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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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186/2112

百八十五話 再び第五層へ

2020/12/30 13:32 修正

2020/12/31 1:32 修正

2021/01/06 20:01 修正

2021/01/06 23:10 修正

2022/04/27 18:53 修正

 血を操作して手首から血を流す。


「……血の飢えがありそうだが、抑えられるか?」

「たぶん……」


 彼女は俺の手首から流れる血を充血した瞳で見つめる。

 眉間に皺を寄せて虹彩の毛細血管が増す。

 更に目尻から頬にかけての皮膚の表面に青白い細かな血管を幾つも浮き上がらせた。


 ヴァンパイア系らしい血の飢えと戦っている表情(かお)だ。

 が、すぐに鳶色の瞳へと戻る。

 ミスティは平静の表情を取り戻した。


「……正直、貴方の血は吸いたい。でも我慢できる」

「今回は我慢しなくていい。俺の眷属の<筆頭従者長>になったご褒美だ。吸っていいぞ」

「やった――」


 ミスティは目尻から血管を浮き上がらせつつ俺の手首に頭部を寄せる。

 勢いよく俺の血を吸い上げた。


「そこまでだ」

「はぅ――」


 ミスティは目を潤ませつつ俺の手首と顔を交互に見る。

 切なそうな表情だ。


「今日はここまでだ。<血魔力>は迷宮から帰ってから第一段階へ進んでもらうことにする」

「了解したわ、マスター」

「え? 呼び方はいつも通りでいいよ」

「ううん。わたし……こんな気持ち初めてなの。だから許して欲しい。話す時は普通に話すけど、シュウヤと軽々しく呼ぶのはこれで最後にする。我がマスターへ、この身に宿る知識のすべてを捧げるわ」


 彼女はそういうと、臣下の礼を取るように片膝を床に突けて胸に手を当てて頭を下げていた。


 しかし、マスターか。

 これは皮肉か? 

 あの時、ゾルの奥さんも、記憶が戻る前はマスターと呼んでいた。


 偶然だと思うが、あの時に関わった死神ベイカラの悪戯かもしれない。


「……わかった。シュウヤでもいいが、その忠節は心に響いた。受け入れよう」

「はい、マスター。シュウヤと時々言っちゃうかもだけど、ふふ」

「好きなように呼べばいいさ。で、迷宮に向かうが、さっき話をしていた簡易ゴーレムは、すぐにでも生成は可能なのか?」


 彼女のメイン武器ともいえるゴーレムのことを聞いておく。


「うん、可能。魔導人形(ウォーガノフ)は作ったら分解するのに時間がかかるけどね。簡易ゴーレムは優秀な金属素材があればスキルによるイメージの少ない方法(テンプレート)に沿って作るだけのものだから。これは特殊スキルを持つ〝わたし限定〟といえるけど……最初に炉を使って加工するコアに簡易命令文を刻めば、あとはどこでも瞬時に、指定した金属から簡易ゴーレムを精製できる」


 あの金属は優秀な金属だったようだ。

 まぁ、ミスティが優秀だからこそか。


「それじゃ、中庭にある鍛冶部屋で、炉を使い簡易ゴーレムをすぐに作れるようにしておくんだ。準備ができ次第、迷宮へと向かう」

「了解。マスター、後でね」


 ミスティは片目を瞑る。

 可愛らしくウィンクしてから部屋を出た。

 廊下を走る音が楽しげだ。

 すれ違うように常闇の水精霊ヘルメが嬉しそうな表情を浮かべて部屋に入ってきた。


「……閣下、ミスティを無事に<筆頭従者長>に導いたのですね」

「あぁ。鍛冶部屋に向かった彼女は眷属になった。そして、俺をマスターと呼ぶらしい」

「素晴らしいです。彼女なりの偉大な閣下への忠誠の証しなのでしょう――」 


 ヘルメは片膝を床に突ける。 

 張りのある胸を膝が圧迫しているのが見えた。


「……忠誠は嬉しい」

「はい。ミスティは魔導人形(ウォーガノフ)を用いて、閣下の軍勢を作り上げることも可能となりましょう」

「軍勢か。ヘルメは過激だな」

「至高の閣下……この世の全てを治めるのに相応しいお方。閣下のお優しさは十分に理解していますが、わたしは、閣下が世界のお尻を蹂躙しているお側で、そのお手伝いをしたいと考えているのです」 


