十七話 狩りの危険と神秘体験
2021/07/21 18:45 修正
2022年12月21日 22:52 修正
ゴルディーバの里に来てから数ヵ月。
幽邃な深山である崖上から見える外の景色もかなり変わり、夏が終わりを迎えてからは山肌に朽ち葉が目立つ季節になっていた。
地下生活を含めると、この世界に来てから二年は経ったんだろうか。
涼しさと寒さのある秋晴れの季節。
この辺りの気候は日本的とも言える。そんな季節になっても、槍武術の訓練は続いていた。
最近は師匠やラグレンから離れ、修行を兼ねて一人での狩りを任せられることも多くなっている。
そして、今日もそうらしい。
「シュウヤ、今日も素材採取に狩りを任せてもいいか?」
「ええ、構わないですよ」
「良し、なら、デゴザの実、香草、良網草、食線草の採取に蜂蜜取り、大蜂の狩りを頼んだ」
「はい、了解です」
「ンンン、にゃっ」
そこに黒猫が乱入してきた。
「ロロッ」
「神獣様、一緒に行くのはダメですぞ。これはシュウヤの修行も兼ねているのですから」
「にゃぁ……」
黒猫ロロディーヌは耳を凹ませている。
触手に触れずとも、その気持ちは分かる。
黒猫は俺と一緒に行きたいんだろう。
「ロロ、帰ってきたら遊んでやるから」
「にゃにゃにゃぁ」
俺の言葉を聞くと黒猫は嬉しそうに鳴く。
触手を俺の頬へと伸ばして、気持ちを伝えてきた。
『待つ』『遊ぶ』『好き』『遊ぶ』
ほとんどが遊ぶだけだったのはご愛敬。
そんな黒猫から離れて、いつも通りに黒槍を持ち魔法袋の大きな袋二つを腰ベルトに巻き付ける。
装備を整えてから梯子を降りていった。
降りた先から狭い岩場を歩いていく。
ガレ場を通り抜けて、森が広がる地帯に入ると川が見えてきた。
その急流の川を越えた森林の深くへと進んでいく。
草の採取ポイントはこの先だ。
師匠やラグレンと何回も通っているから、道順はしっかりと頭の中に入っている。
だから食線草以外は順調に集めることができた。
あとはデゴザの実だ。
熊には気を付けたいが……デゴザの実が多く繁る一帯へと向かう。
採取エリアの実が生える場所に到達した。
一面に広がるように生える赤い実。
軽快に、その赤い実を摘まんで懐に回した魔法袋の中へ入れていく。
その時、ふと周囲が気になった。
――掌握察を行う。やはり魔素の反応があった。
熊だ。あちゃ~、やっぱでたか。
この反応だと、あの熊、だよな……。
邪魔になりそうだし、この魔法袋、反対側に投げとこっと……。
俺が魔法袋を投げると、近づいてきていた熊が俺を見て吠え出した。
熊は眼が血走っている。
「フゴガァァァッ! グオォォォォォォォッ!」
喉を震わせたような唸り声を出すと――。
毛が覆う膨れ上がった大胸筋を見せ付けるかのように胸を突き出す。
左右の腕を真横へ広げていた。
二本足で立つ熊の諸手。
姿は熊だが、体格のいい空手家とゴリラが合わさったような印象だ。
ビッグだ。地下で遭遇した赤黒い怪物と同じぐらいか。
体長は四メートル強、雄か雌かは分からないが……。
巨大な口に、あの凶悪そうな爪。
俺を睨んだままの形相が、またすげぇ厳つい……。
大きな口から荒く白い息を出して、唾を垂らしていた。
完全に興奮してやがる。
俺がデゴザの実を持っていくのが気に食わないのか?
「ガアッ」
げっ、向かってきやがった。
太い手と筋肉の盛り上がる脚を使い、物凄い速度で俺に向かって突進してくる。
突進してくる熊の胴体へ向けて、俺は急いで牽制の黒槍を突き出す。
しかし、硬質な音が響き、俺の突き出した黒槍は爪であっさりと弾かれてしまった。
「ガファッ――」
熊は激しく息を吐きながら、反対の手を斜め上から振り下ろしてくる。
速いっ、黒槍を急いで回転させて後部で防いだが、爪は予想外に重い。
更に熊の爪が黒槍に引っ掛かり、腕ごと左へ体が持っていかれてしまう。
重心が傾き完全に俺は体勢を崩してしまった。
そこに、連続で掻き斬るように出された反対の爪が俺の右肩に食い込んだ。
「イテェェェェ――」
右肩から脇、背中の上部を深く抉られてしまう。
後方へよろけるように転倒してしまう。
デゴザの実が繁る草木に俺の血が散った。
熊は今の攻撃に満足していないのか、ガフガフ言いながら向かってくる――。
好物の赤い実を食わずに、その実を潰しながら歩いてきた。
俺がそんなに旨そうに見えるのか……。
そんな熊野郎は、俺を食おうと、口を広げて牙を見せながら臭い息を吐き――頭を突き出してきた。
――そう簡単に食われてたまるかよ!
