千七百九十五話 百足宮殿の百刃繚乱と黒髪オガサワラの魔刀使い
「ウォォン! 我らに喧嘩を売るとは! 無礼者どもには鉄槌を下す!」
魔皇獣咆ケーゼンベルスの咆哮が宮殿内に反響する。
その巨体が怒りに震えると地面を蹴って跳躍、衝撃で床石が砕け散る。
空間が歪むような速さで視界から消失した。
魔界騎士ハープネス・ウィドウは瞳を鋭く光らせ、
「おぉ、さすがに速いな。魔塔のような建物に張り付いたか。二百を超える敵が挟撃態勢を取っている」
その言葉通り、宮殿の高い壁面に巨大な魔皇獣咆ケーゼンベルスの影が張り付いていた。
鋭い爪が黒大理石の壁面に深く食い込み、その巨体を支えている。
低く唸り声を上げながら、黄金色の瞳で眼下の戦場と敵の布陣を睨みつけており、いつでも飛びかかれる体勢を整えているかのようだ。
「ガォォ」
魔竜ハドベルトもケーゼンベルスを見ながら吼えていた。
「シュウヤ、俺たちも反撃するぜ? 先制は奴らだ、遠慮は無用だろう」
迫り来る魔矢の雨を見据えながら、急いで、
「――おう、反撃してくれていい! そして、皆とケーゼンベルス、建物の破壊はなるべく止めとこう!! この先に会うべき相手がいる!」
と叫びながら右手に持つ〝魔界王子テーバロンテの掛毛氈〟を仕舞う。
「「了解」」
「「「ハッ」」」
「皆さん、<血道・石棺砦>ですが、前方には幾つか射線を残しますので」
「「「はい!」」」
「「「了解」」」
「「「「ハイッ」」」」
ビュシエの掛け声に合わせ<間歇ノ闇花>による《闇壁》を展開――。
「了解した。これで、飛び道具は楽になるだろう。攻撃してくる敵は容赦なく潰すぞ」
「「「ハイッ」」」
<血道第三・開門>――。
体内で血が沸騰するような熱と共に<血液加速>を発動。 周囲の時間が緩やかに流れ始めたように感じた。
加速した視界では飛来する魔矢さえ滞空しているように見える。
石棺と《闇壁》の死角となる左前へと跳躍し、敵の狙いを読み切ったかのように俄に右前へと身を躍らせた。
次の魔矢の一つ一つの軌道を一瞬で計算、無数の魔矢が交錯する空間を舞うように降下し、<握吸>を発動させた白蛇竜小神ゲン様の短槍が腕の一部となった感覚のまま完璧なタイミングで、その腕と槍を振るい抜く。
白蛇竜小神ゲン様の短槍の柄が描く軌跡に沿って魔矢が次々と砕け散る――。
視界の両端で不吉な光が閃いた。雷と土の魔法が左右から迫った。
後方への跳躍――雷の鏃と似た青白い魔法を避けた。
次の迫ってくる土の魔法は巨大な岩塊となって回避不能な範囲を覆い尽くす。
一息で判断を切り替え、逃げるのではなく正面から――。
白蛇竜小神ゲン様の短槍に魔力を集中させ、<刃翔鐘撃>を繰り出した。
岩塊の中心めがけて体ごと突進し、突き出た槍の穂先が空気を震わせるままの杭刃が巨岩の中心を穿つと、岩は物の見事に真っ二つに裂ける。その間を抜けた。
左右後方に散った二つの岩を両手首の<鎖の因子>から出した<鎖>で貫いて破壊してから二つの<鎖>を消す。
しかし、原初ガラヴェロンテとキュビュルロンテに会わせる前に襲撃か。
――随分と短絡的な攻撃だが、ま、ここは【デアンホザーの百足宮殿】。
百足門などを利用した鎖国的な環境だ。俺たちの情報を得たとしてもそれは限定的か。
「にゃご――」
相棒も前に出て、体から複数の触手から前方へと伸ばす。
