百八十話 邪神の使徒
2020/12/21 18:53 修正
2020/12/21 20:58 修正
ベネットからの情報通りに倉庫街を進む。
倉庫街はチューダー様式と似た建物が多い。
剥き出た柱と梁に筋交いが、漆喰や煉瓦の外壁と合わさって特徴ある模様を作った外観だ。
そんな倉庫街を観光気分で進むと、パクス・ラグレドアの大屋敷を発見。
娼館が隣にあるから分かりやすい。
すると、昼間なのに暗くなった。
暗闇は崩れるように消失。
陽を隠したのは、ムクドリのような鳥の群れだった。
通りに影が幾つも走る。
皆は鳥の群れのことは気にせず、
「あそこがパクスの家」
「エヴァとレベッカは、ここで待機」
「了解」
「ん」
俺はユイとカルードに顔を向け、
「ユイとカルードは左右の隣の店を調べろ。見る限り、屋根は地続きだから、標的の屋敷に侵入できるルートがあるはずだ」
「はっ、マイロード」
「分かった」
カルードとユイは頷く。
俺はヴィーネに視線を向ける。
「ヴィーネは裏だ。俺とロロは正面から侵入する。動きがあったら血文字で連絡しろ」
「はい、ご主人様」
エヴァとレベッカを残して、皆、散っていく。
「ロロ、行くぞ」
「にゃ」
正面の玄関から跳躍。
神獣ロロディーヌは膂力を見せるように跳躍。
屋根を飛び越えて、中庭に着地。
パクスの屋敷に侵入した。
――魔察眼と掌握察で周囲を確認。
大きい屋敷だが……何も気配がない。
……メイドや使用人も雇っていないのか。
獅子の姿に近いロロディーヌから降りる。
直ぐに<隠身>を発動しつつ左右を把握。
砂利が敷き詰められた玄関が左にあるが、俺は中庭を直進。
その中庭から屋敷内へと続く扉の一つを、そおっと開けた。
慎重に、大胆に……堂々と――侵入だ。
相棒はいつもの黒猫姿に戻ると――。
定位置に乗ってくる。
肩に黒猫の体重を感じつつ周囲の探索を続けた。
通路は普通……。
大部屋の扉を幾つか開けた。
が、埃まみれな部屋ばかり……。
……パクスは迷宮に籠っている?
すると……歪な銅像を発見。
怪しい銅像の足下に、怪しい階段も発見した。
……足音を立てないように、その階段を下りる――。
え? 足は滑らないが――。
滑るようなリアクションを取った。
階段の床が血塗れている。
階段の横に薄緑色の不気味な光が灯るランプが並んでいるせいか。
階段の表面の血に緑色が加わって不気味さが増している。
触れたら足の裏が蒸発するような、毒でもあるんじゃないか?
と、不安を覚えたが足の裏は無事。
血の階段は湾曲した壁に沿う形で地下に続いていた。
下から魔素の気配を感じる。
『閣下、この奥……狭間が薄くなっているようです。何があるか予想もできません』
『……そうだな』
一応、皆へ『怪しい地下階段を発見、血塗れた血階段』と血文字で送っておいた。
ヴィーネからは『裏門は特に動きはありません』
ユイからは『左の部屋に侵入したけど、特に異常はなし』
カルードから『右から侵入しましたが、異常なしであります』
エヴァは『正面通りは誰もいない、シュウヤ、気を付けて』
レベッカは『暇。階段の先に怪物がいるかもね。危なかったらすぐに言うのよ?』
と、返事が返ってくる。
肩に乗せた黒猫と一緒に血塗れた階段を下りた。
その時、胸ベルトのポケットの一つが動き出す。
なんだ? ポケットから取り出すと、ホルカーの欠片だった。
木片は緑色に輝きブルルッと震えている。
この地下は何かしらの汚れがあるということか……。
……植物の女神サデュラと大地の神ガイアの神界セウロス側からしたら……。
邪神の使徒も魔界の神の使徒と同じく汚れという認識か。
胸ベルトに震えた木片を仕舞う。
湾曲しながら続く階段を下りていく。
おぞましさを感じる緑色の霧が濃くなった。
そんな階段が終わって、緑色の霧が漂うが、構わず、足を踏み入れた。
床も血塗れた感触――。
じゅあぁっと音は鳴らない、足下の緑の霧は、毒ではなかった。
右に広い空間がある。
血塗れた床は、その広い奥に間に続いているようだ。
血塗れた床を踏みしめるように緑の霧を払うように進む……。
と、更に広い空間となった。
奥に鼠色のあばら骨が囲う歪な扉が見えてくる。
歪な扉の左右に篝火代わりなのか。
霧よりも明るい緑色の火を灯す金色の燭台があった。
周囲は、その縦長の金色の燭台のお陰で緑色に明るい。
だが、歪な扉の周囲は、霧が薄まっているだけなのかもしれない。
そして、歪な扉前では……。
扉の部屋を守る門番がいた。八個の水晶髑髏が漂う。
四角い水晶髑髏で、眼窩に宿る青白い光。
水晶髑髏は、不規則に動いて、八つの軌跡を宙に生む。
宙を目まぐるしく飛翔する八髑髏。
あの八髑髏、水晶髑髏は、衛兵、自律思考型の小型兵器みたいなものか?
