百八十八話 邪神殺しの槍使い
神殺しの闇弾によって腕と脇腹が貫通した虎邪神はよろめく。
しかし、複数の尻尾をクッション代わりに体勢を持ち直した。
虎邪神は野獣としての瞳で睨みつけてくる。
口に溜まった黒血を吐き捨てると、
「……強烈な魔法じゃねぇか、心に響いたぜ――」
四肢を使い突進してくる。
「もっと響かせてやる」
迫る虎の憎たらしい顔へ言葉を投げかける。
と同時に、腰を捻り打ち出す魔槍グドルルで<刺突>を放つ。
虎邪神は尻尾の一つで<刺突>を簡単に弾く。
一部の尻尾の先端を円錐形に尖らせて槍のように変化させた。
その尻尾の槍による連突を繰り出してくる。
――速いが、まだ、魔闘術は使わず――。
更に、<血道第三・開門>。
<始まりの夕闇>を発動。
一瞬にして、闇が生まれ出る。
霧が薄っすらと漂う空間を、闇が侵食した。
しかし、闇の空間に変質しても、虎邪神の動きは衰えない。
……精神汚染は神の一部に効くわけがないか。
虎邪神は床からキュッと脚音を立てるような小回りを利かせ動く。
まだ、槍に変化させていない、たゆんだ尻尾を唸らせるように動かし、円錐の槍に変化させてきた。
そして、猿臂のような長い肘を伸ばす。
爪で、引っ掻くような軌道の攻撃を寄越す。
尻尾と腕の連携攻撃を繰り出してきた。
――何かしらのスキルか?
畳みかけてくるような激しい爪の薙ぎと尻尾の突技の連続攻撃だ。
俺は魔槍グドルルの幅広なオレンジ刃の表面を生かす――。
微妙に刃先を操作するリコ流の槍技術を真似しながら凌いでいく。
虎邪神は余裕の表情で近距離戦を楽しんでいるようだった。
「――フハハハッ」
嗤いながら尻尾の槍を伸ばしてくる。
少しイラッとしたので、爪先を軸に回転避けで右側面に避けながら、振るっていた魔槍グドルルの軌道を変えた。
斜め下から斬りあげる弧の軌道を宙に描くフェイントを仕掛け、否――。
俺は跳躍――憎たらしい顔を潰すイメージで右回しの延髄蹴りを繰り出す。
虎邪神はフェイントに掛かった。
が、素早く両前足の爪を変化させて対応してくる。
俺の右足、グリーブの上辺りを、両前足が掴んだ。
「ギャッハー! つーかまーえたーー」
変な声。
そんなのはお構いなしだ。
捕まった右足を自ら犠牲にするように強引に身体を回転させる。
ぐ――、
「ぐああああぁ――」
いてぇぇ。
右足を折り捻りぐちゃりと肉を絞る回転をする。
俺は痛みの咆哮をあげながら左足の回し蹴りを虎邪神の頭部へ喰らわせた。
右足に履いていた魔竜王のグリーブは抜け落ちる。
「ゲッ――」
虎邪神は魔竜王製のグリーブの甲部位を喰らう。
歪に顔が凹む。
蹴り痕を顔に作りながら暗闇の空間が広がる横へ吹っ飛んだ。
しかし、虎邪神は尻尾をクッションに使い器用に立ち上がった。
そのまま『イテェ……』と語るように顔を二、三回左右に振る。
その瞬間、俺の蹴りを喰らった箇所の痕がぷっくりと膨れて元の顔へ戻っていた。
あまり効いてないか……と、無事な左足一本で着地。
ぐちゃぐちゃになった右足はぐるぐると急回転しつつ元の右足に戻った。
脱げ落ちた紫の魔竜王製のグリーブを急ぎ履く。
その間にも、頭上に待機させた血鎖と繋がる古い右腕が握る魔槍杖による一撃の機会を窺うが――隙がない。
が、隙を生み出してやろう。
睨みながら<闇の次元血鎖>を発動した。
俺の意識とリンクした闇世界から紅い流星たる血鎖が無限に発生。
虚空に現れた血鎖の群れが闇の世界を切り裂きながら虎邪神を追う。
が、虎邪神は逃げるように、更に距離を取る。
鋭い視線で睨みを利かせながら口から牙を見せるように嗤い、
「……ド・グル・ガデスッ・フィィ――」
邪神固有のスキルか呪文かは分からない。