俺は地面を転がって熊の頭から離脱。
熊は頭を地面にぶつけていた。
頭を強く打ったのか、ふらふらとしてその場で息を荒くしている。
だが、熊は頭を左右に強く振ってから、また俺に飛び掛かってきた。
地面に尻をつきながらも、離さず握っていた黒槍を下からぐいっと持ち上げた――。
飛び掛かってきた熊の顎へとアッパーカットを喰らわせるように、石突の一撃を熊の顎に見舞ってやった。熊の上下の歯牙が衝突し、歯牙と顎が破裂したような音を発した。
熊は仰け反りながら後方へとよろける。
熊は口から大量に血を流していた。
歯と顎が砕けたらしい。
石突をもろに喰らったからな。
へへ、成功。
熊は急な衝撃にショックを受けたようで「ガァッ」と白い臭い息を吐いて頭を左右に揺らしている。
頭を左右に振っている赤実熊。
そんな熊を睨みつけながら、黒槍を杖のように地面に立てながら素早く立ち上がる。
傷から流れた血が腕を伝い黒槍に流れた。
傷は思ったよりも深い。
再生はしているが、まだ血が溢れている。
丁度いい、ここで試すか。
<血鎖の饗宴>を使うチャンスだ。
俺は怪我をした腕を伸ばした。
そのタイミングで<血鎖の饗宴>を発動させる。
そのスキルを発動させた刹那――傷から溢れていた血が鎖に変質した。
その血鎖は、太い二本の螺旋する鎖になって熊に向かっていく――。
血鎖の動きは完全に異質。
傍目からは僅かに螺旋の動きを繰り返しているようにしか見えないが、どうやら血鎖同士がめり込むように激しく内側に回転を繰り返しているらしい。
赤実熊はさっきと同様に黒槍を弾いた爪で血鎖を弾こうとする。
が、血鎖はそんな爪など最初から無かったように難なく撃ち砕いていた。
――血鎖は、そのまま熊の手を突き進むどころか、熊の腕その物を食べて粉砕するように、腕の内部へと突入していく。
「グギャオォォォォォォ――」
赤実熊はあまりの痛みに奇声を発していた。
あの反応はよく分かる。
血鎖が腕の中へめり込み、肉を内側から磨り潰して肉片を外へ弾き飛ばしているからな。チェーンソーか芝刈り機か、例えるのが難しい音を立てながら、血鎖は熊の腕の内部を突き進んでいる。
肉と骨を削り潰す異音と共に、熊の右腕が盛り上がっていた。
ついには血鎖が熊の太い右肩を突き抜ける。
すげぇ威力。
ん? あれ、回転が衰えた?
あ、消えちゃったし。
血鎖の勢いが急に衰えたと思ったら、血鎖は消えていった。
俺は傷のあった自らの右肩を見る。あまり見えないが、脇腹から背中にかけて有った傷も消えたようだ。
傷が完全に癒えて血が止まっていた。
供給源の血が無くなり、血鎖は消えてしまったらしい。
「ギガァァァァァァァァ」
熊は口から血を撒き散らしながら叫ぶ。
「五月蝿い――」
俺はそう冷たく言い放ちながら左手を熊へ向けて<鎖>を放つ。
手首から出た普通の<鎖>は、わめいていた熊の口蓋をあっさりと突き抜ける。
頭蓋を貫いていた。
赤実熊はそのまま後ろに倒れる。
最初から普通にこの<鎖>を使えば楽だった。
だが、槍で倒したかった。
槍使いとして、もっと精進しよう。
しかし、血鎖は強烈すぎる。
普通の<鎖>も、今のように突進力はあるが……。
さっきの血鎖の威力はハンパなく凄かった。
何でも巻き込んで磨り潰すような威力。
<血鎖の饗宴>は強力な武器となる。
今のとこ、怪我をしなきゃ使えないとこがいまいちだが……。
「ま、熊が強かったってことだ」
さすがに一対一だと、まだまだ苦戦する。
色々考えながらも<鎖>を消去。
先ほど放りなげた魔法袋を取りに戻り、腰からナイフを出した。
これで解体しよう。
魔晶石があればいいが……。
刃が大きいナイフで熊を解体していく。