近付けば反応してくることは確実、として……。
水晶髑髏は俺に気付いていない。
俺は<暗者適応>と<隠身>を実行中。
そのスキルのお陰だろう。
広間の奥へと続く入口は、あの門番が守る歪な扉一つだけ。
『閣下、わたしも外に出ましょうか?』
常闇の水精霊ヘルメが視界に現れ進言してきた。
『いや、あの髑髏は俺が仕留める』
『分かりました』
ヘルメは頭を下げながら視界から消えていく。
扉の先からは強大な魔素の反応が一つと普通の魔素の反応が複数ある。
あの水晶髑髏たちを仕留め、扉の先に進むとしよう。
魔槍杖バルドークを右手に召喚。
「ロロ、俺がやるから様子見ね。降りて待機」
「ンン、にゃ」
黒猫は跳躍して、血塗れた床へ四肢を付けていた。
足をつけると、血濡れた足が気になるのか、前足を口へ運ぶ。
ぺろぺろと足の裏を舐めていく。
更に反対の前足も舐めて、交互に血塗れた前足を舐めていた。
何回も繰り返した後、ずでんと血塗れた床へお尻をつけて、後ろ脚も舐めていくが……お尻付近の毛が濡れて、それも気になるのか舐め出しては、尻も舐めていた。
ついでに内腹も舐めだして……延々と毛繕いをやり出していく。
可愛いが見ていたら切りがないので、水晶髑髏を倒すことに意識を切り替える。
水晶髑髏が飛翔している歪な扉がある空間へ前進。
歩きながら<光条の鎖槍>を五つ発動。
続けて、上級:水属性の《連氷蛇矢》を発動した。
五つの光槍は難なく水晶髑髏を貫き、破壊――。
しかし、上級魔法の氷矢は眼窩の髑髏の前で溶けるようになくなり消えていた。
俺の魔力は減退している。
だからレジストされたか。
残っている三つの水晶髑髏は眼窩を青白く輝かせて「カツカツカツカツカツ」と口にある歯で噛む音を響かせた瞬間、俺に向けて吶喊してきた。
――速い。
飛翔してくる三つの水晶髑髏の口が変形し、綺麗な水晶剣を発生させてきた。
俺の頭を突き刺そうと迫った水晶髑髏へと魔槍杖を縦に振るう。
紅斧刃を髑髏の眉間に喰らわせ髑髏を両断しつつ破壊。
残り二つの水晶髑髏は弧を描いて分かれると、俺の頭を挟み突くように水晶剣の刃を向かわせてきた。
魔槍杖を消す。
血塗れた床に膝を突ける勢いで屈む。
左右から迫った二つの水晶剣を避けた。
水晶髑髏の水晶剣は互いにぶつかって跳ね返り口から出た剣を上向かせている。
「高性能な衛兵だが、そこまでだな――」
そう言葉を出しながら両手首から<鎖>を射出。
二つの<鎖>は宙で仰け反っていた水晶髑髏を貫き破壊に成功した。
「ンン、にゃ――」
ロロだ。黒猫の姿ではなく。
黒豹のロロディーヌ。
毛繕いはもう止めたらしい。
バラバラに砕けた水晶の欠片でアイスホッケーの遊びをやり出していく。
……さて、あの歪な扉の先へ向かうか。
『水晶髑髏の門番と戦い撃破、歪な扉の奥に、パクスと思われる魔素反応あり』
皆へ血文字でメッセージを送った。
『ご主人様、すぐに向かいます』
ヴィーネからすぐに返事がくる。
『わたしも中央へ向かう』
『マイロード、向かいますぞ』
左右に展開していたユイとカルードもすぐ来るようだ。
『シュウヤ、わたしたちはどうする?』
『ん、ここは暇』
二人には悪いが、表を見張っててもらうかな。
『激戦になったらこっちに来てもいいけど、まだ、そこで見張りを頼む』
と、レベッカとエヴァにはメッセージを送る。
『了解』
『ん、分かった』
そこに階段を下りてくる音が聞こえてきた。
ヴィーネ、ユイ、カルードだ。
「ご主人様」
「シュウヤ」
「マイロード」
皆、武器を抜いて準備はできている。
「この空間は狭間が薄いらしい。何が出てくるか分からないから気を付けていくぞ」
「はい」
「何があろうと、アゼロス&ヴァサージで切り刻んでやるわ」
「わたしも魔剣ヒュゾイにて、敵を粉砕してみせましょう」
「にゃお」
各自、構えを見せると、歪な骨扉の前へ歩いていく。
黒豹のロロディーヌもちゃんと言葉を聞いて判断した。
アイスホッケーの遊びを止めて、先に骨扉の下へ向かう。
