業を聞いた。


 <武槍剣風師>とかいう職業。


 槍使い系と剣士系を修めていき、<魔技使い>と風属性が統合された結果、自然とこういう名前に成ったんだ。と自慢気に説明してくれた。


 そのアキレス師匠さえ知らない職業、<槍武奏>。


 まぁ槍の熟練者かって事で納得したのを覚えている。

 その直後に<槍組手>って恒久スキルも得た。


 <槍組手>は槍と体を使った近々距離に置ける格闘術に近い。

 独自の格闘術でCQCと似た動きだ。

 槍を封じられたと想定した場合の動きも組み込まれていた。

 格ゲーやらメタルギ○に嵌まり、総合格闘技、UFCを見るのが好きだった俺にはぴったりとハマる。地下で独自に格闘修行をがんばった甲斐があるってもんよ。師匠が言うには風槍流にも<槍組手>があるらしいが、俺が覚えたのは少し違うようだ。

 槍武術と合わせた<槍組手>にアレンジを加えた動きを繰り出すので、師匠が驚いていた。


 そして、最近になって、アキレス師匠曰く。

 槍だけならもうわしと同等かそれ以上だろう、と言われた。


 風槍流・神級の師匠にそう言われたんだ。

 御世辞でも、これは嬉しかったなぁ……。


「さてっ!」


 最終試験とやらをこなしてやろう。


 俺は気合いを入れて目に活力を宿す。

 あれやこれやと思いを巡らすのを止めて、黒槍を持ち小屋を出た。


 槍武術の稽古場でもあるいつもの広場へ向かう。


 最近は【修練道】にはあまり行っていない。

 訓練はもう模擬戦しか行っていないからだ。


 アキレス師匠は広場で黒槍と四本の剣の慣らし運転をしていた。


「シュウヤ、遅かったな。早速やるか。何度も言うが、今回は、お前の技をすべて出せ。わしを殺す気で挑んでこい。わしもすべてを使い対応する」


 師匠は一気に剣呑な空気を作り出す。

 にこやかな余裕顔を見せての語りよう。


 よ~し、今日は普段使っていなかったアレ(切り札)を使うか。

 殺す気まではいかないが、精一杯やりますよ。


 俺も負けじと余裕顔で答えた。


「……了解です。では、ナイフを止めて、師匠に作ってもらった新品のククリ剣を使うとします」


 黒槍を正眼に構え<導想魔手>を発動。

 <導想魔手(魔力の歪な手)>でククリの両刃剣を腰から引き抜く。

 宙に漂わせながら斬り上げ、斬り落としといった剣撃をククリ剣にさせていく。


 俺は黒槍を持つ右手首で宙に∞を書くように黒槍を動かす。

 ぶんぶんと黒槍からしなる音がする。


 ウロボロスの如く黒槍が上下斜めに回転していく。


 アクション映画でよく見られる棒術の一つだ。

 ここからはオリジナルだが――。


 持ち手を掌から指先へ移す。

 その指先を凹ませてペンでも弄って遊ぶかのように手の甲側へ黒槍を滑らせた。

 そのまま手の甲から手首の上へぐるぐる回る黒槍を上らせるように移動させつつ――。

 そのタイミングで腕に力を込める。

 

 総指伸筋を上に押し出す。

 筋肉で、タンザの黒槍を宙に跳ね上げた。


 すぐに左手で宙にある黒槍を掴む。

 そして、体勢を整え直しながら――。

 黒槍を握った左腕を前方へ伸ばしつつ――。


 突き、払いの型を繰り返す。


 最後には黒槍の穂先を師匠へ向けて、どっしりと重心を下げながら正眼に構えた。

 その演武の間にも……。

 

 宙に浮かぶククリ剣は、衛星のように俺の周りをぐるぐると回り続けている。

 アキレス師匠は俺の動きを見て微笑む。


「槍だけなら、本当にもう……わしを超え、達人の域をも超えとるな……だが――」


 師匠は話している途中で、いきなり吶喊してきた。

 同時に師匠の周りを回る四本の剣も付いてくる――。


 師匠のあの構えは<刺突>と見せかけた軽い牽制の突き。

 魔察眼で師匠の動きを捉える。

 ――思考が加速していく。

 アキレス師匠が体から発する<導魔術>――。

 光の枝? 光の帯?

 無数の魔線と繋がった四本の剣を目で追う――。


 剣はどれも意識があるように動く。

 あの剣は本当に厄介だ。

 周りに漂う四本の剣――。


 すぐに、その四剣の位置を把握する。

 師匠の扱う黒槍の下に一本――。

 俺の後方に回り込んだ一本――。

 師匠の左右の位置に、二本。


 合計四本の小剣と長剣だ。


 ――影が散らつく。


 剣の使い手が実際にそこに存在するかのようだ。


 魔察眼で見ると、師匠の<導魔術>の剣を操る光る帯が輝く翼に見える。

 その光る帯が俺の周囲を囲うように迫った。


 圧迫感(プレッシャー)が物凄い。


 こんな圧迫感(プレッシャー)に負けるかよ!