 ……世界のお尻を蹂躙。

 ヘルメさんは強烈すぎる。

 ま、そこが面白くカワイイんだが。


 ……多少は乗ってやろう。


「……軍勢を作るにしても迷宮から未知で強力な金属を集めてからの話だ。弱い魔導人形(ウォーガノフ)を作っても仕方がない。そして、研究も永らく続くだろう。基礎技術の開発も含めて、ひょっとしたら数百年以上の時間が必要かもしれない」

「はい。永いですが、わたしと閣下なら一瞬の間ですね」

「そうともいえるが……この惑星は一日が長い。気が遠くなりそう……さぁ、それより迷宮だ。目に戻るか?」

「はい――」 


 常闇の水精霊ヘルメ。

 瞬時に身体が溶けて液体化。

 ニュルリと放物線を描きつつ左目へ飛び込んできた。


 ヘルメを左目に収めた俺はマネキンから鎧を取る。

 身に着けていった。

 左腕の竜を象った紫防具(リアブレイス)黄金環の光輪(アーバー)があるから装着しない。

 竜の卵へと軽く魔力を送ってからリビングへ向かう。


 机の周りに皆が集合していた。

 メイド長の姿もあったので話しておくか。


「イザベル、前に少し話をしたが、俺の部屋にあるものはあまりいじらないように。竜の卵があるから特に気を付けろ」

「は、はい」


 皆を連れて中庭に出た。


「ここで待機、鍛冶部屋を少し見てみる」

「「はい」」

「はーい」


 扉を開けて鍛冶部屋を覗いてみた。


 大きい炉と小さい炉がある。

 連結された(ふいご)もあった。


 触媒と金床に樫の木の作業テーブル。

 錬金用の瓶が大量に置かれた棚と大きな寝台が無造作に並ぶ。

 空間が広く一人で過ごすには少し寂しげな部屋といえる。


 ミスティは小さい炉を使い、もう既に金属の加工を終えていたようだった。


「もう終わったわ、ほら」


 彼女が見せたのは水晶コア。

 俺があげた黒い金属と混じった中心部分の魔法印字は小さい紋章のように光り輝いていた。


「速いな。それじゃ、皆を交えて戦術の確認を行う。来てくれるか?」

「了解」


 鏡とパーティーの戦術について話をしているとカルードが、


「マイロード、昨日お話しされていた闇ギルドの件ですが、わたしはここに残らないでいいのですか?」

「あぁ、今はいい。対邪神がどうなるか分からない以上、眷属は連れていく。【月の残骸】の連絡員はまだ来ていないしな」

「了解しました」


 続けて、五階層の説明を始めた。

 薄暗い雲が棚引く不気味な荒野。

 そこにある邪神の遺跡まで混合パーティーで進むと。


 前衛はビア、簡易ゴーレム、使うか不明だが、沸騎士二体。

 強襲前衛はサザー、ママニ、ユイ、カルード。

 中衛は、ヴィーネ、俺、ヘルメ、黒猫(ロロ)

 後衛は、エヴァ、レベッカ、フー、ミスティ。


「土属性の攻撃魔法が使えるけど、威力は期待しないでね。殆どゴーレム操作に気を使うから、わたし自身は役に立たないわ」

「分かった」


 ミスティはスケッチブックに速筆で素早くメモ。

 その態度と表情から戦術理解度は高そうだと判断できる。


「よし、説明はここまで、地図協会とギルドへ向かうぞ」


 <筆頭従者長>のヴィーネ、エヴァ、レベッカ、ユイ、ミスティ。

 俺、黒猫ロロ(沸騎士二体、ヘルメ)がメインパーティー。 

 <従者長>のカルード、高級戦闘奴隷のフー、ビア、ママニ、サザーをセカンドパーティー。

 