両前足を扉へ乗せて、その扉の表面をカキカキと鋭い爪で掻くように傷をつける。
ここを開けろニャ、開けろニャ、と催促している。
その何ともいえない可愛い様子に微笑みを浮かべながら、骨扉を押し開いた。
血の匂いが漂う。
左右に広がりを持つ大広間。
緑の炎を灯す燭台が均等に並ぶ。
金色の絨毯が奥に続く。
更に、緑の霧があちらこちらに立ち込めていた。
まるで王侯貴族たちが居座る謁見室だ。
奥に背もたれ付きの豪華な椅子に座る……骸骨の兜をかぶった大柄の人物が存在した。
その人物が座る豪華な椅子の背後は緑色に光輝く不気味な蟲を象った彫刻の壁柱が並ぶ。
大柄の人物は魔槍と思われる長柄武器を右肩に掛けるように持つ。
左手で血入りの頭蓋のコップを斜めに傾けて……。
床で這いつくばっている多数の裸の女たちの頭へ、コップから血を垂らしていた。
彼女たちは奴隷か?
と、よく見ると、女たちの後頭部、背骨から足先までの形が人族ではなかった。
骨が変形し甲殻のような出っ張り物が皮膚の表面に浮き出ている。
骨の節目節目から紅い点の光を発生させていた。
血を求める指先から……。
触手のような細かな管が多数生えて蠢いていた……。
カレウドスコープで確認するまでもない。
『こいつがパクスですね、閣下、わたしも外へでます』
『おう、頼む』
『はい』
ヘルメが左目から外へ放出していく。
「侵入者か、レプリカとはいえ迷宮で手に入れた、あの魔界八将髑髏たちを倒せる奴など、そうはいないはずだが……」
大柄男はそう喋ると、魔槍を肩に担いで立ち上がった。
重量感ある黒甲冑がきしむ音が響く。
大柄の骸骨兜をかぶる人物は、床で這いつくばる女たちを蹴飛ばし、のっしのっしと迫力ある歩き方で、近付いてきた。
カレウドスコープをタッチして身構える。
「お前たちは何者だ? 我が屋敷に不法侵入するとは、また、こないだの闇ギルドの手合いの者か?」
青白くフレーム表示された視界にいるパクスを縁取る線を意識。
スキャンしていく。
足から形がおかしく内臓も変化している……完全に人族じゃない。
そして、頭は蟲と完全に一体化し、骨格がぐちゃぐちゃで、口から湿ったねっとりとした気色悪い感触がありそうなイカ触手が蠢いていた。
――――――――――――――――
?????高生命体exee8?##
脳波:異常
身体:異常
性別:雄??
総筋力値:479
エレニウム総合値:22102
武器:あり
――――――――――――――――
数値からして完全に異常と分かる。
こいつも俺と同じく……新たなる新種といえる存在なのかもな。
「……似たようなもんだ。そんなことより、お前の名前は、パクスで間違いないな?」
「その通り……名を知るとなると、あの闇ギルド【大鳥の鼻】共たちか?」
「大鳥の鼻とは知らないが……」
「嘘をつけっ、わざわざタンダールまで出向き、そこの娼館から奴隷たちを選んだというのに……それがシツコイ原因を作ることになるとはな……この都市で強引に奴隷を奪えばよかったのか? いや、ヒュリオクス様からは、内密にしろとの命令だったからな……」
一人呟くパクス。
鉱山都市タンダールか、彼はそこの都市に巣食う闇ギルドと争いがあったらしい。
「……その仮面は外せないのか?」
「煩い、下らん人族共が……我が屋敷に侵入したことを後悔させてやろう」
両手剣のような幅広な刃先を持つ特殊な魔槍を構えた大柄のパクス。
刃はオレンジ色に輝き炎のように揺らめいている。
その背後からは、女の顔が蟲と同一化した化け物たちが、パクスの両脇から奇声をあげて俺たちの方へ走り寄ってきた。
女たちの腕は変形し、骨剣のように先が尖っている。
「ロロと眷属たち、雑魚は任せた」
「「はいっ」」
「にゃごあ~」
黒豹のロロディーヌが数本の触手骨剣を蟲女たちに喰らわせる。
一度に数人の胴体を貫く触手骨剣だ。
ロロディーヌは緑の炎が灯る燭台を吹き飛ばしながら右辺へ移動。
他の蟲女たちがロロディーヌを追う。
「ロロ様っ」
ヴィーネは心配そうに叫ぶと、蟲女たちの背中を蛇刀剣で切り伏せる。