 俺はそう意気込み正面から突進――。

 繰り出されてきた師匠の黒槍を睨む――。

 黒槍の穂先で師匠の黒槍を跳ね上げた。

 師匠の黒槍を斜め上へ逸らすことに成功――。

 

 同時に<導想魔手>が握るククリ剣を自身の背中の防御へと回す。


 後ろから迫った師匠の<導魔術>の光る帯が操る小剣の攻撃を空中で受け止めることに成功――。


「魔技の技術が上がったな? 背中に目があるように見えたぞ」


 アキレス師匠は余裕だ。

 そのアキレス師匠が操る長剣の三本が、俺の足元と左右から迫った。


 右だ――。

 考えるよりも先に反応――。


 黒槍を斜め上へと回転させた。

 右から迫る長剣を往なし弾く。

 

 即座に魔闘脚で右に走る。

 他の長剣の攻撃を避けることができた。

 光の帯が操る長剣の斬撃が空を斬る。


 が、師匠は、俺が右に走って避けるのを読んでいたように――。

 間合いを詰めていた。

 唸りをあげた黒槍が俺の横っ腹に迫る。

 急遽――左手から<鎖>を射出――。

 横っ腹に迫った黒槍に<鎖>を直撃させた。

 

 師匠の薙ぎ払いを弾くことに成功。

 これにはアキレス師匠も驚きの表情を浮かべる。


 しかし、その表情も一瞬で終わった。

 師匠の目は冷静に俺を捉えている。


 師匠は視線を動かさず黒槍に刺さった<鎖>を強引に抜く。

 その引き抜く動作を利用して――。

 爪先を軸に体を横回転させる。

 遠心力を生かした黒槍の返し払いを繰り出してきた。


 また薙ぎ払いが俺に迫る。

 そのゼロコンマ何秒に閃く。

 

 瞬時にそのイメージを実行へ移した。

 それは防ぐのではなく攻撃に転ずるということ。


 宙に浮かぶ<導想魔手>が握るククリ剣を――。

 師匠の頭部へ投げ付けた。

 更に師匠の薙ぎ払い攻撃を無視する――。


 俺は黒槍を師匠の胸元へ向けて突き出した。

 師匠は咄嗟の連撃に対応。

 あっさりと薙ぎ払い攻撃を止めつつ片足で地面を蹴る。

 またつま先半回転でくるりと舞う。

 師匠は体を円軌道で動かしつつ回避行動を取った。

 俺の<導想魔手>から<投擲>されたククリ剣をあっさりと斜めに受け止めるようにして左へ流す。


 今度は反対の足を使い軽く回転。

 流れるようにくるりと躱す動きを繰り返す。

 胸元に迫った俺の槍突を難なく避けた。


 それは筆で半円を描くように滑らかな脚捌き。

 あんたはモハメド・アリかよ、と俺は心の中で毒つく。


 いつもより真剣な目付きだ。

 まるで精密な機械人形が踊っているようだ。

 入れ代わり立ち代わりが激しい。


 さっきから、素早すぎるだろっ。

 その踊り避けている最中にも、裏で師匠は<導魔術>を動かしていたらしく、弾いた小剣を拾い終わっていた。


 チッ、俺はまだまだ視野が狭い。


 また四本の剣が宙に漂う状態に戻っている。

 こうなったら――素早さには素早さだっ。


 アレ(切り札)を使う。

 ――<脳脊魔速>。


 瞬時に加速――アキレス師匠へ肉薄した。

 師匠の動きを追い越すように、黒槍の連撃を打ち出すっ。


 師匠は驚愕の表情を浮かべながらも、その視線は俺が撃ち出す黒槍の動きを追っていた。

 四本の剣と自身の黒槍を使い俺の連撃を防いでいく。


 五秒経過――。

 四本の剣の内、二本を弾き、師匠の肩や足に傷を負わせることに成功。


 十秒経過――。

 師匠は俺の速度に対応してきたのか、一本のみ弾けず残ってしまい、粘られる。


 一五秒経過――。

 一本だけ残っていた剣を弾くことに成功。しかし、師匠は<導魔術>の光の帯ごと守勢に回したようで、完全に防御の姿勢となった。


 二十秒経過――。

 ちっ、スキルが切れ、速度が落ちる――。

 師匠は当然と言わんばかりに、右の円軌道を維持した勢いを利用して反撃を繰り出してきた。


 俺の脇腹を潰すように黒槍が横一文字の如く迫る。


 それを――強引に<導想魔手>を広げ――防いでやった。


 <導想魔手(魔力の歪な手)>で師匠の黒槍を包み込むように掴む。


 攻撃を防ぐことに成功。


 へへ、やった。師匠の槍を封じた。

 だが、アキレス師匠は焦るどころか、ニヤッとして余裕顔だ。


「――ハハ、今さっきの連続突きでのあの速度はさすがにわしも驚いたぞ。それに今の時点で、そのオリジナルの導魔を防御に回すほどの判断力と術の完成度、実に見事だ……鬼手と言えよう。しかも、まだまだ発展させられそうだなっ、だが!」


 アキレス師匠はそう言うと、槍から手を離す。


 突如姿が消え――いや、跳躍か。

 しかも、師匠の光の帯が操る空中を漂う剣たちが左右から飛んできた。


 今度はそっちが<投擲>かよ!