 この全員を連れて家を出て、冒険者ギルドに向かう。


 ユイとカルードは早速冒険者登録。

 魔石収集の依頼は受けず。

 五階層に出現するモンスターの素材の依頼だけを受けた。

 魔石はすべて俺のアイテムボックス行きだ。 


 奴隷たちのパーティー名は【永遠なるご主人様】とかいう名前だった。 


 あまり深くは突っ込まない。

 そして、受付嬢にあることを聞く。


「Bランクへの昇進について知りたいのですが」

「それは裏にある稽古場で十日に一度、昇格戦が行われています。昨日行われたので、九日後となります」


 九日後にギルドに来るか。


「分かりました。ありがとう」

「いえいえ、昇格戦、頑張ってくださいね」


 美人な人族の受付嬢から笑顔で励まされた。


「はい」


 にこやかに紳士的な笑顔で応えた。

 すぐにレベッカから尻を軽く叩かれる。

 冒険者ギルドを後にした俺たち。

 隣の【魔宝地図発掘協会】の建物の中へ入る。

 長椅子が並ぶ静かな空間を歩いて受付台の前に到着。


 受付の向こう側――。

 ソファと乱雑に書類が置かれた机が並ぶ場所に地図解読師、ハンニバル・ソルターがいた。

 彼と目が合うと手招きを受けた。


「ここで待っててくれ、あいつがハンニバルだ。鑑定してもらってくる」

「はい」

「了解」

「ん」 


 皆を受付前に残して、ハンニバルに近寄る。


「よっ、まだ生きているということは、この間のレベル四の魔宝地図を掘り出したんだな?」

「はい、金箱を得ました」

「それで無傷、やるじゃねぇか。お前は本物だ」 


 周りで作業する職員たちも驚きの声を上げていた。


「それで、今日はあの別嬪の珍しいダークエルフはいないのか?」

「いますが、待機させています」

「ちっ、少しはサービスしろよ」 


 エロなおっさんめ。 

 だが、俺も同じ穴の貉。気持ちはよーく分かる。


「気持ちは分かります。が、今は優秀な地図解読師である貴方に仕事をお願いしたい」


 俺の微妙な持ち上げ言葉を聞くと、目つきを鋭くするハンニバル。

 左手で無精髭を掻きながら、


「……どれ、見せてみ」


 顎をくいっと動かしながら地図を求めてきた。


「はい」 


 急ぎアイテムボックスから魔宝地図と銀貨五枚を取り出し、ハンニバルに手渡す。


「これなんですが」

「そこに座れ、今開始する」


 頷き、ソファーに腰掛ける。 

 ハンニバルは魔宝地図を机に広げた。

 文鎮で各所を押さえ魔宝地図を整える。

 と、この間のように鑑定作業へと移った。 

 手を上げて、骨が浮かぶような特徴的な手を見せると、スキルか魔法か分からない前と同じような光る羽根ペンを宙に生み出す。 


 前回は指抜きグローブを嵌めていたが今は素手だ。  

 光る羽根ペンは不規則な動きで魔宝地図の表面に触れて踊り跳ねていく。

 幾何学模様の線を地図に生み出した。

 最後に光の羽根ペンがくるりと回ると、女性の絵が浮かぶ。


 そして、ペン先が魔宝地図に触れた瞬間、光の羽根ペンは消える。


 ハンニバルは『どうだ?』と言わんばかりにニヤリとした表情を見せた。

 最後の女性の絵はアドリブか?