すぐに右側へと走った。
ヘルメも全身から水飛沫を発して、
「わたしも行きます――」
と、発言すると、腰を起点に円状の氷刃を生み出すと、自らを回転させる。
ロロとヴィーネの後を、回転しながら追いかけていく。
自身に近寄ってくる蟲女たちの胴体を、その円の氷刃で輪切りに両断していく。
ユイは赤絨毯の左辺から群がる蟲女の胸を、刀で突き刺し、スカルクラッシャーの柄を捻り引きながら死体を横へ殴り飛ばしては、
「触手女たち、こっちよっ、血を喰らってやるからっ――」
大声で挑発しながら、左側へと多数の女たちを引き連れ移動していく。
「――ユイ!」
目が血色に輝くカルード。
目の横に血管の筋が走っている。
「――引き連れすぎだ」
吸血鬼らしいカルードは蟲女の頭部を二つほど華麗に斬り飛ばすと、ユイへ注意。
蟲女たちを屠りながらユイのフォローをするように追い掛ける。
「……我の眷属をあっさり切り捨てるとは……強者たる影使いが……いないが、闇ギルドの幹部共か――」
パクスは周りの状況を見て、そんな風に分析したらしい。
余裕な態度の語り途中で、大柄に似合わぬ素早い振る舞いから、オレンジの刃が目立つ魔槍を突き出してきた。
俺は魔槍杖の紅斧刃で、胸に迫るオレンジの刃先を弾く。
お返しの突きの紅矛でパクスの胸元を狙う――。
パクスは、右手甲を紅矛に当てる。
そのまま横側へ魔槍杖の紅矛を押し出すように、俺の突きを簡単に弾いてきた。
「我の動きについてこられるうえに、反撃か……」
さすがに強い。
「いいから、来いよ、お前も元は槍使いなのだろう?」
俺の軽い挑発にパクスは、
「ふっ――」
と、嗤い声を発して、オレンジの刃が目立つ魔槍をぐるりと回し薙ぎ払ってくる。
瞬時に魔槍杖を寝かせる。
俺もパクスと同じ軌道で魔槍杖を払い上げた。
宙でオレンジの刃を迎えるように紅斧刃を衝突させる。
――俺とパクスの間の宙空が悲鳴を上げるような衝突音。
激しいオレンジとレッドの閃光が独特の魔力光を生み出す。
魔力の粒たちが火花を散らす。
僅かな残滓的な魔力の粒たちが、大気に溶けるように消えていった。
互いに魔槍を持つ手が痺れるように魔槍同士が離れた。
「ふははははっ、お前、闇ギルドなんかじゃないだろうっ!」
弾かれた魔槍を軽々と扱い回転させつつ喋る。
骸骨の兜を揺らし笑うパクス。
そのまま弾かれた魔槍杖を持ち直すと、パクスが素早くオレンジの刃を持つ魔槍を振り上げてきた。
――オレンジの刃を叩きつけてくる気だ。
俺は魔闘術を足に纏い速度を一段階引き上げた。
風を孕む勢いを持つオレンジの刃を受けず――。
身体を半身ずらし避けつつ――。
魔槍杖の紅矛でパクスの腕を突くように狙う。
紅矛を突き出し、右の上腕の防具ごと蟲腕を突く。
太ましい蟲腕は、紅矛によって焼ける。
皮膚はただれ、肉と骨らしき部位は溶けて燃えている。
「ぐぉ――」
効いたのか痛みの声をあげるパクス。
だが、焼けていない箇所からにゅるりと触手が傷を覆う。
すぐさま、真新しい蟲腕へと再生を果たす。
パクスは槍のスキルらしきモーションを見せた瞬間――。
「お返しだ」
空間を切り裂くような薙ぎ払いを繰り出してきた。
急ぎ、魔槍杖を上部に回し受ける。
――が、いちいち、重い。
防ぎ、弾くが、右から左へ激しく振るう薙ぎ払いを繰り返すパクス。
アンタは関羽かよ! と、激烈なオレンジの刃を見て思うが――。
またも、オレンジの薙ぎ払いを繰り出してくる。
オレンジの刃は受けずに、背中の筋肉を意識。
左へ回りオレンジの刃を紙一重で躱すことに成功。
その回転の勢いを魔槍杖に乗せた<豪閃>を繰り出す。
パクスはオレンジの刃を持つ魔槍を斜めに構えた。
炎の軌跡が起きる紅斧刃の<豪閃>の威力を減退させるように、パクスはオレンジの薙刀系の刃を持つ魔槍で円を描くように回転させて、紅斧刃の<豪閃>を上手く防いできた。
その防ぐ機動を狙う。
俺は牽制の下段蹴りを繰り出す。
パクスは軽く跳躍し、俺の下段蹴りを躱してきた。
好機だ――畳み掛ける。