 それに、またいつの間にか弾いた剣を――。


 あっ、今話していた時か。

 そんなことを思考しながらもすぐに反応。


 師匠の黒槍を握る<導想魔手>を離して、透明な魔力の手でパーを作るように広げた。

 その広げた<導想魔手>で師匠が<投擲>してきた剣を弾く。


 ――が、意識を<導魔術>に集中しすぎたせいで反応が遅れてしまう。


 師匠は飛び蹴りをかましてきた。

 俺はダダッと頭部と胴体に続けざまに二段蹴りを喰らう。

 鈍い音と共に頭が揺れる。


 体勢を後ろに崩してしまった。

 しかも、師匠は蹴り終わりの着地際での制動がない。

 流れるように動く。

 コンマ何秒の間に、華麗に<導魔術>を使って黒槍を拾い上げて自身の手に戻していた。

 その黒槍の穂先を俺に向けて、最後の止めといった感じに――。

 追い撃ちの<刺突>を撃ち放った。


 師匠の<刺突>は俺の鳩尾に吸い込まれてクリーンヒット。


 腹に――穂先がめり込んできた。

 鳩尾に刺さった黒槍の刃は鈍い音を立てながら腹の底へと沈み込んでくる。


「ガァッ――」


 師匠は続けて、黒槍を引き抜くと同時にミドルキックを浴びせてきた。


 俺は蹴りを喰らい、突き刺さった槍の傷から血飛沫を飛ばしながら後方へ吹っ飛んでしまう。

 いてぇぇぇっ、痛い。

 コンマ何秒がとても長く感じる。

 頭にダメージを受けたから受け身も反応もできない。


 <導想魔手>も消えて、黒槍も地面に落としていた。


「気を引くためにワザと話をしたが、あの鎖とオリジナルの<導魔術>、それに身体速度を上げる秘術には一瞬冷やっとしたぞ? だが、その秘術は悪手にも成り得るな。連続使用は無理なのだろう?」


 はは、ばれてーら。


「いてぇぇ、えぇ、その通りです」

「やはりそうか。しかし、腹に刃がもろに入ったが……大丈夫か?」


 俺の腹は深く切り裂かれていた。

 臓物が飛び出て、血が迸っていた……。


 が、もう既に傷口は塞がり掛かっている。


「痛すぎます……傷は塞がりますけど」


 しかし、内臓から激痛が走っているのは変わらない。

 痛いが我慢だ。

 多少強がって答えていた。

 死にそうだ……我慢というか、いてぇ、痛すぎる。


 しかし、アキレス師匠は強い……。


「もう一度!」

「さすがヴァンパイア系だ――」


 しかし、何度やっても同じ。

 <脳脊魔速(切り札)>もタイムラグを見抜かれて、徐々に対応されてしまった。


 原因はやはり手数の差といったところか。

 俺と師匠では<導魔術>の差が顕著に出る形となった。


 俺は槍を優先的に鍛えているし、ククリ剣を当然上手く扱えない。

 師匠の宙に浮く四本の剣を扱う動きを見て、真似をしてククリ剣を扱うが……。

 やはり上手くいかず――。

 新品のククリ剣はすぐに往なされ逸らされる。

 ククリ剣は宙を舞うだけだった。

 師匠の扱う<導魔術>の四本の剣と黒槍にいいようにもて遊ばれた。

 四本の剣は嘲笑うように俺の体を切り刻み、細やかに舞いながら襲ってくる。


 まるで、熟練の凄腕戦士四人と対峙しているようだ。


 それでいて、アキレス師匠の槍技は無双の如く。


 強く、速い。


 あっという間に、俺は自身の黒槍を四本の剣に封じられた。


 そのあとは為す術なく――。


 最後は師匠の黒槍の石突の攻撃を腹や胸に食らい、吹っ飛んでいた。


 力量の差は明らか。

 まさに巨象に立ち向かう蟻が如く。


 そんな気になるほどの、経験の差を感じていた。


 勿論、俺がなりふり構わずにヴァンパイアとして、怪物として力ずくで戦ったら俺が勝つと思う。

 が、そんなことをしても意味がない。

 意味がないが……実際に本気を出して戦ったら何かしらの技で対応してくるかもな。


 ほんと、恐ろしい爺さんだ。

 そのアキレス師匠は寂し気な表情で、


「ハァハァ、ここまでにするか。さすがに今日は疲れた。傷も受けてしまったしの……」


 そう言うと、息を乱しながら溜め息を吐く。

 黒槍を台座に立て掛けてから、梯子のある壁に向かいつつ、アキレス師匠の肩や足の傷口を見ながら、


「傷は大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。回復ポーションを飲めば一瞬で治る。それに、この程度の傷なら<魔闘術>で体内魔力を活性化させておけば、そのうち自然と塞がるだろう」