複数の魔矢を触手から飛び出ていく骨剣で次々に貫き、上から下へと上昇した触手の動きから魔矢を次々に弾いていった。その黒豹を横腹を守るように前に出て、白蛇竜小神ゲン様の短槍を上下左右に振い回し――。
穂先で魔矢を切断し、柄で魔矢を何度も叩き折る――。
「にゃぉ~」
相棒のお礼の鳴き声を聞きながら爪先半回転を連続的に行う。
流れるように広場の戦場を把握していく。
広場の左右と黒光りする通路の左右には比較的高い建物とオブジェが多い。
前方はテーバロンテの王婆旧宮の正門。
そこからの飛び道具の飛来は皆無。衛兵も動かない。
ペミュラスを助けた原初ガラヴェロンテたちがいる本拠だとよく分かる。
すると、「にゃごぉぉ」と唸り声を発した黒豹が、石棺と石棺の間から飛び出て、左側へと頭部を向けた。獣の瞳に神々しい光が宿る。
左側には体の歩脚に合う連弩装置を身に着けた大柄の百足魔族デアンホザーたちが多い。
刹那、口を大きく開き、その喉から生命そのものを焼き尽くすような紅蓮の炎が迸った。炎は扇状に広がりながら闇を切り裂く太陽の光線のように前方を蹂躙していく。
飛来する魔矢も魔法も絶対的な熱量の前に意味を失い、灰となって消え去った。
神獣の怒りを具現化したかのような炎だ。
魔矢の再度の飛来も限定的になる。
『……ひぃ』
『ロロ様の紅蓮の炎はいつ見ても、怖いですが、痺れます』
左右の目に棲まうヘルメとグィヴァの念話に同意だ。
紅蓮の炎を吐いた黒豹は紅蓮の炎を止め後退し、ペミュラスとゾウバチ、インミミ、イズチ、ズィルに近づく。
そのペミュラスたちは、
「ロロ殿様、ここは私たちがおりまする――」
「にゃご――」
皆を守れるように愛盾・光魔黒魂塊と愛盾・光魔赤魂塊を掲げたゼメタスとアドモスの背後に移動していた。
その相棒はゼメタスとアドモスの間を通り、ペミュラスの背後に回る。
敵の魔矢の飛来が再開された。
<霊血装・ルシヴァル>を発動――。
ルシヴァル宗主専用吸血鬼武装の面頬を装着しつつ、複数の魔矢を避けながら――。
<血道第一・開門>を行い掌握察を続け肩の竜頭装甲を意識。
竜頭から「ングゥゥィィ」と低い唸りが響くまま、軽装を吸い取る。
軽装のインナーを取り替えるように光と闇の運び手を装備した。髑髏模様の外骨格甲冑となる。
頭部に砂漠烏ノ型を意識すると蓬莱飾り風のサークレットと額当てが、瞬く間に兜の形へと変化を遂げた。
戦場の向こうから放たれる敵の殺気を察知し、酸のような遠距離攻撃も想定して〝霊湖水晶の外套〟を召喚。クリスタルの煌めきを帯びた外套が肩から流れるように展開し、その表面に細かな魔法陣が無数に浮かび上がった。
『シュウヤ様――』
右手の爪の古の水霊ミラシャンも〝霊湖水晶の外套〟に合わせ連動させ<水晶魔術師>を発動した。爪を淡く輝かせ水飛沫を飛ばすと水飛沫は左手の甲の真上へと集結し、小形の積層型魔法陣のような水晶のようなバックラーが形成されるまま<月読>と<紫月>と<月冴>を発動した。
地形は把握、掌握察で敵の位置と魔素の形もだいたい把握した――。
多くの魔素の形から百足魔族デアンホザーか、百足高魔族ハイデアンホザーの兵士たちが多いが、二腕二足の人型も多いから魔傭兵かな。
レンたちに加わっていないフリーな魔傭兵なら【メイジナ大街道】と【サネハダ街道街】と【ケイン街道】にも多くいるだろう。
それとも傷場を越えた惑星セラ側の戦力か?
他の魔界側の神々の大眷属、眷族、魔界騎士か?
