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千八百四十二話 天翔ける白銀城、マセグド平原に降臨せし希望と畏怖


 □■□■


 広大なマセグド大平原の一角に築かれた前線基地。

 恐蒼将軍マドヴァは、四本の腕に握る赤と蒼の魔大剣を休ませ、苛立たしげに平原を睨んでいた。


「くそっ、ペントリアムの連中め。停戦の用意があると何度も話をしているというに……」

「敵側もにわかには、信じられないのでしょう」


 副将カラの言葉に、周囲の将校たちも頷いていく。

 マドヴァは、


「だが、補給部隊を襲撃するとは……我らの動きが鈍った途端に、地形を利用し挟撃に出るとは……」

「はい、メリア・ローランドは優秀です」

「うむ、これほどまでに翻弄されるとはな……」


 マドヴァの額から流れる汗が、骨兜の縁で光る。

 悪神ギュラゼルバンの眷族ノゲェンホルスの頭蓋骨で作られたこの兜は、彼がどれほどの激戦をくぐり抜けてきたかを示す証しだ。

 しかし、この数ヶ月、彼の率いる精鋭部隊は、神出鬼没な魔傭兵と残党軍のゲリラ戦に手を焼き、消耗を強いられていた。


 副将カラが困惑した表情で進言する。


「マドヴァ様、不可解なのは、恐王ノクター様からの指示です。王魔デンレガ戦に向けてのことですが、苦戦していたとはいえ有利にことを進めていた。それなのに、停戦に向け、大規模な行軍は中止せよ。から先程正式に、停止命令が発令されました。交戦中の部隊にも即座に退却指示が出ております。一体何が……」


 マドヴァは頷いた。

 四つの眼のうち三つの眼を閉じながら、


「ふむ、光魔ルシヴァルとの同盟の影響に……やはり、王魔デンレガが動いたとみるが正しいか。他にも吸血神ルグナド、魔蛾王ゼバル、悪神デサロビア、闇神アスタロトなどの軍も閣下に対して、軍を差し向けたか……」


 ノクターの指示は時折、奇をてらうことがある。

 しかし、メリア・ローランド率いる魔傭兵たちに苦戦を強いられているこの状況での停戦命令は、マドヴァにとって理解しにくい状況でもあった。

 ノクターの真意を測りかね、警戒心と不満が入り混じった複雑な感情を抱く。


 その時、平原を覆っていた強風がピタリと止んだ。

 マドヴァは眉をひそめた、その異変に不穏な予感を覚えた。

 この異変が、ノクターからの停止命令に何らかの形で関わっているのだと直感した。


 将校たちの間に動揺が広がると、突如として大氣が震えた。 遥か上空、メイジナ大平原とバーヴァイ地方の方角から一点の白銀の輝きが見えたと思った瞬間――。

 天が裂けるような轟音と共に、その光点は爆発的に拡大した。それは新たな太陽が誕生した如くの眩い閃光、それが平原全体を白く染め上げると、白銀の城が遠くに現れた。

 その白銀の城が徐々に近づいてくる。

 

 そして、平原の空を覆い尽くすほどの巨大な影となって、周囲の雲を押しのけながら威圧的にゆっくりと降下してくる。


 大地がわずかに震え、戦場のすべての音が、この超越的存在の前に沈黙した。


 マドヴァは呆然とそれを見上げていた。


「白銀の城塞だと……」


 巨大な輝きが、その全貌を現した。

 それは、天を貫く白銀の城壁を持つ、まさしく移動する要塞だった。

 四隅からは雷、炎、水、地の魔力が揺らめき、城壁には見慣れない紋章が刻まれている。


「バ、馬鹿な……城!? まさか、天空の城だというのか!?」


 彼の脳裏に、ノクターから伝えられた情報がよぎる。


『直に、シュウヤ殿が率いる光魔ルシヴァルの砂城タータイムが現れるだろう。現れたら……多分だが、黒猫の姿の神獣を連れて、少人数で、お前たちの前に、威風堂々と姿を現すだろう……接触を試みてもいいが、戦いを決してしかけるなよ、全面的に、シュウヤ殿の指示に従うように、また、この間の連絡通り、お前たちの軍には、王魔デンレガなどに回ってもらう。この【マセグド大平原】の戦いのように俺の本体と連動予定だ。が、情報収集は続けているが、【メイジナ大平原】のように、事が成ったと思っても、ドラスティックに状況が覆る。そして、お前も、【マセグド大平原】の戦いで学んだだろう?』

『はい……面目至極もございませぬ』

『いや、責めているわけではない。そして、シュウヤ殿との同盟だが、『恐光魔通商協定』の情報通り、もう【メイジナ大平原】を持つ光魔ルシヴァル側とは一蓮托生となった。そのシュウヤ殿がわざわざ出向いての手打ち、状況は理解できるな?』

『は、はい!』

『それと、お前が手を焼いた、多少は頭が回る小娘が、シュウヤ殿に戦いを仕掛けたら、容赦なく潰す側に回れ、シュウヤ殿を守ることも想定しておけよ』

『ハッ、承知致しました』


「……カラ、あの城が、シュウヤ殿のもつ特殊な移動要塞、砂城タータイムだろう。ノクター様からの指示通り、我らは、シュウヤ殿の行動を阻害しない。だが、メリア・ローランドが、どう動くか読めないから、シュウヤ殿たちを守るぞ」

「ハッ」


 カラを含めたマドヴァの側近たちが胸元に手を当て会釈を行った。


 そこで、マドヴァは少し歩き、圧倒的な存在感を持つ白銀の城塞が、メリアたちの陣地近くに向かうのを眺めていく。

 