「<魔闘術>にはそんな効果が……」


 知らなかった。

 それにしても、<導魔術>で扱うククリ剣をもっと訓練したほうがいいな……。

 いや、でも槍もやりたいし……。


 俺はそんなことを考えながらアキレス師匠の後を追う。


 師匠はそんな俺の顔を見ていたようで、


「……シュウヤ、そんなに難しい顔をしなくても、もう十分強いぞ? それに今日の動きを見て、わしは大いに満足し、確信した」

「確信? 何をです?」

「それはだな、弟子としてのシュウヤは卒業だということだ」


 その言葉を聞き、思わず半笑いで答えていた。


「えぇ? またまたぁ~。俺が卒業? いまいち実感が……しかし、そんな難しい顔してましたかね? 俺はどう訓練しようか考えながら訓練するのが日々楽しくて仕方が無いって感じなんですが……」


 俺の半笑いにも、師匠は表情を厳しいままで崩さない。


「卒業と言ったのは本気だぞ。それと、それなら良いのだ。シュウヤの難しい顔を見て、つい昔を思い出しての……」

「昔?」

「あぁ、わしがまだ修行を兼ねて冒険者をやっていた時だ。よくそんな顔をしていると仲間に言われたもんだ」


 師匠は一瞬、昔を思い出すように顔をほころばせる。


「そうでしたか。しかし、俺は負けた。武といい精神といい、まだまだひよっこ。そして、俺自身、訓練が足りないような……」


 俺のその言葉に、アキレス師匠はほころばせていた表情を厳しくした。

 小鼻をふくらませて……。

 眉をキリッとさせて目付きを鋭くする。


「シュウヤ、お主は己を過小評価しすぎるところがあるな? 自ら侮りて人之を侮るだぞ」


 過小評価か。

 確かにそういうところはあるかもな……。


「……」


 黙って頷いていた。

 今の言葉、なんかどっかで聞いたような諺だ。


 師匠は厳しい表情を和らげて、笑顔を交えながら、


「まぁ、侮っているわけではなく、謙虚なだけといえばそれまでだがな? そういうわけで、卒業、合格だ」


 おぉ、免許皆伝か?


「ありがとうございますっ」

「……成長の証しを見せてくれた。わしは嬉しいぞ。この短期間にわしに傷を負わせるほどに成長するとは」

「だけど、まだまだですよ」


 師匠から色々学ぶうちに……もっと強くなりたいと、純粋に欲が出てきちゃったからな。


「またか、何を言っている。おまえは槍武術だけなら既にわしを超えているのだぞ? それがどういう意味か、わかっとらんようだな」


 そうは言っても……。


「……実感が」

「なぬ……今さっき、シュウヤがわしに負けたのは、わしが扱う<導魔術>の四本の剣があるからだ。わしの扱う<導魔術>は、五百年以上の経験が詰まっているからこその強さだ。気にするでない」


 確かにそうだけど。対人戦は師匠しかしらないし。


「はぁ……」

「全く、本当に分かっているのか? わしの風槍流・神級と言われた五百年の経験を一年で超えよって……」


 あ、そうとも言えるのか……師匠は微妙な困惑顔だ。

 そりゃそうだよな、生意気だった。


「……すみません」

「ふ、まぁよい。お前が日々武術の高みに登ろうと努力しているのは知っている。……だからこそ、何度も言うが、弟子卒業という言葉は、本当で本気(マジ)だ」


 はい、師匠の本気と書いてマジの言葉がでました。


「分かりました」


 卒業か……そしたら近いうちに旅に出るか。

 冒険者になる為の旅に。

 ロロのこともあるけど、俺自身も色々と楽しみたいしなぁ。


「後で最後の魔技である<仙魔術>を教えてやるからな? が、今はやることがある。さぁ、家畜を放ちに行くぞ。今日は夜までポポブム乗りだ」

「はい! ポポブム乗りは楽しいですから頑張りますよ」


 アキレス師匠は俺の楽しいという言葉を聞いて、


「ポポブムと言えば、レファも乗りたがっていたな……」


 そう思い出したように小さく呟いていた。


「レファ? まだ小さいですし危険なんじゃ?」


 アキレス師匠は黙って梯子を降りる。

 俺も続いて崖下へと移動。


 地面に足がつくと師匠は話を続けた。


「……小さいがもうじき十歳だ。ゴルディーバでは、そろそろ【修練道】で色々と教えていく年頃なのだ。……森の危険性や、この高原地帯も絶対安全ではない、ということを含めてな」


 師匠の絶対安全ではないという言葉を聞き、思わず――緑豊かな草花が生える高原地帯へと視線を移す。


「穏やかな斜面に……遠くに山脈が見えるだけに思えますけど……」


 綺麗な高原地帯。


「シュウヤはまだ見たことが無いからな。本当に稀なんだが、ドラゴン系のモンスターや闇虫(ダーク・ビートル)が現れることがある。前に家畜が襲われて……大半が喰われてしまった」