血を吸うのも忘れない。
残念ながら熊の体の中には魔晶石は無かった。
内臓の脂が溜まるとこ、確か何かの材料に使うとか言ってたから、回収しておく。
左の熊の手はそのまま残してっと……。
目玉に内臓の一部を小分けにして、皮を剥ぎ、食えそうな肉を袋に詰めて仕舞う。
まだ回収していないデゴザの実があったから、最後にそれらの実を回収してから――。
次の採取ポイントへ歩いていった。
夕方近くになるまで森を進む。
目的の食線草ってのは白色の葉が木々に束になる植物。
この食線草の周りにはなぜか、大蜂が巣を作る。
師匠に教えられたポイントを見て回った。
――おっ、白い葉っぱを発見。
食線草を回収していく。
ということは、いたいた……大蜂。
大スズメバチより大きい。羽の音を聞いて嫌な気分になる。
巣も見えた……。
火の魔法が使えたら、簡単に一掃できそうなんだけど。
ま、一匹ずつ潰していく。
ブゥンブゥンとホバリングしながら飛んでいる大蜂を一匹ずつ狙っていく――。
<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>、<鎖>。
<鎖>を射出、消しては射出、連続射出。
巣の周りに飛んでいた大蜂は<鎖>によって腹を貫かれ、頭を貫かれ、羽が貫かれて、地面に墜落していく。巣から蜂が出てこなくなるまで、すべての蜂を叩き落とす勢いで<鎖>の射出を続けていった。
蜂が巣から出てこなくなったのを確認。
その直後、木の枝に付着している巣の根本を<鎖>で狙って撃ち落とす。
うはっ、まだいた。
落ちた巣から大量に大蜂が出てきたァ――。
一瞬にして膨れ上がった蜂の大群に驚く。
また左の手首から<鎖>を出す。
左手首から伸びた<鎖>が蜂を捉えて潰す。即座に<鎖>を消して、また<鎖>を出す。
更には、右手に握る黒槍を横に振るう。
近寄ってこないように薙ぎ払った。
左斜め前に持ち上げた黒槍を、もう一度、右斜め前に振るった。
ぶぶぶぶぶ、と振るった黒槍と衝突した蜂から鈍い音が響く。
一度に複数の蜂を地面に沈めた。
幸いにして大蜂は大きいから、攻撃は当たる。
黒槍で目の前に迫る大蜂を撃ち落としながら――。
<鎖>で遠くにいる素早い大蜂を狙い撃っていった。
だが、大蜂を何匹も取り逃がしてしまう。
大蜂の尻の部位にある大きい針で皮服の上から刺されてしまう。
針が皮膚に食い込むのを感じた。
痛いが、痛いのを我慢すれば回復する。
構わず周りに飛ぶ大蜂を撃ち落としていった。
一瞬、毒によるアナフィラキシーショックが脳裏に浮かんだが、気にしないで、狩りを続けていった。
暫くして、全部殺すことに成功――。
やっと終わった。
落ちた大蜂から羽をむしり取る。
大きな針も回収。巣からは甘い蜂蜜をゲット。
結構な量だ。
ほくほく顔を浮かべてしまう。
そんなこんなで回収を終えた時には、すっかり日が陰ってきていた。
だが、今日はもう少しこの森を進むつもりだ。
松明を用意して草花を踏むように歩いていく。
窪地の上にある木々が多く繁る場所に到着。
ちょっとした丘になっていて、大木がある。
湿っていて、フィトンチッドの匂いが強い。殺菌力がありそうだ。
ここでキャンプをしよう。
そうと決めたら自然と体は動いていた。
その辺に転がる乾いた草と薪を集め、火打ち石を使い、火を焚いておく。
松明もあるし、火を使った料理をするわけではないが……。
何となく火打ち石は使ってみたかった。
暖を取りながら魔法袋からキャンプ用の乾燥肉と堅いパンを出し、軽めの夕飯を取る。
デザート代わりにさっき取った蜂蜜を少しだけもらっといた。
様々な蜜の味がする。
日本蜜蜂のように色々な花々から集められた蜂蜜なのかな?