俺は浮かぶパクスの胴体へ魔槍杖を突き出す。
当然、その紅矛の突きは軽く弾かれる。
反撃の弧線を描いたオレンジ魔槍の石突が目の前に迫った。
対応はできる。
床面から煙が上がる程の勢いで爪先を軸とした回転運動を行う。
迫る石突を避けた。
と、同時に回転運動の勢いを乗せた魔槍杖の後端の竜魔石を、着地したばかりのパクスの骨兜へ衝突させた。
「ぐぁ――」
パクスは頭部が引き千切れる勢いで仰け反る。
後方へ吹き飛び、背もたれつきの豪華な椅子に背中からぶつかっていた。
椅子を破壊しながら背後にあった不気味な彫刻壁に大の字に衝突。
その際に柱の一部が崩壊。壁が崩れ落ちてパクスは瓦礫に巻き込まれて埋もれていく。
頭を捉えた感触は、分厚い手応えだった。
普通の人族なら確実に死んでいるが、こんなもんじゃないだろうな。
そう思った瞬間、案の定、瓦礫の中から触手腕が突き抜けてきた。
パクスと思われる触手生物が立ち上がってくる。
「……」
身に纏っていた大柄鎧は凹み傷ついていた。
兜が外れ、頭だと思われる箇所から血が流れ、その半分がひしゃげて潰れた歪な顔を晒している。
やはり、カレウドスコープで見た通り……。
パクスの顔は、完全に人族ではなかった。
欠けた甲羅の卵のような顔。
沈んだ眼窩と思われる暗き部分にはオレンジの光が一つ灯っていた。
肩は触手の一部が変形しポール型に、腕先は完全なる触手。
胴体は内臓が生きた触手枝のように密集した軟体生物となっていた。
二つの人族の足もあるが、タコやイカのような無数の触手足が重なりスカートのように左右へ伸びている。
「……人の身でありながら、我にここまで傷をつけたことは褒めてやろう」
人じゃないんだが、まぁいい。
こいつはそれを見抜けないということだ。
「前口上なぞ、どうでもいいからさっさと来いよ」
その瞬間、パクスの全身から無数の触手が俺に伸びてきた。
<脳脊魔速>はまだ使わない。
――血魔力<血道第三・開門>
<血液加速>を発動。
速度を増した俺は、前後に跳ねるようにステップワークを行い高速移動を繰り返しながら同時に無数の触手を魔槍杖で切り刻む。
「ヌォォォォ――ちょこまかとっ」
細かな前後移動をすることにより、的を絞らせない。
避けて、避けて、斬り続けているが……受け身に回るのは、この辺でしまいだ。
遠距離なら遠距離で。
踊るように避け、片手の側転から捻り回転跳躍をしている最中に、宙から迫る一つの触手を魔槍杖で薙ぎ払ってから、両手を左右に伸ばし手首から<鎖>を射出。
二つの<鎖>は俺を追跡してくる無数の触手たちを貫きながら、パクスの本体目掛け直進した。
パクスは逃げようと素早く後退するが、下腹部を二つの<鎖>は捉え、貫く――。
「ぎゃぁあ――」
邪神の使徒は情けない悲鳴をあげた。
その直後、《氷弾》、《氷矢》の魔法を連射発動。
続けて<光条の鎖槍>を五つ連続で発動させる。
ティアドロップ型の《氷弾》は本体に当たるが、触手に吸収されるように消え、《氷矢》も股間の触手に当たり直撃するが消える。
だが、光槍の一つは甲羅肩を貫き、二つ目は首を貫き、三つ目は人族の足を貫き、四つ目は胴体を貫き、最後の五つ目は頭の卵殻を突き抜けていた。
「グォォォォォッ――」
光槍の後部が螺旋しながら分裂して網状になり、パクスの触手体を包み込んでいく。
パクスの触手体が無数に千切れ肉片となるが、さすがは邪神の使徒なのか、全部を肉片にすることはできなかった。
「グ、ドルドル、負グヌ、ボゥ・デ・ラ・シュビ……」
何だ? パクスの触手体は何か、呪文めいたことを呟いた。
その瞬間、新たな触手を内側から作り出し、包んでいる光網を、内側から強引に引き裂くように破り、貫いていた<鎖>をも、パクスの触手体は越えてきた。
まじか。
無数の触手類が蠢き、パクスは自身の新しい顔らしき物を再生させて作り上げると、
「やるではないか……」
酷薄な笑みを浮かべて喋りかけてくる。
胴体、足も新たに出来上がっていた。
更には、周囲に立ち込めていた霧が集合してはパクスの中へ流入している?