 師匠は過去を思い出すように話している。

 その目には悲しみの感情が込もっていた。ドラゴンは想像がつくが、闇虫(ダーク・ビートル)? 前に少し聞いたけど……悲しんでるところ悪いが、聞いてみるか。


「……ドラゴンは分かりますが、闇虫(ダーク・ビートル)とは?」


 師匠は顎を引くように一回頷き、口を開いた。


「……雑食で大きいわりに、素早く強い。見た目は全身真っ黒の闇色で、クワガタのハサミのような大きい角を頭から生やしている。特徴は内側の胴から臀部にかけて擬似的な緑光を発してから交互に闇の色を発するってところだな。虫系モンスターで、正式名称は知らん。こっちの物理攻撃もデカイ角と頭でその殆どが防がれるし、魔法も光系以外吸収されて効かない」


 そんな敵がいるのか、その姿を想像しながら、


「そりゃ嫌な敵ですね」

「うむ。いざ戦うとなると骨が折れる。光属性攻撃があれば一瞬だが、光属性攻撃なんてのは司祭か教会騎士クラスで無いとまず使えないからな? それに光属性攻撃で勝つと中身が消えるのが困る」


 中身?


「中身? 闇のクワガタの中身ですか?」


 アキレス師匠は、にやっとした後、


「そうだ。闇虫(ダーク・ビートル)は光属性攻撃がなくとも上手く胴体を突ければ倒せる。そしてな、中身の体液が貴重な闇油と呼ばれる真っ黒のグチョグチョした物なんだが、これには光以外を吸収する性質があるのだ。汚れも吸い取るから掃除にも使える。まぁ掃除に使うのはちと贅沢だが。弓の薬煉や布防具に刷り込むなどして対魔法装備を作るのが一般的といったところか」


 アキレス師匠は身ぶり手ぶりで闇油のことを説明しながら家畜小屋に入っていった。


「闇油、そんな便利な物があるんですね。でもドラゴンよりかは大分楽な印象を受けますが……」


 俺も師匠についていきながら話を続けた。


「単体ならな? 闇虫(ダーク・ビートル)はそれなりの数で現れる事がある」

「その言い方だと、ドラゴンと対峙したことがあるんですか?」


 俺は少し緊張して聞いていた。

 ドラゴンってファンタジーの代名詞だもんな……。


「あるぞ? わしが相手にしたことがあるのは中型だ。この辺に出没するのは小型だが。竜種もかなり多い……大型の古代竜(エンシェントドラゴン)と思われるモノなら、空を飛んでいるところを一度だけ見たことがある」

古代竜(エンシェントドラゴン)……」


 古代竜(エンシェントドラゴン)か……知能も高そうだ。


「わしが冒険者時代に見ただけだぞ? それよりも、小型の竜も十分に危険だからな? 火を吐くし、尻尾に、爪や牙も巨大だ」

「そうでしょうね。実際見たら驚きそうだ……」

「ま、見たら分かる。会いたくはないがな? さて……そろそろ家畜を離すぞ。これからポポブムでひとっ走りだ」

「はい」


 アキレス師匠は家畜小屋の柵を外して、大きく掛け声を出す。

 ルンガたちは一斉に小屋の外へ走り出していった。


「さぁ、わしらも行くぞ」


 アキレス師匠と俺はポポブムに乗りルンガの群れを追う。


「シュウヤ、先回りしてこいっ、高原地帯は広いが、崖があるところには近寄らせないように誘導するのだ」

「はい! じゃ、行きます」


 ポポブムの胴体を足で叩き一気に速度を出して家畜の集団を追い抜いていった。先へ先へと進んでいく。


 涼しい風が全身を駆け抜ける。

 ポポブムに乗ったまま速度を出すと、気持ちいい。


 自然と笑顔になり、風に乗った鳥のように躍動していった。


 斜面を一気に駆け上がる。冷涼な風が気持ちいい――。

 この広い高原の空気は最高だなぁ。


 でも、ここにドラゴンやさっき言っていた闇虫(ダーク・ビートル)が本当に出るんだろうか……。

 ふと、遠くの草花が茂る高原を見てそんなことを考える。師匠と交互に家畜を追うのを続けながら家畜を誘導して、時間はあっという間に過ぎていった。夕暮れ時には家畜をまた誘導して、元の厩舎小屋まで戻っていく。


 誘導もこれで無事に終わりだなと思った時――。


 ん? なんだあれ、斜面の上に黒い靄が……。


 夕暮れの太陽の光が吸収されるように消えている。

 ふつふつと煮え立つような音も聞こえていた。あの場所にだけ黒い霧や靄が発生している。


 その黒い霧を見ると、クワガタの形をしていた。


 デカイ虫。表面は真っ黒。

 夕暮れの太陽の光が当たっているところは、蒸発しているのか霧状の闇が発生している。胴体からは異質な光も点滅して見えた。


「なっ……」

「あれが闇虫(ダーク・ビートル)だ。家畜小屋まで来させるわけにはいかん。幸い太陽はまだ落ちない。光で大分弱体化している今がチャンスだ。数も二、三匹だろう。狩るぞ、シュウヤッ!」