が、その言葉の終わりに分身を起こすほどの速度を得た虎邪神。
そのまま絶妙な動きで血鎖群を躱すことに専念してきた。
やがて、鏡が割れる音を響かせながら、闇の空間が終わってしまう。
必殺技の<闇の次元血鎖>が効かないのはショックだが、虎邪神が守勢に回った今が最大のチャンス。
俺も全開だ。魔闘術を全身に纏い<脳脊魔速>を発動。
<血液加速>を合わせた最高加速。
全身から血飛沫を飛ばす。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――」
気合いの声を発しながら吶喊。
異常なる速度で虎邪神の動きを捉えた。
「なっ!? <邪速の極致>に追い付くだと?」
その驚いている虎邪神の胴体へと限界速度の<闇穿>を放つ。
が、虎邪神の動きも速い。
尻尾の一つを盾状に変化させながら胴体を守ってくる。
だが、闇の靄を纏ったオレンジ刃が、その防御型の尻尾を破壊した。
「げっ<堰堤の尾>がっ!?」
虎邪神が叫ぶがしらん。
続けて<刺突>を放ち、重ねるように防御していた尻尾の二つ目を破壊。
更に、<闇穿>をもう一度放ち、三つ目の尻尾を破壊。
普通の突きを放ち、尻尾を弾く。
そして、オレンジ刃の高速連続スキル技による攻撃を数秒間続け、虎邪神のうざい尻尾の全てを破壊した。
防御手段を失くした虎邪神の脇腹にオレンジ刃の突きが決まり、肉を抉る感触を得ながら素早く引き抜いた魔槍グドルルを斜め下へ振り下げる。
虎邪神の肩口から胸までを一気に切り裂いた。
そこから<刺突>を胴体へ放ち<豪閃>から石突部位を使った薙ぎ払いを行う。
邪神の再生速度を上回る突きと斬撃の連撃により、肉が捲れて胴体の形が変わっていく。
虎邪神の胸、肋骨らしき部位に囲まれた肉の奥にある、心臓部位らしき緑に光る部分を晒した。
――そこが急所か?
「……ぁ」
虎邪神の嚥下の音が聞こえたような気がした。
その胸の奥目掛けて、床面に足跡を残す渾身の踏み込みからの捻りの螺旋運動を生かした渾身なる一の槍の<刺突>を虎邪神の心臓へ喰らわせる。
「グガァァ」
くぐもった声をあげる虎邪神。
ずにゅりとした音を立てながら心臓へ侵入したオレンジ刃の先端が心臓を突き破り、脊髄を破壊しながら背中を突き抜けた。
「……素直に約束は守るべきだったな、邪神シテアトップ」
俺は邪神に負けない邪悪な笑みを浮かべると、血鎖を操作。
頭上に待機させていた切断された右腕に握られた魔槍杖の向きを調整し、紅矛を光らせて、垂直に流星の如く虎邪神の頭へ向かわせた。
「喰らっとけっ、紅の流星<刺突>だ」
「ひぶッ」
邪神シテアトップは変な断末魔の悲鳴をあげた。
虎邪神の脳天に紅の流星と化した紅矛の<刺突>が深く、深く、突き刺さる。
頭蓋が完全に潰されると動かなくなったが、まだ分からない。
念の為に、魔槍グドルルを虎邪神の胸から引き抜く。
頭が潰れぐったりと動かない虎邪神の傷だらけな胴体を野球のボールに見立て、引き抜いた魔槍グドルルを背中側へ回し体を反らし、力を溜める。
そのまま全身の筋肉を軋ませ一気に溜めた力を魔槍グドルルへ乗せた<豪閃>バットを振り抜いた。
怪しいオレンジ色に光る魔槍グドルルの刃の真芯が、虎邪神の胴体にぶち当たる。
虎邪神は吹き飛んでいくが、魔槍杖が虎邪神の頭に突き刺さった状態なので吹き飛ばしても、あまり転がらず。
そのタイミングで血鎖と繋がっていた古い右腕が、その根元である血鎖に吸収されるように血の煙を伴いながら消えていくのが視界に映った。
握られていた古い腕が消えても、魔槍杖は虎邪神の頭深くに突き刺さったまま。
何か、真新しい墓標に見えてくる。