 肝心の地図には、前回と違う迷宮の構造が描かれて宝箱の位置も印されていた。


「……完了だ。残念だが、死に地図と言える。レベル五、迷宮二十階層だ。やはり金箱から出る魔宝地図だからな。しょうがあるまい」 


 二十階層か。

 俺にとっては死に地図ではない可能性がある。 

 邪神の話を信じるならば、だが。

 まぁ、仮定のことを思考しても仕方がない。 

 今は眉唾物と思って地図は暫く封印。


「……はい。鑑定ありがとうございました」 


 ソファーから立ち上がる。


「待て、少し話せるか?」 


 ハンニバルだ。

 鋭い眼窩から覗く瞳で、俺を引き留めてきた。


「何です?」

「……そこに座ってくれ」

「……」 


 疑問に思ったが、黙りながら腰を下ろす。


「ものは相談だが……」


 中年らしい愉悦を持った独特の笑顔から話が始まった。

 それは依頼のこと。


「魔宝地図の護衛……」

「やってみないか?」

「貴方の大事な顧客とは、商人なんですか?」

「そうだ。かなり特殊だが個人の商人。屋敷も小さく、召使いも一人だけという変わり者。スロザの古美術屋と仲がいいと聞くが、あまり表には出ない。蒐集家、通称コレクター。巨乳で美人の商人で、金払いが異常にいいんだ。俺の大事な顧客の一人でもある」 


 それを早くいえよ。巨乳の美人さんなら興味はある。


「美人の商人さんのコレクターが持つ魔宝地図の護衛に俺たちが?」

「……シュウヤのグループは優秀そうだからな。他にもパーティー、クランがいる。報酬はいいぞ。六大トップ、選りすぐりのメンバーが集まるはずだ」

「魔宝地図のレベルと階層は?」

「四階層、レベル五。所謂、高価格帯の魔宝地図だ。出現する守護者級は四階層と低いから、シュウヤが掘ったレベル四とそう変わらないと思われる。が、こればかりは分からない。お前は一度経験しているから、想像はつくだろう。ま、大量に優秀な冒険者を雇うから〝かなり〟楽な仕事となるはずだ。宝箱の周りに出現するモンスターを一気に根こそぎ倒すやり方で、素早く済むと思われる」


 四階層か。

 レベル五の魔宝地図は初だが、優秀な冒険者がいるなら楽な依頼か?

 

「それはいつ頃ですか?」 


 俺はハンニバルに厳しい眼差しを送りながら質問していた。


「おっ、興味がでたか。五日後の朝、ここの目の前、第一の円卓通りに集まる予定だ。コレクター自らが今回は表に出ると話していたから、すぐに分かる。それと、もうギルドのAランクのボードに依頼が貼り出されてあるはずだ」

「なるほど。あとで探して受けておきます」

「おう」 


 ハンニバルと世間話をしてから別れる。 


 受付前で待っていた皆にハンニバルから聞いた魔宝地図の護衛依頼を説明。

 そうして冒険者ギルドへ戻る。

 ――ボードを探した。


 依頼内容:Aランク、四階層、レベル五の魔宝地図護衛。 

 討伐対象:守護者級、他多数。 応募期間:五日後締め切り。 

 生息地域:なし 報酬:白金貨十五枚(個人ではなく、パーティー、クランの報酬となります) 

 討伐証拠:なし 注意事項:ランダムに守護者級及び強力なモンスターが出現。

 パーティー、クラン奨励、個人ではA、Sランクの方のみでお願いします。 

 備考:集合場所は【魔宝地図発掘協会】前になります。わたくしと召使いもその場にいるので分かるでしょう。リーダーは青腕宝団のカシム・リーラルトに任せてあります。素早く処理してくださった方には特別ボーナスを予定していますのよ。:コレクターより。 


 これか。


「依頼を受けるのですね」

「そうなる。五日後だそうだ」

「ん、あと、これから向かう、五階層と四階層のモンスター討伐の依頼も受けたほうがいい」


 エヴァが木札を取りながら話してきた。


「了解」

「それもそうね、地図の場所までには戦闘もあるでしょうし」 


 皆、頷いて、木札を持って並んでいく。

 俺も、複数枚の依頼木札と冒険者カードを受付に提出。受領された。 

 返されたカードを胸のポケットに仕舞う。

 踵を返し、皆と合流――ギルドの外に出た。 


 迷宮の出入り口に向かう。

 円卓通りから短い塔の建物だ。


 ――五階層の荒野を案内するよっ、六階層行きの水晶の塊、死の二搭、水晶の崖、煙毒の森、荒野の墓場、冒険者の宿。


 相変わらずの喧騒。

 第一の円卓通りには幾つもの店の売り子の商人、褐色肌の小柄な女の行商人、パーティー募集の冒険者、布告人の役人たちが一生懸命に声を張り上げている。


 ――【砂漠都市ゴザート】産の特別な地下水、貴重な砂漠香水、硝子道具を売っています~。ラド峠で仕入れた高級茶葉に、太湖都市ルルザックで仕入れた羊毛もあります~。そして、植物の祭典市場で売っているのと同じ貴重な砂漠サボテンも売ります~。