「はい!」


 師匠はポポブムから飛び降り小屋に立て掛けてある黒槍を掴むと、闇の霧が発生している場所に駆けていった。


 ――俺も黒槍を掴み、走っていく。


 闇クワガタの角は二本の巨大なハサミ。

 ハサミの刃は内側に鮫の牙のような細かいギザギザが無数に付着している刃だった。


 師匠は躊躇無く黒槍を伸ばし――ハサミを上方へと弾く。

 闇クワガタはハサミが弾かれても、頭をミキサーのようにぐるりと回しハサミを回転させて反撃してきた――師匠へハサミが迫る。


 アキレス師匠は冷静だった。

 横へ走り、そのハサミを避けながらクワガタの甲殻の根本にある溝を攻撃していく。

 そこにもう一匹、アキレス師匠の背後の闇の霧から現れた。


「こいつは俺が!」


 そう勇みよく言葉を発し、アキレス師匠の背後に出現した闇クワガタに<鎖>を突出させる。


 <鎖>は上手くハサミを貫通。だが、<鎖>が引っ掛かり、一瞬空中に体が浮かび上がってしまう。

 そのまま<鎖>ごと体が引っ張られて、闇クワガタの目の前に引き摺り出されてしまった。闇クワガタが強引に<鎖>をひっぱるように頭を捻ってきたらしい。


 闇クワガタの目の前だ。


 うへ、ヤバッ。


 そこは丁度、ハサミが交差する真ん中だった。

 闇クワガタのハサミの刃が左右から迫る。


 すぐに<鎖>を消去。


 アレ(切り札)を使うか!?


 いや、そのままタンザの黒槍を真横にしてハサミの刃を防ぐ。

 ――キィィンッと甲高い金属音が響く。

 闇クワガタのハサミに挟まれた黒槍から金属の軋む音が聞こえてくる。だが、丈夫な金属だったから、少ししなっているが大丈夫だった。


「油断しすぎだっ、槍がタンザ鋼だから持ったようなもんだぞ!」


 アキレス師匠は一匹に加えもう一匹、合わせて二匹同時に闇虫(ダーク・ビートル)と戦っている。だが余裕があるようで、俺を叱ってくれた。


 俺はと言うと、師匠に言葉を返す余裕は無い。


「あぶなかった」


 黒槍で防げてよかった。挟まれずに済んだ。

 しかし、安心している暇はない。闇クワガタは黒槍をハサミに挟んだ状態で強引に持ち上げ始めた。俺は挟まれている黒槍を両手で掴んでいるので、ぶらさがってしまう。そこから体勢を持ち直すために、懸垂状態から腹筋を使い、胴体を捻って下半身を持ち上げた。