……だが、腕が消えちゃったかぁ。
あのままアイテムボックスの中へ入れて、もう一つ腕が増えちゃった的な手品とか、ロケットパンチ的な遊びを考えていたのに……。
残念だ。痛い思いをして腕の切断なんてしたくないし。
「――ご主人様、やりましたっ、さすがの邪神も、えっ」
「なっ」
ヴィーネの声に反応した瞬間――。
動かなくなった邪神シテアトップの死骸から黄土色の魔素が膨れ上がってカーテン状に靡く。
その黄土色の魔素、もとい魔力のカーテンは、ゆらりゆらりと揺れていく。
神獣のロロディーヌの大きさを超えている。
宙の一か所で、その魔力は、渦を巻き集結すると、大型の虎を象る。
その大型の魔力の虎が、
「……フハハハハ、人族ではない使徒ども、やるではないかっ! だが、俺様は邪神の一部だ。そう簡単に死滅するわけがなかろう、もう力の一部は迷宮に流れ込んだのだからなっ」
「精神体みたいなものか」
物理攻撃は効きそうもない……。
やばそうだ。
「そうだ、俺様に痛みを味わわせてくれた礼は〝たっぷり〟と、現世を厭離したくなるような特別なものを精神的に味わってもらおうか。フフフ、約束を違う意味で果たさせてもらうぞ、ハハハハハ――」
黄土色の大型の虎は、粒子の黄色い雨になって、俺だけに降り注いできた。
防ぎようがない速度の雨――。
全身に黄土色のオーラの雨を浴びてしまった。
刹那、複数の鏃の形をした黄色に輝いた魔法的な文字が視界に浮かび、沈む。
その光の鏃に、視界が侵食を受けるように、目の前が暗くなると、風景がぐにゃりと歪み始める。
軽い眩暈と似た感覚に襲われた。
脳内が激しく揺れる感覚も続けざまに味わう。
こ、これは車? 父さんと、母さん……。
前世の記憶……。
幼い頃、両親が目の前で死んでいく事故のトラウマ――。
吐き気を催す光景が、脳裏にフラッシュバックを起こす。
その瞬間、激しく鐘の音が鳴り響き、直ぐにトラウマの光景は霧散。
風景は元に戻り、切り裂かれていた鎧の隙間から光が漏れているのが視界に入った。
<光の授印>の印、胸の十字が輝いているようだ。
「ご主人様っ!」
「にゃああ」
「「シュウヤッ」」
「マイロードッ」
「糞ッ、マスターが!」
皆が駆け寄ってくるが、俺は手を翳し大丈夫だ、と意思を示す。
そして、今まで見たことのない血文字系の魔法陣が幾つも俺の表面から発生していた。
魔法陣から不思議な衝突音、バチバチと音がなると、邪神と思われる黄土色のオーラが、俺の全身内部から放出され円状に収縮し、虎を象どる。
邪神の精神体は、目の前の宙空で、俺の全身から繋がる丸い円に形を変えた血色の魔法陣の中に捕らわれていた。
「……鐘の音だと? 何なのだ……これはっ!? どうして……お前の精神の中へ入り込めたと思ったのに……」
黄土色のオーラである大型の虎は焦燥しきった顔を浮かべていた。
エクストラスキル<光の授印>の効果と真祖の力か。
「……真祖の力の一部だろう。自動カウンターだと思われる」
虎邪神は囲われている血色の魔法陣を内部から見るように頭を回して、きょろきょろしながら、
「……真祖? 始祖と似ているのか? 吸血鬼、魔界のルグナドに連なる者共なのか? だが、邪神の一部とて、神を凌駕するカウンター魔法など……聞いたことがない……」
不思議な血の魔法陣の中に捕らわれている虎邪神の焦った姿の光景。
皆も、唖然とするかのように沈黙を守り見続けていた。
猫の姿に戻っていた黒猫もじゃれることなく、大人しくなり両前足を揃えて紅いつぶらな瞳にある黒点を微妙に散大させながら、顔をこちらへ向けている。
……しかし、この虎邪神、俺の精神の中に侵入していたのか。
犯された気分だ……いつもと違う別種の怒りがふつふつと湧いてきた。