そんなことを考えつつ、半身のまま前方から飛来する魔矢を視界に得て、白蛇竜小神ゲン様の短槍を左から右へと振るう<血龍仙閃>を繰り出した。
血の龍と一体化した白蛇竜小神ゲン様の短槍が複数の魔矢を喰らうように両断した。
続けて<経脈自在>と<闘気玄装>と<仙魔奇道の心得>と<滔天神働術>と<滔天仙正理大綱>と<魔闘血蛍>と<血道・魔脈>と<メファーラの武闘血>と<沸ノ根源グルガンヌ>などの<魔闘術>を連続的に発動させる――。
体内を膨大な<血魔力>が龍のごとく巡り、前へと踏み出した。
左肩を前に出しながら左腕を振るい、白蛇竜小神ゲン様の短槍と前腕上部を覆うバックラーで、飛来する魔矢を的確なタイミングで迎え撃つ。魔矢は衝突と同時に潰れ、砕け散った。
目の前に月の紋様と『月読』『月冴』と文字が浮かび、加速感を得る。
「「「フシャァァ――」」」
「「フシャァァ――」」」
やっとか、聞き慣れた百足魔族デアンホザーたちの掛け声、槍のような歩脚も他の魔矢と共に飛来してきた。右手に魔槍杖バルドークを召喚――。
白蛇竜小神ゲン様の短槍の握りを<握吸>で強めてから<投擲>――。
白蛇竜小神ゲン様の短槍は宙を劈くように直進していく、その機動を見ず――。
左手に聖槍ラマドシュラーを召喚し――。
魔槍杖バルドークを右から左に振るい、柄と紅斧刃で魔矢を叩き落とし、斬り落とし、聖槍ラマドシュラーを振り上げ柄と穂先で、魔矢を叩き落とし、両断していく。
「「「げぇあぁ」」」
<投擲>した白蛇竜小神ゲン様の短槍が百足魔族デアンホザーたちを貫いたところからの悲鳴だ。
――<導想魔手>を発動し、<握吸>を発動した。<投擲>した白蛇竜小神ゲン様の短槍を引き寄せる。その<導想魔手>の、魔力で構成された七本の指と歪な掌で、白蛇竜小神ゲン様の短槍を掴むように握った。
その数秒の間にビュシエの<血道・石棺砦>に石棺が四方に展開された。
石棺により、直線状に飛来してくる複数の魔矢と魔法は極端に少なくなる。
リサナの波群瓢箪も出さないでも大丈夫だろう。
ヘルメたちも外には出さない。
ヴィーネたちはもう散開し反撃している。
ママニは、「ご主人様、この広場は私たちにお任せを――」と石棺を盾にしてから、叫び、石棺の右に出ては、大型円盤武器アシュラムを振るい投げた。
大型円盤武器アシュラムは、百足魔族デアンホザーの歩脚ミサイルのような攻撃を弾き直進して、他の歩脚を次々に弾き潰しながら、一人の百足魔族デアンホザーの上半身と頭部に派手に衝突していた。
百足魔族デアンホザーの頭部は完全に潰れる。
大型円盤武器アシュラムが縦にデアンホザーの上半身にめり込んでいた。
それは、巨大なヨーヨーが、肉の塊の上部に突き刺さったようにも見える。
「了解した――」
跳躍し、キュベラスとレンとビュシエとバーソロンとラホームドとキッカとヴィーネとシキたちとエヴァとレベッカとシャナとエトアとフーとミスティとメルとベネットとファーミリアと<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスたちの位置を把握していく。
そして、黒い風が<血魔力>を放ちながら広場の中央から飛び出した。
黒い風のような残影を幾つも宙空と黒い大理石のような石場に残す。
あぁ、<筆頭従者長>キュベラスか。
宮殿の左右に並ぶ魔塔から百足高魔族ハイデアンホザーからの歩脚の槍のような攻撃がキュベラスに向かう。ヴェロニカの〝ラヴァレの魔義眼〟による血の礫のような攻撃がフォローに入る、俺も<鎖>を射出し、キュベラスをフォロー――。