 ――西のペルネーテ大草原の戦にて、大隊戦規模の戦いが発生。竜魔騎兵団及び青鉄騎士団の一部が敗走。王国は苦戦し、ルレクサンド領、シビジ領、ズント領の全領土、更にはクオッソ領及びフレドリク領の半分を奪われたとのこと。【オセべリア王国】は西方ルシズ戦役で得た領土をすべて失い、元々の王国の領土まで掠め取られたことになる。【ラドフォード帝国】は虎の子、特陸戦旅団を投入した模様。サーザリオン領にある最後の砦と城が落ちれば、太湖都市ルルザックも危うしか? 再度ルルザックが奪われれば、このペルネーテも次なる戦場となる可能性がある。皆さん、注意されたし。


 戦争の状況が悪化したらしい。

 呑気に迷宮を冒険している間にペルネーテが戦場になっていたら嫌だな。

 俺の家は燃やされたくないぞ。 


 ――第三の円卓通りの南の住宅街で、またもや三玉宝石が残された殺人事件が発生したようだ。衛兵隊、大騎士でも犯人は見つけられていない様子。皆さん、注意されたし。


 うへ、その殺人事件、前にも聞いた……。

 血を好む化け物でもいるのだろうか。

 ん、いたな。俺という化け物が。


 ――仮面魔人ザープまたもや出現。今度は闘技場で乱入事件を起こし、複数名の闘技大会競技者を殺し、翼を生やした足で、その場を飛ぶように去ったそうだ。血塗れた姿を見たら衛兵隊かホワイトナインの事務所に通報されたし。


 仮面魔人ザープ。メルの父親らしいが……。

 考えながら視線を巡らせて歩いていく。 

 

 ――怪人二十四面相が出現したよ! 南の門で姿を消した!

 

 ザープの次は二十四面相かよ。


 ――ルーメンの老い人に気を付けろ! 魔法のランプを扱う存在が鍵だ。


 いつもいた目が白い薬草売りの少女はいない。

 ま、そんな日もあるか。


「悔い改めよ。天の国は近付いた、西の荒れ地で叫ぶ者の声がする……」


 司祭がラドフォードとオセべリアの戦争のことを比喩して信者たちへ説教していた。


『……偉大な方は、ここにおられるというのに、救いのない者共です』


 小型ヘルメが腰に両手を当てて偉そうに語る。


『いや、信仰、哲学は十人十色(人それぞれ)だ。否定したところであの人たちの心、精神は、もう心底救われて満たされている。俺たちが外からとやかくいうべきじゃない。父権主義(パターナリズム)じゃねぇしな……しかし、美人な女を犠牲にするような邪教の汚物だった場合は、問答無用で消毒するが』