「おい、邪神野郎!」
そう怒気を発した瞬間――。
捕らわれた大型の虎の半分が吹き飛んで、淡い塵、残滓を残し消えていた。
俺と繋がっている血色の魔法陣を縁取る線が血管のように蠢く。
「な、なんじゃこりゃぁぁ、一部とはいえ邪神である俺を、俺様を、し、侵食……す、するだと……」
「さぁな。だが、確かにお前の濃密なる魔素を喰うのを感じる。ハハハハ……意識すると美味いと感じるぞ。しかし、精神体で俺の内部に入り込んだのは拙かったな。もうどこにも逃げ場はない、完全なる袋の鼠だ――」
邪神の姿を吸い取るイメージを強くしながら思念を飛ばす。「ひゃぁぁぁぁぁ」と、虎邪神は悲鳴をあげるが意味がない。
血色の円形魔法陣から無数の血糸が邪神へ向かう。
虎邪神は血糸に全身が包まれ絡まれると、一瞬で、その原型がなくなり、薄く小さくなった。
血糸は特異な線虫のように虎邪神の身体を蝕んでいくのが分かる。
「ま、まってくだしゃい……全部を喰わないで……」
「お前は俺の精神を喰おうと侵入したんだろ? 何、世迷言を言ってやがる……」
血糸の隙間から覗く、虎邪神の瞳孔が恐怖に染まり散大したのが分かった。
「うぅぅ、吸われていく、こ、こんなことがあって、たまるかァァ、お、俺、俺の力がァァァ……ァ」
※ピコーン※称号:邪神ノ一部ヲ吸収セシ者※を獲得※
※称号:水神ノ超仗者※と※邪神ノ一部ヲ吸収セシ者※が統合サレ変化します※
※称号:混沌ノ邪王※を獲得※
※ピコーン※<邪王の樹>※エクストラスキル獲得※
※樹木士の条件が満たされました※
※邪樹使いの条件が満たされました※
※戦闘職業クラスアップ※
※<樹木士>と<邪樹使い>が融合し<邪王樹師>へとクラスアップ※
※戦闘職業クラスアップ※
※<魔槍血鎖師>と<邪王樹師>が融合し<邪槍樹血鎖師>へとクラスアップ※
※エクストラスキル多重連鎖確認※
※エクストラスキル光の授印の派生スキル条件が満たされました※
※エクストラスキル邪王の樹の派生スキル条件が満たされました※
※ピコーン※<破邪霊樹ノ尾>※恒久スキル獲得※
おぉぉ、新たな称号、戦闘職業、スキル……。
そして、またもやエクストラスキルを獲得してしまった。
スキルは、樹木と、光属性を帯びた樹木を生成できると分かる。
一部とはいえ邪神の精神体を喰ってしまった。
「……シュウヤッ、大丈夫? 目が血走り、目尻に血管が浮かんで怖いのだけど……」
レベッカが双眸に蒼炎を灯して、俺を見る。
「ん、シュウヤ、邪神を吸収?」
エヴァはストレートに聞いてくる。
「あぁ、吸収した」
<破邪霊樹ノ尾>を意識すると、片手の先から光を帯びた樹木が出現。魔力も多大に消費した。
「わっ、いきなり木が生えてきた。これが邪神の力?」
「そうだ。魔力を消費するが、伸縮自在の樹木を作ることができるらしい」
「授けてもらうんじゃなくて、邪神から力を吸収しちゃったのね。本当に、桁外れだわ」
「ご主人様……素晴らしいぞっ! 偉大な雄神なる存在だっ!」
ヴィーネが片膝を床に突けて興奮した口調で語る。皆、彼女の言葉を聞いて、息を飲むのが聞こえた。
「閣下は元から、神を超えし存在です」
常闇の水精霊ヘルメだけ、当たり前だという反応だ。
「そんなことを俺が望まないのは“お前たち”が一番よく分かっているだろう?」
「閣下……はぃ」
ヘルメは渋々納得顔を見せる。
「ん、シュウヤは凄い。それでいい」
「そうね。最初から何も変わらないし、ふふ」
エヴァは天使の笑顔を浮かべて話してくれた。
レベッカもエヴァの隣に移動しながら、そのエヴァと顔を合わせて、頷き合う。
「そんな当たり前のことより、あそこにあるのは水晶体?」