「百足魔族が立て篭もる魔塔から、上層部ですね、この魔杖ごと、粉砕します!」
キュベラスは空中で優雅に回転しながら魔杖を四本同時に取り出した。
漆黒の魔杖からは<血魔力>が渦巻くように噴出――。
それぞれの先端に眩い光を放つ魔刃が形成され、花が開くように展開した魔刃は、ルシヴァルの紋章樹の葉をモチーフにした新しい<銀葉ノ刃>か。
キュベラスの瞳が紅く輝き、
「<魔晶力ノ礫>ではなく――<魔血晶ノ礫>!」
魔杖を振ると、十数個の血晶が中空に浮かび上がる。
それらは眷族化によって強化されたキュベラスの<血魔力>が結晶化した物だった。
血晶は不規則に回転しながら、敵陣の上空へと向かって一斉に放たれる。
「<擬心血波>で狙いを定め——」
頭部に手を当て、キュベラスが精神を集中させる。
と、血晶の軌道が微調整され、敵の密集地点に向かって収束していく。
「そして、<覇轟ノ闇血朔>!」
血晶が魔塔の上層部に到達した刹那――。
キュベラスが魔杖を交差させると、血晶が一斉に爆発。血と闇の融合した衝撃波が魔塔を包み込む。
百足魔族デアンホザーの連中が悲鳴を上げながら崩れ落ちていく。
隣の魔塔からは新たな敵兵たちが槍を構えて現れた。
数十本の歩脚槍が一斉にキュベラスめがけて飛来する。
「甘い!」
キュベラスは舞うように身を翻し、<銀葉ノ刃>を振るう。
魔杖から伸びた魔刃が描く軌跡は、まるで銀の葉が風に舞うかのような美しさで、歩脚槍を次々と両断していく。
同時に広場の左翼では、レンが華麗な戦いを繰り広げていた。
「ふふ、【峰閣砦】の主は伊達ではありませんよ!」
レンは黒色が基調の着物ドレスを翻し、太股に刻まれた『血闘争:権化』と『血鬼化:紅』が眷族化により強化され、赤い光を放っている。
<月光の纏>も使用したのか、光が着物全体に広がり、帯と腰紐が風の無い空間で浮かび上がるように動き、魔斧槍サキナガを右手に持ち、
「崎長斧槍流、<火炎昇華>!」
と、叫ぶと、左手で、三つの魔刀のうちの一つを抜いて構えた直後、魔斧槍を前方に突き出し、穂先から薄紫色の炎が噴出し、渦を巻いて上昇。
その炎は浮世絵風の龍と鬼の形を成しながら、敵陣に突入していった。
十数体の百足高魔族ハイデアンホザーが炎に包まれて悲鳴を上げていく。
レンは素早く位置を変え、敵の側面から迫った。
着物の裾から伸びた帯が独立した生命体のように蛇行し、敵兵の足を絡め取る。
「そして――」
耳飾りから燃焼するような紫色の魔力が噴出。
レンの周囲に<血魔力>のかすかな血が混じる、紫の霧が立ち込める。
血と紫の霧の中から彼女が現れた時には、魔斧槍が横一文字に振るわれていた。
三体の敵兵の上半身が宙を舞った。
「崎長斧槍流――<月華一閃>!」
魔斧槍を振り抜いた軌跡に残る薄紫色の光は、月明かりのような輝きを放ち、敵兵の装甲さえも容易く貫通していく。
突如、レンの前方に巨大な百足高魔族の将が立ちふさがる。
白い甲冑に身を包み、歩脚斧刃を複数持つその姿は、一般の兵とは明らかに異なる威圧感を放っていた。
「王婆の犬たちが、ここで終わりだ!」
将の叫びと共に、無数の歩脚斧刃が一斉にレンめがけて襲いかかる。
レンは冷静に低い姿勢を取り、呼吸を整え、
「はい? 原初ガラヴェロンテたちに会いにきただけだと言うに――」
と、横に移動し、歩脚の斧刃がを避ける。
一瞬の静寂の後、レンの体がブレ、前方へと飛び出した。
「崎長斧槍流奥義――<影月流転>!」
魔斧槍と魔刀を交互に振るい、複雑な軌道を描きながらレンが将の周囲を舞うように回転する。薄紫色の軌跡が幾重にも重なり合うと、糸が織りなす網のように将を覆い尽くした。