『はいっ、難しいことは分かりませんが、閣下のお優しい御心はまさに地上を覆うほどであります』


 忠誠心が天井を超えているヘルメと念話をしながら、短い塔の建物に到着。

 衛兵が出入り口の両側で門柱のように立っている。

 冒険者カードを彼らに見せて中へ入った。

 水晶の塊がある付近では、多数の冒険者が消えては現れる。


 並んで待ってから、カルードの率いる戦闘奴隷チーム(永遠なるご主人様)が先に五階層へワープを行う。 

 遅れて俺たちイノセントアームズが水晶の塊の表面を触る。

 五階層の水晶の塊へとワープした。


 何回かワープを繰り返す。

 そうして合流を果たす。 

 五階層の空は相変わらず薄雲が流れているし、暗い。 

 迷宮独自の特異な世界。邪神が住まう次元が重なる特異な世界か。 


 水晶の塊の周囲はスタンドのような釣りランプを棒に垂らしたキャンプを張った冒険者がいる。

 魔法の明かりもあちこちに浮いていた。 

 太っちょの風船玉のような顔の冒険者が、口に魔煙草を咥え煙を吹かす。


 鋼のような鋭い視線を寄越す。


 魔煙草の匂い、食い物の匂い、糞の匂い、多種多様な匂いが混ざり合う。


「……シュウヤ、この間の遺跡でしょ?」 


 レベッカが腰の後ろに杖を回して持ちながら、体を斜めにして、窺うように聞いてきた。

 レベッカの何気ない仕草。

 いつ見てもドキッとさせられる可愛さだ。


「……そうだよ」

「ご主人様、行きましょう」

「おう」

「マイロードに続けっ、お前たち、進むぞ」 


 カルードが威勢の良い声を張り上げる。

 戦闘奴隷たちへ指示を出すと横から進んだ。


 俺たちも転移してきた水晶の塊の近くから離れた。


「父さん、凄い気合いね。目の周りが血走っているし……」 


 ユイは心配そうだ。

 胸を張って歩く父の姿を見ながら呟く。

 そのタイミングで足下にいた黒猫(ロロ)が黒馬へ変身。


 少しだけ胸元の幅が広く、黒毛がもっさりしてグリフォンっぽい。


 鬣は馬だ。


「ロロちゃん、胸元の毛が盛り上がっているのね」


 ユイが神獣ロロディーヌに注目しながら話す。

 すると、エヴァが反応。

 魔導車椅子を一瞬で分解させた。

 金属の両足となる。

 左右の踝には小さい車輪が付いた形。


 そのエヴァは素早い機動で、


「ん――黒いお毛毛」 


 神獣ロロディーヌに抱きつく。

 胸元の黒毛に頬当てて、顔をスリスリと左右に動かしている。

 

 黒毛の感触を楽しんでいた。


『閣下、外へ出たいです』

『おう、出ろ』

『はっ』 


 左目からヘルメがスパイラル放出。 

 ヘルメは液体から女体化すると、足元から水飛沫を発生させて邪界の地を歩いた。


「ここが五階層なのね……」


 ミスティは薄暗い空を眺めながら呟いた。

 懐から加工した黒い金属を取り出した。

 掌の上で黒い金属は個別に意思を持ったかのように蠢きつつ液体的な動きで螺旋状にせりあがるや散ると、細かい粒となって宙に浮かびつつ、再び液体に戻りながら集結。


 集結したモノは粘液状になってグニョグニョと人型を象った。

 ……最後には中型のゴーレムとなった。


「それが簡易ゴーレムか」

「うん! 魔柔黒鋼ソフトブラックスチール製だから耐久力はある」

「さすがはミスティだ。了解した。ここは荒野だ。広いから前衛の一部は、そのゴーレムに任せる」

「ふふ、ありがと。マスターに、ううん、皆に貢献するから」


 ミスティは笑顔で語る。

 簡易ゴーレムはのっしのっしと重量感のある動きで先を進んだ。


「マスター? ご主人様、わたしもマスターとお呼びしたほうがいいですか?」

「いや、ヴィーネはそのままでいいよ」

「はい」


 荒野のフィールドからは僅かな霧が発生している。

 毒炎狼(グロウウォルフ)がまたもや現れた。


 ビアが槍投げ敢行。

 ママニが弓矢を射出。

 サザーが青い剣を振るう。


 そんな中、前衛の一部を担っている黒いゴーレムが、右から毒炎狼(グロウウォルフ)へ炎を全身に浴びながら前進。

 黒いゴーレムは炎を喰らっても平気だ。

 城のような存在感で、左右の太い金属の腕が動く。

 毒炎狼(グロウウォルフ)に、その金属の拳が衝突。

 毒炎狼(グロウウォルフ)の黒環は潰れた。

 ユイとカルードは交互に突出を繰り返す。

 互いに息の合う剣術だ。

 ユイとカルードが一刀を振るうごとに毒炎狼(グロウウォルフ)の死体が出来上がる。

 