ユイが特殊な刀の剣先を向けた先には、水晶体が鎮座していた。
「うん、そうだと思う。形が歪で捩じり曲がっているけど水晶体だ。あの水晶体を使えば、地下十階、二十階、三十階、四十階、五十階と行けるらしい」
「本当に水晶体なら、解読してもらった地図、死に地図じゃなくなったのよね? ふふっ、どんな宝箱が出るんだろう……楽しみ」
レベッカは声を弾ませている。
「ん、地下二十階へ行くの?」
「今日は行かない。今んとこは、ここに鏡を残し普通に魔石を集めながら帰ろうかと考えている」
「……ここの入口はシュウヤの鍵でしか開けられないし、鏡の置き場所には最適なのかしら? ……邪神の一部が封印される程の謎の空間、安全地帯といえる?」
レベッカが久しぶりに神妙な顔つきを浮かべて、まともなことを話す。
「逆に、その水晶体から地下深くにいる邪神系の怪物が現れたりするかもしれないわよ?」
すぐにユイが確かな意見をいってきた。
「確かに、この水晶体でワープできる以上、下から上にも来られるだろうし、未知の知能あるモンスターがここに到来してくることも考えられるか」
「ん、確かに、十階層には冒険者も到達している」
エヴァの言葉は青腕宝団のことを指しているのだろう。
「マイロードなら、全てを蹴散らせましょう。ここに鏡を置くことに賛成します」
「カルードに賛成です。閣下ならば、どのような邪神だろうと食べちゃいます」
「わたしも父さんと精霊様に賛成。鏡をここに置けば、すぐにここに来れる」
ユイがカルードとヘルメの言葉に重ねてきた。
「そうね。この寺院のような場所からだと、墓場エリア、二つの塔があった場所にも近いし、大きい魔石集めにも便利かもしれない」
置くとして……。
「……エヴァの指摘通り、冒険者にも十階層を突破したクランがある。だから、一度、その水晶体を使い十階層へ飛んで、ここと同じように封印された場所なのかどうかの確認をしてくるよ」
「……邪神の一部がいる可能性が高いと思うのだけど」
レベッカは不安気な表情を浮かべていた。
「そうだとしても、また襲ってきたら返り討ちにしてやるさ」
「閣下と共にいきます」
「目に来い」
「はい」
液体化したヘルメは放物線を描いて左目に戻ってくる。
そして、腕輪から、帰還用に十六番目のパレデスの鏡を取り出し、設置した。
よし、そのまま歩いて歪な水晶体へ歩く。
「にゃ」
肩に黒猫が乗ってくる。
「ご主人様、一緒に」
「ヴィーネ、皆もだが、ここで待機だ。すぐ戻ってくる」
「えー」
不満声が聞こえるが無視。
肩に黒猫を乗せた状態で、歪な水晶体に触り、「十階層」といった瞬間、ワープした。
一瞬で辿り着いた場所は、五階層と同じような青白い霧が立ち込めた特異なる空間だ。
「……引き返さず、ここに来るとはな……」
青白い霧の中から声が響く。声質はさっきと同じ。
霧が払われたのか風が起きると、大型の虎邪神が姿を現した。
青白い鎖に捕らわれてはいない。
目が血走り、全身を黄土色に輝かせた大型の虎だ。
だが、尻尾が十本から九本に減っていた。
『尻尾が一つありませんが、無傷……虎邪神シテアトップ。閣下、先ほど倒した邪神とはくらべものにならないほどの魔力を内包し放出しています……』
『みたいだな。さっきのは、極々一部だったということか』
『はい、ご用心を』
ヘルメとの念話をしながら邪神を見た。
「ンン、にゃ、にゃおん」
肩にいる黒猫は戦闘態勢にならず、ただ邪神へ向けて挨拶をしていた。
「おう、さっきぶりだ」
俺も黒猫と同様に、気さくな態度で、腕を上げて虎邪神へ挨拶しながら近寄っていく。
「――ひっ、……フンッ、何のようだ……俺様をまた吸収する気なのか?」