「ぐあぁ」
将の甲冑が次々と切り裂かれ、最後にレンの魔斧槍が首筋に深く食い込む。
百足高魔族の将が地面に崩れ落ちるのを見届けたレンは、息を整えながら次の標的へと視線を向けた。
「シュウヤ様、敵の右翼を制圧しました!」
キュベラスとレン、二人の<筆頭従者長>の活躍だ。
広場の両翼が次々と制圧されていく。
「素晴らしい! 優雅さがある!」
アドゥムブラリの言葉に同意だ。
彼女たちの優美さと凄まじい破壊力の融合は、まさに光魔ルシヴァルの眷族の真髄を示すものだろう。
「キュベラス! 合わせましょう!」
レンの呼びかけに、キュベラスは即座に応じる。
二人は背中合わせの位置に移動し、互いの<血魔力>を共鳴させ始めた。
「<擬心血波>で繋ぎます!」
キュベラスが精神波動を広げると、レンの太股に刻まれた『血闘争:権化』と『血鬼化:紅』が呼応して輝きを増す。二人の間に赤銅色の<血魔力>の糸が幾筋も現れ、互いを繋ぎ始める。
「はい、<筆頭従者長>として連動です。そして、見せましょう、シュウヤ様への忠誠を!」
レンの着物ドレスの帯から浮世絵風の龍と鬼の幻影が出現し、キュベラスの<銀葉ノ刃>と共鳴して巨大な形態へと変化していく。
「二十番目と二十四番目の<筆頭従者長>の連携です」
二人が同時に叫ぶと中心に巨大な<血魔力>の渦が生まれる。
渦は上空へと伸び、ルシヴァルの紋章樹の形を成しながら広場全体を覆い始めた。
「<紋章血華・双輪咲>!」
紋章樹から無数の銀葉が降り注ぎ、敵兵たちの上に雨あられと落下する。
葉に触れるものは全て<血魔力>に飲み込まれ、悲鳴を上げて崩れ落ちていく。
二人の連携により、広場に残っていた敵の大半が一掃されていく。
凄い<筆頭従者長>の連携だ。
が、広場の四方の通りから新たな敵影が現れた。
その時、壁面に張り付いていた巨大な影が動いた。魔皇獣咆ケーゼンベルスだ。
「ウォォォン!」
壁を強く蹴ると、砲弾のような勢いで広場の対面にある魔塔へと跳躍した。
着地の衝撃で魔塔の一部が砕け散る。眼下の敵が動揺する隙を見逃さず、ケーゼンベルスは巨大な前脚を振り下ろした。
数体の百足高魔族ハイデアンホザーが肉塊となって吹き飛ぶのが見えた。
「魔塔を壊してしまったが、我らに攻撃を加える者どもは殲滅する!」
咆哮のような大声が宮殿に響き渡る。
「魔皇獣咆ケーゼンベルス様、お見事! しかし、シュウヤ様、新手の数は多い!」
キュベラスの警告が響く。
大柄の百足高魔族ハイデアンホザーたちか、数にして数百以上。
キュベラスは瞬時に<銀葉ノ刃>を構え直し、レンもまた魔斧槍を前方に突き出す。
「光魔ルシヴァルの皆に、ペミュラスたちには一歩も近づけさせません」
「はい」
二人の言葉には揺るぎない決意が宿っていた。
石棺の頂点には<光邪ノ使徒>のピュリンもいた。
<光邪ノ尖骨筒>から<光邪ノ大徹甲魔弾>を射出し、大型の百足高魔族ハイデアンホザー、敵の将校クラスを射貫き、一部の陣地を破壊している。
見事だが、ピュリンに向けて、百足高魔族ハイデアンホザーたちの歩脚の槍の反撃が激しくなった。それを宙空にいる闇鯨ロターゼとドマダイが、大きい体と大きい頭部で防いでいく。ドマダイの頭部は頑丈か。
キュベラスの<魔晶力ノ礫>が炸裂した百足魔族デアンホザーは爆発し散る。
レベッカの蒼炎槍を喰らった百足魔族デアンホザーたちも蒼炎に包まれながら倒れていった。
シキは両手を拡げて蒼いドレスを靡かせながら浮遊し、