 視界は反対となるが、両足を黒いハサミに踏むように当てる。

 両手両足に力を入れて踏ん張った。


 だが、闇虫(ダーク・ビートル)はハサミを回転させて地面に落とそうと振り下げる。


 コイツ、俺ごと地面に激突させる気かよ。


 ナマイキな虫だ。


 急ぎ両手両足に魔力を込める。<魔闘術>を使った。

 ハサミを踏み蹴りっ――黒槍を強引に引き抜くことに成功。

 黒槍を握りながら地面に落ちる途中、闇虫(ダーク・ビートル)を正面から見る。


 黒いハサミの下にある物が視界に入った。

 あの柔らかそうなアレは、眼だ! ハサミの下に黄色い眼を発見。


 目を狙う。


 着地際に力を込めて、下から上へと掬い上げるようにハサミへ黒槍をぶち当てる。

 鈍い衝突音――闇クワガタはその衝撃で大きく仰け反り、黄色い眼を晒す。その隙を見逃さずに黄色い眼へ向けて<鎖>を撃ち放った。

 ――<鎖>は直進し、黄色い眼に突き刺さる。

 闇クワガタは痛みを感じているのか、ハサミを揺らし、背の羽をブゥゥゥンと広げて、俺の<鎖>を取ろうともがいていた。


 ハサミを<鎖>に絡ませようとしたので消失させておく。


「まだ元気だな」


 目を潰して効いたかと思ったが、闇クワガタは怒ったようにハサミを揺らす。

 更に、上から俺を叩き潰そうとハサミを振り下ろしながら前進してきた。


 急ぎ、右へ跳ぶように避ける。


「シュウヤ! まずは両目を潰すのじゃ、ハサミの精度が極端に落ちる」


 アキレス師匠は一匹一匹を翻弄しながら<導魔術>の小剣四本で目を潰すと、胴体に黒槍を突き刺し一匹目をあっさりと倒していた。


「わっかりました!」


 威勢良く返事をした。

 残りは左目だけだ。というか、またかよ――闇クワガタは意外に素早い。


 俺が動く前にクワガタは頭を回転させながらハサミをぶつけてきた。

 黒槍を斜めに構えて、そのハサミを受けとめる。


 ――クッ、意外に重い。


 衝撃を受けた黒槍を円の形に動かし衝撃を逸らそうとするが、衝撃を殺し損ねて――ズズンッと地面を滑るように土を抉りながら後退。


 後退した両足が地面に二本の線を作りだしていた。


 だが、すぐに<鎖>を反対側の地面へ射出――<鎖>を地面に深く突き刺して、衝撃を完全に相殺させる。


 闇クワガタはハサミ攻撃が防がれるや否や、歯車を回すようにぐるりと頭部を逆回転させ、間髪容れずに正面から再度攻撃してきた。


 これは逆にチャンス――。


 その迫ってくる闇虫(ダーク・ビートル)のハサミにカウンター気味に黒槍をぶち当て上に弾く。

 衝撃で闇虫(ダーク・ビートル)は大きく仰け反り、あっさりもう一つの黄色い眼を晒した。


 闇虫(ダーク・ビートル)の残りの黄色い左眼をはっきりと視認。


 今度は<導想魔手>を発動っ。

 <導想魔手(魔力の歪な手)>がククリ剣を引き抜くと、くるっと空中で反転させてククリ剣を吶喊させた。

 ――透明の手である<導想魔手>が突き進み魔線が一気に伸びてゆく。


 魔線の軌跡が残るほどに<導想魔手(魔力の歪な手)>に握られているククリ剣は速い。

 闇クワガタの黄色い左眼にククリ剣が突き刺さった。


 痛いのか悲鳴のような虫の声を発している。

 両眼を潰せば後は簡単。

 闇虫(ダーク・ビートル)は完全に視界が奪われたようで、ハサミをデタラメに周囲へと振り回すだけとなった。


 当然俺には当たらない。


 魔脚で地面を蹴り、素早く闇虫(ダーク・ビートル)との間合いを潰し、闇虫(ダーク・ビートル)の胴体を黒槍で突いた。

 内腹に<刺突>や<鎖>でダメージを着実に与え続けていく。


 次第に闇虫(ダーク・ビートル)は弱ったのか動きも鈍くなった。


 最後に、普通の突きから、地面を力強く踏みしめてから腰を捻り右手を捻った渾身の<刺突>を闇虫(ダーク・ビートル)の内腹目掛けて発動し、連続技で止めを刺した。


 ※エクストラスキル<鎖の因子>の派生スキル条件が満たされました※

 ピコーン※<鎖の念導>※恒久スキル獲得※


 おぉ、新しく恒久スキルを覚えた。

 念導か。このスキルはすぐに実感に変わったので、どんなスキルか把握できた。


 ――<鎖>を自由自在に動かせるらしい。


 そして、左手首にある<鎖の因子>のマークが変わっていた。


 鎖と分かる物が詳細に描かれ、射程が延びたのを表しているかのように鎖の先端が手首を覆い、甲の表面にまで因子のマークが広がっていた。まるで蛇の入れ墨のように鎖が絡まったデザインに変化している。


 わぉ……。


「初めて対峙したわりには早く倒せたな? さすがシュウヤだ」


 手首のデザインを見ていたら、師匠から褒められた。


 そのアキレス師匠はとっくに闇虫(ダーク・ビートル)二匹を倒していたようで、黒いぐちょぐちょの闇油だと思われる黒いゼラチンみたいな物体を袋に詰めて小屋へ運んでいた。


「あっさり倒したんですね……」

「夕暮れ時の光が出てたしの、動きも鈍いし楽な方だ」


 今ので楽なのか、もっと強くならなきゃな……。


「この角のハサミもできたら回収したいが……本体が死ぬと太陽の光で消えるのも早い。魔晶石は無しか。とりあえず、この体液、闇油だけでも回収しておきたいから急ぐぞ。小屋に大きい魔法袋がまだあるから持ってくるのだ」