甘くて美味しい。
そうして、真っ暗な森の中で、何時間も過ごしてゆく。
焚き火だけが唯一の光源に思えた。
次第に火の勢いが衰え、暗闇の世界に戻っていく。
暗闇が深くなるにつれて、若干寒さを感じるようになった。
地下を彷徨っていた頃を思い出す。
だが、頭を振って思考を切り替えた。周りを見渡していく。
スキルである<夜目>はワザと使わない。
ある程度の明るさがあるから、な……。
俺は夜空を見上げる。
月が二つ夜空に浮かんでいた。
月明かりが明るい。
月の砕けた欠片も輝いて見えるんだよな。
あれが砕けた瞬間、どんな映像がこの世界で見えていたのだろう。
凄い天体ショーだったに違いない。
まぁ、それが今でなくてよかった。
きっと潮汐の異常で、地上に大変な異常気象を引き起こしていたに違いない。
それか、重力なんて関係なく魔素やらファンタジー要素で異常は無かったのかもしれない。
あの二つの月にも神様の名前がついていたし……。
そこで目を瞑る。
瞼の裏にも皓々とした月明かりが感じられた。
眠気が来た。そろそろ寝よう。
少しは寝ないとな……。
◇◇◇◇
ん? 冷たい空気?
糠雨か?
俺は糠雨のような冷たい空気を浴びて目を覚ます。
まだ薄暗い。
月明かりを頼りに下にあった窪地を見た。
ええ?
水だ……窪地が湖になってる!?
これは夢か? しかも、半径二百メートルはあるぞ。
そんな湖の畔に足を浸けてみる。冷たいが心地いい。
頬を叩く。痛い。夢じゃない。
すると、更に夢らしい現象がおきた。
月明かりが照らす小さい湖から人型の何かが現れたのだ。
人型の何かは水の上を歩いて近付いてくる。
うは、女? しかも、裸だ。
……裸、だけど、女の肌は淡い蒼色の葉でできていた。
蒼い葉だが、美しい。
湖の水で濡れた髪は銀色に輝いて見える。
髪も蒼、より濃い水の蒼だった。
絹のような蒼い髪は湖を渡る夜風でそよぐ。その長い髪には水滴の形の髪飾りがあった。
自然と髪と顔を凝視。
彼女は湖面の上で立ち止まる。
銀色に見える唇が、
「……ふふ、あなたの身体に水を感じたわ」
彼女の声は透き通っている。
月光がきらきらと反射している湖面の上を、彼女は一歩一歩、またゆっくりと歩き出した。
「な、なんだ?」
と言いつつも自然と凝視。
彼女はまるで、絵師が心を込めて描いた美しい天使、妖精にも見える。絵から生を得て一秒間に六十コマ動くような滑らかさを超える情報が俺の目を通り煩悩を刺激した。その美しさを見逃すまいと、一フレーム、二フレームと目に焼き付けていった。
ゴクッと思わず唾を飲み込む。
――麗しい。
「わたしはあなたの水になる……」
女がそう言って近付いてくる。
顔は若々しく、人間ではないと分かるが……。
――構わなかった。
ずっと見ていたくなる……。
ぷるるっんとした双丘が揺れていた。見事なおっぱい、美しい乳房。
いつの間にか、その妖精のような彼女に抱き締められていた。
「貴女はいったい……」
「わたしはしがない外れ精霊、水の妖精ヘルメ。一年に一回、一日だけこの季節に命を得ることのできる、この湖の精霊です」
透き通る声は、俺の心に染み入るようだった。
「そうなんだ」
俺はそう言いながら、自然と抱き締める両手に力を入れてその女精霊の胸に頭を押し付けていた。
ぱふぱふ。これはぱふぱふではないかっ。
こんな場所で、王道RPGの至福を味わうとは……。
柔らかく冷んやりとした気持ちいい感触だ。ふっくらマショマロの先っぽには、ボタンのような小さい蕾が二つ。
た、たまらん。
ここに、おっぱい研究会を発足する。
「あんっ、そんなに力を入れたら痛いです……」
「ごめん」
「ふふ、でも、嬉しいです。こちらにいらして……」
手を握られた。水、湖の中に連れていかれて……。
◇◇◇◇
次の日――。
起きたら、湖畔の縁で素っ裸だった。
――あちゃぁぁ、やってしまった。
訓練一筋で過ごしていたせいか……。
溜まりに溜まった欲望を激しく発散してしまった。
精霊相手に……。
「服は……」
あったあった。
衣服や荷物はキャンプをした場所の側に置いたまま。
すぐに衣服を着る。それにしても、お尻がむずむずするのは何でだろう。
裸だったから、尻を虫にでも刺されたかな?
荷物を確認したが、何にも変わったことはなかった。
窪地にできた湖を改めて見る。
鳥の囀りが聞こえ、森の音が木霊していた。
落ち葉が風で舞い、水面に幾つも枯れ葉が浮かぶ。
その落ち葉が湖を彩る絵の具にも見えてくる。
湖の女精霊、蒼くて綺麗だったなぁ。
が、一日限定の命か……。
「なんか切ない」
……光の反射か?
少し光った気がする綺麗な湖は、俺の言葉に返事はしない。ただの窪地にある小さな湖にしか見えなかった。
さて、戻るか……。