大型虎は怯えた何処かカワイイ虎顔の表情を浮かべて、少し退いていた。
「……戦うなら、そうなるかもしれないが」
「何だと……戦う訳がないだろうがっ! もうお前のような未知なる者には会いたくもないっ、俺は消える!」
その瞬間、虎邪神シテアトップは悔しそうな顔を浮かべ、部屋に蔓延している青白い靄の姿と同化するように霧散。
姿を完全に消していた。
「あいつは、そんなこともできたのか」
『消えちゃいました。巨大な魔素も周囲に拡散して薄くなっていきます』
『視界を貸せ』
『はい、ァ……』
サーモグラフィーにも変化なし。
精霊の眼、掌握察、魔察眼で、周囲を警戒しながらも少し先を歩いていく。
何も起こらず、そのまま先にある周りの空間が狭まる先の中心に、出っ張る形で黄金環の出入り口があった。
五階層と同じような場所なのか。
金色に輝く扉があり鍵穴もあった。
早速、邪神の爪の斬撃から紙一重で無事だった胸ベルトのポケットの一つから鍵を取り出し、穴へ挿入し鍵を回す。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォ――。
――うひょ、音にビビる。
五階層にはなかった重低音が鳴り響いた。
肩にいた黒猫も全身の毛を逆立てている。
だが、音だけ。先は扉が開かれている。
五階層と同じく、青白い霧が外へ放出されていた。
鍵を抜き取ると、また十天邪像の鍵の先端が毛虫のような血塗れた針になり……蠢いている。
少し時間が経つと、収縮して人面瓶的な十天邪像の鍵に戻った。
気色悪いが、その鍵を握りながら外に出る。
外は五階層とほぼ同じ。
寺院のような雰囲気で背丈の高い邪神たちの像が並んでいる。
邪獣はいない。平穏だった。
邪神像たちの足下にはそれぞれに鍵穴がある。
きっと先には十天邪像の鍵に見合う専用の特殊部屋があり、水晶体があるのかもしれない。
そこで、Sランクの子供たち、【蒼海の氷廟】の姿が脳裏に過る。
十天邪像の先にある大きなものを倒せるかもしれない。
と、喋っていた……。
だが、五階層にいた邪獣セギログンも倒されていなかったし、ザガが少し謎の子供たちのことを話していたが、十階層には進んでいない様子だった。
普通に迷宮を進んでいて、邪神たちとは、まだ直接争っていない可能性もある。
俺と似たような十天邪像を持っていたし邪神シテアトップとは違う邪神と争っているのかもしれない。
それか邪神の使徒?
魔界の使徒、神の使徒、まぁ可能性はいくらでもある。
魔竜王戦の時もヘカトレイルに、素材目当てにわざわざ来ていたし……何かしらの情報を察知できる俯瞰的な視野を持つ特殊スキルを持っているのかもなぁ。
さて、戻るか。
背後にある虎邪神の像に振り返り、鍵穴へ持っていた瓶鍵を挿入し回す。
また、ゴゴゴゴゴゴォォォォォ――。
地割れするような重低音が耳朶を震わせる。
鍵穴以外の足下が変形して、黄金環のアーチの門はなくなり扉は消えて虎の足になっていた。
……五階層より邪神像が大きいのか。
鍵穴から十天邪像の瓶鍵を抜いて、胸ポケットへしまい、代わりに二十四面体を取り出す。
掌で二十四面を転がしては少し遊んでから、十六面の謎記号の表面を親指でスマホの画面をスワイプするように、なぞり、十六面を起動。
ゲートからは五階層にいる皆の可愛い顔が確認できた。
鏡を覗いているらしい、こっちを見ている。
早速、その起動したゲートの中へ入って、鏡から出る。
ちゃんと、邪神が封じられていた五階層の空間へ戻ってこれた。
「おかえり、早かったけど邪神はいなかったの?」
レベッカは地味に光っている鏡の表面を触りながら話す。