「第一王女の部隊かしら、大人しくしていれば、シュウヤ様なら受け入れてくださったはずなのに――」
悲しみと嘲笑をおりまぜるような語り、左手の掌に生み出していた魔法球からクリスタル刃を複数飛ばす。
溯源刃竜のシグマドラの形容しがたい頭蓋骨から無数の刃が飛び出ていく。
額の魔印からも、魔光線を繰り出した。
<溯源刃竜のシグマドラ>の見た目は、獅子舞と骨の鰐が融合したような、奇怪な大幻獣だ。幻影を発している布と繊維質は複数の脚が忙しなく蛇腹機動で蠢きつつ直進。
多脚は、蔓脚のようにも見える。
繊維系の不思議な足の群れはウネウネ動いていた。
その<溯源刃竜のシグマドラ>本体が百足高魔族ハイデアンホザーの将校を守っていた複数の百足魔族デアンホザーの射手部隊に突っ込んだ。
途端に、爆ぜた。無数の骨や刃が周囲に飛び散り、百足魔族デアンホザーと百足高魔族ハイデアンホザーは散る。
黒い大理石のような石材が一瞬でボロボロとなっていた。
「なんだ、あの蒼い魔術師は!一瞬で部隊が全滅した!?」
百足高魔族ハイデアンホザーの将校が震える声で叫ぶ。
スケルトンタンク風の頭部内の液体が激しく揺れ、恐怖に反応している。
「――否、全員が恐ろしく強い!! これは……」
「何を、こやつらを倒さない限り、我らに道はない!」
「そうだ。数で押し潰せ!」
そこに土の大きい刃が三重に連なりながら突進していくのが見えた。
土、岩か。岩の刃の連なりは、フーの《怒破刃潰》か。それが敵と地面に衝突――爆ぜた。
「「うげぇ」」
複数の魔傭兵と百足魔族デアンホザーたちが吹き飛ぶ。
ヴィーネが翡翠の蛇弓を優美に構えているように見えるが、次々に光線の矢を射出し、自動的に光線の矢が番われていく。
放たれた光線の矢は空気を焼きながら一直線に飛翔し、二眼二腕の魔族の射手の額を貫通。魔杖を振りかざしていた百足高魔族ハイデアンホザーの頭部をも射抜き、両者の魔力を絶やした。
刺さった光線の矢から緑の子蛇の群れが円状に発生し、それらの子蛇の群れが魔族たちと百足高魔族ハイデアンホザーの体の内部に侵食した直後――。
光線の矢が刺さった根元と周囲から緑色の蛇の閃光が迸り、爆発していた。
魔毒の女神ミセアとヘグポリネ・パパスフィッシャーの蛇の幻影が周囲に現れる。
その光の軌跡に続くように、ベリーズの環双絶命弓から放たれた金剛矢が地響きを伴うように百足高魔族ハイデアンホザーの頭部を突き抜ける。
ベネットの血剣の遠距離攻撃、<血剣・跳弾>に魔弓から放たれた聖十字金属の魔矢も百足魔族デアンホザーの歩脚を突き刺さり、〝ラヴァレの魔義眼〟が敵陣を薙ぎ払うように突き抜ける。
ヴェロニカも〝ラヴァレの魔義眼〟を使用し、血のビーム攻撃にも見える血の礫を繰り出していく。キサラのダモアヌンの魔槍が<投擲>の技で次々と敵を穿つ。
一人一人が単独でも強力な戦力だが、互いの動きを完璧に把握した彼らの連携攻撃は、まさに芸術的な死の舞踏だった。
ヒョウガと魔人レグ・ソールトとミスティとクナとルシェルも見えた。
ヒョウガは四腕に持つ魔剣を振るい、近づいていた百足魔族デアンホザーと二眼二腕の魔族を斬り伏せる。
魔人レグ・ソールトも、
「陛下に買われた価値をここで示す――」
と、発言しては額の第三の目を発動させる。
加速し駆けると、白銀と黒と赤の色合いの魔力で構成された両腕が変化し、その<烈迅・右腕念>と<烈迅・左腕念>に持つ風剣ヴィレドと風剣ニクスラで、二眼二腕の人族に見える魔族たちを斬り伏せる。
「――おい、あの風剣使いは見た覚えがあるぞ」
「あぁ、あの魔人は、西方トヨバール国の風の魔剣師だ」