 前衛だけで毒炎狼(グロウウォルフ)を始末していた。

 墓場エリアに沸いている骨型モンスターも同様に殲滅しながら遺跡へ向かう。 


 荒野を散歩気分で歩きながらアイテムボックスの風防を触る。

 簡易地図のディメンションスキャンを起動。

 虹色のレーザーが真上に放射。

 腕輪の上に立体的なミニマップが表示された。


「閣下、この面妖なものは」

「この浮いている立体的な絵は、この辺り一帯の地図だ。地図を表示する魔道具だと思え」

「素晴らしい……」


 ヘルメは水飛沫を周りに発生させて驚いていた。


「少し前から腕輪の形が変わっていましたが、そんな効果があったのですね」

「そうだ」

「これは、わたしたち?」

「おう。点が、俺たちだ」

「ん、不思議」

「非常に分かりやすい地図だけど、狭い範囲の表示だけのようね」


 ユイは立体的に浮く地図の中へと頭部を突っ込んで中身をみようとしている。

 そこに斜め左前から魔素の気配。


 遅れて、地図にも俺たちとは違う点が表示。

 掌握察のほうが立体地図に出る点より若干速いか。


「左斜め前方に敵だ。狩るぞ」

「了解」

「主、先陣は我がっ」


 ビアを筆頭に前衛たちが突っ込んでいく。


「わたしも続きます」

「奴隷たちに負けていられませんなっ――」



 ◇◇◇◇



 俺と黒猫(ロロ)を含めた中衛と後衛はあまり戦闘をしないまま石壁が囲う小さい寺院のような遺跡に到着した。 


「あの階段の下ね」 


 レベッカが地下に続く階段を覗きながら呟く。


「たぶんそうだ。邪神シテアトップの神域かな」


 エヴァは魔導車椅子に座りつつ、


「ん、邪獣セギログンがここの下にいる」


 不安気に語る。


「そのモンスターが邪神シテアトップの邪像を汚しているらしいが」

「閣下、最初から遠距離で全力攻撃をしましょう」

「精霊様に賛成です。ご主人様の魔法には及びませんが、弓、幻術、雷撃魔法を準備します」 


 ヴィーネとヘルメが、意見を一致させる。


「そうだな。今回はプランAで行くか」

「主、遠距離だと我の出番はない」


 離れて聞いていた蛇人族(ラミア)のビアが長細い舌を伸ばしながら話してきた。


「わたしもそうなる」

「マイロード……」 


 ユイとカルードも同じ意見らしい。 

 魔法使いのフーは黙っているが、サザーとママニもビアと同意見なのか前衛で活躍したいような顔を見せる。 

 だがなぁ、何があるか分からないし。


「お前たちはここに来るまでだ。十二分に活躍しただろう? 今回は何があるか分からない。だから最初は、俺、沸騎士たち、ヘルメ、ロロ、<筆頭従者長>、<従者長>だけで進む。お前たちはこの入り口を守れ。周りに出現する骨類、狼たちは任せた」