「いたが逃げるように、未知なる者は嫌だ。と怯えながら消えた。そして、十階層もここと同じような空間だった。俺の鍵で開けられそうな扉も同じ。五階層よりも外に並ぶ邪神像は大きかったが、五階層にある遺跡とほぼ同じと考えていいだろう」
「へぇ、ということは、ここは安全地帯ね」
鏡から外れた二十四面体が宙を漂いつつ俺に近寄ってきた。
その二十四面体を掴んでは、胸ベルトのポケットに仕舞いつつ、
「――青白い霧に邪神は混ざるように消えたから、内実は完全ではないかもしれないが、まぁ、安全と考えていいだろう」
「……霧はここにも蔓延しています。もしかしたら、霧の中で、わたしたちのことを視ているのかもしれません……」
ヴィーネは嫌悪の表情だ。
周りの霧を睨みつけている。
そうかもしれないが、今は気にしても仕方がない。
「今は、鏡を使わず普通に帰ろう。家に置いてきたドラゴンの卵に魔力を注ぎたい。孵化が始まるかもしれない」
「うん。荒神カーズドロウからもらった卵ね」
「ん、了解。上で待ってる皆のところへ戻る」
エヴァが車椅子を操作して反転。
この薄青い霧が立ち込める空間の出入り口へ向かう。
「賛成。斬り足りないし、雑魚モンスターを倒して魔石を回収しながら撤収しましょ」
「戻りながらの狩りですな」
カルードの意見に皆が頷き、エヴァの後を追う。
全員が外へ出てから、像の下にある鍵穴へ十天邪像の鍵をさし込み回す。
また像の足が変形。黄金環の入口扉はぐにょりと変形。
最終的に虎邪神像は元の姿に戻っていた。
十天邪像の鍵をアイテムボックスへと仕舞ってから邪獣セギログンと戦ったエリアを歩いて階段を上がる。
寺院の入口を守っていた高級戦闘奴隷たちと合流。
俺たちは五階層に出現するモンスターを薙ぎ倒しては、水晶の塊がある場所に到達。
水晶の塊を触りながら、転移。
一階へと無事に戻ることができた。
皆と一緒に円卓通りを歩きつつ、先を歩くレベッカが振り向くと、
「邪神の一部を倒して、こうして戻ってこられたけどさ、一部ということは、まだ十階層のように別の本体が迷宮の奥底にいて、わたしたちに恨みを持っているということになるのよね……」
「だろうな。だが、今は約束通り、木だけだが、植物を操作できる力を授かったと考えておこう」
と、話をするとユイが微笑みながら、
「シュウヤはポジティブね。ふふ」
「だからこそのシュウヤよ! でも、邪神は怖い」
「ん、レベッカ、邪神から守ってあげる」
魔導車椅子に乗ったエヴァだ。
優しいなエヴァは、
「ありがと、エヴァは優しいー。わたしもエヴァを守ってあげるんだから!」
レベッカはエヴァに抱き着いて、隠れ巨乳の胸あたりに顔を埋めている。
「ん、よしよし」
エヴァも微笑を浮かべて応えていた。
子供をあやすようにレベッカの頭部を撫でていく。
少し変な妄想をしちゃうが、口には出さない。
「……まぁ千年の植物はまだあるし、何かしらの接触は本体の邪神シテアトップからしてくるかもしれない」
そんな会話を続けながらギルドに入り、依頼の精算を行う。
報酬を貰い、仲間たちへ報酬を渡した。
カードには達成依頼:四十三と記される。
ギルドの右端にある待合室にある高椅子に座りながら、
多数の中魔石、少数の大魔石をアイテムボックスの◆マークに納めた。
◆:エレニウム総蓄量:610
―――――――――――――――――――――――――――
必要なエレニウムストーン大:91:未完了
報酬:格納庫+60:ガトランスフォーム解放
必要なエレニウムストーン大:300:未完了
報酬:格納庫+70:ムラサメ解放
必要なエレニウムストーン大:1000:未完了
報酬:格納庫+100:小型オービタル解放
?????? ?????? ??????