「……我は、認識を改める。邪神ヒュリオクス様の恩恵を使わされるとはな……脅威カテゴリーSと認定しよう」
新たなパクスとなった。
俺も認識を改めよう。遅まきながら完全に理解した。
こいつは今までの敵と違うと。
伸びていた<鎖>を消失させる。
新パクス触手体は、周囲に漂う緑の霧から魔力を与えられるかのように全てを吸い込むと、全身に魔力を満たしては、魔力を放出し、
「邪神様の前だ、頭が高いっ、平伏せ!!」
円状に緑の魔力刃を這うように繰り出してきた。
そんなことはしねぇよっ。
<導想魔手>を発動させながら、跳躍。
魔力刃を躱すが、
「甘いわッ!」
新パクス触手体は、そう叫ぶと、巨大な竜巻状に魔力刃を変化させ、俺を巻き込んできた。
<導想魔手>を盾に回すが、意味がない。<鎖>で盾を作ろうとしたが、間に合わず、緑の稲光を発生させるほどの旋風刃をもろに喰らう。
イリアスの外套によって弾かれ、多数、紫の火花が散るが、無数の魔力刃が、全身を突き抜けていくので、右腕、足、頭、首、僅かに胸の上、が切られて、再生、切られて、再生、首が半ばまで切断されて、血が激しく舞っては、再生を繰り返す。
「――ぬあああァァっ」
――痛すぎる。
紫の火花と共に、傷を受けては再生し傷を受けての出血を繰り返す。
螺旋した渦に血が大量に混ざっていた。
俺は血塗れになりながら落ちるように着地し、後方へ跳躍し、間合いを確保。
魔力刃の竜巻が通り抜けたところには、床に多数の刃痕と血肉が残っている。
「……あれで仕留められないだとぉ? だが、これならばどうだァ、我が全魔力を捧げる偉大なる邪神の軍団よっ!! 出合えぇい――」
新パクス触手体は、膨らんだ魔力を体内から爆発させるように放出した。
その刹那、空間が湾曲し、無数の蟲の大軍が一瞬にして空間から現れだす。
――蟲の群れだと?
蟲の群れは凄まじい速度で、砂嵐の如く、奇怪な声を発生させながら蠢き、俺に襲い掛かってきた。
防ぎようのない速度、範囲。形が歪な蟲たちは俺を食っていく。
顔、腕、など、鎧と外套がない場所に喰らいついてきた。
――いてぇぇぇぇ。
顔が食われ、鼻が食われ、唇が食われ、目が食われ、視界が奪われるが、すぐに再生を繰り返す。
いてぇ。さっきより痛すぎて、感覚がマヒしてきた。
うん、生身のまま食われるのは凄い痛い。
常人なら狂うだろう。
だが、口に入ってきた蟲を噛み砕きながら、
「これにタンパク質はあるのか? アハハハハ――」
「き、奇怪すぎる……食われながら笑うだと?」
全身から出血しているのを利用し、そのまま<血鎖の饗宴>を発動。
元からエロ狂いな俺には通じない。
無数の蟲なら、無数の血鎖が相手をしてやろう。
血鎖たちを三百六十度、全てに放出し、隈なくミクロの血鎖となり蟲たちを貫いた。
一瞬で、血鎖の群れは俺を囲い喰う蟲たちに、喰らいついていく。
「血鎖たちよ……喰らいつけ、喰らいつけ。因果応報、痛みには痛みを、目には目を、歯には歯を、生きたまま地獄を味わわせてやれ」
血鎖の群れは狂風となりて、蟲の群れを越えて、新パクス触手体を突き抜け、全てを喰らい、侵食。
新パクス触手体は全身に纏っていた触手の殆どが血鎖により消えていた。
軟体っぽい太い本体とオレンジの光を灯す眼が、煌めき、動揺したように点滅。
「お、お前は、な、なに者なのだ。我が、我が……」
緑の血が大量に滴り落ちている新パクス触手体は、やっと俺の存在が普通じゃないことが分かったらしい。
「シュウヤはシュウヤよ――」
レベッカの声だ。表から侵入してきたらしい。
彼女は蒼炎の塊をパクスへ投げていた。
「ガァァァァァッ、アツィィ」
血鎖に喰われている新パクス触手体は、蒼炎の塊をも喰らい身体の中心に巨大な穴が空いて全身が蒼炎に包まれ焼けただれていく。
レベッカは蒼炎を灯した腕先で、円弧を描き蒼炎の跡を宙に残し構えていた。
両手の掌の上には、何発でも撃てるのか、蒼炎の塊が数個漂っている。