 すると、その時、砂城タータイムが動きを止めた。

 城壁の一部が溶けるように消え、白銀のモニュメントの幻影と共に白銀の道が大地に延びて繋がり、そこに、巨大な四体のドラゴンが出現。

 更に、白銀の道に一つの影が現れた。それは歩いているのか、滑っているのか、あるいは空間そのものを移動しているのか判然としない、異質な動きで降りてくる。


 漆黒と紫の装甲を纏ったその人物からは、目に見えぬ重圧が波紋のように広がり、戦場の空気を一変させた。

 装甲の隙間から漏れ出る淡い光は、まるで星辰の輝きを内包しているかのよう。

 その肩には、一見すると小さな黒猫が優雅に佇んでいる。 しかし、その紅と白の異色瞳が放つ光は、この生物が単なる猫ではないことを如実に物語っていた。

 神獣の威厳と愛らしさが同居する、不可思議な存在感が戦場を支配する。


「……あれがシュウヤ殿か!」


 マドヴァは無意識のうちに、その名を叫んでいた。



 □■□■


 一方、マドヴァ軍から離れた隠密拠点で、ペントリアム魔傭兵の斥候が息を切らして駆け込んできた。


「メリア様! 大変です! 恐王ノクターの軍勢が、突如、攻撃を停止しました! そして、上空には!」


 メリア・ローランドは、兄ヘゲルマッハがバビロアの蠱物によって爆散した現場を思い出した。血と肉片が飛び散るあの瞬間が、まるで昨日のことのように脳裏に焼き付いている。

 憎しみが心臓を締め付け、復讐の炎が全身を焼き尽くそうとした――が、その瞬間、兄の最期の微笑みが脳裏をよぎった。

 深い呼吸と共に、彼女は感情の激流を押し殺した。

 瞳に宿るのは、氷のような冷静さ。それは単なる冷酷さではなく、数千年の隷属を生き抜いてきた者だけが持つ、鋼のような意志の輝きだった。

 最近、バーヴァイ平原やメイジナ大平原で、テーバロンテの支配が揺らぎ、状況が安定に向かっているという噂が耳に入っていた。


 兄の最後の言葉、


「お前は、これで数千年と続いた負の螺旋から離脱できる……」


 という言葉も脳裏に響いていた。

 もしかしたら、兄が苦しみから解放されたのかもしれない、という漠然とした思いが、彼女の心にあった。


「停止だと? 何が起きている」


 彼女が外に出ると、空に広がる異様な光景に息を呑んだ。

 天空を覆い尽くす白銀の巨大な城塞……そして、メイジナ大平原を越え遠くバーヴァイ地方から立ち上り続けている無数の魂が昇っていく蒼白い光柱。


「白銀の空中要塞……テーバロンテの支配が真に終わりを告げたことは、確かか……」


 メリアの瞳に兄への哀惜と、長きにわたる隷属からの解放への複雑な感情が入り混じる。

 彼女は、兄が苦しみから解放されたのであれば、彼の死も無意味ではなかったと、大局をもって判断することができた。


 その時、城壁の一部が溶けるように消える。

 白銀のモニュメントの幻影と共に白銀の道が、隠密拠点の近くの大地と繋がった。

 更に、城の四方に、巨大な四体のドラゴンが出現。


「「げぇ」」

「なんだ、あのドラゴンは!」

「炎竜に、雷竜……(ハイ)古代竜エンシェントドラゴニアなのか?」


 更に、上空から降下してくる漆黒と紫の甲冑を着た騎士が白銀の道を滑るように降下してくるのが見えた。

 その肩に立つのは、黒猫……。


「あれは……」


 メリアは、冷静に思考する。

 この突然の状況が、自分たちの勢力にとっての新たな転機となり得ると直感した。

 テーバロンテの支配から解放され、恐王ノクター軍との泥沼のゲリラ戦を続ける中で、彼らは新たな後ろ盾、新たな生存の道を探していたのだ。

 

 ノクター軍の停戦命令が、あの城と……。


「右手に魔槍杖を……槍使いと、黒猫か……」


 と、メリアが呟いたように、関係していることは明らかだった。

 メリアは、


「全軍に告ぐ。狼狽えるな、警戒態勢を維持しつつ、一切の交戦を停止せよ! そして、あの白銀の城から目を離すな!」


 とメリアは発言し、前に出た。

 メリアの指示は、彼女が世の理を見極め、自らの活路を見出す才覚を持つことを示していた。

 目の前の強大な存在が、自分たちにとっての『敵』ではなく、むしろ『時を得た希望』となり得る可能性を模索し始めていた。


「ハッ、しかし、この陣地がここにあることを事前に得ていることも不自然、更に、あの空飛ぶ移動要塞に、四体のドラゴンに槍使いと黒猫だけとは……どういう……メリア様、あの槍使いと接触を?」

「そうだ、ロゲウスも付いてくるなら付いてきていい」

「無論、ついていきます……ですが、不用心すぎませんか」

「ハッ、それはあの槍使いと黒猫にも言えることだろう。ドラゴンも幻影のみの可能性もある」

「……それは、はぁ、はい……」


 メリアとロゲウスはそう語りながら、陣地を囲う隠蔽用の魔法陣の外に出た。

 そして、白銀の道の前に立つ槍使いシュウヤと黒猫ロロディーヌへとゆっくりと近づいていく。


□■□■



続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版発売中。

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