―――――――――――――――――――――――――――
「さ、外へ行こうか」
「ん」
「はい」
皆を連れてギルドを出ながら、ビームライフルとビームガンの弾となる魔石を使った遊びを考えていく。
今度モンスター相手に使って遊ぶかなと。
巨獅子型黒猫に乗り空旅をしている時、遠くから見知らぬモンスターを狙撃&偵察しまくるのに使えそうだ。
ビームガンは……うん……ガン・カタを意識した遊びに使えるとは思う。
だが鎖、<光条の鎖槍>という飛び道具に魔法もある。
だから、本当に遊び気分じゃないと使いそうもない。
仲間に持たせても、俺専用と思われる武器だから使えないと思うし。
試してないからわからないが……。
光輪は封じられた状態だ。
これはこれで闇と光が合わさった斑模様がデザイン的にカッコイイので、防具には使えそう。
外してミスティに渡し研究させるのも手か。
でも、彼女は魔導人形作りに、普段は講師の仕事もあるからな。
と、そんなことを考えながら円卓通りを進み、皆へ振り向く。
「……家に帰るか」
「あ、シュウヤ、わたしは買い物にいく」
「ん、わたしもレベッカと一緒にいく」
「おう、行ってら。俺たちは先に家に帰るよ」
レベッカとエヴァは服の話で談笑しながら東の方へ歩いていく。
俺たちは馬獅子型黒猫に乗り込んだ。
ヴィーネ、ユイ、ミスティだけが黒毛のふさふさクッションがある背中の上に乗り、カルードと奴隷たちは歩きで、ゆったりペースで家がある南へ向かう。
「マスター、あそこの露店で売っているパンが美味しいのだけど、買っていかない?」
ミスティが平幕が重なる店の一つへ指を伸ばす。
「パンか」
「そう。ペソトの実に似たような実のつぶつぶが沢山入ったパンなんだけど美味しいの。研究のお供に欠かせないのよね」
彼女のお気に入りのパンのようだ。
「いいね、見てみよ」
「うん」
馬獅子型のロロディーヌから降り、乗っていた彼女たちも続いて降りる。
奴隷たちを引き連れ集団でパンを売っている露店を囲う。
売っていたパンの見た目は、白い粉が掛かった普通の硬そうなライ麦パンだが、切られた断面にはアーモンド系がたっぷりと入っていた。
確かに、旨そうではある。
ご褒美に戦闘奴隷たちへ奢るか。
「店主、このパンを十五個ほど買いたい」
「まいどありっ、銀貨四枚だよ。沢山ありがとうな」
銀貨を払い、皮袋に入れられたパンを受け取る。
「それじゃ、お前たちにパンをあげる」
そう話しながら、黒猫、ヴィーネ、ユイ、カルード、サザー、フー、ママニ、ビアへ買ったばかりのパンを配っていく。
奴隷たちは大袈裟に喜びをアピールするが無視。
「我にもくれるのか、なんと優しきご主人……」
ビアが蛇舌を伸ばしながら嬉しそうに呟いていた。
ミスティにはあげてない。
彼女は別口で大量にパンを買い袋に入れながら、もう既に口をもぐもぐ動かして食べていた。
「……ミスティのいう通りですね、中々の旨さです」
ヴィーネは少量ずつパンを千切り口へ運び、微笑を浮かべ食べていた。
「このつぶつぶが香ばしくて、癖になるわね、故郷にはあまりないかも」
「確かにサーマリアには……あまりないパンだ。……しかし、つぶつぶが歯に挟まりそうではある」
「もうっ、父さん、すきっ歯のくせに。素直に笑顔を浮かべて食べなさいよっ」
ユイとカルードの親子の会話だ。
「ご主人様、これは美味しいですっ」
ママニは食べながらも、軍人が敬礼を行うようなポーズを取っていた。
奴隷たちもパンを口へ運び、
「うむ、粒が硬いが生地はいい、なかなかしっとり感がある。我は気に入った」
蛇人族のビアも、評論家のような語り口で、蛇舌を器用に畳みながらむしゃむしゃと食べていた。
「……美味しい」
フーは短く呟く。
「うんうん。美味しい~。このつぶつぶ、似たようなの、ボクの故郷で食べたことあるっ」
「へぇ、故郷?」
フーが犬耳のボクっ娘であるサザーへそう聞くと、
「にゃあぁ」
サザーの可愛い喋り方に悪戯心が刺激されたのか、サザーの後ろに忍び寄る黒猫さん。
そして、触手を伸ばしては小柄な身体をまさぐっていた。
「きゃん――」
サザーは残り少ない食べていたパンを落としてしまう。
「ロロ様、だめですよおおお」
「にゃあぁ」
サザーは走って逃げ出していく。
黒猫は楽しげに鳴いてサザーの背中を追い掛けていった。
しかし、皆、パンを食べているので口の中が乾燥しそうだ。
生活魔法をコントロールして、皆へ水を飲ませてあげながら、家に帰還した。