おぉぉ、何かカッコイイぞ。元魔法使いには見えない。
凄腕の拳法家が蒼い気功弾を生み出しているかのように見える。
凄いな。
「ん、こいつが邪神の敵――」
エヴァの声だ。
大穴が胴体に空き、蒼炎に包まれ燃えている新パクス触手体の全身に、紫の魔力に包まれている緑の刃が無数に突き刺さっていた。
「グェェェ」
パクスの悲鳴が響く。
セグウェイタイプへと車椅子を変化させているエヴァが放った<念動力>を使った金属の攻撃。
あの緑の金属はこないだ金箱から手に入れた奴だな。
「――雑魚はすべて倒したわよ」
ユイがそんなことを言いながら特殊刀による突剣で新パクス触手体を突き刺した直後、
「マイロード、敵を切り伏せました」
カルードの袈裟斬りが新パクス触手体に決まる。
そこに、
「最後はわたしが貰います」
と、言うヴィーネの光線矢が、生々しい剣の跡が残る新パクス触手体へ直撃。
刺さった光線矢からは、多数の緑蛇たちが円状に広がり新パクス触手体の全身へ浸透してゆく。
その瞬間、新パクス触手体だった肉塊が爆発、四散した。
爆発した触手の一部からネズミのような小さい蟲が一匹逃げるように地面を這う。
その蟲の尻尾を捕まえ、間近で見た。
「……オマエハ、カミのコマか?」
捕まえた小型の蟲が話しかけてきた。
「違う。俺の意思でここに来た、それでお前は何だ? パクスじゃないだろう?」
「コマデハ、ナイノカ……我ハ、ヒュリオクス様ノ直属、ガバル」
「ガバル。元は、お前は脳に寄生する蟲か?」
「何故、シッテイルッ」
「うるせぇ、潰すぞ」
小型の蟲の脚を数本、<鎖>で消し飛ばした。
「……我ヲ、オドストハ……」
「お前の仲間は、後どれくらい、このペルネーテにいる?」
「観察タイプはムスウだ。数エタコトハ、ナイ」
「パクスのように、完全に蟲化した奴は、他にいるか?」
「……」
「答えたら、逃がすかもしれないぞ」
「ホントウカ。居ル。ペルネーテ外、旅ヘデタ、命令を無視する、蟲ダケに、マガイモノダ……」
何だと……そんな奴もいるのか。おもしれぇ世の中だ。
決してシャレが面白い訳じゃない。
ここを離れたのなら、ソイツは完全には乗っ取られてない可能性があるな。
「……他には、完全に蟲化した奴は居ないんだな?」
「イナイ」
脳に寄生された奴は複数いるが、パクスみたいな派手に活動している奴はいないと……。
よし。もういいだろう。
「そうか、蟲よ、去らば――」
<鎖>を伸ばし小型蟲を貫く。
その瞬間、胸ベルトのポケットの中で振動していたホルカーの木片は大人しくなった。
「にゃお」
黒豹姿の黒猫が姿を見せる。
「うはっ、ロロ……」
蟲女たちの死体を複数の触手に綺麗に突き刺して団子のようにしている……。
「ロロちゃん、強烈すぎるわ」
「わたしも手伝ったのですよっ」
ヘルメが手伝ったのか、道理で綺麗に揃っている訳だ。
「ん、何十体?」
「凄いっ、昔の青白虎を捕まえて自慢してきた時を思い出す」
「さすがはマイロードの神獣様です」
「ロロ様……自慢したいのですね」
ヴィーネが語るように黒豹型黒猫は蟲女の死骸を俺の前に落としていく。
姿をいつものように黒色の子猫姿に変えると、褒めて褒めてと顔を向けてくる。
「……よくやったぞ、ロロ」
「にゃにゃにゃー」
嬉しそうに鳴くと、その場でくるくる回ってから、頭を俺の足へ擦りつけ背中から右肩に乗ってきた。
「……他にも蟲に寄生された人たちがいるようだけど、どうするの?」
レベッカは俺に近付き、肩にいる黒猫の小鼻へ指を伸ばしながら聞いてくる。
「それはさすがに見つけるのは難しいだろう。見つけたら、シャナにでも頼んで浄化してもらうとか? 完全に乗っ取られる前なら、シャナの歌が効くだろうし」
「シャナ?」
レベッカが眉をひそめて俺を睨む。
その顔には、“また女?”と書かれてある。
「あぁ……歌い手でありながら冒険者をしている人物だよ」
「へぇ」
「ご主人様、もしや、シャナさんを仲間に迎えるのですか?」
「どうだろう。彼女が望めば、喜んで迎えるが……」