「……フロルセイルの悪夢が、ここでかよ」
と、敵の二眼二腕の方々が語る。
魔族ではなく人族の魔傭兵たちは、レグ・ソールトを知っていたか。
すると、クナが、月霊樹の大杖から<魔樹刃>を繰り出し、黄の樹と赤の<血魔力>が混じる三角状の<魔樹刃>で、その人族の魔傭兵を貫くように倒す。
ルシェルは、長い魔杖ハラガソから雷状に鞭のように連なった魔刃が伸びていった。
皇級:光属性魔法:《光の戒》の出番もあるかと思ったが、破壊力を優先か。
ユイとクレインとサザーとキスマリとサラとハンカイは、皆より前に出ている。
広場の右側を占めていた百足高魔族ハイデアンホザーの前衛と中衛の部隊を突破。
魔法使い型が多い百足高魔族ハイデアンホザーの部隊を次々に斬り伏せている。
クレインは頬に火の鳥の印を出現させつつ<朱華・魔速>を使い加速。
銀火鳥覇刺の<刺突>で、百足高魔族ハイデアンホザーの歩脚を連続的に弾きつつ金火鳥天刺で<朱華・烈槌>を繰り出す。
上半身を吹き飛ばすように潰し倒し、次の標的に向け飛び掛かるクレインは渋い。
体ごと銀火鳥覇刺と金火鳥天刺を突進させた<龍騎・突>を発動させると、二つのトンファーの切っ先が百足高魔族ハイデアンホザーの頭部と上半身の歩脚を潰す。
サザーとキスマリもゲルダーノ咆哮を振るいながら前進し、歩脚を弾く。
と、キスマリはその真上を飛翔しつつ魔剣ケルと魔剣サグルー魔剣アケナドと魔剣スクルドを振るい回す<黒呪仙舞剣>を繰り出して、強者たちの百足高魔族ハイデアンホザーの部隊を撃破していた。
ユイは、今も神鬼・霊風を振るい、その神鬼・霊風から<バーヴァイの魔刃>を飛ばし、遠くの百足高魔族ハイデアンホザーを二人薙ぎ倒す。
サラとサザーは宙空を飛ぶように移動を繰り返し、建物の背後に隠れていた百足魔族デアンホザーと百足高魔族ハイデアンホザーの歩脚で巨大な魔斧を持った兵士を斬り捨て倒している。
上空にいたアドゥムブラリとルマルディとアルルカンの把神書とドマダイと闇鯨ロターゼを見てから――両手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出した。
二つの<鎖>が直進し、俺とルマルディたちに飛来してくる魔矢と、その魔矢を射出している百足魔族デアンホザーたちを貫きまくり、歩脚を弾きまくる。
魔矢の他にも、雷と風と火の球体と鏃の形をした魔法も飛来してくるから結構厄介だ。また<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>も召喚――。
その<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を、魔矢と魔法の飛来が多い広場の右へと直進させた。次々と魔矢と魔法と衝突した<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>は動じないまま――複数の魔矢と魔法の攻撃の群れを突き抜け、魔法使い型の百足魔族デアンホザーたちと衝突し、突き抜け、それらを潰し地面とぶつかって、重低音が響く。
「「ぐァ」」
「「げぇ」」
「なんだこれは――」
複数の射手と魔法使いたちの叫び声が響いてきた。
飛び道具の飛来が極端に減ったところで、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を消す。
百足魔族デアンホザーと百足高魔族ハイデアンホザーの兵士に二眼二腕の兵士たちの数が減ったが、注意を怠らない。