「はい」

「主の命令ならば従う」 


 ママニとビアは了承。


「分かりましたっ」

「はいです」 


 サザーとフーも返事をよこした。 


 彼女たちを見ながら頷く。

 そして、指環魔道具、闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトを触って起動した。 


 指輪から黒と赤の糸が伸びて遺跡の階段前の地面に付着。

 煙を伴いながら沸騎士たちが登場した。


「黒沸騎士ゼメタス、見参」

「赤沸騎士アドモス、今、これに」

「邪獣とやらを狩る。ついて来い。皆も進むぞ」

「「はい」」


 俺が先頭に立ち、階段を下りていく。 

 暗いので<夜目>を発動。


「エヴァ、行くわよ、どんなものも蒼炎弾で燃やしてやるわ」

「ん、頑張る」 


 階段は横幅が狭い。

 暗がりから牛を引き出すことになりそうだ。急ぐ。

 そして、胸ベルトにあるホルカーの木片が僅かに振動した。

 震えが小さいのは邪神側に近い神域だからかもしれない。

 長い階段を下りた先の見える範囲には魔素の気配はなかった。


 だが、一応用心しながら降り立つ。


 下りたところを見回すと……縦と奥へと広がる大空間があった。

 空間の左右には背丈の高い巨大邪神像が立ち並ぶ。


 綺麗な紫色の長髪を持つ女神邪像は片手に大きな槌を持つ。

 頭部に角を四つ生やし顔が複数象嵌された鎧姿の男神邪像は、奇妙な形の腕が四つある。

 全身が触手や角だらけの蟲邪像。

 カブトムシのような頭蓋を持ち全身を布のようなもので巻いている邪像。

 八岐大蛇のような邪像。

 蜘蛛を原型とした眼が複数ある不思議な形の邪像もある。


 他にもあるが、全部で十体か。

 その中の一つには、大きな虎型の像、邪神シテアトップを象った巨大像もあった。


 しかし、その邪像の前で、人を象った黒い大型モンスターが大暴れしている。

 あれが邪獣か。

 邪獣だと思われる大型モンスターの下には、丸甲羅を頭に持った桃色の蛸の触手脚を持つモンスターたちがぷかぷかと浮いていた。


 中型の丸甲羅の蛸モンスターはいかにもヒュリオクスが好む蟲の造形と言える。

 大きい怪物の方は人型の造形を保ってはいるが……。

 どういうことか、蟲の造形ではなかった。

 影の触手が一か所に集まった一つの大きい人型の造形だ。


 頭部には釣り上がった平行四辺形の目が複数ある。

 大きな口らしき物が肩に二つ、胴体は真ん中から左右へと無理やり引き裂かれたように分かれている。 

 裂けた胸の中に臓器らしき物は一切見当たらない。

 しかし、裂けた胸の縁からは腕のような黒触手が無数に蠢きながら飛び出し、虎型の邪像を黒い拳で攻撃していた。


 あの黒い拳触手の先端に生えている五つの黒爪は鋭そうだ。

 だが、邪像にも何かしらの防御結界が張られているのか、殴られても、びくともしていない。


「……あの怪物たち、知能、知覚はそれほど高くはないようね。距離がかなり離れているとはいえ、わたしたちがここにいても、気付いていない」


 レベッカが金色の眉を中央に寄せながら、指摘する。


「あぁ、好都合だ。作戦(プランA)通り遠距離からやる。皆、あの像たちに被害が及ばないようにしようか。それと沸騎士たちと簡易ゴーレムはこの場で待機。近くで何かが湧くかもしれないからな。何事にも臨機応変に対応しようか」

「閣下、お任せあれ」

「お任せを、閣下」


 沸騎士たちは盾を構えて用心深く周りを見回している。


「あの骨鎧を着た騎士たちを潰さないようにしないと……」


 ミスティも簡易ゴーレムを沸騎士たちの背後に配置していた。


「――にゃお、にゃんにゃ」


 黒豹の姿から馬のような姿へ変身していたロロディーヌ。

 胸元の黒毛がふさふさのロロディーヌは沸騎士たちに近付き、触手で何やら指示を出す。


「意味が分かりませぬ、ロロ殿様」

「ロロ殿様、盾を突かないでいただけまいか……」

「にゃおぉ~にゃ? にゃぉぉ~にゃ!」


 沸騎士たちは双眸を紅く光らせつつ黒豹のロロディーヌと会話をしていた。

 相棒は盾の指導をしているつもりか? 面白いが、あのやり取りは無視。


「……よし、俺が最初に口火を切る」

「閣下に続きます」

「はいっ、ご主人様」

「にゃにゃお――」


 ヘルメ、ヴィーネ、後ろから走ってきたロロディーヌたちの前に出た。


「ガツンと喰らわせるのよ!」

「ん」


 右後方にレベッカとエヴァ。


「わたしはエヴァとレベッカの側にいるわ」

「マイロード、わたしもです」


 飛び道具がないユイとカルードはエヴァとレベッカの後ろについた。


 <古代魔法>は像を壊しかねない。

 指向性のある氷系魔法が第一候補。

 <鎖>が第二候補か。

 スキルの<光条の鎖槍シャインチェーンランス>は第三候補。

 第四候補は<血道第三・開門>だ。


 最終的には<脳脊魔速(切り札)>からのプランB(槍殴り)かもしれない。

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