「ん、また女……」
エヴァとレベッカは不満顔だ。
「シュウヤの場合はしょうがないよ。無双なる槍使いだし、あの槍の動きを見たら忘れられないと思う」
ユイがレベッカとエヴァへ話しかけていた。
「ん、同意」
「そうだけど、わたし、ライバルを増やしたくない」
「わたしだって、本当は独占したい。けど、久しぶりに愛していた男と会ったら、貴女たちの存在があったのよ? わたしの気持ちが分かる?」
ユイは少し涙目になって語る。
俺をチラッと憂いの顔で見ては、彼女は悲しい顔を浮かべて顔を逸らしてしまった。
「……ごめんなさい」
「ん、ごめん」
レベッカとエヴァはユイへ謝っていた。
何か、話しかけづらいのだけど……説明するか。
「……シャナの声は蟲に寄生されている人を治せる可能性があるんだ。実際、俺の高級戦闘奴隷のフーが頭に寄生されていたが、シャナの歌声により、蟲が拒絶反応を起こしたのか、フーを解放して、表に出てきたからな」
「わたしもその戦いに参加していました」
「閣下、わたしも左目に宿りながら見ていました」
「そうだな」
「ふーん、そっか。歌声かぁ……」
レベッカは感心しながら語尾を伸ばす。
「ん、歌で倒せるなんて凄い」
「わたしも魔界の神であるベイカラの瞳を持つ身だけど、邪神の蟲に効く歌とはまた不思議ね。セウロスに関する神様の力が働いているのかもしれない」
ユイが俺の顔を見ながら話しかけてきた。
「人魚独自のスキルらしいけどね。海の神様。それも神界の神様なら関係あるか」
「海神セピトーン。水神アクレシスの弟と言われる神界の神様よ?」
「なるほど。関係ありだな」
邪神シテアトップがこのペルネーテには本人が意識せずとも、神、魔界、精霊、に関わりがある者たちが集まりやすいと話していた言葉が脳裏によぎる。
「……使徒は倒したし、一旦家に戻るか? それともこの家の探索をしていく?」
皆へそう問いかけながらも、俺の視線は瓦礫に落ちていたパクスが持っていた魔槍の姿を捉えていた。
両手剣の刀身のように幅広いオレンジの光を灯す薙刀の刃を持つ魔槍。
関羽が使っていたとされる青竜偃月刀に似ている。
貰うか。魔槍杖バルドークがあるから使用頻度は少なくなるかもしれないが、コレクション的に……。
「上の部屋の左にはなにもなかった」
「右にもなかったです」
「裏から侵入しましたが、特に何もなかったですね」
「そっか。それじゃ、一旦戻ってからザガの家か王子の屋敷だな」
「ん、了解」
オレンジの刃を持つ魔槍を拾う。その魔槍を数回振って柄の感触を確かめる。
重さは魔槍杖バルドークとそう変わらない。いや、少し軽いか。
「その綺麗な薙刀のような武器を使うの?」
「あぁ、実際に使うかもしれない。二槍流の開祖となるかも」
二槍流は冗談だったが、ユイは真剣な表情を浮かべつつ、
「シュウヤならありえそう」
と、オレンジの刃を凝視しながら呟く。
「はは、二槍流はさすがに冗談さ。普通の槍だけでも毎回のように上達している段階だからな……ま、左右に持って遊んでみるのもいいかもしれないが……」
「ユイに同意します。ご主人様なら二槍流、三槍流を、使いこなせるはずです」
「ん、腕がもう二つあったら四槍流も可能」
エヴァが両手から黒いトンファーを伸ばして語る。
「シュウヤの場合、四つも腕があったら、わたしたちの体が持たないわよ?」
「ん、レベッカ、いやらしい……」
「な、なによっ、エヴァだって顔を紅くしているじゃないっ」
そこからは軽い口喧嘩に発展。
俺は沈黙。
微笑みを意識しつつオレンジの魔槍をアイテムボックスへ仕舞う。
二十四面体を取り出した。
その球体的な面を確認するように掌の中で弄ぶように回す。
そして、家にある鏡の場所の一面を――。
正面に向けた。
親指で、その面の溝をなぞる――。
ゲートを起動。
「さーて、綺麗なお嬢さん方、戻ろうぜい」
和ませるように話しながら、皆を抱きしめて、一緒にゲートを潜り家へ戻る。