<闇透纏視>で、味方の位置と百足高魔族ハイデアンホザーの強者の位置を確認しつつ広場の右の奥地に着地――。
ユイと相棒とハンカイとキスマリとサザー左側で戦っているが、そこの右には百足高魔族ハイデアンホザーしかいない。
「チャンスだ、あの黒髪を先に潰せ!」
「あれが光魔ルシヴァルの首魁!!」
「「かかれ!!」」
「あぁ、仕留めろ、あいつを倒せば、ここの連中も終わる」
歩脚が一部が斧刃で、白い甲冑を着た百足高魔族ハイデアンホザーの面々と二眼二腕の魔族たちが、そう語ると、
「「「フシャァァ――」」」
先に、白い甲冑を着た百足高魔族ハイデアンホザーの歩脚斧刃が飛来――。
それを見るように風槍流『風読み』と『片手風車』を使う。
前に出て、わずかに斜め横に移動し、避けつつ<導想魔手>が握る聖槍ラマドシュラーと左手に握る白蛇竜小神ゲン様の短槍と右手に握る魔槍杖バルドークで<刺突>と<豪閃>を繰り返し、歩脚斧刃を叩き斬り、潰しながら<滔天魔経>を発動。
数段階の加速力と速度力が上昇するがまま――白い甲冑を着た百足高魔族ハイデアンホザーとの間合いを潰し、魔槍杖バルドークを振るう。
紅斧刃の<血龍仙閃>が、その歩脚斧刃と腹を捉え、ぶった切って倒した。
即座に次の百足高魔族ハイデアンホザーに近づき、白蛇竜小神ゲン様の短槍で<白蛇竜異穿>を繰り出し、数本の歩脚斧刃を潰し、<導想魔手>が握る聖槍ラマドシュラーで戦神流<攻燕赫穿>を繰り出した。
赫く燕の火炎魔力が聖槍ラマドシュラーから迸る。
聖槍ラマドシュラーが白い甲冑を貫き百足高魔族ハイデアンホザーの上半身を貫くままボッと音が鳴った刹那――。
聖槍ラマドシュラーの穂先と柄から噴出していく赫く燕が、戦神イシュルル様を模りながら前方に飛翔し、他の百足高魔族ハイデアンホザーと二眼二腕の魔族たちを次々に貫き大爆発を起こす。
聖槍ラマドシュラーが最初に貫いた百足高魔族ハイデアンホザーも燃焼すると破裂するように散る。
「そこ――」
咆哮と共に現れた二眼二腕の魔族が閃光のような速さで二刀を振るい下げてきた。
その斬撃をバックステップで避ける。
空氣が裂け、床面に深い傷跡が残された。
二刀から立ち上る黒い霧のような魔力は周囲の空気さえも腐食させるような禍々しさを帯びている。
斬撃の黒い軌道には死の気配があったな。
その魔刀を自在に操る男の眼には、何かを求める執念と狂気が混在している。
魔刀を交差させながら、男が俺を見据えて言った。
「……龍槍蛇矛のような槍使い、まさにお前が光魔ルシヴァルのシュウヤだな」
黒髪を総髪に束ね、異界の意匠が施された甲冑に身を包んだ男。
ただの魔傭兵とは明らかに違う気配が漂っていた。
周囲の戦場の喧騒が遠のいていくのを感じながら、
「あぁ、そうだが、お前の名は?」
問いかけに、男は魔刀を構えなおし、鋭い目付きで俺を凝視し、
「オガサワラだ」
「その名、次元裂きの実の、【フロルセイル七王国】の集団の転生者か転移者か? ラドフォード帝国の黒髪隊と同じ連中か?」
と、マハハイム語ではなく日本語で聞いた。
オガサワラは片方の眉を動かし、右手の魔刀の切っ先を下段に変化させ、
「……ほぉ、それを知るか。学に、フロルセイルで暴れていたタケバヤシたちをも知っているんだな……では、お前もどこかの地球、しかも、日本出身か」
「……そうだ。オガサワラは百足高魔族ハイデアンホザーの王女の誰かに雇われているのか」
「その通り――」
続きは、明日、HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版発売中。