 小屋の隅に無造作に置いてあった袋か。


「小屋の隅に置いてあった袋ですか?」

「そうだ」


 素早く反転。指定された袋を持ち、回収作業に加わった。

 黒いぐちょぐちょの闇油を袋に詰めるだけ詰めていく。

 この袋は相変わらず沢山モノが入るなぁ。


「この袋はやっぱり物が入りますね」

「だろう? シュウヤとロロディーヌ様が旅立つ時にも持っていくといい」


 これをくれるのか、ありがたい。


「ありがとうございます」

「うむ。これで粗方回収できたな……これを持って上に戻るぞ」

「はい」


 闇油を持って戻ると、ラグレンも丁度狩りから帰ってきたらしく、色々と担いでいる獲物を下ろしているところだった。

 ラグレンはアキレス師匠と俺が持っているモノを見て、ニヤリと笑顔を見せる。


闇虫(ダークビートル)、出たみたいだな」

「うむ。夕暮れ時でな? 三匹だけだった。今狩り終えたところだ」

「シュウヤも狩りを手伝ったのか?」

「はい。ハサミが怖かったですけど」


 アキレス師匠は俺の弱気な言葉に眉を上げて、訝しむような表情を作り反応。


「何を言っている? わしが二匹を相手している間に、ちゃんと一匹仕留めたではないか」


 ラグレンはそれを聞くと称賛を込めた目を俺に向けてきた。


「おぉ、闇虫(ダーク・ビートル)を倒せるとは、シュウヤはもうかなりの強さだ」


 アキレス師匠もラグレンの言葉に頷き、優しく誇らしげに俺を見つめる。


「うむ。夕暮れ時とはいえ闇虫(ダーク・ビートル)を倒す動きは中々だった。導魔も様に成っているし、独自の鎖技もある。もはやその強さは揺るぎない」


 師匠の言葉に俺は照れた。


「へへ、そうですか?」


 と疑問形で答えると、優しく誇らしげに語っていた師匠は厳しい目付きに変わってゆく。


「そうだ。もっと自信を持て。もうわしが教えることは最後の<仙魔術>のみなのだ」

「そうだな。ゴルディーバの武を極めた爺がここまで言うのだ。シュウヤは相当なものなんだろう」


 アキレス師匠の言葉にラグレンは感嘆し、お互いに嬉しそうに頷いていた。


 その言葉を噛み締めるように聞き、頷く。そうだよな、自信を持たないと。


「……最後の<仙魔術>」


 いったいどんな魔技なんだろう。

 自然と一体になるとか聞かされていたけど。


「<仙魔術>か。シュウヤならすぐに覚えるだろう。しかし、弟子卒業か。長いようで短い期間だったな……あの闇虫(ダーク・ビートル)を倒せたんだ、自信を持って良いぞぉ? 俺だってやっと倒せるかどうかだ。それに、この闇油の多さは大したもんだな。量的にも来年まで持ちそうだし、ラビも掃除の役に立つから喜ぶぞ」


 ラグレンは闇油を見てにこにこと微笑んでいた。

 アキレス師匠も笑って答えている。


「そうだな。この闇油はありがたい」


 師匠はラグレンの表情を見て、少し考えるような仕草をして話を続けた。


「……それにしても、ラグレンは随分と上機嫌だな? 何を狩ったのだ?」

「レンブの大鹿、狙っていた奴だ」


 ラグレンは自慢気にそう話すと、隅に置いてあった大きな角を取り出した。


「おぉ、そうか、ついに仕留めたか。狙っていたあの大鹿を……。よし、前々から話していた通り、わしがこの大角から特別な物を作ろう」


 師匠はその大角を持ち上げ、夕焼けの日射しに向けて、色々と角度を変えて見ていく。


 あの角、すごいな。

 ヘラジカの角を更に太く大きくした野生感丸出しの巨大角だ。


「爺が作る物は逸品だからな」


 ラグレンは大角を見ながらにこやかに答えている。


「特別な逸品?」

「そうじゃ。合成弓をレファ用にな?」


 あぁ、そういうことか。

 お手製のコンポジットボウをプレゼントするのか。


 レファも喜ぶだろうな。


「そういうことですか、なるほど」

「モンスターの腱を糸状にほぐして用いたり、中仕掛けを作るのに、角、骨、膠を用いるので、作成に多少時間が掛かるが、出来上がればあの子も喜ぶだろう」


 そっかぁ、その顔は見られそうもないな。

 <仙魔術>次第だが、俺は技を無事に覚えたらすぐにでもここを出るつもりだし。


「……俺も出来上がりを見たかったな」

「そうなるか。シュウヤは<仙魔術>を覚えたら、すぐに旅立つつもりか?」

「はい、師匠もさっき卒業と言ってくれましたし。この一年、師匠から様々なことを教わりました。本当に感謝しています」

「……レファは残念がるだろうな?」


 ラグレンは残念そうに顔を俯かせた。

 師匠も一瞬顔が曇るが……逆に目つきが鋭くなる。


「……そうだろうが、それも人生。では、弟子としての最後の技術、<仙魔術>を教えよう。それで正式な卒業の証とも言える戦闘職業の<魔技使い>も獲得できるはずだ」


 俺も真剣な顔を見せる。


「はい、頑張ります」

「うむ。と言ってもな……前にも話したが、わしは<仙魔術>が殆どできない。とりあえず、今からわしが実際に披露しよう」


 ついに来た。


「拝見します」

「ラグレン、一先ず地下工房にコレを置いといてくれ」


 師匠はレンブの大きい鹿角をラグレンに渡す。


「分かった」


 ラグレンは角を抱えて部屋に入っていく。


「シュウヤ、広場に行くぞ。発動に五分から十分ぐらい掛かるので、その間わしを視ておくのだ」


 アキレス師匠はそう言うと広場に歩いていく。広場に着くと石畳に立ちながら目を瞑り、<瞑想>? を始めていた。

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